2,021年5月9日芦塚音楽研究所千葉音楽教室春の発表会での演奏風景です。
Luigi BoccheriniのCelloConcertoですが、一般的に演奏される有名なGrützmacher版ではなく、Boccheriniのoriginalのperiod版になります。
写真をclickするとYou Tubeへ飛びます。
2014年9月4日より、2015年12月31日まで
2016年1月1日より、2016年12月31日まで
2017年1月1日より、2017年12月31日まで
2018年1月1日より、2018年12月31日まで
2019年1月1日より、2019年12月31日まで
2020年1月1日より、2020年12月31日まで
2022年1月1日より、2022年12月31日まで
2023年1月1日より、2023年12月31日まで
2024年1月1日より、2024年12月31日まで
Dittersdorf KontrabassConcerto ⅡⅢ楽章 川島綾乃16歳 写真をclickするとYou Tubeへ飛びます。
1月1日明けましておめでとうございます
1月1日『即興演奏とSequenzと速記法』
1月2日baroqueの即興演奏
1月5日仕事始め
1月5日Facebookをhomepageに移行させる意味について
1月6日ハイツの断水とgasfanheater
1月8日夢見が悪くて
1月8日非公開のmemo
教室に対しての考え方
1月9日緊急事態宣言と下水の高圧洗浄·
1月10日非常食での林ライス 4:25 ·
1月10日今日は-4°だそうです。
1月11日糖質cutの電気釜が
1月13日歯医者とFacebookのお引越し
1月13日『日本人の音楽家の持つ誤った奏法』
1月14日『取説の理解は取り敢えずやって見る事から』
1月15日『古いパソコンの話しといつものFacebookの悪口』
1月15日『腸風邪になった!』
1月16日『Facebookのお引っ越しの作業』が終わった!
1月17日『芦塚先生のお部屋のHome Pageの改訂』
1月18日『入れ子の表と腸風邪』
1月19日体温が上がらない
1月21日熱が・・・
1月21日超、嫌な夢を見た❢
1月23日You Tubeのtrimmingのtrouble
1月24日homepageの修復作業
1月24日東京でも雪が降る予定なのですが
1月24日2018年から2020年までは、激動の2年間でした。
1月26日『自営業』と『自由業』
1月27日『とうとう諦めてアンカを出した❢』
1月28日雪だ!雪だ!!
1月30日1月ももう終わりです。
1月31日鼻の手入れをしたのに息が・・
1月31日『windows10の余計なお世話のphoto』
2月2日昨日の2月1日は体調不良で・・
2月2日 You Tubeのお引越し作業で、1日の限界点が
2月3日120年ぶりの2月3日の立春だそうです
2月14日今日は2月の15日の月曜日の朝の4時半なのですが・・・
2月16日『tuningの話し』
2月16日rear-cameraが外れた。
2月17日『左足が引き攣った!』
2月19日『今日は寝た切りの1日であった。』
2月20日今日は16°も気温が上昇する予定です。
2月21日skypeのlessonが始まらない
2月22日今日は猫の日、ニャンニャンday
2月23日ハイツに戻って来れたのは深夜の1時過ぎでした。
2月23日ぬいぐるみです。
2月24日頭の回転がstopしている
2月26日cover写真を変更しました。
2月26日テレビが壊れた
2月27日虎落笛のように
2月27日Facebookに書いていた文章がぶっ飛んで・・・
2月28日今日は満月だ
3月1日動画の保存が出来ない
3月1日「這えば立て!立てば歩めの親心」
3月2日温度差がこの所
3月2日Sarasateが演奏しているSpanishdanceを
3月3日『ポロミスについて』
3月3日声明とtone-cluster
3月5日Je crois entende -Alfredo Kraus 真珠採り
3月6日テレビの交換の話
3月6日bierのRosarysonateのCembalo-partをOrgan用に書き直した。
3月7日草案スキのない音楽
3月8日教室のゴミ
3月9日終の棲家
3月9日教室を開いた花園教室が・・・
3月10日homepageの復活作業
3月10日Facebookの繰り返されるうざい宣伝
3月12日ニャンコ号出動
3月13日ニャンコ号の千葉への移動です。
3月13日パソコンのaccount
3月13日15年も前のRosary Sonateの演奏
3月14日privacy設定がが自分のみになっているのに、公開されたままだ
3月15日発狂しそうな欝
3月16日 1日飛んだ
3月18日悪夢を見た
3月19日銀座の画廊「art‐space羅針盤」
3月20日テレビ電話とbiberの楽譜の作成
3月22日昨日はbaroque-Koncertの日でした。
3月22日detoxのお粥diet食
3月22日baroque-Koncertの楽器の展示
3月23日『那須与一のお話と絶対音感のお話』
3月24日夢のまた夢
3月25日展示された楽器の写真
3月25日studio録音の話し
3月27日Cyberlinkの音飛びの原因が分かった
3月29日今夜は満月??
3月30日br biberのRosarysonate
3月31日年度末です
4月1日新年度です。
4月3日『Tartiniのgrandsonateについて』
4月4日時間が逆行して
4月4日videoの編集
4月6日日にちが飛んで
4月6日『録音録画の時のstandにMicやvideo-cameraを取り付けるネジのお話し』
4月7日変な夢を見た
4月8日『フアンのお話』
4月10日『徒然無い=とぜんない』 ·
4月11日web=rehearsal
4月12日入力した文章がぶっ飛んだ
4月13日「鼻詰り」とBoccheriniのCello・concerto
4月14日突然の欝になって
4月15日ロックでパンクな夢を見て
4月15日鉛筆立てを作った❢
4月16日 ダラダラと時間を使っても、まだ
4月16日体重が・・
4月17日『David版のLeclairのviolinSonate Op.ⅤのNr.12のinterpretationのお話』
4月18日4月の16日から17日に掛けてのpech!
4月19日『corelliのla foliaのthemaの冒頭の演奏』
4月20日入眠障害の話
4月20日今日は良い天気だ!
4月21日You Tubeのvideo-studioを使ってtrimmingをしたのだが・・・
4月23日『続け樣に嫌な夢を見た!』
4月24日体調不良で
4月24日TabletのFacebookが同期出来ない!
4月25日摂眠不良
4月26日『気温の差と布団との格闘!!』
4月27日『今日は4月の26日の月曜日の深夜での布団騒動の続きです。』
4月27日この所一番の体調不良
4月30日工事中で休めない
5月1日今日の夢
5月2日緊急事態宣言下のゴールデンウイーク
5月3日お久し振りに寝落ちした
5月3日dietのためにブルブルマシンを探していたら、Bachの無伴奏の
5月4日ハイツにゴキの子供のような
5月4日「鼻詰り」が酷くて
5月5日今夜も鼻水で眠れない
5月7日lessonのvideoのお話
5月10日手順書:取説
5月10日 『発表会こもごも』
5月10日トトロのマグがまた割れた!!
5月13日コロナワクチンの接種券
5月15日『芦塚先生はコンクールを否定していて、生徒達をコンクールに出さない』・・という噂話しについてのお話
5月15日『アフレコとアテレコ』
5月17日ワクチン接種の許可が出た
5月19日再手術が決定した
5月21日[violaとcelloのduo]
5月22日『前の文章から』
5月22日教育は私の天職ではない
5月22日柿渋の可愛いリュックが
5月23日黒のショルダーのポシェット
5月24日天候不順で体が ·
5月25日入院前の薬のtrouble
5月26日薬のtrouble
5月28日クチナシの季節
5月28日『Finaleの愚痴です❢ 派生音一覧』
5月28日 練馬区は東京ではないのかな??
5月29日手持ちの写真が失くなった
5月30日オケ練習が休みになったので、
5月31日気が付いたら足の爪が割れていて
5月31日私自身の格言では「人は求めれば夢は叶う」というのが、私の主義主張でもある。
5月31日今日は手術日とdouble-bookingしたので、変更をして貰った糖尿病外来の日です。
6月1日今日から6月1日です。
6月1日『有意義な無駄と無意味な無駄』
6月3日violinとCelloのための二重奏曲集から『第二番』
6月3日「violinとCelloの二重奏曲集」から『第一番』
6月4日コンビニ・クーラー
6月5日『Vivaldiのrecorder-concerto Op.10 Nr.5 F DurのCembalo譜作成のお話』
6月6日『今回の発表会への選曲について』
6月10日無事生還を果たしました。
6月13日今日は、第二回目のワクチンの注射の日でした。
6月13日『人と芸術の関わり』
6月14日『大雨のお話』
6月15日昨晩も寝はぐれてしまいました。
6月17日テレビ等では『東京都は**°、練馬は++°でした。』と放送されるからね??
6月17日『マイ・隠れ家』
6月18日violaとCelloの二重奏曲『悠遠』芦塚陽二作曲
6月18日私が高校生の時に纏めた詩と童話、essay等の散文集である「ある少年のメルヘン」は、
6月19日『芦塚methodeでのオケ室内楽の練習に関してお話』
6月21日眠れない❢
6月21日足の爪が
6月22日今日はこれから川崎に術後検査に行きます。
6月23日すっかりバテてしまって、
6月24日『今日は6月24日の木曜日です。』
6月25日You Tubeを3つに分けて
6月26日original楽譜の校訂について
6月27日ペットボトルを左足の指の上に落とした
6月28日学校で学ぶ事
6月29日台風性の前線の色
7月1日『またまたパソコンが突然・・!!』
7月3日『あいも変わらないFacebookの不具合!』
7月4日「なんで寝起きたばかりなのに、欝っているのかな??」
7月4日『proを目指すのは簡単だ・・という意味』
7月5日『やっぱり、Officeが修理出来ていなかった!!』
7月5日『おお、無慈悲なる時の女神よ!!』
7月7日『大変嬉しいご報告です。』
7月7日『余計なお世話のOneDrive』
7月8日Paderewskiの演奏
7月10日『scorereading』
7月10日やっとけないよな~あ??
7月11日『お久しぶりの対面lessonと楽譜のお話』
7月12日体調不良です。
7月13日最大の無駄は「物を探す」という事である。
7月13日『美音ちゃんのTartiniの悪魔のtrillのbaroque-violin-versionのlessonの続きのPageです。』
7月14日『音楽への意識と職業としての音楽』
7月15日日にちが飛んだ❢
7月16日『引き籠もりの勧め』
7月19日『パソコンのiconがまたまたぶっ飛んで・・』
7月20日『フリの社会の日本』
7月20日『連日の練馬区の35°の猛暑日』
7月20日『David版のLa Foliaの譜面作成』
7月21日『veranda用の椅子と摂眠不良の話』
7月22日『Home Pageの修復作業のお話し』
7月25日腹が立って、眠れない❢
7月25日イライラの対応策は
7月25日借金をする人
7月26日芦塚先生のお部屋の復活作業
7月27日『ウダウダtimeに対しての自己弁解』
7月27日明日は土曜だ・・・
7月28日『自由業』
7月30日二日掛かりでVivaldiの
8月1日光陰矢の如し•••とは言ったものだが
8月3日今日は8月3日の火曜日なのだけど
8月3日『CASIOのpriviaが壊れた!』
8月3日昨日は、lessonや練習の合間に、lesson室の楽譜棚を制作しましたが、
8月3日バナナ・ジュースのレシピ
8月4日『お蕎麦の話し』
8月4日今日の8月4日は危険な気温という事だそうです。
8月5日『今日からブルブル・マシーンを使えるようにした。』
8月6日既に練馬区の気温は34°で、体感温度は37°だそうです。
8月9日『夏合宿のお話とその後・・・』
8月9日『音声入力』
8月9日毎日あれだけ大騒ぎしていたコロナのnewsが
8月9日『音声入力』その2
8月9日『ハイツのpriviaが・・』
8月10日ドッと疲れが押し寄せてきて
8月11日ブルブル マシンの椅子が壊れた❢
8月13日『finaleの上書きの問題』
8月14日オムロンの血圧計が壊れた❢
8月11日ブルブル マシンの椅子が壊れた❢
8月14日思考と意識が停止した
8月15日兎に角、寒い!!
8月15日La Cetra Concerto Op.9 Nr.1 C Dur(F.Ⅰ.n.47) ⅡⅢ楽章
8月16日水が冷たい!
8月17日Keyboardが突然・・
8月18日電気ケトル
8月20日今日は満月・・ではありません
8月21日リコーダーのお話
8月21日VitaliのChaconneのお話
8月23日なんと、椅子の上で爆睡してしまった❢
8月23日『VitaliのChaconneのお話の続き』
8月24日お久し振りで爆睡出来た❢
8月25日「まえぶり」
8月26日超、大汗をかいて目が覚めてしまった。
8月26日「暑さ、寒さの・・」彼岸はいつ来るのだ??
8月27日Chaconneの編集です。
8月28日『調律のお話』
8月28日季節の終わり
8月29日鼻詰りで目が覚めて
8月30日『別の楽器を学ぶ事のお話』
8月30日『La CetraのⅡ楽章のornament(装飾音)の演奏法についての考察』
8月30日「21年8月29日日曜日のTeleworkのオケ練習」
8月30日暑くて寒い
8月31日8月最後の日です。 ·
8月31日『パソコン音源に寄るHennry purcellのChaconne g triosonate』
9月1日夢の中の夢
9月2日クーラーを入れたらなんと暖房になってしまった
9月3日夜間頻尿と鼻詰まりと汗もと超、寒いので目が覚めた
9月4日夢のまた夢
9月4日Jcomの調子が悪くて、web-lessonが
9月4日今度はFacebookが開きません
9月7日鬱がひどくなったので
9月7日netが繋がらなくなっていたので、
9月9日携帯をverandaに持って行って
9月10日モデムの点滅が止まらないので
9月11日Googleのcalendarのマイナーチェンジ
9月13日悪魔のtrillのperiodversionを
9月13日monitorテレビがblackoutした
9月14日いや~あ、今日は術後第1回目の膀胱鏡検査だ。
9月15日powerdirecter
9月16日uploadの時間が膨大で
9月17日5年振りに寝室に新しいカーテンがついた
9月18日突然、欝が収まった。
9月19日printerのお話
9月20日体力の限界で
9月20日詐欺のmail
9月21日シンクのゴキの防止に
9月21日文章が確実に投稿のボタンを押したハズなのに
9月22日「今日は中秋の名月で満月だ!」とテレビでは大騒ぎをしているのだが、
9月22日彼岸花
9月23日の木曜日の午前2時を回った所で、携帯の通知音で目が覚めた。
9月24日web-lesson
9月25日何度もFacebookにuploadしても
9月26日未だ9月なのに暖房を入れたのだ
9月27日危うく予定をすっぽかす所だった
9月28日時間は二度と戻っては来ない❢
9月29日整理整頓のpointは簡単に探し出せる事である。
9月29日体調が悪くなると、新鮮な海鮮でも気分が悪くなる事がある
9月30日体調不良なのだが、検査dataが
9月30日鬱というよりも体調不良なのですが
10月4日日本の音楽教育では
10月5日空気が爽やかで
10月6日『芦塚音楽研究所の歩み』
10月9日明日は発表会だ ·
10月11日発表会のvideoの編集作業
10月13日発表会後から突然肥り始めた
10月14日の朝の5時を回った所なのですが、まあ、なんと寒い事??
10月14日VHSのrewinder(リワインダー)です
10月15日椎名町の事務所からvideoをリュックで
10月16日放しで寝込んでしまったので、起き出して
10月18日残暑から突然真冬になってしまった
10月19日夏の布団から毛布に
10月20日自分の人生が無駄に思える一日
10月22日冷蔵庫がこの2,3日空っぽのままで
10月24日鼻詰り予防にパブロンのカプセルを
10月25日疲れが取れなくって
10月25日常設曲の通し練習
10月25日友達の友達は赤の他人
10月26日天候不順
10月28日変な夢
10月31日はHalloween・Concertoの日でした。
11月1日You Tubeに昔の発表会の動画が
11月2日1日から2日に掛けて書いた文章が
11月2日記憶の中の時間軸を調整しています。
11月3日『ダメ出しmarkについてのお話』
11月4日『あの人に 伝えておくれ 今夜も私は眠れない・・と・・』
【初音ミク】 マーラー: 魚に説教するパドヴァの聖アントニウス
11月6日こもごも
11月7日『パソコンのmonitorがとうとう壊れた!』
11月8日体調不良や鬱やパソコンも壊れたので
11月8日ハイツにmonitorテレビが着くのを待っていたのだが
11月8日『芦塚methodeの基本は「時短」である。』
11月9日タイタニック号でのお話しです。
11月9日タイタニック号のお話しの続きです。
11月10日『believe、trust、Delusion』
11月10日世の中にはYou Tuberという不思議な職業があって、
11月10日今日は歯医者だ
11月11日今日はone・one-dayです。
11月12日powerdirecter18のtrouble
11月13日パソコンの作業が飽きてしまったので
11月13日『音楽のproを目指す人達の妄想』
11月14日『通奏低音の初lessonのお話』
11月14日 部屋の汚れは、体調不良の原因である。
11月15日『100年に一度の天才』
11月16日普段使いのマグにジャムの瓶を落として
11月16日『音楽を学ぶ人達の究極の目標:音楽への目的』
11月16日石橋メモリアルホールを売却するという
11月17日コロナワクチンの予防接種
11月19日おう、月蝕だ❢
11月19日4kのmonitorテレビをパソコンに接続した途端に
11月20日『こむら返りのお話』
11月21日videoの取り込みとman-to-manのlesson
11月23日dietは明日から
11月24日VivaldiのRecorder(flute)Concerto、Op.10Nr.5inFのⅡⅢ楽章をChristmas会で演奏する予定なのだが、
11月24日全面改訂
11月25日日本のClassic界の音楽はentertainmentである
11月25日4k画面では文字が読めない
11月26日鬱が超酷くて
11月26日明日は一日車検です。
11月27日電子Pianoのバザールに出掛けた
11月27日超、疲れているのに、眠れないのです。
11月29日『11月29日の月曜日のお話しです。』
11月30日明日からは12月です。
12月1日『orchestra、室内楽のcurriculumと運営についてのお話し』
12月2日こむら返りが
12月4日お久し振りに、昔のvideoのcheckを始めました。
12月5日『「ブレない」と「不動心」の違いについて』
12月7日まあ、どうでも良いか??
12月7日徒然無い夢をみた
12月7日寝すぎた❢
12月8日尾骨が痛い❢❢
12月9日惰眠から不眠へ
12月10日不定愁訴
12月11日 You Tubeでいろいろな演奏を聴いてみたのだが
12月12日finaleでlayoutをして、print outしようと思ったら
12月12日Facebookのお薦めのgroupが
12月12日超、寒い❢
12月13日 『Roland⇒転倒⇒ひびきホール⇒Roland』
12月17日layoutがまたまた元に戻った ❢
12月18日人生とは列車の旅のようなものだ。
12月18日不動心とブレない
12月19日今日は腰痛が更に酷くなって、
12月19日腰痛、3日目なのだけど、
12月20日Cyberlinkの音声の同期が全く出来ないままです。
12月21日チョッとでも動くと微熱が・・
12月22日腰痛5日めとパソコンのrecovery
12月24日布団に入ると鼻水が
12月25日 今日は25日のChristmasですよね?
12月27日冷え〜っ??
12月28日被害甚大な子供の悪戯
12月29日パソコンの再installと燃え尽き症候群
12月30日『超、寒い❢』
12月31日 の大晦日の木曜日の朝の5時半を過ぎた所です。
Vivaldi BlockflöteConcerto Op 10 Nr 5 F Dur Ⅰ楽章 内川楓(小6)
芦塚音楽千葉教室2021年10月10日
会場のannounceで「教室としてはRecorder・Concertoの演奏は初めて」と言っていたのですが、誤解の無いように付け加えておくと、Vivaldiのrecorder-Concertoは同時に、flute-Concertoでもあります。You
Tubeでもrecorderで演奏している場合とfluteで演奏している場合があります。
私は、留学から帰国して、cantataやbaroque-orchestraで色々と回って演奏をしていましたが、その当時から、fluteの人と、時折公開演奏をしていました。
中でも、特に「五色ヒワ」は、よく演奏をした曲になります。
Vivaldiのflute-Concertoは弦楽orchestraは兎も角として、それをrecorderと言う楽器で演奏する事は、結構至難の業であり、とても、子供達には無理だと思っていたので、これまでVivaldiのflute-Concertoが教室のprogramに上がる事はありませんでしたが、今回、牧野先生がrecorder-Concertoとして曲をselectしたのは驚いてしまいました。
小学校や中学校で学ぶrecorderとは、別世界の音楽なので、小学生がよく頑張ったと思います。
楓ちゃんはPianoが専科なのだけど、副科のKontrabassの他にも、色々とよく熟すよね??
写真をclickするとYou Tubeへ飛びます
1月1日明けましておめでとうございます·
新年明けましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願い致します
2021年の1月の1日の早朝ですが、VivaldiのOp.ⅣNr.6のCembalo譜を作成していたので、初日の出はどなたかにお任せする事にして、これから惰眠に入る事にします。
それはそうと、今は練馬区は-2°だってよ?
寝室は寝る時には暖房は入れないので、パジャマくらいは着て寝た方が良いのかな?
(昨晩からの話ですが•••)
少し早めの11時くらいに、月見海老天•年越し蕎麦を食べて、年越しの年跨ぎは毛ガニを食べました。
少しカロリーオーバーかも知れないけれど、昼食夕食兼用の年越しのお蕎麦なので、まあ、そんなもんかもね??
お蕎麦のそばにあるおせちもどきは、つまみ代わりなので、全部食べた分けではありません。
少し摘んだだけです。
今年はどう言う分けか、コロナ対策の各自バラバラの、ボッチ年越しです。
小池さんから表彰されるかもね??アハッ❢
テレビを見ながらの年跨ぎは、毛ガニを食べるのが直ぐに面倒くさくなって来て、飽きて来たので、FinaleでVivaldiのOp.Ⅳの6のⅠ楽章のCembaloのpartを作りました。
テレビを見ていたらBachのdoppelのⅠ楽章を弾いていたので、聴いていたら無性に演奏に腹が立って来たので、チャンネルを変えて、アニメを見ながらVivaldiのCembaloのpartを作りました。
ただのEventに腹を立てる事も大人気無いとは思うのだけどねぇ??
歳を取ると、堪え性が無くなるのかね~ぇ?
Finaleの入力は、tenkeyが最初から分離されているMicrosoftの Ergonomic Keyboard のbluetooth型を注文したので、右手で鍵盤を弾きながら、問題の左手で音価を入力する事が楽になったので、入力が捗ったのだよな??
keyboardの交換は、部屋全体を動かして配線のやり直しをするのだけど、全てのテーブルやラックを動かすので大変な作業なのだけど、30日に一人でやりました。
大変な思いをしても、仕事が早く終わった方が良いからね?
という事で、Finaleの入力がとても楽になったのと、keyboardが小さくなったので、机が少しだけ、広くなりました。
つまり、Finaleを入力する時には、tenkeyを左側に置くと、右手で鍵盤を弾けるので、とても楽なのだよ。
それに、tenkeyは普段は使わないので、作業spaceから退けておく事が出来るので、それもメリットです。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
明けましておめでとうございます。コロナで千葉にまでも行けない・・というか、ハイツの自宅から一歩も外に出ないで引き篭って1年が経ってしまいました。今年こそは、外に出たいよね~ぇ??
うちも何処も行けず家で引きこもりで、パソコンやってました。たまに外に出て写真を撮ったりとしてました。昨年は、羽田空港に用事があって、国際線ターミナルを通過するだけで、ハラハラ、ドキドキでした。
1月1日『即興演奏とSequenzと速記法』·
「初めての即興演奏」
Münchenの留学中に、下宿のあるPlaneggの村で偶然知り合いになった神父さんと音楽大学のorganistの友人と一緒にAlpsの山に登りました。(写真は同じmemberと日本人のPianoの女の子と一緒に登った時の写真で、別の時の写真です。)
山の頂上にある山小屋で、Chitaとbase弦の付いた二股の民族guitarが置いてあったので、神父さんがChitaを、音楽大学の友人がguitarを弾いて、即興で民謡を歌い始めました。Alpsの山々に谺してとても素晴らしかったのだけど、次の歌に入る時には調を言って(合図して•••)、もしその曲を知らなかったら、Baßのchordを指示をして、延々と4時間近く全く音楽を全く切らないままに歌い続けて、演奏をし続けていました。
即興の妙技・・というか即興演奏の原点を見て、その素晴らしさを身を持って実感出来た瞬間でした。
しかも、organistである友人と神父さんという専門家ではない人達が見せた即興演奏の妙技は、とてもamateurの領域ではない素晴らしいものでした。(proの演奏家として日本に呼ぶ事が出来る程の・・)
私自身は、高校生の頃に音楽を始めたので、・・また周りにそういった音楽を即興で演奏する人達の環境が全く無かったので、そういった即興演奏というgenreがある事は音楽大学に入学した以降に知りました。
・・という事でその頃(音楽大学時代)は、Bachの曲等の即興の指示に従って実際の音符に直す・・というRealisationを譜面に起こしたりしましたが、その場で即興で演奏する・・という所まではとても無理でした。(楽譜参照)
Karl Richter教授は演奏会でfugaの演奏中にド忘れをして、fugaを即興で30小節程弾き繋いで、記憶している小節に入って行ったのですが、当日の演奏会でそれに気が付いた人は批評家も含めて一人もいませんでした。
私は・・??
私は楽譜を見ていたので・・ね!!
素晴らしい即興の妙技ですよね??
fugaを即興で演奏するなんて・・・??
私が指導した生徒の中には、音楽大学を卒業してから生徒になった女の子がいたのだけど、彼女はPianoの即興演奏を得意としていました。
彼女には電子楽器の生徒達が多かったので、当然popularの曲の即興演奏を指導したり、外での演奏活動をしたりしていたので・・・
彼女にその方法を尋ねると、3つ、4っつの種類の音楽のpatternの変奏を作っておいて、新しい曲はそのpatternに嵌めて演奏をするのだそうです。
後は、何度か奏く間に、少しづつ修正をしていって、originalityを出すのだそうです。
「baroque時代の音楽の価値観」
baroque時代のConcertoは、ritornello形式で出来ていますが、今のpopularの音楽と同様に、当日、演奏会場で楽譜を渡されて、その場で初見で演奏するのが通常だったのです。
今とは違って、当時は、radioもrecordもありませんでした。
その静けさ、寂しさをこんにちの人達が理解出来る事は難しいと思います。
音楽が身近な日常の生活に全くなかった当時では、音楽を聴く事は、日常の最大の娯楽だったのですよ?
立場を変えて、演奏する側に取っても、演奏をしたくても、今のように楽譜が直ぐに、手に入る分けではありません。
当時は楽譜は手書きの写譜によるものしかありませんでした。
銅版印刷による楽譜もあるにはあったのですが、非常に高価なので、楽譜が欲しければ、楽譜を借りて写譜をするしかなかったのですよ。
写譜をする作業は、それは、Finaleのようなパソコンのsoftがない当時の時代では大変な重労働だったのです。※)
という事で、村に取ってはその村の作曲家の作品が唯一の娯楽の音楽だったのですよ。
そのために、演奏家達はこんにちでは考えられないような重労働を強いられていたのです。
当時は、殆ど毎週のように、否、週に2回も3回も、違った曲を作曲家から手渡されて即、演奏するのが常だったのです。
教会の毎日曜日のGottesdienst(ゴッテスディンスト=日本語ではなんと訳すのかは知りません。missaとは違うようなのですがね??)や、貴族達のdinnerは、最低でも2時間は続きます。その時間を埋めるだけの曲を作ってそのneedsに応えるには、instantの作曲法=所謂、即成作曲法が必要でした。
その方法がbasso continuoによる作曲法であり、ritornelloの音楽形式だったのです。
ritornelloの音楽形式は、演奏家達に取っては頗る利便性の高い音楽形式であって、最初に出て来たthemaを繰り返し弾けば良かったので、missも最小限に抑えられてとても良かったのです。
「Vivaldiのritornello形式」
例外的な作曲法としてはVivaldiのritornelloの作曲法が挙げられますが、VivaldiのConcerto等では、繰り返される度に、ritornelloのthemaが微妙に違うのですが、それはVivaldiの曲を演奏する演奏家が普通の作曲家達のとは違っていて、Proの雇われ演奏家達ではなくって、Pietà音楽院の女の子の生徒達がVivaldiの作品を演奏していたのです。
つまり、Vivaldiが直接、音楽を指導して来た生徒達がVivaldiの作品を演奏していたのです。
という事で、例外的に、Vivaldiの曲をVivaldi本人からlectureを受けて、勉強をして、練習を積み上げる事が出来たからなのです。
つまり、Vivaldiの曲を演奏していたのはVivaldiの生徒達だったからなのですよ。
では、何故、Vivaldiの生徒達ならば、ritornelloの繰り返しを変化させる事が出来たのでしょうかね??
その生徒達が、演奏をより完璧にするためには、確実にMotiv(motif)の小さな違い=kleinigkeitの楽譜上の変化を覚える・・という事は、音楽だけではなく、教育においても大変素晴らしいmethodだったのですよ。
当時は多作の時代だったので、曲を覚えて演奏する・・という風潮は全くありませんでした。
オケの演奏家達だけではなく、solisteでさえも、暗譜で演奏する習慣は無かったのです。
しかし、音楽をより完璧に演奏するためには、暗譜による演奏が重要である・・という事はこんにちではよく知られている事ですよね。
VivaldiのConcertoのritornelloのthemaの繰り返される毎の変化は、Vivaldi-methodによる記憶法のcurriculumの重要なlectureをするためのkleinigkeitの変化でもあるのですよ。
同じbaroque時代の作曲家達でも、proの演奏家に演奏を依存している殆どの作曲家達の場合には、仮に、そういった手法があるという事を知っていたとしても、その手法を使う事は出来なかったのですよ。
その理由は、演奏をproの演奏家達に依存している場合には、練習の回数が、運良く「出来た!」としても、せいぜい一回だけで、後は本番になるし、今現在でも練習1回、ゲネプロ・本番が定型です。練習の1回目は初見なので、殆ど演奏の説明で終わってしまいます。だから、ゲネプロで1回合わせて、大丈夫かcheckをして、そのまま本番に臨みます。
それが練習がある場合なので、殆どの場合には、作曲家の都合で初見の演奏になるのでね!!
漫画家ではないけれど、締切りギリギリというのは作曲家の常なのでね??
超、高名な作曲家でも締切りに間に合わなくて、近所の他人の作品で間に合わせている場合があります。
Bach然り、Haydn然りなのですよね??それが、偽作の問題を生み出します。Bachはlifeworkとして、教会の全日程を自作のcantataで間に合わせられるように頑張って作りましたが、そのcantataの中にも、他の人の作品が紛れています。教室でよく全体合奏として演奏しているcantataもその中の一つです。私の場合には、別にBachの作品ではなくても、曲が美しければ良いというpolicyなのでね??
「baroque時代のensembleの様式」
ここまでは、orchestraの演奏家の人達のお話ですが、baroque時代の音楽は、例えsoloの曲であったとしても、Ohne Begleitung(無伴奏)という指定が無い限り、basso continuoを従えたensembleで演奏されます。
無伴奏(Ohne Begleitung)というgenreは特殊なgenreなので、通常はsoloという場合には、solo楽器と伴奏のpartをsoloと見做します。
伴奏とsoloではなく、対等の場合にはduoになり、ensembleに分類されるようになります。ViolinとPianoの作品でもBeethovenのように二つの楽器が対等であっても、分類はPianoと伴奏でsoloの分類になります。
baroque時代のsoloの曲の場合には、soloのpartに和音を表す通奏低音(basso continuo)の二段の譜面で書き表されます。
上の1段は当然soloの楽器が演奏しますが、問題は、下の段のお話です。(譜例参照:EcclesのViolinsonateのoriginalの楽譜です。)
baroque時代では楽器の指定は曖昧だったので、下の段をguitarやLauteのような楽器で奏く事もありますが、通常は、下の楽譜である、通奏低音の譜面はcontinuoの低音を奏く楽器奏者と和音を補填する鍵盤楽器奏者の二人で演奏されます。
通奏低音の低音楽器の奏者の楽譜は書かれている楽譜があるのですが、和音担当の奏者は、その低音楽器のmelodieの上に、左手の譜面はそのままに弾いて、その音の上に数字で指示された和音を演奏します。つまり、soloの曲であっても、3人で演奏をするのが通常なのです。
ちなみに、baroque時代には、未だPianoは存在はしていません。
だからPiano伴奏のbaroqueの音楽は、全て擬古典の作品(所謂、arrangeの曲)になります。
Concertoのritornelloのsoloの部分のお話に戻って・・・・
基本的にはritornelloのsoloの部分は、soloのpartが即興で演奏される事が多いので、それを楽にする方法論として、Sequenzという手法(手段)があります。
Sequenzとは英語のシーケンスと同じ言葉(意味)なのですが、同じFigua(型)を繰り返す事を言います。
その方法は、2度の上行pattern、若しくは下行patternの繰り返しとか、4度のpatternか、5度のquint-Zyklusの繰り返しが一般的です。
(譜例のVivaldiのOp.ⅣNr.6のⅠ楽章のSequenzの部分は2度上行形のpatternです。scoreではsuggestする冒頭の16分音符だけを示していますが、教室のmethodeでは、生徒達はMotivの冒頭と変化をした音を示している音符だけを参考にして演奏をして行きます。)
Mozartの有名なPiano-sonateのハ長調K.545のsonateでは、3度の下行のSequenzのpatternも出てきます。
Sequenzの場合には、当然、調が変わって行くので臨時記号も変わるので、finale入力の場合のneckになってしまっています。
一々音を変更しなければならないのでね??
また、当時のbasso continuoのpassageを活かして、定旋律(cantus firmus)上に曲のVariationを繰り広げて行く色々な曲が産まれました。
la foliaやpassacaglia、groundやChaconne等の曲です。それぞれの曲のBaßの定旋律のthema上に華やかなVariationを繰り広げて行く音楽形式です。
※)手書きの楽譜の書き方は、私の生徒達の中で、教室に残ってくれる生徒達だけにlectureをしました。
パソコンのFinaleのsoftが入って来る以前の生徒達で、しかも教室の先生になる事を希望する生徒だけにです。
それは、出し惜しみでは無くって、写譜の仕方のlectureは、大変な忍耐力を要するからなのです。普通の手習いに来ている生徒達には、とても辛い技術なのですからね?
出版社と同じ浄書の技術と、普通の楽譜、演奏家、特にpopular音楽の演奏家達が必要としている速記の楽譜の3種類の書き分け等も指導してきました。
ですから昔の生徒達である牧野先生や斉藤先生達はそういった写譜の技術や書き分けの技術は持っています。
その次の世代のinstructorを希望する生徒達には、もうFinale世代なので、写譜の技術は指導してはいません。これからの音楽家達にはもう必要がないからです。
(勿論、今の生徒達にも、楽典のlessonの一貫として「音符の書き方」は指導しています。しかし、それは写譜の技術とは全く違ったものです。写譜の技術とは、Proの写譜屋の技術なのですからね?今でも、大半の楽譜は手書きなのですからね?自分のmemoやちょっとした伝達のための楽譜の書き方には写しの技術は必要はないのですからね?)
1月2日baroqueの即興演奏
ふと、気が付いたら、もう正月も二日です。
お正月とは言ってもコロナの引き篭もり中で、全く外出をしない、何もないお正月なのですが、全く外に出ていないので、今日は流石にぎっくり腰になってしまいました。
・・・てな事を書いて、お久し振りに椎名町に食事にお出かけをして、ドルプリっ歩に付き合ったら、な、な、な、なんと!
もう三日になってしまいました❢
ぎっくり腰は相変わらず、治りません!!
困った事です。
この調子で行くと、次に気が付いた時には、大晦日という事にも成りかねないのですよね??
正月番組の相棒を録画して、3回も見てしまいました。
つまり、3回も相棒に挑戦してみたのですが、途中で椅子に座ったままで寝てしまって、storyが断片的にしか把握出来ていません。
storyが繋がらないのですよ。
今日はstoryを繋げるために4回目に挑戦して、やっと、何とか最後まで見る事が出来ました。
•••という事で、やっとvideoを消去出来ました❢
昨年の暮には、即興演奏についての文章を書いていたのですが、私が初めて即興演奏と巡り合ったのは、BachのCembaloの曲である「Fantasiaとfuga」の曲のfantasiaの和音で記された楽譜を演奏譜に直したのが初めての即興演奏用の楽譜なのです。
それは、半世紀以上も前の、私が音楽大学に入学して間も無い頃の18歳、19歳頃のお話しです。
当時は、まだ日本にはCembaloが2,3台しか無い時代で、baroque音楽と言えば、BachのAriaとかVivaldiの四季ぐらいしか知られていない頃の時代でした。
勿論、baroque時代の演奏の様式等というものは全く解明されていなくて、今、超有名なPachelbelのcanonさえも、世界的にも全く知られていない頃の時代でした。
だから、即興演奏というstyleの音楽があるという事すら、未知の世界だったので、即興的に演奏をする・・と言っても、楽譜に書かれた通りに演奏するか、せめて和音で書かれた楽譜をarpeggioで演奏するぐらいが関の山で、即興演奏というのには程遠い演奏だけなのでした。
しかし、こういった即興の書法はBachだけではなく、Händelの組曲などにもよく見受ける事は出來たのですが、それをどう弾けば良いのか・・という事、和音やsuggestされた音を見て、即興で演奏する・・という弾き方が一般的に知られる事は未だまだ、ありませんでした。
Bachの場合には、Cembaloという楽器ではなくて、violinの無伴奏の演奏法として、その即興演奏の方法が知られていました。
・・・とは言っても、和音にsuggestされた自由な即興ではなくて、和音を定型のfigure(Figua)で演奏するとは言った初歩的な演奏に留まっていたのですがね??
この書法の演奏法には、二つのstyleがあります。
その一つは、和音をmelodyに変えて演奏するstyleと、和音をmelodyで繋いで行くstyleです。
私が初めて手掛けたFantasiaはsuggestされた和音が8小節に渡って書いてあるので、最初の4小節の和音を和音をmelodyに変えるstyleで作って、後半の4小節を自由にmelodyを追加して行くstyleで作りました。
•••という事で掲載した楽譜は、私のBachのFantasiaの即興演奏譜なのですが、即興演奏の譜面を部分だけは、論文によく使うので、元々の楽譜は、Finaleどころかパソコンや携帯すらなかった時代だったので、当時の手書き譜の譜面から、後に、Finaleに入力をし直したのですが、fantasiaの方は兎も角としても、fugaの方は全く楽譜の変更は無く、楽譜上の変更は改訂としては、全く弄っていないので、fugaの入りの数小節の部分だけをFinaleに入力して、論文等に掲載していたのですが、後のfugaの部分は入り部だけを入力して、お茶を濁して、後は放ったらかしていたのですが、何を思ったのか、今回の正月休みに、二日掛かりでfugaの部分の入力も全部入力してしまいました。
fugaの部分はoriginalの譜面からの変更はkleinigkeitの音の校訂以外には、無いので、これまでの演奏する時には、大元の楽譜で演奏するので、問題はなかったのですが、finaleに入力する事は、無駄な作業と思ったのですが、途中までで放ったらかしにしている事が我慢出来なかったのだよな?
いや〜あ、無駄な作業であった❢❢
寝正月を決め込んで、布団の中で、この文章を書いていたのですが、鼻水が止まらなくなって来たので、起き出して仕事をする事にします。
1月5日仕事始め
今日は正月の三が日が終わって、「仕事始め」・・という事で、先生達はlessonに千葉の教室にお出かけです。
私は暮れも正月休みも無いままなので、関係はないのだけど、それでも、何度か起きて仕事に挑戦しようと思ったのですが、パソコンに向かって椅子に座ると、腰が痛くなって、立ち上がれなくなってしまいます。
思いの外、腰痛が酷い状態で、お昼間には殆ど寝込んでしまいました。
夕方になって、「椅子に座れないのならば、立ったままに作業をすればよい」・・という事に思い当たって、立って入力が出来るKeyboard-standを出して来て、パソコンの作業を開始しました。
その仕事なのですが、まるまる2年間近くも放ったらかしにしていた「Facebookからhomepageに移動する作業」を夕方の4時頃から、夜の10時頃までやってしまいました。
19年の3月の18日から手を付けていないかったのですが、コピペをするだけの単純作業なので、後はひたすら忍耐だけの作業になりますが、今日は3月の18日から4月いっぱいをまでのFacebookを、Home Pageヘtransposeしました。
2020年は全く手を付けていないので、まるまる一年分と8ヶ月を1日でtransposeするとすると、残りは20ヶ月なので、10日もあれば、何とか入力は出来る作業ではあるのですがね••••??
なにせ単純作業なのでね?
私にとっては、退屈極まりない、何のmeritもない作業なのですよ?
私にとっては•••という事は、本来ならば、「私の下で音楽の勉強したい」という生徒ならば、その単純作業は、作業ではなくて、とても良い勉強になるのですが、千葉の生徒達にやらせるには、残念ながらHome PageBuilderがsoft的に大き過ぎて、noteパソコンには、入らないのですよ。もしもsoftが入ったとしても、Dataも膨大な物になってしまうからね?
それに、Facebookは教室の仕事ではないので、「私が自分のPocketmanyでバイト代を出してあげよう」、とは言ったのだけど、そうすると椎名町に泊まりになってしまうからね〜ぇ??
同じPocketmanyを出すのならば、教室の生徒ではなくて、もっと気楽に、「人を雇って」・・・という手もあるのだが、以前、パソコン教室の先生をやっていた音大生を雇って教室のHome PageのTop Pageの手直しを頼んだら、僅か10分、15分でTop Pageのlayoutをめちゃくちゃに壊されて、それでも、「仕事のしたのだから」とバイト代を請求されてしまって、しかも彼女が壊してしまったTop Pageを直すのに、私が一週間掛かって修理をしてしまった・・・というaccident・・というかcatastropheがあった。
音大生の職業意識は、norma制ではなくて、時給制なので、自分が迷惑を掛けたという事実と、自分が得るギャラは別物なのだよ❢バイトはそこにその時間、居れば良いだけなのだからね??
それにパソコンやHome PageBuilderの使い方を指導するには、結構付きっ切りでなければならないので、自分自身で作業をした方が早いのだよ。
Home PageBuilderだけではなく、Finale等も『出来る❢』と言う事と『無駄無く出来る❢』と言う事とは、根本的に違うのだが、それが学校教育では分からない。
学校の場合は『出来る❢』でもなく『噛じる』だけなのだからね?
しかし、それを言っていては教室の先生は育たないのだが、今の生徒達は、技術を覚えるよりは、即金になる方が良いのだよな?
digital世代なので、苦労して何かを得る事はかったるいのだよな?
私達の頃の手に職という考え方とは立ち位置の考え方が根本的に違うのだよ?
私が、親の期待の医学部を蹴って、音楽の道を選択した時には、「音楽大学に進学するのならば、一切の援助はしない!」と言う条件だったので、当然、親に勘当されたので、音楽大学に入学した時には、入学を喜ぶよりも、先ずは当面の生活費を稼ぐためにバイトを探さなければならなかった。勘当とは言っても、授業料は援助してくれたので、自分の家賃と生活費を稼げば良かったのだよ!
周りの音大生達なのだが、普通は皆音楽以外のバイトをしていた。
snackの弾き語りでさえ、ある程度は技術を持っていなければならないからなのだよ。
だから、何の技術も持ち合わせていない学生入った、デパートの配膳係や荷物の搬送係のバイトで、良くて家庭教師なのかな?
お金が欲しければ、女の子はsnackで接客のバイト、男の子はパチンコ屋のバイトと相場が決まっていたのだよな?
当然、音楽のバイトなんてある分けはないのだよ❢
歌の子達は合唱のトラもあったのだけど、それは電車代で無くなるようなスズメのなみだのバイトだったからね?
生活費の足しにはならなかったのだよな?それに滅多には無いからね?
それなのに、私が自分自身に課した課題は、「音楽のバイトでしかもClassicに限ったバイト」という事だった。
先輩諸氏は「そんなバイトはある分けはない❢」
「あったとしてもそんな技術職が出来る分けではない❢」というのが、周りの冷ややかな目であった❢
その時の私は、確かに経験も技術も持っていない、音楽大学に入学したばかりの学生だったので、そう言った批判は、至極、当たり前だったのだよ❢
しかし、「最初は誰でも初めてなのだから❢」というのが私の持論で、周りの目を気にする事もなく、その批判を押し切ってしまった。
大学の教授達に片っ端から仕事をお願いして、幾つかの仕事を回して貰う事が出来た。
音楽のバイトは、一回だけの飛び込みの仕事なので、その他に、ニッパチの間期を防ぐために、受験生を指導する事を始めた。これは一年を通じての安定収入になるので、精神的には安定するのだが、逆に、落ちこぼれた受験生を100%合格させなければならないので、それなりに真剣勝負ではあった。
まあ、そういった努力の結果、当時は、東大生の卒業生の初任給の3倍を稼いでいたよ。
東大の卒業生の初任給がやっと2万5千円の時代に、7万以上も稼いでいたのだよ。
今のrateの換算では、東大卒の初任給が22万なので、単純に計算すると、66万円か?
そんな大した金額ではないよな??
年間所得で約800万だもんな??
共稼ぎならば、普通ぐらいか??
それでもmeritは、音大の勉強の予習復習も完璧なのだよな?
音大で学ぶ上の段階の仕事をしている分けだからね??
4年間で、当然、留学の費用も貯める事が出来たのだが、そういった勉強の仕方を真似する生徒は一人もいなかっね?
音大生自体が、生活費に困っている分けでは無いから、そこまでの苦労をする必要もないしね?
またもう一つの理由は、軌道に乗るまでの勉強が大変なのだけど、私に言わせれば、『音楽の世界で生きて行きたければ、どっちみち必要な技術なのだ』けれどね?
今の教室の子供達に何時も言っている事があって、「発表会の直前で必死になって一週間で暗譜をするのならば、その同じ努力を、楽譜を貰った時にすると良い❢」と言う事だ。
同じ努力でも、timingがちゃんと出来れば、その成果は全く別次元の成果になる。
一事は万事で、それはこういった地道な努力でも、同じなのだよな??
1月6日ハイツの断水とgasfanheater
1月6日の水曜日でハイツは午前中は断水で、全く水を流せないので、頻尿の私としてはtoiletteが困ってしまいました。
午後は歯医者に行きましたが、今日は被せてある歯が虫歯になったとかで被せているのを取りました。
被せても虫歯になるんだ~ぁ??
そのまま椎名町に行こうかと思ったのだけど、返事が無いので、ハイツに戻って来ました。もう一度出掛けるとなると、色々と面倒くさいのだけど、連絡が無ければ致し方は無いよな??
牧野先生が江古田周りの次いでに、ガスファンヒーターを運んでくれたので、setしました。
サーモが壊れていないので、部屋の温度の調節が必要がないので、とても楽です。設定した温度のままに、ファンヒーターの温度が固定されているので、助かります。と思っていたのだけど、やっぱり、温度が設定した温度を越して来た!
ガスの場合には、設定温度で調整する事は無いのかね?
•••と思っていたら、エコと足元とスポットの設定があって足元は強にしておくと、足元から温度が上がって行くので、足が冷える私にはとても良い!温度が上がり過ぎたら、エコにすると、断続的に運転するので、部屋の温まり過ぎは無く、寧ろ肌寒いくらいの温度になる。
組み合わせると、なかなか良いようだ!
やはり、新しいファンヒーターは性能も良かった!
それはそうと、今日はFacebookの19年の9月分のcommentをhomepageに移しました。
チョッと大変だったよな??
後、3ヶ月分だよな??
まあ、一週間は掛からないって、ことだよな??
それと、2020年の1年分なので、都合、15ヶ月分という事だよな??アハッ!
そうだ! 今日は椎名町に行く途中でまるでタヌキのような、つがいのモコモコとしたタヌキと遭遇しました。
大型の猫ぐらいの大きさで尻尾が丸くて真っ黒でした。
bikeなので写真を撮る暇は無かったのが残念!!
5月10日手順書:取説 ·
手順書、若しくは取り扱い説明書というのは、機器の操作の説明の文書であり、取り扱い解説書である。
当然、大手企業の作成した機器等にも取り扱い説明書(以下、取説とする)が付いているのだが、法的な文章が大多数を占めて、肝心要の取説の部分が欠落している、若しくは説明不足である場合も多い。
簡単な日常生活で使用する機器であったとしても、その取説は結構膨大なPage数を持つ場合も多くて、実際に使用するにあたって必要な所を赤でmarkingしていかなければならない場合が、極めて多い。また、肝心要の所が落ちているので、書き込まないといけない取説も多いのだよな??
昨日は発表会で、体調不良の折からの4時半起きの朝早くからの激務であり、夜の食事も食べれなくってしまって、ハイツに戻ったcinderella-timeには、流石にEnergie切れで、食べ物の整理もしないままに、bedに直行してしまった。
いつものように、routineのtoilette-timeを繰り返しながらも、何とか朝の6時頃からは、パソコンやDigaに発表会のvideoのdataの取り込みやBlu-ray-disc に焼く作業を開始した。
パソコンの作業は体を休めるには絶好の作業だ。並行作業で2台のパソコンとPanasonicのBlu-ray-recorderを2台同時に稼働させて、1カメから4カメまでのSDcardの作業を同時にする。
50GのBlu-rayでもそれぞれのSDがdubbing出来る分けでは無いので、容量を減らして4枚のBlu-rayに焼いている。100Gのdiskもあるのだが、ハイツのパソコンには外付けのrecorderはあるのだが、椎名町のパソコンのBlu-rayの再録は50Gまでしか出来ないので致し方ない。
発表会の進行表といのは、私が考案した発表会を子供達が自主的に運営出来るための手順書なのだが、会場が変わると全体が変わってしまうので、常に同じ会場を取って開催している。
Hallが取れなくて、別の会場での開催になった場合や、今回のコロナのように、進行を大幅に変更しなければならない場合もあるのだが、基本は変わらないので、問題は無い。
教室の発表会の記録のための写真やvideoの撮影等は、これまでは業者に任せていたのだが、少子高齢化で生徒数が減って来て、発表会の運営に外部委託は難しくなって来たので、私がCyberlinkを使用してvideoの編集や写真の作成をする事にしたのだが、homepageが教室のhomepage、所謂、『芦塚音楽研究所のhomepage』と、私の論文を集めた『芦塚先生のお部屋』と、privateな闘病記である『芦塚陽二の闘病記』の3っのhomepageを同時に作って行くのは少し無理があって、その上に徒然草のようなFacebookを始めて、流石に、「無理かな??」と思っている所に、鬱と体調不良がやって来て、入退院を繰り返す羽目になってしまった。という事で、この2、3年、homepageの作業が後回しになってしまったので、「教室の事は教室に任せよう」と言う事にしたので、homepageの作り方やhomepagebuilderの使い方、Cyberlinkの使い方、videoの編集の仕方等等、のlectureに、この2,3年追われてしまって、blankが空いてしまった。
5月10日 『発表会こもごも』·
東京や千葉の緊急事態宣言の様子を見ながら、昨日の5月9日に2021年の春の発表会は恙無く終了しました。
今回の発表会も昨年の発表会と同様に、web-lessonのみのオケ練習で、realに子供達と会う事は、発表会の当日、会場での1回のみで、流石に、子供達も初歩の生徒達は、私の指揮を見る事が難しくなっていて、子供達への「入り」のeinsatzを送っても、怖がって、入って来てくれません。
日常の生活も部屋に閉じ籠っての生活なので、自分の意識を鼓舞する事が難しくなっていて、どんなにwebが発達したとしても、実際には、子供の教育は親の背中を見て育つように、オケ練習に関しては、先生の背中を見て育つので、毎回の練習で、生徒達とrealに接する事が出来ないと、どうしても生徒達の士気が乏しくなって、responseも悪くなってしまう事は致し方はありませんでした。
私もハイツの狭い部屋に閉じ籠って、2年近くになるので、体力の維持管理も、鬱のcontrolも、もう出来そうにもありません。
体力維持のために続けている毎日のドル・プリの散歩も、散歩とは言ってもウダウダ散歩なので、体力の維持のための散歩にはならないのだよな??
それに近頃は、またぞろ腰痛も酷くなって来て、散歩もままならないので、25年ぶりに腰痛corsetを買いました。
老人に取っての足腰を鍛える事は、体力を維持して、寝た切り老人にならないための絶対条件なのでね??
私の場合には、歩け無くなってしまったら、独居老人としての一人暮らしでは、生活に窮してしまうからね??
コロナでの自粛が2年間も続いている事に対しての愚痴を言ったとしても、それは世界的なcatastropheなので、どうしようも無い事なので、その話はさておくとして、2ヶ月近く続いている体調不良を、発表会に向けて、なんとか改善しよう・・と、発表会の2、3日前から体調のcontrolを図ってみたので、発表会の荷物の搬入から搬出までは、何とか体力の維持は出来たのだが、千葉から椎名町に戻って、いざ、食事の時間になっては、流石に体力的に無理になって、食事の途中で、食事をやめて、ハイツに戻って、そのまま何もしないで、寝た。
ハイツに辿り着たのは、ちょうど、just12時のcinderella-timeであった。
routineのtoilette-timeで、bedから起き出したのは2時だったのだが、そこで椅子に座ったままで、one coolの1時間半も爆睡してしまって、寒くて目が覚めてしまった。
流石に3cool目は寝付きが悪かったのだけど、まあ、寝た事は寝た。
朝の5時半からはvideoのパソコンやDigaへの取り込み作業を開始した。
1カメから4カメまでの取り込みなので、平行作業をしても数時間は掛かる作業なのだよ。
とは言っても、付きっ切りではなく、同時に別の作業も出来るから、それ程大変な作業にはならないのだけどね??
5月10日トトロのマグがまた割れた!! ·
普段使いと言うか、愛用のトトロのマグカップがまた割れた!!
超Shockだ!!人生、最悪の日だ!!
これで何個目だろうか??
絨毯にお茶が溢れたままの状態なのだが、証拠写真として写真を撮ろうと思ったら、そう言えば携帯は新教室に置いて来たままだよな??
じゃあ、仕方が無いので、代わりにデジカメで撮ろうと思ったら、充電切れでデジカメが立ち上がらない。
何をやっても上手く行かないのだよ。
今日は、兎に角、物が落ちる。
要するに、昨日の疲れが未だ抜けていないのだよな??
Digaに取り込んだvideoをcheckしながら、椎名町に今日のrotationの時間を聞く。
今日はbikeの給油をしなければならないので、遠回りで椎名町に移動しなければならないから、時間の計算が普段とは違うのだよ。
食事とドルプリっ歩を済ませて、ハイツに戻って来て、さてお茶を飲もうと思ったのだが、cupが無い。
絨毯の上には、お茶を吸わせたkitchen-paperが無残なままに散らばっている。
先ずはごみ捨てからだよな??
シンクの中には、薄汚れた使い回しの割れたcupが一つ・・というか、幾つかの断片がある。
そりゃ、そうだ。
さっき、割ったばかりなのだからね??
未だ掃除機を掛けていないので、絨毯が光っている。つまり、割れた欠片が残っているのだよ。
掃除機で掃除をしなければならないのだが、深夜なので気が引けてしまうのだけど、怪我をしては困るので、致し方はあるまい。
なるべくご近所の迷惑にならないように、speedyに掃除をする他はあるまい。
予備のトトロのmug-cupを出して、お茶を入れて飲んだ。
予備の予備はもう一個ある。
形ある物は必ず壊れるからね??
所謂、risk管理だよ。。
5月13日コロナワクチンの接種券 ·
今日は5月の13日の木曜日です。
今は深夜の4時を過ぎた所なのだが、寝直そうとして再び布団に入ってたら超寒くて、眠れないのだよ。
余りにも寒いので、netで練馬区の気温を調べてみると、何と16°もある。
それにしては寒さが酷いので、合いの羽毛布団を、出しっ放しになっているフカフカの毛布に交換をした。
これでやっと暖かく眠れるだろう・・・かナ??
発表会が終わってから、もう既に4日も経っているのだが、この4日間は体調のリハビリと、videoの編集とYou Tubeへのuploadの作業で終わってしまっている。
昨日は、コロナのワクチンの接種券がハイツのポストに入っていた。
開いて見たのだが、読むだけ面倒くさい。
行政の文章らしく、接種の予約と、問診に関して・・と、病院を選択する場所が、それぞれ独立した別々のチラシに書かれていて、それらの予約をするための時系列が書かれていない。
お役所の人達は、担当なのだから「読めば分かるでしょうが??」と言うのかも知れないのだが、私の場合には、色々な病院に掛かっているので、私のhome-doctorの居る病院はどこになるのだ??
全部専門の病院なので、問診だけでも先生が病院に診察に来るのは週一の予約になるのだよ。
当てずっぽうに何処かの近所の個人病院に行けば良いのかよ??
そこで問診を受けてその病院で予約を取れば良いのかよ??
じゃあ、何のためのnetの予約なのだよ。
病院には無許可で予約を取るのか?
手順が手順になっていないよな??
まあ、いつもの事ではあるのだけどな??
掛り付けの病院・・って言っても、全部の病院が手術可能な大病院なので、電話して、先生とcommunicateするのも、大変なのだよな??・・・と言うか、事実上は出来ないのだよ。
・・てな事を愚痴りながら、取り敢えずは、書類に書き込む所を書き込みながら、文章を確認して行くと、「基礎疾患で病院に行っている人は予約を取る前に、主治医に相談をしろ!」という一節があった。
主治医と面談するには、予約を取らなければならないし、主治医が病院で外来の問診をするのは、毎週水曜日の一回だけなのだよな〜あ?
外来でなければ、月曜日も病院には見えられているようなのだけど・・・??
病院に問い合わせて、話を聞いて貰ったのだが、病院の受付がコロナの接種のお達しを理解していないので、対応が全く出来ないのだよな??
政府のお達しを理解していないとは言っても、個人の病院ではなく、練馬区の大病院で、集団接種をする病院でもあるのだがね??
それにこの病院は、以前には、cluster感染で大勢の感染者と死者を出した病院なのに、ワクチン接種の手順を説明出来ないとは、コロナに対して、懲りていないよな~ぁ??
先生のご都合もあるだろうから、受付で、先生のいらっしゃる月曜日に先生に確認をして貰う事にして、私は、何も動かなくて、取り敢えずは月曜日まで待つ事にした。
私的には、近所の個人病院でお茶を濁したいのだが、掛かり付けの病院という事ならば、まあ、今は練馬区内の病院は、そこの病院にしか行っていないのでね??
『あたし、ま~つ~わ~!いつまでも、ま~つ~わ~!』
それは困るよな〜あ?
time-limitもあるだろうからねぇ?
あれ•••??
今まで、何の仕事をしていたのだっけ??
忘れてしまったぞよ??
電話が鳴るまでは、隣の部屋で何かをしていたのだよな??
隣の部屋で、していた事となると•••??
5月15日『芦塚先生はコンクールを否定していて、生徒達をコンクールに出さない』・・という噂話しについてのお話 ·
父兄の間で、生徒達が『コンクールに出たい』と希望しても、芦塚先生のpolicyでコンクールに出して貰えない・・と、思っている人達がいる・・という噂話しを、保護者の人達から聞いて、「何処から、そういった勘違いが出たのか??」・・と、驚いて、理解と判断に苦しんだ事があります。
「コンクールを受けたい」と希望する生徒が立て続けに、その噂話しを信じて、他の教室に替わったからです。
私としてはその生徒達から「コンクールを受けたい」という相談を受けた事は無いし、勿論、当然の事なのですが、「コンクールを受けてはいけない」と生徒に言った覚えはありません。
寧ろ、「コンクールを受けて見たら??」と誘った覚えはあるのだけど、「嫌だ」と断られた記憶はあります。
私がコンクールを否定している・・という噂話しは、保護者の間で、先生に対しての忖度としての噂話しの延長なので、私の預り知らぬ事なのですよ。
そもそも昔は、教室からコンクールに出演する子供達が多かったので、地方予選や本選の賞状は数限りなくあったので、全国大会で入賞した生徒達に限って、コンクールの賞状を花園教室に貼り出していたのですが、それでも、入賞する子供達が多かったので、花園教室の壁一面に貼る場所が無い程になってしまって、流石に、壁の全面が賞状だと見苦しいので、賞状の殆どを倉庫に保存して、その中の1,2枚だけをコンクールの入賞のsampleとして教室にdisplayにする事にしました。
花園教室の入口の扉の上にあった先生達の賞状と星那さんの賞状です。
同じコンクールのその年のその回での全国大会で、複数の生徒を入賞させたので、私や牧野先生も指導者賞というのを戴いてしまいましたので、その賞状も飾っていました。
だから、私が「コンクールに生徒を出さない」という噂は眉唾である・・という事は教室を見れば分かる事だったはずなのですが、昔々から、人は自分の目や先生のお話よりも、噂話を信じるのですよね~ぇ??
コンクールの事に限らず、一般の社会に流布するこの噂話には、困ってしまうのですがね??
対外出演やコンクール等で多くの生徒達を入賞させるようになると、近所の音楽教室や父兄の間では「あの教室は、入会するのにはとても厳しいtestがあって、入会出来ても、とても厳しいlessonが待っているので、親も子供も泣きながら、lessonを受けなければならない・・という、一般の人はとても耐えられない教室ですよ。」という噂が流れて、教室に入会する人が極端に減って、困った事がありました。
教室の保護者の人達がその噂話しの払拭に努力してくれたのですが、誰も信じてはくれなかったそうです。
日本流の水準が高い教室はlessonが厳しいという常識で判断するからなのです。楽しければ、上手くなる・・なんて信じる人はいないからね??困った事です。
教室の先生達が学んで来た芦塚methodeでは、「lessonで演奏出来なくても、生徒を叱ってはいけない。」「練習して来なくても、怒ってはいけない」という、確固とした先生達へのruleがあって、練習して来なくても、先生と一緒にlessonで練習する事に因って、大学生ともなると、それなりに難しい曲を弾き熟せるようになるのですよ。
つまり、継続は力なり(time is power)なのですよ。
だから、先生達が目くじらを立てて、怒り巻くってlessonをするというような日本的な風景は私達の教室のlessonでは見られ無いのです。
それこそ、私のpolicyなのですからね??
でも、人の噂も、75日では消えませんでした。
・・という事なので、「猫も杓子も」コンクールに出すのはやめにして、『その生徒が音楽への道を歩む』という前提がある場合に限って、コンクールに出す事にして、一般の普通の趣味の生徒をコンクールに出す事は、推奨しない事にしました。
とは言っても、・・・まあ、それも建前に過ぎないので、一般の音楽に進む事を決めていない趣味の生徒でも、本人の希望でコンクールに出て、全国大会で入賞を果たした生徒もいます。
本人が望むならば、将来音楽へ進もうと、amateurに徹しようと、私には関係の無い事なので、ましてや、「コンクールに出たければ出れば良い」・・というのが私の本音であって、「コンクールに出たい」という気持ちを否定するつもりはありません。
つまり、私が生徒達をコンクールに出さないというのは、完全な勘違いに過ぎないのですが、一般の音楽教室のように、先生の方からコンクールに出る事を生徒へ薦める・・という事は極めて稀なので、それが教室の保護者の中で「私が、コンクールを忌み嫌っていて、生徒達をコンクールに出さない」・・という噂話しの元になったのかも知れませんよね??
『コンクールの種類』
私がお勧めしているコンクールは予選、本選、全国大会等の勝ち抜きのコンクールです。
私の場合には、コンクールのための追加lessonは基本的にしないのですが(勿論、希望があれば、追加のone lessonはします。但し、規定のone lesson料は月謝とは別料金になります。・・当たり前か??)
殆どの先生達、ほぼ毎日のようにlessonをして、それでコンクールに出場するのですが、それでも、中々コンクールに合格する生徒はいないと思いますよ。
教室の生徒達が追加のone lessonも無しに、コンクールに入賞出来るのは私が生徒達に課している「コンクールに出場する条件」に因るからなのです。
その条件こそが、取りも直さず『生徒達を100%確実にコンクールに入賞させる方法』なのです。
一般の音楽を学ぶ生徒達がコンクールに出場する場合には、通常は、コンクールに申し込んで、予選、本選の日にちが決まってから、その日にちに向かって、課題曲の練習を開始するようなのですが、私の場合には、もう既に演奏済みの、所謂、合格してる曲をコンクールで演奏させます。
それは課題曲が主催者sideで決められている場合でも同じです。
また、コンクールは予選と本選と、東日本と西日本の予選に、全国大会が更にあるので、曲は地方予選の曲から、少なくても2曲以上準備しておかなければなりません。
いやしくも、全国大会での入賞を狙うのならば、地方予選の時点で、全国大会の曲を仕上げておかなければなりません。
それは地方予選の水準と同じlevelで、全国大会を受けても、それでは水準に達する事が出来ないからなのです。
少なくても、地方予選や地区の本選の水準よりも、遥かに高い水準で曲を仕上げておかなければならないからです。
そういった曲がコンクールを受ける前に予め準備出来るlevelになったら、コンクールを受けて、全国大会まで勝ち登る事が出来るようになります。
でも、そういった事前の準備が出来ていなくて、コンクールを受ける・・という事は、コンクールで合格出来ない・・という前提の元に、コンクールを受けている事になるのですよ。
これが、私が言っている儚い夢なのです。
夢を見て、コンクールを受けるのならば、厳しい現実に直面して、挫折を感じてしまいます。
それこそ、音楽を勉強するのは二度と嫌だ!!という事になって、趣味としても楽器の蓋を開ける事は無くなってしまいます。
でも、それは、予め分かっている事なのですよ。
水準というものがあって、コンクールに入賞する事を希望するのならば、その水準に達しておく事なのですよ。
コンクールは入学試験と同じなので、夢を見る事は出来ません。あるのは、厳しい現実だけなのですからね??
『教室の範囲外の地方規模のコンクールや教育関係のコンクール等々』
そういったproを目指す人達が集まって来る、所謂、『全国の規模のコンクール』ではない、もっと楽に合格出来る地方のコンクールがあります。
しかし、地方のコンクールには色々と、地方独特の問題があって、以前千葉市でも新聞社主催のコンクールがありましたが、千葉の大御所の先生が審査員になって、その先生の生徒たちだけが、ミスをしようと、弾き直しをしようと、合格してしまって、その先生以外の生徒さん達で、とても上手な生徒たちが、落選してしまうので、次の年からそのコンクールを受ける人達がいなくなって、慌てて主催者が東京から紐付の無い審査員を呼んだのですが、時・既に遅く、3年目にはコンクールは無くなってしまいました。
地方や企業主催のコンクールでは、常に土地の大御所が地方を仕切っているので、全国大会を持つ規模の地方予選でも、公平性が取り沙汰される事がよくあります。
それに、地方予選で大御所の先生からの引きで、大きな全国大会に出場出来たとしても、関東関西blockから、全国大会への大規模のコンクールに出る人達は、音楽の道に進む登竜門としてコンクールに挑戦している人達が殆どなのですから、例え大御所先生の後押しで全国のコンクールに出場出来たとしても、そういったproを目指す人達と同じ舞台に立った場合には、水準に達していない生徒は舞台で悲惨な結果を生み出してしまいます。
だから、cleverな人達は、地方予選で或程度の成果を上げると、関東関西blockや全国大会を辞退する人達もいます。
挫折をするよりも、現実を優先する分けなのですよ。
初めてコンクールに出たいと思う人は、そのコンクールを、ちゃんと予選から本選までを一度聴いてみて、『それでも出たい!』・・と、確実に納得してから出演を決めるべきなのですよ。
そうすれば、コンクールでmissをしても、なんの問題も起こりません。
多くの保護者の人達はコンクールの意味を勘違いしています。
だから、私は、コンクールを受ける前の心構えのお話や、このコンクールの種類に付いての説明もFacebookやhomepageで、何度もお話をしているのですが、噂話しは聴く事があっても、実際の現実のコンクールを調べて見る事は無いのですよね??
保護者の人達は夢と現実がごっちゃになって、色々な種類のコンクールがあっても、そのコンクールの違いや目的を理解されないままに、「コンクール」と十把一絡げで同じコンクールのように解釈してしまっているように思われます。
つまり、コンクールとは言っても、その種類は多種多様あります。
そのコンクールの種類の定義と目標を知っておかなければなりません。
10、コンクールがあれば10の種類のコンクールになってしまうので、その一つ一つを詳しくお話する事は出来ませんが、全体的に取り纏めて、簡単にお話をしておきます。
『コンクールの種類と多様性』
コンクールには、趣味の人達でも合格出来るコンクールや、amateurを対象としたコンクールがあります。
その違いの一番簡単な差別化は、コンクールに出演する人達の住まいの範囲でしょうかね??
一番狭いコンクールで、しかも子供達に取ってや、保護者の人達に取って一番身近なコンクールというのは、学校が主催する教育の現場の世界のコンクールのお話でしょうかね??
先ずは、学校の中の、しかも学級単位のコンクールでしょう。
次は学校の中で・・、その次は市が単位になって、その次は県!
ここまで行くと、「凄い!!」という事になるのかな??
次のブロックは西日本と東日本で、最後に全国大会になります。
私が高校生の時に大学病院に入院していた時に、お見舞いに貰った鉢植えの花を、色鉛筆で書いたのですが、それを友人が私に内緒で社会人のコンクールに出品して、その花の絵が、西日本ブロックで入選した事があるのですよ。
小学生の時から中学生まで、私は絵の授業の成績は、万年赤点だったのですがね??
「高校??」・・高校では絵の授業は取っていません。
選択教科は音楽を取ったのでね??(・・ああ、そう言えば、確認をしておきますが、学校のコンクールではなく、一般のコンクールです。私は入院中だったので、実際に展示された絵は見ていないのですがね??)
しかし、残念ながら、もし、学校のコンクールで全国で1位になったからといっても、学校のコンクールでの一位の入賞では、社会的なprofessionalなコンクールでは、とてもとても、予選すらも通過出来ないでしょう。
学校の中のコンクールは、教育上の教育界のコンクールであって、社会に認知されているコンクールではないからなのです。
教室の高校生の生徒で、テニスで千葉県で2位になった生徒がいました。
彼に「将来はテニス・プレイヤーでも目指すのか?」と尋ねたら、「千葉で1位の生徒は、半年の海外テニス留学をするのですよ。1位と2位だけど、全く別世界なのですよ。」と嘆いていました。
テニスのproにはなりたいのだけど、経済力が続かないそうです。
私は音楽の先生なので、テニスの世界のお話ではお助けのしようが無いよな~ぁ??
そういった国体等のコンクールや、企業主催のコンクールでも全国大会を持つコンクールがあります。
日本では最も権威のあるコンクールとされるコンクールでも、音楽界の重鎮の先生達が、予め、コンクールで一位になる生徒を先生の持ち回りで決めているコンクールがあって、その予選を聴きに行ったのですが、私の周りの女の子達が「次の子が、今度入賞する生徒なのよ?」と言っているのを聴きました。その生徒の時だけは、予選なのに、満席になって、次の生徒の時には、数人の人しか席に残っていなかったのが、妙に印象に残っています。
それよりも更に遡って、私が未だ留学中の話なのですが、私がドイツから、そのコンクールの作曲部門を受ける予定で、作品を郵送した後で、事後承諾で、重鎮の先生である私の恩師に、コンクールを受ける了解を取った時に、先生から、「あなたがコンクールを受ける事を1週間前に、知っていたら、コンクールで一番にしてあげたのに・・」と非常に、怒られてしまいました。
その後、N響の岩城さんに、お会いした時にその話をしたら、「予選で撥ねられる作品は、よっぽどの駄作か、よっぽどの秀作なのだから、part譜を書いて持って来れば、N響で演奏してあげるから!」と言われて、2週間の時間を貰ってpartの作成に取り掛かったのですが、その時に、Genzmer先生が言った言葉が思い出されました。
「Hindemith先生は、実に勤勉な人で、画家マチスのpart譜を1月で書いたのだよ!!」という言葉です。
私は2週間貰って、たかが10分程度のorchestraの曲のpartを作れなかったのですよ。
という事で、岩城さんとのmeetingの約束をすっぽかしてしまいました。考えると未だに冷や汗が出てしまいます。
岩城さんごめんなさい。代わりに今でも、指揮棒は岩城modelを使っていますよ。アハッ!
当時は、finaleなんて便利なものも、computerさえも無かったanalogの時代だったのでね??
part譜を作るのも手書きだったのですよ。
これは日本では、一番権威のある音楽コンクールのお話でしたがね??
まあ、コンクールなんてそんなもんなのよね??
同じ全国大会のあるコンクールでも、企業が運営しているコンクールがあるので、その選考基準もその企業の方針に寄って評価されます。
学校のコンクール等でも、当然、文科省の紐付けがあるので、コンクールの審査の基準は主催側の方針に拠るのです。
学校のコンクールでも全国大会のあるコンクールはあるのですが、それは音楽の世界とは隔絶した学校教育上の評価しかないので、professionalな音楽界で学校教育界で受けたコンクールの評価が、評価の基準にされる事はありません。
また、音楽コンクールで全国の入賞を望んで努力を重ねる人達は皆proになる事の登竜門として、コンクールを捉えているので、一般の人達のコンクールに対しての考え方とはその根本が違っています。
つまり、コンクールに入賞出来るのであればどんな努力も金銭も惜しまない親子の集団なのです。
そして、一位を獲得出来るまで、何度も何度も挑戦を重ねて行くのです。
Europaの小さな村のコンクールで、「こんな田舎のコンクールならば、日本人は誰もいないだろう?」と思ってコンクールを受けたら、小学生の時からのいつものmemberが全員居た!という笑えない・・笑い話があります。
皆さん、コンクールの履歴を付けるために必死なのですよね??
Pianoが上手いから・・violinが弾けるから、あわよくば・・という理由でコンクールを受ける人達は、コンクールの世界では、論外中の例外の、門外漢なのですよ。
コンクールに出るのであれば、同じコンクールを受ける人達が自分の将来、音楽家としての未来を掛けてコンクールに出演しているのだ・・という事を理解して、コンクールに参加しなければ、大恥を掻いてしまいます。
コンクールでは、日本のコンクールや世界のコンクールに入賞して、更にproを目指す人達が受けるコンクールがあります。
所謂、国際コンクールです。
その中でも頂点に君臨するのが、violinのTchaikovsky-concoursと、PianoのChopin-concoursでしょうかね。
日本のある音楽雑誌で過去20年間のコンクールの入賞者の名前を列挙した雑誌がありました。
そのコンクールでの1位入賞者の中で、現在でも一流の演奏家として世界に名前を知られている人は、ほんの一人、二人しかいないという事に、愕然としてしまいました。
正に、コンクール・ピアニストとしては、一流だとしても、professionalの音楽の世界では生きてはいけない・・という事の証明でした。
(勿論、このお話は、自称一流の演奏家の人達のお話は含まれていません。自称ならば、猫も杓子も一流になれるからね??)
Genzmer先生の言葉では、その人がproであったか??、一流の芸術家であったか??は、その人の死後、歴史が決める事で、本人や社会が決める事ではない・・という事でしたよ。
『例外として、水準に達していない生徒をコンクールに出す場合』
私の場合にも、生徒がコンクールに出るだけの水準に達していない生徒の場合なのですが、「どうしても将来、proの演奏家になりたい」とか「音楽の世界で生きていきたい。」と、希望する生徒に対して、同じ年代のproを目指す生徒達の水準(Niveau)を理解させるために・・や、proを目指して、コンクールに出ている人達の意識や心構えを教えるために、例外として、その生徒がコンクールの水準に達していなかったとしても、コンクールに生徒を出した事があります。
その時には、周りの人達から「よく出したわね?」と、驚かれ、「芦塚先生って、生徒思いなのね??」と、感心された事がありました。
つまり、「そのlevelで生徒を出すという事は、その先生のlevelがその程度に低い」と思われてしまう・・というriskがあるのだから、そのNiveauに達していない生徒をコンクールに出すという事は、通常の先生達の間では、prideの問題で、絶対に有り得ない事だからなのです。
私自身は国際コンクールで1位に入賞した経験が有る分けなので、当然、『それを承知で、生徒を敢えて出す』という事なので、先生の尊厳を否定されても構わない・・という勇気が相当なものだ・・という意味なのですよ。
まあ、私の自画自賛は兎も角としても、それでNiveauに達していなかった生徒が、二度と立ち直れなくなって、音楽の世界から身を引く、・・所謂、挫折をする・・という危険性のある賭けなので、生徒に対して、余程の信頼を持っていないと、出来ない賭けである事には違いはありません。
『コンクールの延長線上にproがいない・・という理由』
コンクールの審査は、複数の審査員が採点するので、コンクールで100点を取るという事はありません。
音楽の評価は一人一人の審査員で違うからです。
コンクールの採点では最高得点は80点から90点までの間でしょうかね??
コンクールで競うのはその80%までが、技術点になります。
だから、コンクールで1位に入賞出来たからと言っても、それでproとしての将来が約束された分けではありません。
世界で活躍している人達の殆どはコンクールの入賞歴を持っていない人達なのですが、それはコンクールを受ける前から演奏活動をしているからに他なりません。
proとして演奏活動をしている人がコンクールを受けると思いますか??
それは余りにもコンクールの水準を理解出来ていない人達です。
日本人の人でTchaikovsky-concoursに一位で入賞した人がいます。世界最高のコンクールなのですが、その人は外国の音楽大学に入学し直して、基礎から勉強をしていましたよ。
奢らない人ですよね??すばらしい!!
Alfred Denis Cortotという名pianistがいます。否、神様かな??
優れたお弟子さんを育てた人でもあります。
彼の名を冠したコンクールで審査員として行った時に彼が言った名言があります。「このconcoursを私が受けたら、私は予選も通らなかっただろう?」
concoursの水準の高さを言ったのかな??
否、私にはただのironyに聴こえるけれどね??
但し、proの人達が、コンクールに出なかったとしても、コンクールに出れば1位になれる水準(技術)を持っている事は当たり前の事です。
しかし、proとして音楽界に君臨するには、その人の個性が必要になります。個性の無い技術だけのpianistの事をEuropaではコンクールpianistと言って馬鹿にしています。
日本では個性的な演奏をする事は極端に忌み嫌われますので、日本の演奏家集団はコンクールpianistやコンクールviolinistの集まりに過ぎません。
本当の一般の社会でも通用するような、professionalな演奏家を育てるには、concoursをproへの登竜門とする音楽界を否定しなければなりませんが、日本のClassic業界そのものが、個性を尊重するような時代にはなっていないので、proが日本で育ってくるには未だ数百年は待たなければならないのかもね???
でも、私的には、コンクールの功罪はあって、先程も言ったように、コンクールで重箱の隅を楊枝でほじる事を学ぶ事は、proを目指す過程の中の一つとしては、とても良い事であると思っているので、コンクールそのものを否定してはいません。
ただ、教室からproになった人達の多くは、コンクールを馬鹿にしている事が多いので、それが、「私がコンクールを馬鹿にしている」と勘違いされた元になったのかも知れません。
でも、お話をしたように、私は子供達の技術力や集中力を獲得させるためにコンクールを使って、そこで重箱の隅を楊枝でほじるような練習をさせる事が、よく(?時折??)あるので、必要があれば積極的にコンクールを活用します。
歴代の先輩諸氏の生徒達がコンクールで全国での入賞をしているのは、その指導の結果論になります。
コンクールはただの減点法なので、重箱の隅を楊枝でほじれば良いだけなのだから・・です。
だから、私が指導した教室の生徒達の殆どの人達は、コンクールの合否の発表を見ないままに会場を後にしてしまいます。
減点法なので、自分の得点が分かるからです。
「私が示したcheck-pointの何%がちゃんと弾けたか??」が分かれば自分の得点が、発表される前でも自分自身で分かるからです。
だから、生徒達も、コンクールに対して、無駄な夢を見る事が無いのです。
「ひょっとしたら、合格したのかな??」という風な儚い夢・・です。
しかし、コンクールでは周りの得点も低い場合が多いので、それでも、合格してしまう事がありますが、それで喜ぶ生徒もいません。つまり、自分が満足の行く成果を上げる事が出来なかったからなのです。
そこまで、しっかりと意識を持つ事が出来れば、コンクールを受けても弊害にはなりません。
教室の先輩諸氏の皆さん達は、コンクールに対しては、冷ややかなものです。
つまり、出来なかった事は、出来なかった・・に過ぎないのですよ。
そこまでの水準に達すると、コンクールに対しての見方も、覚めたものになってしまいます。
それに、もっと大切な事は、コンクールに入賞出来たからといっても、その生徒の将来が約束された分けではありませんし、その曲を演奏する技術に到達出来た分けでも無いのです。
コンクールに入賞させるのは先生の指導力と技術であって、生徒の技術や表現力では無いからなのです。
だから、私がいつも言うように、コンクールは先生達の生徒指導の力量を試す場であって、生徒の技術力を示す場では無いのです。
生徒がコンクールに合格出来るか否かは、先生の与えたcheck-pointを何%clear出来たかに過ぎないのですからね??
コンクールではなくて、その子が将来的にproとして生活出来るようになるか否かは、直ぐ分かります。
その子の音楽に対する価値観がその子自身の価値観である場合には、その子の音楽には魂が入ります。
つまり、魂のある音楽を表現出来るようになると、技術力は兎も角としても、充分にはproとしての資格を持つ事が出来るのです。
ドイツの名車であるフォルクスワーゲンなのですが、見えない所には、手間を掛けていません。
日本の車のように、見えない細部まで丁寧に仕上げている車とは大違いです。
Europaの多くのPiano等も全く同じで、見えない箇所には、全く手間を掛けていません。
どんな細部にまでも、手間暇を惜しまない日本の製品とはえらい違いなのですよね??
「それがコンクールと何の関係があるの?」
という事なのですが、日本の音楽家の場合のは、細かい細部まで上手に音楽を作り上げているのですが、肝心要の音楽が無いのですよ。
凄い可愛い女の子のviolinistがいて、演奏をしているのですが、とても上手で完璧に演奏をしているのにも関わらず、何かが違っているのです。
よくよく注意して聴いて見ると、phraseのmelodieに言葉が入っていないのですよ。
美しくて美味しいのに、二度と食べる気にはならない。今日だけで充分なのだよな??そんな料理の感じです。
国際コンクールで特賞を取ったパテシエのお菓子・・・、美しくて、とても美味しいのだけど、一度だけで満足・・・という感じなのですよ。
「毎日でも食べたい」・・、そんな気にはなれないのです。
コンクールの音楽家達の殆どは、そのまま、忘れ去られて行くのです。
コンクールはそれをきっかけにして、音楽家への登竜門にすると良いのだけど、それが出来る人達は非常に稀だし、そういった人達はコンクール等は鼻にもかけないのですよ。
コンクールに間違えた期待を掛けて、「コンクールに合格するとproになれる」・・とか、「有名になれる」、と思っている人がいたら、「それは、間違いですよ。」と正しているに過ぎません。
コンクールを目指す余りに、音楽への道を踏み外している人達が多いのが現実なので、コンクールを受けたいと希望している人に、コンクールの意味を説明しているのに、過ぎないのですが、それが、『私がコンクールそのものを否定している』という事になっているようです。
音楽とは、語りかけなのです。
語りかけの無い音楽は所謂、魂の無い音楽なのです。
演奏には二つのstyleがあります。
演奏家が自分の感情を音楽に託して演奏する場合と、演奏家が作曲家の感情を聴衆に代弁して行くstyleの二つです。
日本人の若くて可愛い女の子が一生懸命に演奏をしているのに、美しいのだけど、音楽が伝わって来ません。
楽しいのか?悲しいのか?暗いのか?明るいのか?さえ分からないで、ただ単に美しく弾いているのですよ。
今時のロボットでもそういった演奏はしないのだけどね??
困った事です。
もっと、最悪な事は、音が箱の音なのですよ。楽器の音ではなくて・・ね??
5月15日『アフレコとアテレコ』 ·
アフレコとアテレコは良く混同して使われる事があるので、定義をしておきます。
アフレコとはafter-recordingの略で、撮影したvideoの上に音を重ねて行く事を言います。(その場合は、元の音声はそのままで、その上に重ね録りをします。)
当てレコは、日本語の『当てる』とrecordingの合成語で、animationでのcharacterの会話や、映画の日本語訳のように、配役の口の動きに合わせて言葉をrecordingする事を言います。
私がaround30歳の頃の時代では、未だvideoというものがこの世に存在しなくて、film-cameraが主流だったので、音楽の録音の場合でも、映像をcameraで撮影してから、録音だけは録音としてStudioで録音をしていました。(同時に音声も録音すると、cameraのmotor音が録音されてしまうからです。)
その頃は、未だ音楽教室を作る随分以前で、日本に帰って来たばかりの頃の話しなのですが、学研から、突然「Pianoの可愛い高校生の女の子を貸してくれ」とofferがあったのですが、その当時は未だ生徒は基本的には教えていなかったので、手持ちの中学2年生の女の子を「高校生に見えるかな?」と言いながら、連絡を受けた2日後に、HallとStudioのある会場に連れて行きました。
最初の予定では、「Beethovenの月光の曲とか、Chopinの子犬のwaltzとかいう有名な曲を撮影したい」という話だったので、2日間で、その2,3曲を準備して行ったのですが、Hallで撮影する段階で、「絵的に、曲が気にいらない」・・と言う話で(録音staffの人が自分で決めたのも関わらずなのですが、業界の人は常に我が儘なのでね・・・??)Hallに付属している売店で、他の曲の楽譜を買って来て、「この曲でお願いします。」という無茶振りでした。
中学生、高校生ともなると、音楽を目指す子供達は、有名大学の教授達の生徒に数多くの優れた子供達がいる・・とは思われるハズなのですが、そういった優秀な子供達をさておいて、私の所にofferが舞い込んで来たのは、私が指導している子供達の初見力・・というか、初見の暗譜で演奏するずば抜けた力量だったのですよ。
・・という事で、当日、連れて行った女の子も、まあ、初見の暗譜は、全く問題は無い子供だったので、その場で渡された楽譜も難なく弾きこなして、舞台でのcamera撮影が終わって、今度は、Studioで、その曲の録音になったのですが、確認のために、3回程、録音をした後で、staffの人達が驚いて、「流石は芦塚先生の生徒さんですね??3回とも100分の1秒のズレもありませんでした。」と絶賛していました。
という事で、恙無く録音録画が終わったのですが、後日には、videoのtapeとしても、高校の教材として配布されたので、私も完成した動画を見る機会があったのですが、どう見ても、やっぱり中学生にしか見えなかったので、冷や汗ものでした。
当時の生徒は大学生だけで、子供は基本的に教えていなかったので、私が指導している子供の生徒は、中学生の3人しかいなかったので、致し方は無かったのですよ・・・ね??
教室を開いた頃からは、βの巨大な録画機器とvideoのcameraが発売されて、非常に高価だったのですが、購入してlessonの風景や、発表会での演奏風景を撮影しました。
勿論、よっぽどの家庭を除くと、一般家庭には未だvideo-cameraを持っている家庭は、非常に少なかったので、最初の時代には私が自分自身の指導のための勉強のために撮影していたのですが、その後、videoのrecorderが一般家庭にも、購入されるようになっても、流石に、各家庭でvideo-cameraを持つ事は稀だったので、希望者には、発表会の録画のtapeを実費でお分けする事にしました。
その後、βやVHSの時代から徐々にcompact-video-cameraの時代に変わって来て、業者sideでも、写真の撮影と同様に、発表会のvideoを生徒たちに販売する事が一般的になって来たので、教室では、営利目的のvideoの撮影や編集の作業は、教室本来の仕事ではないので、videoの撮影と編集の作業は業者に委託する事にしました。
但し、一般の音楽教室の発表会の場合には、写真やvideoを販売する場合には、全体写真とその人の演奏の写真があって、基本的には発表会に出演した子供達の全員が写真を購入する事になっているので、業者を雇っても、採算が取れてその音楽教室には経済的な負担は無かったのですが、私達の教室の場合には、朝の10時開演で夜の8時終演では、生徒達を全体写真のために待たせて置く事は不可能なので、自分の部が終わった時点で帰っても良い事になっているので、写真やvideoの購入者も任意になってしまいます。
そのために、写真・videoの購入者が非常に少なくて、写真の業者から撮影を断られてしまいました。
その後、教室の保護者や関係者の人達に写真の撮影をお願いして教室で代わりに希望者には写真を売っていたのですが、手間が大変だし、営利目的でやっているように思われても嫌なので、教室としては、写真を撮影する事自体を止めてしまいました。
保護者の人達が勝手に撮影しているようなので、教室での写真撮影は不要だと思ったので・・。
同様に、videoも購入者が非常に少なく、業者の損失を教室が負担していたのですが、結局、発表会の経費としては、莫大な赤字が出てしまうので、業者と協議をして、videoの外部委託も止めて、教室での自主撮影をする事だけにしました。
教室でvideo-cameraの撮影をする・・という事は、結果的には私一人で作業をしなければならない・・という事なので、私に取っては大変な負担になってしまいます。
特に、4台のmulti-video-cameraで撮影して編集する作業は大変手間の掛かる作業なので、私としてはやりたくない作業なのですが、生徒一人一人の進歩の過程を残して置くという事や、生徒達が自分の演奏を客観的に見て、自分の勉強に役立てるためには、とても有意義な事になります。
音楽の勉強は色々な人達が演奏を見てからの話になります。
音楽大学等では、一般的には学生の対外演奏を禁止している所が多いのですが、それは学生の水準で対外出演をされると、学校の不名誉になってしまうからなのです。
しかし、音楽は人に話掛けて、説得をする、所謂、舞台と同じなのです。人の前で演奏する事が即ちその人の成長に繋がるのです。人の前で演奏する事無しに、その人の音楽が説得力を持つ事はありません。videoで演奏を公開する事は、その人が音楽の世界で羽ばたく限り、必ずその人の将来に繋がって行き、役に立って行きます。
ほんの少し前までは、自分の音楽歴を映像に残して、映像としての略歴を作る事は不可能でした。本当に今の人達は恵まれています。
私でも私の現役の頃の演奏の動画は残っていないのですよ??
また、このmulti-video-cameraの編集の作業を学ぶ事は、proとして音楽界で活動を続けるためには、その技術や方法を知っておく事は、大変な勉強になります。
私がいつも言っている事なのですが、proがamateurと違って上手なのは、videoの録画録音の撮影があるからなのです。
通常、recordingの作業のは、音楽関係以外の人達が集まって録音・録画の作業を進めて行きます。
10人のstaffがいたとしても、その中で、音楽家である人はpianist本人と作曲家、指揮者の3人だけで、後は、録音関係の人達やproducer達だけなのですよ。
またコンクール等を受ける人達に取っては、アフレコやアテレコの技術を学ぶ事は、proの演奏家達の音楽の作り方を学ぶ上での音楽技術の上達の基本となるので、とても重要な勉強になります。
私がmulti-video-recordingの技術を学んだとしても、私自身は演奏家ではないので、なんのmeritもありませんが、あくまでも生徒達への指導上の教育的な意味でのvideoの撮影と編集になります。
5月17日ワクチン接種の許可が出た ·
お昼過ぎに主治医の先生からの電話が直接あって、ワクチン接種の許可が出たので、早速携帯で申し込んだ。
パソコンではQRコードの読み込みが出来ないからだ。
passwordや接種券の番号を打ち込むのが、携帯では文字が小さいし、番号の確認も出来ないので、数字を打ち込むのに、チョッと手間取ってしまったのだが、10分も掛からない(電話が通じる迄には、予約の取る事の出来ない日にちが分からないので、当てずっぽうに日にちを開かなければならないので、非常に無駄なaccessでした。
最初から駄目な日にち以外の予約の取れる日にちをselect出来れば、selectするのには、ホンの2、3分しか、掛からなかったと思います。
予約が空いている一覧表に入ってからの、日にちの予約を取るのは、2,3分しか掛からなかったのですがね?)で登録予約が完了した。
超、楽であった。
という事で、今週は恰もまるで老人のように、病院通いの週になってしまった。
携帯だけで、人を介さないで、出来るというのは、とても楽で、負担が少なくて良い。
特に、私のような対人恐怖症の人間に取っては、人と会話をする事自体が苦痛なので、とても良い。
これで接種もロボットが全自動でやるともっと良いのだが・・??
今日のmain-eventが終わったので、「仕事modeに入ろう」とパソコンの前に座ったら、突然、体調不良になって動けなくなって来て、意識が混濁として来て、座ったままで眠り始めたので、慌ててbedで寝る事にした。
昨日は新教室のパソコンのbluetoothの設定が出来なかったので、急遽、千葉に車を出して、今まで買っていた小物を使用してbluetoothの復活を試みたのだが、出来なかったので、疲れが溜まってしまっていたらしい。
突然virusが入って来て、McAfeeがとんでもない事を始めたので、急遽installを中止して、Security0をdown loadしようとしたのだが、virusとMcAfeeが邪魔をしてdown load出来ないので、disc 版を購入する事にした。
virus-busterは入れていたハズなのだが、hard-diskを交換した後で、virus-busterだけ、戻していなかったらしい。
いずれにしても、hard-diskをrenewalしたのだから、virus-busterもversionupしなければならないだろうしね??
5月19日再手術が決定した ·
昨日、5月18日の火曜日は、3ヶ月振りの川崎の病院での検査でした。
検査結果は・・・???
いや~ぁ、超、Shockだよな??
前回の検査で、疑わしい・・と思われた所が、完全に再発して、またまた、二泊三日の手術になってしまいました。
今回は、コロナ対策のために、色々と複雑な検査や準備があって、病院での検査内容も複雑怪奇です。
それとは別に、コロナ・ワクチン接種のtimingと歯医者や糖尿病内科の外来の診察とも全部被って、double-booking所ではなく、tripleもquadrupleもダブってしまいました。
いや~ぁ、今日からは、病院に電話を掛けまくって、予約の変更をしなければならない。
病院間の調整が大変だ。
コロナ対策で、今日からの体温を術日まで毎日計って書き込んだり、入院の前の日に、コロナ検査をしたりで、今までは、見た事もない手順だよな??
それに、前回の入院の時は、晩秋から冬だったので、病院での寝巻きも冬用だったのだけど、今回は6月なので、夏用の寝巻きがないぞ??
病院で借りたのは小さくてつんつるてんだったので、慌ててスーパーで買って来たのだよな??
それに病院は何処も、スリッパ禁止なのだよ。
転倒するからなのだそうだ。
以前買ったナースシューズは、足が狭くて長時間履いていると痛くなって使えないのだよな??
それにしても、プリドルっ歩を済ませて、深夜1時過ぎにハイツに戻って、一人になってからは、少し落ち込んでしまって、眠れなくなってしまったのだよな??
早く仕事を始めて、仕事modeに戻らないと鬱が起こってしまうよな??
5月21日[violaとcelloのduo] ·
今日は5月21日の金曜日です。
今回、発表会で瑞希ちゃんと珠加ちゃんが弾いてくれた、私の『violaとCelloの二重奏曲集』の中の第一番の楽譜のお話なのだが、私がこの曲を作曲をしたのは、1976年5月5日の30歳の時なのだが、当時はnotationのsoftであるfinaleが無かったので、・・という事ではなく、パソコン自体が未だ一般的ではなかったので、当然、楽譜は全て手書きの原稿をそのままcopyしていた頃の時代の譜面である。
手書き譜は、出版されている楽譜のように、(或いは、パソコンで入力した画面のように・・)音符の単位で書かれている(音符が2段でも拍の単位で上下の音符が整合性を持って書かれている)分けでは無いので、私のようにfacsimileの手書きの楽譜を読み慣れている人間は別として、手書き譜を見た事がない人達にとっては、拍子感や拍のimageが直感的に見えないようで、今回のduoの第一番も、譜読みには、苦労したようだ。
基本的には、私達作曲家は、習性上楽譜を書く時には、原則として横に書いて行くので、縦のlineが合わない・・という事がよくあるのだよ。
勿論、私達も楽譜を書く時にはそれなりには、注意して書いてはいるのだけどね??
今回の私のduoの楽譜は、手書き譜を見て演奏をするという事なので、手書きされた楽譜からは、拍(rhythm)のimageが沸いて来ないらしい。
という事で、今回のduoの演奏にあたって、Celloを担当した珠加ちゃんが、自分の演奏のために、finaleに入力をしてくれたのだが、手書き譜を入力するのは作曲者本人でないと、なかなか難しいものがある。
発表会は終わってしまったのだが、videoの撮り直し・・という事で、昨晩、珠加ちゃんからfinaleに入力をしてくれた楽譜のlineで送って貰って、そのfinale-dataの手直ししながら、「どうせなら、第二番も・・」と、欝に任せてfinaleに入力作業をしてしまった。
記譜上は、第一番よりも第二番の方が複雑なrhythmになるからだ。
私は、一応は作曲家でもあるので、finaleの入力の速度は極めて速いので、2時間程度で、朝の9時前には、入力が終わったのだが、まあ、改めてfinaleで初めて自分の曲を視聴して見ると、なんと、鬱々で寂寥感に溢れた曲である事よ❢❢
未だ、若さに溢れていたアラ・サーの時代でも、私は欝に浸っているのだよな~ぁ??
マジ、産まれついてのpessimistだなや〜??
若い頃に作ったこの曲が45年経った今も、しっくりと来るのは、人間、45年経っても何も進歩していない・・という事だよな~ぁ??
なにを、今更、言っているの・・・?
って言われそうなのだけどね~ぇ??
それにしても、finaleでのパソコンの音源では、演奏がカクカクして、melodieの自然な歌い込みが全く無いよな??
いかにもロボットの音源という感じだよな??
finaleって、パソコンのくせに、3連音さえも、満足に正確に、ちゃんと弾けないのかね??
3連音が、初心者のように、すっかりよたっているよなぁ?
困ったものだ。
まあ、finaleはnotationのsoftなので、演奏は付録に過ぎないので、致し方は無いのかな??
音もdigitalの音で薄っぺらで聴くに堪えないし、な~ぁ??
duoの第一番の方は、撮り直しとvideo-dataの編集が終わり次第、生の音でお伝えする予定ですが、第二番の方は今の所、アテがないので、気に食わないけれど、取り敢えず、パソコンの音源でupして起きます。
勿論、出来れば、二番の方も、なるべく早くに、生の音にしたいよな??
芦塚陽二作曲violaとCelloのための二重奏曲集より第二番『寂寥』 - YouTube
5月22日『前の文章から』 ·
この文章は前の文章の続きになります。「21年の5月の21日の金曜日」の文章と同じ日に書いた文章です。
•••てな事を書いて、朝の11時頃になって、突然、眠くなって来たので布団で仮眠を取ったツモリが、夕方の4時ぐらいまで爆睡してしまった。
熟睡出来なくて苦しんでいるのだから、当然、「善哉!善哉!!」・・となるハズだったのだが、体内時間が狂ってしまって、どうしても朝と夕方の区別が付かなくって困っていたら、突然、強烈な鬱に襲われてしまった。
超、お久しぶりの、いたたまれない絶望的な鬱である。
はてさて、どうやって、この鬱を逃げようか??
先ずは普段の鬱対策で、鬱々Koncertを聴きながら、雑用を片付けた。
しかし、私の鬱々Koncertも全くの効果は無しだ。
お酒に逃げるのも、明日の22日の土曜日はコロナの接種日なので、チョッと問題だし、・・
という事で、かなりの集中力を必要とする作業・・という事で、私の「duoの第一番」の校訂と動画を作ってYou Tubeの隠しsiteにuploadする事にした。
という事で、さっそくfinaleで前に訂正をしていたハズのdataを開いて見て、折っ魂消た!!
なんと、3連音や16分音符のlayoutが見た事のないような壊れ方をしている。
これはbugなのか??
かなりの部分を新たに入力し直さなければならないのだが、それは、余分な大変な手間暇が掛かってしまうぞなもし!!
どうやら、このbugはFinale同士のversionの違いで起こってしまったようだ??
America-versionのfinaleのsoftで開いてしまったのが、bugの原因のようだ❢
finaleへの再入力の作業をする中で、ついでに、気に食わないphraseの訂正もしてしまった。
瑞希ちゃん達が弾いたversionとは、いつものように、変わってしまった。
これは作曲家のサガだよな??(と言うか俺の・・??)
と言うか、全ての職人の・・だよな??
まあ、いずれにせよ、finaleの見た事もないbugの所為で、近年来無かった超絶な鬱がぶっ飛んでしまったのは、助かったよな??
芦塚陽二violaとCelloのための二重奏曲集より第一番「悠遠」パソコン音源 - YouTube
5月22日教育は私の天職ではない ·
私は日頃から「教育者には向かない」「教育は私の天職ではない」・・と、周りの人達に言い続けている。
世間の勘違いでは、私が音楽の才能のある生徒だけを依怙贔屓をして育てているように言われている事もあるのだが、それは勘違いも甚だしい。
音楽は全く同じに教えても、生徒の意欲に拠って、直ぐに伸びる生徒と、全く伸びない生徒がいる。
それは、学校でも塾でも同じである。
塾の場合には、熱心に勉強をして来る生徒達を集めて特別classを作って教えるのだが、そこに勉強しない、勉強に対しての熱意の無い生徒を放り込んでも、成績が上がる分けでは無い。
勉強が出来ない生徒は出来ないgroupで、手取り足取りの丁寧な指導を受ける方が効率が良いのだよ。
優秀な生徒を集めたclassでは、1を聴いて10を知る生徒達なので、勉強に熱心で無い生徒では授業に付いて行ける分けはないのだよ。
しかし、親は優秀な生徒を集めたclassに自分の子供を放り込むと優秀な成績を取れるようになる・・と勘違いをする。
学校教育では一般の生徒をみんな一般のように同じ指導をする事が公平なのだ・・という発想なのだが、それでは運動が苦手な生徒も、Olympicに出るような優秀な生徒も同じ教育をする事になるのだが、それは公平とは言わないのではないのかな??
私に対して、依怙贔屓を云々する人達は、公平の意味を履き違えているのだよ。
私に取っては、どの生徒であったとしても、私の言う事をちゃんと聞いて、私の言う通りに勉強をしてくれる生徒ならば、才能とは無関係にその生徒を伸ばす事が出来るので、私に取っては、生徒の才能の有る無しは関係はないのだから、依怙贔屓をする必要は無いし、生徒の実力も関係は無いのだよ。
つまり、私がある生徒に依怙贔屓をするか否かは、(本当は、依怙贔屓が出来るか否かは・・)その生徒がどれだけ音楽が好きで、音楽の世界にのめり込んでいるか??・・で決まるのだよ。
音楽に大して興味のない子に、器用な事を才能と勘違いをして、「才能がある」・・という理由だけで、私がその生徒を集中的に指導をしたら、その生徒は一瞬で潰れてしまうだろうよ。
音楽の場合には、(と言うか、学び事は全てそうなのだが・・)先生が生徒に対して、丁寧に、手取り足取り、より長い時間を掛けて指導したから、と言っても、それで生徒が伸びる分けではなく、逆に生徒がlessonに飽きてしまい、lectureに付いて行かなくなって、結果的には、潰れてしまうのだよ。
くどいようなのだが、私が生徒に対して依怙贔屓をする事が出来る場合は、その子供や親が私の依怙贔屓に対して、耐え得るだけの意思や、決意、熱意を持っている場合だけなのだよ。
つまりは、その生徒が自分の人生に対して音楽にどれだけ熱中しているのか??という事と、私が指導する事に対して、どれだけ熱心に自分の身に吸収しようとしているか??・・という話だけである。
これだけでは分かり難いと思うので、逆の言い方をすると、どんなに優れた優秀な才能があっても、・・或いは、音楽の演奏表現技術に優れていたとしても、音楽に対しての思い入れが薄い生徒に対しては、私もその生徒の自由に任せる事にしている。
昔々、私が毎週、直接子供達を指導していた頃は、音楽に進む生徒か、さもなくば、例え音楽の道に進まなかったとしても、勉学と同じ程度に音楽を勉強しようとする生徒達に限定して指導をしていました。
私は不真面目にlessonをする事が出来ないので、私が真面目に趣味でしか無い生徒の指導したとすれば、その生徒を潰してしまう可能性があるからです。
だから、或程度の意識を持った生徒でないと、怖くてlessonが出来ないのですよ。生徒を音楽嫌いにしてしまう事だけは避けたいのでね??
一人一人の生徒達も、lessonを受ける曲数も非常に多いので、1時間、2時間のlessonの間では、1,2曲しかlectureをする事が出来ません。
一人の生徒の持ち曲の数は10曲、20曲に及ぶ事があるので、1回lessonを受けると、次にその曲を見て貰えるのは2ヶ月後ぐらいになります。
つまり、半年coolのlessonでは、一曲を見て貰えるのは、三回ぐらいになるのです。
それで、完璧に曲を仕上げる事が出来るようにならないと、上級のlessonは受けられないのですよ。
私の場合には、出題する音楽の課題曲には到達すべきNiveauが必ずあるからなのです。
私が生徒に出す条件は、子供達の技術のlevelではありません。
私の言う事を真面目に聴いて、それを一生懸命にやってくれれば、子供の演奏する技術は全く問題にはしません。
熱心で有りさえすれば、全くの初心者でも良いのです。
音楽の楽しさや、音楽の厳しさ、音楽の奥深さを教えるのは先生の役割なのです。
だから、私の場合には、生徒の技術level(水準)は全く問題はありません。
Pianoを一度も弾いた事の無い生徒でも、私に取っては全く問題では無いのですよ。
Pianoが弾けるように、それを教えるのが先生の役目だからです。
私からBeyer教則本とCzerny30番を学んだら、その次には、ChopinのwaltzやEtudeを演奏する事が出来るでしょう。
ChopinのEtudeやRakhmaninovのpreludeは、MozartのSonateやHaydnのSonateよりも簡単だからなのです。
「私は教育者では無い」という意味なのだけど、私が子供達を指導する時には、「子供達への教育は、楽しい」・・「喜ばしい」という事もある一面、反対に非常に「苦痛を感じる事」が多くて、歳と共にそれが耐え難くなって来ているからなのだ。
つまり、私の鬱の原因の99%までは、音楽を指導する以前の、子供と家庭の教育に対しての、私とのgapに起因する悩みであり、それが原因となって引き起こされる鬱に苦しめられているのだよ。
つまり、一般の音楽の先生達のように、子供の教育を、その家庭に任せてしまって、その中で、可能な所までを指導する事でお茶を濁すのならば、私が鬱になる事はないのですよ。
所謂、悪い意味での『放下著』であります。
子供が「音楽の道に進みたい」と言うから、その望みを叶えようとすると、一般的な常識とぶつかってしまうのだよ。
ついつい、子供が望むのは音楽家になる・・という事ではないのかな??と思ってしまうからです。
でも、一般の人達が言っている「音楽の道に進む」という意味は、音楽大学に進学する事なのです。
でも、音楽大学に進学する事はproになる事ではありません。
美大を卒業したからといっても、proの絵描きに成れる分けではないでしょう??どうしてそれが分からないのかな??
それが私の子供を指導し始めてから40年間、延々と続いている一般の人達の勘違いなのですよ。
つまり、何度も口を酸っぱくして言っているように、音楽大学を卒業してconcoursに入賞して、留学して、日本に凱旋したとしても、その延長線上にproは無いのですよ。
どうして、皆さん、現実が見えないのかな??
不思議だよな??
だから、昔から楽器店の人に言われているように、「芦塚先生、生徒の面倒見が良すぎるのよね?」「生徒が『音楽に進みたい』と言ったら、芸大の先生の所に放り込めば良いのよ。」「そういたら、その先生の所で、脱落した生徒を回して貰えるわよ??」
それは分かっているのだけれど、それでも、どうしても子供が可哀想でね??ついつい、面倒を見てしまうのだよ??
でも、結果的に、教室をやめて、大学の音楽教室に行くのならば、結果は同じなので、私が頑張って、悩みながら、面倒を見る事も無いのだよな??
円満に「音楽に進みたい」と言った時に、大学の先生に紹介すれば良いのだよな??
そりゃあ、楽だよな!!
まあ、「大学の先生よりも、絶対に芦塚先生の方が良い!」・・と言った生徒だけを残して、指導すればlessonもlectureも非常に楽で、欝になる事もないよな??
なまじ、子供達に「日本流の間違えた教え方で学んで欲しくない」・・と思ってしまったのが、間違いだったのだよな??
どっちみち、音大に進めば日本流の演奏法になってしまうのだから、早いか・遅いかの違いだけだろうしね??
子供達が私から音楽の指導を受けて、音楽を勉強する事で、私自身が、鬱になる事は無いのは当たり前の事なのだよ。
子供が練習をして来なかったとしても、或いは、子供が音楽を大して好きでなかったとしても、それは本人の問題なのだから、それが私の心を乱す分けではない。
発表会で本人が勝手に練習をして、(つまり自己流に言われた事を守らないで・・)大失敗をしてもそれは本人の問題であって、俺の言う事を聞かなかっただけの事なのだからね?
それなのに、私は何故鬱になるのか??
その原因と言えば、私は子供を見る時に、その子供の未来の可能性を見てしまうからなのだよ。
つまり、その子供が一生懸命に努力を続けて行った時に、到達出来る水準を見る事が出来るのだ。
しかし、それはその子供が道草を食って、他の道に迷わなかった場合の話であって、殆どの子供達は、自分の能力の最大を引き出す事が出来ないのが現実なのだよな。
『ここから以降の文章は、全くの別文章で、子供への教育のお話とは関係は無く、専門家の指導の問題です。』
教育をする上で、常に相手が成長をする上での障害のpoint、所謂、neckになっている事が二つある。
その一つは整理整頓であり、もう一つは意識の持ち様(心の置き所)である。
これを日本に帰ってから弟子達に、或いは、教室を開いてからは保護者達や生徒達に言い続けているのだが、どうしても理解しては貰え無いのだ。
仕事には、同じ仕事を積み重ねて行く仕事と、毎回、approachから新しくなってしまう仕事がある。
仕事が増えて行くと、当然資料も増えて行く。
そこで、所謂、「出来る人」と「出来ない人」の違いは整理整頓の技術である。
仕事の出来る人は、仕事が速いのが常である。
仕事が遅くて丁寧な人も、「遅い」と思われても無駄な作業がないので、結果は速いのだよな。
つまり、遅くても結果を出せない人は、「出来ない人」に過ぎないからだよ。
仕事で「時短」を望むのならば、当然下準備が大切である。
仕事を前にして、下準備をする人は仕事が遅くて、出来ない人になる。
仕事の出来る人は、今やっている仕事の完成が近づいた時に、次の仕事の下準備をするので、仕事と仕事の間にragが出ない。
複数の仕事を同時に熟すのが一般的なのだろうが、その連絡をline等でする場合には、一見するとline上にdataが保存されているように思われるのだが、「いざ探そう!」とすると、なかなか見つからないで、時間が掛かってしまう。
そこで、整理が必要になる。
仕事上で、外回りが必要な場合、つまり、買い出しの場合には私は行き先別に纏めている。
仕事の分類がどうであれ、買い物をする時には、場所が優先であるからだ。
分類が出来ない人は、そういった柔軟性が無いのだよ。
lineのmailを読んだ時に、必要な項目をコピペして、分類別のfileに保存すると、必要な時に、探す事が無くなるので、極めつけの「時短」になるのだが、幾ら説明をしても、後回しにする癖のある人達は、幾ら注意してもその癖は、永遠に治らない!
私のmottoは、『同じ注意を二度は受けない』という事である。
二度も、三度も同じ注意を受ける人は、結果、その注意が治る事は無い。
毎回同じ注意をされる人は死ぬまでその注意は治らないのだよ。
それがその人の限界である。
人の言う事が聞けない人は、伸びる事は無い。
5月22日柿渋の可愛いリュックが ·
今日は5月22日の土曜日なのですが、コロナのワクチン接種の日なので、朝はその準備のためもあって、結構早めに起きてしまったので、余分な時間で、私のduoの一番の曲をfinaleで校正•編集して、写真を貼り付けてYou Tubeにuploadしました❢
そういったYou Tubeへの動画の編集作業をしながら、同時進行で、風呂に入ったり、シンクの中の洗い物を片付けたり、等々の雑用をしながら、ワクチン接種の書類の準備をして、いよいよ、直前の時間になったので、出発しようと思って服を着ていたら、何と準備したハズの病院専用の柿渋の可愛いリュックが無くなってしまいました!
超、shock❢で、慌てて探したのだけど、見つかりません。
出発時間のtimelimitは過ぎてしまっているし、焦ってしまいました。
何度も部屋を見直して、ついには玄関の外までも確認したのですが、見つかりません。
時間はどんどん経過して行くし、焦ったよね??
何度も、何度も物をどかしながら、それぞれの部屋を確認した後で、いつも座っているOffice用のエクゼチェアの後ろに、落っこちているのを発見しました。
見ているようで、死角となっている場所は見えないものなのだよな~ぁ??
霧雨だったのだけど、会場でのraincoatの脱いだり着たり・・という無駄は省きたかったので、少しぐらいは濡れるのは覚悟で、会場までbikeで、携帯のカーナビを使用して行きました。
テレビでは、予約が取れた老夫婦が会場の道を確認にわざわざ行っているドキュメントの放送がありましたが、そこまではね~ぇ???
会場までの道は、練馬周辺の道が、非常に混んでいたので、ナビの指示ではなく、渋滞を避けて、迂回を重ねながら会場を目指して走ったのだけど、まあ、私のrisk回避の予定の時間の設定なので、随分遅れたのだけど、決められた時間よりも15分は前に着いたよな??(ナビでは、12、3分の予定だったけれど、実際には渋滞で迂回した分、16、7分は掛かってしまいましたが、着は予約の30分前に設定していたので、それでも10分は余る計算になるのです。)
会場では、予約の時間に関係なく、来た人からどんどん処理をしていたので、全く、待つ事も無く、スムーズにワクチン接種と待機が出来て、ハイツを出発して戻って来るまでは、1時間で収まりました。
これはお役所の仕事としては素晴らしい事です。普段から、これぐらいの処理能力があると良いのだけどね~ぇ!!
(褒めているのだよ!!)
次回の予約は、明日からnetでの予約になるそうで、ちょうど20日間後の土曜日の同じ会場を取るように注意されました。
お役所の作業をsmoothにするためだそうです。
接種後は何の変化も無かったのですが、6時間後の深夜の1時頃からは、接種した注射の後が少し痛み出したようですね。
触るとピリリと痛いです。
6時間、7時間経っても、痛みが少しづつ増しているようなので、これがコロナの注射の痛みだよな??
まあ、想定内という事なのかな??
熱っぽい感じなのだけど、実際には熱は無いので・・ね??
2,3日もすれば治るでしょうかね??
それと、深夜、寝ていて寒けがしたので、薄手の合いをまたまた毛布に変えたのだけど、これもワクチン接種の所為??それとも、マジに寒かったの??
でも16°はあるようだったのだけど、温度と寒さ暑さとは関係ないようなので、温度だけでは分からんよな??
池袋の駅で買った柿渋の小さなリュックです。結構、高かったぞよ。でも、病院用にしているので、結構利用頻度は多いのかな??bikeで背負って走るにはちょうど良いからね??
コメント3件
中野 卯月
大切な時に限って
探し物発生します!
予約時間に間に合われご無事に接種を終えられ良かったです!
· 返信する · 31週間
芦塚 陽二
ありがとうございます。第二回目の接種日の予約も確定しました。その前に手術が入ってしまって、手術日と診察日がdoublebookingしたので、予約日の変更をお願いしている所です。6月いっぱいまでは病院月になってしまいました。
· 返信する · 31週間
中野 卯月
芦塚先生
頑張ってくださいませ!
5月23日黒のショルダーのポシェット ·
今日は23日の日曜日です。
後期の秋の発表会に向けての、オケ室の練習の開始日になります。
楽譜渡しの日なので、私は今日のTeleworkはお休みです。
昨日コロナワクチンを接種したばかりなので、ひたすら部屋の中で安静に過ごす事にしています。
お昼の3時半の練馬の気温は25°で、体感温度では26°なのですが、私は、不思議な事に、寒くて昨晩変えた毛布にくるまって震えています。
結局、1日ウダウダとしていて、ロクな仕事も出来ないと落ち込んでいたら、やはり、夜は流石に熱が出て来たのだが、暫く安静にしていたら、直ぐに平熱に戻った。
しかし、平熱とは言っても、体温は私にしてはかなり高めのギリギリの平熱です。
ワクチン注射の所為なのかな??
それとも、単に風邪をひいたのかな??
それとも単に体調不良の所為なのかな??
無理だとは思ったのだが、ドルプリっ歩にも付き合った。
ハイツに戻ったのは1時を過ぎていた。
流石にバテバテで、持ち帰ったお弁当もそのままに寝てしまいました。
普段の椎名町とのBikeでの移動には、免許証と小銭入れと携帯か、保険証のどちらかが入る黒のショルダーのポシェットを使っています。弁当や楽譜等は別のリュックや手提げ袋等を使うからです。
5月24日天候不順で体が ·
今日は5月24日の月曜日です。
日曜日から、ますます体調不良が酷くなって、月曜日の今日も、まるまる1日をパソコンの前で椅子に座ったままに意識を無くしていたり、布団の中で、せんもない悪夢を見ていたりと、ウダウダと一日中、無意味な一日を過ごしていました。
・・とは言っても、未だ今日が終わった分けではなく、斉藤先生が10時頃に帰って来るので、頑張ってそれまでにbedから起き出して、椎名町に移動します。
「ドルプリっ歩は無理!!」と言いながら、この所は、shortcutだとしても・・お散歩には付き合っているのですが、今日のお散歩はcinderella-timeの12時過ぎになってしまいます。(勿論、月曜日のいつものroutineなので、毎週毎回、同じ事なのですがね。)
椎名町で食事をしながら、テレビのnewsを見ていたら、コロナワクチンを受けた人達が、その後の2,3日を不定愁訴に悩まされていたという事を言っている人達も多かったようなので、それこそヒョッとしたら、私の体調不良も、「コロナのワクチンの所為なのかな??」と、思ったりもしました。
まあ、いずれにせよ、余り悩まないようにしたいとは思っているのですがね。
この所、ず~と、一日中霧雨や小雨が降ったりやんだりのどんよりとした、私の心を反映したような鬱々な天気が続いていたのですが、今夜、椎名町にbikeで移動する時には、(私としては、小雨・霧雨を心配していたのですが、)晴れて夜空には雲が殆ど無い美しい13夜(12.5ぐらいかな??)の月夜になっていました。(今日も、お昼間は延々と、曇天の鬱陶しい天気が続いていたのですがね??夜には雨も上がったようです。)
明後日の26日の水曜日の夜は、満月でフラワームーンとスーパームーンと皆既月食だそうです。(それだけ蘊蓄が寄り集まると凄い満月が見れそうですよね?? アハッ!)
最も27日は雨で18°。 26日は曇りで28°の予想だそうです。
1日で7月から4月へ逆戻りするようなのですが、この所の朝晩の温度差が10°以上なのは珍しく無いようなので、余り驚きませんが、体は、歳を取ると、やっぱりもう付いては行かないようだよね??
10代,20代の若い人達は体調はどうなのかね??
体力があるから、関係無いのかな??
5月25日入院前の薬のtrouble ·
今日は5月の25日の火曜日です。
朝から曇りなのか、晴れなのか?よく分からないけれど、太陽はちゃんと顔を見せているようで、チョッと湿気っぽいけれど、一応爽やか風なので、部屋のdoorというdoorを明けて、窓を全開にして部屋の空気を入れ替えています。
少し風が強いので、書類が飛ばないように注意しながら・・。
昨晩、Security0をハイツに持ち帰って来たのですが、流石にcinderella-timeの1時を過ぎていたし、体調不良も酷かったので、昨晩のcomputerのinstallの作業はとても無理だったので、今日は、朝から(Dellがwindows7から10にupgradeした古いパソコンだったので壊れたhard-diskの修理を断わられてしまったハイツで使用していた高性能のパソコンなのですが、壊れたhard-diskをmaker外のSSDに交換して、versionを更にupしたパソコンにSecurity0を入れて、更に8Tのhard-diskに保存してあった古いパソコンのback・up-dataを元のパソコンに戻す作業をしています。
これはdataが膨大なので時間が掛かるのだけど、発表会の練習風景のvideoや発表会当日の4台のcameraのvideo-dataが半年分でちょうど1Tになるので、mainのパソコンのhard-diskが一杯になって来たので、古いdataを旧Dellにback・upさせるために、8Tのhard-diskを開けるための作業です。
これは半日作業かな??アハッ!
と思ったら、お昼の12時チョッと過ぎ迄には何とかなりそうな雰囲気です。相当に速いです。流石はSSDだよな??
何とか12時15分ぐらいには、設定とhard-diskを空っぽにする作業が終わりました。
ついでに、dataを共有するために、3台の大型パソコンを共有設定したのだけど、同じ作業をしたのに、AはBとしか共有出来ないし、Cは全てのfileが共有出来るのだけど、AとBはCを見る事が出来ないのだよな??
どうなっているのだ??
頭がスッキリしている時に、もう一度やり直すか??
体調不良でお粥食をしているので、梅干が終わった。
また、1月分の梅干を戻さなければ・・・!
今日はその作業もしなければ・・だよな??
・・・てな事を書いていたら、突然川崎から電話があって、「入院日までの外出は絶対にするな!」とのお達しの電話だった。
それはそれで良いのだが、手術日が、元々はひかりヶ丘の診察日なので、糖尿病の薬がそれ迄で切れるので、糖尿病の先生に相談して貰ったら、病院からの電話では、「診察をしないでは、薬を処方する事は出来ないので、川崎で糖尿病の薬も診察の日まで出して貰ってください。」と先生に言われた。
その事を、川崎からの電話で、話をしたのだが、まあ、受付では通じない事・・、何度も同じ説明を繰り返して、やっと先生に伝達して貰える事になった。
薬が切れる日にちが手術日である・・というtime-lineが見えないのだよな??
私が診察を受けて、手術の日にちが決まった時には既にひかりヶ丘の診察の日は決まっていたので、川崎の方がdouble-bookingなのだよ。
だからひかりヶ丘に変更をして貰ったので、薬が2週間切れてしまうのだよ。
手術日がひかりヶ丘の後で決まったので、double-bookingは、俺の所為では無いのだよな??
ひかりヶ丘にしても川崎にしても、患者が直接、電話で、先生に予定を相談する事は出来ないので、必ず受付が患者に変わって先生に相談する事になるのだよ。
「担当の先生では無いので、状況が分からない」では済まされないのだけどね??
通常ならば、同じ病院で糖尿病の外来も見て貰う事が筋なので、予約を取る段階でdouble-bookingは起こらないのだろうけれど、川崎は県外で遠いので、毎回の病院は同じ練馬区でないとね??
川崎はひかりヶ丘から逃げ出した、second opinionの病院になるのでね??
話がややこしくなっているのだよ。
その昔、同じひかりヶ丘の場所に、日大病院があって、江古田の教室の傍の掛り付けの病院からそこを紹介されたのだが、そこで手術の予定になって、「冠動脈を1本しか助けられないので、生涯、寝た切りになる」・・という話だった。
慌てて、先生達にnetで名医を探して貰って、当時大和成和の心臓外科の先生が、当時は最先端であったオフポンプ冠動脈バイパス手術をしてくれる・・という事で、先生に手術をお願いした事がある。術後も5年以上も診察に通ったのだが、練馬からは流石に遠いので、江古田の近場の練馬区の大学病院という事で順天堂の病院に紹介状を書いて貰った。
その時には、未だ日大病院はあったのだけど、流石に逃げ出した病院に戻るのは嫌だったのでね??
順天堂の先生は検査の度に、ステントの寿命は5年で、長く持っても7年という。
とっくに、7年は過ぎているので、「だから、ステントの寿命が来たら、私はどうすれば良いのですか??」と尋ねると、それに対しての答えは無いのだよ。
「もう一度、切れば良いのですか?」と尋ねると、「ステントはもう取れないので、それは無理!」との答えだ。
では、死ぬしか無いじゃあ、ないの??
病院に行く度に、1週間以上も鬱になってしまうのだよ。
これは、精神的によろしくない。・・という事で、近場の循環器内科の個人病院に行く事にした。
個人の先生に「病院を変わる手続きをしましょうか?」と言ったら、「もしもの時の用意に、うやむやにしておいてください。」という事ですっぽかしたままになって、10年以上も経つ。
その間に糖尿病の数値がどんどん悪化しているのにも、関わらず、何の対応もしないので、薬局の薬剤師から緊急に糖尿病の専門外来を受診するように意見をされて、已む無く、ひかりヶ丘の糖尿病の先生が有名なので・・という事でひかりヶ丘の病院に行く事になったのだよ。とは言っても、その時のひかりヶ丘の病院は既に日大病院ではなく、個人の病院の集合の病院なのだ。区の病院でも無い。
この25年の間、病院を転々としているような具合なのだよな??
次に同じ「ひかりヶ丘病院」に行ったのは、日大病院が撤退した後の民間のひかりヶ丘病院なのだが、そこで、膀胱の癌と腹部大動脈瘤がCTで見つかって、腹部大動脈瘤のステント手術をする予定が、「出来ない」という事で、急遽開腹手術になったので、またまた、ひかりヶ丘を逃げ出して「出来る」川崎の病院にお願いをする事になったのだよ。
どうせなら、ついでに膀胱癌の切除手術も川崎でやって貰う事にしたのだ。
順天堂もドクハラで逃げ出しているし、練馬区にはロクな病院が無いのだよな。
大学病院もたかが知れているしね??
日大病院が逃げ出したので、今は順天堂病院だけか??
大学病院は・・??
それはそうと、今日は練馬では30°になったそうです。真夏日だよな?
体調不良の後期高齢者にとっては、16°から30°の気温の変化は、ちょっと辛いよな〜あ?
5月26日薬のtrouble ·
昨日のお話なのだけど、私が1976年に作曲をしたduoをパソコンの音源で、You Tubeにuploadしたのですが、45年も前の作曲なので、手書きの譜面からfinaleに入力する段階で少し改訂をしました。
楽譜を書き写す度に、少し改訂をするのは、作曲家のサガなので、致し方は無いのですが、まるまる1日、パソコンの音源を聴いていて、両方の旋律のbalanceや、finaleで入力したハズのdynamikが、音源では全く表現されていない事に、我慢がならなくなって来てしまいました。
という事で、今日の朝からuploadしたYou Tubeを削除して、finaleで記譜上のdynamikでは無く、finaleで演奏させる上でのdynamikにfinaleの記譜を書き換えてしまいました。(あくまでも、finaleというsoftの操作性に対してのdynamikやarticulationなので、本来の楽譜上の演奏指示ではありません。)
誰かが生楽器で演奏をする時には、この譜面で演奏をすると、楽譜が実際の演奏を指示した楽譜ではないので、困ってしまいますが、finaleの音源では音の強弱(dynamik)や、楽器間のbalanceが余りにもヘボくて、forteと書いているハズの譜面が突然Pianoになったり、と分けの分からない事をしていたので、これまでは作曲家としての立場上、表情記号やMetronomやdynamikをfinale専用に書き換えるのは、流石に差し控えていたのだけど、今回、余りにもfinaleの音の再生が酷いので、再生用専門にfinaleの楽譜を書き直す事にしました。
だから、本来ならば、演奏用の楽譜、(所謂、印刷用の譜面)を別に作らないといけないのだけど、今回は、まあ、時間的にも、労力的にも、そこまでのEnergieがありません。
なにせ、入院・手術がすぐそこに控えているのですから、それどころでは無いのですよ。アハッ!
暫く様子を見て、体調が戻ったら、印刷用の楽譜を作る事にします。
いやあ、これは全くの時間の無駄だよな~ぁ??
•••てな事を言っていたら、またまた川崎から電話があって、「専門が違うので、薬はひかりヶ丘で担当の先生から貰ってくれ!」との先生からの伝言でした!
直ぐに光が丘に電話をして、入院の直前の日に、ひかりヶ丘に診察に行く事になりました。ひかりヶ丘の診察日を変更したばかりなのにね??
まあ、歳を取ると、病院の調整だけでも大変だよな??
歯科のdouble-bookingの変更も未だ、そのままだしねぇ??
それにしても、今日は蒸し蒸しして暑い!!
練馬区の今の気温は26°なのだそうな??
体感はそれよりも高くて28°ぐらいはあるのかな??
それはそうと、肝心要の事を書くのを忘れていたのだけど、今日は24年振りの、スーパームーンで皆既月食だそうです。
皆既月食になる時間にverandaに出て空を仰いで見たのだけど、雲が厚くて月は全く見えなかった。
10時頃に、椎名町に移動するので、マンションの外に出てから、空を見上げると、半分に欠けた月が雲を通して見えました。
下の写真です。
それから外に出る度に、何度も空を見たのですが、雲が厚くて、満月の状態は結局一度も見る事が出来ませんでした。
まあ、今日の曇り空は、日本全国的なお話なのだけどね??
それはそうと、24年前っていう事は、冠動脈のbypass手術の次の年で、術後の管理が上手く行かなくて、それどころでは無かったのだよな??
今回も2週間後には手術の日だしな??
昨晩もハイツに戻ってきたのは深夜の1時すぎで、お弁当の保冷バッグに入れたままに、机の上に放置してしまいました。
toilette-timeではなく、ちゃんと起き出してから、慌てて冷蔵庫にしまった所です。
外はどんよりとした分厚い雲で、今現在の練馬の気温は16°だそうです。
寝ている間に、鼻詰まりが酷くなって、口呼吸もままならなくなって来たので、(喉が腫れて来たので・・)空気が吸えるように、四苦八苦している所で、窓を全開にして、空気の入れ替えをしている所なのです。大夫、呼吸が戻って来ました。
鼻は詰まってはいないのですが、鼻の穴の奥が狭くて呼吸が上手く出来ません。
どうしても、口呼吸になってしまいます。
困った事だよ。
諦めて座って仕事をしています。
大切なオペを控えられどうぞご無理が重なられませんように!
ありがとうございます。
昨日も「自宅に引き篭って居るのか??」の確認の電話が病院からありました。所謂、コロナのcheckです。まあ、世知辛い事ヨ❢❢
5月28日クチナシの季節 ·
5月もあと二日になってしまいました。
とうとうクチナシの季節になってしまいました。
それにしても、今日は寒かったよね?
プリはお散歩、拒否するし、ドルも超ショートコースだったし!
路面が濡れていたので、嫌だったのだよな??
帰る時に、玄関にクチナシが買って来て、置いてあったので、私が貰ってハイツに持って帰ってしまった。
椎名町にも育てているクチナシがあったのだけど、ハイツに持って帰るには少し大きくなり過ぎたようだしな??
持ち帰りにはこれぐらいのsizeが良いよな??
長崎の家をたたむ時に、庭に咲いていた大きな鉢植えの八重のクチナシを車に積んで持って帰って来た。
ハイツのverandaで5年程は元気で、いたのだが、真夏の休みに部屋を一週間殆ど留守にする時に、水やりの留守番が見つからなくて、とうとう枯らかしてしまった。
今は夏休みでも、出掛ける事はないので、ハイツを留守にする事は無くなったので、八重の大輪のクチナシを買う事も出来るのだが、時間が出来たのとは反対に、体調不良が酷くなってしまってverandaに出る事すら少なくなってしまった。
折角のverandaなのに、勿体無いよな~ぁ??
ベランダでボッチの酒盛りでもしようと思って買ったお洒落な外用のテーブルも、寒かったり、暑かったりと、活用出来なくて、とうとう先生にせがまれて、新教室のベランダにプレゼントしてしまったしな??
それはそうと、市販の鉢植えのクチナシは匂いが少ない。
地面に直接植えられているクチナシは、遠くの方から香って来るのだが•••
ブロイラーの卵のようなものか??
5月28日『Finaleの愚痴です❢ 派生音一覧』 ·
finaleの自動的な臨時記号の入力は、notationの設定をする時の調の設定によるようです。つまり、曲の設定画面で調を設定すると、途中で転調しようが無関係に臨時記号が設定されるようです。
10keyで入力をする場合には、臨時記号は、音符を入力した後で+-で入力するので、♯や♭の書き間違いの問題はないのだが、Keyboardで音符を入力する時には、♭や#がなかなか正しく入力されてくれないので、イライラして頭に来る事がよくある。
(♯でなければならない音符が♭になってみたり、♭でなければならない音符が#になったり・・というenharmonic、所謂、異名同音のお話です。)
特に、baroqueの音楽の場合には、g mollの曲でも、F DurのDorianとして♭一つの調で書かれる事が多いので、当然、finaleに入力する時の調号の設定は、「♭一つの短調」なので、g mollであっても、「d moll」に設定するのですよ。
その場合のd mollの派生音は主音のdの音から派生音は、[♭]23[#]4[♭]56[#]7[#]となり
ます。
しかし、それがd mollであったとしても、g mollだったとしても、Tritonusの関係なのだから、dの主音から開始しても、gの属音から開始しても、全く同じ派生音のintervalになるので、入力上は問題は無いハズなのです。
しかし、それなのに、finaleで臨時記号を入力すると♯や♭が思ったように入力出来ないのは何故だろう??
派生音の設定はdefaultで良いハズなのだが、調を設定したとしても、上手く行く事は少ない。
まあ、それは基本的な調の場合なので、曲の途中で出てくる転調楽節にかんしては、もっと問題なのだよな??
設定画面で調を指定した時に、転調楽節が出て来ると、その転調を読み取れる程には頭は良く無いのだから、長い転調が続く時には、defaultではなく、その都度、そのpassageに付いては、対応一覧表で書き換えなければならない。
それもまた、超、面倒くさいのだよな??
finaleの解説を読むと、或程度はfinale自体が調を判断するように書いてはあるのだが、それを感じた事は一度も無い。
逆に、「120小節目から150小節目まではB Dur」とか、その都度、そのpassageの調の設定が出来れば簡単なのだがね??
まあ、転調楽節は、そんなに長くはないのだから、シコシコcursorKeyで移動させて、+−Keyやenharmonic(異名同音)Keyの打ち直した方が速いのかも知れないよな〜あ?
それと、この長調と短調の一覧表を見ていて、気が付いた事なのだが、この表を見た時に長調に対しての短調は平行調を想定するのだが、この表では同主調になっている。
つまり、C Durの平行の臨時記号一覧では、c mollになっているのだよ。
5月28日 練馬区は東京ではないのかな??·
明日は東京は29°で、練馬はまたまた30°だそうです。
近頃はテレビでいつもそう言っていて、東京の気温は、練馬とは違っているのですが••••
「エッ??」
練馬は東京ではないのかな??
不思議だ‼
今は未だ深夜の2時20分なのだが、19°しかなくて、兎に角寒いのだよ❢
布団はこの前から延々と毛布のままなのだが、それでも寒いのだよな?
布団に入っていても、中々体が温まらないので、仕方がないので、風呂に入ってなかば強制的に体を温める事にした。
風呂の中では体は温かいのだが、風呂から出ると、元の木阿弥なのだよな〜あ?
布団に入ると鼻詰まりで眠れなくなってしまうので、諦めて、violinとcelloのduoの終曲のFinaleへの入力を始めてしまった。
朝の6時7時頃には入力は終わっていたよ❢
相変わらず、入力は早いのだ。
duoの殆どが1976年の作曲になるので、この曲も1月の27日に書いたものだ。
この曲の楽譜には、祖母が亡くなった事への鎮魂の文言が添えられていた。
芦塚陽二作曲 violinとCelloのための二重奏曲集より「終曲」 - YouTube
5月29日手持ちの写真が失くなった·
勢いでviolinとCelloの二重奏曲集より『第4番』をfinaleに入力しました。
1日に2曲も入力したぞぃ??
凄くない??
You Tubeにuploadして、暫く聴き込んでいたら、balanceが悪いような気がして来て、作り直してしまいました。折角、uploadしたのに、削除してuploadし直しました。
背景用の写真は、里山と夕焼けと海で、もう手持ちが無くなったぞヨ❢❢
困ったな??
次のupload用の写真はどうしよう??
芦塚陽二作曲 violinとCelloの二重奏曲集より「第四曲』PC音源 - YouTube
5月30日オケ練習が休みになったので、·
今日の5月の30日の日曜日は2回目のオケ室内楽の練習です。
練習と言う程の人数もいないので、今日は、私のTeleworkでのlessonは無しになったので、突然、思いついて、日曜大工の日になってしまいました。
この所、気になっていた、パソコンのdisc と食卓の間の段差をフラットにするための梯子を作りました。
私の日曜大工は、日曜日大工とは言っても、本格的に、home・center等に行って、材料を買い揃えたりするような計画的な作業では無く、いきあたりばったりで、部屋にある、あり合わせの物を組み合わせて、思い付きで、作るのが私の日曜大工なのです。
パソコンと食台の隙間には、今までは100均で買ったアクリルのポケット・ティッシュ入れを2個、敷いて、その上にcutの台紙を置いて、なんとかフラットなbridgeにしていたのだけど、隙間が有効に使えないし、安定性に欠けていたので、蒲鉾板と丈夫な陶器の箱の蓋を組み合わせて、bridgeを作ってみました。
そうして出来たbridgeの下の空間には、普段使わないKeyboardの10keyを置く事にしました。
「普段、使わない10Key」って、何の事か分からないよね?
私が愛用しているパソコンのKeyboardなのですが、長時間Keyboardを打つので、手や指に優しいMicrosoftの「Microsoft Natural Ergonomic Keyboard」を使用しているのですが、そのKeyboardには、10keyが分離しているtypeのKeyboardがあります。
Finaleで音符を入力する時に鍵盤のKeyboardを使用して、finaleに音符を入力するのですが、その時に、右手で音符を入力して、左手で音価を入力するので、10Keyが分離されていると、逆手にならないので、楽だからです。
しかし、普段の入力の時には、10Keyは使用しないので、置いておく場所に困っていたので、ちょうど、10Keyの隠しspaceが出来て、中々、良い感じです。
作っている過程は、写真につぶさに解説を書いてはいるのですが、何の意味もない、ただの暇つぶしなので、興味がある人は・・・、読んでも仕方がないよね??
台の下の部分には、separateの10keyが入ります。普段は使わないからです。ちなみに、袋も私が昔作ったものです。アハッ!
5月31日気が付いたら足の爪が割れていて ·
5月31日の深夜の2時ですが、パソコンの前で椅子に座ったままで、意識が朦朧として来たので、Bedに入ったら、左足の爪が引っ掛かるので、見たら、左足の薬指の爪が割れていました。
足の爪を引っ掛けた記憶は無いのですが、結構引っ掛かって危ないので、お腹が邪魔で爪に届かないのを頑張って、なんとか爪を切ったのですが、結構深く裂けているようで、もう一度切り直して見たのですが、上手く行きません。
ガラスの爪ヤスリで、爪の表面を磨いてみたのですが、無理なようです。
木屋の極小の爪切りで、寝室の真っ暗な中で、目を瞑って指先と触感だけで、切ってみたら、なんとか切れたようです。
完全に・・とはいかないようなのですが、指先ではこれ以上は無理なようですかね??
次いでに、布団を毛布から、超薄手の夏用の羽毛布団に交換しました。
今の練馬区の気温は16°なのですが、確か、2,3日前は19°の時があって、その時には、「寒い!寒い!!」と、毛布を引っ張り出した記憶があるのだけど、今日は、16°でも暑くて、毛布を仕舞いました。
気温と人間の感覚は、どうなっているのかね??
ちなみに、現在の湿度は79%だそうな??
明日はひかりヶ丘の糖尿病外来に行って来ます。
6月の9日の予定だったのですが、川崎での膀胱の再手術日と、糖尿病外来の日がbookingしてしまったので、薬が無くなってしまうので、川崎の病院に薬をそのまま出して貰えるかたのんだのですが、担当の先生が専門外という事で断られてしまったので、急遽、ひかりヶ丘の診察日を前倒しに変更して貰った結果の、明日の診察日になります。
明後日の1日からは、いよいよ、血液サラサラの薬を術日まで、無しにして、術前の検査に臨みます。
術前検査は、車で行くので良いのだけど、次の日の入院日は、久し振りの電車だよな??
入院setをリュックに入れて背負って電車で行くのかな??
そりゃあ、問題だわな??
5月31日私自身の格言では「人は求めれば夢は叶う」というのが、私の主義主張でもある。 ·
しかしながら、現実ではなかなかそうは行かない。
夢を持って、必死に努力しても、夢を叶える事が出来る人はほんのひと握りの稀な人に過ぎない。
それは何故なのだろうか??
その答えは簡単である。
人間は自分の人生を都合良く考えがちだからである。
現実の世界では、絶対に有り得ないのに、一般の社会では、自分達が理解出来る範囲で、夢と幻想を抱くのですよ。
現実的には、そんな世界は有り得ないのに、一般人達が考えられる常識の範囲内で、非現実の世界を、一般常識の世界にしてしまうのですよ。
そして、それが常識であるから・・と自身で確信しているのです。
でも、本当の事ならば、実際の例を調べれば、それが夢に過ぎないのは直ぐに分かるのにね〜ぇ??
このお話は分り難いと思うけれど、brand嗜好の事を考えればよく分かります。makerがその価値を決めるので、その人個人が価値を決める分けではありません。violinの鑑定書も同じようなものです。鑑定書を付けても、他の楽器店でそれが通用する分けではないのだよな??私が楽器を選ぶ時には、鑑定書は全く信用しません。だって数百年も経ったlabelや、鑑定書を信用する方が変だよ。楽器は誰が作ったか??ではなく、どう鳴るのか??だよ。Suisse政府が発行したStradivariの鑑定書の例もあるしね??
proという人達は、人が出来ない事をするから、proというのですから、一般的な範疇で判断をする・・という事は、既に、「特異では有り得ない」という意味なのだよ。
勿論、『pro』には色々なrankがあります。
自称、proから始まって、世界的に自他共に認められるproまでいます。
というか、神様のようなproすらいます。
若しも、あなたが「proになりたい」思っていたら、あなたのなりたいproって、どのrankのproの事なのかな?
proという意味を狭義に捉えて、「音楽の演奏だけで自活出来ている人」と定義をするのならば、皆さん達が知っている世界的な演奏家達の多くの演奏家がproとは呼べなくなってしまいます。
給料で生活をしているのはオケマンだけですが、世界のオケマンでさえも、オケの給料だけで生活出来ている人は数少ないと思いますよ?
私は音楽教室の経営で生活をしているように思われているようですが、それは逆です。
この2、3年間でも一千万近く(否、それ以上かな?)教室に注ぎ込んています。教室は私に取っては、金食い虫なのですよ。
先生達が演奏しているbaroque楽器でも、私が貸与している楽器なのですよ。
私にとっては、音楽は道楽のような物かも知れません。
つまり、私はその定義ならば、音楽家ではありません。
日曜音楽家と言えば良いのかな??lessonもオケ練習も全部道楽に過ぎないのだから・・(つまり、それで生活をしている分けではない・・という意味です。)
一般的には、「何故、proになれなかったのか?」という質問の答えの99%までは、「技術がproとして充たなかったからだ」という事だと、思われます。
今までのお話を統括すると、一般論としてのこの問題に対しては、私のadviceは、以下の三つのお話になります。
そのお話に対しての明確な回答を持つ事で、あなたの夢は達成出来るでしょう。
第一番目は、professionalとは何を持って言うのか?
第二番目は、あなたの本当の夢は・・??
第三番目は、正しい学びをしているのか??
第一番目の「proとは何を持って・・」という言葉に対して、若しも、たつきの糧としての「演奏家」を目指すのであれば、proのorchestraの団員しか無いでしょうね??
しかし、それだけで、生活を満足させるのは難しいのでは無いのかな??
proのオケマンの給料なんてタカが知れています。
清貧に甘んじるのならば兎も角としても・・・、清貧に喘いでいても仕方が無いのだよな??
作曲家でも、或いは詩人でも、それでたつきが成り立つ職業ではありません。
自分が書きたい物を書いて、成り立つ職業はないのです。
ですから、マスコミ受けのする物を書いて『pro』となるか、自分の書きたいものを書いて、『amateur』に徹するのか・・の人生なのではないでしょうかね??
私の場合には、proとは「音楽を探求する人」を指す分けなので、音楽で生活をする事とは無関係なのです。
ですから、Europaでは、歴史に名を成す有名な偉人でも、本職は全く別の人だった・・という人達がいます。
それ以上に多いのは、無名の大演奏家達が数多くいるのですよ。
「何故、大演奏家が大勢・・??」と思われるかも知れませんが、日本では演奏家とは、その都度、色々な曲を演奏する人だけで、研究者の演奏家は皆無のようなのです。
まあ、たまには、特殊な地域に限定したpianistも数人は見受けるようなのですがね??
Europaのそう言った人達が無名なのは、自分の音楽を追究する事に興味があって、有名になる事や、お金に関しては、全く無頓着だからですよ。
だから、「こんな人が・・」と驚かされるような凄い人を、専門的な分野では見受けるのです。
日本でも、Classicの音楽という特別に閉鎖的なgenreを除くと、そう言った、凄い名人classの人達は、数え挙げたら切りが無いと思いますよ。
所謂、職人というgenreの人達です。
第二番目の夢は、「proの演奏家になりたい」という願望が、実は「有名になりたい」「偉い人と思われたい」という願望であったりする場合です。
稀には「金儲けがしたい!」と思う人も居るかも知れませんが、それはgenreを間違えています。
金儲けをしたい人は、popularの方に進むと結構稼げます。
「有名になる」という事と、「音楽の道を極める」・・という事とは、少し・・所か、かなり違っています。
まあ、月とすっぽんとか、提灯に釣り鐘とか、etc.です。
日本で有名な音楽家と称される人達の演奏を聴いて、感動を受けた事はありません。
何かが違うのですよ。
偉ぶっているとか、大仰なtalkとかは、凄いのだけど、音楽を演奏しなければ、凄い演奏家で通ると思うのだけどね??
結局の所、マスコミが作り上げた演奏家達なので、所謂、brandと変わらないのですよ。私は曲を聴きたいのであって、演奏を聴いて感動をしたので、brandを見てもその価値は理解出来ないのです。
しかし、一般の人達では、brand品をとても大切にしている人達がいます。
しかし、物の価値は自分でするものであって、brandで決まるものではありません。
楽器をlabelで購入する人達がいます。
証明書代が1割だったら、私ならばその分安い方が良いな??
私が弓を選ぶ時に、比較対照にTourteの弓を出して貰いました。
2、3千万ぐらいの弓かな??
それよりも6百万の弓の方が数倍も良かったのですよ。
つまり、演奏をする上では、骨董的な価値と楽器としての価値は全く関係はありません。Tourteの弓でも、ダメなものはダメなのです。無名の弓の方が良い場合もあります。
私は、心臓の手術の時には、大学病院から逃げ出して、地方の小さな病院の先生に手術をして貰ったのですよ。
周りの人達は、大学病院を逃げ出して地方病院で手術を受けた・・と驚いていましたがね??
命に関わる手術なので、大学病院よりも実力のある先生の方が良かったのです。そのおかげで、元気に未だ生きていますがね??
(尤も、その先生は、今現在では、日本の心臓外科のtopになっていますがね??当時は、その先生も私と同様に大学病院の事を馬鹿にしていたのだけどな??やっぱ、業界のtopは居心地が良いのかな??アハッ!)
とても、若くて可愛い女の子が、自分自身の力で、超有名な演奏家になっているのを見ていて、それはそれなりに夢が叶って良いので、是非に応援をしたい所なのですが、その女の子は有名になる・・という目標が達成出来て、これからどうなるのかね~ぇ??・・と心配しています。とは言っても、全くの傍目からの話なので、本人には関係の無い話でしょうけれどね??
彼女は可愛くて、とても、技術的にも上手なのだけど、何かが違うのよね??
先ず第一に、音楽が言葉として入って来ないのよね??
第二番目には、速度に逃げる所があって、歌い込みが弱いのです。
それに究極的な問題点は、演奏しているviolinの音が、violinの音ではなくて、箱violinの音なのだよ。
だから一応はそれなりには弾けてはいるのだけど、音楽としての、感動が無いのよね??
でも、歳が若くて、可愛いければ、それでもう充分なのかな??
後は、どうでも良いよな??
音楽への探求の道が、名声やお金や地位だとすれば、勉強の過程で、非常に近い道を歩んでいたとしても、目標が少し違っていれば、当然、到達点は全く違う世界になるのだよね??
表面だけをなぞって美しく着飾っていても、中身がなければ、本当の本物は一生努力をしても、手には入らないのだよな??
表面上を真似て行くだけでは、その延長線上には、やはり、野狐的な悟りしか無いのだよ。
功成り名遂げて、道に留まって、裕福に生きている人達もいるので、一概には言えないのかも知れませんが、それは稀な事で、求めるものが違っていて、名声に過ぎなかったのだと思いますよ。
政治家だって、権力やお金を目当てで政治家になる人達の方が多いのではないでしょうかね??
Europaでは政治家には給料が出ない国もあるそうです。
政治家であるためには清貧に甘んじないといけない・・という事なのですが、そんなものは日本では通用しないよね??
教室の多くの子供達が望んでいる「夢」はテレビや演奏会場で華やかに活動をしている人達なのでしょうかね??
それを求めるのならば、そんなにNiveauは高く無いので、「目標を達成する事はそんなには難しくは無い」と思えるのですがね??
つまり、approachを音楽よりも、芸能人的に見栄えにすれば良いのです。
衣装のsenseや、talkの技術に長けていれば、その世界にも通用すると思います。
勿論、マスコミの世界にもprofessionalな俳優の人達も多くいて、感激する事が多いのですがね??
音楽の世界でproに成れる人は、音楽漬けの生活をしていても、それで幸せと感じれる人達なのですよ。
それよりも、恋人との語らいを主にする人達は、日常の生活を主にする職業を選んだ方が幸せに成れると思いますよ。
まあ、若い頃は有名な演奏家を求めて、年齢が満ちたら、幸せな結婚生活をして、音楽の夢はきっぱりと捨てるとか・・・いう人も結構いるようなのだけど、それはそれでも良いか??本人が幸せならばね??
私の場合には、毎日毎日、どっぷりと音楽の中で暮らしているので、貧乏でも、それなりには幸せで、鬱等にはとてもなりませんよ?? アハッ!
第三番目の「正しい学び」とは日本の音楽社会では超難しい問題です。
つまり、Europaの音楽界では、traditionalがあるので、amateurの人達でさえ、正しい道を、或程度は知っているからです。
日本の音楽界では、音楽は軍楽隊を育てて、国家のためにEuropaの音楽が音楽事始めとして持ち込まれたに過ぎません。
音楽は権威の象徴として導入されて来たのです。
だから、世襲制度としての権威付けの一貫として家元制度を導入したのが、現代の音楽大学偏重の音楽界の基盤となっているのです。
音楽大学を卒業して、concoursに入賞して留学をしたら、proの道が確約されている・・と未だに信じている人達が居るとすればそれは、とてもlächerlich(笑える)な事です。
そんなに簡単にproに成れる程、proの道は甘くはありません。
音楽が好きで、音楽無しでは生きていけない人の場合には、どっぷりとproに足を突っ込んでいる人だと言えます。
proは経験です。
人の前での演奏を続ける事が一番の早道なのですよ。
早期教育とは早期に学ぶ事では無く、早期に社会で活動を始める事なのです。
そのための対外出演だったのだけどね??
誰も理解してくれなかったのだよな??
5月31日今日は手術日とdouble-bookingしたので、変更をして貰った糖尿病外来の日です。 ·
今日は、主治医の先生から年齢を聞かれて、主治医の先生の方が私よりも1歳年下であるという事が、初めて分かりました❢
「私達の子供時代には、ご飯が食べれ無い事がよくあったよね~ぇ?大変な時代を生き抜いて来たのだよね~ぇ?」としみじみと言っていらしたのだけど、絶対に先生の方が私よりも、十ぐらいは上だと思っていたので••••、先生の方が歳下と聞いて、超、shockだったよな〜あ?
bikeでの通院は、良好で、帰りには大きなスーパーに寄って、運転用の靴と、病院入院用のナース・シューズを探したのですが、運転用の靴は直ぐに見つかったので、問題は無かったのですが、白のバレー・シューズ(スクール・シューズ)が、E・typeのシューズが無くて、諦めて帰りました。
病院は普段のような朝一から•••ではなく、2時からの最後のグループに入れて貰ったので、診察が終わって、ハイツに帰り着いたのは、4時半を過ぎていました。
病院が終わってから、久し振りでデパートの中を歩いたので、流石にバテてしまいました。
という事で、仮眠を取ろうと思ったのですが、鼻詰りになってしまって、息が出来なくなって、良く眠れませんでした。
夜は先生が10時頃に千葉から帰って来るので、私もそれに併せて、遅い椎名町への移動なのですが、雨が激しく降り出したので、その雨の中を走る事の寒い事❢
Bikeを走らせる手が悴んでしまいました❢
ポンチョもびしょびしょになってしまいました。
椎名町で食事を済ませてから、「ドルプリっ歩に行こうかな??」と思ったのですが、雨は上がっていたのに、ドルプリ達は、嫌がってお散歩をしませんでした。
今は10時過ぎなのですが、練馬の気温は18°なのですが、これから16°まで下がるそうで、折角、昨晩は頑張って布団の交換をしたのに、一晩でまた、合いの羽毛布団か毛布を出さなければならないようです。
今は外では結構激しく雷が鳴っています。
なんだろうな〜ぁ??この天気は・・??
まるで、天変地異だよな~ぁ??
食事が遅かったので、帰りは1時を過ぎてしまったのだけど、なんとなく鬱が起こりそうな雰囲気だったので、violinとCelloのduoの続きのfinaleの入力をして、昔の作品の音を聴いて見たいと思ったのだけど、流石にそろそろ入力に疲れて来たよな??
やはり、自分でimageした音とは違うので、本当の演奏の時の音とは違うのよね??
この曲で暫く終わりにする事にします。
芦塚陽二作曲 violinとCelloのための二重奏曲集より「第三番」pc 音源 - YouTube
1976年の1月の8日に江古田の松盛堂で作曲しました。1976年というと、今からは45年前の事です。勿論、これまでの時代では、notationのsoftであるfinaleは疎か、その前に、一般の人達にとっては、パソコンすらありませんでし.....
オペの成功をお祈り申し上げています。
ありがとうございます
みどり輝く里山風景&次代を担われます方の素晴らしいweb lessonYouTubeにすっかり魅了され釘付けに成りました〜❣️
オペの日までどうぞお身体を冷やされませんよう幾重にも幾重にもおいといくださいますようにお願いいたします!
重ねがさね、ありがとうございます
頑張ります。
6月1日今日から6月1日です。 ·
今日は6月の1日です。
1年の後半期に入りました。
昨晩は、発作的にviolinとCelloのduoから、第三番の曲をfinaleに入力して、適当に写真を探して、mp.4に編集して、You Tubeにuploadしたので、寝るのがすっかり遅くなってしまいました・・というか、朝早くに入眠しました。
という事で、今日の1日は10時過ぎからになります。
・・という事は、one coursしか眠れていない・・という事だよな??
それにしては、朝から、風呂の止水栓を直したり、食堂兼、居間兼、パソコンの仕事部屋に、超お久し振りに掃除機を掛けて、toiletteの掃除もして、mobileの整理をしている所です。
別に手術前の終活をしている分けではありません。
単に、体調が良かっただけです。
不思議だよな~ぁ??
生活rhythmと体調が全く、無関係なのだからな??
昨晩、ハイツに辿り着いたのは、1時過ぎの深夜でしたが、それにしてはpanorama-viewが明るい感じでした。
つまり、雨で雲が低いので、街のチョッとした灯りが雲に反射して街全体が明かるかったのですかね??
結構真っ暗でも、180°視界でpanorama-viewで見る事が出来たので、携帯で左側と中央と右側の3枚の写真を撮ったので、更にphotoshop-elementで重ねて、1枚のpanoramaの写真を作ろうと試みている間に、photoshop-elementでは、自動で数枚の写真をpanoramaにする機能がある事を発見しました。
今まで、自動で「panorama写真が出来る」という事を知らなかったので、急遽その3枚の写真を使って、練習してみました。
四苦八苦して重ねていたのが嘘のように簡単に出来ました。
教室ではオケ練習の時や、室内楽の練習の時に、cameraのangleに収まりきれないので、Quartettの時等も、2枚に分けて写真を撮る事がよくあるのですが、その後、1枚の写真に合成するのですが、なかなか上手く行きません。
cameraのshatterのtimingが微妙にズレるので、動きが違ってしまうからです。
だから、同じ人物が重ならない位置でcutして繋ぎ合わせるのですが、多分、自動ではそれは無理なのかな??
風景のように、動かない物ならば、問題はないのかも知れないのだけど・・ね??
6月1日『有意義な無駄と無意味な無駄』 ·
私は非常に不器用で、しかも怠け者なので、人と同じ作業をさせると余りにも遅いので、周りの人達から驚ろかれる事がよくあります。
小、中学校の時には、絵を授業の時間内に描けた事が一度も無い事が自慢です。
だから私に取っては、人並みに仕事が出来るようになる事が•••、或いは、日常生活を人と差し障り無く生活出来るようにする事が•••、つまり、所謂、『人並み』・・という言葉が私の人生の最大の課題でした。
高校生ぐらいになって、或程度の社会的な知識が出来て来ると、自分のそういった劣等感を補うための小さな、日々の努力が始まりました。
それが今で言う所の「時短」です。勿論、当時は時短等という便利な言葉はなかったのでね?
小学生からの私のnoteを見ると、大きな乱暴な文字でハミ出すように濃く書きなぐっています。
中学生の時に、勉強の出来る女の子にnoteを見せて貰ったら、小さな丁寧な文字で丁寧に書き込んであって、びっくりして驚いてしまいました。
「noteって、こんな風に書くものなんだ??」ってね・・!
学校で書いているnoteという物は、家で読み返すためのものである・・という事をその時に、初めて知ったのです。
noteとは、読み返すためのmemoである・・・というnoteの意味を・・
その次の日から、自分のnoteを一新して、見えるか見えないかぐらいの小さな文字で、丁寧にlayoutを決めて書く事にしました。鉛筆も2Hぐらいのhardな鉛筆に変えました。
折角、書き始めたnoteなのですが、大学生になった途端に、memoを取る事や、noteを書く事自体が無くなってしまったので、折角のnoteもそれっきりになってしまいました。
でも、小学生の上級生辺りから、折に触れて書き綴った日記風の雑文は、大学生になっても書き続けていました。
私の雑文と、日記との大きな違いは、日常の生活をmemoryとして書く・・のでは無く、小説や詩の思い付き、アイデアや草稿、覚書になっているので、毎日、日々を顧みて書くものではなく、気が向いた時に、折に触れて書く・・という所謂、雑文なのです。
高校生の時から始めた自己改革の根本的な方向性は、人と同じ速度で仕事を熟す事だったので、その根本的な自己改革は徹底した時短と平行作業の二つを組み合わせたものでした。
しかし、日本の社会では、「時短」と言うと、「手抜き」と勘違いされて、馬鹿にされる・・というか、正しく認識して貰えない事が多いのですよ。
日本の社会では徹底的に根性主義の100回で出来なければ1000回の社会なのですよ。
しかし、それは間違えた学習法なのです。
教室ではtabooとして絶対にやってはいけない練習法なのですが、教室で学んだ人達ですら、自分の生徒や子供には、その根性主義の練習を要求してしまうようです。
社会常識というものは、幾ら教室で私のmethodeを教えても、直ぐに戻ってしまって、本当に困ったものだよな??
教室で育って、音楽大学に進学した生徒達ですら、いつの間にか日本流の練習法に戻って、頭を使った練習をしなくなるのですからね??
日常の中で、極端に無駄を省いて、「時短」を目指すと、私のようなブキッチョな人間でも、器用な人よりも速く仕事をする事が出来て、しかも丁寧に、ミスも無く仕事が出来ます。
その「時短」の中での最大の秘訣は、人よりも先に仕事を始める事なのです。
「えっ??当たり前じゃん!!」と思われるかも知れませんが、それが当たり前では無いのだよな??
元来、超怠け者である私は、自分が望まない仕事は逃げようとして、中々その仕事を始めようとはしません。
特に、私に取って『初めてとなる仕事』に関しては取っ付きが遅くなる・・というよりも、やろうとしない事に悩んでしまいました。
つまり、私の人生との戦いは、そういった私自身の一つ一つの怠け癖との戦いでもありました。
初めての仕事で中々、仕事をする気分に成れない場合には、ちょうど料理を作る時のように、先ずは下準備だけをして、いつでも仕事に入れる所までの作業をして、放ったらかしにする事にしています。
仕事のtimelimitが迫って来ても、下準備が出来ていれば、仕事にはsmoothに入れるので、締切に遅れる事はありません。
昔の学校の授業の殆どは「黒板に書かれた文章を自分のnoteに書き写す」事でした。
ふと思いついて、2,3日前に、そのお話を生徒達にしたら、今の多くの学校でも、黒板の丸写しを未だにしているそうです。
教育というのは、50年経っても、何も変わらないのだよな??
ビックリです。
人間は同時に二つの事を熟す事は出来ません。
生徒が黒板を書き写しながら、先生の説明を聴く事は出来ないのです。
だから、曲を演奏しながら、譜面を見る事は出来ない・・と子供達に言い続けているのです。音に集中するのならば、目は邪魔なのです。楽譜を見ている時には音に集中する事は出来ない・・というのは当たり前の話でしょう??
それが芦塚methodeなのですが、その当たり前の事が分からないのですよ。
「暗譜が出来ない」
それは間違いです。
暗譜は癖で、私が絶対に覚える事が出来ないのは、テレビに登場する若くて美しい女の子の名前です。
顔は当然覚えているのですが、名前がどうしても覚えられません。
顔は覚えている・・と言いましたが、それもあやふやです。
同じ顔が多くて、スズちゃんやアリスちゃんが無数にいます。
テレビでコマーシャルを見ながら、「この子はアリスちゃんではないよ!」と言うと、先生達も信じてくれないので、携帯でcheckをして名前を言うと、みんなが驚いてしまいます。
逆にこの子はスズちゃんだよ!と言っても、誰も信じません。私が携帯でcheckをするまでは•••??
記憶なんてそんなもんなのよ!!
今の子供達は、私の知らないアイドルの事ならば、とても詳しく知っているからね?
学校の授業では、先生は生徒達がnoteに必死に書き写しているのを横目で見ながら、書かれた文言の解説をお喋りするのですが、でも私は文字を書くのが非常に遅いので、先生が何を喋っているのかを聞き取る事が全く出来ませんでした。
だから学校で授業中に覚えた事は一つもありません。
流石に高校生ともなると、「これではダメだ!!」という意識が出て来て、教育大学の傍の本屋に行って、先生達の教科書の赤本を買い込んで来て、授業で先生達がお喋りをする内容を事前に読んでおく事にしました。
授業中に先生がお喋りをする笑い話までも、赤本にはそのまま載っていたのだから、笑い話よりも、笑えるよね??
文字を書くのが遅いので、文章の最初に出て来た一回目の単語の文字だけはちゃんと書くけれど、2回目からは、頭文字だけを書く事にしました。
省略する単語はunderbarで書き表します。
「t、ssが、wにあdvをstkrmt。(と、先生が私にadviceをしてくれました。)」という風に文字を書いたのです。
その当時は、パソコンすら全く無い時代だったので、あくまでも手書きを想定した、自分でmemoヲするための方法として作ったのですが、これは現在は「tgt(単語登録)として、pcでもそのままsysちms。」(単語登録として、パソコンでもそのまま使用しています。)
しかし、こういった一切の無駄を省くsystematicな方法は、今に限った方法論ではなくて、戦国時代の兵法ではたった一つの無駄な動きが「死」を意味するので、完璧に無駄を省く事が、剣道の極意だったのですよ。
そういった意味で、時代劇を観ていると、人を切る動作に無駄が多いよね?刀は歯と歯をぶつけたら、歯がこぼれてしまって切れなくなってしまいます。相手の刀はミネで受けるのですがね?
私の持っている古刀でもミネに歯の跡が付いていますよ?かなり深くね??
実は、勉強の仕方やviolinの奏法にも、全く同じ事が言えるのですが、勉強でもviolinのbowing一つでも、極力、無駄を省かなければならないのです。
戦国時代とは違って、間違えたやり方で練習をしても、それで死ぬ事は無いので、必要を感じ無い人達の方が多いのですよ。
封建制度を確率した徳川家康は、戦国時代の武将なので、とても合理的な考え方をしていました。
彼は、自分の子供達が自分と比較しても優れた人材になるような儚い夢は抱きませんでした。
まあ、徹底したリアリスト、それが戦国を生き抜く秘訣だったのでしょうからね??
そのために自分の子供達がどんなに凡庸であったとしても、家を存続出来るような制度を確率したのです。
閃きのある優秀な優れた人材は、極力、排除して、凡庸で努力だけで、成り上がる人材を権力の座に座らせたのです。
家元制度も同じで、師のcopyを完璧に出来る人に家元を継がせて、チョッとでも異を唱える人間を排除するのが制度を維持する秘策なのです。
日本の音楽界でも、師匠に異を唱える事は当然としても、質問をする事すら許されないのは、師が質問に答える事が出来ないという想定なのですよ。
だから、師匠が間違えた解釈で日本に持ち込んだ技術が100年経っても日本のClassicの演奏法の伝統になってしまって、BerlinphilのSchwalbé先生に「日本人のエイズ奏法だ!」と言わしめてしまうぐらいに、日本には間違えた演奏法が主流なのですよ。
まあ、日本の音楽がどうでも私にとっては全く関係はないので、私自身の話しに戻って、
私は、一つ一つの作業自体は非常に遅いのですが、その仕事を幾つも組み合わせる事に寄って、結果的に、人よりも速く仕事をする事が出来るようになります。
音楽の練習も同じです。
極端に無駄を削ぎ落とすと、殆ど練習をしなくても超、上手に演奏する事が出来るようになります。
しかし、日本の封建制度の中では、或いは、世襲制度の中では、根性主義の方が価値があるように受け取られガチです。
私が「時短」を口にすると、よく「手抜き」と勘違いされる事があります。
『手抜き』はNiveauを落とす事に繋がってしまい、結果的には社会的な信用を無くすので、結果的には「時短」にはならないのですよ。
「時短」は無駄を省く事だというと、「無駄にも意義がある」と返される事があります。
しかし、それは、無駄の定義の勘違いなのです。
芦塚methodeにも、致命的な欠点があります。
それは芦塚methodeでは、根性が身に付かないのですよ。
逆の言い方をすると、根性の有る人が芦塚methodeを学ぶと最高の効率を上げる事が出来るようになると思うのですがね??
根性のある人は、自分の練習法を悩まないのですよ。自分に疑問を持たない•••というのかな?
6月3日violinとCelloのための二重奏曲集から『第二番』 ·
「もう、finaleには入力をしない。
You Tubeにもuploadしない。」と6月の1日に言ったばかりなのに、次の日には、しっかりと、violinとCelloのための二重奏曲集から『第二番』の入力とuploadを終えてしまいました。
芦塚陽二作曲 violinとCelloのための二重奏曲集より『第二番』 - YouTube
6月3日「violinとCelloの二重奏曲集」から『第一番』 ·
曲は、「violinとCelloの二重奏曲集」から『第一番』という事で、violinとCelloの組み合わせでは、最初に書いた曲です。
やっと2分そこそこの、超、短い曲ですが、まるでお正月に子供達が遊んでいるような童歌のような雰囲気の曲ですが、1976年の1月の2日に鬱で眠れぬままに書いているので、マジにお正月の曲です。
写真は江古田ハイツのentranceの前のドウダンツツジなのですが、結構季節毎に雰囲気が変わって、楽しめるので、写真が集まっていました。
多分、区の管轄なのかな??
今は短く刈り上げられたので、この所の1,2年は写真には撮ってはいません。
芦塚陽二作曲 violinとCelloのための二重奏曲集より「第一番」 - YouTube
6月4日コンビニ・クーラー ·
今日は6月4日の金曜日です。
今日の椎名町からの帰宅は、いつもの通りにcinderella-timeを遥かに過ぎた深夜の帰宅で、しかも、ドルプリっ歩の間に結構雨が強く降り始めて来たので、rain-coatでの帰宅になりました。
なんとなく、そのまま眠る気になれなかったので、録画してあったテレビのdramaを見ながら、uploadしていたduoの手直しをして、You Tube上の動画を差し替える作業をしてしまいました。
曲の手直しや、You Tubeにuploadするまでの作業が思ったよりも掛かってしまって、朝の6時を過ぎてしまったので、慌てて布団に潜り込んだのですが、結構寒くて、超薄手の夏用の羽毛布団を毛布に戻すのか、それとも中厚の羽毛布団に戻すのかを、悩んでしまいましたが、結局の所は、面倒くさがりの私なので、そのまま、寒いのを辛抱して、夏用の羽毛布団で寝てしまいました。
昨晩から降り続いている雨は、段々と強い風を伴って来て、玄関の外ではもがり笛が鳴り響いています。
玄関の外が、騒がしい・・・という事は、北風が強いという事なので、未だまだ寒くなる・・という事なのです。
結構、満足が行く所まで、finaleの作業も出来て、You Tubeで確認をしていたら、そのまま、椅子に座ったままで寝落ちしていました。
だから、お弁当類を仕舞い忘れたままに、大急ぎでbedに潜り込んだのですが、寝落ちするぐらいなので、直ぐに眠れたのですが、眠りが浅くて、超現実的な変な夢を見て、one coursで目が覚めてしまいました。
超、現実的な・・という意味はsurréalismeという意味ではなく、現実の生活と区別の付き難い・・という意味ですがね??
toiletteに行って、直ぐにbedに戻ったのですが、鼻詰りと弱鬱と、湿気で眠れなくなってしまったのです。
(私は極度に湿気に弱いので、梅雨の季節には、吹き出物が体中に出て、化膿して大変なのですよ。九州の梅雨は、湿度がそんなに強く無いので、体も平気なのですが、関東ではこの時期には、除湿機が無いと全く生活が出来ません。チョッとでも油断していると、大きな発疹が出来てしまうのです。市販の汗疣の薬では対処出来ない程の、困りものです。)
こういったまるで梅雨のような、鬱陶しい季節には、部屋の温度を下げてしまう大型のcoolerではなくて、買い置きのコンビニ・クーラーの方が、除湿をしながら部屋の温度を上げるので、気持ちが良いのですが、作業部屋は狭いので、移動用のcoolerが不必要な季節では、隣の部屋に仕舞い込んでいるので、食堂兼作業部屋まで、持って来なければなりません。
大した手間では無いのだけど、寝起きの今は、チョッと体力的に負担が大きいので、寒さを辛抱する方が楽なのだよな~ぁ??
マジなお話では、隣の部屋からコンビニ・クーラーを持って来るのは怠け者である所為だけではありません。
私の場合には、寝起きには、腰の筋肉が緩んでしまっていて、チョッと下を向いたり、重い物を持ち上げたりすると、ギックリ腰が再発してしまうのですよ。
うっかりと下に落ちていたティッシュを拾おうとしても、腰に来る事があるのです。
そうすると一月程は、動けなくなってしまうのですよ。
てな事を言いながら、思い切って隣の部屋からコンビニ、クーラーを持って来ました。早速電源を入れたのですが、湿度が高いので、部屋の湿度が下がりません。諦めて、取り敢えずは大型のcoolerで除湿をしてから、コンビニ・クーラーに切り替える事にしました。
流石に、大型coolerで除湿をすると、ほんの10分もしない内に、寒くなってしまいました。
そろそろ、コンビニ・クーラーに切り替えるか??
6月5日『Vivaldiのrecorder-concerto Op.10 Nr.5 F DurのCembalo譜作成のお話』 ·
今日は6月7日の火曜日で、泌尿器科の術前検査の日で、夕方から川崎の幸いクリニックまで日帰りの検査に出かける予定です。
朝一で、2時間程この文章の手直しを、昨日書いた全く別の文章と結合させて、完成稿に近づけていたのですが、「後少しで終わる」・・という所で、な、な、な、なんと! 全部の文章がぶっ飛んで午前中の2時間の作業と前日の入力した別の文章も無くなってしまいました。
まあ、Facebookのぶっ飛びは、いつもの事なのだけど、ほんと腹が立つよね~ぇ??
Facebookって日本の小さなsoftの会社では無いよね・・・多分??
・・という事で、小一時間程は、呆然としていたのだけど、気を取り直して、思い出せるだけ思い出して書いて見る事にします。
なんという鉄のような忍耐力だろう!!
我ながら感心してしまうよな??
以下、本文
『Vivaldiのrecorder-concerto Op.10 Nr.5 F DurのCembalo譜作成のお話』
『Cembaloのpart譜作成についてのお話』
昨晩、牧野先生から「Vivaldiのrecorder-concertoのscoreにCembaloのpartが付いていないのでcembaloの譜面を書いて欲しい!」というorderが入った。
市販のorchestraの楽譜でも、orchestraの楽譜ともなると、Cembaloのpart譜が付いている楽譜は少ないし、またCembaloの譜面が付いていたとしても、右手のpartの動きが不自然で、演奏不能なものさえある。
また、中々良いarrangeであったとしても、基本的には子供が演奏するようには書かれてはいないので、子供には技術的に不可能なarrangeが多いのだよな。
私がCembaloのpart譜を作る場合には、音楽教室で子供達が演奏するという前提で作るので、Cembaloを担当する子供が演奏出来るように、予め、Cembaloのpartを「誰が弾くのか」が、決まってからCembaloのpart譜の作成に取り掛かる事にしている。
そうしないと、その子供の力量に合わない場合には、作り直しをさせられる事がよくあるからなのだ。
Cembalo譜の作成は、予め「誰が弾くのか??」を決める事が先決なのだよ??
但し、教室でも、しょっちゅう、多くの生徒達が演奏をする常設曲では、その年代のgroupが変わるので、演奏する生徒の力量も変わる場合がよくある。
例えば、日本中の色々な音楽教室で演奏されている、初歩のviolinの教材として有名な『VivaldiのL'estro Armonico(調和の霊感)の中のOp.ⅣNr.6 a mollの曲』なのだが、出版されているorchestraの楽譜は、proの演奏を想定しているので、Cembaloのpartは結構難しく書かれている。
こういったbaroqueの音楽の名曲の場合でも、本来は、子供用の教材では無く、proが演奏する曲としてのa mollなので、楽譜もamateurのための楽譜では無く、proが演奏するための楽譜として、書かれている。
という事で、教室としては、仕方が無いので、教室の子供達のために、Cembaloのpartを作るのだが、その時にCembaloを担当する生徒の力量に合わせて、対旋律一個のversionから、対旋律2個のversion、簡単versionから、対外出演用のversionまで、多数のCembaloのpart音のversionがある。
勿論、対外出演用のpro-versionも作ってある。
同様に教室のorchestraのthema曲でもあるPachelbelのcanonも、超初級versionから初級、中級、上級versionと、更にpro-versionの4種類のCembalo譜が準備されているのだよ。
という事で、今回は、或程度のveteran組の生徒が弾くという事なので、結構、難しめのCembaloのpart譜になったぞよ!!
『finale入力に際してのtemplateの作り方』
routineの食事とドルプリのお散歩が終わって、ハイツに戻る直前に書き込み用の楽譜をcopyして貰って、持ち帰った。
「書き込み用の楽譜」と私が言っているのは、普段の楽譜で、指揮をしたり、楽譜をcheckをしたりする冊子になったscoreとは違って、最初から、scoreからfinaleに入力する時に、間違わないように、小節番号を書いたり、練習番号を書き込んだり、同じMotivの箇所を蛍光ペンで色塗りをしたり、その曲全体を書き終える頃には、その書き込み用の楽譜は、checkで真っ赤っか・・になって、普段使いの楽譜としては使い物にならなくなってしまう楽譜の事なのだよ。
普段ならば、仕事が派生した次点で、(椎名町からハイツに辿り着いた時点で、)recorder-concerto用のtemplateを作る所までは、その日の内にやっておくのだけど、まあ、しかし、昨晩は、流石に、超、バテていたので、取り敢えずは何もしない事にして寝た!
幾ら疲れていても、眠れないものは眠れないので、朝は通常通りに、one-coolの1時間半後の5時50分には目が覚めててしまった。
所謂、頻尿のtoilette-timeで目が覚めただけなのだが、その後の「二度寝」が出来なくって起きてしまった。
仕方が無いので、ウダウダと昨晩持ち帰って来たお弁当を冷蔵庫に仕舞ったり、持ち帰って来た、色々な小物類を所定の場所に収める作業をして、それから、何とかやっとVivaldiのscoreのtemplateの作成を始めた。
『templateのお話』
scoreから書き出す必要なpartはCembaloのpartのみなのだが、私の場合には、常に、『大は小を兼ねる』で、full scoreのtemplateを作るのだ。
他の楽器のpartが必要では無い場合でも、full scoreにしておくのは、仕事の速度と間違いを少なくして、作業の正確さを期するために、必須の条件なのだよ。
「時短」を図ろうと、Cembaloのpartだけを作るのは、『**休むに似たり』で、逆に、間違いを誘発して、作業効率も悪くなるのだよ。
「時短」の原則は、常に『急がば回れ』なのだ。
finaleで、先ずは、Vivaldiのscoreのtemplateをscoreに楽器群と小節数を正確にscoreに合わせて、作成する。
Cembaloのpartを作成するのが目的なので、先ず、取り敢えずは、score上のCelloのpart(所謂、basso continuoのpart)を、finaleのCelloのpartに入力をするのだが、その前に、(この場合の「その前に」という意味はscoreからfinaleに入力をする前に・・という意味である。)書き込み用のscore上で、themaをコピペ出来る箇所をscore上で探して、蛍光ペンで塗り絵をして、それから最初に、templateにthemaを入力したら、そのthemaをコピペ出来る小節にコピペをする作業を始める。
Celloの「虫食い」のpart譜が出来上がると、次に、その「虫食い」の箇所の穴の部分に、コピペの出来ない箇所をscoreから入力をする。
そしてCelloのpartが完成したら、そのpart譜を、Cembaloの左手のpartにdrug&pasteをする。移調をすれば良いだけのMotiv等や、1音符だけ打ち直せば良い箇所もしっかりとコピペするのだよ。
通常の場合ならば、これでscore入力の半分ぐらいまでは出来上がるのだ。
『蛇足のお話:Keyboardという言葉について』
通常は、鍵盤のKeyboard(パソコンのfinaleでの作業では、鍵盤のKeyboardとcommand-keyを入力するためのパソコンのKeyboardを両方使うのだが、どちらもKeyboardとしか言わないので、ややこしい。MIDI-Keyboardという言い方もあるのだが、今は殆どMIDI端子を使わないので、その言い方も、問題だよな??)と手入力を駆使して入力するのだが、baroqueのconcertoは、通常は、ritornelloの形式なので、repeatが多いハズなのだが、今回のflute-concertoのOp.10 Nr.5では、コピペ出来る箇所が殆ど無かったので、結構、入力をするのに、手間が掛かった方かな??
『real-time入力のお話し』
私の弟子達は、real-time入力でMetronomの音に合わせながら、入力をするので、音価を決めるための10keyを打つ必要がないので、非常に入力の速度が速く、つまり、演奏時間だけしか掛からないのだが、私の場合には、音価の計測の範囲を8分音符単位ぐらいまでに、大きく設定しても、音価をfinaleが判断してくれないのだよ。
finaleの場合には、releaseの音で、音価が判断されるので、legato奏法を取る私の演奏styleでは、音が重なった部分の判断がfinaleでは出来ないからなのだ。
今の音楽家の殆どの人達は音のreleaseが速いので、私が聴くと、音が粒粒と切れて聴こえるのだが、所謂、Czerny奏法とかMozart奏法とかleggiero奏法とか言う奏法になるのだよ。
特にpopularの人達の場合には、音のハギレの良さが命になるので、legato奏法の奏者はいないのだよ。
私の場合には、cembaloやorganの奏法を学ぶ前から、pianoを学ぶ時に、legato奏法で学んで来た。Cembalo奏法、Organ奏法 cramer奏法 legato奏法とも言うのだよな??勿論、チェルニーの教則本やMozartのソナタはレジェロ奏法的学んだので、弾き分けは出来るのだが····
いずれにせよfinaleでは、音はrelease(after-touch)がしっかりしていないと、real-time入力は出来ないのだよ。(設定が4分音符と8分音符ならば、誰でも出来るのだろうが?)
『校訂作業』
取り敢えずCelloのpartを入力したら、scoreを眺めて、「 bezifferten Baßの数字の間違い」や、score自体の音の間違いを探すのだよ。
出版されている楽譜では、間違いは無い・・と思い込んでいる人達が多いのだが、「それは勘違い」で、出版されている楽譜でも、間違いは、結構あるのだよな?? これが・・・
単なるミスプリの場合や、楽譜を制作した時の根本的な間違い、それに加えて作曲者自身の間違いも見受けられるのだよ。
言い方を変えると、間違いの無い楽譜は無い・・・と言っても過言では無い。
scoreを見ながら、 bezifferten Baßの数字と照らし合わせて、数字の間違いや音符の間違いの訂正をするのだが、数字の動きが複雑な箇所は、soloのpartや、1st-violin、2nd-violin等のpartを虫食い状態で、書き込んで、より正確に和音が見えるような状態にして、score上の楽譜から bezifferten Baßの数字や、音の訂正をしなければならない。
より複雑なpassageでは、melodieを書き込む事に寄って、Cembaloの和声のpartを書くのが視覚的に楽になるからだ。
『layout作業』
まあ、私がやる所は、layout作業もscoreまでで、part譜のlayoutは基本的に作らない。
part譜の場合には、視覚的な出来上がりよりも、譜めくりのtiming等の演奏者としての立場が必要になるからである。
私が、全部のpart譜を作り上げるのではないので、Cembaloのpartを書き終わってからは、2時間程を掛けて、checkを二度、三度と繰り返しやって、(・・・とは言ってもfinaleの入力上の間違い探しをしている分けでは無い。finaleを音源で聴くので、目からの情報ではなく、耳から情報なので、極めて正確なので、間違いを探す事は有り得ないからである。最終checkでは、演奏上のspielbar(弾き易さ)とか、ornamentを書き加えたり、即興を入れたり、等々の作業をするのだ。)、それでも、10時頃には椎名町にlineで楽譜を送った。
part譜のlayoutは、原則として、私はしないので、斉藤先生が私の送った楽譜のpart譜をlayoutをして、椎名町の大型のprinterでprint outをして明日の日曜日のオケ練習までには、Cembaloを担当する生徒に渡す予定である。
『蛇足:Vivaldiの教育methodeについて』
Vivaldiの作曲法は一見すると単純明快で簡単(simple)に見えるのだが、これが『さにあらん』のだよな。
人間は、themaのMotivが偶数ならば、覚えやすいのだが、奇数でしかもその都度、randomに繰り返えされると、人は、覚える事が難しくなってしまうのだよ。
唱歌形式に寄る簡単なmelodieは、2小節単位にa+b,という所謂、歌謡形式で作られているのだが、VivaldiからHaydnに至るまで、themaが奇数の延長上で作られて、甚だ複雑な形態を取っている事が多いのだ。
Vivaldiの超簡単な初心者用の教材として知られている『L'Estro Armonico(調和の霊感)Op.3Nr.6』のa mollの曲ですら、至る所にそのrandomな繰り返しのtrickが散りばめられていて、初心者の子供達を悩ましている。
Vivaldi先生の考える指導者としてのmethodeでは、正確に記憶する・・というtechnikを生徒達に指導するのが目的なので、kleinigkeit(小さな)なveranderung(変化)・・・の『違いが分かる』ようになると良いのだよ。
全く同じように見えても、強弱が逆だったり、小さなskipが入っていたりと、微妙に変化させるのだよ・・な??
そういった所に気が付くようになると、記憶力はかなり正確なものになって来るのだよ。
記憶のmethodeの極だよな??
現代の日本の教育界では、dataだけを丸暗記して・・その意味を理解しようとはしない教育を受けている。
だから、子供達はそのdataの意味を知らない。
意味の無い記憶は、違いが分かるどころか、記憶でさえ無いのだよ。
という事で、今の子供達には、「記憶」というものは無い。
人生の大半を無意味に過ごしているので、昨日の事すら定かに覚えている分けではない。
1週間前に教えた事ですら、「習った事はありません。」とすまし顔で言う。
時には「若年性のAlzheimerではないのかな??」と思う事さえあるのだよ。
困ったものだ。
私のhomepageの論文のsiteである「芦塚先生のお部屋」の論文の全文章がぶっ飛んでしまった・・と思っていたのだが、「Vivaldiの『L'Estro Armonico(調和の霊感)Op.3Nr.6』のa mollの曲のAnalyseのhomepageが、奇跡的にback・upの原稿が見つかって、復活する事が出来たので、全文を復活させる事が出来ました。
この論文は、読む事が出来ます。
という事で、繰り返されるthemaが、繰り返される毎に変形されていくのを一覧表で見る事が出来ます。
Gott sei Dank!(ありがたや!!)
Vivaldi a moll Analyse
ASHIZUKA-S-OHEYA.ASHIZUKA-ONGAKU-KENKYUJO.COM
Vivaldi a moll Analyse
まえがき ritornello形式について tuttiの部分の比較譜 soloの部分の比較譜 出版社について version Cembaloについて baroque時代のorchestraの並び方と演奏者の人数 この曲を演奏するのに必要な最低人数 VivaldiのLebenslau....
Vivaldi a moll ⅠAnalyse (ashizuka-ongaku-kenkyujo.com)
この後に書いていた文章と、二つの文章を一つに纏めてこの文章を完成原稿に持って行っていたら、突然、エラーで文章全体が、ぶっ飛んでしまって、元の文章も書き直した文章も見つからなくなってしまった。
「エラーが出ました!」の一言で以前書いた文章も、全く何も無くなってしまったのだよな。
今日の1日の作業が無駄になってしまった・・・!!
とは言っても、未だ朝の7時なのだがね??
削除をした別の文章はゴミ箱に保存されているハズなので、archiveを見てみたのだが、ゴミ箱を見ても保存されていないのだよな??
全く紛失してしまったという事だよな??
超Shockだよな!!
マジ、Facebookはよくあるよな??文章がぶっ飛ぶ事が・・
これが世界企業とは片腹痛いわさ!!
6月6日『今回の発表会への選曲について』 ·
教室での「曲決め(所謂、選曲)」は、一人一人の子供達の音楽の成長に合わせて課題となる曲を決めている。
次のstepへの課題となる技術のthemaが含まれている曲を選曲する分けなのだ。
だから、一般の発表会のように、「有名な曲だから」とか、「子供が好きだから」という理由で「曲決め」をする事はない。
但し、年2回の「夏のおさらい会」と、冬のChristmas会のお楽しみ会」は、生徒が自主的に弾きたい曲を弾くような企画でやっている。
勿論、教室の方針でpopularの曲は無理だが、実際には、生徒達が弾きたい曲で「popularの曲を弾きたい」と言った生徒は今まではいない。
また、会場もKoncert・Hallではなくて、自治会館等の多目的Hallになる。
当然、衣装も発表会衣装ではなくて、普段のお出かけ衣装になる。
発表会やおさらい会等の形態の異なる演奏会をするのは、そういった演奏会場でのTPOやmannersを学ぶ意味もある。
また、一般的には発表会は多くても、1年に1回か、1年半に1回ぐらいであろうか?2,3年に一度という教室もザラである。
それは発表会を開催するための雑事がとても大変だからなのだ。
その煩わしさを回避するために、楽器店に発表会を委託している教室も多い。
私達の教室が外部委託をしないのは、発表会やおさらい会、Christmas会等に明確な教育的な配慮をしているからなので、それを外部の楽器店のstaffに理解させるのは無理だからなのだ。
初めに戻って、・・・発表会を目標として、明確な技術習得を目的として「曲決め」をするのだが、「曲決め」は、その生徒に最も必要なtechnikや音楽表現の技術を学ばせるための選曲である。
子供は成長の過程で、指を回す訓練をした方が良い時期と、音楽的な表現を学ぶべき時期があり、それはその生徒の心の成長に寄って、その時期とcurriculumが決まるのだよ。
一般的には小さな子供でも「技術的に優れているから、」とか、「よく練習をするから・・」と、いって、無理に大人びた曲を弾かせている動画等をYou Tube等でよく見受けるのだが、それは傍目には無理な背伸びをしているだけの、やはり、笑いものに過ぎない。
早期教育の意味の全くの勘違いである。
そんなに焦って早期に難しい曲を無理をして弾かせなくても、歳を取ると(或程度、年齢が行くと)、どんなに難しい曲でも普通に弾き熟すようになるのだ。
それが5歳で弾けたから・・と言っても、それでその生徒が音楽のproに成れると確約出来た分けではない。
余りに、早期に難しい課題をひきこなしてしまうと、逆にその過程で学ばなければならない事を、飛ばして学んでしまうので、逆にproの道に進む事が難しくなってしまう。
下手に指が回るようになると、細かい音や細部の注意をするのが難しくなってしまうし、初歩に戻って学び直す事がprideに障るからだ。
小学生で学ぶ事、中学生で学ばなければならない事、高校生でしか学べない事等々が、それぞれの年齢で、数多くある。その時期を逃しては学ぶ事が出来ないからだ。
また、これは論外中の論外のお話ではあるのだが、「中学生では受験に専念して、高校生になったら音楽に掛ける・・と言う生徒もいるのだが、そんなに都合の良い事が出来る程、proの道は甘くはないのは自明の理である。
勿論、生涯をamateurに徹するのならば、その時期で、人生の目標を変えたとしても、やぶさかではないのだが・・ね??
しかし、覆水盆に返らずで、proがamateurになれる事はあっても、その逆は有り得ない。
一度道を外したら、元の道に戻って来れる事は無い。
自分自身に与えられた、それぞれの時期を精一杯に、努力を続けた人達だけが、proの道を歩む事が出来る・・と言いたいのだが、実は、音楽はそれ程簡単で、甘くは無い。
それはあくまでも、優れた指導者に巡り会えた場合・・という前提の元で・・なのだよ。
一般的には権威と地位のある人間が優れた指導者とされているのだが、それはとんでもない間違いである。
有名なだけで、指導力の無い間違えた指導者に付いた場合には、どんなに努力を続いけたとしても、道に至る事は無いのだが、一般の人達にはそれだけは分からないらしいのだ。
brand嗜好の人達に取っては、音楽の価値とは、一般の人達が評価する価値であり、とどのつまりは権威と名声に尽きる。
一般的には、権威のある人達や、有名な人達に自分もそうなりたいという人達が、名声や権威を求めて、集まって来るので、より名声のある家元の所には、より名声を求める人達が集まって来る。
brandとは、それだけの事なのである。
本当の意味で音楽を追究する人達は、権威や名声には興味を持たない。ひたすら、音楽を追究するだけである。
そういった無欲の人達が本当に優れた人であり、優れた指導者となり得る。
しかし、今の日本の音楽の社会で、そういった事を理解出来ている人は極めて少ない••••というか、皆無であろう。
哀号!哀号!!
また、日本でのもう一つの誤解は、「音楽のproになるには、技術的に優れていれば良い」・・という誤った風潮があって、未だに、多くの音楽を志す人達が、その誤った考え方から抜け出す事が出来ないのだよ。日本人は音楽を演奏する時に、音楽に合わせて笑ったり、体で乗ったりして演奏する事を忌み嫌う。
Europaの演奏家達とは真逆のstyleである。
教室のオケ練習や室内楽の練習でも、「自分は充分にその技術に達したから・・」と思い込んで・・というか自惚れて、練習に来なくなる生徒がよく居る。
でも、それは周りの生徒が下手なだけなのだから、その生徒が抜きん出て上手になった分けでは無い。
OB、OGの連中が毎回のオケ練習に参加すれば、慌てて練習に来るのだろうが、それはあなた任せで本意では無い。
なぜならば、私のlessonの内容は変わらないからなのだ。
全体のlevelが下がったとしても、指導するlevelを落とす事はないから、そこで学ぼうという姿勢があれば学べるハズなのだが、それが無い・・という事は、proの世界では所詮は通用しない。
proは、周りの水準がどんなに落ちようとも、自分の水準を落とす事は無いからである。
という事なので、私が常に子供達に注意をしている事は、どのgroupに対しても、どのNiveauの子供達に対しても、いつも同じ事を説明して、同じ事を指導している。
オケ練習の時に私が投げ掛ける質問に全て答える事が出来るようになったとしたら、練習を免除してあげる事もあるだろうが、実際には未だそういった生徒にお目に掛かった事は無い。
私が私のmottoは「一度言われた事を二度は言われない」と繰り返し言っているのだけど、100回言った事も、記憶の片隅にも無いのだよ。
音楽への正しい理解がなければ、そこはどんなに技術力が付いたとしても、学生の域を出る分けでは無いからだ。
しかし、このお話は教室の生徒達に対してのお話ではないのだ。
それは今の若者達の一般的な考え方であって、「自分は一流の演奏家である」と信じて疑わない、You Tube等で、何十万回とaccessをされている若い女の子の演奏でも然り(同じ)なのだよ。
彼女に対しての、厳しい批判やcommentも時折見受けるが、彼女がそれを聴く事は無いだろうし、今の彼女の音楽の方向性を変える事はないだろう??
多分、今のままで、30の壁は越せないだろうな??
その時に彼女が言う言葉も分かっている。
「音楽でやるべき事はやり尽くしたから、次は愛に生き、恋に生きるのだ!」とね??
やり尽くしたと言っても、技術的には取り敢えず演奏が出来ているのに過ぎないので、兎も角も、音は出ていないし、音楽もブチ切れで、melodieの説得力も無いのだよな。
だから、アニメ・ソングを弾く時は上手いのかもね??私はアニメ・ソングはよく知らないのでね??
自己満足的な自己appealだけの音楽は、その女の子の若さや精気が失われた時に、彼女のフアンも逃げて行くだけなのだよ。
その若さで勝負の人達と実力派の人達が入れ替わる歳を私は30の壁と呼んでいるのだが、29歳から34、5歳までの間に音楽家は入れ替わるのだよ。
音楽大学を卒業しても、コツコツと音楽の研鑽を続けて来た人達が30歳を過ぎた頃に日本に帰って来る。その時期には若くて美人の人達も、「花の色は移りにけりないたずらに・・」であるぞなもし。
幾ら技術的に上手いからと言っても、未だ精神的に幼くて、精神的に演奏表現が出来ないという生徒の場合の選曲や、音楽を遅く始めたので音楽は分かっているのだが、その音楽の表現力が足りなくて、演奏技術が表現力に伴っていない生徒達の場合もよく見受けるのだが、そういったunbalanceな伸び方をしていて、行き詰まっている生徒を時折見受けるのだが、それも教室でならば、選曲の妙技でどうにでも解決をさせて、本道へ戻す事は簡単なのだ。
要は指導者のrepertoryの広さと曲への分析力に掛かっているのだよ。
そういったcurriculumに合わないunbalanceな技術levelしか持ち合わせていない生徒でも、選曲一つで上手にその段階を乗り越える事が出来るのだ。
子供の技術的な成長と指導者の指導のconceptが噛み合わないと、教育が上手く行く事はない。
碎啄とは、お互い同士が呼応し合わないと、そこからは何も産み出されないのだ。
生徒がどのように技術的に優れていたとしても、その生徒の音楽に対してのmotivationが低ければ、その生徒が自分自身の能力を活かせる事はないのだ。
勿論、その逆で、とても高いmotivationを持っていたとしても、その生徒の技術levelがその曲のNiveauに達していない場合も、同様である。
つまり、技術の水準を上げる事の出来る指導者は世界でも、ほんの一握りに過ぎないからだよ。
baroque音楽の場合には、そのritornelloの形式に含まれるsoloの部分のfigurationも、concertoという楽曲の性質上、Etudeのような無味乾燥なものではなく、情緒豊かな音楽性を持ったpassageに満ちているのだよ。
音楽の世界には、「Koncert-Etude」と呼ばれている、Etude本来の目的である音楽技術の習得を目的とする分けではない・・genreの音楽がある。
ChopinやRakhmaninov等の作曲家達は、figurationで作曲された曲を、或る意味、謙遜を込めてEtudeと呼んだ。
しかし、それらの曲と、本来、技術習得を目的とするEtudeでは、演奏する場所が根本的に違うのだよな。
後者のEtudeの場合には、演奏をしたとしても、観客を想定しないのだよ。
初心者のconcours等では、課題曲にCzernyやcramer等の練習曲(Etude)が課題になる場合があるのだが、Koncert・Hallで演奏されて、そこに観客がいたとしても、その観客は音楽を聴くのが目的ではなく、演奏者同士の、演奏技術を比較するのが目的となるので、Koncert会場での演奏とは全くgenreが違う。
Etudeは技術を磨くのが目的なのだから、だから、私が「Etudeは必要はない」と言っているのは、本来のEtudeには音楽的な表現が希薄である・・という事、それが理由なのだからね。
そもそもbaroque時代にはEtudeというgenreの曲は無かった。ritornelloのsoloの部分がfigurationで、完全なEtude様式で作曲されていたからなのだよ。
私としては少子化やコロナの所為にはしたくはないのだけど、教室の生徒不足のために、後期の発表会の「曲決め」では、本来ならばcurriculum通りの曲に進むべきなのだが、orchestraのmember不足や、技術不足のために、curriculum通りの選曲が出来なくなってしまった。
という事なので、今回も、私としては、一人一人の生徒の学習目的に合った曲として決めた曲が、orchestraのmember不足や、技術不足によって、演奏する事が出来なくて、結局、timelimitになってしまって、先生達に一任する事になってしまった。
『recorder-concertoについて』
・・という事で、本来、私ならば選ばなかった・・という曲も多いのだが、今回の「曲決め」の中でも特に驚いたのは、Vivaldiのrecorder-concerto Op.10 Nr.5 F DurのⅠ楽章であろうか??
recorder-concertoを発表会で演奏するのは、教室が始まって50年間の歴史の中で、『初めて』の選曲となる。
recorderの名曲はSonateや室内楽、concerto等、数多いのだけど、その演奏上の難しさから、教室のrepertoryとして上がった事はかって一度も無い。
recorderという楽器は、日本の教育界では、簡易楽器の延長として導入されて来たので、Europaのtraditionalなrecorderの曲とは、全くの別楽器として、隔絶したものがある。
日本のrecorderを指導している教育者達が、若しも、Europaのtraditionalなrecorderの名曲、例えばHändelのrecorder-Sonateや、TelemannやVivaldiのrecorder-concertoを聴いたら、なんと思うのだろうか??
多分、「これはrecorderでは無い。recorderという名の別の楽器だ!!」と言うかも知れないよね??
Vivaldiのrecorder-concertoで、私が「一押し」をするのならば、同じOp.10の曲集の中から、超、有名な、Nr.3 の「五色ひわ」を選曲しただろう??
しかし、超、難しいので、今回の選曲からは、外れたようだ。
但し、いずれの作品も、文部省が簡易楽器として導入した縦笛としてのrecorderではなく、ちゃんとしたEuropaのtraditionalな楽器としてのrecorderなので、その演奏のtechnikはとてつもなく難しい。
それはそうと、牧野先生に頼まれて、recorder-concerto Op.10 Nr.5 F DurのCembaloのpartを作る過程で、問題箇所をscoreに入力しながら、「これは非常に不完全なscoreである」という事に気がついてしまった。
Vivaldi時代(around1700年代)の作品では、完全にscoreやpart譜が残っている事は稀であって、教会に残っている反故の資料の中から、復元したものが大半なのだ。
Pageの紛失は当然の事、汚れて読めなくなっている箇所も数多く見受けられるのだ。
特にbaroque時代のviolaは、未だorchestraの中の楽器としては認められていない時代なので、violaのpart譜が完全な形で残っている事は少ない。(violaの奏者が少なかったので、violaのpartが作られていない場合も多かったからなのだ。)
HoffmeisterやStamitzのような優れたviolaのconcertoを作曲した人達でさえ、orchestraのviolaのpartは、取って付けたようにしか作曲しないのが普通なのだよ。
但し、Vivaldiの場合には、彼の愛弟子が名viola奏者であったと伝えられている。(これは伝聞です。)
だから、この曲もbasso continuoのpartが五色ひわと同様に、violaがcontinuoを演奏するようになっている。
音域のbalance的にもcontinuoがCelloよりもviolaの方が良かったのだとVivaldiが考えたのだと、思う。
教会や宮廷の中で、奇跡的に現代まで残って来た少ないpart譜やscore等の資料の中から欠落した部分を「多分、ここはこう書いてあったのだろう」と推定して作られたscoreが多いので、当然、絶対にVivaldiならばするはずの無い、実に素人っぽい間違いも多く見受けられる。
Vivaldi本人ならば、絶対に書かなかっただろうというpassageが随所に見受けられるのだが、ひょっとしたら、score作成時には、Vivaldiの愛弟子に作曲の手解きをしたのかも知れない。
Vivaldiの作品番号は、その時代のVivaldiの生徒達の力量を配慮して書かれたものが、多いからなのだよ。
まあ、余りにも素人っぽい部分は、訂正を加えておいたがね??
それを含めて、一般的には『校訂』と呼ぶのだよ。
scoreのTitleの下に、小さく書いてある奴だよ。
但し、その校訂者達も、100年以上も前の人達なので、periodに対しての考え方が現代とは違っていて、感情的に「多分baroque時代はこうだったのだろう?」と言ったような、baroqueに対しての感情的な、感覚的な、現実性の無い、役に立たない校訂の場合も多いのだよ??
こんにちでは、楽器が復刻され、当時の奏法等も分かって来て、かなり正確に当時の音楽を再現出来るのだが、それは、この10年2010年以降になってからの話なのだよ。
つまり、昔(2000年以前)のbaroque音楽の研究は、非常に感覚的なものなので、現代の時代考証にはあっていないのだよ。
だから、こういったbaroqueの曲は自分で責任を持って校訂する他は無いのだよ。
一頃は、「baroque音楽とはこういうものだ!」との思い込みから、eccentricな、速い乱暴なだけの音楽が1990年代から2000年代まで、baroque音楽として流行してしまった。
しかし、2010年以降は、流石に、そういったeccentricな演奏は形を潜めて来て、本来のbaroqueの姿を取り戻しつつあるのだよ。
まあ、そういったinterpretationが出来るようになって、初めて、一流の演奏家と呼ぶ事が出来るのだけどね??
Europaではそれは普通なのだけど、日本ではそれが出来る人はいるのかね??アハッ!
所詮は外国の音楽なのだからね??まあ、致し方は無いのかな??アハッ!
6月10日無事生還を果たしました。 ·
大変お騒がせしました。
無事生還を果たしました。
というか、今日は超疲
れ切ってしまって、全く使い物にはならないようなので、ご報告やその他の雑文は明日からにします。
取り敢えず・・先ずは一筆あらあらかしこみかしこみまいらせ・・・、ほんじゃね~ぇ??
先生!
おめでとうございます!
2021年6月11日 ·
プライバシー設定: 公開
今日は6月の11日の金曜日です。
昨日は、病院から電車で、手術で寝込んで、すっかりと腰痛が再発したので、体調・体力を維持するために、遊び遊び帰って来たのですが、流石にハイツに辿り着いたらバテてしまって、入院setの後片付けを斉藤先生に任せて、私は爆睡してしまいました。
当日は、bikeでの椎名町への移動は、bikeの振動が直接、膀胱の傷に触るので、夜はそのまま移動しないで、ハイツで引き篭る予定だったのですが、何を思ったのか、夕方に目が覚めると、そのまま、椎名町にbikeで移動をして、外付けbluetoothの取り付けの説明をしに行きました。
なにせ、もう、生録のsetが、そろそろひと月近く何も進展しないままに保留のままだったので、その仕事が溜まりに溜まってしまっていて、我慢出来なくなってしまったのです。
外付けのBluetoothなのですが、その使い方を覚えないと、録音の当てレコの作業が滞ってしまうからなのです。二つのearphonesが同時に使用出来るtypeのbluetoothなので、その分設定が難しいのかもね??
しかし、色々な編集作業の中核になる重要な行程なのですから、「出来ない!」では済まされないのですよ・・ね??
パソコン系のtroubleは、チョッとした手順のmissでも、全く動作が出来なくなってしまうので、その操作を覚えるまでは、丁寧に手順通りにやって、よく理解しておく必要があるのです。
それにしても、人様がどこでmissをしているのかを判断するのはとても難しいのですよ。
だって、皆さん、「解説書通りにやっても出来なかった!」としか、言わないのだからね??
いくらなんでも解説書通りにやったら出来るでしょう??
まあ、出来ない時も時折あって、赤で取説に書き込んだりはしているのだけどね??
それから食事をして、ドルプリっ歩はpassをして、そのまま、ハイツに帰る予定だったのですが、ドルプリが「一緒に行こう!」とおねだりをするので、その眼差しに負けてしまって、なんとfull-courseの逆回りをしてしまいました。
夜は、肌寒いぐらいに、涼しくなったので、お散歩は体調的にも問題無く出来ました。(手術の次の日なのにね??)
それでも、椎名町に行った時間が早かったので、12時にはハイツに戻れました。
流石にバテバテなので、「直ぐに眠れるのかな?」と思ったら、弱鬱が始まってしまい、2時過ぎまで眠れなくなったのですが、alcoholは禁止なので、漫然と録画していたテレビの番組を見たのですが、何も頭には入って来ません。
・・という事なので、色々な番組のつまみ食いをしてしまいましたが、何とか2時過ぎには眠る事が出来たのですが、直ぐにtoilette-timeで4時頃には目が覚めてしまいました。
変な夢を見ていたので、それでも嫌な気分で起きてしまいましたがね??(変な夢?? それは日常生活の現実の延長上のお話なので、面白くも何とも無いのですよ。私の意図を誰も理解してくれない・・という現実の悩みなのでね??)
5時、6時と「鼻詰り」と格闘しながら、bedの上で悶々としていたら、「Gott sei Dank!」いつの間にか、また眠っていました。
起きたのは9時を回った辺りです。
今度は、暑くて起きてしまいました。
練馬は、連チャンの30°越えなのですが、今朝は未だ26°なのに、暑くて目が覚めてしまいました。
(とは言っても、この文章を書いている間の一瞬で28°越えになってしまっています。恐!!)
超、珍しく寝室のcoolerを付けてしまいました。(普段、寝る時にはcoolerは付けないのですがね??今日は嫌な温度だったので・・。)
病院では退院の前に、看護士さんが清拭をしてくれたのですが、ハイツに戻って直ぐに風呂に入り直しました。
深夜も体が気持ち悪くて目が覚めたのもあるので、2回も、3回も風呂に入り直しました。
まるで『禊』だなや??
その甲斐あって、まあ熟睡は出来たかな??
今日一日は安静dayにして、明日は、また2回目のVakzin接種です。
次の日には8°越えの高熱が出る人が多いようなのだけど、大丈夫かいな??
チョッと心配だよな??
日曜日は東京には誰もいないしな??
東京にgrandpianoは置く部屋が無くなってしまったので、東京でのprivateの生徒がいなくなったのが、問題だよな??
弟子が作れなくなってしまったのでね??
6月13日今日は、第二回目のワクチンの注射の日でした。 ·
今は6月13日の日曜日の深夜の4時になる所です。
•••と、毎回同じ事を書くのですが、深夜の4時とは、12日の深夜の事なのですが、まだ明けぬ13日の早朝の事でもあります。
同じ話しなのですが、もう一つの困ったちゃんが0時です。
24時間表記ではお昼の0時は12時なので、0時は深夜だけなので、分かりやすいのですが、それでも時折、混乱をする事があります。
今が朝の5時なのか、それとも夕方の5時なのか分からなくなってしまいます。•••て、そりゃあ別の話しだよな??
入院をした8日の夜の0時に、手術に備えて、下剤を処方されたのですが、手術直前になっても全くその気配が見受けられず、そのまま手術をしたのですが、手術の次の日の10日の朝になって、突然下痢になってしまいました。薬が効いて来るまでに30時間掛かったという事ですよね?
本来ならば、その一回で、下痢は収まるハズなのですが、どうした分けなのか、その後、今日は13日にもなろうというのに、まだまだ下痢が止まりません。
部屋で安静にしている時には、なんの問題もないのですが、ドルプリっ歩等の外歩きの時の脈絡のない突然の急な下痢には困ってしまいます。
これはあくまでも、私の素人考えなのですが、下痢は体に入った有害物質を取り除くための生理現象と捉えているので、基本的には私は下痢止めの薬は飲みません。
体の中に入った異物が取り除かれると、自然に下痢をしなくなるので、それを待っている最中なのです。
膀胱癌の術後は血尿が収まったら退院の予定なのですが、結構真っ赤な状態だったので、退院出来るかどうかが心配だったのですが、先生や看護士さん達に拠ると、それでも、結構、きれいな尿なのだそうで、「退院は問題無い」という事でした。「結構、赤い色に見えるのですが?」と尋ねると、「赤い人はもっと赤いのですよ。」という事でした。
排尿痛と血尿が、中々治らないのですが、前回の手術の時を思い出してみると、やはり、ひと月以上も、中々血尿が治らなかった記憶があるので、そんなものかも知れません。
血液サラサラのお薬も飲んでいるので、それも治り難い原因の一つらしいのです。
今日は、第二回目のワクチンの注射の日でした。
前回と同様に、予約の時間よりも早目に到着したのですが、またまた前回ど同様に、待たずに接種する事が出来たので、予約の時間の5時には、ハイツの自宅に戻る事が出来ました。お役所仕事でもやれば出来るのだよね??
たっぷりと時間が出来たので、duoの手直しや、論文の推敲をしようと思ってパソコンに向かっていたのですが、突然倦怠感と睡魔に襲われて、仕事を放ったらかして寝てしまいました。
爆睡して、目が覚めた時には、食事の時間を過ぎていたので、慌てて、食べ散らかした弁当箱を軽く洗って椎名町に大急ぎで移動しました。
その後、ドルプリっ歩の時に、突然の下痢になったのは、書いた通りです。
ワクチンの注射を打つ時に、女医さんが、「利き手じゃあ無い方に打ちましょう?」とか言っていたので、「なんで??」と思っていたのですが、朝になって、注射の後が痛くて、左手が上がらなくなって来て、パソコンを入力するのにも、ちょっとだけ、困ってしまいました。
「なるほど、女医さんが言ったのは、この事だったのか?」と、納得出来ました。
少しだけ、顔も火照っているようなので、熱を計ってみたら、6度9分と微妙な数字です。
熱が上がらないように、大事をとって、安静にして、一日ダラダラと寝る事にしました。
とは言っても、お昼ぐらいには肩の痛みも取れて、普段の40肩50肩の痛みだけになってきました。
顔の火照りも良くなって来たようです。
しかし、まあ、政府のお達しなので、一日、二日は安静にして様子を見るように・・との事なので、敢えて、自己嫌悪に陥る事は無いのではないのかな??・・多分??
それはそうと、ダラダラと寝ていたら、なにやら、お腹が空いて来たので、ふと考えてみたら、前回の食事から、19時間経っていました。
「そりゃあ、腹減る分けだよな??」という事で、やおら起き出して、「食事timeにしようかな??」と思っている所です。
つまり、コロナ・ワクチンの副作用は心配無いようですね??
もう、24時間は経っているようなので・・
という事を書いていたら、テレビでは「2日目が危ない」とか、またぞろ、言っていたのだけど、もう、イイや!!
コロナのお話は終わりにします。アハッ!
コロナ・ワクチンの副反応がほとんどなくてよかったですね。
私は7月1日に第一回目のワクチン接種予定で二回目は7月29日予定なんですが・・・やや不安‼
私も結構不安だったのですが、何事も無くて良かったです。今日は兎に角安静dayです。
ワクチンは2回めがヤバいのです、meが毎週健康増進の注射をしてもらってるところの🏢看護師さん達のほぼ全員が頭痛で薬(カロナール)を飲んだ、発熱した、などになってる。アタシはインフルエンザ予防接種はしたことがないし、、コロナワクチンも本当はやりたくないのだ、アロマ関係の友人は皆『ヤラない!』って言ってる、でも、しかし、やった方がいいのかにゃ😹
ワクチン接種の副反応は免疫の暴走と言われているようですね??私の場合には、基礎疾患と体調不良で、もう私自身の体本来の免疫力が全く無いので、もうすぐ2日目が過ぎますが、全く無反応でした。つまり、あまりワクチンの効果は無かった・・という事なのかな??
インフルの方は、4,5年前に、一度死線を彷徨うぐらいの酷い掛かり方をしたので、病院の先生にしっかりと怒られてしまいました。「老人の場合には、インフルでも死病になるので、ワクチンは必須だ」と・・。それ以来、この2,3年は、出来る限り、真面目に受けるようにはしています。
インフルに掛かったとしても、軽く済むようなので・・。
勿論、真面目で無く受けない時もありますが・・
私はワクチンはマスクと同じだと思っています。ワクチンがコロナに有効か否かは別として、マスク同様に唯のエチケットだと思っています。マスクを着けたからと言っても、感染の防御にはならないし、人にうつす対策にもならないと思います。なにせ運動場に居る子犬一匹ぐらいの比較なので、マスクでウイルスを防ぐ効果が期待出来るとは思えないのでね??
6月13日『人と芸術の関わり』 ·
音楽を学んでいる人達の憧れは、『proになる事』・・と言っても過言では無いと思われます。
音楽を目指す・・という事は、一般的の場合には、proになる事を意味する場合が殆どのようですね。
そして、ひたすらに音楽大学を目指し、コンクールを受け、留学をするのですが、残念ながらそれでproになれた人は極めて少ないのですよ。
少なくとも、proへの道はそんなelevatorが約束されている分けではないのですからね??
音楽大学を卒業して、暫し華やかな世界に身を置いて、しばらくの間は、proになれた・・と思い込むのだけど、やがて、その生活が何一つ変わらない・・という事に気が付いて、自分なりにやり遂げたと自己満足をして、恋をして家庭を築く・・というpatternですかね??
そして、Pianoは物置きの棚になって、violinの弦はcaseの中で切れたままになってしまう。
それまでの死にものぐるいの努力はいったいなんだったのだろうか?
まあ、人生なんてそんなもんだよねぇ??
但し、その逆のお話なのだけど、教室の生徒達の中には、proを目指す事が可能な技術があったとしても、「音楽はあくまでも自分自身の愉しみにしたい」と望んで、音楽以外の職業を選ぶ学生達も多くいるようで、一般の人達から「折角、音楽家になれるのに何故??」と不思議がられる事が多いのです。
まあ、それは私の影響なのかも知れませんよね??
私の場合は本職は作曲家なのですが、日本に帰って来て、果てさて何をたつきの糧にしようか??と、around30の時に、悩んでしまいました。日本の場合にも、多分世界の場合でも、作曲家が自分の書きたい曲を書いて、それがたつきの糧になる・・と言う事はありません。
テレビ局で売れっ子の番組の作家さん達と面談をしていた時に、私が書きたい曲のimageと、作家さんの求めるimageが真っ向から対立してしまい、喧嘩寸前になってしまいました。私をその有名作家に紹介してくれた人には、本当に申し訳無い事をしてしまいましたが、作曲では私は譲れないのですよ。人生、なんでも譲る事が出来たとしても、自分の作曲だけはね??
もう少し若い頃と言うか、音楽大学に入学したばかりの1年生の頃、中野のブロードウェイの中にある小林亜星さんの事務所に呼ばれて、作曲のassistantをしないか??と誘われました。私が「Classicの作曲で行きたいので・・」とお断りしたら、「Classicじゃあ、稼げないぞ!!」「生活出来ないぞ!!」と亜星さんに言われてしまいました。
勿論、大学1年生であっても、それはじゅうじゅう承知の事なのですがね??
around30の時にも、自分が書きたい曲を作る限り、作曲家としては生きてはいけない・・という事は分かっていたので、その時には、取り敢えずは。大学の講師という職業を選びました。
しかし、それも5年が限界で、朝、大学に出勤すると、教授室で碁を打っていた老教授達が夕方、私が大学から帰る時にも、全く同じに碁を打っていました。
私が大学でする事が無いのならば・・、という事で、教育の6領域を網羅するmethodeである「創作劇の作り方」という本を出版したのですが、大学で教材としてその本を売るために共著という事で出版の半額を出してくれる予定であった助教授は、「売れたら払う」ととんでもない事を言い出して、結局、私が全額を負担する事となりました。また、その6領域に対しての教育論文は、日本の著名な心理学の先生が自分の研究として発表してしまい、事後承諾で、bier1本寄越さなかったのですよ。
私の一般大学へ就職した高校の時の友人達も、教授から研究を盗まれたという理由で殆ど全員大学をやめているか、教授になっているかのどちらかです。
大学なんてそんなものなのですよ。
精神の安静のために、5年以上は大学には居ない・・と決めて、5年目には大学を辞してしまいました。
自分が本当に好きな事は仕事にしてはいけない・・というのは、私の場合には、マジにその通りだったのですよ。
つまり、「音楽を仕事にしてしまうと、音楽は愉しみでは無くなる」・・という考え方なのです。
まあ、そういった考え方も、あるのかな??
でも、しかしながら、その前提には、日本流の『仕事は辛い』という想定があるように見受けられるのだけど、私の場合の本来的な考え方では「仕事は生き甲斐だから仕事にするのだ」、という真逆の発想なのですよ。
生活のために・・、或いは家族のために、嫌々ながら「嫌いな事を生活のためだけにする」のならば、その人の人生は辛いものだし、そんなに辛い仕事を無理をしてしているのだったら、私達は、その人には仕事は頼みたく無いのだよな?
「好きだから喜んでやってくれる」人に仕事は頼みたいよな?
私の場合には「好きだから仕事にする」・・という発想なので、「嫌な仕事ならば、やりたく無い」し、「好きな音楽を仕事にした方が、毎日嫌な仕事をするよりは、楽しくって良いのでは??」と私は思うのだけどね??
勿論、他の事もやりたい事で、やりたい事が幾つもあったのなら、それはとてもhappyな事なので、やりたい全部の仕事を、仕事にしてしまえば良いのだよ❢
好きな仕事ならば、幾つでも並行でする事は出来るハズなのだからね??
人生はやり直しは出来ないからね?
次の人生では別の仕事・・という分けには行かないだろう??
私がよく教育の事や音楽の事で悩んで、Facebook等で愚痴っている事が多いので、人は私が「音楽で苦労をしている」と思い込んでいる人達もいますが、敢えて、音楽のために、一言、言っておくと、私が悩んでいるのは対人関係に悩んでいるだけなので、音楽そのものに対して悩んでいる事は絶対にありません。
生徒達に音楽を指導する上で、生徒自身のために、世間の無知に対して悩んでしまっているのですよ。
余りにも、その鬱が非常に酷い時には、鬱の音楽を聴いたりして、鬱に浸って・・鬱から逃げたりするので、音楽が嫌いになって鬱になっている分けではありませんよ??
音楽が嫌いになったら、欝の時に音楽で逃げる事なんて出来ないでしょう??
アハッ!
お釈迦様が菩提樹の下で悟りを開いた時に、お釈迦様は悟りに寄って彼の人生の全ての悩みから救われた・・と思う人達がいたら、それは大変な誤解です。
お釈迦様は、その悟りの境地を衆生に伝えるために、より大きな苦悩を背負ってしまったのですよ。
煩悩な人間達に悟りの素晴らしさを伝えようとして、得た悟りよりももっともっと深くて大きい悩みを背負ってしまわれたのですよ。
でも、この『proになる事』というお話の前に、『proとは何を持ってproというのか??』という定義をしておかなければ、お話は共通認識が出来なくなってしまいます。
私の音楽のお話をする時に、私が目標とする音楽というgenreがあります。
それは、一般の人達が考えている音楽ではありません。
先ずその第一は、proというのは、有名になる・・事ではないのですよ。
そこが一般の人達に理解して貰えないのです。
音楽と一言で言ったとしても、popularからClassicまで、popularと言っても、jazzやrock、民族音楽のgenreまであります。当然、Classicと一言で言ってもOperaやPianoの曲、baroqueやロマン派の曲、近現代の作品もあるし、同じClassicでも多種多様なのですよ。
そういったgenreの違いを無視してClassicという言葉でお話をしては、共通認識が得れないのは当然なのです。
それに所謂、『pro』という人種なのですが、それは音楽というgenreでは無く、またありとあらゆるgenreにprofessionalと呼ばれる人達がいるのです。
つまり、私達が普段、音楽の世界で、『何を持ってproというのか??』というお話をしている時には、そのproの定義は、人に拠って、違っている、色々な定義が混在しているのです。
この『何を持ってproと言うのか??』と言う「問い掛け」に対しての答えは、genreを細かく分けて、お互いが共通認識を得る所まで、細分化して行かなければならないので、それだけで、一つの大きな数巻の冊子の一大論文になってしまいます。
非常に狭義にproを、単に『有名な人』と定義するとしたとしても・・
『proになりたい』と思う人達が、音楽大学を目指して、concoursを受けて、海外留学を果たして帰国したとしても、それでproに成れる分けではない事は自明の理であると言えます。
それで「自分はproだ!」と思っている人は、所謂、『自称のpro』に分類されてしまうのですよ。
私の師匠であるGenzmer先生は、自分が芸術家であろうとする人達の事をキツく戒めて、「自分が芸術家であるか否かは、後世の人達が決める事であり、作曲家であらんと欲する人は職人に徹するべきである」・・と言われていました。
デパート等でとても偉そうな絵描きさん達を見る度に、芸術家であるか否かは、デパートが決めるものではないよな??と思っているのですがね??アハッ!
デパートに取っては、芸術家である方が絵が高く売れるし、そのお絵描きさんが死んでしまうと、もっと価値が上がるからね??
「お歳だから、直ぐに死んじゃうので、値打ち物ですよ??」と言われても、ね~ぇ??
音楽大学での勉強や、concours、海外留学を含めても、それは、academismのcourseの延長線上の列車に乗っているだけで、外の世界に踏み出した分けでは無いからです。
(例え、1、2回、コンサート等で、proとしての活動をしたとしても、)列車のお話に例えて、列車の外に降りたとしても、それは駅のプラットフォームの中に過ぎないのですよ。
だから、それでproとは呼べないのです。
30年、40年前からhomepageに書いているお話なのですがね??
また、私がいつも言っている事ではあるのですが、音楽の世界はそのfullcourseの料理のように、予め準備されたcurriculumを熟したとしても、・・つまり、それを完食したからと言って、それでproに成れる程は、甘い世界では無いのですよ。この場合の甘いは揺いとでも、書くのかな??アハッ!
Europaではconcoursでproを目指す人達の事をconcours-pianistとか、concours-violinistと言って揶揄する傾向があります。(もっと酷いのは、Primadonnaという単語を辞書で調べると、「自惚れの強い女」と出てきます。tenorも似たような意味が出てきます。)
concoursの評価は、色々な人達の評価の集合と言う事と、他のKandidat(競合者)との比較評価なので、減点法になってしまい、個性豊かな才能に溢れた人はspoilされる傾向にあります。
つまり、無味乾燥で杓子定規なだけの演奏の方が、総合的統括的に、より良い評価を受けてしまうからなのです。
一般大学の入試や入社試験でも、その弊害が叫ばれているのは、周知の事実です。
それは日本の音楽大学でも同じです。
但し、こんにちでは、少子高齢化のために、受験どころの騒ぎでは無くなっている事も事実です。
随分前から、定員割れの状態になっているのですよ。
子供の自殺が今社会問題になっているようですが、教育学者や心理学者の人達が子供の心を理解出来ているとは思え無いのです。
子供はロボットではないのだから、大人が考えるような考え方はしません。
現場に携わる人達がよく言っているように、子供が100人居れば、100通りの状況があるからなのです。
心理学者先生達が言うような、そんな、教科書通りの通り一遍に子供達の心理を解釈出来る分けは無いのですよ。
人が芸術(音楽)と関わる時、その関わり方には色々な関わり方があります。
その関わり方に拠って、目的や勉強方法や勉強内容も変わってしまうし、毎日の努力も変わります。
という事なので、同じ芸術でも舞台芸術や色々なgenreの芸術があるので、話を複雑にしないためにも、この際、音楽というgenreの中のClassicというgenreに限ってのお話としてお話を進めていきたいと思います。
人が芸術(この場合には音楽に限ってのお話をします。)に何かを求める時には、その中でも最も多いと思われるのが、自分のための音楽です。
或る意味では究極の目標という事も出来ます。
つまり、「有名になりたい」という願望は、その前提は「自分が有名になりたい」という自分を目的とした、自己中(利己的)な意識から来る事には変わりはありません。
でもそれが自分を認めて貰いたい・・という願望であったとしても、それ自体は悪い事ではありません。
私は、そういった人達でも応援したいと思っています。
マスコミや、現代ではSNSを使って、有名になる事を求めている人達もいます。
有名になりたい人は、それこそ有名になるための努力を惜しまないようにする事です。
但し、有名になる事は、有名になった事であって、その事で、音楽が研ぎ澄まされた分けではありません。
特に陥りやすい落とし穴は、表面的な見せかけの技術です。
ともすれば、奇を衒ったりしてしまいガチになります。
You Tuberが見て貰うために、悪い事をしてしまうのも、同じ落とし穴なのです。
運良く、有名になった事で、自分の音楽が高く評価をされたように勘違いをしている人達も多く見受けます。
つまり、自分の実力が認められたから有名になったのだ・・という、勘違いです。
しかし、それは有名になるための努力が認められただけであって、音楽の技術や実力が認められた分けでは無いのです。
マスコミが作り上げた評価はマスコミだけのものであって、それ以外の社会ではまた違うハズなのですが、日本の社会ではマスコミが全てなので、そこは分からないのですがね??
日本の音楽界そのものも、マスコミとは大差が無いようなのでね??
Europaでは非常に優れた演奏家であって、研究者であっても、全く無名の人達が多く見受けられます。
その道の専門家というのは、一般受けはしないからです。
日本では、ノーベル賞を取る人の事を、ノーベル賞を受ける以前に知っている場合は、殆どありません。
マスコミが「この人は絶対にノーベル賞を取る」と言って騒いでいる場合を除いたら、専門分野の人達なので、一般に知られる事は全く無いからです。
しかし、一旦、ノーベル賞を取って、有名になってしまうと、人々は100年も前からその人の事を知っているような気になってしまいます。
ほんの10年、20年前までは、日本の音楽界だけではなく、Europaの音楽界でも、そういった隠れた非常に優れた演奏家を知る事は超難しかったのですが、今はSNSやYou Tubeのおかげで、結構、その人達の演奏を聴く事が出来る機会が多くなりました。
良貨は悪貨を駆逐するの諺のように、そのおかげで、10年、20年前に流行して、奇を衒って速いだけの所謂、その当時は『period奏法である』と言われていた、似非periodの演奏styleは、今は急加速的に、淘汰されつつあります。
僅か、10年ぐらい前までは、この似非period奏法の時代で、そういった奇を衒う奏法がbaroqueの奏法として流布していました。
You Tube等で、色々な演奏を聴く事が出来るようになって、より優れた時代考証が出来るようになって来て、本当の本物が淘汰されて生き残って行く時代になった事は非常に喜ばしい事です。
日本の音楽界も早く淘汰されるようになると良いのですがね??
100年経っても変わらないものは、1000年経っても変わらないのかね~ぇ??
次には、芸術に名声と富と権力を求める人達も多く見受けられます。
大学の教授達や家元達等々は、権力と富を求めたのかもしれませんよね??
大学の教授という事だけでは、儲からないのだけど、その肩書きを使ってお金を稼ぐ事が出来るからです。
自分のための音楽と、有名になるための音楽、権威とお金儲けのための音楽・・・、それ以外に音楽との関わりは無いのでしょうかね??
日本の社会では政治はお金です。
でも、海外では、政治は全くお金にならない国もあるのですよ。
政治家に国を運営する力量が無い事は、このコロナという非常事態で、暴露されてしまったのですが、政治という体質が金権にまみれているので、これから先も、何も変わらないのが現実なのでしょうかね??
音楽大学の世界も同じですがね??
音楽界の体制のお話を論じても如何せん致し方は無いので、それでは、もう少し別の観点から音楽の有り様を見てみましょうかね?
「音楽は人を楽しませるためのものである。」
それはそうかも知れませんが、その意味は色々な意味、解釈があるのですよ。
「楽しい音楽を楽しく演奏すれば、音楽が人を楽しませる」・・と言えるのかな??
そこには、娯楽と芸術と宗教の違いがあります。
そこを誤解してはいけません。
BachやBeethovenやBrahms先生達は、楽しい音楽を聴衆に提供したのかな??
Beethovenは自分の作曲をした五線紙に「Von Herzen - Möge es wieder - Zu Herzen gehn!"」と書いています。
日本語では、「心から心に至らん事を・・」という名訳があります。
私は鬱人間なので、教室で生徒達に音楽を指導する時にはよく、「上手な音楽ではなく、泣かせる音楽を・・」と指導します。
ともすれば、生徒達は技巧的な見せかけに逃げてしまい、音楽の本質を忘れガチになります。
楽しんでくれるよりは、聴いて感動して、泣いてくれるようなsymbthyのある『泣き』の音楽です。
このBeethovenが自分の五線紙に書いたmottoは、ひょっとしたら全ての作曲家が持っている、共通するmottoなのかも知れませんよね??
私がGenzmer先生から学んだ作曲技法は、あくまでも舞台での公開の演奏を前提とする音楽だったのですが、Europaのtraditionalな音楽の世界では、音楽の有り様は、人々と密接に結びついた日常生きて行く上で無くてはならない存在であり、娯楽であり、愉しみであり、宗教でもあり、且つ又、哲学でもあるのです。
残念ながら日本の音楽のClassicの社会では、私が最も要とするgenre・・(つまり、私の居場所)が、未だ育まれていません。
所謂、Classicの音楽の世界は不完全な歪な形でしか育ってはいないのです。
その昔、「音楽事始め」として、日本に軍事訓練を学ぶための道具として持ち込まれて、権威とéliteの象徴としての音楽が、未だに日本のClassicの音楽の世界を占めているのです。
つまり、Classicの音楽はélite階層のstatusであるのです。
éliteの女の子達の衣装を華やかにするための飾りでしかないのです。
6月14日『大雨のお話』 ·
6月の14日になったばかりのcinderella-timeの時間なのですが、椎名町からの、帰り道は超、土砂降りになったので、rain-coatを来て雨の中をbikeでハイツの自宅に戻りました。
腹が立つ事に、ハイツに辿り着いてから暫くすると雨は霧雨に変わってしまいました。
何故腹が立つのか??・・というと、土砂降りの直前の話なのですが、・・いつもの定形で、ドルプリっ歩の時には、絶対に雨は降らないのですよ。
つまり、私がハイツに戻る時だけ、大雨なのです。
「こら!! プリ!!」(プリのお散歩の時だけ晴れるのは、未だに続いている奇跡です。マジ、妖怪か??)
『オケ練習のSDcardのdubbingのお話』
ハイツに戻る時に、斉藤先生から今回のオケ練習と前回のオケ練習のSDcardを預かった来ました。
本来ならば、video-cameraからBlu-ray-disc へのdubbingは、通常の手順ならば、パソコンにPlayMemories Homeというsonyのsoftをinstallして、そのsoftで、video-cameraから、directにパソコンのdisk−recorderで直接、dubbingすれば良いだけなのですが、いちいち千葉から東京までvideo−cameraを持ち帰るのが大変なので、SDcardだけを持ち帰って、一度PanasonicのDigaというrecorderにdubbingしてから、bluerayに焼き直します。
SDcardだけならば、パソコンに取り込む作業が増えるので、DigaのようなBlu-rayrecorderで作業した方がその後の作業が速いのです。
とは言っても、そのDigaに取り込む作業とBlu-rayに焼く作業が二度手間で超、時間も掛かって、面倒くさいのですよ。
それに、先生からは「SDcardからDigaに動画が上手く取り込めないので、SDcardの問題だ」・・と言って来るのですが、私がDigaに装着してみると、何の問題も無く取り込めるのですよ??SDcardの挿入の仕方は何度も教えてはいるのですがね??
例外的に取り込めなくなったSDcardも1,2枚ありましたが、そのSDcardは、全部、今は捨ててしまったので、今使用しているSDcardは問題は無いハズなのですがね??
まあ、いずれにせよ、Blu-rayのdisc に焼く作業は、私がしているので、「前回と今回のSDcardがDigaに取り込めない」という事なので、SDcardを預かって、ハイツに持って帰りました。
ハイツでは、帰り着いたら、そのまま、bedに入って、寝る予定で、SDcardをDigaに取り込む作業は明日にやる予定だったのですが、何となく、軽い鬱に襲われて、寝そびれてしまったので、起きてウダウダするついでに、SDcardからBlu-rayに焼く作業をしていたら、なんと一晩掛かりの作業になってしまい、完全に徹夜になって寝そびれてしまいました。
『SDcardをBlu-rayに焼く作業から、梅雨入りのお話へ』
Blu-rayに焼く作業が2時間以上も掛かるので、Digaを回したままに、気分転換に、霧雨の中を雨に濡れながら、深夜の徘徊に出てみたのですが、気温は肌寒いぐらいで、寧ろ、心地良いのですが、湿度が高いので、気分が滅入って来ました。
どうやら、今日からの「梅雨入り」は決定のようなので、とても湿度が高いので、その所為で、歩いていても、気分がスッキリとしないのです。
折角、頑張ってmansionの外に出て見たのですが、気分が乗らないので、早々とハイツに戻ってしまいました。
私は暑さ、寒さは結構平気なのだけど、湿度だけは苦手で、体感的に嫌だ・・という事では無く、体中に巨大湿疹が出来て、そのcareにいつも大変なのですよ。
同じ梅雨でも、九州の梅雨は平気なのだけど、関東の重いジュクジュクした梅雨は、耐えられないのです。(同じ湿度でも重い覆い被さるような湿気と、軽いサラサラとした湿気があります。)
体が耐えられ無いのは、湿度だけの問題なので、coolerを付けてみたりするのですが、coolerで除湿をすると超寒くなってしまうし、・・ねえ??
という事で、コンビニ・coolerというのをそれぞれの部屋毎に買っています。つまり、寝室用とか、居間用とかのそれぞれの部屋用です。
(コンビニ・coolerというのは、商品名だそうで、何の事か分からないと思いますよね。casterの付いた移動出来る除湿機の事です。取り付けtypeのような大型では無く、超小型の除湿機です。)
この除湿機は部屋の温度を上げてしまうので、暑い時には使えません(coolerの代用にはなりません。)が、逆に梅雨の時期のような寒くてジメジメした季節にはとても便利です。
等々、とりとめも無い事を徒然と書いているのですが、この所、深夜眠れない日が続いています。
多分、体内時計が半日程ズレてしまっているのだと思いますが、私の仕事は基本的にはnorma制なので、予定の仕事を予定の時間内に熟しさえすれば、・・無理をして、正常な時間に戻さなくても、ズレたままでも良いのかな??
・・と思って、そのままにしています。
だから本当は夜眠れなくっても、悩む事は無いのだけどね??
6月15日昨晩も寝はぐれてしまいました。 ·
6月の15日の火曜日の、もうすぐ8時になろうとする所です。
昨晩も寝はぐれてしまいました。
しかし、取り立てて急ぎの仕事もないので、パソコンの前の椅子に座って、ぼんやりとしていたら、突然、忙しさにかまけて、注射を打つのを忘れていた事を思い出しました。
慌てて、調べてみると、もう三日も遅れています。
注射の予定日は、ワクチン接種の次の日だったのですが、この注射もワクチンと同じように熱が出てしまうので、注射するのを躊躇したのが、そもそもの原因になります。
もしも、ワクチン接種で翌日に熱が出るようならば、この糖尿病の注射をするのは、一日、二日はズラしても良いか??・・とは思っていたので、「忘れた」としても「予定通り」と言えば予定通りなのですが、「忘れてしまって」という事では、いけないよな〜あ?
という事で、慌てて注射をしました。
注射の間隔が或程度決まっているので、次の注射の予定日も変更して、予定表に新たに訂正をしておきました。
それは兎も角として、その後も、一晩中眠れなかったので、FacebookやYou Tube、homepage等のあちこちの文章を修正しました。
眠れないから仕事をする・・というのは健全ではないので、出来ればぼんやりとテレビのdramaでも見たいのですが、観たいテレビのdramaのstockも全く無くなってしまったので、眠れないと時間を潰すのが結構辛いのですよ。
この所、深夜と言わず、お昼間も観たいテレビ・dramaが全く無いので、録画が出来ないので困ってしまいます。
テレビドラマの端境期とでもいうのかな?ドラマが終わって、次のドラマが始まるまでの、何もない時期なのかな?
することもないので、取り敢えずは、Bedに入ってウダウダとしていますが、それでも眠れないものは眠れないのですよ。こういう時にalcoholでも飲めたら良いのですが、alcoholは肝腎の調子が悪いので、基本的に禁止にしているので、困ってしまいます。
6月17日テレビ等では『東京都は**°、練馬は++°でした。』と放送されるからね?? ·
昨日、今日、或いは、それ以前から、•••分かり易く言うと、術後、川崎から戻ってから、体調がなかなか戻らなくて、すっかりと文章が書けなくなってしまいました。
・・・という事で、する事も無く、自分の鬱のduoを聴いたり、今までFacebookを、論文の案出しのmemo代わりにして、公開設定を自分のみにして、覚書、memo書きにしている文章を、何とか完成稿までは行かなくても、公開が出来る程度の文章にはなるように、書き直し、修正を加え直して、この2、3日を掛けて、幾つかの文章を公開しておきました。
基本的には、いつでも読みたい内容の文章が、読めるように、Home Page上に、Indexを加えて、upしているのですが、自分のみの文章は公開していないので、定められた日にちに、付け加えなければなりません。
文章を書き加えた事で、また一つ、面倒くさい作業が増えてしまいました。
てな事を書きながら、自分のduoを聴いていたら、突然、激しい雨の音が混じって来たので、「そんなeffect掛けていたっけ?」と窓を見たら、激しく雨が窓に打ち付けていました。
そう言えばflooringの窓を全開に開けていたよな??
慌てて、隣の部屋に行って、窓を閉めました。
ちょうど、風で窓に雨が吹き付ける直前で何とか間に合ったよな??
後、2,3秒気付くのが遅れたら、部屋の中が水浸しであった所だ!!
•••てな事を書いていたら、あっと言う間に、青空が見えて来ました。
なんだ、これは??
squallか??
練馬は南国か?
確かに東京都では無いようなのだが・・
テレビ等では『東京都は**°、練馬は++°でした。』と放送されるからね??
6月17日『マイ・隠れ家』 ·
まだ若かりし頃、所謂、アラサーの頃の思い出なのですが、ドイツから帰って来て、住み始めたばかりの頃の江古田の街には、何軒か、私の行き付けのお店がありました。
そこに行ってカウンター席に座れば、menueにはない私だけの料理等が勝手に出てくるお店です。
だから、毎日、仕事が終わったら•••、或いは仕事中にでも、そのお店で気分転換をしていました。
しかし、行き付けの寿司屋も、私の隠れ家のような喫茶店も、10年ぐらいのintervalでお店が変わってしまいます。
その都度、新しいお店を探して、開拓するのですが、とうとう、この10年、15年ぐらいになってからは、私が行けるようなお気に入りのお店は無くなってしまいました。
・・というか、『馴染みのお店』・・という雰囲気のお店が江古田の街には、無くなってしまったのですよ。
教室が椎名町に引っ越してから、ハイツで独り暮らしになってしまって、一人で食事をする時に、よく通っていた寿司屋も最初の店長は私の好みを覚えていて、私だけのお寿司やお酒のツマミを出してくれていたのですが、チェーン店なので、3,4年したら、店長が変わってしまって、私の好みの裏menueのお寿司は、もう出て来なくなってしまいました。
次に来た店長に私の好みのお話をしても、menuに無いから、嫌がってなかなか作ってはくれないのですよ。
それに行く度に店長が替わってしまうので、段々とその寿司屋も足が遠のいてしまいました。
困った事ですよね。
大手チェーン店は従業員の想替えという事があるからね~ぇ??
結局の所、menueの中からだけのorderになってしまうのですよ。
私に取っての寿司屋というのは、私の好みを覚えてくれる居心地の良い場所であるのが希望なのですが、今時の寿司屋は、とても良い居心地の場所とは言えないつまらない店ばかりです。
つまらないよな??
勿論、他の個人の寿司屋も試しては見たのだけどね??
お気に入りの店は見つからないのですよ。
毎日のように、通っていた喫茶店も、お店が無くなって、つまらないお店ばかりになってしまったので、こちらの方も、時折、試しに新しいお店に入ってみるのですが、店をやる人の意識が、もうすっかり、昔とは違うのですよね〜ぇ??
喫茶店としての個性が無いのですよ。
お店ならではの、光るものが見当たらないのですよ。
・・という事で、この20年近くは、外でお茶をする自体が無くなってしまいました。
それに、歳を取って色々な大病をするようになって、タバコもお酒もやめてしまったので、外に出掛ける事も無くなってしまいました。
・・という事で、寿司屋で飲んだくれる事もすっかり無くなってしまいました。
それに、老人が集まって、喫茶店で談笑していたら、気持ちが悪いからね??
行きつけのお店が無くなって来たのは、江古田だから・・という事では無く、千葉も同じです。
チョッとこじゃれたお店はみんな、閉めてしまいました。
世相がそうなったのだよね??
全てが、なんとなくmenueと取説だけになってしまったような気がします。
マジ、つまらないよな〜あ?
独居老人になって、部屋で一日中、パソコンに向かって仕事をしているのですが、歳を取って体調不良が続くと、生理整頓はおろか、部屋に掃除機を掛ける事すら難しくなってしまいます。
今の季節のように、湿度が高くて、日々部屋に閉じ籠っている事が、うっとおしくて、イライラして爆発しそうな雰囲気になって来る事があるのだけど、そういう時に限って、部屋の生理整頓や掃除が出来ていないので、部屋が雑然として、落ち着かないのだよな??
そういう時には、気分転換に、こじゃれた隠れ家のような喫茶店に行って、美味しい紅茶でも飲めるといいよな~あ??
体調不良なので、体力が無いので、部屋全体の掃除は無理なのだけど、頑張って部屋の中の一部だけでも、整理整頓をするか??
少しは気分も変わるかの知れないのでね??
6月18日violaとCelloの二重奏曲『悠遠』芦塚陽二作曲 ·
ドルっ歩に付き合ったら、まあ、いつもの事なのだけど、ハイツに戻ったのが、午前様になってしまったのだけど、よしゃあいいのに、それでもviolaとCelloの二重奏曲の編集を始めてしまった。
編集とは言っても、この所、延々と続けているFinale音源での編集ではなくて、発表会での生演奏のvideoの編集である。
本当は、発表会での演奏は、色々と事件事故が多発したので、そのvideoは今回は一般公開はしないで、新教室で、新しくvideo撮りをしてから公開する予定だったのだけど、大学や学校が解禁になって来て、合わせの都合がつき難くなってしまったので、待てど暮らせど、練習も録音もしている様子が見受けられ無いし、再録のprojectの進捗が全く見受けられないので、ついつい、痺れを切らして、uploadする予定の無い発表会のvideoを弄ってしまったという分けなのだよ❢
まあ、撮り直しが出来たら改めて、差し替えるという事でね??
いや~あ、それにしても、編集作業は、てぇへんだったぞい!!
土台となる発表会のvideo自体が、迷走しているのだから?
普通は土台には出来ないのだよな??
その出来ない事に挑戦するのが、面白いのかもね??
alcoholは禁止なのに、ついつい、打ち上げに、久し振りに、bierとやらを飲んでしまった。
(禁止のハズなのに冷蔵庫にはしっかりとalcoholが、入っているのだよ!!)
やっぱ、生はいいな??
「・・ん??・・bierの事??」
Nett,生•演奏!!
下手でも、computerの音よりは、生の音の方がマシだよな??
violaとCelloの二重奏曲『悠遠』芦塚陽二作曲
violaとCelloの二重奏曲『悠遠』芦塚陽二作曲 - YouTube
2021年5月9日の芦塚音楽研究所千葉音楽教室の発表会での芦塚陽二作曲violaとCelloのための二重奏曲『悠遠』の演奏です。violaは千野瑞希、Cello山本珠加です。作曲は1976年の5月の30歳の時なのですが、作曲をしてから、45年振り....
あれ?いつのまにおしゃれな副題がついたの?それなら他の曲もつけてくださいね。
無理!!
相変わらず、摂眠障害で眠れ無かったので、ついでにTitleを付けておきました。Titleは原則として付けないので、付け焼刃になってしまいますが・・
6月18日私が高校生の時に纏めた詩と童話、essay等の散文集である「ある少年のメルヘン」は、 ·
私が高校生の時に纏めた詩と童話、essay等の散文集である「ある少年のメルヘン」は、小さなBalladeやSo-netやMärchen等の集まりで出来ていますが、それらの小さな文に使われている言葉が、その詩集の一冊全体で、全てのMotifが共通の意味を成すように作られています。
例えば詩や童話の中によく登場する『光』という言葉なのですが、詩集全体でのsymbolicな意味では、永遠なる物、歴史に名を残す作品を意味します。
つまり、小品に使用される一つ一つの単語が、詩集全体の共通の意味を持つように作られています。
一つ一つの作品では、甘い恋愛詩集のような形態を取っているのですが、全体では私の芸術論になっています。
こういった一つの作品が全く別の意味を持つ二重構造的な手法は、ダリの2重画像の手法にも、或いはエッシャーのだまし絵の手法にも近い物があります。
この詩集「ある少年のメルヘン」は、私の高校生の時の卒業記念に自費出版した詩集なのですが、当時の私の創作技法の粋を尽くした作品でした。そういったtrick-art的な文芸作品は、私の知る限り未だに、出版されていないようなのですが、その結果と言えるかどうかは兎も角として、結局の所、まあ、誰からも理解はして貰えませんでしたがネ??
このお話しをしたのは、今回、新たにFinaleに入力した「ある少年のメルヘン」から15年後に作曲した、violinとcelloのための二重奏曲集や、violaとcelloのための二重奏曲集にも、同様の技法が使用されていて、曲集全体の中で、それぞれの曲に共通したMotifが使用されているからなのです。
但し、作曲の世界では、楽章を統一するために、一つの曲の中で、同じMotivを使用するのは、Beethoven以前からの、極々当たり前の作曲技法になります。
勿論、duosで使用した、motifを統一させる手法は、traditionalな意味での曲集全体の統一性を持たせる意味でもありますが、それ以上に、それぞれの曲が共通の心情の下に作曲されている・・というからなのです。
写真は「ある少年のメルヘン」です。
この詩集、未だに大切に持っていますよ‼
いや~ぁ、大切にして戴いて、ありがとうございます。
発行者としての高塚 和子さん、高塚かずこ子さんは詩人として詩集を出され活躍されてるんですね。東由多加さんもそうですけど先輩方のご活躍素晴らしいです‼
高塚さんは西日本の新聞の現代短歌の選者としても有名なようです。東君の詩には高校の在学中に合唱曲を幾つか作曲して音楽部で発表してもらいました。大学病院に入院中の話ですが・・・
6月19日『芦塚methodeでのオケ室内楽の練習に関してお話』 ·
人は外面を見て、内なる物を理解しようとはしない。
人に取っては、地位やbrandそのものがその人の評価なのだよ。
「Beyer教則本を使用している」と言えば、一般の音楽教室の先生達や保護者の人達からは、「そんな面白くもない古めかしいカビの生えたような教則本を使っているのか?」となるし、「オケを教室でやっている」・・と言ったら、一般のorchestraのようにeventのための一発のorchestraと勘違いをして、教室でのorchestraのcurriculumを理解しようとはしない。
しかし、Beyer教則本を「古臭い!」と言っている人達はBeyerのmethodeや書かれているsystemを知らない。
それに、Beyerが面白いか面白くないかは指導の内容に掛かっているのであって、Beyer教則本自体の持っている価値では無い。
私もBeyerに思い込みがある分けではないので、Beyer教則本に変わる教則本を探しては見たのだが、帯襷所ではなく、殆どの教則本はsystemさえ持っていない。
step by stepで確実に指導して行くcurriculumを持った教則本は未だにBeyerがbestchoiceになってしまう。
オケも同じである。
orchestraや室内楽でcurriculumを作れば、オケで子供達の技術を指導出来るし、orchestraの技法だけでななく、演奏に於ける技術さえも指導する事が出来るのだ。
しかし、そういったcurriculumが実際に、有る分けではないので、そこは、ちゃんとmanualに従って、作りあげないといけない。
教室で作っているviolinの教則本にしても、殆どの人達に見せると名曲集と思ってしまう。
curriculumに従って、曲を配列している所に大切なsoftがあるのだが、外部の人達がそれに気付く事はない。
生徒達の利便性のために、市販のcardを使おうものならば、「それは市販の物だから、芦塚methodeでは無い!」と、来る。
芦塚methodeはsoftに掛かっているのであって、道具はどうでも良いのだけど、一般の人達は道具が芦塚methodeそのものである・・と勘違いをしてしまう。
ensembleについても然りである。
教室のensemble-methodeの内容を知らない人達からは、子供達はensembleが好きだから、子供達に媚びて、生徒を集めるために、子供達を遊ばせるために、看板menuとして、オケをやっている•••と思われてしまうのだよな?曲はその生徒が弾ける曲を探して来て、課題にしている・・と思うのだよ。
音楽史的に言うと、orchestraやensembleで、楽器の演奏法の指導をした人は、私が始めてでは無い。
violin音楽の黎明期であったbaroque時代に、既に、彼の有名な作曲家であるVivaldiもVivaldiーmethodeというviolinやCelloの指導のためのcurriculumがあって彼が育てたオケは、Europa中に名を轟かしのだよ❢
また、Vivaldi自身の教育のmethodは、彼の作品からしっかりと読み取る事が出来るのだよ。
Vivaldiの作品は明確な技術指導の目的が見て取れるからなのだよ。
しかし、残念ながら、BayerにしてもVivaldiにしても、自分自身の奏法の指導のmethodを遺している分けではない。
昔の人達は、著作権の保護が叫ばれているこんにちよりもなお、自分自身のsoft(manual)を大切にしたのだよ。
だから、そのsoftは、一子相伝の直弟子ぐらいにしか、指導はしないのだよ。
宮本武蔵の五輪の書のように、肝心要の箇所になると「以下口伝」となるのが普通なのだよ。
当時は現代の著作権法のように発案者を守る法律はなかった分けなのだからね??
しかし、世界共通の法律があったとしても、お隣の国のように、国毎でそれを守らなければ、その保護は全く意味を成さない事になってしまうしね??
もしも、Vivaldi-methodeにmanualが残っていたとしたら、それならば、どこの音楽教室でも、ensembleで子供達を教え育てれば、皆、こんにち、多くの子供達が経験している辛い孤独な練習から逃れる事が出来て、自己鍛錬のような厳しい練習で、大好きな音楽を学ぶ事に挫折をする子供はいなくなる分けなのだから、どこの教室でも私達の教室と同じ事をやりそうなものだが、それがそうでもないのには、未だ幾つかの障壁があるからなのだ。
その内の一つである、所謂、学習するための教材に相当する楽譜なのだが、私が集めているorchestraの楽譜や室内楽の楽譜は、一冊、1冊、非常に高価なので、その一曲だけならば、そのための出費もあり得るのかも知れないのだが、一旦、curriculumを作るため・・となると、一連の流れとして総合的に楽譜を揃えなければならないので、図書館並みの莫大な出費が必要となり、個人でそういった楽譜を揃える事は有り得ないのだよ。
私??
私は作曲家なので、曲を集めて作曲家の手法を知る事は、私の作曲のためのmainの勉強にもなるのだよ。
orchestraのcurriculumはその序なのだよ。
それに、市や県、或いは大手の企業がback・upをしたとしても、baroque時代のorchestraや古典派の時代のorchestraの曲には、part譜が付いている事は稀なのだよ。
「何故??」って??
それは明白である。だってpart譜を作って出版したとしても、その費用を出版社が回収する事は無理だからなのだよ。
印刷に掛かった費用だけpart譜が売れる事は無いのだよ。
part譜がある曲は、いつでも何処かで演奏されている超、有名な曲だけなのだよ。
だから、同じVivaldiの作品でも「四季」ぐらいに世界中で演奏される曲は当然part譜が出版されている。
しかし、それ以外の曲となると、数えるぐらいしかpart譜は作られてはいないのだよ。
私達の教室の生徒達はpart譜が無くて、scoreしか無かったとしても、平気で演奏をする事が出来る。
どっちみち、本番では暗譜で演奏するのだから、scoreで練習しても、part譜で練習しても、全く関係無いのだよ。
しかし、音大生にしても、proのオケマンにしても、scoreを覚えて演奏する事は無い。
暗譜で譜面無しに演奏する演奏団体はI Musiciぐらいなものだからだ。
だから、baroqueの曲を一般のorchestraが演奏しようとすると、part譜を作る所から始めなければならないのだよ。
これはとても手間暇の掛かる事だし、それをproの写譜屋に頼んでいては、とても採算が取れなくなってしまう。
だから、orchestra-curriculumというのは一般的には有り得ないのだよ。
proのorchestraでも、次の演奏会のための一曲、二曲として・・ならば譜面を作る事もあるのかも知れないけれど、curriculumとして無数の曲のpart譜を作るという事は経済的にも不可能な事なのだよ。
勿論、市や県や、或いは大手の企業の場合ならば、金に糸目を付けず、同様のorchestraのcurriculumを作る資金を準備する事は、可能なのかも知れないのだが、実際には、今度は、orchestraの楽器を指導出来る指導者はいない。
orchestra-curriculumとして指導する場合には、各楽器の演奏法を技術的に指導出来る指導者が必要になるからである。
それならば、指揮者が・・と思うかも知れないが、指揮者はそれぞれの楽器の演奏技術の指導は出来ない。
つまり、それぞれの楽器の演奏法の技術指導は指揮者の管轄では無く、表現された音楽が指揮者の領域なのだからだよ。
また、それぞれの楽器の指導者がそれぞれのpartを指導すれば良いようにも思われるかもしれないが、それぞれの指導者にはそれぞれのprideがあるから、仮に同じ楽器であったとしても、自分の生徒が他の先生に弄られたくは無いと思うからである。
ましてや、異種楽器の指導者からは・・ね??
大御所の先生が居たとしても、violinの先生はviolaやCelloやKontrabassの指導は出来ないし、その逆も然りである。
つまり、それを統括して指導出来る先生となると、日本はおろか、世界でもそうザラにはいないのだよ。
つまり、orchestraでcurriculumを作るとして、そういった楽譜を揃えるとなると、普通の家が一軒、2軒は建つぐらいにお金が掛かるし、且つ又、オケに参加している子供達にrentalしているKontrabassやviolaやCembalo等の楽器を揃えるだけでも、結構、豪華な家を買えるぐらいの費用は掛かるのだよ。
そういった費用は、orchestraは教室がやっているので、教室が購入して管理している、教室の楽器であり、教室の出費だと思う人達が多いのだけど、教室は個人では無く、会社なので、法務局の決まりに拠って、営利団体なので、営利を生み出さない楽譜や楽器に対しては、費用としての出費は認められていないのだよ。
楽器をrentalしても、その楽器をメンテする費用はrental代として回収出来るかも知れないけれど、楽器を購入する費用は教室には出ないのだよ。
proのorchestraでもorchestraの楽器としては、sponsorからの寄付で、個人の楽器は皆、自分の楽器なのだから・・ね??
当たり前の話なのだよ。
そういう事なので、これ等の楽譜や楽器を揃える費用は教室が負担する事は出来ないので、全部、私個人の、趣味としての出費になってしまうのだよ??
それに加えて指導者も見つからないので、指導の要々では、私が指導する事になってしまうのだよな。
という事で、orchestraやensembleを子供の内から指導したい・・という夢を抱いたとしても、現実的にorchestraのcurriculumで子供達を指導する事が、夢であったとしても、それは現実的では無く、夢物語の中の話に過ぎないのだよ。
つまり、私達の音楽教室でオケや室内楽をやっているのは、私の道楽に、先生達が付き合っているのに過ぎないので、日本の音楽界の中で、私以外に、個人の権限でオケや室内楽をやっている教室は無いし、ましてや、そのオケや室内楽にcurriculumがある・・という事は、Beyer教則本以上に有り得ないのだよ。
特に、室内楽と言うと、音楽を専門に目指す人達に取っては、超、難物のgenreなので、音楽大学に進学したPianoの生徒達や弦の生徒達でも、オケや室内楽に学校で参加出来る人達は非常に限られた優秀な生徒達だけで、一般の音大の生徒達は一度もオケや室内楽を体験する事は無く、音楽大学を卒業するのが落ちなのだよ。
室内楽というgenreは音大生達に取っては憧れのgenreで、その大学のtopの生徒だけしか学ぶ事が出来ないcurriculumなので、だから、私達の教室では、子供達が室内楽のcurriculumで勉強をする・・という事を言うと、それを信じる事は出来ないのだよ。
という事で、音楽教室で室内楽を勉強しているという事は、子供用にarrangeされた簡易楽譜で演奏をしている・・と、考えてしまうのだよ。
私が作曲をした『子供のための室内楽』や『子供のためのPianotrio』があるのだが、それは唯一、市販されている、子供がPianotrioの勉強をするために、Julius Klengel先生が作曲をした『kinder•trio』への導入の曲なので、一般的に思われるような子供達のための簡易versionのPianotrioの曲ではない。
kinder-trioはMozartやBeethovenのPiano-trioへの導入として書かれているので、決して簡単な物では無い。
楽譜を見て、BeethovenのG Durのsonatineが弾ければ、Klengelのkinder-trioは弾ける・・と思い込んで、教室から楽譜を借りて、発表会に臨んだ先生もいたのだが、大失敗をして、二度と楽譜を借りには来ないのだよ。
Klengel先生の子供達のための、kinder-trioの楽譜はあっても、それを指導出来る先生はそんなにザラでは無いのだよ。
技術levelはBeethovenのsonatineのlevelに合わせてあるのだけど、それは、ensembleの技術が必要なので、演奏技術を少し楽にしてあるだけなのだよ。
私の『子供のためのPianotrio』でも、ensemble慣れをしていない音大生が、いざ合わせようとしても、音大生でも、弾けないのだよ。「楽譜はこんなに簡単なのに、何故、合わないの・・??」となるのだが、そこはensembleのためのtrickがあるのだよ。
私の曲が演奏は簡単でも合わせは難しい・・という事は、You Tubeにも子供達の演奏をuploadしているし、曲のimageはちゃんと掴めるハズなのだから、外部からの、楽譜の注文があった時には、「子供のため・・とは言っても本格的な室内楽への導入のための作品なのですよ。」と念を押すのだけど、教室のYou Tubeでも就学年次前の「小さな子供達が弾いているから」との思い込みから、楽譜を受け取って、実際に指導して(或いは自分で弾いて)見てから、「本当に本格的なtrioなのですね??」と改めて、驚いてしまうのだよ。
例え小さな子供であるあったとしても、それまでに色々なensembleの曲を弾き熟して、ensemble慣れをしているので、その差は音大生よりも、大きいのだよ。
一般的な日本の音楽界では、orchestraや室内楽のcurriculumは、普通に出来るものではないのだが、教室に長く在籍している生徒達や保護者達は、私達の教室が一般的な普通の教室であって、日本国中どこにでも、同じような教室が存在している・・と段々と思い込んでしまう。
そう思い込んでしまう最たる理由は、私が肩書の無い巷の音楽教室の先生に過ぎないからなのだよ❢
人は肩書でしか、その人の価値を判断しない。
しかし、権威主義に批判をしている人間が、権威主義で自分を認めさせても、それも遺憾ともし難い。
また同様に巷の音楽教室がやっている事なのだから、「orchestraで子供達のcurriculumで指導する事や室内楽のlessonを普通に受ける事・・・それが日本の一般の音楽教室の水準であって、日本中のどこの音楽教室でも、或いは音楽大学の音楽教室でも同じ様に、やっている事なのだ❢」•••と思い込んでいるのだ❢
もしも、そんな教室が私達の教室以外にあるのならば、是非、見てみたいものだよな??ね~ぇ??
また、世間一般で『音楽教室』と言うと、一般の人達のimageでは、趣味でいい加減に指導するので、もしも、本当に音楽の道に進む事を考えるのならば音楽大学の先生に師事しないと・・という事になってしまう。
でも、その実態は、有名音楽大学の先生の生徒達を見るに付け、まあ、実に好い加減な指導を受けて、「仮に音楽大学に進学出来たとしても、音楽家としての未来は無いかな??」とも思えるような教育を受けている人達が多いのだが、それでも、一般の人達は、音楽教室の先生に学ぶよりは、良いに決まっているのだと、思ってしまうのだよ。
まあ、それはそうかもね??
しかし、「音楽大学の先生ならば、ちゃんと教えて貰える」と考えるのならば、まあ、それは、短絡的な発想であるぞなもし。
Europaの場合には、どんな超有名な音楽大学でも、音楽大学歴を口にする音楽家は殆どいなくて、口にするのは「**schule(所謂、**先生門下生)」である事を自慢するのだよ。
つまり、全く肩書きを持たない私は、そういった世間一般の言い方をすると、『Hochschule für Musik und Theater München(München国立音大)の作曲科の卒業生』では無く、『Hindemithの高弟であり、Deutschの誇る作曲家でもあるGenzmer教授の門下生』という事になるのだよ。(Facebookには、profileとして書いてはいるけれどね??誰も読まないよな??一般の人達には、どこに何を書いても、巷の音楽教室の先生に過ぎないのだからね??)
同様に日本の音楽大学の肩書きでも、Mahler門下で指揮者のBruno Walterの兄弟弟子で、Thomas Mannの義兄弟でもあるPringsheim先生の門下生になる。
という事は、私は二人の先生、所謂、MahlerとHindemithの孫弟子になるのだよ。
凄くない??
でも、それを口にしたら、典型的な虎の皮になってしまうよな〜あ?
(Hochschuleというのを、英語のhighと勘違いして高等音楽大学と分けの分からない訳が、昔は流行っていたのですが、それはAriaを空気と訳した明治時代の訳と変わらない迷訳で、Hochというのは、ドイツでは、単一の・・という意味なので、英語での高校の意味ではなくて、日本語で言うと専門の・・とか、単科大学という意味になります。つまり、Universität(総合大学)とHochschule(単科大学)の違い・・になるのですよ。)
私達の教室が、一般的に言うと単なる巷の音楽教室という分類に過ぎないので、水準の低い一般の趣味で学ぶ音楽教室の一つに過ぎない・・と思われるのは、それが一般的な社会的な音楽教室の概念なので、「さもありなん」・・「致し方無い」・・と思うのだが、教室に在籍している生徒達や保護者の人達までが、同じように教室の水準を音楽大学よりも低いlevelだと、思ってしまっているのだから、困ったものだ。
教室から音大に行ったら、curriculumやsystemが無くなってしまうので、教室で勉強するようには、なかなか上達しなくなるのだが、それを生徒達は、「私達の教室で学ぶよりも、より高度な事を勉強しているのだから難しくって、なかなか上達しないのだ」・・と、勘違いをして、思ってしまう。
だが、中には、その行き詰まった事を、私にone lessonでlessonを受ける要領の良い生徒もいて、半年間掛かっても治らない事が、僅か、小一時間のone pointのlessonの中で弾けるようになってしまうのだから、どちらが水準が上か分かりそうなものなのだがね??
しかし、やはり、恰幅の良い衣装を着て、大学の教授という肩書を頭の上に乗っけている方が、指導力や指導内容の水準が上に見えるのだよな。
まあ、それはlächerlichな事なのだがね??
つまりは、自分の目で見たとしても、何の違いも見えない・・、分らない・・という事なのだよな??
それは芦塚methodeで習っただけなので、芦塚methodeを習った分けではないからなのだよ。
つまり、芦塚methodeで考える事が出来るようにはなっていないから、正しく物を観る目が育っていないのだよ。
しかし、その原因は必ずしも本人達だけの所為ではなくて、教室の指導者達の、生徒や保護者正しくへの芦塚methodeを周知させる努力が欠如している所に原因があるのだよ。
価値が分からない事を学ぼうとしないのは当たり前の事である。
それがbrandでも、brand的な価値があれば衆人は必死に学ぼうとするのだからね??
折に触れて、オケ練習とは言っても、芦塚methodでのオケ練習でしか学べ無い事や、音大生の憧れである室内楽が何故教室では普通に指導出来るのか?••」という事に対して、芦塚methodeがそれを可能にしているのか?という事を、生徒達や保護者の人達に、周知させないといけないのだよ。
教室のmethodだから、オケや室内楽でlesson出来るのだ!という事を、知らしめる努力を怠ってはいけないのだ。
『個人のlessonでは学べない数々の技法』
日本の音楽家達は、オケや室内楽を練習する時に、part譜を見て練習するのだが、scoreを読んで音楽を研究する事はしない。
その弊害は思っているよりも大きく、日本人のClassicの音楽家達は和声感が乏しく、正しいrhythm感も欠如していて、tempo感も無い。
Metronomの死んだtempo感を音楽のRhythm感と勘違いしている音楽家が多いのだよ。それよりも更に大きな弊害は自分独りだけで練習をする弊害として、音楽に対話が無いのだよ!!
音楽は基本舞台芸術なのだ。だから、Motivのcommunicationが大切なのだよ。
対話の無い音楽とは死んだ音楽なのだ。
室内楽は、音楽家達にとっては、超難しいgenreとされているので、そういう曲をたかが巷の音楽教室の生徒のlevelで、弾く事(弾ける事)は有り得ないという一般的な常識である。
だから、当然、一般の人達の場合でも、音楽教室で演奏されるensembleは、所謂、音楽教室用にarrangeされた簡易編曲の安っぽいチーチーパッパの合奏と勘違いをされてしまう。
私の『子供のためのPianotrio集』はBeyerの下巻程度から弾けるように作られているのだが、音大生がその曲を演奏しても、ensembleが出来ないのだよ。演奏をした音大の卒業生達が「何故、弾けないのだろう?」と自分で不思議がっているのを、やっと就学年次に達した子供達が白い目で見ているのは、一種異様な光景だ。
小学生の高学年から中学生ぐらいになって、score-readingが出来るようになる生徒と、受験のために、オケや室内楽を休んでしまった生徒では、歴然とした差が出てしまう。
part譜だけで練習をして来た生徒達には、音楽の全てが見えている分けでは無いからなのだ。
それはscoreが読めるようになっていないと、楽器間の絡め合わせが分からないので、問いかけや答えが分からないし、和音を聴くという事すら難しくなってしまうのだよ。
日本の音楽教育ではensemble教育は無いので、日本人の音楽家達にはそういった総合力は無いのだよ。
力で弾く音と伸びのある音の違い、音に含まれる和音感、柔軟な生きたrhythm等々、言い出せばensembleで学べる事は限りが無いのだがね??
或る時に、日本を代表する若手の演奏家達がVivaldiの四季を弾いているのを偶然耳にしたのだが、驚いた事にcellistやCembalistがbasso continuoの弾き方を全く知らないのだよな。baroqueのconcertoには、独特の通奏低音の弾き方というのがある。
それを無視して、現代風にbaroqueのconcertoのbasso continuoを弾かれると、こちとらとしては困ってしまうのだよな。
日本を代表する若手ならば、もうチョッと勉強しろやな??
誰が??・・そんな事言える分けは無いだろう??
この文章に直接書き込むって出きるのか?
無いものを作るのは素晴らしいことで大変なことであるが、無いものを理解するのもまた難しいようだ。オーケストラや室内楽にカリキュラムを取り込んで教育として指導する。これをやっている先生或いは団体や教室などは、まず日本にはない。せいぜいオーディションで弾ける人を集めて集団教育をする程度の児童オーケストラくらいだ。だから、オケの速報の技術やリーダー教育も含めて、3つの音しかない初級曲からプロとして演奏活動出きる技術までの全てのレベルの曲を揃えたカリキュラムがあるオーケストラと室内楽など、一般の人達が理解できないのも無理はないのかもしれない。教室でそのカリキュラムで伸び伸びと上達した生徒でさえ、自分に特別な才能があって上達したかのように勘違いしてしまう。一般の人達がか理解できないのは致し方ないとしても、大して練習もしていないのに何故か沢山練習している他の教室の生徒より遥かに自分の方がうまいのはどうしてなのか、ちょっと考えたら分かりそうなものですが?
オケの奏法
音大ピアノ科卒業の人に教室のヴァイオリンの生徒の伴奏を頼んだことがある。チャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトの伴奏をするのに「メトロノームのテンポ通りに弾いてればいいんですよね?」と聞かれて唖然としてしまった。聞いて合わせるという発想自体がなく、教室で子供たちに指導しているソリストの弾きたいものを感じ取って、カバーしてあげる伴奏などとは程遠い。伴奏法もアンサンブル教育も受けたことがなくスコアすら見たこともない人にとっては、教室で初級段階で練習させるキンダートリオや芦塚先生の子供向けピアノトリオも、全く弾けない難しい曲なのです。
6月21日眠れない❢ ·
ちょうど、日曜日のcinderella-timeに、椎名町から今日のオケ練習のSDcardを持ってハイツに戻って来ました。
直ぐにPanasonicのDigaにSDcardをdubbingして、Blu-rayに焼きながら、パソコンの並行作業をしました。
Blu-rayの出来上がりtimeをtimerでsetして焼き上がるまでのパソコン作業のつもりだったのだが、途中で睡魔に襲われて、bedで寝てしまいました。
熟睡していたら、なんと消し忘れていたtimerで起こされてしまった。
焼き上がったBlu-rayの片付けをしながら、寝直そうと思ったら、突然欝に襲われて眠れなくなってしまった。
「今夜は、まあ、お久し振りの欝祓いに、bierでも飲むか??」と思って冷蔵庫を開けて見たら、なんとbierが1本も無い。
non・alcoholのbierはあるのだが、ちゃんとしたalcoholの入ったbierが無いのだ。
勿論、日本酒やwhiskyはあるのだが、その気分では無いのだ。
どうせ、眠れないのならば・・、とbierを買いに出掛けた。
コンビニで、恵比寿の缶と、おつまみを買おうと思ったら、self・レジだそうな??
「まあ、良いか??」と、レジにカゴを持って行って、『深夜は酒類の販売はしない!』と書いてあるstickerに気が付いた。
なんて事だ!!
カゴから商品を元の所に戻して、24時間のsuperに行った。
なんと、『従業員の健康のために、2時、3時は休業する』という張り紙がしてあった。
結局、3時は過ぎているのにも関わらず、誰もいなくて、店に入る事すら出来ずに、諦めてハイツに戻った。
深夜の無駄な散歩になってしまった。
気分転換にチョッと一杯のつもりが、徒労に終わったのだよな??
自宅では全く呑まなくなってしまっていたので、補充するのを思い付かなかったのだよな??
risk管理がなっていないよな??アハッ!
大学生以来なのだが、diet・コーラにwhiskyでも割って飲むか??
それとも糖質0の日本酒の超熱燗にするか??
以前ならば、2時、3時までやっていた寿司屋も今はコロナでやっていないしな??
勿論、alcoholも出してくれないしな??
ああ、つまんね~ぇ??(am3時40分)
•••という事で、冷蔵庫や食器棚を見たら、松浦漬けと鯨の大和煮があったので、日本酒の超熱燗を飲む事にしました。
録画していたテレビの番組を見ながら、mini−cup90ccを二杯、つまり、1合呑みました。
•••という事で、時間はamの5時です。
録画番組も全部見終わったし、後は鬱々Koncertを聴くしか無いのかな??
それも重くて嫌だな?
未だ、睡魔がやって来ないのだよな??
お~い、睡魔よ~ぉ??
Mein Jesu, gute Nacht!
bierを飲んで、ウダウダしていたら、なんと腰痛になってしまった。
痛くて真っ直ぐに立てないのだよな??
「これは、摂眠不良の所為だよな?」という事で、眠くないのだけど、取り敢えずは布団に入って横になる事にしました。
布団の中で腰を解していたら、いつの間にか、眠れていたぞぃ??
善哉!善哉!!
6月21日足の爪が·
2、3年前にぶつけて死んでしまった右足の人差し指の爪なのですが、真っ白に変色したままに、伸びる事もなく、指から剥がれ落ちる事もなく、そのままの状態が続いているのですが、流石に爪の表面が、ザラザラとして瘤状に隆起して来たので、少し気になって、ガラスの爪磨きで、表面を滑らかに磨いてみました。
足の爪は、お腹がつかえるので、爪を磨くのにも少し手間取ってしまいましたが、なんとか、滑らかに磨く事が出来ました。
•••で??
否、それだけで何もないお話しなのですが、なんとなく爪を磨いた事で、人生が変わったような気になっている私なのです。
人生は些細な事の積み重ねだから•••という分けなのです。
明日は術後の検査で川崎まで行きます。
明後日は歯医者に行きます。
今日は、これからweb−lessonが二つあります。
そろそろ準備をしなければ•••
腰痛が••••
イテテ❢
体お大事に。
ありがとうございます。歳取ると、そろそろ体がへばって来て、色々あるのよね??
6月22日今日はこれから川崎に術後検査に行きます。 ·
術後の検査があると思って、いつものように、30分前に着くように※1)出掛けたのだが、あいも変わらず、駐車場が満杯で、いつも停める直ぐ近くの民間の駐車場も満杯だったので、『第一ではない』のだが※2)、川崎cliniqueの駐車場に停めた。
そのために病院の受付は、予定時間ギリギリだったのだよ。
※1)予定時間は診察の時間なので、その前に採血や採尿等で30分予約時間よりも前に出掛けるのですが、川崎ではその検査の前の受付の段階で、座る場所も無い・・というか、立っている場所すら無いぐらいに混んでいた事が、2,3回ありました。だから受付に30分を見る事にしています。普段では、実際には10分、15分程度なのですが、駐車場からの時間もあるしね??
※2)『第一では無い』と言われても、何が何だか分からないよね??
川崎の幸い病院は、段々と大きくなった病院なので、mainの病院は『幸い病院』なのだが、その他に別の場所に、『幸いクリニック』があって、またそれとは別の場所に、私が通っている『第二クリニック』があるのだよ。第二クリニックは外来専門らしいのだが、手術は幸い病院でやるのだよ。だから「手術は本院でですね??と言うと、病院の先生達は結構嫌がるのだよな??
先生達は幸い病院の日と第二病院の日がある分けなので、第二病院専属の先生という事では無いのだから、嫌がる理由は無いと思うのだけどね??そういった病院内部の事情は分からないので、まあ、良いか??
で・・、問題は幸いクリニックは、第一クリニックとは言わないで幸いクリニックなので、ややこしいのだよ。
第一が無くて、第二がある・・、この病院の呼び方に慣れるまでは大変で、事務の人達や看護師の人達が、何度も患者さん達に、確認をしているのだが、それでも間違えた病院に行く人達が続出しているのだよ。アハッ!
一号棟、二号棟、三号棟で良さそうなもんなのだがね??
とても良い病院なのだが、neckは駐車場で、川崎は街全体の駐車場の料金が異常に高いのだよ。
病院の駐車場が満タンで、近所の民間の駐車場に停めた時に、検査とか色々と手間取って、4時間近くなった時には、3000円以上の金額になって驚いてしまった事がある。
千葉は上限が7時間以上は、700円とか800円なので、3時間、4時間で4千円近くなるのは、異常だとしか言えない。
ウチの近所の練馬だって、上限は千円とか1200円までなのだよ。
病院の駐車場に停める事が出来れば、最初の2時間は結構安いのだけど、それ以降は30分単位で300円づつ上がるので、あまり民間とは変わらない。
それでも、割引のある病院の駐車場に停める事が出来た事は無い。
いつも満杯なのだよ。
だから駐車料金は高くても、近所に民間の駐車場を探すのだが、それが無いのだよな??
という事で、ナビで探して、前回は歩いて10分以上の所の駐車場になってしまった。
前回の術前検査では、第二クリニックが混雑しているので、・・という事で幸いクリニックの駐車場(民間の駐車場なのだが割引はあるので)に停めた。
今回の術後検査も、隣の民間の駐車場も満杯だったので、思い付いて、幸いクリニックの駐車場に行ったのだが、運が良い事に空きスペースを探している時に、1台出たので、無事駐車が出来た。
それでも診察の待ち時間で2時間半くらいの駐車だったのだが、最初の2時間が時間220円で、結局、900円近く払ったぞ❢
幸いクリニックと幸い第二クリニックとは、歩きで5分ぐらいの距離なのだが、川崎駅からのシャトル・バスも幸いクリニックの方が本数が多いので、幸いクリニックまでシャトルバスに乗って、幸い第二クリニックまで歩いて行く老人達も多いので、えっちらおっちら歩いている老人を見ると、「う~ん??」という感じだよな??
第ニクリニック行きも、30分には一本はあると思うのだけどね〜ぇ?
待つよりも歩いた方が良いのかな?
てっきり、検査があるものと思って、30分前に着くように予定を組んでいたのだけど、事前の検査は無くて、ただひたすら待たされた。予定の時間から1時間半以上、それに30分前から待っていたので、2時間以上も待っていたので、痛めていた尾骨が痛くなってしまって、座る事も立つ事も出来なくなってしまった。
やっと診察の時間になったのだが、肝心要の手術での検査結果なのだが、手術の時の組織の検体の検査結果がまだ届いていないので、2時間以上も待ったのに、お喋りする何かのお話も無いので、全くの手持ち無沙汰の雑談で終わってしまった。
•••という事で、一時間掛けて車を飛ばして、駐車場を探してやっとこさっとこ、受けた診察なのだが、結局、何もない診察になってしまった。
mailか電話で延期してくれても良かったのにね??
マジ、無駄な一日であった。
帰りはいつものように高速の分岐点での大渋滞で、これも単なる設計missに因る渋滞だよな??
東京から外に出て行く車がmainの高速道路との合流地点で混んでいるだけなのだから、computerで調べれば、事前のcheckとそれに対しての、対応が加味された設計が出来たハズなのだがね??
「C2」は新しく出来た環状線なのだから、当然、computer時代に作られた道路なので、事前の予測が出来なかった・・という言い訳は通用しないのだよ。
手作業でしか、出来無いお役所仕事の「付け」がこんな所にも、現われているのだよな??
6月23日すっかりバテてしまって、 ·
昨晩は、川崎の病院での2時間超の無駄な待ち時間は兎も角としても、病院行きにはしっかりとした密閉型のマスクを着用していたので、息が出来なく、苦しくなったのもあって、帰りの車では当然、いつもの渋滞もあって、すっかりバテてしまって、夜の食事時間の少し前から爆睡してしまい、食べ逸れてしまいました。
普段から、病院に行く前には、あまり食べないので、川崎の帰り道の車の中でも、その日も朝から何も食べていなかったので、結構お腹が空いたままで運転していたのですが、椎名町の駐車場に車を入れた後でも、椎名町の冷蔵庫の中の事は分からないので、食べれる物があるかどうかは、全く分からなかったので、何も食べないで、ハイツに戻ってしまいました。
ハイツに戻っても、ハイツの冷蔵庫の食べ残しのお弁当類も全部食べ尽くしてしまっていて、全く何も食べ物が無かったので、深夜、toilette-timeに起き出した時にも、空腹が酷くて、冷蔵庫の中を食べれるものを漁ったのですが、もう何も見つける事は出来ませんでした。
昨日も探したのに何も無かったので、今日、改めて有る分けは無いのだけど・・ねッ?
ドラえもんのポケットでは無いのでね??
探していた食材とは違って、冷蔵庫のパーシャルの中に、10日以前も期限が切れしてしまった卵が3個見つかったので、何とか腹の足しに・・という事で、目玉焼きを作って食べました。
10日以前も前に賞味期限の切れた卵なのですが、私は期限切れの表示は信じないので、それでも良いのです。
子供の頃は、鶏小屋の中を、卵を探して食べていた経験があるのですが、鶏さん達は自分の卵に、産んだ日付は書いてはくれないのでね??
「美味しそうだ!!」と思って、卵を割って見ると、赤ちゃんの鶏さんが入っていた・・というhappeningは、結構、しょっちゅうだったのですよ。
・・「ぎゃ~ぁ!!」という感じですがね??アハッ!
手に持ったら重さとかで、分かりそうな物だけど、未熟な幼稚園児では致し方は無いよな??
果てさて、期限切れの卵なのですが、割って見ると、卵黄もなかなかしっかりとしているので、生食でも問題は無かったのですが、一応目玉焼きとYoghurtを混ぜたスクランブルエッグを作りました。アハッ!
珈琲cup一杯のYoghurtーと卵2個・・、これで何とか、朝飯はOKです。
お昼になった頃には、流石に限界という事で、椎名町に昨日のお弁当を食べに出掛けました。
帰りは雨が降っていて、長崎郵便局の少し前から大粒の雨に替わって、桜小学校の辺りからは大雨の本降りになってしまいました。
結構、濡れて、何とかハイツに辿り着いたのですが、ハイツで濡れた服等を干していたら、何と何と、前の公園では子供達が遊び始めました。
なんでやねん??
この文章では、お腹が空いた事しか書いていないけれど、ちゃんと、爆睡している合間や、お腹を空かしている間に、発表会のvideoの編集を2本分終わらせたのだよ。
いやあ、お腹が空いていても、無駄にマメだよな~ぁ??
timelimitのある仕事では無いのにね??
6月24日『今日は6月24日の木曜日です。』 ·
火曜日に川崎の病院に行って来てから、次の日の水曜日は歯医者に行く他は一日中、寝込んでいたのですが、中一日経った今日も、朝からウダウダとしていて、起きて仕事modeに成れなくて、ダラダラと午前中を過ごしてしまい、自責の念に囚われて、困ってしまいました。
朝の11時頃には、椎名町から「蕎麦が着いたので食べに来ないか?」という連絡が入ったので、体の調子を見ていたのですが、お昼過ぎの、1時、2時頃には、何とか椎名町に出掛けるだけの体力が戻って来たので、椎名町にお蕎麦を食べに出掛けました。
蕎麦を食べている最中には、突然の激しい雷雨になっていたのですが、食べ終わった頃には、雨はすっかり上がってしまって、その間に急いでハイツに戻りました。
ハイツに戻ってからのお話しなのですが、お腹がくちくなったら、またぞろ、体が軟体動物化して来て、地球の重力が重くなって来たので、椅子に座ってパソコンの画面を見る事も億劫になってしまったので、布団に潜り込んで横になったままに、眠れないままで、ウダウダしている所です。
今日一日は、この調子で終わるのかな??
まあ、それも由としよう!!
ウダウダにも色々とあって、子供達や若者達のような積極的なウダウダでは無く、老人性の消極的ウダウダなのですよ。
・・意味、分かるかな??
答えは、やりたくないので積極的にウダウダしているのと、やりたいのに出来なくてウダウダしているのの違いです。
それそこ若さと体力の違いですよね??
という事で、一日中体力が出ないままに、ウダウダしていたら、ダラダラと時間だけが過ぎて行き、夕方の6時を過ぎていました。
しかし、まだお昼のように明るいのだよな?
まるで夏のようだ。
そう言えば、誰がもう夏至を過ぎたと言っていたのだが、それにしては、まだ寒い事もあるのだよな?
珍しく一日中布団の中でウダウダしていたので、右手で携帯を打つために左側を常にしていたら、左肩が圧迫されて、左の四十肩が痛くなって来たので、逆さまの北枕で寝ていたら、起き上がる時に、体が捻れてしまって、左の股関節から左足全体が引き攣ってしまって、超痛くなって、動けなくなってしまいました。
やれやれ、歳を取ると、ほんとに色々あるよな〜あ??
隣りの部屋の「引き出し」に、こむら返りに良く効く薬があるのだけれど、「そこまで歩けるのか?」•••だよな??
ひたすら痛みの収まるのを待って、頑張って歩いて行って、何とか薬を飲みました。
それにしても『四十肩』が携帯では変換されなかったり、・・と、この所、携帯では、変換出来ない文字が多くて、困っています。
「携帯の日本語入力は、マジ酷いよな??」・・と思って、わざわざ、Googleの日本語を入れたのにな??
椎名町に食事に行くために、マンションの駐輪場を出てみたら、何と何と、まん丸い月が•••
満月かと思って、調べて見たら、明日の金曜日がストロベリームーンで満月だそうです。
6月25日You Tubeを3つに分けて ·
私個人のaccountのYou Tubeにvideoをuploadしていますが、その目的や内容とは無関係に、その時、その時に必要な曲をuploadしていたので、曲数が膨大なものになってしまい、特定の曲が必要な時にその曲を探し出す事が困難になってしまいました。
教室を開設した時点からではなく、この10年間の教室の活動報告だけだったのですが、それでも資料等や参考動画を含めて1000近くなってしまったのでね??
・・という事で、私のYou Tubeのaccountを個別に三つにして、それぞれのaccountを三つに分類して、uploadをし直す事にしました。
主に公開演奏の動画と、オケ練習や室内楽の練習風景等とfinaleの音源に寄る参考演奏の動画と、論文の差込み用の楽譜の動画の三つの分類です。
私の自宅mansionのnetの回線の速度が遅いので、2,3回、光回線に変更しようと試みたのですが、光ケーブルの配管が詰まっているので、工事が必要という事なのですが、mansion全体ではなく、右側半分のしかも3階以上の部屋だけだ・・という事なので、諦めました。ほとんどの階の人達がもう老人か、それでなければ賃貸の人達なので、話をまとめるのは無理だと思ったからです。
工事をするよりも、部屋を売ってお引越しした方が、私に取ってはmeritがあるからね??
ハイツの回線が遅い所為で、videoのlessonではtime lagが出たり、You Tube等に動画をuploadするのに、時間が掛かってしまうので、結構私の作業の負担が大きいので、私の年齢も年齢だし、体調・体力的にも負担が大きいので、homepage同様に、発表会での演奏の報告の動画も、基本的には、教室の事務所の作業になるので、教室での事務作業が出来る人達が増えて来るのを待って、それまでは私が教室のそういった雑用作業を代わりにしていたのですが、そろそろ、椎名町のパソコンからuploadして貰う事にしました。
・・という事で、少しづつ、発表会のvideoのお引越し作業をしながら、新たなvideoも椎名町の事務所からのuploadにしています。
勿論、videoの編集の作業自体を任せた分けでは無く、未だ、編集の作業はとても難しいので、編集までは、ハイツのパソコンで作業をして、dataだけを椎名町に移動してuploadをする事にしました。
まあ、人手の都合が付き次第、暫時、椎名町の事務所の作業に移動する予定です。
・・とここまでは、You Tubeのaccountのお引越しの報告なのですが、火曜日にvideoの編集作業が終わって、その後、椎名町で斉藤先生がYou Tubeにuploadしたハズなのですが、ハイツのパソコンで、検索しても、hitしないので、寝る直前だったのですが、Titleを変更して貰いました。
勿論、Titleの変更だけで、You Tubeの検索でhitするようになりました。ほんのチョッとした名前の変更なのですが、その違いは大きいのですよ。
その後、夢を見たのだけど、「Kontrabass-concertoの複数の曲を録画しているので、暫時、編集をして、You Tubeにuploadしなければならない。」・・と思い出して、bedから起き上がりました。
「その複数のKontrabass-concertoの曲のdataは、どこにあるのかな??」と随分、悩んだのですが、Kontrabassのconcertoは、そんなに沢山ある分けでは無いので、実はそれは、単なる、私の夢に過ぎないのです。
でも、まことしやかな夢で、夢である事に気付くまでに、時間が掛かってしまいました。
前にも同じ事を書いていますが、夢と現実の差が分からないような、夢を見てしまう事がよくあって、酷い時には、どちらが現実の世界かに、悩んでしまう事が良くあります。
酷い時には、マジに物を探したりします。
「あのdataはどこにあるのだ??」とかね??
・・という事で、この文章を書いている今の私が、実は夢の中の私だったりして・・???
・・という事は、この文章を読んでいるあなたも夢を見ているのですよ。
実は、私はそんな文章は書いていないのだよな!!
怖い~!!
実は、このFacebookの文章を書きながらvideoのcrime-dramaを見ているのだけど、このvideoを再生するのは、昨晩から、もう3回目だよな??
2回も途中で寝てしまったので・・ね??
3回目でやっと、最後まで見れたのだよな!!
それにお粥用の梅干が終わってしまったので、また塩抜きをしなければ・・なりません。
丸々、一日掛かります。
てえへんだ~??
出来上がりは明日の朝の9時頃になるのだよ。
6月26日original楽譜の校訂について ·
私が未だ若かりし頃に、原発を作るための説明会に行った時に、某国立大学の有名教授が「原発の事故は絶対に起こり得ない」と主張していた。
そこで「もしも、事故が起こった時には??」と言う記者の質問に対して、「起こり得ない事に対しての仮定の質問には、答える事が出来ない」と憮然とした態度で答えていたのが印象的であった。
しかしながら、もしも起きるハズのないcatastropheが起こってしまったら、日本の壊滅も有り得るのだよな??
私達に取っては「利便性よりもriskが大き過ぎる」と思えたのだがね??
確かに、「起こり得ない仮定の質問」と言われてしまったら、我々は何も言えなくなってしまう。
それからは、国会でも、「その起こり得ない仮定の質問に対しては回答する事が出来ない」という答えが繰り返えされた。
「流石は東大教授だけあって、上手い答え方をするもんだ❢」
「国策の範疇となる答弁だよな〜ぁ??」と感心してしまった。
だが実際に起こるハズのない事故が起こった時に、その教授は未だ存命中であったにも関わらず、一度も、マスコミの前には立って謝罪はしなかった•••と記憶している。
その頃からかな??
「記憶にございません」とか「仮定の質問にはお答え出来ません」という答えが流行し始めたのだよな??
一昔前だったら、起こり得ない事故が起こったら、腹切りものだったろうにね??
日本人の責任の取り方もすっかり変わってしまった。
まあ、逆の事を言うとすれば、どうでも良い事を、ウジウジとねちっこく追求するマスコミの態度は、傍目には小人的で哀れにしか見えないのだけどね〜ぇ??
Olympicが国民の祭典である事は、別にやぶさかではないのだが、当然、引き起こされるであろうpandemicに対しては、今回は、医師会の反応としては、珍しく「無観客か、Olympicの中止」であるべき・・と主張している・・ように、私は認識しているのだがネ??
「今回は•••」という意味は、前回の原発の時のcommentとは違っていて、academismの中核に居て御用知識人である教授達でさえも反対しているのに、政府sideとしては、断行するようなのだが、後日、「(pandemicのような)起こり得ない事態に対しての対応は、想定外で対応のしようがない」とか言い出すのではなかろうかね??
あたしゃあ、一介の巷の音楽家(Musikant)に過ぎないので、こういう政治絡み、宗教絡みの話は原則として、しない事にしているし、政府のお達しに楯突く気持ちは全く持ち合わせてはいないのだけど、その私が口にしているのは、もし、pandemicが起きたら、教室でも結構大きな影響が出てしまうからなのだよ。
それに、折角、自前の教室でKoncertが出来るようになった※)のだから、9月予定のbaroque-Koncertは無観客でも開催したいのだよな~ぁ??
オリパラが終わった9月には、pandemicになるという予想もあるのだが、pandemicになってしまうと、無観客でも演奏会そのものが出来なくなる可能性もあるのだよ。
それは困るよな??
※)勿論、教室での演奏会は、検見川教室でも、何度か公開の演奏会をやった事はあるのだが、新教室のHallは、検見川教室よりは少し広い。勿論、自治会館よりは、狭いのだが、それでもコロナでなければ、50席は取れる。検見川教室でもpipeorganやCembaloが入っていなかった頃には、50席でFranceのpianistの公開lessonをやった事がある。勿論、ギュウギュウ詰めだったけれどね??
次回予定のbaroque-Koncertなのだが、前回の色々なgenreの曲を集めた演奏会ではなくて、そのmainのthemaを、Pachelbelの作品にする事を考えている。
教室の常設の曲で、教室のthemaの曲でもあるPachelbelのcanonなのだが、私が教室を開いた時代には、Pachelbelのcanonはこんにちのように知られてはいなかった。
というか、baroque音楽自体が未だ、一般的ではなかったからなのだ。とは言っても、未だにcanon以外の曲でPachelbelの作品を知っている人は少ない。
但し、音楽、特にorgelを学ぶ生徒達に取ってはPachelbelはBach同様に重要な作曲家である。
canon以外では、Pachelbelの作品で有名な曲は、orgelの作品であろう。orgel科の生徒達に取っては必須の教材になる。
私がarrangeをしたChaconne in fも彼のorgelの作品の中の一曲である。
その他には、非常に優れた作品である、triosonate等も教室の対外出演で八千代のコンサート等でも演奏している。baroque-dance特有のhemiolaのrhythmが出て来るのだが、LeclairのChaconneと同様に、rhythmのchangeが難しい。
123,1212と拍が変わる時に拍子が変わる・・という意味では無く、体感的なrhythm感が変わらなければならないのだよ。
もう少し身近な曲としてPachelbelのviolinのSonateやCelloのSonate等を探して見たのだが、出版されている楽譜は皆無で、勿論、You Tube等でも全く見つける事が出来なかった。
という事で、netで探し巻くって、何とかPachelbelのSonateと思しき曲を手に入れたのだが、楽譜は羽ペンで書かれている大変古い時代の楽譜のfacsimileなのだが、残念ながら、書いている記譜はPachelbelと同じbaroqueの時代なのだが、それでも、Pachelbelの時代よりは少し新しい時代で、Pachelbel本人の直筆楽譜ではない。
また写譜上の間違いが多過ぎるので、訂正をするには、かなりのstressがある。
VitaliのChaconne並みのmissがある。
私の場合には、作曲者自らの間違いならば、基本的にはそのままにして、間違えたままで、演奏する事を常としているのだから、他人の写譜missであったとしても、訂正をする時にはついつい心を痛めてしまう。
しかし、演奏不能な箇所や、明らかに誤りである箇所に付いては、訂正はやむを得ない。
面白い事には、violinのpartがsoprano譜表で書かれていて、basso continuoのpartが、高音域ではviolinのpartに割り込んで書かれている。
こういった古い時代の楽譜の書き方には、慣れが必要なので、生徒達の勉強のために・・という事でも、チョッと専門的な知識が必要なので、楽譜起こしは、教室の生徒達には無理なのでfinaleの入力教材としては使えない。
また、複数の小節に渡って、和音が間違えている箇所は正しい位置に訂正をしておい
まあ、ハイツに戻って来たのは1時過ぎだったのだが、どうせ、眠れぬままに、Ⅲ,Ⅳ楽章のviolinの楽譜は作ったぞよ。
basso continuoのCembaloのpartはⅢ楽章を半分ぐらいは作ったのだけど、後は楽譜を入力した後での作業とする。
曲のimageが音符に入ってからの方が、arrangeがし易いのでね??
今は朝の10時なのだが、勢いのままに、全楽章の入力が終わった。今日中にtest演奏をしてみるか??
ついでに、梅干の塩抜きが終わったので、乾燥をさせてから、保存する事にする。
これで眠れるかな??
梅干の乾燥が終わったので、普段の梅干を入れているタッパーに入れたのだが、今回は少し多めに作り過ぎたのかな?と思っていたのだが、何と3分の2ぐらいにしか、ならなかったのだよ❢超Shockである❢
毎日、2個は食べているので、すぐになくなってしまったら、また作らなければならない。
面倒くさいのだが・・・ネ??
6月27日ペットボトルを左足の指の上に落とした·
昨晩、6月の26日の夜(土曜日)にはハイツに戻る時に、リュックに荷物を入れている時に、濃茶のペットボトルをいれていたら、左足の指の上にruckが落っこちてしまいました。
暫し、絶句‥!!
余りにも痛いので、お弁当を持って帰るのを忘れてしまいました。
ハイツに戻ったのは、非常に時間的には早かったので、椎名町に取りに戻る事も出来たのですが、すっかりとメゲてしまっていて、それだけの気力はもう無かったので、そのままにしました。
今日は次の日の27日の日曜日の朝です。
恒例の、オケ練習の日なのですが、朝になっても、足の指の痛みが取れません。
逆に痛みは酷くなっているようです。
どうやら、爪が割れてしまったようで、爪の付け根が黒くなってしまっています。
という事なので、なかなかオケのweb−lessonのための準備が出来ません。普段でも、起き掛けでは、体が動かないのに、左足の中指が痛いので、足が踏ん張れません。
時間だけ、どんどん進んでしまって、「web−lessonまでに準備が間に合うのかな?」と思っていた所に、斎藤先生から、「玄関にお弁当を置いているので、悪くならないように、取りに行ってください❢」とのlineがありました。
Bedから起き上がる事や、web−lessonの準備が出来ないのに、椎名町までお弁当を取りに行くのは、チョッと無理難題に思えたのですが、そこは団塊の世代の頑張りで、何とかBikeを走らせて、weblessonの準備も間に合わせました。
昨晩は椎名町の玄関で、ハイツに戻るための準備をして、ペットボトルをリュックに入れている時に、リュックを机から落として、足の指に直撃したのだけど、その直後のサンダルを履く時に、プリのリードが足に絡まって、危なく転倒しそうになってしまいました。
サンダルにプリのリードが絡んだ時に、足の指先の踏ん張りが利かなくて、体を支えられなかったからなのです。
・・・それでもめげないで、昨晩は、ハイツに戻ってからは、Pachelbelのviolin-Sonateの全楽章のCembalo-partを全て書き上げました。流石は団塊の世代ですよね??
パソコンの作業で椅子に座ったままの仕事なので、足の指は関係ないからです。
痛みが持続しているので、そのまま眠れそうになかったからが、本当の理由なのかな??
violinのpartのornamentも、殆ど書いてしまいました。
基本的にはviolinのpartのornamentは、斉藤先生が担当するハズなので、私が書いてしまうのは、余計なお世話かも知れないけれど、まあ、「参考までに‥」と言う事で・・ネ??
Pachelbelのviolin-Sonateのfacsimileの楽譜は、間違いのオンパレードの楽譜なのだけど、一つ一つ丁寧に、間違いを訂正しながらのfinaleへの入力作業なのです。
以前も、VitaliのChaconneの楽譜を、baroque-violinとOrgan用に書きました※)が、この曲も記譜上の間違いが多くて、その訂正はとても大変で、Ferdinand DavidがPianoにarrangeをするまでは、その楽譜に手を付けようとした人はいないし、私もperiodのbaroque-violin用の楽曲としては、校訂編集はしたのだけど、Pianoのversionを作り上げる気までは、ありませんでしたしネ?
PachelbelのviolinのSonateは、元々、Celloのpartに数字は書かれていませんでした。
という事で、最初は、『 bezifferten Baßの書き出し』をしました。
※)baroque時代のviolin-Sonateというgenreの作品は、当時の慣習で、violinとCello(低音楽器)のために・・しか書かれていません。
こんにち、和音を補填する楽器と使用されているCembaloは、当時は一般の家庭には、余りにも高価な楽器だったので、王宮等の場合を除いては、一般の家庭では、鍵盤楽器で演奏される事は無かったのです。(Johannes Vermeerの「virginalの前に座る女」等の作品は相当裕福な令嬢達を描いた作品なので、一般の女の子では無いのですよ。こんにちでもどんなに若くても芸能人の女の子を一般人とは言わないでしょう??)
とういう事で、一般の家庭では、・・それでも非常に高価であった事には変わりはありませんが、Laute(リュート)やguitar(ギター)等の楽器で、和音を補填していました。
当然、各家庭での有り合わせの楽器となるので、作曲家は現代の和音を表すcodeのように、Cello(等の低弦楽器)のpartの音符の上に和音を表す数字を書き入れました。(親切な作曲家はネ??)
それを bezifferten Baß(数字付きBaß)basso continuo(通奏低音)と言います。
何故、『continuo(通奏)』と言うか??というと、melodieの和音を表すために、常に、Baßが必要だったからです。
つまり、逆の言い方からすれば、melodieに和音が必要が無い場合には、continuoは書かれませんでした。
昔の伴奏者の人達は、その数字を見て、即興で和音を演奏していたのですが、こんにちでは、そういった技術は失われてしまって、特別な人達だけが、その技術を習得しているに過ぎなくなってしまいました。
そのために、Cembalo譜を出版社sideで、serviceで作る事になったのですが、それはbaroqueの曲でも、一般的に市販されている楽器のみであって、あまり演奏される事のない曲や、UrtextAusgabe(原典版)等の場合には、baroque時代の楽譜のままに、Cembaloのpartが書かれていない楽譜が出版されている場合も多くあります。
また、Cembalo譜も、基本はbaroqueの音楽はproが演奏するものなので、参考程度にしか書かれてはいない楽譜が殆どで、そのまま、使用出来る水準の楽譜ではありません。音大生達へのあくまでも参考程度としてしか、書かれてはいないのでね??
今回のPachelbelのSonateも、Baßのpartに数字が付けられていないので、手の施し様の無い和声進行のmiss等もあるのだが、まあ、それなりに訂正をして、kritik校訂版を作りました。
そういった曲なので、You Tubeでは演奏した人は、未だに一人もいないし(というか、現実的には出来ないよね??)、楽譜もfacsimile版以外では出版されていないので、この曲が演奏されたら、world-premiereの歴史的な演奏になるのだよな??
演奏は技術的には難しく無いので、比較的に早く一般公開出来ると思っているのですがね??
後は教室とのrotationの問題だよな〜あ??
6月28日学校で学ぶ事 ·
今日は6月の28日・・、7月までは後2日になってしまいました。
昨日のテレビでは気象予報士のおじさんが「今日は雨です。」と言っていたのに、午前中は雨が降らなくって、アナウンサーに注意されて、「午後からは絶対に雨なので・・」と言っていたのですが、練馬区では一度も雨が降らなかったようです。
それに今日は、一体どうした事なのでしょうか??
一転して、素晴らしい青空が広がっています。
今日は絶好の洗濯日和だぞな??
どうなっているのだ??
未だ朝の6時半だというのに、窓辺に置いていた時計の温度計は34°超になってしまっていました。
「これは大変だ!」という事で、慌ててblindを閉めました。
ここまで、見事に予報が外れるのも珍しい。
でも、たかが天気予報が、幾ら膨大な国家予算を使っていて、それでも外れた・・としても、「腹を切れ!」とは言いませんよね??
一般人に取っては、下駄程度の確率でも充分だからね??
アハッ!
「前の山の中腹に雲が掛かったら、明日は・・」という方が的中率は高いのかもね??
昨日のオケ練習では、超簡単な日常に使われている単語や、一般の誰でも知っている常識の問題でweb-lessonが引っ掛かってしまって、予定の時間割り通りにlectureが進まなかったので、皺寄せが最後の曲に来て、困ってしまいました。※)
そういった音楽に関係の無い一般の常識の問題を、改めてlectureする予定では無かったのでね??
まあ、それは何年も昔から、オケ練習の時には「生徒がどの程度私の話を理解しているのか??」という事で、質問をするのだけど、質問に対して帰って来る反応が無いのだよね??
だから、逆に一つの単語に限定して、「この単語の意味は知っている??」と聞くと、殆どの場合、高校生でも知らない事が殆どなのですよ。
lectureとしては、生徒側からの反応が無いと、先生は当然分かっている事なのだと思って、気付かないままに通り過ぎてしまう所なのだけど、今の生徒達は話を何も理解しないままに、表情一つ変えないで、聴いているのですよ。
つまり、先生の言う事を丸のまま覚えて、先生も生徒も分かった気になっているのだよ。
だから、小学生の時にちゃんと学校で学んだハズの事でも、高校生になっても本当は全く理解出来ていないのだよ。
まあ、毎度の事なのだけどね??
※)引っ掛かったのは、常識の言葉の意味や、その言葉自体を説明する事に引っ掛かった分けではありません。
言葉や常識は、先生が説明すると直ぐに分かるし理解出来るからですが、それでは問題の解決にはならないのです。
学校で学ぶ事や、日常の色々な事を「どういう風に学べば良いのか??」という学び方の基本原則が分かっていないから、何を学んでも身に付か無いのですよ。
NHKの教育テレビを見ていると、授業の内容なのですが、本当に分かり易く具体的に説明をしています。
学校の授業でも、そういった風に説明や解説をしてくれれば子供達は勉強にもっと興味を持つと思いますよ。
子供達が勉強をする事に興味を抱かせるような授業をする事を心掛ければ、子供達の非常識な空っぽの知識は或程度は修正出来るかも知れませんよね??
という話をこれまでにも何度となく、小学校の先生や中学校の先生達にもお話をしたのですが、「学校のcurriculumは、そんなに丁寧に子供達に指導出来るようなcurriculumには、なっていない。」「兎に角、scheduleに追われて、説明、所ではないのだ!!」と、言われてしまいました。
私の指導法の場合には、Beyer教則本や初歩のviolinのlectureの時程、丁寧に教えます。
始めての古典派の奏法や、Etudeの練習の仕方等も超丁寧に教えます。それは私が懇切丁寧に教えなくても、自分自身で理解して問題に挑戦出来るようにするために、であります。
初歩の時に、子供達が自主的に練習が出来るようにして、自身で上達出来るようにして行かないと、演奏するだけで、10分以上も掛かる曲をlessonに持って来るようになってから、丁寧にlessonをしようとしても、その説明だけで持ち時間が終わってしまい、lessonにならなくなってしまうからなのです。
生徒が自分自身で練習が出来るようにして、先生は次の曲をone pointのlessonでlessonが成り立つように育てて行きます。
(生徒が超少なくなったし、定期的にlessonをする事が無くなったので、lessonの時間にゆとりが出たので、近頃は、endless-lessonというのを作りました。一人で出来るようになるまで、一日の内にendlessのlessonをする・・という意味です。endless-lessonの時間の長さは、生徒が集中力が切れるまで・・という事なのです。
中学1年の生徒に対しての、初めてのendless-lessonのlesson時間は4時間超でした。休憩を入れたら、その途端に、集中力が切れてしまったけれどね??)
教室の発表会迄のintervalは、大学と同じ半年coolなのですが、生徒の腕が上がって上手になって来ると、生徒一人一人の持ち曲の曲数も多くなってしまうので(通常はbaroque、古典派、Etudeと20曲ぐらいにはなります。)、一回、1時間のlessonでは一曲か二曲しか見る事が出来ません。
だから、発表会迄の半年間の間に、曲を見るのは3回程度になります。それでも、曲をlessonで見れるだけでマシなのです。
曲の多くは発表会までに一回も見ないで、楽譜上で説明をするだけで、発表会に臨む場合も数多くあります。
だから、lessonの時には、必要な曲だけに時間を掛けて、丁寧に見るのですよ。
生徒達に取っても、私がlectureした内容をちゃんと練習してlessonに持って行くのには、ちょうどそれぐらい(2ヶ月単位)が良いのですよ。
生徒を指導する上で一番大切な事は、子供達に夢を抱かせて、その夢を叶えさせるような勉強の方法を指導する事です。
そうすれば、引き籠もりもいじめも、なくなりますよ。
多分??
「学校で学ぶ勉強が如何に実生活の役に立たないのか??」という事なのですが、私の幼稚園時代から大学を卒業する迄、留学する前までの勉強で、私が役に立った・・と思われる事は一つもありません。授業内容以前に、文字の書き方送り仮名や天体のお話、歴史や年代に至る迄、全て私達が学んで来た事と今の子供達が学んでいる事は違います。解釈が時代と共に変わってしまうからなのです。
『学校の授業が如何に現実味を帯びていないのか??』・・というお話をする時に、私が良くその現実的な例としての引き合いに出すのは、私達が子供の頃に学んで来た、所謂、『学校英語』のお話です。
私達が学んで来た英語は、とても勉強するのは難しい事なのですよ。
実際には、私が学んだ高校では、交換留学生が毎年来ているのですが、英語の授業が難しくて、彼らでも学校のtestでは50点が取れるか取れないか??なのですよ。(勿論、100点万点で‥)
しかも、America人の彼らよりも日本人の友人達の方が高得点を取れるのですが、彼らは喋る事も辞書無しで本を読む事も出来ないのですがね??
それなのに、America人よりも、高得点を取れる・・とは、不思議な話だと思いませんか??
日本では大学を卒業するまでに、なんとなんと9年間近く英語を学ぶのですが、その割にはお喋りが出来るようになる生徒は超少ないのですよ。お喋りが出来るようになった生徒達でも学校で学んだから英語が喋れるようになったのではない・・という事は自明の理でしょうかね??
学校の先生達の中には、「勉強したければ塾に行け!」と言う先生さえいるそうなのですが、私には、信じられない事です。
それは、先生達が自分達の義務や権利を放棄した・・としか思えないからです。
先生がそうならば、生徒が勉強に興味を抱く分けはないでしょう??
Europaの大学では、専門の先生の大学での席の空きを待って、事前に先生がlessonをしてくれるかを先生と相談してから、入学試験を受けます。日本のように、大学に入学してからどの先生に振り分けられるかが分からない・・という事はありません。
つまり、人気の無い先生には生徒が集まって来ないのですよ。だから、教授達もclassの生徒の人数を確保するためには必死にならざるを得ません。だから、教授と言えども、生徒の質問には答えられるように、ちゃんと勉強をしているのですよ。
アジアの諸国では小学3,4年生の子供達が黒板も机も無い、土の上の野ざらしの貧しい村の教室での英語の授業だけで、3,4ヶ月もすると、volunteerの先生達と、日常会話は出来るようになるのですよ。
冷暖房の効いた日本の教室でお洒落に授業を受けている日本人の子供達とはえらい違いなのですが、でも、会話力では、ダントツに・・、或いは歴然とした差があるのですよ。
Americaでは3歳の子供でも米語でお喋りが出来るようになるのですがね??
何故、中学生以上の生徒達が6年間も英語と格闘して、お喋りも出来ないし、本も読めないのでしょうかね??
私がドイツに留学した時に、「あなたは何語が喋れますか?」と尋ねられた時に、「英語を少し・・」と答えたら、ドイツ人の友人から「Europaでは、喋れるという意味は、その国の言語で夢を見れる・・、考えられる程度を指すのだよ!」と注意されてしまいました。
日本語で考えて、頭の中でドイツ語に翻訳して、それから喋りをするのは、Europaでは「喋れる」という意味ではないのだそうです。
ドイツ人の大学生達は普通に5カ国語ぐらいは喋れます。
それは、世界の言語がラテン語とギリシャ語にrootsを持っているからなのだそうです。Italia語とSpain語とFrance語は、日本で言ったら、鹿児島の人が秋田県の人と会話するぐらいの感覚かね??
ドイツ語と英語が出来るとOlanda語は喋れなくても、読む事は出来るのだよ!!
つまり、Europaの言語のrootsは、二つの言語しか無いのだよ。
だから、5カ国語というのは、当たり前のお話なのだよ。
私が、ドイツ人の女の子に日本語の5段活用をおしえたら、直ぐに喋れるようになったので、「どうして??」と尋ねたら、ラテン語は7段活用なのだから、日本語はそれよりも簡単なのだそうです。
Europaと日本では、勉強の仕方が全く違うのだよね??
これは不思議です。
それに、中学校の英語の先生が英語はお喋り出来るのかね??
英語を教えてたつきの糧にしているのなら、日常会話ぐらいは出来て欲しいよね??
例え、英語の専門の大学で英語の理論を学んでいたとしても、「お喋りも出来ない」、「本も読めない」先生では、先生としての意味はないのではないのかな??
Nativeの発音・・・とまでは、言わないけれどね??
今のお話は学校英語のお話なのだけど、それはこんにち、学校で勉強しているどの教科でも同じ事が言えるのですよ。
学校の教科は校門を出る事はありません。
それなのに、親や教育者達は子供達の夢を育てる事もなく、成績を上げる事だけを盲進してしまって、子供の出しているhelpを見ようとはしないのだよな。
大人が子供の教育に理不尽を持ち込むと、子供の未来は無くなってしまうのだよ。
しかし、子供がそれで挫折したとしても、それが自分達の理不尽の所為だという事は絶対に認めようとはしないのだよ。
あくまでも自分達は正しくて、目的が果たせなかったのは、子供の資質の所為、子供が努力をしなかった・・という事にしてしまうのだよ。
将来の夢も無く、唯、成績を上げるためだけの勉強を強いられる・・という事は、囚人として、罰としての無駄な作業を強いられている使役でしか無いのだよ。
そりゃ、聞こえませぬ、伝兵衛さん!!だよな??
それを私達は親の身勝手と言うのだよ。
学問だけではなく、芸術の分野でも同じなのです。
学校の発声は日本独自の、academismの権化である音楽大学の声楽の授業としても、違和感のある独自、独特の発声なのです。
だから、私は基本的には小学生や中、高生達の合唱は聴きません。
と言うか、日本独自の浪花節の発声法のような耐え難い発声だからです。
世界の子供達の合唱の大会で、日本の子供達だけが、喉声の甲高い声で歌っているのは、国辱的で耐えられません。
絵画は専門外なので、小学校で指導している芸大卒の人に聞いたら絵画でも同じなのだそうです。
学校の勉強を幾ら積み重ねたとしても実生活では、或いは実社会では何の役にも立たないのですよ。
親や先生達の忠実な子供であって、生徒でもある子供達が、実社会で会社に入って、社会人としての活動が出来ないで引き籠もりになって、その子供達が60歳ぐらいの歳になるそうです。
その人達は、親が死んでしまったら、どういう生活が待っているのだろうか??
暗澹たる思いに襲われてしまいます。
教習所でも車の運転が出来ない先生はいないと思うけれどね??
私が運転免許を取る時には、修理の資格の勉強もしたし、或程度のrallyの運転も習ったけれどね??
ice盤の状態で車がslipした時の対応等も、rallyのtechnikで回避出来るのだよ??
修理のtechnikもrallyの技術も今の車では対応は出来ないけれどね??
今の日本人の子供達の置かれている学習のための社会環境は、異常な環境という事が出来て、社会が子供達の健やかな成長を望んでいる分けではない・・という現状に、非常に危惧を感じているのですが、日本人特有の社会常識という事で、苦しんで欝になっているのですが…、
…今夜も、先生達がオケ練習が終わって、椎名町に戻って来て、食事をしながらのテレビを見ていたら、まさにその私達が危惧している問題のdocumentがテレビで報じられていました。
つまり、「日本社会は貧困に向かっている」・・というthemaでのお話です。
まあ、人生を長く生きて来た私に取っては、デフレスパイラルの経験も、インフレスパイラルの話も、何度も経験して来たお話なので、Gewohnt(ありふれた)なお話しに過ぎないのですがね??
今の教育では、子供達の夢を育てる教育ではありません。
と言うか、子供達は自分の将来の夢がありません。
・・というか、夢を持つ事が許されない社会なのです。
・・それが、結果として、いじめや引き籠もりを産み出す社会現象も引き起こしているのですよ。自分に夢を持っている子供達は引き籠もりもいじめも関係はないのです。自分の人生に忙しいからです。それが大人には理解が出来ないのですよ。
NHKのdramaで「引き籠もり先生」というdramaがあって、時折見てしまうのですが、あくまでもdramaなので、現実的には、そんな簡単なお話ではありませんし、子供達を取り巻く環境は、もっと残酷なものなのです。
俳優という職業は人に対してappealする職業なので、引き籠もりとは真逆の現実です。
それを俳優の人達が「どこまでsymbthyを感じる事が出来るか??」という事でしょうかね??
NHKと言えども、一般大衆に対してのdramaなので、綺麗事にしてしまうのは或程度は、やむを得ないのかも知れないけれど、その子供達の抱えている現実の問題の前提が無いと、本当の引き籠もりの人達からの共感は得れないでしょうかね??
しかし、私達がどんなに、現在の教育に対して啓蒙活動をしたとしても、或いは、子供達に手を差し伸べても、日本の社会では、「社会の常識」という一言でかき消されてしまいます。
日本の「社会の常識」は、世界では「非常識」なのだけど、それを主張しても「日本人で日本の社会の中に生活をしているのだから・・」という言葉で否定されてしまいます。
本当に教育とは不毛の分野なのですよね。
数百年間続いて来た日本社会の歴史的な教育制度は、自然に、或いは民衆が自らの力で得たものではありません。
日本の教育の制度は、私がいつも主張しているように、昔々作られた常識でありmoralなのです。
つまり、特別な人のための目的のために、一般の大衆の‥、子供達の可能性を潰して、為政者のために奉仕する、ロボットのような人形を作る事を目的とした教育制度なのです。
それは徳川家康が日本の覇者になった時に、自分の子供がどうしようもない馬鹿な愚かな子供であったとしても、例えお飾りであったとしても、人の上に立って、それなりの権力を維持出来るような制度を日本の社会に持ち込んで、それを日本の秩序のようにして、封建制の中の世襲制度を確率したのですよ。
つまり、今の日本人達は徳川家康の考えた為政の姿を忠実に守っているのに過ぎないのですよ。
音楽の場合には、音楽大学の教授達が只管守っている家元制度でもあります。それも芸事の世界での世襲制度なのですよ。
それが、北朝鮮のように、或いは中国のように、一国一制度か軍国主義の場合には、国を治めるには、とても都合が良いのです。批判をする人達を自分達で潰す社会は、政治家や為政者達に取っては、頗る都合の良い、理想の国家なのですよ。
明治政府は江戸幕府が作り上げた世襲制度をそのまま使用して、世界に冠たる軍国主義のすめら御國の皇国を目指したのですが、それが実際には、昭和の御代の2次世界大戦まで続きます。
AmericaのGHQが、それが日本が覇権主義になった原因だと判断して、理想的な民主制度の憲法を作ります。
勿論、それは頭の中で作られた理想主義に過ぎないので、現実とのgapに苦しめられる事にはなるのですがね??
つまり、現行の憲法は外国の憲法のように、民衆が血と汗の結晶として得た憲法ではないので、日本人の心の中では、憲法の価値は無く、殆どの一般人は未だ、その数百年前の江戸時代の封建制度の社会の中で生きているのですよ。
お上が政府になったに過ぎないのです。
それが、世界の非常識となる所以なのです。
未だ、朝の8時40分なのですが、顔が火照って来たので、窓辺ではなく室内の時計の温度計を見ると、なんと、29.4°になっています。窓辺の温度計では37°超になっています。
9時前なのですが、練馬区の温度は逆に下がって来て25°になっています。でも、室内の温度計をcheckしたら、相変わらず29°超のままです。
これはてえへんだ!!
老人性の熱中症になってしまうぞぃ??
早速、coolerをつけよう!!
7月4日『proを目指すのは簡単だ・・という意味』 ·
『人生の究極の目標』
音楽に限らず、何かに対しての技術を磨く事は簡単である。
・・・というと、殆どの日本人は「技術を磨く事(習得する事)は難しい」「大変な努力と時間が必要なのだ!」と、反論して来ます。
しかし、技術の習得を困難にしているのは、日本人特有の「無意味な練習の積み重ね」・・所謂、「闇雲練習」の結果なのだ・・と言う事には気付かないのだヨ❢❢
学校の勉強を長時間して、(学校で勉強をして、それから塾に行って、家に帰ってからも、更に勉強をして、)・・・毎日毎日、1年365日その繰り返しをして、その膨大な時間の積み重ねの結果は、・・結局、その勉強は、何の役に立っているのだろうかね??
世間一般の人達の人生では、高校に入学する事、大学に進学する事が人生の究極の目的・・になっているのではないのだろうか?
本来の人の人生は高校のたった3年間や、大学での4年間を卒業して後の・・、40年、50年と・・延々と続いて行く、長い長い人生を如何に暮らすか??と言う事に、本来の目的があるのだよ。
人は、たかだか3,4年間に過ぎない高校や大学のために、その後に控えている自分の長い長い人生を犠牲にしている・・と言っても過言では無いと思うのだがね??
本当ならば、「自分は生涯をどういう仕事をしたいのか??」という事を決めて、それに対応した勉強を中学や高校で、するのならば、誰もが、親や学校の先生に強要される事もなく、自分自身で勤勉に勉強をする事が出来るのだよ。
だって、自分のための勉強ならば、誰でも一生懸命に成れるハズだからね??
それに同じ努力をしたとしても、人生の目的のための勉強と、ただ単に大学に入るための勉強では、その意味は全く変わって来るのだから、そのqualityも全く違って来るのだよ。
『何故、子供達は勉強をしなければならないのか?』という意味の本来の意味を社会は知るべきなのだが、残念ながら、勉強で得られる事の重要性を気づくのは、大学受験が終わって、社会人になって、人生が安定してからの事なのだよ。
人間は生涯の究極の到達点への列車に最後に乗り換えた時に、初めて、自分の生涯でなすべき事に気づくのだよ。
本当ならば、目的地に行く列車に乗り換える前の列車で、・・・否、人生を歩む最初の列車に乗る時に、その列車の目的地を見て乗るべきなのだが、その目的地に至るための人格を形成する最も大切な時期は幼少期であり、矛盾した事に、無目的の時代である、小中学生ぐらいまでの学習が、その人の全人生となる将来の人格を形成してしまうのだよな??
そういう人生の重要な時期である幼少期なのだが、ところが、人が、自分の過去の生い立ちを振り返って見て、自分自身で幼少期の自分の努力の姿を把握(認識)出来るのは、或程度の人格が形成された後の時代になるので、多くの人達は(人格形成に最も重要な時期であった)小学生や中学の低学年迄の記憶を持ち合わせてはいないのだよ。
つまり、それまでの人格の形成は本人の意思では無く、親や子供を取り巻く周囲の教育への希望(環境)に寄る事が殆どなのだからなのだよ。
幼少期の教育こそが、その人の全人生を決定すると言っても過言では無いのだが、それを子供達から感謝される人達は極めて少ない。
それは、未だ子供の人格が形成されていない時期なのだから、その時期の記憶が定かでは無くても、当たり前の事なのだからね??
ましてや、その頃に自分の人生を決定付けてくれた自分に取っての最大の運命の人を覚えている人達は超、少ないのだよ。
産まれてから当然のように、自分自身の考えで、目的に向かって歩いて来たと勘違いをしているのだよな??
その原点を知っている人、良く理解している人達は強い。
rootsを知る事が目的に辿り着く事でもあるのだからね??
『学ぶべき人』
運良く、自分の夢に突き進む事が出来たとしても、ダメな先生に師事してしまうと、その子供の人生はその時点でどんなに努力をしても、将来は無い。
つまり、proを育てた経験の無い先生にproを育てられる分けはないのだが、もっと難しい事は、proを育てる事の出来る先生が幼少期、少年少女時代の子供達を育て教育する事はマズ無い!!
特に日本の音楽界では、最も大切な人格を形成する中学生までの時期を育てる先生が、一流の先生である事は有り得ないのだよ。
つまり、proを育てる事が出来る教育者は、中学生以上の生徒しか指導しないのだ。
でも、それでは、子供達がprofessionalに成れる事は無い・・と言う事が、一般の人達には分からないのだよな??
日本の音楽界では幼少期の子供達や小学生の子供達を潰さない先生・・程度が良い先生とされるのだよな??アハッ!
『闇雲練習』
世界に冠たるviolin-methodeの先生の講演に出掛けた時に、その先生が「10回練習して出来なければ、100回!100回練習して出来なければ、千回練習すれば良いのです。」と言っていたのだが、周りの先生達や保護者の人達は、歓声を上げて賛同していたのを目の当たりにして、異人種である私は、その場にいたたまれず、小さくなっていた。
私のmethodeでは『10回間違えて練習をすると、10回分下手になって、それを0に戻すのには、正しい練習を10回しなければならない。』という理論だからだ。
だから『10回間違えて、10回合格ならば(±)0回練習した事になる』のだよ。
その世界に冠たる**先生とは根本的に考え方が違っているのだよな??
言われた練習法を無意味に無限に繰り返し練習するのでは、なかなかその技術の習得を達成出来ないのは当たり前の事なのだが、実はその儒教的な教育法は、昔の為政者が自分の子供を世襲させる時に、無能な子供に対しての権威をより高くさせるために、作り上げたmethodeなのだよ。
一つの技術を容易には習得出来ないようにする事に寄って、権威付けを得る事が出来るのだよ。
つまり、「proとはこんなにも難しい事が出来るからproなのだぞ!!」・・と言う意味になるのだよ。
逆の言い方をすると、いとも簡単に難しい技術が習得出来るのならば、その技術自体が簡単な物になってしまって、指導者の権威は失墜してしまう。
簡単に得た技術に、人は価値を見出さないのだよ。
それがどんなに凄い技術であったとしてもなのだ。
ど素人の人達は、凄い技術であるか否かは、その習得の難しさで判断するのだよ。だから、技術習得が難しければ、その技術は凄い技術になって、簡単に習得出来れば、それは簡単な安っぽい技術になるのだよ。
だから、その技術に一番価値を持たせる方法とは、無意味に時間を掛ける練習法なのだ。
それを『闇雲練習』と言うのだ。
『闇雲練習』とは無意味に無限に、ただ単に機械的に只管練習を繰り返すに過ぎない練習なのだよ。
Pianoを練習する子供達が・・、というか音大生達を含めても、自分が弾いている音を聞く事も無く、ただ、無意識に指を動かして、それで練習をした気になっている。
それを私達は時間の無駄と呼ぶ。
だから、逆に「何故、それが難しいのか?」「どういう風に練習をすれば、簡単にその技術を習得出来るのか?」を冷静に、客観的に、論理的に、分析して、判断して、練習法を組み立てる事が出来れば、100回練習しても習得出来ない難しい技術を、否、千回練習しても、習得出来ない技術を、たった5回、10回の練習で克服、達成出来るのだよ。
それが芦塚methodeの時短のtechnikのなせる技なのだが、日本人の音楽家は練習をするにしても、そこの「何故??」の工夫が無いだけではなく、「どうしたいのか??」「どう弾きたいのか??」の目標さえも無いままに練習をしてしまうのだよ。
もっと、言うならば、練習している音を聴いてさえもいないのだから・・??
最初から、目標の道を選択しないのならば、目標に到達出来る事は無いというのは、当たり前だと思われるのだけど、それが一般の人達には分からないのだよ。
目標の無い間違えた練習を無意味に無駄に繰り返す事を、私は闇雲練習と呼んでいるのだよ。
それでは成果が上がる分けは無いのだけど、それが一般大衆には分からないのだよな??
まるでBrueghelの「The Parable of the Blind」だよな??
宿題は自宅で学習をする癖を付けるために出すものらしい。
ある子供がその宿題を学校の休み時間の10分で終わらせてしまった。家に戻ったら練習に専念したいからなのだがね??
先生は生徒に罰として、1時間でも終わらない量の宿題を課した。
その生徒は勉強が嫌いになって、宿題も無意味に時間だけを掛けるようになったのだよ。
建前の分からない純な小学生なので致し方は無いのだけどね??
恐ろしい先生もいるもんだよな??
私から見たら、1時間掛かる宿題を学校の休み時間で10分で終わらせられるのならば、家庭で勉強しないで遊んでいても満点を上げるけれどね??「10分で終わるのならば課題を増やす」というのは、理不尽じゃあないのかな??どう思う??
つまり、こういった「時間だけを掛ければ良い」という効率を無視した闇雲練習が日本の社会の中に教育制度として、入って来るのは、徳川家康が江戸幕府を作った時からであって、本来の日本の社会には無かったものなのだよ。
つまり、日本の歴史の中でも、特に、群雄割拠の戦国の時代には、技術を磨く事が自分や家族を守る事であり、敵を倒すための兵法も実に合理的で論理的で、科学的なものであった。
秀吉が、3日で城を作った・・という話があるが、誰もが「そんな事は不可能だ」・・と思った時に、作るspaceをそれぞれの大名の職人達に細かく分断して与えて、それぞれのgroupがそれぞれの場所だけを作るのならば・・可能である・・という事は現代の建築の工法でも、そのまま応用されているのだよ。
それを合理性と言うのだよ。
戦国時代に『100回練習して上手くならない時には、千回練習すれば良い』・・という考え方の武将では、一瞬で滅ぼされてしまうだろうよ。
本当の戦いの世界では、一瞬の油断や奢りが命取りになるのだよ。第二次世界大戦を見ても、根性論ではなにも始まらない事は分かったハズなのだが、未だにそういった根性論がまかり通っているのは、驚きであるし、歴史に学ぶ事が出来ない日本人達と言う事なのだろうかね??
同じ日本人でも、江戸時代以前の本来の日本人達である武人や武将達は、徹底的に無駄を省いて、最小限の力で最大の効率を上げる事に人々は工夫三昧をしたのだよ。
「工夫三昧」をするという事は、同時に「時短」をするという意味でもあるのだよ。
徹底的に無駄を省くという兵法の極意は、現代の時短のtechnikでもあるのだよ。
そこに『10回練習して出来なければ100回』という理屈は存在しないのだよ。
世襲制度は、「何も変えない」・・「何も変わらない」・・という前提と目的のためにあるのだよ。
だからほんの一瞬でも隙を見せると滅ぼされてしまった、乱世には、そんな『闇雲練習』的なものは存在しないのだよ。
そもそも、この古い日本語・・禅語の「工夫三昧」という言葉に練習法の極意が表されている。
考案を工夫三昧する事・・これが日本の禅methodeの方法論である。
『proとは優れた技術を持っている人達の事を指す言葉ではない❢』
工夫三昧の技法は、技術習得のtechnikに過ぎない。
proを目指すのは、技術では無く、意識のlevelでその人がとのlevelまで、達成出来るかが決まるのだよ。
例え非常に優れた技術を得る事が出来たとしても、それは、単なる演奏表現をするための技術に過ぎないのだから、音楽は表現なので、その表現が伴わないと、proになれる分けでは無い。
proとは、技術を持ってprofessionalと言うのでは無く、proとしての意識を持って言うのだから・・・・なのだ。
(これは結構、誤解している人達が多いのだが、技術の未熟なproはいる分けは無いのだよ。proと呼ぶからには完璧に技術を持って、その上に成り立つのがproの水準なのだからだよ。
自称ならば、結構未熟なproと自称している人達も居るのだが、そういった人達の事を我々はproとは呼ばないのだよ。)
proに成れるように、proとしての考え方を生徒達にlectureするのは難しい事ではない。
私が良く例えるのは、綺麗なお気に入りの衣装のお話である。
純白のドレスに、一点でもシミが付くと非常に気になるのだけど、作業の衣装や、運動の衣装に泥やシミが付いても気にならないのは当たり前である。
自分の音楽を一点のシミも無いようにするのか、シミだらけでも気にならないのかは、演奏する本人の意識の問題なのだよ。
だからシミが気になるようになれば、(一点のシミでも許せないようになれば・・)proになる下地は出来ているのだよな??
でも、その意識を自分のものにする事が出来るのか否かは、本人自身や家族の選択にある。
今の日本の社会では、お金さえ出せば、何の苦労も無く、なんでも自分のものに出来るという風に思い込んでいる親達が多いようである。
しかし、戦後間もない私達が子供の時であった時代では、未だ日本の社会は世界に対しては閉鎖的な社会であったので、そう言った旧態然とした学び方でも良かったのかも知れない。
しかし、今の日本の社会は、世界と共存しているglobalstandardの世界の中の日本に過ぎないのだよ。
むかし、私達が地方の田舎町から、東京という日本の文明化された首都を見ていたように、今の子供達は世界の中で極東の果にある日本に住んでいるのだよ。
だから、「浮かれまくったバブル期の日本の姿はもう何処にも無いのだ」という事が、未だに分からない日本人は滅びて行くのに過ぎないのだよ。
今の日本は既に三流の国なのだけど、今の大人達は未だそれを認めようとはしない。
だけど、今の子供達が大人になって、社会で仕事をしようとする時には、日本の社会は・・・どうなっているのかな??
その時に、「一流の大学に入学しないと、一流の企業に入社出来ない」・・とか言えるのかな??
もしも、そう思っているのならば、時代錯誤も甚だしいのだよな?
今現在でも日本にある大手企業で、日本での就職試験で日本人を一人も採用しない企業すらある・・という事をご存知無いのかな??一流企業を目指す日本人の学生達は一流の大学を卒業しているのかも知れないが、人材としては鉄板で焼かれたたい焼きのように、同じ型で面白みが無いのだよ。今、企業が求めている人材は個性のある創造性に優れた人材であって、勉強の出来る人材では無いのだよ。
人生は多様な道に溢れている。
そこで人は、選択を強いられる。
あれも、これも・・と、道に迷う者は、もう既にproにはなれない人なのだ。
揺るぎ無い信念を持つ人だけがproの道を歩む事が出来るのは自明の理である。
何を悩んでいるのだ??
道は目の前に開けているのに・・??
右へ行くか、左へ行くかの選択肢だけだろうが??
『頑張ったのに、報われないかった人達・・』
proを目指して頑張っていたのに、proになれなかった・・と言う人の話を時折聞く。
可哀想な事だが、小さな子供の内から、proを目指して頑張ったのにproになれなかった・・という人達の原因と理由は殆どの場合には、決まり切っているのだよ。
それは『正しく学ば無かったのか?』或いは、『目標がズレていたのか??(違った道を選択したか??)』・・なのだよ。
『師の選択』
日本の音楽の社会では、「proになろう」とする人達は権威のある大学の教授に師事する分けなのだが、Europaでは、必ずしもそうではない。
いつも言っているように、Europaでは大学に生徒が入学するのではなく、指導してくれる先生の元に弟子入りをするのが、普通なのだからだ。
proを育てる事の出来る先生の所には、世界中から生徒が殺到し、その先生に見て貰えるようになるまでは、7年間ぐらい待つ事は普通なのだよ。
また、その先生が必ずしも、一流の演奏家である事も、有名な大学教授である必要も無いのだよ。
academismは一般の水準を向上させるのには意味があるのだが、proを育てる事は出来ないのだからなのだよ。
具体的に例えて言うとすると、料理教室ではproの料理人は育た無いのだよ。
だから一流のシェフを目指す人達は一流のシェフを探して弟子入りをする。
二流のシェフに弟子入りした人は二流のシェフにしか成れないのは当たり前の話だ。
『目標の間違い』
日本ではマスコミに持て囃される事が一流になる・・という勘違いがある。
一流のproとは歴史に名を残す人の事を言うのだから、マスコミが作り上げたものを一流とは言わないのだよ。それはtalent演奏家に過ぎないのだから・・ね??
brandは企業が金銭的な価値を保証している保証書のようなもので、作品としての価値は、どんなに高価な物であったとしても、あくまでも無数の人達がpartsを組み立てた量産品に過ぎないのだよ。
brandの作品は、芸術家が魂を込めて作った作品では無いのだよ。
そこの価値観が分からない人達が、proに成れる事はないのだよ。
本当の本物の価値が分からない・・量産品と芸術作品の違いが分からない人が、自分自身をproに育てられる分けはないでしょう??
まあ、マスコミで有名になった人と本当の偉人の違いが分からない人がproに成れる分けがない・・という事は、至極、当たり前の話なのだけどね??
『正しい選択』
自分をproに育ててくれる先生を探すのは簡単である。
つまり、その先生の元からproの生徒はだれが育ったのか??という事を調べれば良いだけなのだから・・
日本でも、それぞれの分野の先生で、proを育てる事の出来る先生は数人は居るのだよ。
しかし、そういった実力のある先生は、必ずしも一流の大学の先生では無い場合が多いのかも知れないよね??
それは何故って??
だって、音楽の本質を追求していくのがその先生の究極の目標であるのならば、その先生が、肩書きや地位を求める暇や興味は無いからなのだよ。
偶然、大学で指導していて、成り行きで教授になったとしても、それで自分が変わるような先生では大した事はないからね??
地位や肩書きに物を言わせない、本当に実力のある先生を探すのはEuropaでは結構簡単なのだけど、日本では容易ではないかもね??
何故??って??
音楽そのものが、異国の文化の物なのに、技術だけを追求して音楽を求めて来なかったからなのだよ。
だから、居たとしても日本で音楽の勉強をしている先生は非常に稀なのだよな??
駱駝を針の穴に通すように、大海の砂浜で一粒のdiamondを探すぐらいに難しいのかも知れないよね??
頑張って探さなければね??
7月5日『やっぱり、Officeが修理出来ていなかった!!』 ·
『寒い!!』
今日は7月5日の朝の7時を過ぎた所です。
折角、toilet−timeに起きたのだけど、もう、7時過ぎなので、ついでに「朝の仕事を始めようか?」と思った所なのですが、余りにも部屋の中が寒いので、早々に布団の中に戻った所なのです。
「余りにも寒い!!」と言う事で、「今日の気温は、きっと10°台だよな〜あ?」と思って携帯を開いて練馬区の気温を見たら、何と、昨日の20°よりも更に高い、21°でした。
体感温度と実際の温度が全く一致しません。
・・「では、湿度は?」と思って確認すると、何と湿度は96%で湿度100%も目の前という感じなのです。
「では、室温は??」と思って、部屋毎の室温を見てみたのですが、各部屋とも、24°台で、それなりに暖かく・・逆に空気を入れ替える事が必要なぐらいです。
しかしながら、そうは言っても兎に角寒いので、「体調不良が原因なのかな??」と言う事で、体温計を出して計って見たのですが、確かに体温は、35.7°と低いのですが、普段の体温もそれぐらいの時が多いので、殊更「体温が低い」とか、逆に「熱がある」という状態ではありません。
体感的にも「熱っぽい!」と言う事はありません。
血圧も97と低いのですが、普段もそれぐらいの時はザラなので、問題はありません。
という事で、寒く感じるのは、体調不良が原因では無いようです。
取り敢えずは、仕舞い忘れていた、冬物の寝巻きを着込んで、対応する事にしました。
近頃は、実際の気温と体感気温が一致しない事が多いので、困っています。
薬局の薬剤師の先生に、「老人になると、体のsensorがおかしくなるので気を付けるように!!」と注意されているので、環境と体感を一致させるように、気を付けているのですが、こんなにもズレてしまう事があると、「体感と実際の気温の、どちらを信用して対応すれば良いのか??」困ってしまいます。
そろそろ、周りに人達から老人と言われている人達は、どうなのかな??
実際の環境と体感のズレはあるのかな??
10時頃になって、お腹が空いて来たので、お弁当を食べたら、暑くなって汗っぽくなって来ました。
結局、体が起きていない・・低血糖症の症状だったようですね??
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『wordとExcel が・・というかOfficeが修理出来ていなかった』
昨日は、Officeの修復作業を主にやって、何とかonenoteでword、Excel がパソコンの中では開くようになりました。
夏休みのコンサートの企画書を斉藤先生が書いて送って来たので、checkをしようと思って、lineでを送って貰ったdataを開いたのですが、onenoteでしか開きません。
checkの赤入れをして、lineで送り返したのですが、やっぱり開かないようで、再install出来たと思っていたwordやExcelはやっぱり、が死んでしまっています。
パソコンの設定画面から再installを試みたのだが、何度試みても上手く行かないので、自分で修理するのは、諦めて、いつもの通りにDellのsupportにnetでsupportを受けようとしたのだけど、support-centerのaddressがなかなか開かないのですよ。
何とか、色々と試して見て、やっと、supportに連絡が取れて、supportを受けようと思ったら、今回のchatは、lineのchatになっていて、混んでいて随分待たされてしまいました。
何とか、パソコンのservicetagをlineで入力して、自分の順番を待っていたら、supportの画面では、自分が試みた設定画面と同じ設定画面に導入されて、同じ、再installのPageに入って、同じPageからinstallしたのですが、不思議な事に、自分で同じ事をやっても出来なかったのに、DellのPageから、同じPageに入ったら、今度はちゃんとinstallが出来たのですよ。
不思議だ!!
同じPageなのに、自分のパソコンからはinstall出来なくって、DellのPageから入ると、install出来るのだよな??
・・・まあ、終わり良ければ・・・という事で、何とかOffice全般も修理出来た。
・・・でも、自分の試行錯誤も合わせると、たかがOfficeの再installに2日も掛かっているぞ??
やっぱ、パソコンの修理はてえへんだ!!
・・と言うか、いつも上手く行かないのは、finaleとOfficeのsoftだけなのだけどね??
それが私に取っては、mainの作業になるので、どうしようも無いよな??
7月5日『おお、無慈悲なる時の女神よ!!』 ·
人間が神から貰った物の中でも最も大切な物は時間であろうか?
つまり、人は時の女神から与えられた定められた時間しか持っていないのだから・・・。
しかも、その時間は余りにも、万人に等しく、・・平等では無い。
ある者にとっては、余りにも短い命しか与えて貰え無いのだよ。
「もっと、生きたい!」と願い切望しても、時の女神の刃は無慈悲に振り下ろされるのだ。
長い間の封建制度の社会の中では、・・或いは、現代に於いても然りで、共産主義社会においては、或いは、独裁国家に於いては、人の自由は公共性という名の下に、極端に制限されている。
「その時間を如何ように使うか??」が個人個人に任されている社会は、現代に於いても極めて珍しい、得難い世界なのだよ。
しかし、人間はそういった社会の中で育つと、それが当たり前になってしまい、その価値すら、分からなくなってしまうのだよ。
つまり、こんにちの社会でも、自分が自由に時間を使えるという事は、極めて貴重な事なのだが、そういった社会に暮らしていると、その価値を知る人、認めている人は極めて少ない人なのだよ。
一般の社会で、生活をしている人達の中では、その時間の使い方を、大別すると、二つに分類出来ると思われるのだよな??
「自分の人生だから、享楽して自分のために使う」という考え方の人であるか??
それともまたは、「人のため、或いは社会のために使う」というtypeの人であるか??・・のいずれかの二つに分類される。
中間的な日和見的な人間が極めて少ないのは、その行き方の違いが共有出来る部分が非常に限られているからである。
また、社会学的な分類としても、自分のために時間を使う事と人のために時間を使う事は、消耗活動と生産活動の違いに該当するからなのだよ。
時間を浪費出来る人にとっては、その時間はその人の余剰時間である・・と言える。
消費活動であろうと、生産活動であろうと、その時間が足りない人達には余剰時間(浪費出来る時間)は無い。
仮にある人が消費typeの人であったとしても、浪費のための時間が無い人達の場合(余剰時間がない場合)には、時間を浪費出来る事は無い・・と言える。
浪費に憧れながら、勤勉に人生を送る人達もいる・・という皮肉な運命の悪戯なのだ。
または、勤勉に人生を送る人達が、その労働の責務から一時期の安らぎを得るために、時間を浪費する事もある。
その場合、その時間の浪費が非生産的な活動であったとしても、精神的には有益な時間の浪費であって、生産活動に対しての当然の対価として与えられる非生産活動である。
つまり、浪費は価値観であって、その浪費から何かを得る事が出来ればそれでも良いからである。所謂、+を+にするための-という事である。
浪費が問題になるのは、その浪費が何も産み出さない場合である。
こんにち、国家的に問題になっているのは、gameの問題である。
gameは国家的な損失にまで発展しているのだが、熱中し過ぎて、一旦、game脳になってしまうと、もう普通の生活を送る事は出来ない。完全な廃人になってしまう。
そこまでは行かなくても、大人の引き籠もりを助長しているのもgameである。
無為に時間を費やすにはgameは最高の武器であるからである。
親は子供に何とか勉強をさせようと、勉強の対価としてgameを許してしまうが、親が期待するのは、気分転換としてのgameの時間である。
しかし、それは親の考える程の成果は無い。
何故ならば、気分転換は、同じtableの両端でなければならないからである。
気分転換上の一番の問題点は、一度集中力を失うと、その集中力を取り戻すのは容易ではないからである。
気分転換のために、集中力を失ってしまうと、次にもう一度勉強しようと思っても、元の集中力に戻るのは容易ではない。・・・というか、殆ど不可能に近い。
ゲームは単なる娯楽であり、非生産活動に過ぎないのだよ。
時間を持て余している人達がgameをするのだ。
仕事をちゃんとしている人達にとっては、気分転換としての時間にgameは必要では無い。
気分転換でもっとも大切な事は、その集中力を持続しながら気分転換をする事なのだよ。
私の場合には、仕事に直ぐ飽きて、集中力が切れるので、気分転換は別の仕事をする事にしている。
そうすれば、集中力のNiveauが下がる事は有り得ないからである。
仕事には到達点がある。
そのNiveauは仕事をする人の意識に寄る。
ゲームの到達点はそれを作ったcreatorの準備した到達点でしか無いのだから、creatorの手の内で踊らされているのに過ぎないのだよ。
私にとっては、それはかなり自虐的な光景にしか見えないのだがね??
私は先ず第一に、gambleが大嫌いである。それに、自分でやらなければならない事が多過ぎて、game等をやるだけの時間も無いし、価値も見いだせないのだよ。
gameは時間を無限に持て余している幸せな人達のものなのだよな??
人間は、元来、時間の大切さ、時間の有り難味を、分かったうえで、更に人はその時間をどのように使うかを求められる。
時間には、相互依存の問題がある。
Europaの社会、Americaの社会では、家庭内であっても男女の自立が言われているのだが、日本の場合には、相互依存が未だに主流なのだ。
だから「家族のために・・」という事で、自分の価値感を家族に押し付ける事に寄ってしか、自分の存続価値を見いだせない人達が多いのだ。
7月7日『大変嬉しいご報告です。』 ·
19年の風戸美伶ちゃんの学習院の卒演でのオーケストラのオケsoloでの、BruchのKol Nidreiの演奏に続いて、20年には、美紀先生が彼女の所属しているクレイドル・オーケストラでRakhmaninovのconcertoのsoloの演奏しました。
21年は残念ながらコロナで、世界中の全ての演奏会が取りやめになってしまいましたが、来年の22年には岡村智子ちゃんが千葉大学の卒演でChopinのPianoconcertoⅠ番e
moll Op.11の全楽章を弾く事になりました。
まあ、それまでにはコロナも、或程度は収束していると思われるのでね??
演奏会の予定は、一応、3月頃の予定なのですが、正確な予定日は未だ未定です。
未だ練習にも入っていない・・というか、目下、教室でorchestraのscoreとpart譜をversionを決めて、発注する予定の段階ですからね??
『versionを決めて・・』という意味は、二つあって、その一つはChopinはご存知のようにPianoの作曲家なので、オーケストレーションには、不満がある人達が多いので、それを訂正したversionが出版されていて、そのversionで演奏するオケも多いのです。また、楽器が古い楽器で書かれているので、それを現代の楽器用に書き直す必要もあるからです。
古いChopinの書いたままのversionを一般的にはhistorical Editionと言って、基本的にはBärenreiter Urtextで出版されているversionと殆ど同じです。
私は、あまり新しいversionは好みでは無く、orchestrationが多少ぎこちなくても、Chopinのoriginalのeditionの方が好みなので、そちらを発注する予定です。
Chopinのconcertoのpart譜は、historical Editionも新しい編曲のeditionも、どちらも著作権の関係で、rentalの楽譜になります。
その分、後で請求される著作権の使用料と演奏料も含まれるので、楽譜代としては結構高いように思うのですが、教室の発表会でも後日日本著作権協会から請求書が来て、毎回払っているので、それは同じです。大学や公共の学校等では演奏会に対しての請求は無いと思ったのだけど、そういった雑用は今までした事が無いので私も詳しくはありません。
なにせ、一昨日の深夜に牧野先生からその話を聞いて大慌てで出版社を調べて、楽譜の取り寄せの準備をしている所なのですから、それ所では無いので・・ね??
全楽章演奏するとなると41分の大曲で、Ⅰ楽章だけでも20分掛かりますので、大急ぎでorchestraの楽譜を取り寄せたりしながら、練習を開始します。
ⅡⅢ楽章も、それぞれ10分掛かる大曲なので、balance良く練習の予定を決めないと・・ね??
1番となっていますが、作曲年代は2番よりも後に作曲された曲で、Chopinの20歳の時の音楽大学時代の作品で、後で作曲された分、演奏技術は難しいです。
勿論、初演はChopin自身の手に寄って行われました。
写真、1枚目、2枚目は風戸美伶ちゃんの学習院での卒業演奏会の風景です。曲はBruchのKol Nidreiです。
3枚目、4枚目は萩元美紀先生のクレイドル・オーケストラでの演奏風景で曲はRakhmaninovのPianoconcertoです。
演奏風景のvideoは、対外出演なので、当然、教室主催では無いので、教室には無いし、またuploadも出来ません。主催者sideでは、You Tubeにはuploadしているのかな??
智子ちゃん、全楽章ですか?
すごいですね🎶
クレイドルは来週末、1年半ぶりのコンサートです。
Ⅰ楽章だけで20分、Ⅱ,Ⅲ楽章もそれぞれ10分づつで、合計40分の超大曲です。
譜読みが大変だ!!Pianoの楽譜立てに楽譜を乗せると、音符が見えないのだよ!!
メガネも合っていないしね??困った!!
cradle は今回もviolaですか??
頑張ってください。
詳しい事はまだ聞いていないのですが、四日市の教室の葛巻しおんちゃんもジャズ•ミュージカルのメリー•アーティスツ•カンパニーのオーディションに合格して、10月と12月の公演に出場するそうです。私に取っては、畑違いなので、よく分かりませんが、しおんちゃんは八千代の時も応援で参加してくれました。今も現役のweb−lessonの生徒さんです。
7月7日『余計なお世話のOneDrive』 ·
昔々は原稿用紙・・というかmemo用紙に文章を書いて、その文章を推敲をしたのだが、その文字を書くnoteとなるsoftは色々とあって、人それぞれなのですが、私達の場合にはOfficeからwordを使って文章を共有する事が多いのです。
まあ、いつものように、wordで書いた文章をwordの拡張子のままにlineで送ろうと思ったら、urlにdataを書き換えられてしまって、相手側で開かなくなってしまった。
要するに、OneDriveが勝手に保存先を決めて、cloudに保存してしまうから、securityに引っ掛かってしまうのだよ。
共有は、パソコンをmainに作業している人達に取っては、そんなに簡単な事ではないのだよな??
実際には古いnoteパソコンで仕事している人達も多いので、onedriveを持っていない人達も多いのだよな??
椎名町のmainのパソコンは、結構、近場で新しく購入したパソコンなので、新しいOSのパソコンなのだけど、その新しいパソコンであるハズのパソコンでも、ハイツで保存した文章を、urlで送っても、椎名町のmainのパソコンで開かないのだよ。
椎名町のパソコンは最新型のパソコンなので、開くハズなのだけど・・・
wordを従来のwordの拡張子で保存すれば、共有しないでも、普通に開く事が出来るのだけど、wordで書いた文章がwordの拡張子での保存が出来ないのだよな??
netで調べても、共有の設定のやり方が出て来るだけで、wordの拡張子で保存する方法が出て来ないのだよな??
という事ならば、そのまま、OneDriveのままで保存すれば良いと思われてしまうかもしれないが、このonedriveで、もっと私が耐え難いのは、文章を推敲する度に、新たに文章が作られて保存されてしまうのだよ。
つまり、文章を開き直す毎に、文章(1)文章(2)文章(・・etc.)という風に保存されてしまうのだよ・・・な??
俺が望んでOneDriveを入れた分けでは無いので、腹立ってしょうがないのだよな??
面倒くさくなって、OneDriveをuninstallしてみたのだが、OneDriveがonenoteに変わっただけで、文章そのものは改善された分けではない。
OneDriveって、何のmeritがあるのだよな??
理解に苦しむのだけどね?
まあ、半日掛かった挙げ句に、urlで保存するのは諦めて、そのurlをwordの拡張子でcopy保存する方法を見つけた。
urlに保存されるのは諦めて、それでも何とか、docxかdocの拡張子でパソコンの上に、保存する事が出来たので、やっとlineで送れるようになったぞよ。
まあ、文章が際限なく増えて行く事には変わりは無いのだが??
netでは、urlで保存しない・・OneDriveを使わない旧来の方法にする設定の仕方が書いてあったのだけど、ハイツのパソコンでその画面を開いても、その設定画面にならないのだよな??
自分成りにパソコンの設定を変更してみたのだが、出来無かったのだよ。
結局諦めてしまった。
過日、パソコンをぶっ飛ばしてからの以降の話で、パソコンが復帰出来たら、パソコンの設定が変わってしまったので、自分で新しいversionに変更した覚えは無いのだけど・・・ねぇ???
7月8日Paderewskiの演奏·
どうでもいいけれど、Polandの初代大統領の演奏風景です。Paderewski氏ですが・・
チョッと映画っぽくって、ザーとらしい所もありますが、当時の音楽映画は殆どが映画仕立てでした。ザーとらしいのは、それが普通だったのですよ。
また、Paderewski先生のLisztのカンパネラは秀逸です。
演奏以外には、Chopin全集の編纂や、自身のconcertoの作品等もYou Tubeで聴く事が出来ます。そういった音楽活動のついでに、ポーランドの初代大統領も努めたのだよね??
どこかの国の総理大臣とはえらい違いだよな??・・とは言わないけれどね??
7月10日『scorereading』 ·
München時代の思い出なのですが、友人が大学のconcerto-soloに選ばれて、MozartのPiano-concertoの練習に付き合うように彼女から頼まれてしまいした。
orchestraのscoreを見ながら、オケのpartを弾きながら、lectureをしていたのですが、とても美しいmelodieを奏するpassageでDynamicの指定が当然、Pになっていました。
しかし、score上ではoboeがoctaveのunisonで対旋律を演奏しています。
だから、「このpassageはPと書いてあるけれど、優しく弾くという意味だけなのだから、oboeのoctaveのunisonだからfで弾くように!」と、注意しました。
彼女の先生はMünchenでも超有名な教授なのですが、彼女がlessonでそのpassageをfで演奏したら、超、怒られたそうです。
「Pと書いてあるでしょう??ちゃんと指示を守んなさい!!」
彼女は「私はどうすれば良いの??」と悩んでいたから、「教授の言うようにしたら・・」となだめていたのだけど、イザ、orchestraとのProbeになって、そのpassageに差し掛かると、Pianoの音が聞こえなくなってしまって、その教授、顔を真っ赤にして、「forte!!もっとforte!!」と叫んでいました。
私は若くて生意気盛りだったので、心の中では「ざまあみろ❢」と思っていたのですがね〜ぇ?
Münchenの音大のPianoの教授classの人でもscoreが読めない人も居るのだよね~ぇ??
それに原則としてMozartは自分ではDynamicを書かないのだよ。
一度でもUrtextかfacsimileを見てみれば、そのfやPがMozartが書いたものなのか、Mozartの意図かどうかは分かったのにね??
勉強不足だよな?
笑ってしまったヨ❢❢
日本に帰国してからもproのpianistの練習に付き合って、concertoのsecond−Piano弾きながら、演奏をcheckする•••という仕事をよくやっていました。
その理由は、自分の日常生活で、ついつい作曲に専念してしまうと、Pianoを弾く事がなくなってしまうので※)、指がすぐに回らなくなってしまうので、私の指を回す訓練のためには、伴奏の仕事は、とても重要でした。
※)(作曲をする時に、Pianoを使って作曲をするというのは、殆どの場合にはありません。何故ならば複数の旋律を同時に弾く事は不可能だからです。また、Pianoで弾いた音と、実際の楽器の音では全く違った響きがするから曲を作る上では余り参考にはならないからなのです。)
勿論、proのpianist達に取っては、指の回る友人達はたくさんいるとは思いますが、scoreが読めて、orchestraとの合わせのコツを指導してくれる伴奏者は極めて珍しいので、だから私に依頼が来るのでですよ❢
という事で、帰国してから、音楽教室を作るまでは、second−pianoの伴奏の仕事や歌の伴奏等の裏稼業も、結構忙しかったのですよ❢
あちこちのHallやStudioに出掛けたりして、合わせをしたりして•••ね??
勿論、本職の作曲やarrange等もね?
教室を作る時の約束では、私はmethodを先生達に提供するだけで、直接生徒は指導しない約束だったのですが、上級生の生徒達の指導が間に合わなくなって来たので、とうとう私も生徒達の指導に、駆り出されてしまいました。
•••という事で、教室での生徒の指導や経営等々で、外での私個人の活動が全く出来なくなってしまいました。
ちなみに、歌の伴奏といっても、ItaliaもののOperaは余り好きではないので、あまり引き受ける事はありませんでした。LiedかDeutschもののOperaでした。
私がviolinや歌の伴奏を初めてしたのは、音大生の一年生の頃です。
同classの女の子のviolinの伴奏を頼まれたのが最初なのですが、歌や管弦の生徒達は、前期後期の試験の時に伴奏者を探すのが大変なのです。
何故ならば、伴奏の上手なPianoの生徒に伴奏をして貰うと、確実に成績が上がるからで、伴奏の上手な人には、上級生、下級生から依頼が殺到して、気が弱くて断り切れない人の場合には、試験がbookingしない限り、多いくて、一人で20名、30名を受け持つ人もいます。まあ、そういった優れた伴奏の技術を持つ人は全校で2人、3人ぐらいしかいないので、その人達に集中しても仕方がないのですがね?
歌の伴奏の場合には、歌の人がhigh−pitchを出す一瞬前にBaßの音のtimingを前にズラして弾くとそのBaßの音が腹筋の支えになって高い声を出す事が出来るのですが、歌と一緒にBassを弾くと、high−pitchの声はひっくり返ってしまうのです。
そういった伴奏のtechnikを説明しながら伴奏をしていたら、私にも伴奏の依頼が殺到するようになってしまいました。
気の弱い先輩のように、可能な限り引き受けるのではなくって、全ての伴奏に断わってしまいました。
その方が後腐れが無いからです。
音大ではscorereadingの授業は無いので、勿論、scorereadingの試験もありません。
scoreのでは使い方を習う事はないので、学生達がpocket-scoreを買っても、せいぜい自分のpartが出て来る前の楽器のmelodie等をcheckするぐらいに過ぎません。
指揮科の生徒ならば、scoreを見てPianoで弾くぐらいの事は授業でやるのかな??
私の頃は、日本の音楽大学では指揮の授業は無かったので、(とは言っても、型通りのPiano科の生徒や管弦楽器の生徒達との合同の壁塗りの授業はあったけれど・・それは指揮の勉強とは思っていません。)
Münchenでは、授業で、一応は指揮科の先生にも師事はしたのだけど、指揮の仕方を学んだ覚えも、scorereadingの勉強もありませんでした。
結局、scoreを買い込んで、それを見ながら、姿見で自分のtaktの動きをcheckしただけの自己練習です。
教室を作ってからは、指揮者特有の、難しいeinsatzを極力避けて、子供達が見ても分かる基本的な振りになるように指揮の仕方を配慮しました。
姿見の鏡を見ながら、「この振りじゃあ、子供は入って来れないよな〜あ?」とか、子供の目線になって研究をしました。
proを相手とする指揮の場合には、見た目の格好良さがmainになるのですよ❢
だって、proならばどんなeinsatzでも入って来てくれるのでね??
指揮の先生が何も教えてくれないのは、多分、音楽の世界も、料理人の世界と同じで、料理を作っている所を見て覚えるのかな??
見た目だけで学ぶと、ついつい格好良さだけを見てしまう人達が多くなってしまうのよね??
scorereadingの話しに戻って、教室ではVivaldiや室内楽の場合には小学生の低学年の頃から、part譜とscoreを一緒に配って、それぞれのpartの注意をscoreを見てcheckするように、lessonをしています。
だから、violinの子供が弾けなくなったりすると、Celloさんがviolinのsoloのpartを代わりに弾いてくれたり、violaの生徒がviolinのpartをviolaで代わりに弾いたり・・と、教室では普通にしています。
智子さんも勿論Pianoが専科なので、伴奏やcembaloを弾きますが、オケでは通常はKontrabassの担当ですが、高校大学のオケでは、Celloのバンマスをしています。
勿論、violinやviolaも弾けるのだけど、一度もlessonをした事はありません。まあ、全員そうなのですが、全部の楽器が同じmethodだから弾けるようになるのです。
教室のオケは基本的には全曲暗譜が建前です。
酷い時には、教室の常設曲なので、余りにも普通なので、scoreを渡す事すら忘れていて、bowingを直したりしていても、生徒がちゃんと直して来るので、楽譜を渡していない事に全く気付かなかったりして、本番を何回も経験した何年も後で、「未だ一度も楽譜を貰っていないんだけど・・」と言われて、仰天した事さえもあります。(結局、とうとう一度も楽譜を渡さないままでしたがね)
結局、Pianoでのscorereadingの方法の結論は、その曲のそのpassageのimageを、layout的に表現する事なので、音そのものを全部弾く事ではありません。
「弦楽器のこのpassageはPianoの表現ではこうなる」という事なので、その基本はAlberti-Baßの書法なのです。
一例を上げると、弦楽器のtremoloはPianoでは、分散和音になるのです。
そういう風にpianisticに表現する事が上手なscorereadingの方法と呼ぶ事が出来ます。
ドイツでは、お昼の時間は家に帰って食事と休憩をする事が義務なのです。
私も郊外のsharehouseに戻って、Piano専科の女の子に毎日付き合って貰って、HaydnからMozart、Beethoven、Brahms等の作曲家のSymphonieの連弾譜を片っ端から、弾いて、曲の勉強と、初見力(読譜力)とproの女の子の指回しに付いて行くだけの指の速度を見に付ける勉強を3年間の間、しました。
3年間、毎日だから結構凄いよね?
勿論、HaydnやBrahms等の、Symphonieやovertureの連弾譜はPeters版で出版されています。BrucknerのSymphonie等やそれ以外の作曲家達のSymphonieも結構たくさん編曲されて出版されています。
7月10日やっとけないよな~あ?? ·
今は7月の10日の11時を過ぎた所です。
今日は朝からお日様が顔を見せて、青空が広がる:••とまでは行きませんが、一応、良い天気なのは良いのですが、何と気温は32°を越してしまっています。
湿度は70%辺りで、微妙なのですが、この所、延々と100%近かったので、絶好の洗濯日和なのかな?
室内の温度も27°から29°で、coolerを入れるかどうかの考慮中なのです。
お昼の12時になりました。
室内の温度も30°を越して来たので、ついに諦めて、coolerを入れる事にしました。
老人性熱中症で周りに迷惑を掛けてもいけないので・・ね??
今日は34°まで上がったそうで、23°まで下がるのだそうです。
その差11°❢
やって行けないよな〜あ??(この「やって行けない!」は気温差の話しなのですが、次に鬱っているのは、気温差には関係はありません。
単に腹を立てているだけなのです。
こちとらは昨晩から、腹が立って、鬱っています。
余りにも腹を立てているので、仕事にならないのだよな?
昔々、私の若かりし頃には、自分を譲る事もあったのだけど、歳を取ってしまうと、人生も残り少ないのだから、もう譲る事も、その必要もないのだよな?
今更、自分のpolicyを曲げて、人に合わせても、それで仕事が成り立った事は無いという事は、これまでの長い人生の中で、何度となく証明して来たハズなのだよ❢
これ以上、今更誤った道を譲る事は無いのだよ❢
そんな、無駄な時間は私には何処にももう無いのだよ❢
これからは、1分1秒たりとも、自分の大切な時間を無駄な事には費やしたくはないのだから•••ね?
これからは、私のpolicyはもう譲れないのだよ❢
大切な時間を無駄な事に費やすようならば、竹林山に独りで引き籠もる方を選ぶよな?
7月11日『お久しぶりの対面lessonと楽譜のお話』 ·
今日は7月11日の日曜日です。
今日の気温も、相変わらず、連日、連チャンの32°~22°の11°差です。
いや、全く体が悲鳴を上げているよな??
今日は本来は専科の日なのですが、コロナの所為もあって、集まりが悪いので、(2年ぶりぐらいに・・)何と、対面のlessonをしました。
勿論、web-lessonでは毎週・・、対面では、発表会では直接顔を見てはいるのだけど、lessonが対面となると、man-to-manなので、意識が違うのよね??
いやあ、久し振りの対面のlessonだと、やっぱ、生徒達のresponseが違うのよね??
webでは幾ら説明しても、出来ない事や分からない事が、対面だと意図も簡単に出来てしまうのだよな??
real-timeというのはやっぱ、何かが違うのだよな??
生徒達の曲の伴奏は本来は私がする分けではないのだけど、今日は突然のlessonだし、伴奏者の都合もあるので、今回は、「初合わせで曲のimageを作りたい」・・という事で、急遽、私が伴奏に入ってlessonをする事になったのだけど、そこで伴奏の楽譜に引っ掛かってしまった。(伴奏に引っ掛かったのではないよ!伴奏の楽譜に引っ掛かってしまったのだよ!!)
『Chopinのconcerto No.1 e moll』
一人目の智子ちゃんのlessonなのだけど、本番ではorchestraがoriginal版か、arrange版かを使うが決まっていないので、そのどちらの版を使用するのかが決まってから、その版用のPianoのscoreを買わなければならないのだが、勿論、それまでの間、練習しない分けにはいかないので、せめて、historical Editionを使うのか、arrange版を使うのかだけでも版が決まれば良いのだけど、それすらも決まっていないので、楽譜の注文が出来ないのだよな??
それに、どちらの版を使用するかが決まっても、取り寄せに時間が掛かるので、待っている事は出来ないので、応急的に智子ちゃんが全音版を買って練習をしているという事だったので、私も全音版を買って、その版でlessonをしようとしたのだが、結構、色んな箇所の楽譜が簡単な譜面に書き換えられていて、originalの楽譜とは譜面が全く違っていたのだよ。
それで、historical Editionである原典版のHenle版を発注したのだが、練習は智子ちゃんが全音版を買って練習を始めていたので、今日のlessonでは、私もその全音版で、lessonの準備をした。
ちょうど、昨晩、智子ちゃんのlessonの前日に、発注していたHenle版のUrtextの楽譜が椎名町の事務所に届いていたので、今日楽譜を見ながら、全音版の疑問に思った所をUrtext版と比較してみたのだが、全く無意味に書き換えられていたので、使い物にならないという事が分かった。
智子ちゃんも、Henle版で最初から・・楽譜の読み直しだよな??
でも、最終的には、orchestraのpart譜の版が決まってからのPianoの楽譜が決まるので、更に、もう一度譜読みのし直しだよな??
面倒くさいよな??
全音版⇒ヘンレ版⇒orchestra版と、超面倒くさいのだよな?
『David版のla foliaのviola-versionのお話』
二人目の瑞希ちゃんのfoliaは発表会で演奏して、You TubeにuploadしているDavid版のHermannさんのviola-versionのla foliaを、引き続きlessonをするのだが、同じ曲の再挑戦は、演奏のNiveauを引き上げるための、再挑戦なので、それ自体は何の問題もないのだが、これもまた楽譜の問題で引っ掛かってしまった。
la foliaの伴奏の譜面は、元々のDavid先生の「Die Hohe Schule des Violinspiels」の中の1曲である「la folia」のviolin-versionの楽譜・・そのままなのだが、violaのversionでは、part譜だけがviolaに改訂されていて、伴奏にくっついているsoloの譜面は、元々のviolinの譜面そのままなのだよな??
そして、そのarrange(violaへのtranspose)がまたまた困った事に、David先生の意図を理解していないviolistの結構勝手気ままな編曲なのだよな??
「ここはこう弾かなければならない!」と瑞希ちゃんに説明するために、violaのpart譜を見たら、violaのpart譜では、そうあるべき和音とかpassageが、そのように書かれていないのだよ。
だから私が「私だったら、このpassageはこう書くけれどね??」と言って、実際のDavid版のviolinの譜面を見ると、ちゃんとそう書かれているのだよ。つまり、それがlogisch(ロギッシュ=理論的)なのだよな??
それに致命的なのは、伴奏の譜面では、元のviolinへの伴奏の譜面のままで、violaの譜面はpart譜にしか書かれてはいないのだよ。
私がlessonをする時に、瑞希の伴奏をしながら、Pianoのscoreのviolaのpartをcheckするのだが、掲載されているのはviolinの譜面なので、violaのpartが分からないのだよ!!
勿論、その事は、前回の発表会の前のlessonの時から、困っていたのだけど、David先生の意図を説明する時に、マジ困ってしまうのだよな??
一見すると理不尽に難しいpassageのように見えるのだが、logischに(論理的に)考えて見ると、それは正論なのだ・・と言う事が分かると、突然、そのpassageは簡単に弾けるようになるのだよ。
それを教室の生徒達や先生達は「芦塚magic」と言っているのだが、そこがlogischでないと・・「突然弾ける」・・という芦塚magicが効かないのだよな??
かと言っても、今からこの膨大な曲をfinaleに入力して、和音とかを正しく訂正し直して行く(というか元のDavid-versionに戻す)という入力作業をするのは、曲が膨大過ぎて、とてもかったるい。
瑞希達本人に入力させれば良いのだが、それでは時間が掛かって本番までに入力が終わるか・・否かなのだよな??
切り張り作業でなんとかならないのかな??
『TartiniのDevil`s Trill Sonataの原典版のお話』
「Tartiniの悪魔のtrill」の演奏をYou Tube等で調べると、その殆どの演奏がKreisler版での演奏で、baroque-violinの演奏は皆無です。
そのbaroque-violinと言っても、periodの演奏ではなく、結構意訳された近代的な解釈の演奏が大半でした。
当然、演奏には、原典版の楽譜が必要なのですが、その基本となる楽譜、所謂、原典版としての楽譜を手に入れてみたのですが、・・・語るに堕ちたのは、美音ちゃんのTartiniのDevil`s Trill Sonata(悪魔のtrillの原典版(period-version)なのだよな)
出版社は、Chopinのconcerto等も原典版として出版している権威のあるBärenreiter Urtext版なのだが、それが信じられない事に超、間違いだらけなのだよな??もう一冊のUrtext-Ausgabeも、facsimile版とは全く違うのだよな??
lessonをしていて、「こんな音は有り得へんよな??」と、私の持っている原本(原典版ではなく、historische-facsimile版・・所謂、Tartiniの時代の銅板印刷の楽譜)をcheckすると、ちゃんと正しく記譜されているのだよ。(・・・なんでまた、子供の普通のlessonに、facsimile版を持って行くかね??)
超権威のあるBärenreiter Urtext版というのに、lessonが楽譜の間違い探しになってしまった。
なんだ!!そこから・・かよ??
lessonに成らなくって、超、Shockであった❢
•••という事は、またまた楽譜を全面改訂しなければならないのかな??
またまた、芦塚versionを作らないといけないのかよ??
度重なるVivaldiの訂正加筆で、校訂作業は、もうすっかり懲りているのだがね??
美音ちゃん、原典版のperiodの演奏やめて、普通のKreisler版にするか??
そっちの方が演奏は簡単だけどね??
(「どうせなら、両方同時に練習してみる?」と美音に尋ねたら、斎藤先生が、「細かい音が微妙に違うので、両方を同時に暗譜するのは無理だ❢」という事でした。)違いが分かって、面白いと、思ったのだけどね?
『今世紀最大の超、Shockな出来事!!』
・・・という事で、baroque-violinとしてのTartiniの演奏の仕方の説明をしたのだが、何故、和音になっているのか?という説明や、そのpure−soundの説明とか、motivとしての対話の分析等々を説明しようと、私のオバQ-violinを出したら、な、な、な、なんと!弓が安い弓になっていた❢
超Shockで、ヒョッとして??・・・と思って、オバQviolaも出してみたら、愛用の弓が安っぽい弓に変わっていた❢
超Shockになってしまった。
2年ぐらい新教室でlessonをしていないので、楽器は斎藤先生が時折弾いていたのだが、自分の楽器ではないので、気が付かなかったそうだ。
しかし、オバQ-violinの弓は、元々、斎藤先生の弓なのだよ❢
それを、気が付かない事はないだろうが??
それはそれとして、美音のlessonに戻ったのだが、実際に弾いて説明をしようと思っても、安物の弓では、音が出ないのだよ??
精神的な動揺が酷くて、lessonが上手く行かなかったのだよな??
(という事で、この続きは・・時間を開けて、別の Pageで•••)
コメント1件
芦塚 陽二
弓の紛失事件は、28日の2週間と3日振りに、やっと弓が見つかって、問題が解決したそうです。オバQviolinの弓は貸出用のviolaのcaseに入っていたそうで、オバQviolaの弓は、sub-bowが私の弓だったそうです。それにしても、不始末は不始末だよな??
私はこの2年間、千葉でオバQの楽器は開いていないのだからね??
7月12日体調不良です。 ·
今日は日曜日の千葉行きから一夜明けて、7月12日の月曜日の、今は朝の5時になった所です。
練馬区の外の気温は未だ、21°という事で凌ぎ易いハズなのですが、部屋の中は、朝日が差し込んで来て、室内計はもう旣に28°を越していました。
窓を全開にすると気持ち良さそうなのですが、湿度が90%を越しているので、窓を開けていると、床がベタベタして来て、逆に、気持ちが悪いのですよ。
私もそろそろ老人なので、あまり辛抱しないで、coolerでも入れさせて貰いますかね??
昨日の日曜日はお久しぶりの千葉での朝の10時から夕方の5時頃までの生lessonの長丁場だったので、流石に今日は疲れが抜けなくて、朝から、寝たり起きたりを繰り返しています。
充分に睡眠は取ったハズなのに、また、何も食べていないので、理由が分からないのですが、夕方から、突然、胃酸が出て来て、気分が悪くなってしまいました。
直ぐに胃酸過多の薬を飲んでも、消化不良の薬を飲んでも、全く胃の具合が改善しません。
胃の薬も色々と飲み過ぎると、逆に体調が悪くなってしまうので、これ以上は飲めないので、困ってしまいます。
2、3日、petit絶食して体調で回復を試みるかな?
夜になって、食事の時間になったのだけど、食欲が無いので、雑炊とスープ類だけにして、ドルプリっ歩もプリの義務散歩に付き合うだけにしました。
月曜日の体調不良に関して、よくよく、考えて見ると、胃の膨満感や、疲れが抜けなくて仕事にならないのも含めて、単なる日曜日のover‐workの所為ではないのかな??
歳を取ってからは、月曜日一日だけでは、疲れが取れなくて、次の火曜日一日も、ウダウダする事が多くなって来たので、今回も、その延長なのかな??
一日bedで安静にしていても、疲れが抜けないのは、睡眠の質に掛かっているのかな??
物は試しで、睡眠の質を向上させるサプリを注文しておいた。
とは言っても、以前から時折飲んでいた、サプリをまた注文しただけなのだが・・??
それにしても、仕事を始めて、15分、20分ぐらいすると、直ぐに椅子に座ったまま眠ってしまうのだよな??
これは困った。
未だ、11時で、完全に眠るには、少し早いのだが、取り敢えずは、bedで寝てみるか??
7月13日最大の無駄は「物を探す」という事である。 ·
仕事や勉強を効率良く無駄を省くコツは当然「時短」なのだが、最大の無駄は「物を探す」という事である。
「物を探す」という無駄を無くすコツは、整理整頓に尽きるのですが、外面的には物を整理する場所を作れば、物は失くならないと思われるのですが、実際には、そう簡単な問題ではありません。
「物を探す」という時間を無くすには、所定の位置に必ず戻す『癖』を付けなければならない・・と言う、日常的な努力が必要になるからです。
「癖」であらねばならない・・という意味は、人が物を無くす時は、その殆どの場合が、無意識に依るからなのです。
後は「仕舞った場所を忘れた」という事もあるのかも知れないが、それは無意識にでも、所定の位置に戻す癖が付けば、「忘れる」という事は無くなってしまうから、「癖付」が出来れば、「仕舞った場所を・・」という問題は無くなるのだよ。
それで、問題はその「癖」を付ける方法なのだが、それは日常のどんな些細な物であっても、ちゃんとその場でreal-timeで、仕舞うという癖を付ける事である。
しかし、それが出来ない人の口癖は、必ず「後で纏めて•••」という言葉なのだ❢
しかし、その「後で」には、必ず「落し」が伴ってしまうのだよ。
ちゃんとやっているつもりでも、後で纏めて作業をすると、どうしても「落し」が紛れ込んでしまうのだよ❢
仕事を纏めてやる事で、時短を計っているつもりが、結局、落としを出してしまうと、時短にはならないのだよ❢
私は、仕事の仕方の方法論を、よく料理の手順に例える。
料理は一般の人達に取っては、日常的な生活の一部なので、例えるには、分かりやすいからである。
料理の基本は、下準備なのだが、私の場合には、その下準備が終わって、料理する時には、片付けながら料理をする。
つまり、「作る」という作業と「片付ける」という作業を平行する事であるよ。
先ずは、シンクと自分の間にゴミ入れのレジ袋をセットして、生ゴミや食材の残りカスをdirectにレジ袋に入れながら料理をする。
基本は、料理が終わった時に、シンクが料理を始める時よりも綺麗になっているという事なのだ❢
これは食卓の周り、机の周りも同じ事だよ❢
ハイツの自宅の水切りには、spoon類を、大中小に分けている。洗い終わったspoonはそのsizeに合わせて、その水切り用の入れ物に放り込むだけなのだよ❢
食器棚の中に戻して整理整頓する事はない。
私が日常的に使っている食器は数少ないから、それで充分だからなのだよ❢
私の取っては、水切りの棚だけで充分なのだょ❢
ハイツには、大きな食器棚が二つもあるのだが、その棚の中には、お袋がcollectionに飽きてしまった食器類が大量に入っている。
私が「ハイツの自宅は、収納場所が無いので、物を置くには狭いし、私がそんな陶器類を使う事は無い!」というと、怒り出して機嫌が悪くなってしまうので、仕方無く、ハイツを陶器の捨て場所のゴミ屋敷にしているのだよ❢
私の信条では、「どんなに高価な物であっても、使わない物はゴミに過ぎない」と、いう事なのだが、それにしても長崎から持って帰って来た陶器類は、勿体無くって使う事は無いのだが、それでも、捨てられないのだよなぁ?
誰か暇な人がいたらメルカリにでも出品して売り払っても良いのですがね〜ぇ??
しかし、私にはその時間も熱意もありません。
『忘れ去られた仕事へのorder』
ハイツの寝室の南側のカーテンは、江古田教室のお引越しの時に、必要が無くなった暗幕のカーテンなので、10年どころではない代物なのだよ。
だから、カーテンレールに取り付けるピンが抜け落ちて、私には修理不能になってしまったので、今のカーテンを修理するか、新しくカーテンを購入するかを、聞いているのだが、その回答がこの5年以上経ってもまだ無い。
何度も何度も同じ事を確認しているのだが、所詮はハイツという、別世界の話しになってしまう。
つまり、幾ら言っても、優先度が低いのだよ❢
堪忍袋を切ってしまって、「通販で勝手に注文する」•••と言うと、「直ぐにするから!」と制止されてしまう。
そして、また次の1年が経過してしまう❢
業を煮やして、問題のカーテンをトッパズして、椎名町に持って行ったのだが、まだ玄関に放って置かれた状態なのだよ❢
その間は深夜でも、寝室が明るくて、安眠出来ないのだがね??
昔々は、仕事の発注はoutlookのToDoに書いたのだが、先生達がoutlookのToDoを使いこなせないので、今はlineのmailで送っているのだが、lineの場合には、保留の仕事や未解決の仕事がそのまま奥に追いやられてしまって、膨大なmailの中から落ち穂拾いのように探して出して、来ないといけないので、lineのmailで仕事の伝達やmemoをする事は、全く時短にはならない。
lineで昔送ったmailを探す事は、無駄で嫌な作業である。
せめて、検索機能が付いていれば少しは、マシになるのだけどね??
先生達に取っては、教室の仕事とprivateの仕事が重なるので、どうしても、教室の仕事が優先になって、そのうちに忘れてしまうのだろうが、ToDoのように、仕事の発注日とtimelimitや、進捗が分かるようにしておくと良いのだが、パソコンが使いこなせ無いのならば、張り紙でもしておく他は無いのだよ。
「wanted!!」とかね??
パソコンの中の資料がごちゃごちゃになっている人のパソコンの画面は雑然としている。部屋の片付けも同じだ。
一時が万事であって、一つだけを片付ければ全てが捗る分けではない。
物を仕舞うコツは優先度なのだ。
しょっちゅう使う物は優先度が高いので、取り出し易い所に置くのは当たり前なのだが、整理が上手な人でも、二度と取り出せない箇所に仕舞う人が良くいる。
その人達の場合には、「多分、あそこら辺に仕舞ったハズなのだが・・??」という言葉が付いて来る。
私の特技は目を瞑っていても、真っ暗な部屋の中でも、directに物を取り出せるという事だ。
基本的にはハイツでは物を探す事は無いのだが、流石に後期高齢者になってしまうと、優先度の低い物を仕舞って、その場所を思い出せなくなってしまう事がまま、あったりする。その時には、しっかりと覚えようとするのだが、暫くすると忘れて思い出せなくなってしまうのだよ。
とは言っても、日常的に使う物で、紛失する事はない。
violinの弓や、violaの弓を失くす事は絶対に、有り得ないのだよ。
だって、元のcaseに戻すだけなのに、失くす・・という事は、case以外に、ポンと置いた・・という意味なのだからね??
管理責任の問題だよ。
7月13日『美音ちゃんのTartiniの悪魔のtrillのbaroque-violin-versionのlessonの続きのPageです。』 ·
二種類のUrtext-Ausgabeを調べて見たら、facsimile-Ausgabeと全く違っていて、間違いだらけで、使い物にならない事が分かりました。
権威のあるBärenreiter Urtextですら、間違いだらけなのです。斉藤先生が色々な版を比較検討したら、なんと、Kreislerのarrange版の方が一番facsimile版に近かったのですよ。
一番正確な楽譜としては銅板のfacsimile版なのですが、古い書き方が随所に見受けられるので、美音ちゃんが直接、facsimile版で練習をするには、古い記譜法の譜読みが大変だとは思うけれど、斉藤先生に寄ると、その程度の違いは説明しながら、譜読みをさせれば、美音ちゃんに取っては、然程、問題は無い・・と言う事なので、私のfinaleの入力も、いつまで待てば入力が終わるか分からないので、出来上がりを待っていても仕方が無いので、originalのfacsimile版なので、音符の間違いが全く無いので、銅板のfacsimile版でlessonをする事にしました。
銅板の楽譜は、当然、昔々のhistoricalな記譜法なので、現在、私達が良く見ている出版されている楽譜とは違うので、facsimile版を使用するには、或程度の慣れが必要なのですが・・・まあ、それも勉強でしょうかね??
銅板のfacsimile版には、最後の小節から逆に数えて、5,6小節目に「segue」という言葉が書いてありますが、それはUrtext版も現代の版にも、他の版には書かれていません。
facsimile版にだけ出て来ますが、「segue」が何を意味しているのか意味不明です。
「segue」という単語の意味は日本語では「続く」という意味なのですが、なにが続くのか?・・という事が、全く意味不明なので、それぞれの出版された版が、それぞれの解釈で書いています。
Kreisler版では5小節前の8分音符を16分音符にして、その小節だけを1/4拍子にして、そのまま長大なKreislerのkadenzに入っています。
Bärenreiter版では5小節目を前の小節の8,9小節目のMotivを繰り返し演奏して、2分音符に進んでいます。
もう一つのUrtextでは、Kreisler版と同じように、8分音符を16分
音符の繰り返しにして、5小節前の2分音符の後にepisodeとして16分音符のscaleを1小節付け加えています。
正に三者三様なのですよね??
period-versionでは無い、modernの楽譜も加えるとkadenzの位置までも、それぞれの版で異なって来ますので、この曲の最後の演奏は何版に拠るのかで、多種多様になります。
今回の美音ちゃんの演奏は、技術練習もあるので、kadenzはKreisler版のkadenzを使用して、演奏する事にします。Kreislerのkadenzが一番華やかで難しいので学習にはとても良いからです。
それに対して、periodのkadenzやepisodeは地味であまり勉強になりませんからね??
(追記)『originalと信じていたfacsimile版が・・』
finaleの入力を開始して、basso continuoの細部の和音のcheckを開始したのだが、肝心要の銅板楽譜も、初歩的なmissがいたる所にあって、結構間違いだらけの楽譜である事に気付いた。音符の間違い所ではなく、肝心のmelodieのrhythmも間違えて書かれているので、幾つかの正しいrhythmに拠る所のmelodieのpatternを考えて、その中で演奏上最良の物をselectする事にした。
和声学的な間違いはKreisler版が一番正確であったが、時代考証的にはbaroqueをはみ出してしまうので、period版も参考にしながら時代考証的にも収まるように配慮した。
えらい大変な作業になってしまったゾイ??
これは、困った!!
『和音の響きに関して・・』
baroque-violinの演奏では、ornamentや即興演奏ばかりが重要視されて、とてもbaroqueのperiodとは言えない人達の演奏ばかりを目にしているのですが、baroqueの演奏で最も大切な事は、そういった見た目の華やかな即興演奏よりも、和音の響きなのです。
しかし、その響きも、純正調というmagicな言葉に勘違いをされる事が多くて※)、楽典的な理解が充分ではなくて、私がbaroqueのsoundを説明する時にも、そこで説明に窮してしまいます。
※)(勘違いをされている人達も多いのですが、純性調では、melodieが弾けなくなります。melodieはPythagoras音階で、和音を純正のpure-soundを使うというのが、正式の回答です。)
教室ではorchestraの練習で常に、pure-soundの練習をしているので、そこの説明で子供達が引っ掛かる事はありませんがね??
このお話が基本になって、baroque音楽の演奏style、所謂、演奏様式に入るのですが、繰り返しになりますが、baroque音楽の演奏で最も大切な事は、和音の響き、所謂、pure-soundです。
pure-soundという響きは、pureな5度の響きと3度の響きです。
勿論、その和音の響きは、訓練でその響きを覚えて行く事なのですが、そのpure-soundを作り出す上で、絶対にやってはいけない事、所謂、tabooとなるのがvibratoです。
pure-soundにvibratoを入れると、pure-soundの響きが失われてしまうからです。ですから、どうしてもvibratoを入れたい場合には、一度、その和音でpure-soundを聞かせてからvibratoに入ります。「ト~ん」という音だったら、「ト~」までをpure-soundでnon-vibratoで演奏して、次の「ん」にvibrato入れます。
・・・という事で、次にはvibratoの説明をしましょう。
『vibratoのお話』
一般的には、「baroqueの時代では、vibratoの演奏技術が未だ未熟で、不完全であったのでvibratoをしない」・・と勘違いをしている人達も多く見受けられます。また、当時には顎当てや肩当てが無かったので、violinを持って弾いていたので、vibratoが出来なかったと言う人もいます。でも、それは現実的ではありません。
それは大きな勘違いで、時代考証を伴わない解釈です。
弦楽器の発達を知らない人達は、「弦楽器の演奏の技術は時代と共に発達して来た」・・と、思われているようなのですが、それは勘違いで、「技術が時代と共に発達して来た」という考え方なのです。勿論、violinの技術には、古典派の後期、からロマン派の時代に作られた技術もありますが、殆どのviolinの演奏法の技術は、寧ろ、baroque時代や古典派の時代の方がこんにちよりも優れています。
それは作曲の様式が、弦楽器を主とした時代だったので、弦楽器の演奏技術は弦楽器の発達と共に発展しているのです。
寧ろ、baroque時代の色々な奏法は、現代の我々にはオーパーツの技術になって、殆どの技術が現代人には演奏出来なくなってしまっているのですがね??
baroque特有の奏法を数え上げると限がありません。
その奏法はbaroque音楽を聴けば、出て来るのですが、人は見知らぬ事は理解出来ません。
また、装飾音の演奏一つでも、現代では単一の表現しかありませんが、baroque時代には、装飾音に色々な意味がありました。
「装飾音の意味」というと不思議に思われるかも知れないので、その一例を上げて音符の上に付いているtrillを例に取ってお話をすると、trill一つの演奏法にしても、現代では素早い均等な速度で繰り返されるtrill一種類しかありませんが、baroqueや古典派の時代には、強拍を表す速いtrillや、弱拍を表すゆっくりとしたtrill、或いは、拍頭をズラして演奏するpralltrillerもあります。(pralltrillerと短いtrillを勘違いしている人達が日本では殆どなのですが、pralltrillerは前の音と同じ音で前からslurが掛かっている場合に付くtrillを意味します。詳しくは私のhomepageの装飾音の弾き方から、CouperinのSoeur Monique(修道尼モニカ)に詳しく奏法が書かれています。)
その他に、crescendoを表す段々速くなって行くtrillや、その逆のtrillもあります。
例えば、messa di voce等の奏法では、vibratoの振幅と速度を大きく速くするvibratoのcrescendo等の奏法が出て来ます。
trill一つを取っても、これだけの基本的な奏法があります。
このお話は、trillだけのお話なのですが、Cembalo等の鍵盤楽器の場合には、音符に対してのvibratoが出来なかったので、そのvibratoの代わりを短いtrillが受け持ちました。
という事なので、trillもvibratoも、楽器が違うだけで、奏法としては、同じ表現を表すための、同じ演奏法なので、articulationとしては、trillの演奏法も、vibratoの奏法としても、全く同じような意味があって、その意味に従って演奏されます。
Cembaloでは弦楽器や歌のportatoを表す表現として(或いはglissandoを表す表現として)、schleiferという奏法があります。
schleiferは装飾音の記号で表す場合と、全打音として楽譜に記譜する場合があります。
つまり、現代のPianoで表現するようなDynamic(強弱やaccentのようなnuance)を、強弱の出来ないCembaloやpipeorganのような楽器では、装飾音で表現していました。
だから全てのarticulationを装飾音だけで表現出来るのです。
装飾音や即興は天性の才能が無いと付ける事が出来ないとされているので、私が、『Hennry purcellのtriosonateのChaconne in g』というとても長い曲を、一切の感情を抜きに、強拍弱拍を表す装飾音という風に、一切の情緒を無しにarticulationだけで付けてみました。これならば、天性の才能は必要は無く、楽典的な知識だけで付けた装飾音です。八千代のコンサートでの演奏をYou Tubeにuploadしているので、それを参考にしてください。
つまり、vibratoに関しては、同一の速度でしか出来ない現代の多くの演奏家達よりも、baroque時代の音楽家達の方がvibratoに対して慣れ親しんで使い熟していた・・と言えるかもね??
では何故、「baroque音楽の弦楽器では、あまりvibratoをしないのか??」という事なのですが、vibratoをしていたは、pure-soundが聴く事が出来ないので、cantata等の合唱でも、和音の響きを大切にする指揮者はproのchorusを忌み嫌います。
proの演奏家が、無意識に掛けるvibratoが純性の響きを殺してしまうからです。
『TartiniのBaßのpartに付いて』
melodieに和音が付けられている場合には、多声部として書かれている場合と、solo-violinで弾く事を想定して、continuoのpartとして書かれている場合があります。
・・という事で、TartiniのDevil`s Trill Sonataの冒頭の二声部の書法は、多声部のmelodieとしてではなく、continuoのBaßの音として、補筆されたBaßなので、melodieとしてではなく、通奏低音のBaßの音として弾きます。
つまり、一人でcontinuoのBaßのpartとmelodieのpartを弾くのですよ。
という事なので、・・・この曲の場合には、言い方を変えると、basso continuoのCello(viola da gamba)は必要無いのですよ。
(逆の言い方をすると、basso continuoのCello(gamba)が入って来る場合には、violinのpartの二声部目のBaßの音は必要は無くなる・・という意味です。)参考までに、You Tubeでsoloで弾いている演奏にlinkさせて起きました。
continuoとしてBaßの音を弾く時には、melodie-lineとして弾く場合と、微妙に演奏の方法が違います。それはtraditionalな演奏法なのですが、演奏法なので、言葉で説明をする事は難しいのですがね??
このYou Tubeのbaroque-violinの演奏では、Tartiniの書いている(Bachの無伴奏にも登場するmelodieが対話の形式で作曲されている)Motivの「質問と応答」を、細かく奏き分けているので、なかなか秀逸な演奏なのですが、伴奏付きの楽器に、無伴奏独特の一人二役の演奏法が出て来るのは、珍しいのかな??
でも、対主題はcontinuoのpassageなので、soloで演奏する事を想定しているので、まあ、そうでも無いのかな??
いずれにしてもこの演奏は、学術的に完璧でとても素晴らしい演奏です。
auftaktの弾き方や、Motivの対話等が、period奏法の基本になります。
また、ornamentは拍節法に合わせてそのornamentの速度の調整をします。
強拍のtrillや弱拍を表すtrill、crescendoを表すtrill、終止のtrill等々trill一つを取っても、色々な演奏表現があります。
即興は基本はlegatissimoの奏法です。
つまり、legatoを表すschleiferがmelodieの基本となります。baroque時代には、そんなに長い即興はありません。つまり、kadenzとしての即興は希で、あくまでもepisode的な挿入が殆どなのです。
『 bezifferten Baßとは言っても・・』
また、このTartiniのDevil`s Trill Sonataのbasso continuoのpartには、数字付きBaßの数字が書いてありません。
一応は、 「bezifferten Baß(数字付きBaß)」と、書かれていても、数字を書いてくれる作曲家は結構親切な作曲家で、書いていたとしても、大まかで細部の参考にはならない事が多いのです。
という事で、数字の書いていないTartiniのfacsimileの楽譜を見ながら、Cembaloを弾いていたら、斉藤先生が「数字が書いていないのに、どうして和音を弾けるの?」と聞かれてしまいました。
それは、餅は餅屋なので、別に数字は必要ないのですよ。
melodieには元来和音が含まれているのでね??
アハッ!
チョッと意味は違うかも知れないけれど、Bachの無伴奏のE Durの冒頭の曲でthemaがoctaveで2回繰り返されますが、和音感の無い人の場合、octave上のpitchと下のpitchが微妙に違って弾く人がいます。
一つの和音の中で演奏されなければならないのですが、勤勉で必死に自分だけの世界に閉じ込もって演奏しているので、音符の中に和音が含まれていないのです。
音楽家になるためには、致命的な欠点なので、violinの曲を勉強する時に、伴奏も同時に覚えるようにすると、自然に和音感は付きます。adviceなのだけどね・・・???
Devil's Trill - Violin Sonata in G minor 'Le trille du diable' - TARTINI - YouTube
soloで弾いている例です。
Violin Sonata in G minor, Bg.5, "The Devil's Trill" (arr. solo violin) - YouTube
7月14日『音楽への意識と職業としての音楽』 ·
私達の教室は、巷の音楽教室に過ぎないのだから、生徒や保護者の音楽の勉強に対する意識は、一般の音楽教室の意識と同じで、趣味の延長線上に過ぎない。当然、塾にも行くし、学業が中心である事には変わらない。
しかし、音楽は、演奏の技術力でproに成れる分けでは無く、音楽に対しての価値観で、proに成れるか、否かが分かれるのだよ。
だから、教室からコンクールで全国大会で入賞したとしても、それでproに成れる分けではないのだよ。
私の教室の生徒達は、確かに技術的には、音大を受験する生徒達よりも、数倍勝っているのかも知れないのだが、残念ながら、音楽に対しての意識に関しては、生徒達も親達も、音大を目指すそこいらの受験生の意識には、足元にも及ばない•••というか、別世界である・・・というか、一般的な音楽教室の生徒達の意識と変わらないのだよな??
まあ、音楽大学を受験する人達の音楽に対する意識は、一般の人達には理解出来ないだろうから、同じ事なのだがね?
音楽大学へ進学する事を夢見ている生徒達が、巷の音楽教室に一人もいる分けはないし※)、逆の言い方をすると、音楽大学の教授達に師事している生徒達は、将来、音楽の世界で活動する事を夢見ている生徒や保護者達だけなので、音楽以外の学校の成績等に興味を示す事は無いのだよ。
※)音楽教室でとても良い先生に巡り会えて、音楽が好きになって、音楽大学を受験する事を夢見たとしても、現実的に音楽大学に進学するには、学ぶという意識を変えなければならない。
学校での成績が幾ら悪くても、塾等に行けば、即、その時点で、教授から破門されるか、そのまま継続して指導して貰えたとしても、その前提は「趣味として、お客様として指導される」に過ぎなくなってしまうだろう。
つまり、学業と音楽の両立は有り得ない、という前提が、音楽の世界で生きる事を夢見る人達の学びの現実である。
音楽を職業として捉えるのならば、この考え方は、世間一般論としても、至極当然の事となるのだよ。
学校も、音楽も、という事は趣味としてしか有り得ないという事は、しっかりと確認しておくべきだよな〜あ??
私は音大時代には受験生を多数教えていたし、音楽教室を作ってからも、多くの生徒達を音楽大学に入れたり、留学をさせたり、コンクールにも合格させて来たのだが、それでコンビニ教室のように思われても困るのだよ。
音楽に進むには意識が必要だというお話だよ。技術だけでは潰れるヨ❢❢
7月15日日にちが飛んだ❢ ·
今日は7月15日のなんと!木曜日です。
なんと!・・と言う意味は、昨晩も、火曜日と思い込んで、火曜日の薬を探していたからです。
つまり、月曜日、火曜日と殆ど一日中寝込んでしまって、曜日が抜けてしまったので、火曜日の一日が意識の中から無くなってしまっているからです。
その延長線上で、昨日は火曜日、今日は水曜日になってしまいました。
いつものように、toilette-timeで、何度も起き出すのだけど、椅子に座るのが辛いぐらいに疲れが抜けなくって、そのまま起きれる事は無く、bedに何度も舞い戻ってしまいます。
今も、10時過ぎだったのですが、「起きよう!」と、頑張ったのは良いのだけど、小一時間程、bedに座り込んでいました。
今日が木曜日ならば、4日も使い物にならない生活をしているのだよな??
コメント2件
中野 卯月
荒天続きの気圧がお身体にさわります事と、、、
今少しおいといくださいませ〜!
· 返信する · 24週間
芦塚 陽二
いつも、お心遣い頂きありがとうございます。今は朝の11時を過ぎた頃なのですが、練馬区は雲のぎっしりとした晴れで旣に30°を越してしまいました。「そろそろ、もう、無理かな??」と言う事で、クーラーを入れた所です。梅雨明けは未だのようですがね??
7月16日『引き籠もりの勧め』 ·
まあ、こういうお話は、冗談ですが、コロナでドンドン新しい新種の株が生まれているような状態では、あながち冗談では済まされないのかも知れませんよね??
自給自足で生活する事をも含めて、「生業を得る」という事は、「何か人のために行動をする」・・・と言う事です。
人のために何かをするから、その対価として、生業を得る事が出来るのです。
だから、「人のための何か」が出来ない人達は引き篭るしか方法が無い。
現実的な人との接触を絶っても、net等で仕事をするのならば、それは人とのcommunicationは成立していると言えます。
つまり、net社会でのcommunicationが成立しているのです。
その人達は、引き籠もりであっても、社会的には引き籠もりにはなりません。ちゃんと、報酬を得ているからね??
お釈迦様のような偉人達が苦行をして魂の平安を得ようと努力をしたお話は誰でもが知っている事なのでしょうが、もし、自分のためだけを目的とするならば、自分が望んで自分のために何かをするのだから、一切の悩みは自分が望んだ悩みでしかありません。
自分が望んで得た悩みならば、その悩みは悩みにはならないから・・なのです。
例え自分のためであったとしても、人へ働き掛けが必要な場合には、他人(所謂、社会)との軋轢を産みます。
それは必ずしも自分の為とは言えないのだから・・です。
自分と志を同じくする人達が集まる場所をcommunityと言いますよね??
その大きな物が国家なのでしょうか??
国家は時に為政者の手に寄って、権力の場になる事があります。
中国や北朝鮮のように、独裁になると、個人の自由意思は否定されてしまいます。
自分の意思の自由にならなくても、ruleを守ってさえいれば生きて行ける世界を望む人達も居るので、話はややこしい。
そこまでも、違った考え方をする人達も多数居る中で、自分を貫くのは容易では無いでしょうかね??
厚労省は3月16日、2020年の自殺者が、2万1081人だったと発表した。この数字は何を物語っているのだろうか??
若い人達に取って、この日本の社会は決して住み易いとは言えないのだよな??否!老人だって、そうだよ。年金も取り上げられて、動ける限り働け!働け!働けなくなったら、とっとと、死ね!!死んでも税金が掛かるようじゃあね~ぇ??
そこで、『智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。』という名言が産まれて来るのですよ??いや~あ、芸術はお気楽で良いな~ぁ??
もしも、自分が人々と隔絶した場所で、晴耕雨読の自給自足をするのならば、現実的には悩みは起こりません。
住んでいる事を、人が知らなければ、税金すら払う事も無いからですよ。
・・こういうお話は、全くの「絵空事のお話か??」と思っていたら、なんと、テレビ番組で、そういった人達を訪問する番組があって、全くそれに近い生活をしている人達が、この日本に何人も居る事を知って、驚いてしまいました。
私は自分の為だけに生きるのは結構辛いのよね??
誰かの為に・・??という烏滸がましい事は無いけれど、最低の水準では人と関わって生きていたいのでね??
テレビも見たいし、美味しい物も食べたいし・・、若いgal??
・・・若いgalは、残念ながら、私にはcommunication-gapがあって、会ってもalienのようで、お話にならないのだよな??
顔を見ていても、ドルやプリ達の顔ならば、何を考えているのか一目瞭然で、ドル・プリが「先生達に通訳をしてくれ!!」と言って来るのだけど、年頃の女の子の心は分からんよな??
表情豊か・・と言えば、高校生の時に、大学病院に1年間入院していた時に、病室の患者さん達が、暇を持て余して、不味い病院食の食べ残しをverandaの雀に上げていたのだけど、1羽1羽、本当に個性があって、面白かった。太った雀は、餌を食べるのにも堂々としていて、図太かったのだけど、痩せの雀は、臆病で、オドオドしてなかなか食べる事が出来ないのだよ。
1羽、1羽の雀にも、こんなに個性があるのだな、と感心したものだ。
今の病院では、完全隔離状態なので、とてもそんな事は出来ないのだけどね??
7月19日『パソコンのiconがまたまたぶっ飛んで・・』 ·
7月の19日のお昼の12時ですが、パソコンを弄っていて、yahooのsiteを開こうと思ったら、またまた、開かなくなっているので、他のiconも試したら、Desktop上のiconが色々と開かなくなっている。
昨日までは開いていたのに・・??
yahooやphotoshopが開かなくなっているのだよ??
MicrosoftのEdgeがversionupをした時に、他の古いversionを削除するからなのだが、全く余計なお世話で被害甚大なのだよ。
まあ、yahooはGoogle ChromeやMicrosoft Edge等のnetから開いて、linkを貼れば良いだけなのだが、photoshopは買いのsoftなので、元disc が見つからないので再installが出来ない!!
7よりも前の時代に買ったsoftで、photoshop element10と11のinstall-disc があったハズなのだが、ハイツには見当たらない。
古いsoftはこれがあるから、困った事だ!!
写真や映像関係の仕事が出来なくなってしまったぞ。
腹立つよな??
寝ている間に勝手にパソコンがversionupされている。
18年の9月の話なのだが、windowsが勝手にuploadされて、私が10年間以上書き溜めていた論文集である「芦塚先生のお部屋」のhomepageが、全部のPageが、全部ぶっ飛んでしまって、非常手段でcloudからdown loadしたのだが、不思議な事にそのPageすらも、1Page分を残して、残りのPageが全部ぶっ飛んでしまった・・・というcatastropheがあって、今でも、その論文を復活出来ていない。
論文なので、back・upが無い場合には、最早、諦めるしかないのだよ。
私のmainの仕事・・というか、lifeworkそのものだったので、私にとっては、純性の大半を失われたような、そのShockは限り無いものだったのであるぞなもし。
しかし、パソコンのsoftを作る側は、「back・upを取らない方が悪い!」という態度が見え見えなのだ。
しかし、10年分の原稿は、print outしようとしてもPage数が膨大で保存には適さない。
homepageのように、netに保存したPageがぶっ飛んでしまったのだから、homepageは、教室の色々な人達が教室のhomepageを扱うので、cloudに保存する事の危険性は大きいのだよな??
個人で保存するために、hard-diskに保存したとしても、hard-disk自体の寿命が極めて短いので、結局は紙の原稿が一番になるのかね??
7月20日『フリの社会の日本』 ·
世襲制がこんにち、もたらしたものは、終身雇用制であろうか?
私達、所謂、団塊の世代までは、一流の会社に入社する事が出来ると、大きな失敗をしない限り定年まで、その会社で安定した仕事を得て、賃金を得る事が出来て、人生は万全であったのだよな。
そういった終身雇用制度的な世襲制度を維持するために、会社や社会の安定のために最も大切なruleは、『フリ』をする事であったのだよ。
所謂、仕事を熱心にしている「フリ」をする事なのだ。
日本の学校教育の目的は、子供達の個々の能力を育てる事では無く、日本社会で順応出来る型に嵌った人間を作る事なのだ。
日本の教育制度で最も大切な事は、「人と順応する」、所謂、「人並み」と言う事だ。
日本の古来の諺を見れば、「どんぐりの背比べ」とか、「出る釘は打たれる」とか、「郷に入れば郷に従え」とか、・・・数え上げれば限が無いだろうか??
だからこそ学校の教育で最も大切な事は、人よりも優れた能力を持つ子供を育てる事ではなく、恰もコンビニの仕事のように、『その時間にその場所に居さえすれば、誰でも良い』・・という『言われた事を忠実に守る、robotのような人材』を育てる事が学校の目標とする理想的な人材の育成になるのだよ。
だから、学校の先生達は子供達に、家庭でも学習が出来るように宿題を出すのだが、子供が学校を出てから、やりたい事のための学習は認めてはいない。音楽やsportsや、絵画のような学校以外で学ぶ専門職に関する勉強は認めていないのだ。
学校の先生達に取っては、学校で学ぶ事以外の勉強は、子供達に取っての遊びの延長、趣味の延長であって、学習そのものでは無いと理解するからなのだ。
また、それを認める事は自分のi dentityを否定されるような気になるのだろうか・・ね??
という事なので、子供が家庭でやるべき勉強があったとしても、学校の宿題を絶対的に優先させるように、つまり、自宅でちゃんと1時間掛かって学校の宿題を学習するように、子供達に義務化する。特別は認めないのだよ。
子供が授業の間の休憩時間に宿題を済ませる・・なんて事は絶対に認められないのだよ。子供達が家で自分の練習に忙しくて宿題をする暇が無いとしても、それを認める事は自分の先生としてのprideを否定された事になるのだ。
EuropaやAmericaでは特別な子供達は国家の財産として特別に保護されるのだが、日本にはそういった特別な子供達への教育の制度は未だに無い。
というか、日本の教育界は特別に遅れているので、江戸時代からの特別な才能は、社会的に抹殺するのが良しとする風潮が未だに残っているからなのだよ。
教育の分野は兎に角、外国に遅れているのだよ??
勿論、子供達を見る社会の目も同じように・・。
非常に能力の高い子供がいて、10分で宿題を片付けた子供がいたのだが、学校の先生はその生徒に対して、ちゃんと1時間学習出来るように、宿題の数をその生徒にだけ増やした。
その生徒は、理不尽を感じて、10分で出来る宿題を、1時間掛かってウダウダとするようになった。
つまり、きっちりと、1時間、勉強をしているフリをするようになったのだ。
それはその生徒の優れた能力を否定し、抹殺する事なのだが、それを学校の先生は、「教育の成果だ!」と喜んでいたのだよ!!摩訶不思議な事なのだがね〜ぇ?
きっちりと手早く、他の生徒達が1時間掛かる宿題を、僅か10分で済ませる事が悪くて、それよりも、「人と同じように、ダラダラと1時間掛ける事の方が、良し!!」とするのだから、学校とは信じ難い所だ、・・というか、塾や家庭学習でも同じような事が要求されているのだから、日本人の持つ教育感は信じ難いものがある。
私にとっては、理解不能な教育制度だ。
フリをさせた事で、教育をした気になっているのだから、lächerlich(バカバカしいの)だよな。
私に取っての教育の基本の勉強とは、勉強そのものの内容を教えるのではなく、寧ろ、勉強の仕方(のhow-to)を教える事なのだ。
子供達は「どういう風になったら、理解が出来たのか??」すら、理解出来る事は少ないのだよ。
「理解をしたのか??」と尋ねても、どういう状態の事が理解が出来た状態なのか・・さえ、理解していないのだよ。
つまり、言い方を変えると、日常の生活の中で何を持って『理解する』と言う事が出来るのか??・・という設問に答える事が無いからなのだよ。
私が大学で生徒達を指導していた時には、生徒達に「論文の書き方」や調査の方法等々を、先ず指導した。
それが出来上がったら、groupを決めて(私が・・ではなく、生徒達が自主的に・・)課題を自分達で研究させたのだよ。
先生は極めて楽で良い。
生徒の提出したReportをcheckして推敲させるだけで良いからね??
物忘れをする生徒には、memoの取り方と整理の方法を教えた。
その整理の方法は音楽を指導する時の、練習番号を付ける方法とも同じなのだ。
分かり易く言うならば、tree構造のヒエラルキー(Hierarchie)なのだよ。
学問で、一つの構造式を学ぶ事は、社会の構造や人間の魂の構造を理解する上で・・、全てに当て嵌るのだよ。
私が子供達を指導する時も同じなのだよ。
初歩の教則本であるBeyer教則本やCzerny教則本を指導する時には、その教則本の練習の仕方を子供達に指導する。
しかし、学校型の教育にどっぷりと嵌っている先生達は私の指導法を見学しても、或いはlectureを受けても、その方法論を使いこなす事が出来ない。
その理由は、私が指導するそれぞれのstepを、それぞれが新しい個々の事として学ぶからであり、建築のように、土台から積み上げられて行く物では無いからなのだ。
次のstepを学ぶ時には、次の課題で学ぶ技術が、以前に学んだ課題の上に成り立つように学ばなければならないのだが、次の課題を学ぶ時には、前の事をすっかりと忘れてしまっているのだよ。
つまり、新しい課題は独立した課題として学ぶのだよ。
そのような勉強方法では、それを使用して子供達を教育する事は出来ないのだよ。
もっと悪いlevelの低い指導者の場合には、『口で説明をするだけで、子供達が理解したような気になっている』指導者もいたりする。
そういった悲惨な先生に教育を受ける生徒の場合には、子供達の将来は見えてしまっているのだよな??
勿論、私達の場合には、子供達を指導する時には、口で伝達するよりも、実際に一緒に練習をしたりして、練習の仕方・・そのものを、覚えさせるのだよ。
教育のコツは、Chopinのconcertoを指導する時よりも、Beyer教則本を指導する方が数倍も難しいのだが、それが分かっている指導者は稀なのだよ。
基礎さえしっかりとしていれば、趣味の子供達がChopinのconcertoを演奏する事だって簡単な事だからなのだよ。
そこの所が分からない指導者達には、教育の本質は語れないだろう。
「中学校で勉強が付いて行かないので、塾に・・」とか言っている親達がいるが、『子供の成績を即上げるためには、子供達に考えさせてはいけない』・・という原則の話は知っているのかな??
子供達が、頭で解き方を理解させるためには、指導者の方がとても優れた資質が必要になるのだよ。
塾のような、企業に取って、優れた先生を雇うのも、育てるのも容易ではないし、一人の優れた指導者を育てるのには、莫大な資金が掛かってしまうのだよ??
だから、「これだけを指導すれば、成績は確実にupする」というeasy-goingな方法論を先生達に指導する。
より大きな塾になればなる程、その塾のsystemは簡単に1,2週間程度の講習で、当座の技術を習得出来るようになっている。
それでなければ、塾で指導する指導者を養成する事は不可能だからである。
1,2週間から、長くても一月程度の講習で先生に成れるのならば、バイト気分でも生徒達を指導出来るようになるからだ。
でも、そういった先生からの教育の元では、子供達は、小学校の課題ですら、本当は正しくは理解する事は出来ていないのだよ。
小学校の課題が、本当に理解出来れば、中学校の勉強で落ちこぼれる事は無いのだがね??
小学校の勉強は基礎なのだから、その基礎の部分を正しく指導出来れば、中学校で学ぶ教科書はとても簡単なのだよ。
Pianoの勉強でも、Beyer教則本とCzerny30番がちゃんと弾ければ、ChopinのEtudeやconcertoは、楽に弾けるようになるのだよ。
『大人の社会生活の例としてのお話』
ここまでは、子供達の教育のお話をして来たのだが、それは大人の社会でも、全く同じ話であって、子供と大人の社会適応の差は無いのだよ。
終身雇用の社会では、学校でも、会社でも「仕事をしているフリ」がまかり通るのだよ。
民間の会社の場合には、会社としては、ある程度のnormaはあげないと、会社自体が潰れてしまうので、ある程度の実績はあげないといけないのだが、官は実績が上がらなくても、潰れる事はない。
いつまでも、ダラダラと書類を書くだけで、何一つ進展しないのは、進展させなくても、自分たちが困る事は何もないからなのだよ。
つまり、官で働く大人達の全ての目的は、仕事を熟す事では無く、時間を消費する事にあるのだからね。
だから、私が日頃、仕事上の合理性、所謂、時短の重要性を説いても、そこに価値が無いのだから、『暖簾に腕押し、糠に釘』の無駄な努力になってしまう。
私はワープロの使い方やcomputerの操作を、誰かに学んだ事は一度もない。
computerが一般的になって来て、教室で弟子達がcomputerの操作を学んでいた時にも、私は一切touchしなかった。
1年近く経って、弟子達が何一つcomputerを使い熟すようになっていなかった事に気が付いて、私がパソコンの使い方をlectureする事にして、当時、ジャパネットでテレビで使用した新古のLaVie を安く自分で購入して、パソコンの使い方を指導した。
直ぐに先生達もパソコンが使えるようになったよ。
私に取ってはcomputerは、計算機の高度な種類の機械に過ぎないからなのだよ。
「computerの操作は難しい」という人達がいるのだが、computerは人がprogrammingした通りにしか動かない。所詮は、人間がprogrammingしたものであるから、その方法論は頗る簡単である。
未だ、computerが自分で考えて、自分で行動するまでには、後、2,30年は掛かるだろうしね??
お役所には、computerは単なる電気で動く箱に過ぎないのだから、未だにcomputerに入力してから手書きで書類を書いてFaxで送るという・・2重、3重の無駄な仕事の仕方をしているのだから、バカバカしいよな??
私が、強制的にmynumberを取らされたのは、2015年かららしいのだが、お役所の書類を取るのに、強制的にmynumberを取らされた覚えがある。
しかし、その後、住民票等の公式の書類が必要で無かったので、2度とmynumberを使う事は無かった。
だって、mynumberのcardには個人の写真が入っていないから、身元確認には免許証しか使えないのだよ。それにmynumberは運転免許証にも住民台帳にも、或いは、保険証にも紐付けされていないのだから、何の役にも立たないのは、当たり前だろうよ。
コロナの問題でも、Olympicの問題でも、パソコンが使えない役所がneckになっているのだ。
そして日本人らしく勤勉に書類に向かって黙々と書き込む努力を惜しまない。
つまり、日本人には時短という概念は無いのだよ。
お役所の人間達に取っては、仕事は時間を費やすための仕事なのだからね??
時短は仕事が無くなってしまうので、困るのだよ。
私に取っては無駄な努力程、阿呆らしいものは無いのだけどね??
Olympicが無観客になる事は事前に分かり切っている事なのだが、それでも「渋滞を避けるために・・」、と言って、首都高全域を1000円上乗せをする事にした。
当然、無観客になった時点で、この設定は無くなった分けなのだが、それでも上乗せを強引に実行して行く政府の姿勢には、呆れ返ってしまう。
「Teleworkで仕事をしろ!」とか宣ふのだが、一般の仕事をしている人達は、「Olympicだから」・・と言っても、休日にする事は出来ないのだよ。
自分達がnet環境を作れないのに、Teleworkでもなかろうに・・、まあ、政府のやる事、為す事に流石に腹が立って来たぞ。
せめて、夏休みや冬休み以外の時に、Olympicをやってくれればよかったのにな??
7月20日『連日の練馬区の35°の猛暑日』 ·
7月の19日の月曜日は、先生が千葉のlessonが終わってから椎名町に戻って来るのはどうしても夜、遅くなってしまうので、それから食事とドルプリっ歩を済ませて、ハイツに戻るのは、それに合わせて深夜になってしまう。
勿論、私の食事のためだけに•••という事ならば、私は独りで、ハイツで食事を済ませる事も可能なのだが、「ドル・プリの散歩と食事のため」が基本的な理由なのだ。
移動するのが車ならばドル・プリも千葉や東京に一緒に移動出来るのかも知れないけれど、それはそれで色々と大変なのだよ。
いずれにしても、新教室はpet禁止なのでね??
•••という事で、昨夜も夜の1時過ぎにハイツに戻って来たのだ。
この所、ドルとプリのウダウダ散歩がますます酷くなって来て、プリは自分の義務だけを果たすとサッサと帰ってしまうし、ドルはプリがお散歩に付き合わないので、不貞腐れて道の真ん中でべったりとへばりついて、一歩も動かなくなってしまうのだよな。
私の貴重な一日1回の体力維持のための夜の散歩も、この所、ドル・プリの我儘で、全く出来ないままなのだ❢
•••散歩は途中で諦めて、急いでハイツに戻って来て、直ぐに後片付けを済ませてbedに入ったのだが、眠るともなく、直ぐにtoilette-timeになって、まどろみの中で「早くtoiletに行かなければ!」と、思っているのだが、どうしても、体が反応しなくて、bedから起き上がる事が出来ないのだ。
「早くtoiletteに行かなければ・・」と焦るのだが、なにせ、体が思う通りに動かないのだよ。
あっちにぶっつけ、こっちにぶっつけと、こういう時に、足の爪を欠がしたりするのだよな??
意識の朦朧としたまどろみは、現実から、やがて夢現つに変わるのだが、その夢の中でさえも、しっかりと、「toiletに行かなければ!」と、思っているのだが、やはり夢の中でも、体が起きる事を拒絶しているのだ。
廻りっくどい言い方では無く、直接的にいうと、体調不良で、起きれないだけなのだがね??
幾ら寝ても疲れが取れないので、良質の睡眠を取るためのサプリを買って、この2,3日飲み始めた。
多分、気のせいなのだろうか、入眠は早くなったような感じがする。
もう少し、入眠の状態を見て、体調を整えたいのだが、寝ても、疲れが抜けないのは、どうやら、私のような老人だけではなく、若者達も、連日の35°の気温で、体力が落ちていて、熱中症とかで、病院に救急搬送される人達が多いらしい。
そういえば、そろそろ、「石麻呂に、我れ物申す、夏痩せによしといふものぞ、鰻捕り食せ」という丑の日はいつの日だったのかな??
忘れていて、うなぎ食わなかったぞよ!!
netで調べてみたら、7月28日の水曜日だそうな??土用の丑の日というから、土曜日かと思ったら・・・、アッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハ!!
この所、練馬区では35°越えが続いているので、coolerを付け放しで寝ていたのでcooler病になったらしく、頭が痛くてかなわんのだ。
勿論、coolerを消して、窓を開けて、外の空気を入れると頭痛は止まるのだが、今度は、暑さや湿度が堪らんのだよな??
汗を出しながら、暑さや湿度に耐えて、頭痛を治めた方が良いのか??
それとも、頭痛を辛抱して、体調を整えた方が良いのか??
あれかこれかは、分からんよな??
「情に棹させば流される、兎角、人の世は住み難い。」・・テカ??
ハイツのcoolerは30°までしか温度の設定出来ないので、気温差が1,2°という外の気温にシンクロする設定は出来ないようなのだよな??
だから外の気温が35°という温度では、5°差になってしまうのだ。
30°までしか設定が出来ないので、それで寒ければ、coolerを無しにしてしまう他は無い。
まあ、私がこのcoolerを買った頃は、30°を超す事は滅多に無かったのだから、makerとしても、連日35°の日がある•••という事は、想定外なのだろうからね?
流石に、夕方の6時過ぎの頃になって、頭痛と疲れが溜まって来たので、思い切って、coolerを切って、bedに入って仮眠を取りました。昼寝ならぬ夕方寝です。
coolerが入っていないと、爆睡出来たようで、9時直前のone‐coolの1時間半なのですが、ちゃんと眠れて頭痛も取れたのですが、流石に部屋の中は30°超えで、超暑かったのですよ。
慌てて、coolerを入れて涼んでいる所です。
千葉の新しいお教室はドルプリ立ち入り禁止なんですか!🤭
基本は借家ではpetは元々禁止なのです。江古田の教室から花園の教室、検見川教室もpet禁止でした。ただ、江古田も花園も、大家が室内犬を飼っていたので、文句が言えなかっただけです。契約時に契約書として了解を取っているのは、椎名町教室だけです。
たまに内緒で連れていっちゃいますけどね。
相変わらず目がないですね😂プリドルに会いにも、新しいお教室にも伺いたいです🌿
8月7日は自治会館で演奏、8月29日は新教室でサマーミニコンサートです。良かったら手伝いがてら遊びに来ませんか?
7月20日『David版のLa Foliaの譜面作成』 ·
瑞希ちゃんの曲であるDavid版のcorelliのLa FoliaのKarl Friedrich Hermann のviola-versionの楽譜なのだが、出版されているHermann の楽譜のPiano伴奏版は、なんと、originalのviolinのpart用のPiano-scoreのままなのだ。
つまり、Hermann のviola-versionの楽譜は「part譜」だけなのだ。
私がlessonをする場合には、lessonでは基本的にPianoの伴奏者と一緒にlessonをする事が多い。
伴奏者が旣に決まっている場合には伴奏者と一緒にlessonをするし、・・いない場合には、私が伴奏をしながらlessonをするのだが、この1,2年はコロナのせいで、対面lessonが出来ないので、已むなく、Teleworkのlessonになってしまったのだが、Teleworkのlessonでは、netのせいで、非常に効率が悪く、lessonにならないので、早く対面lessonが出来る日を待っている現状である。
まあ、それは兎も角として、私がlessonをする場合には、常に、Pianoの伴奏譜を見ながら、lessonをしているので、今回のDavid版のla foliaのviola-versionのように、瑞希ちゃんの演奏しているviolaの譜面と、伴奏譜に書かれているviolinの譜面が色々な所で食い違っていて、lessonにならなくって、困ってしまった。
何故、viola用の譜面なのに、violaのpartがviolinのままで、書かれている版が出版されているのか・・・??
何故、そういった譜面を出版社が出版しているのか??・・という理由は難しい話では無い。
それは、出版社と楽譜を売るためには、自明の理であって、violaの先生は生徒に指導をする時には、part譜しか見ないでlessonをするし、Pianoで伴奏をする人達はviolin譜は読めても、viola譜は読めないからなのだ。
だから、viola用に編曲された楽譜でも、soloのpartはviolin用の譜面で書かれているのだよ。(この曲の場合には、原曲のDavid版のviolinの譜面のままで、violaのpartだけが追加されているのだよ?)
それは、viola譜が読めて、しかも、Pianoの伴奏が出来る人達が皆無だからなのだよ。
つまり、私が頑張って、Pianoの伴奏譜にviolaのpartが書かれている伴奏譜を作っても、それで伴奏出来る人はいないのだよな??
それは何もPianoの人達に限った話では無いのだ。
一般的な音大生達で、violin専科の人達の中で、violaの譜面が、普通に読める人達は、結構少ない。
楽器自体はviolinが巨大になっただけなので、violinの人達はviolaも弾けそうなものだが、先ず致命的なのはviola記号の譜読みなのだ。
教室ではオケに参加しているviolinの子供達は全員持ち替えのviolaを弾かせているのだがね??
大学のorchestra等でviolaを半ば強制的にさせられても、violaの譜面が読めないので、positionを変える事で、そのまま、violin譜として読む・・という器用な事をしている人達をよく見受ける。
そちらの方が私達に取ってはよっぽど難しいと思うのだけどね??
一般的な社会通念では、viola奏者は、violinの技術力が足りないので、已むなくviolaを選んだ・・とされるのが日本の社会通念なのだよ。だから、violaの奏者は指が回らない・・とされていて、violinの演奏家でviola譜が読める人達は現場では特別に重宝される。持ち替えが出来る人は貴重だからなのだよ。
日本人のviola奏者は、violinも弾けてviolaも弾ける人達なので、最初から「violaの音が好きだから・・」という人は基本的にいない。
「何故、いないのか??」という理由は、日本人のviola奏者で、violaの特有の音を出せる人はいないのだよ。
あくまでも、5弦のviolaのように、violinの低い音が出せる楽器として捉えているのだよな??アハッ!
それはそうと、瑞希ちゃんのlevelupのために、Niveauを上げる目的で、伴奏譜を日曜日から月曜日に掛けて、2日掛りで書き上げた。
それは大変な時間の掛かる面倒くさい作業で、大変な努力を伴うものなのだが、作り上げる過程で、瑞希ちゃんにlessonで変更した箇所を確認したのだが、チョッと・・、というか大きなShockを受けてしまった。
まあ、確認をしなくても、自分で指導した事なので、覚えてはいるのだけどね??
今の所は、一度言った事は、子供達よりも覚えているのだからね??
そういった意味では、未だ老人性痴呆は大丈夫らしいのだけどね??
いつまでも、鬱っていても仕方がないので、諦めて、取り敢えず、Ferdinand David版のviola用のfinaleの入力を終わらせて、月曜日のお昼からは、Vivaldiのviolin-concertoのcetraのⅡ楽章のornament譜のtemplateを作った。
同時に模範演奏のvideoもdown loadして、編集をした。
欝でも、結構頑張っているよな??
我ながら・・??
7月21日『veranda用の椅子と摂眠不良の話』 ·
『Veranda用の椅子の話し』
veranda=ベランダ??ヴェランダ??
7月の21日の水曜日の早朝の3時を過ぎた所ですが、熟睡が出来るようにcoolerを付けないで寝たのですが、toilette-timeに目が覚めて、直ぐに寝ようと試みたのですが、流石に暑くて、とうとう寝そびれてしまいました。
ふと思い付いて、verandaに出て見ると、肌寒いぐらいの風が吹いていて、とてもきもちが良かったのですよ。
では、「verandaで椅子とtableでも出して、notePCで仕事をしながら、bierでも飲むか?」と思ったのだけど、なんと、ハイツのveranda用の背もたれのある椅子とtableは、全て新教室に行ってしまったのですよ。
ハイツのverandaで、酒盛りをするための一式が全て新教室に移動してしまったのだよ。
だからハイツに残っていて、verandaに移動出来る椅子は、事務椅子とチョイ掛け用の背もたれの無い丸椅子だけしかなかったのだよな??
他には、折り畳み式の木の椅子もあったはずなのだが、何処にも見当たらないのだよな??
流石に丸椅子では、椅子が小さいし、背もたれも無いので、外で涼むのには、チョイと辛い。
それにtableも無いのでは、bierを飲む事すら出来ない。
幾ら、涼しくても立ちん坊では結構辛いものがあるので、verandaで涼むのは諦めてしまいました。
「それならば部屋飲みで・・??」という事で、部屋という部屋の窓や玄関も全開にして、部屋の中に風を取り込んでみたのですが、外は25°で涼しいのに、部屋の中の温度は風が吹き込んでも30°近いのだよ。
顔に汗が滲んでしまった。
それに、ホンの一瞬で床がベタベタして来たし•••
折角の天からの贈り物のような外の風なのだが、諦めて、結局、部屋中の窓を閉めて、coolerを付ける事にした。
普段は全く意にも介さない小さなverandaなのだが、1年に1,2回ぐらいは、verandaで涼みたくなるので、そのために購入した椅子とtableだったのだけど、新教室の2階のverandaは広くて、子供達や保護者の人達が、お茶や食事も出来そうなので、ハイツのveranda専用の椅子やtableは、利用頻度という事で、先生達にせがまれて、新教室行きにしてしまいました。
部屋で眠らせて置くのは無駄とでも、思ったのかな??
年に1,2回でも、必要な物は必要なのだけどね・・・???
『摂眠不良の話し』
今日は、それから何度か寝直したのだけど、残念ながらとうとう良眠が取れませんでした。
お昼になってしまったので、諦めて、起きて仕事modeに入る事にしたのだけど、欝っぽい頭痛が取れないままです。
多分、軽い熱中症気味になっているのかな??
そろそろ、35°になろうとする所なのですが、coolerの風で鼻詰まりが酷いのだよな??
これも頭痛の原因か??
それに湿度は43%と比較的に良い乾燥具合なのに、髪の毛がビショビショに濡れているのだよな??
なんだろうね??これは・・??
今日は夕方になるに従って、体調がだんだん酷くなって来ている。腰も痛いので全く歩けないのだよ!!
「熱中症なのかな??」と思っていたのだが、だんだん症状が熱中症とは離れて行っている。
熟睡出来なかったのは無関係とは言えないかも知れないのだが、兎に角、体が動かないのだよな!!
困った!!
てな事をウダウダ言っていても仕方がないので、風呂をぬるめにして、髪の毛を洗った。
勿論、coolerも消して・・・
なんとか吐き気は止まったのだが、腰は相変わらず痛い。
・・・てな事を言いながらウダウダしていたら、突然、歯医者から電話があって、今日が予約日だそうな?
昨日と今日の2回も予定表をcheckしたのに、見落としてしまっていた。
なんでだ?? 不思議だ??
体調不良だと、そんなドジ・ミスもするのだよな〜ぁ??
意識がそこに無いと、見ても見えないのだよ。
・・だけど、昨日も、今日も、パソコンを開いて予定表をcheckをしたハズなのにな??
これはオマケのお粗末様だよな❢
まあ、兎に角、一日中体調不良で、ウダウダと何も出来ない日でした。
・・・というか、体調不良との戦いの日という事が出来るのだろうかね??
何を??・・どうしたら??・・この体調不良と決別出来るのかな??等々、詮無い事を考えたりして・・・・
今日の朝の写真なのですが、今朝のMorgendämmerung(朝焼け)は久しぶりの美しい朝焼けでしたが、携帯のcameraが自動補正をするので、色が再現出来なかったので、なるべく元の色になるように補正してみました。photoshop element11上では、補正された色はもう少し、本当の朝焼けに近くて美しい瑠璃の色だったのだけど、Facebookにupしてみると、補正した色があざとらしいよな??
私のcomputer上では、もう少し自然な色だったのだけどな??
7月22日『Home Pageの修復作業のお話し』 ·
昨日の21日は体調不良で一日中ウダウダしてしまいました。
結局、夜の睡眠も、チョコマカと短期睡眠を繰り返して、10時頃まで寝たり起きたりを繰り返しましたが、なんと、次の朝の10時になって、已むなくcoolerを入れたのだけど、cooler病が治ってしまいました。
体調不良は一体何だったのだろうかね??
やっぱり、熱中症だったのかな??
これで腰痛も治れば、すっきりと動けるのにな?
体調不良でウダっていた21日と22日の二日間は、全く仕事にならないので、軽作業である「checkを中心とした作業」を主に・・という事で、『私のHome Pageの「芦塚先生のお部屋」のPageに、『La Foria』の Pageや『悪魔のtrill』の Pageを作っていたのか否か??』が気になって、Indexの Pageのcheckを始めたのですが、赤色の文字で書かれている「ぶっ飛んだままの Page」と修復が出来ている「他の色の Page」の区別の文字の色が、indexのPageでは、ついていないままになっていたので、その作業自体はendless作業なのだけど、出来る範囲で修正作業をしてしまいました。
肝心要の、「芦塚先生のお部屋」のhomepageには「LaForia」の Pageはあったのだが、次ページ状態( Pageがぶっ飛んだままの状態)になったままだし、勿論、「David版のla folia」の Pageやoriginal版の「悪魔のtrill」の解説のPageは、どこを探しても見当たらなかったので、新しく作る事になりそうなのです。
しかし、この所•••、というか、Home Pageがぶっ飛んでからは、全くやる気が出なくて、文章を、弄っていないのです。
という事で、パソコン日本向かっても、気分が乗りません。
仕事が乗らない時には、私の「怠け者の仕事術」の手順通りに、そういった場合の手順として、先ずは、templateとしてのPageを作って置けば良いのだけど、大元の Pageのtitleの文字色の赤入れ自体が正しくなかったので、その文字色の修正作業で、templateを作る作業までも、行かなかったのだよな??
取り敢えずのHome Pageの修復の応急の作業は、新しいPageを作る・・事よりも、新しいtemplateのPageを作って、そこのPageにFacebookから、コピペをして、お茶を濁す事が一番早い解決法なので、その作業になりそうなのですが•••ね?
そういった「なんちゃって Page」でも、無いよりはマシという事なのだと思うよ・・・??
7月25日腹が立って、眠れない❢ ·
「明日というか??」・・否、今日7月24日の土曜日の深夜に、怒りに任せて文章を書いているので、時間・・というか、time−lineが混乱してしまっているのだが、明日の7月25日の日曜日の朝は、11時45分から通常のオケ練習なので、私もTelework-lessonでlectureしなければならないので、今は、兎に角、1分、1秒でも・・「早く眠らなくては!!」・・と思って、頑張って見たのだが、「オバQのviolinとviolaの弓の不始末」の事が頭に来て・・イライラして眠れなくなってしまったのだよな??
2年前の、コロナで千葉に行く事が出来なくなった時に、愛用のオバQのviolinとviolaを、「ハイツに持って帰らなければ・・」と思っていたのだけど、ハイツでviolinやviolaの練習をする事はないし、使う時はオケ練習の時だけなので、ついつい利便性を考えて置きっ放しにしたのが、元凶の始まりだったよな??
勿論、その時には、こんなにコロナの自粛が長く続くとは思わなかったし、オケ練習でのlessonでは、Teleworkでのlessonは無理なので、実際に対面でlessonをしないと、意味は無いので・・当然、楽器も予め準備しておく必要があるからなのだよ。
元々は、楽器を自分自身で管理するのは当然の事なのだが、・・・とは言っても、その都度、ハイツに持って帰る事も出来ないし、オケ教室とは言っても、一応は、自宅の延長なので、結構、私物も置いてあるし、そこで何かtroubleがあるとは、思わないし・・な??
物を管理する・・という事は、最後の置き場所まで自分の管理下に置くという意味である。
車の事故で車が故障して事故ったとしても、その責任は管理責任として必ず追求されるのだよ。
車の過失で人が死んだとしても、殺人罪には問われなかったとしても、それに準じる罪にはなるのだよ。
それを管理責任と言うのだよ。
「管理不行き届き」・・とは、「最後まで管理しなかった」・・という意味になるのだよ。
「最後まで管理しなかった」・・という事は、警察的な言い方をすると、「最後に手を離す時まで、目線がそこにあったか??」と言うのだそうな??
目線が最後まで無い・・という事は、取りも直さず、「放し(ぱなし)の癖がある」・・という意味になるのだよ。
「放しの癖」とは、無意識に物を置くという意味になる。
そういったtypeの人達は、必ず、同時に、「物を探す癖」もあるのだよ。
しかし、「無意識に物を置く事を直す」・・という事は、「無意識を直せ」と言う事なので、それを「直せ」と言われても・・と反論するかも知れないが、「無意識を直す」事は頗る簡単な事なのだよ。
「物を探す」という事は、「物を無意識に放し(ぱなし)にする」と言う事なのだから、その無意識に放(ぱな)す場所を決めて置けば良いだけなのだよ。
人が「物を探す」という事は、物を置く場所が決まっていない事に多くの場合には理由がある。
だから、確実に場所を決めてその同じ所にその物を置く癖を付けると、物を探す癖は自動的に消滅する。
それは、生活習慣の問題に原因があるのだよ。
物を探す癖のある人達は、一応に分類が下手である。
分類の仕方は人に寄って、全く異なる。
昔、私が子供達に分類の仕方を教えた時に、先ずは、オケ練習の度に、或いはlessonの度に、膨大に増えて行く楽譜の分類の仕方から始めた。
子供達の場合には、分類が必要な物は然程は無いからである。
soloの曲は楽器別に、Pianoと楽器に分類して、作曲家の年代順に並べた。
室内楽とorchestraの曲を分けて、室内楽は、編成別に分けてから作曲家の年齢順に並べた。オケ練習の先ずは編成別にオケの曲とconcertoの別に分けて、concertoは楽器別、それから作曲者順にならべた。
この楽譜の分類法は全ての教室でも、同じである。
整理と整頓は意味が違うのだが、辞書で見る限り同じように解釈をしている。
整理はキチンと並べる事なのだろうが、整頓には、頓という分類が伴う。
整理整頓で最も重要な事は、「何を必要としてそれを検索するか??」という事である。
物には、複数の目的のために探す物がある。
その場合の拠り所となるのは、「何を自分が紐付けとして探すか??」なのだ。
どのような時にそれが必要になって、それを探すのか??という事をrule化しておけばよいのだが、その場所を決める事が下手な人は、他の人達が同じ物を探す時に、必ず、何処に仕舞ったのかを聞かなければ分からない。
でも、整理整頓の上手な人の仕舞う場所は、誰に取っても普遍的であり、且つ一目瞭然である。
発表会の曲の演奏時間はcomputerで管理しているので楽である。
「誰が何年の発表会で何分で弾いたか??」が瞬時に分かるように分類されているのだ。
だから、次回に誰がこのlevelで演奏した場合には何分演奏時間が掛かるかは一目瞭然に分かるので、発表会のprogramを作成する時の予測timeにもなるのだよ。
この話はいつも言い続けている事なのだが、「言い続けている」という事は、「幾ら言っても治らない・・直せない」という意味になる・・と言う事で、しかも、「直せない」という意味は、「直そうとしない。」・・・本当は、潜在意識的に、心の何処かでは、「直す気が無いから」・・なのだよ。
教室で、色々と保護者からも、生徒からも、教育相談を受ける事があるのだが、同じ事を何度も相談して来る人達がいる。
勿論、教室としては、何度聞いて来ても、それは全く、構わないのだけど、・・言い方を変えると、同じ相談を何度もするという事は、その注意を聞かない・・聞いているつもりでも、半分しか聞いて無い・・、と言うよりも、寧ろ、自分に取って、都合の良い所だけしか聞かない・・・という意味なのだよ。
だから、何度同じ注意をしても、治る事は無いし、逆に「先生の言う通りにしたのだけど、上手く行かなかった」と先生の所為にされてしまう。
本当に守らなければならないpointになる所は自分に取っては、頗る都合の悪い所なので、それを、曲げて受け取るか、その部分を無視して都合の良い所だけを聴くか??というpatternの繰り返しなのだよ。
本当に人の忠告を聴く気がある人は同じ注意は二度と受けないのだよ。
一度聞いて直せない人は、二度、三度聞いても、直せる事は無いのだよ。
・・否、人に忠告を求めても、それを聴く気はないのだよな??
忠告を求める人達の多くは、自分と同じlevelの人に忠告を仰ぐのだよ。
本来ならば、その問題を旣に克服出来た人達に忠告を求めるべきなのに、「口に苦い良薬は最初から必要ないのだよ」
だから、当然、その問題が解決する事はないのだが、「それなりに努力はしたのだから・・」と言う事で良しとなってしまう。
目的を達成する必要が無いのならば、最初から忠告を求める必要もなかろうに・・・??
私は、「忠告はそれを求めたいのだから、adviceを求めるものだ」・・と、これまでは、思っていたのだが、私からadviceを貰っても、私のadviceを聞かないで、単なる参考にする人達を、この所多く見受けるようになってしまったのだよ。
参考程度に聞く意見ならば、(最初から聞く気が無いのならば・・・)私にはそんな無駄な時間は無いので、「最初から聞くな」・・と言いたいのだけど、今の人達には通じ無いらしい。
音楽の世界の話でも、一般の音楽とは無関係の人達の風説・風評の話を優先して聞いて、私の話を既にそういった事を経験して来たprofessionalとしてのadviceではなく、単なる巷の音楽教室の先生の意見としてしか聞かないようなので、私もそろそろ歳なので、ついついadviceをする気が無くなってしまうのだよな??
つまり、どちらがより、詳しく、現実の音楽的環境を理解して説明しているのかの・・・価値判断が出来無いのだよ。
私が音楽大学を卒業して、留学をして、コンクールの入賞歴を持っていたとしても、一般の音楽に関係の無い人達の風評の方が、・・・或いは、音楽教室の先生という肩書きの方が優先するのだから笑えるよな??
私は、大学の先生もやっていたのだけど、それも昔の事で、誰も信じようとはしない。
別に学歴詐称している分けでは無いのにね??
本当に日本人は、目の前にあるものさえも見えない不思議な国民だよな??
いや~ぁ??・・・胃がキリキリ痛んで来たぞ??
神経性胃炎だ!!
花園教室の跡地に・・・
7月25日イライラの対応策は ·
イライラして眠れなくなった時の、今の私の最良の策は、FacebookをHome Pageにお引越しさせる作業だろう。
兎に角、同じ単純作業の繰り返しなのだから、直ぐに眠気をもようす事、請け合いである。
という事で、昨日の土曜日には、3月と4月分の2ヶ月分をHome Pageにお引越しさせた。
勿論、その作業だけを、一日中やっていた分けではなくて、あくまでも昨日やった並行作業の中の一つの作業に過ぎないのだけど•••❢
お泊りの美音の相手や、Home Pageの修復の作業も、当然、並行作業でやったし、椎名町の裏の育ち過ぎた木の電鋸での伐採もした。
まあ、その他にも、手の届く所の作業は全て済ませた。
私としては結構動いているのだから、夜はちゃんと眠れたハズなのだが、鬱はほんのチョッとした心の隙間を突いて、忍び込んで来るのだよ?
気分転換にbierを飲んだのだが、それもrotationを崩した原因なのかな?
夕方になって来たので、少し仮眠をしようと思ってbedに入ったら、今度は左肩が痛くて横になれなかったのだよ。
ま、ホンとに踏んだり蹴ったりだよな??
7月25日借金をする人 ·
借金をする人は、お金が無いから借金をする分けなのだが、それは当たり前の事ではない。
お金が無いのだから、借金をしても、その借金を返せる事はないのだよ。
借金の私の苦い思い出話しは、私が親に今日の借金を申し込んだ時に、断られた事だ。
「月曜日には銀行が開くからそれまでの間!」と言ったのだが、「嫌だ!!」と無体にも断られてしまった❢
已む無く、友人に借りて、その場は事無きを得たのだが、だからといって、親の事を恨んだり、悪く思ったりはしてはいない。
なぜならば、私自身も、借金をする人達を基本的には信用はしない事にしているからである。
返済の当てがあるならば、借金をする必要はないからである。
30過ぎの頃には、借金ではなくて家を買うために保証人を頼んだ事もあったのだが、「お前が払え無くなったら、代わりに払わなければならないから嫌だ!」と断られてしまった❢
その後、バブルが始まったので、バブルが収まるまで、家を買うのは諦めなければならなかった。借家は60歳を過ぎると、賃貸物件が極端に少なくなるし、追い出される事もあるので、諦めて50歳の時に、家を買った。
本当は借家でも良かったのだけどね〜ぇ?
勿論、その時にも、保証人にはなって貰えなかった。
お袋には女1人と男3人の兄弟がいるのだが、2番目の叔父さんを除いては、他の人達は、私の事をどうしようもない阿呆の呆け者として捉えていたので、誰1人として私の事を信用はしていなかったのだよ。
父方の男兄弟は戦争で全員死んだので、唯一、伯母が1人、生きていて、大学の入学金や、留学の時の渡航費用を貸してくれた。
そういう私に対して、友人だと信じて高校生の時から長年付き合って来た連中が、借金を申し込んで来た。
「こいつ等との友人関係もこれまでか?」と諦めて、金を貸した。
返済をしてくれるとは思っていないので、「ドブに捨てた!」という意識で貸したのだよ❢
それから20年近く経つが、当然、金は返って来ないし、それまで来ていたハガキ一つ来る事はない!!
私よりも、家族や家に恵まれた満ち足りた人生を送っているのにも関わらず、借金と返済する気はなさそうである。
借金をする人達はそういう人種なのだからだよ。
つまり、人の金は自分の金という考え方は、友人関係よりも金を大切にする性格の人間なのだからね❢
私の知り合いで、高校生の頃からの友が、老いた母を独り残して自殺をした。
結構、直前に同じ高校の同級生がやっているスナックで一緒に飲んだ直ぐ後だったので、超Shockであった。
彼は、長崎でも有数の大きな会社の社長で、美女達に囲まれて、数十億の仕事をする友人なのだが、同じ高校の友人に貸したタカダカ500万ぐらいの金を返済して貰えなかった事で、自殺をしてしまったのだよ。
彼に取っての500万はpocket-moneyだったのだけど、失った友人関係が痛かったのだろうよ??
•••と、他の友人が言っていた。
借りた本人は、あっけらかんとして、同窓会にも来ているらしいがね??ひょっとして、「自分が借りた金を返さなかったから、彼が自殺をした」・・と思っていないのでは??
というか、金を借りていた事さえ忘れてしまっていたりして•••??
その同窓生に付いては、箝口令が布かれているので、名前も、顔も、細かい事は知らないし、知りたくもない。
私の場合には、金を貸した時点で、友人関係を切っているからね??
縁が欲しければ、相手が金を返した時点で、再び、結び直せば良い・・としか思っていないのだよ。
金が無いから借金をする人達は、借金を返す為に更に借金をする。この話しは、『一事が万事の喩え話』なのだよ。
私がここでこの話しをするのは、借金の事ではなくて、それは単に喩えに過ぎないのだよ。
つまり、ここからが本文になるのだよ❢
人は、仕事が忙しかったので・・という理由で、「後始末を後にする」場合があるのだが、それは結果として、次の仕事が更に溜まって行く•••という悪循環が繰り返されて行く事になるのだ。
それが、「一事が万事」の意味なのだよ。
だから、その仕事の後始末はその日の内にしなければならないのだよ。
しかし、そこで多くの人達が勘違いをしている事は、「その仕事だけの後始末」•••という意味で物事を片付けると、逆に仕事が溜まってしまって、逆に溜まった仕事に押し潰されてしまうのだよ!
仕事を溜めない人の仕事の仕方は、その仕事の仕方をその人の性格にしてしまう事なのだよ。
つまり、その人の日常の行動の全てが、そういった生活patternになっているのだよ❢
日常の生活と言うと大それた事のように思われるのだが、実は大した事では無い。
つまり、手の届く範囲で整理整頓をしているのに過ぎないからなのだから❢
しかも、その為に時間を作るのではなく、お茶をしている次いでに、空いている手で、手の届く範囲を片付けているだけなのだから❢
私がいつも言っている料理を作りながら、後片付けをする・・という意味と全く同じ事である。
全ての仕事をそのpatternで熟している人は、「仕事を追いかけるtypeの人」であり、一部の作業だけを、効率化しようとしている人の作業は、仕事を後回しにする人達と同じように、仕事を溜めてしまうのだよ。
日常生活の全てがその場で完結させる事の出来る人は、ゆとりのある生活をしているのだよ。※)
行動patternで一番大切な事は、無意識にでも、最良の行動をするという事なのだよ。
人間は自分自身に取って大切な所では忠告を聴き守ろうとするのだが、どうでも良い所では、忠告は守らないのだ。
※)その場で完結させるpatternという意味は、仕事がその場で完結するという意味ではなく、その日の行動の予定を完結させるという意味である。
つまり、仕事としてのproject自体が完結するのは、予定日なのだから、という事だよ。
しかし、人間の数々の物忘れや失敗の大半は、人間が無意識に行動した事によって産み出される事の方が大半なのだからだよ❢
だから、無意識をcontrolする事※)が、最も大切な事になるのだよ。
※)無意識をcontrolする-というと、一見すると不可能な話しをしているようにも思われるかも知れないが、それは単に癖を付ければ良いだけなので、簡単な事なのだよ。
日常常に自分自身の行動を確認をすれば、いつの間にかは、無意識にでもそうするようになっているハズなのだから❢
歯を磨く事や、toiletの水を流す事は、無意識にでも出来るだろう?
でも、toiletで水を流すという事は、私達の小学校の時代にはまだ無かったのだよ。
言われた事だけを、忠実に守って、上手く行かないので、諦めて二度とその人の忠告を聴こうとしない人の事を愚か者というのだよ。
その人は、忠告が間違えていたと思ってしまうからであって、自分たちが忠告の表面だけを聞いて、肝心要の所は何一つ守っていない事に気付いていないからなのだ。
そういった、表面だけを追い求める傾向が、時代と共に増えているように見えてしまうのは俺だけなのだろうか??
暴風雨で緊急避難の命令が出ている時に、「税を納めていないから!」と言って、homelessの人達を追い返して、外人旅行者を受け入れる役職員達は、首にすべきじゃあないのかね??
窮鳥は猟師でも助ける・・という事を知らないのかね??
何処に行ってしまったのだ、日本人は??
はてさて私はどのtypeか?(笑)
昨日の夜からのイライラが未だ続いていて、一睡も出来ていないのですよ。そろそろ48時間ぐらいになるのかな??多分、発狂性の欝です。
明日はお久し振りの病院dayなのだけど、これでは検査の数値が心配だよな??
7月26日芦塚先生のお部屋の復活作業 ·
今日の7月の25日が終わって、homepageの「芦塚先生のお部屋」の復活作業も、パソコンの中に残っているdataは殆どcheckが終わって、いよいよ、紙の原稿になる所だったのだが※1)、ふと思い付いて、「㈲芦塚音楽研究所のhomepageの中にも、linkを張った時の原稿がback・upされていないのか??」とcheckを開始してみたら、あるはずの無い原稿(Page=data)が結構、recycle-fileの中にあったりして、♥~!! (ラッキー!!)だった。
(勿論、その膨大なdataの中に、失われた原稿が見つかったら•••という想定の事なのだがね〜ぇ??)
※1)紙の原稿の場合には、OCRが無理なので、膨大なPageを手で入力する作業からなので、気分が重たいのだよ!!
やっと、少し、「希望が見えて来た!」のだが、今日は、もう旣に、50時間以上も眠れない状態が続いているので、明日、病院の検査が終わったら、ゆっくりと休んでから、改めて、調べて見る事にしよう。
という事で、「芦塚先生のお部屋」の修復作業の目途が立って来たのだけど、・・・でも欝は治らない!!
それに、やはり眠れない!
横になって安静にしているのだが、夢か現かで、直ぐに目が覚めてしまうのだよな?
困った❢
7月27日『ウダウダtimeに対しての自己弁解』 ·
『ドルプリこもごも』
昨晩の26日は月曜日なので、10時45分からの食事の遅いrotationなので、10時に辿り着くように、それまでは、Home Pageの修復作業に専念して、それから椎名町に行きました。
はてさて、食事が終わって、cinderella-timeの超、遅くなってしまったので、ドルちゃんが「早く散歩に行こうよ❢」と催促をしたので、ハイツへのお弁当の準備を見切りをつけて、お散歩の準備をしました。(食べ切れなかったお弁当がハイツの冷蔵庫にたっぷり余っていたしね??)
ドルちゃんはお散歩に出発する気満々だったのですが、今夜は深夜1時頃から、台風性の大雨の予報だったので、「ひょっとしたら?」という事で、玄関のドアを開けたら、「な、な、なんと!」外は既に大雨の大風だったのですよ❢
それを見た(雨で毛が濡れる事が大嫌いな)ドルちゃんは、超Shockを受けて、凹んでしまって、床に這いつくばって、一歩も動かなくなってしまいました。
仕方がないので、プリちゃんだけ、大雨の中を義務を済ませに出掛けて、大急ぎで戻って来ました。
台風が近づいているので、帰りは久し振りでRain suitを着て、大雨風の中をBikeでハイツに戻りました。
(Rain suitとは一般的には言わないのだろうけれど、一般的に言われているRaincoatは上から下までの一体型なので、ズボンが別になったtypeの雨具は、bikeやチャリンコ等では、明確に分類されているからです。
Raincoatとrain-ponchoもしっかりと分類されていて、別物として売られていますがね??
bikeでは、大雨の場合には、rain-coatやponchoの場合には、膝から下が結構濡れてしまいます。
bikeのspeedで、裾が捲れてしまうからです。
だから、大雨の時には、Rain suitのjupon型でないとダメなのです。)(英語では日本語のズボンの事をpantsと言うそうですが、昭和の御代に育った私は、どうしても、パンツと言うと、下着の事を連想してしまうので、pantsと表現するのは難しいので、敢えて、日本語のズボン=jupon(仏)と表現しています。)
『ウダウダtimeに対しての自己弁解』
ウダウダのお話は、今日のお話というよりは、昨日の月曜日から延々と48時間も続いているお話なので、今日の朝の時間まで時間を戻してお話をする事にします。
日曜日のオケ練習の時、旣に48時間の不眠が続いていたのですが、それがそのまま、月曜日までも不眠が続いてしまって、睡眠不足の頂点になってしまっていたのですが、お久しぶりの光が丘の病院への通院だったので、病院から帰って来て、結構バテてしまったので、夜は、一応、入眠困難ではあったものの、それでもやっとの事で、ちゃんと眠る事は出来たので助かりました。
都合、何時間眠れなかったのか、判断出来ない程に不眠が続いてしまいましたが・・・。
・・・というか、ウダウダのダラダラ睡眠になってしまって、よく眠れないので、直ぐに目が覚めて、仕方がないのでパソコンの前に座って仕事を始めようとはするのだけど、直ぐに意識混濁になって、寝落ちしてしまうので、困ってしまいました。
眠るならば眠るで、起きるのならば、起きると、ちゃんと出来れば良いのですが、ウダウダ状態で、すっきりとは行かないのですよ❢
団塊の世代としての私としては、怠け者でウダウダと仕事もしない引き籠もりのような人生を結構恥じて、苛まれてしまうのだけど、ウダウダと何度も寝直すのだけど、腎臓の調子が悪いので、夜間頻尿は医師からも認められている体調的に已むを得ない事・・なのだし、頻眠のone‐coolは1時間半なので、一回の睡眠で、4回の頻眠を繰り返したとしても、実際の睡眠時間は合計6時間に過ぎないので、普通の健康な人達の睡眠時間よりも実質的な睡眠時間は少ないのですよ。
但し、それぞれの睡眠の間には、toilette-timeで目が覚めたからと言っても、toiletteが終わって直ぐに眠れる分けでは無いので、intervalのウダウダtimeの時間が30分程の入るので、実際の睡眠時間は、それを合計すると、7時間半になるのです。
一般の人達と同じように、8時間を目標に眠る場合には、interval-timeも含めると、10時間を寝て、やっと、一般の人達と同じ睡眠が取れた事になるのだよな??
その間5回の入眠とウダウダを繰り返す・・という事になるのだが、そやあ、とても無理だわな??
理想的には、4回の入眠の繰り返しで、6時間眠れれば、一応は、ちゃんと睡眠が取れた事になるのだろうが、普通は3回が限度だよな??
その場合には、4時間半の実際の睡眠時間になってしまうので、(実質的にはintervalの30分を2回足して、5時間半の睡眠時間になってしまうので)それが、現在の理想timeなのだろうかね??
老人だし、健康にも問題があるので、実際にはもう少し惰眠時間が欲しい所なのだけどね??
『入眠時間と食事時間のintervalの問題』
私だけではなく、先生達に取っても、rotation的に問題があるのは、lessonが終わるのが夜なので、それから食事となると、睡眠までの時間のintervalが少な過ぎるのだよな。
人間が快眠をするためには、食事の時間から最低でも3時間から4時間のintervalが必要なそうだ。
つまり、胃に食べ物が残っている場合には、胃酸が出てしまう原因になる。
寝ていても消化はされるのだろうが、良質の睡眠を取るためには、空腹状態の方が良いに、決まっている。
夜、先生達と遅い食事をして、仮に小一時間の軽いお散歩を入れたとしても、入眠までに3時間のintervalが取れる事は無い。
結果、toilette-timeに起きた時等には、胃酸が出ていたり、胃がキリキリ痛んだりする事がある。
時々は、何も食べないで、お弁当にして持って帰って、次の日の朝食にする事もあるのだが、そうすると、私だけではなく、先生達も夜食抜きの生活になってしまうので、これも考え物だ。
『ウダウダの弁解』
「今は、夕方の7時半になろうとする所ですが、結局、今日も、何も出来ない1日でした。」・・・と、悩んでいたのだけど、よくよく考えて見ると、病院での検査の次の日は、いつも疲労が溜まっていて、仕事にならないのだよな??
「病院の次の日や、その次の日」のウダウダは、いつものroutineで、毎回、病院が終わったら、同じpatternだよな??
「今回だけ、殊更に、悩む事も無いよな??」とは、毎回、分かってはいるのだけど、自己嫌悪に悩まされるのだよな??
それに「何もしていない!」・・とは言っても、「私(わたし)的な満足感が無い」・・というだけで、norma的には、homepageも結構幾つかの文章を復活させる事が出来た・・し、finaleの作業の説明のlectureもしたし、その場、その場の仕事という仕事は、ちゃんと満遍なく熟してはいるのだけど、所謂、「この仕事をした!!」という、満足感・・つまり達成感が無いのだよな??
お袋は家に居る時には、歳を取っても独楽鼠のように掃除洗濯に動いていたのだが、homeに入って、する事が無くなったら、他の人達のようにぼんやりと日がな一日、テレビを見るのではなく、home中の花壇の手入れをしていたそうだ。
homeのstaffも、結構助かるので、任せていたそうだ。
今は逆に、仕事をさせる方がhomeの方針である所の方が多いようだがね。流石に長崎にはそんなhomeは無かったよな??
当時は、未だ、東京にやっとこ、一つ、二つ、そんなhomeが最先端のhomeとして出来つつある段階だったからね??
7月27日明日は土曜だ・・・ ·
明日は土曜だ!・・・否、土用・・の丑の日だ!!
7月28日『自由業』 ·
一般的には、Salaryman(サラリーマン)(今時、そんな言葉を言う人はいないよな??通常は会社員というのかな??)以外の職業を指す言葉なのだろうか??
自由業(Freelance)とは、仕事の時間を自分で決める職業である。
一般のお店のように、家族でやっている、所謂、パパママ営業もある意味では、自営業には代わりはない。
但し、自営業と自由業には、世間一般に取っては明らかに意味が違って捉えられる傾向がある。
つまり、晴耕雨読のように、仕事を決められた時間の中でしない・・・という事を指して自由業と呼ぶ人達がいるのだが、逆の立場で言うと、常に仕事に対して、自分と向き合わなければならない・・という難しさがあるので、本当の意味での怠け者には務まらない職業でもある。
一般的には「どのような職種があるか??」・・・という事なのだが、野球選手のように、或いは演奏家のように、舞台が決まっていて、それに向かってnormaでNiveauを上げて行かなければならない職業や、漁業、農業のように、天候で仕事日が決まって、自分の思い通りにはなかなか仕事をさせて貰えない職種もあるのだが、それらは職種としては成り立っているので、自営業と呼ぶべきであろう。
私がaround30歳頃の頃に、日本に帰国して仕事を探していた時に、暫定的に大学の講師として就職した。親や周りの人達は、プータロウの私が定職に就いた・・と安心していたのだが、所詮は、非常勤講師はFreelanceの自由業に過ぎないのだ・・という事は一般には理解されなかった。
「大学で働いているのだから、salaryman(これは本来は和製英語なのだけど、今では世界に通用する言葉になったらしいので、カタカナ表記はしません。不思議だ??)・・なのだ」という評価を受けて、安定した職業と解釈される事が多かったのですよ。
つまり、家を買うloanであっても、Freelanceの非常勤講師の職業が通用したのです。
信じられない事には・・・
それに対して、詩人や絵描きや作曲家達が・・、或いは音楽界の場合には、violinistやpianist達が、職業と言えるか否かは、頗る疑問である※1)が、社会に或程度、認められた場合には、それで生活が立つか否かは兎も角としても、社会的には職業として成り立つか、否か??である。(周りっくどい言い方をしてしまったので、平たく言うと、その仕事で生活が出来ているか否かを問うた場合に、職業として成り立つのか否かの話である。つまり、自称では何とでも言えるからである。※2))
私達はpro-アマという言葉と、アマ-proという言葉をよく口にするが、その違いは意外と知られてはいない・・というか、よく勘違いをされたまま使用されているのだ。
pro-アマは、勿論、proのようなamateurを指す分けなのだが、アマ-proとは、恰も、amateurのような生活をしているproの事を言う。
proでありながら、生活(つまり、タツキ)を他の職業でしている場合を言う。
二者は全く別のNiveauの人達なのだ。
世界的な作曲家をしても、世界的な演奏家をしても、その職種だけで、生活をしている人は少ない。
世界的なviolinistであるPerlmanでも、violinの神様と称される Szeryngでも、1年の半分はviolinの指導者として活動をしている。まあ、勿論、たつきの為って事は無いだろうが・・・。
日本では、演奏家が生徒を指導する事はあっても、あくまでも、演奏家としての副業であり、片手間の職業に過ぎない。
だから、指導も手抜きが多いのだが、世界の名手達の指導は、後継者を育成するためのものであり、Niveauに対しては結構厳しいものがある。そこは日本人演奏家の人達との教育に対してのmotivation(価値観)の違いと言えよう。
晴耕雨読の生活をしていたとしても、自分で作り上げた陶器類や絵画等を売って生活をしている場合には、当然、職業として、世間一般にも通るのだが、自分の書きたい物を書いているだけで、1年一作で、生活が成り立たない場合には、幾ら本人がそれを望んだとしても、それで職業としては認める事は難しい。※2)
その最たる職業がviolinistであり、pianistという職業である。
つまり、その稼ぎで、生活を保証する事は難しいからであり、大半は生活を主婦業に依存しているか、大学の先生としての教育者としての職に依存しているか??・・なのだよ。
つまり、音楽家達の意識には・・(というか一般の人達の意識にも・・なのだが)『演奏家に成れなかった、技術不足、力量不足の人達が音楽教室の先生になる』という発想があるからなのだよ。
そういった意味では小学校の先生は短期大学の卒業生なのだが、未だに4年生にはならないのだよな??日本の社会全体も、子供達への指導(所謂、初期指導)は簡単でlevelが低いのだ・・という根本的な発想がある。
初期指導で子供達の将来の全てが決まると分かっている人達は、日本でも数少ないし、私達の教室を育った人達の大半が今でも音楽界で働いているという事は、初期指導が如何にその人達の将来を決定付けるか??という事の証明でもあるのだが、日本人の持つ固定概念はようとしては変わらないのだよな。Perlmanが幼い子供のviolinを指導するのは、如何に初期指導が大切か??を熟知しているかに他ならないのだが、それを理解している日本人はいない。
正に哀号!!である。
私は自分のhomepageに「音楽は職業として成り立つか?」という文章を掲載しているのだが、私に「Classicを専門にしていて、それを職業とするのは難しいですよね??」と私に訊ねて来る馬鹿もいる。(「何故、馬鹿か??」というと、私は音楽以外の、しかもClassic以外の仕事で飯を食った事は無いからなのだよ。
ああ、私も音楽以外の職業と言えるか否かは別として、大学の先生を五年間もしていたのだが、その時は別として・・ではあるが、それはたかだか五年間だけの話に過ぎない。
それ以外の人生は音楽に捧げているのだよな??
というか、大学で指導していたのも、音楽教育なのだから、あながち、音楽以外の職業という事は出来ないのかな??
・・・目の前にそうしたClassicの音楽でしか、生きて来なかったという得難いsampleが居るのに、それが見えないのでは、馬鹿か、阿呆か・・としか言いようが無いのだよ。)
日本では、教育者、所謂、Pianoの先生達のような指導者に対して、「演奏家としての水準や技術が無かったので、指導者になった」という風に言われて、「巷で音楽教室の先生をしている」と言っただけでも、馬鹿にされてしまう傾向がある。
しかし、日本の音楽社会では、或程度は、それは事実なのだろう。音楽大学で学ぶ人達の将来の夢は、演奏家なのだからね??
演奏家として業わいが立つか否かは兎も角としても、自称・・というか、社会通念的にもpianistとして通用する人達の生活のための副職は大学の先生であろうか?
大学の講師という肩書きがあれば、数名の生徒を自宅で教えるだけでも、充分に生活は成り立つ。
その場合には、proのpianistと言うべきか、大学講師と言うべきかは、頗る疑問なのだが・・ね??
私の場合にも、職業欄には音楽教室経営と記されている場合が多いのだが、それは職業として論外なのだよ。
この2,3年間の間に、音楽教室に対しては二千万近い出費をして来たのだから、私に取っては、音楽教室は金食い虫なのだよ。
理想的な音楽教育の環境を提供するための、私の道楽に過ぎないのだから、音楽教室をback・upしなければ、私の生活ももう少しは楽になるのだがね??
教室の経営だけではなく、教室で使用しているKontrabassやgrandpianoのような楽器類、orchestraのscoreやPianoの楽譜類すらも、或いはPAのset、videoや録音機材等も教室の備品では無く、全て私の個人投資なのだよ。
音楽教室が会社である限り、そういったお金を産み出さない投資は、会社の投資としては認められないからなのだよ。
芦塚音楽研究所附属・・から、Classic-onlyというlogoを外すだけで、今の一般の社会で生活をするのは、とても楽になるのだけど、そうすると本当の本物という姿勢からは程遠くなってしまうのだよ。
そこが「痛し痒し」の所なのだよな。
※1)それは、自称芸術家にとっての、書いた物が、そのまま生業(なりわい)に成り得るか否かが疑問であるから・・・なので、成功報酬としての職業としては、成り立つ事が出来るか否かが頗る疑問であるから・・なのだ。
自称、pianistならば、誰でも言う事は出来るのだが、それが社会に認められるには、それなりの対価を上げて入るのか??さもなくば、有名税のようなマスコミ等で知られているか??・・の社会的認知度が必要となるからである。
※2)職業柄、Classicの演奏で優れた模範となる演奏の出来るちゃんとした演奏家達を探すために、You Tubeで検索する事が多いのだが、日本の音楽界で演奏する演奏家達の自称violinistやpianistの多い事、・・しかも、世界で活躍する・・云々とか、恥ずかし気も無く、自称する人達の多い事よ??(私に取っては、有名である事と、優れた演奏をする人は別の人種なのだが、それは一般大衆には分からない話らしいのだよな??日本人に取っては、音楽は他所の国の文化に過ぎないのだから・・ね??)
※3)日本のClassic音楽の歴史は、たかだか100年ぐらいに過ぎないのだけど、Europaでは、教会音楽の歴史を加えると1000年以上の歴史がある。Renaissanceまでの音楽を前期の歴史として古典として捉えたとしても尤に500年間の歴史があるのだよ。
だから、それぞれの時代に即して、超、専門家が存在する。
所謂、period研究家である。そういった人達に中には、現存する超有名演奏家達よりも遥かに優れた演奏技術を持つ秀逸な人材が多いのだが、昔は、genreで一生無名のまま終わってしまった。
現代はnet社会なので、そういった超maniacな人達の非常に優れた演奏をYou Tube等で聴く事が出来る。
一般の人達が観聴きしている華やかな音楽の世界とは、全く異なった異次元の日本でいう所の古典芸能の世界のお話なのだが、しっかりと、そのgenreが存在し、且つ、成り立っているのだから、やはり、伝統は伝統である。しかし、そこに君臨する巨匠達は表の世界で知られる事は無い。
7月30日二日掛かりでVivaldiの ·
今日というか、昨日というかの、7月の29日の木曜日までに、二日も掛けて、Tomaso Antonio VitaliのChaconneのHome Pageを作りました。
作りました・・・とは言っても、Facebookでオケ練習や発表会等の時のVitaliのcommentと、You Tubeでは、教室の発表会や対外出演で演奏したVitaliのChaconneの動画を集めただけなのですがね??
それでも、2018年の9月にHome Pageの「芦塚先生のお部屋」のPageをぶっ飛ばして以来、お久しぶりのPageの新設になりました。
二日掛りのPageの作成を終えて、深夜の2時を過ぎて、「今夜こそは早目に睡ろう!」と思ったのですが、なんとなく、眠る気にならなくて、video-deckに保存してあるvideoの映画を見てしまいました。糖質0のbierの中缶を飲みながら・・ですが・・・
映画自体はBruce Willisのcriminal物だったのですが、昔々一度見た映画にも関わらず、今回の二度目もしっかりと見てしまいました。
別にそんなに好きな映画では無いのだけどね??
8月1日光陰矢の如し•••とは言ったものだが ·
光陰矢の如し•••とは言ったものだが、今日は何と(!?)8月の1日である。
まさに、季節の移り変わりは、容赦の無い残酷なものである。
それに更に、異常気象が加わり、数年前までは想像も付かなかった猛暑が、毎日続いている。
ただでさえ老人には耐え難い酷暑が容赦無く襲って来るのだが、それさえも、catastropheのほんの一部にしか過ぎない。
ついにコロナの一日の感染者が日本では1万人を突破して、東京都も、ついに4千人超えになってしまったそうだ❢
ハイツの狭い部屋に閉じ籠もって、もはや二年近くにもなるのだが、コロナの蔓延の改善の予見はまだ見えない。
今日は定形のオケ•室内楽の練習と夏の合宿の始まりなのだが、このご時世なので、合宿とは言っても、最小限の形で・・、練習だけにして、お泊りは無しにしてしまった。
いずれにせよ、合宿とは言っても、私はオケ練習の時だけのTeleworkの参加だけなので、後は車の運転手として・・だけの参加なのだ。
この所の引き籠もりの作業は、Tartiniの「悪魔のtrill」のbaroque-versionの作成に取り掛かっていたのだが、原典版やfacsimile版の間違いの多さに辟易している所なのだ。
普通ならば、和声学的に正しい進行では無い箇所を間違いとして訂正すれば良いようなものなのだが、Tartiniは性格的に、ワザと楽典的な間違いをさせる事がよくある。
だから、論理的に間違いだから・・と言っても、Tartiniの意図であったりするのだよ。
それを判断するのは、最早、感性の問題かな??
それに、「芦塚先生のお部屋」のhomepageの中に、la foliaとVitaliのChaconneのhomepageが見つからなかったので、急遽、la foliaのPageとVitaliのChaconneのPageを作って、結構完成形に近づいて来たのだが、・・・・今日、何と、VitaliのChaconneのPageが、homepageの中に、見つかったのだよな。
つまり、linkが外れていて、そのPageが公開されていなかったのだよ。元のPageが紛失されていたのだよ。
超、Shockだ!!
二日間の作業が全くの無駄になってしまった。
FacebookからとYou Tubeから、音源とcommentをcopyして、homepageを作り上げたので、昔のPageと、新しく作ったPageの内容が全く同じになってしまったのだよ!!
Tomaso Antonio VitaliのChaconne
ashizuka-s-oheya.ashizuka-ongaku-kenkyujo.com/vtl-chcn-no-ohs.html?fbclid=IwAR1neRSZ6wEl7lBLWH4SbOvu-Efd-pMZUaZDc4c6O9-usA2-nkIqWQQyess
Tomaso Antonio VitaliのChaconneのお話
http://ashizuka-s-oheya.ashizuka-ongaku-kenkyujo.com/vtl...
果てさて、これは困った!! どうしよう??
どちらかのPageを削除してしまうか??
それとも、layoutは全く違うのだけど、書いている内容は全く同じなので、新しく別々に内容を展開させて行くか??・・だよな??
それにしても、コピペだけで作られた論文というのは、まるで、大学生の論文だなや??
真面目にやれや~??
Ich schäme mich so??
まあ、取り敢えずの叩き台としての、Pageなのだから致し方は無いのだがね??
コロナで無観客になったのに、首都高は、相変わらず千円上乗せしたままである。その逆に深夜の0時から4時までは半額セールなのだから笑えるよな??
・・てな事を言いながら、今日の夜は深夜の0時に首都高から千葉へ移動して、明日の深夜に東京に帰って来るrotationなのだよな??
俺ならば、そんな、日伸ばしは時の盗人のような事はしないのだけどな??
俺の1時間当りの「シノギ」は、40年前の相場でも、時給千円ではないからね??(大学の時給は法的に決まっていたので、結構、当時は、良い収入だったのよ。だって、rankは教授のCだったのでね??=助教のBで、講師の特A,つまり、高級取りだったのよ。)
だから、大学が「専任になれ!」って、うるさくってさ??
でも、専任になったら、給料になるので、突然、単位時間の時給は下がるし、毎日大学に行かなければならなくなるので、自分の仕事が出来なくなるのだよ。
頑張って、大学で働いていた五年間は、断り続けたのだよ。
非常勤は給料が抜群に良いからね??
週に2日しか行かなかったし・・・。
だから、本も何冊かは、出版出来たしね??
まあ、それも、音楽教室を作る前の夢物語のお話だけどね??『時の盗人のお話』
・・てな事を言いながら、今日の夜は深夜の0時に首都高から千葉へ移動して、明日の深夜に東京に帰って来るrotationなのだよな??
俺ならば、そんな、日伸ばしは時の盗人のような事はしないのだけどな??
俺の1時間当りの「シノギ」は、40年前の相場でも、時給千円ではないからね??(大学の時給は法的に決まっていたので、結構、当時は、良い収入だったのよ。だって、rankは教授のCだったのでね??=助教のBで、講師の特A,つまり、高級取りだったのよ。)
だから、大学が「専任になれ!」って、うるさくってさ??
でも、専任になったら、給料になるので、突然、単位時間の時給は下がるし、毎日大学に行かなければならなくなるので、自分の仕事が出来なくなるのだよ。
頑張って、大学で働いていた五年間は、断り続けたのだよ。
非常勤は給料が抜群に良いからね??
週に2日しか行かなかったし・・・。
だから、本も何冊かは、出版出来たしね??
まあ、それも、音楽教室を作る前の夢物語のお話だけどね??
『homepageが突然おかしくなってPageのlayoutが壊れた』
てな事を書きながら、VitaliのChaconneのPageの校訂をしていたら、突然、途中の文章のlayoutが崩れて、何度、手直しをして、uploadし直しても、それがuploadされないのだよ。
ついに諦めて、再installを試みたのだが、やはり、改善されない。
元のおかしくなる前の文章に戻そうと試みたのですが、それすらも出来ないのだよな??
虞や虞や汝に如何せん??
Facebookの文章もおかしくなってしまったので、編集履歴からの復元です。
次いで、と言えば次いでに、Home Pageの修復は諦めて、バグっている文章を思い切って削除してしまった❢
何と、正常に戻ったのだよな?
8月3日今日は8月3日の火曜日なのだけど ·
今日は8月の3日の火曜日です。
どうしても感覚的には水曜日の気がして困っているのだけど、水曜日ならば歯医者の予約日なので、結構、時間に制約されてpressureがあるのだけど、火曜日ならば1日、自由時間なので、時間的な制約がないので、少しは気楽なので、火曜日の方が楽なので良いのです。
7月の30日の金曜日ぐらいから、合宿の準備のドタバタが始まって、私は基本的にはお手伝いはしないのだけど、私もrotation的に振り回されてしまいました。
夏合宿とは無関係のお話なのですが、その合宿の下準備のチョッと前の頃から、やっていたhomepageの修復作業で、ChaconneやfoliaのPageを修復・修理していた時に、Tomaso Antonio VitaliのPageが見つからなくて、結局、「作って無かったから・・」と言って、VitaliのPageを新設したのですが、その後、fileの一覧の中にhomepageにlinkが貼られていない『VitaliのChaconne』のPageが見つかって、double-bookingになってしまっているのに気づきました。
その二つのPageを一つに統合するのか否かを悩みながら、FacebookやYou Tubeからのdataの貼り付けの作業をしていたら、
その新しく作ったPageのlayoutが途中から壊れて、超、変なindentの状態になってしまいました。
色々と工夫をしながら、修理を1日以上も掛かってしたのですが、何をしても改善出来なくなってしまいました。
という事になってしまったので、最終的に諦めて、おかしくなった文章を全部削除して没にしてしまいました。
それとは無関係に、平行で「ハイツと椎名町の荷物の移動」の予定が俺と牧野先生との計画が全く合わなくて、それに新教室に使用する家具や日曜電化品へのヤフオクの入札や取引の予定を、「牧野先生の携帯では出来ない」という事で、全部俺がする事になって、幾つもの作業がdouble-booking、triple-bookingになってoverflowのover‐workになってしまいました。
それに加えて、更にハイツのテレビの保存用のhard-diskが壊れて、保存しておいたvideoが見れなくなったのと、勿論、再生も出来なくなってしまったのと、更には、『悪魔のトリルの改訂の作業』をしていたのに、パソコンの横に設置されている仕事用のPianoである「CASIOのprivia」が壊れて音が出なくなってしまいました。
CASIOのpriviaの故障は基盤の故障と思われるので、多分、出張修理の基盤交換で簡単に直るハズなので、
直ぐにnetで修理依頼をしておきました。
そうこうして、なんとか仕事を熟すために、夜の食事(・・というか、一日何も食べていないのですが・・)や、プリドルのお散歩もパスをして、仕事を切り盛りしていたので、とうとう、疲れ果てて、寝込んでしまって、次の日のお昼からの「日曜日のオケ練習のvideolessonのTelework」も、寝込んでしまって、「起き出してTeleworkしようかな?」とは思ったのですが、情緒的・感情的にも結構イライラしていたので、敢えて、Teleworkで子供達の前に顔を見せるのはやめる事にしました。
いつも、冷静沈着な先生でいたいからね??
それに教室の作業と私のrotationの話を更にややこしくしているのが『首都高の「千円上乗せ」問題』です。
0時から4時迄の間ならば平時の半額になるのですが、その時間内に首都高に乗らないいけないので、時間の設定が僅か4時間以内に設定しなければならないので、仕事のrotationが、超難しくなってしまい、結局、時間の無駄が出てしまって、予定時間に振り回されてしまいます。
日曜日の深夜にプリドルを乗っけたままで、千葉ではなく、ハイツに車で移動して、大型のテレビやエクゼ・チェアを積み込んで、それから、新教室に移動して、お泊りの美音ちゃんと斉藤先生を乗せて、朝の6時前にユーカリが丘に着くように、移動して、ユーカリが丘の教室の茫茫と伸び放題に伸びた植木や雑草の伐採と整理をして、斉藤先生のviolinのlessonがあるので、斉藤先生のlessonと平行で、牧野先生と私の二人だけがジョイフル本田で棚板とかの作業の道具類を買いに出かけました。
超大きなDIYのお店だったのだけど、牧野先生が携帯を車に忘れてしまったので、お店中を探し回って、結局、偶然会ったのだけど、それまで時間も体力も・・バテバテになってしまったのだよ。
ユーカリが丘の伐採の作業や、lesson室の隠しspaceの中に楽譜棚を作る作業は、私は体調の温存のために、生徒達や先生達に任せて、別室で仮眠をする予定だったのだけど、生徒達が電動drillの使い方や、棚板の寸法の取り方、実際の作業の仕方等を図面に書いて説明をしようと思ったのですが、紙での説明では無理だったので、私が実際にその作業をやって見せて、子供的に仕事の仕方を覚えて貰いました。
という事で、結局の所、怪我をしないように、安全な電動工具の使い方や効率的な作業の仕方を、実際にやって見せながら・・・になってしまいました。
食事時間まで掛かって、黒Pianoの部屋の棚板は出来たのだけど、もう一部屋の白Pianoの部屋の分は全く手付かずのままだったのですが、生徒達が後片付けの作業を始めていたので、そうすると、二度とdriverや棚板を出して、作業をする事はこれから先は無くなってしまうので、折角、道具類が出ているこの機会に、私が急遽棚板を作り上げる作業をする事にして、大急ぎで私が白Pianoの棚板を1時間程で完成させてしまいました。
まあ、そこでは『板が足りない』『釘が足りない』・・という計画性の貧弱さや、risk管理の無さのtroubleがあったけれど、まあ、作業を終らせる事は出来たので、・・・なんとかね・・・???
2日の月曜日の深夜までには、ワクチンの接種が東京である斉藤先生と、大急ぎで0時の割引の時間帯に首都高にin出来るように車を走らせたのだけど、流石に、今日一日の大hardな工程は、普段だったら3日分ぐらいの作業なので、超、バテたよな??
まあ、それが1日が飛んでいる原因なのでもあるのだけどね??
椎名町に到着して取るものも取り敢えず、bikeに乗り換えてハイツに戻りました。
月曜日も深夜になってしまっていたので、懸案のCASIOのpriviaの修理依頼のmailの返事を見て見たら、超、Shock・・な、mailの返事でした。
CASIOからの返事のmailは、「型番が古いので、基盤が無くて、基盤交換に応じられないので、修理を引き受ける事が出来ない!!」との事でした。
でも、ハイツのpriviaは、仕事で使用しているKeyboardなので、一刻も早くなんとかしないとね~ぇ??
それに処分するにも、粗大ゴミの連絡をしないといけないし・・・??
この所、雑用が多すぎるのだよな??
それはそうと、今日の食物が全くないぞ!!
どうしよう??
まあ、それ所では無いか??
写真はユーカリが丘教室の伸び放題の雑草と道路にはみ出した枝を伐採している所です。
教室多しと言っても、生徒達と一緒に雑草の刈り取りと枝の伐採をしている教室は、日本では無いよな??
勿論、必須ではありませんよ。
希望者だけですよ。
お母さん、お父さん、お手伝い感謝します。ありがとうございました。
道路にハミ出している枝をratchetの植木鋏でcutをするのだけど、皆さん枝が太いので、切れないので、仕方なく、私が切る事になるのですよ。
私には、事も無い話なのだけどね??枝を切るのは、枝を当てる位置が鋏の根元にしっかりと付けて切る事と、後は、速度です。速度が速ければ、そんなに力は必要ありません。
とてつもなく暑いので、朝の6時から8時頃までの早朝の作業です。
9時には、ジョイフル本田に棚板を買いに行きます。
生徒達や保護者のお父さん達も手伝ってくれました。
新教室のlesson室の楽譜棚の取り付け作業です。
観音開きのドアがあって、内部の寸法と入るsizeが違うので、棚板は中で組立なければならないのです。下駄の状態で入れようとすると、一番下の1枚しか入らないのです。
難しい作業ですよ??
電動drillの使い方のlecture風景です。
怪我をしないように、電動工具の使い方の基本のlectureです。日常生活では女性は力が無いので(梨紗のような例外の生徒もいますが)電動工具の使用法を覚えると楽にDYIが出来るようになります。力も要らないし、時短にもなります。勿論、学校では教えてくれないのだけど、そういった日常を使い熟せるようになる事が人生のとても大切な事だと思っています。
大学生なので、珠加ちゃんがdrillの担当をしました。流石に小、中学生では無理なので・・
8月3日『CASIOのpriviaが壊れた!』 ·
長年、ハイツの自宅で愛用していたpriviaが突然、壊れて音が全く出なくなってしまった。
ハイツは築年数の古い音出しが出来ないmansionなので、acoustic-Pianoを部屋に入れるのは諦めて、電子Pianoが2台、部屋毎に入っている。
一台の仕事のための電子Pianoは当然、priviaなのだが、もう一台は、電子Pianoとしては、非常に高価な(55万もしたのだぞ!)ヤマハのClavinovaだ。
仕事でパソコンに入力するために、Keyboardで確かめたりするためなので、どうしてもPianoを弾く時間が深夜になる事も多いので、acoustic-Pianoでは、演奏時間が拘束されるので利便的では無いのだよ。
比較的に早い時期にアクリルの譜面台の取り付け部分が割れてしまったので、注文したのだが、その部品は販売されていなかった。
という事で、netで検索をして同じ部品が売っていたので、直ぐに購入しました。勿論、中古なのですけれど、取り付ける部分は割れてもいないし・・ね??
priviaの故障は、多分、「基盤交換なので、直ぐに治るだろう」・・と、思ってCASIOのmaintenanceにmailをしたのだが、土曜日の夜の事なので、日曜日には返事が無いと思われるので、次の営業日の月曜日までは、当然、返事がないのだよな??
・・・という事でJcom-mailは携帯では開く事が出来ないので、月曜日の一日の超hardな仕事が終わってからの深夜に・・、つまり、月曜日の深夜にハイツにやっと辿り着いて来てから、パソコンを開いて見たのだが、・・・超、Shockな事に・・、「型番が古いので、基盤が無いので、修理出来ない」との修理拒否mailだった。
買って10年経った分けでもなかろうに、無碍な慇懃無礼な対応だよな??
CASIOの電子Pianoも、30万も40万もする高価な電子Pianoの方が、販売的には主流であって、廉価で利潤効率の悪いpriviaでは、maintenanceもついついいい加減になってしまうのだろうが、私は音楽家なので、幾ら40万、50万する高価な電子Pianoであっても、電子Pianoに私が価値を持つ事はないのだよな。
steinwayやBösendorferのKoncert-grundPiano等のacousticのPianoのvividなtouchは、電子Pianoでは再現出来ないし、基本的に電子Pianoのtouchと、acousticなPianoでは、touchも、音も弾き心地も全く違うのだよ。
それは本当の本物の音と、機械が出しているimitationな音の違いなのだよ。
30万も40万も出して高価な電子Pianoを買うのならば、同じ程度の金額で、中古のちゃんとしたacousticのPianoを買う方が良いに決まっている。探せばその程度のacousticな中古のPianoは幾らでも販売されている。
どんなに交換電子Pianoであったとしても、それはあくまでもacoustic-Pianoのimitationに過ぎないのだから、電子Pianoに幾らacoustic-Pianoの代用品としての機能を期待しても意味は無いのだよ。
電子Pianoの利便性は、mansionのような音を出せない環境の所で、思いっ切り、headphonで聴ける事だけなのだからね??
priviaという機種を私が推薦していたのは、何せ、10万程度で買える・・その安さと水準なのだよ。
安さの割に、50万程度の高性能の電子Pianoにも劣らない水準を持っているし、一人でも動かせる手軽さ・・と、更に、50万のClavinovaよりも、より優れている利点は、acoustic-Pianoで練習をしている人達の陥る・・音の伸ばしの問題で、芸大等の先生達までが、Bach等のbaroque時代の複旋律の動きや、古典派の時代の音の余韻の奏き分けが聴き取れない・・という事だよ。
だから、昔の私の生徒達には、Bachのinventionに入った時点で、小さな安いKeyboardを買わせて、pipeorganの音で、声部の交差の奏法の練習をさせたのだよ。
私のlessonでは、生徒達が重なる時間帯にlessonに来るようにprogramしていたので、一人の生徒がinventionの一声を片手で弾いて、反対の声部を口で歌うとか、二声部を弾いて、もう一人の生徒が別の声部を弾くとかで、声部の独立性の勉強をさせていたのだよ。(写真は教室で制作した声部別に分けたSinfoniaの一番の楽譜です。key(音部記号)はBachのoriginalのkeyのままで、ト音記号やヘ音記号には訳してはいません。原譜通りです。)
それはあくまでも、教室でのensemble-lessonの方法なので、個人で自宅で練習をするには、acoustic-Pianoでは無く、持続系の音の出せるKeyboardか電子Pianoの方が、練習には都合が良いのだよ。
高価なClavinovaよりも、安価なpriviaの方が優っている点は、pipeorganやstringsの持続系の音を出せる事なのだよ。
特に、BachのinventionやSinfoniaのような水準になった生徒の場合には(複音楽の声部をちゃんと聞き分ける事の出来る先生に運良く巡り会えた生徒の場合には)Organ系の音が出せる楽器をsubに持っていた方がより好ましいのだよ。
勿論、蛇足的には、finaleのmidi-Keyboardとしての使用も可能なのだが、そうすると、電子Pianoの上にパソコンを持って来なければならないので、逆に仕事がし難く、興ざめである。
また、priviaの欠点の一つは、音の伸び(所謂、音量の減って行く時間)が若者向きの軽音楽の伸びなので、我々Classicの人間に取っては、音の減数時間が超、短か過ぎるので、その時間が調整出来るようになっていたら、良かったのだけどね??
そうすると、高級機種になるのかな??
但し、micを介さないで、directに音を録音出来るのは、電子楽器の特性であって、部屋の中の雑音が録音されないので、それは、とても良い。
いずれにしても、修理依頼を断られてしまったのでは、折角のpriviaも粗大ゴミに出す他は無いので、partsを分解して、基盤の壊れたKeyboardの部分だけを粗大ゴミで出してしまうか??
何時、分解するか・・が問題だよな??
これも一人では難しいからな??
音大生でも雇うか??
8月3日昨日は、lessonや練習の合間に、lesson室の楽譜棚を制作しましたが、 ·
昨日は、lessonや練習の合間に、lesson室の楽譜棚を制作しましたが、今日は、食器棚に食器類を戻す作業をしました。
一通りの作業が終われば、2階のHallで、TafelMusic(と言うか、食事・・)も可能になります。
え~っ??スプーンだけでもこんなにあるの??」
いや、それでも足りない時があるんだよ??
今回の合宿はお久しぶりの合宿です。
コロナで自粛していたので、お引越し後も、出していなかった合宿用の食器類を探して出す所からです。
ちゃんと出し易いように、よく考えてしまってね??
何を作っているのかな??
上手だね??
なかなか上手にしまってあるよ??
夏合宿や冬合宿の元来の意味(本当の目的)は、生徒一人一人の日頃(日常)の状態を正しく把握する事です。
教育とは「その場の宿題の出来ではなく、あくまでも家庭でどのような生活をしているか??」にその生徒の将来があるのです。
だけど、普段のlessonの時には、あくまでも学習して来た練習の成果をcheckするだけなので、練習の仕方や日常の勉強法等の把握をする事は難しいのです。つまり、器用な生徒は、だらけた日常を繰り返していたとしても、その場だけは取り繕う事が出来るからです。
でも、そういった勉強方の場合には、将来的に高校生や大学生になった時には、日頃のツケが出てしまって、頑張ってコツコツと勉強を重ねて来た人達に、一瞬に追い越されてしまいます。
これが本来の「兎と亀の理論」なのです。
私のmethodeでは、「兎と亀の競争」には、幾つかの仮定論が入ります。
それはrisk管理上の問題です。(日本語ではriskmanagementと言うそうですが・・・??)
先ずは、第一に、「兎さんがgoalする前では無くて、goalをしてから休んだら、結果はどうなっただろうか?」という質問(antithese)です。
だって、現実の世界ではgoalを前にして休む人なんて、いる分けは無いからです。(・・否、「いた!」 「いたよ!!」 弟子で、後、一歩だけで仕事が終わるのに、その一歩をしないで保留にしてしまう癖のある生徒がいたよなぁ?? いつも、「後一歩だけ進もう!」と言っていたのに、等々、最後まで出来なかったよな??)
だけど、発表会一つとしても、子供達の勉強の方法は不条理に満ちています。
先ずは、「後伸ばしの原理」です。
「後伸ばしのlesson」と言う意味なのですが、その説明をしなければ、分からないよね??
先ずは、一般的な音楽教室を例に上げて説明すると、普通の先生達のlessonの場合には、①譜読み(音符だけの)をして、②Pianoで弾いて、③音が分かったらそれから練習をして、④弾けるようになったら、それから指使いを決めて、⑤その指使いで弾けるようになったら、強弱を付けて、⑥発表会の直前になったら、最終的に暗譜をします。
これでは、学校教育のやり方と大差はありません。
何度も、何度も同じ事の繰り返しに過ぎません。
私のmethodeと言うか、教室の勉強法は違います。
私のmottoは、一度で済ませられる事は一度で済ませるという原則が重要なpointなのです。
曲を生徒達に渡す日、所謂、「譜面渡しの日」には、その曲の模範演奏を先輩がして、曲のimageを後輩達に教えます。
同時に、その生徒の発表会で目標のtempoをMetronomで、決めます。当然、そのtempoで練習して来る分けでは無いので、
曲に細かく練習番号を付けて、難しい部分の抜き出しの練習のpointの説明と練習法をlectureして、次のlessonまでの練習tempoを決めます。
生徒は、先ず、その生徒の技量に合わせて、譜読みと暗譜をします。発表会までは半年の工程なので、発表会当日までのlessonの回数と、rehearsal までの練習の工程を決めます。
暗譜では、必ず、小節番号や段数(何段目の右からなん小節目とかです)、強弱記号も指使いも一緒に覚えます。
lessonでは基準となるMetronomのtempoに質問のtempoと答えのtempoの把握をさせます。だって、音楽は会話なのだから質問と答えが棒読みでは、困るでしょう??
暗譜のコツは練習の時に譜面を見ない事です。
同じ箇所の譜読みを2回、3回としなくても良いように、細かく覚え方の指導をします。
何故ならば、人は・・・何を、或いは・・何処までを、覚えたら良いのかが分からないと、・・何をもって完璧な練習なのかが分からないからなのです。
だから、その小節の中の覚えるpointを説明して理解させる事が重要なのです。
暗譜はstepupではないのですよ。
一回で済ませられる類いの事なのですよ。
小さな子供を指導する時に、「暗譜は難しくて出来ない。」と泣きべそをかいてくる生徒がいました。
「じゃあ、暗譜で弾かなくても良いから、目を瞑って弾こうか?」と言ったら、喜んで弾いてくれました。
お母さんは、それを見て驚いていました。
「だって、先生、目を瞑って弾いたら、暗譜なのではないですか??」と質問がありました。
「果てさて、子供にとってはどうなのかな?」
子供を騙すのではなくて、子供の視点を変えるのです。
幾ら子供でも、大人が悪知恵で騙す事には敏感に反応します。
教室には子供用の可愛いアイマスクが置いてあります。
鍵盤を見ないで弾く練習に使用するのですが、暗譜の練習では無いのですよ。
これも、暗譜のタメでは無くて、あくまでも、鍵盤を見ないで弾く練習なのですよ。
そこの違いをしっかりと分かっていないと教育の本質は見えて来ません。
大人は怠け者なので、なんでも、次いでに間に合わせようとしてしまいます。
つまり、目を瞑って弾く事は暗譜の練習にも繋がると思うのでしょうが、目を瞑って弾く事は、音に集中する事であって、暗譜の練習では無いのですよ。
eyemaskは鍵盤を見ないための道具であって、暗譜への道具では無いのです。
そこの違いをハッキリと掴んでおかないと、折角の教育方針が無駄になってしまいます。
そんなもんです。
家で練習をする時の暗譜へのadviceなのですが、暗譜が苦手の人には、練習をする時には、譜面台に立てないで練習する事を勧めます。譜面は書き込み易いように、tableの置きます。教室には立奏用のtableと座って練習する時のtableが置いてあります。折り畳みの安いtableですが、それで充分なのですよ。
暗譜が出来ない人達は練習の時に譜面台から楽譜を外せない人達だからです。
暗譜が怖いのは、普段の練習で暗譜で練習しないからなのです。
最初から暗譜で練習すれば暗譜は怖くなくなります。
暗譜の仕方は英語の単語の能率的な覚え方と同じです。
辞書で覚えている単語を消して行けば、覚えていない箇所のPageだけが残ります。
だから覚えていない所を覚えれば良いだけなのです。
学校への行き帰りのバスの中の僅か10分程度の勉強で、2,3ヶ月もあれば、500ぐらいの単語は覚えられます。
私達の時には、中学校の英語の単語数は3000でした。
しかし、その3000の単語の半分は日本語の外来語なので、実際に覚えなければならない単語の数は、実際には1000ぐらいだけなのですよ。
暗譜の苦手な人は、覚えている所でも、楽譜にしがみついています。
だから、「暗譜の出来ていない所だけを見るようにすれば?」とadviceをするのですが、なかなか譜面が外せないのですよ。
だから、私のadviceを聞いて、覚えていない所のスクラップブックを作るようになった生徒達は直ぐに暗譜が得意になってしまうのですよ❢
それぐらいのチョッとした工夫なのですが、それをするかしないかでは、雲泥の差があります。
いずれにしても、発表会の日にちは決まっているので、譜面を直前で覚えるのと、楽譜を貰ってから直ぐに覚えて、lessonを暗譜で受けるのでは、上達には信じられない程の差が出てしまいます。
同じ「暗譜をする」・・という努力なのですが、その暗譜のtimingが違うと、結果は全く別の結果を生み出すのですよ。
他所の教室で音楽を学んで来て、或程度、Pianoの技術力が身に付いて、演奏するのが上手になってからでは、譜面を貰った時に、曲を全部暗譜をするのは、難しい事になるのかもしれませんが、本当ならば、Pianoを学び始める時のBeyerの教則本の時から、暗譜の癖を付けている人に取っては、暗譜は努力で出来るものではなく、自然に出来るものなのです。何故ならば、Beyer教則本の最初の課題は18小節ぐらいの短いもので、しかも、AABとかABAの繰り返しのpatternで出来ているからなのですよ。
最初から、暗譜で学び始めると暗譜は癖になってしまうので、暗譜をするのに、努力が必要無くなるのですよ。
暗譜が・・曲を練習する前に出来るか否かでは、音楽の練習の速度は全く異次元のお話になってしまいます。
何故ならば、人間は「二つの事を同時には出来ない」という事は、心理学的に証明されている事なのですからね!!
学校教育で普通に行われている、「黒板の文字をノートに書き写しながら、先生の解説に耳を傾ける」という事は「心理学的に不可能である」という事が、既に証明されている事なのですからね。
・・という事は、学校での「先生のお話を良く聞きながら、黒板を写して・・」という事は不条理なのですよ。
無意識に黒板を写しながら、先生の話に耳を傾ける・・という事は出来るかも知れないけれど、それではノートは滅茶苦茶になるでしょうね??
私は、中学生の頃には、この板書が大嫌いで、授業時間の中で黒板を写し終える事はありませんでした。それが勉強嫌いの理由の一つでもありました。
私が大学で指導していた頃に、授業の内容をprintして生徒達に渡していたら、大学の事務局から、「事務員の仕事を増やすな!」と大目玉を受けてしまいまいした。
仕方が無いので、classのreaderの学生に授業が始まる休憩時間に講師の部屋に呼び出して、休み時間の間に教室の黒板に書いて生徒達に授業の始まる前までに移すようにしました。勿論、私の授業では、録音やデジカメの撮影もOKにしています。
大学の授業のお話なのですが、これは音楽の勉強の時も同じなのです。
つまり、楽譜を目で追いながら演奏をするという事は、「音を聴いていない」という事になるのですよ❢
また、演奏に集中して、音を聴いている時には、目は譜面を見ていないのです。
今は、私は••••??
今は、・・私は、テレビを見ながら、お茶を飲みながら、作曲をしたり、論文を書いたりしていますがね??
実は、この文章を書きながら、テレビのコラムを見ているのですよ。
歴代の作曲家には、実に「ながら族」が多いのですよ❢
アハ!!
先程の「兎と亀」のお話ですが、私だったら、兎さんが人生で失敗しないように、先ずは「勉強の方法論」を指導します。
riskmanagementも、同時に教えて、陥り易い落し穴を予めlectureして、その回避策も予め伝授して起きます。
でも、私のadviceを忠実に聞いて育った生徒達には困った事があります。
それは、私から学んだ事が自然に身に付いた事にしか過ぎないからなのです。
「後輩の面倒を見て!」と、頼んでも、学校の勉強の仕方についても、或いはPianoの練習の仕方についても、「普通にやれば良いのよ!」としかadviceが出来ません。
彼女達に取っては、それが普通なのだからです。
いや~あ、困った??
理想的には、一般の音楽教育で挫折をして、1から勉強をし直そう・・という人が、芦塚methodeを勉強してくれると良いのですが、そういった人達は、日本の音楽教育の悪い面を体験しているので、芦塚methodeの勉強はし易いのです。
芦塚methodeから、何を学べばbestかが、良く分かるので、それは利点のように思われるのですが、残念ながら一度身に付いた悪い癖を直すのは、5年、10年では無理なのですよ。
つまり、学んで来たのと、同じ年数がその癖を取るのにも、掛かってしまうのですよ。それが私が大学で学生達を指導しない理由なのです。
つまり、大学の4年間では、小学生の時から身に付いた悪癖を取り除く所が出来るか否かであって、とても、Europaのtraditionalな音楽の技術を身に付ける所までは行きません。
ましてや、日本の音楽的な環境は、殆ど99%まで、Europaのtraditionalとは違った、ロマン派以降の音楽の奏法が主流になっていて、古典やbaroqueの音楽は皆無と言って良い程、知られていません。源氏物語を口語で読む・・、或いは、近現代の思想のままに、古典のものがたりを構成し直すという事が一般的なのです。
そういった雑技が蔓延している現代の奏法に毒されていない未だ音楽を学んでいない子供達に、Europaでは正しいtraditionalな音楽技術を意図も簡単に楽に身に付ける事が出来ます。
rootsは音楽の原点なので、rootsを学ぶ事は簡単なのですよ。
古典の音楽が難しいのは、近現代の奏法から抜け出せないからなのです。一度、頭を白紙にして見ると、rootsを学ぶ事は頗る簡単になります。それが子供を指導する理由です。古典から近現代の奏法は始まったので、rootsを知っていると、近現代の奏法を学ぶ事も頗る簡単になります。
まあ、当たり前の事なのですがね??
日本人の間には、勉強とは辛い厳しい忍耐力を持って、接しなければならない・・という思い込みがあるように思われます。
辛い厳しい事に挑戦して、それに打ち勝つ事が成功の秘訣のように言われています。
しかし、それはあくまでも徳川家康が日本に持ち込んだ儒教の思想に依るものなのです。
勉強とは、知識を満足させる事であり、とても楽しい事なのです。
だから、学校の教科書を作っている学者先生達は、勉強が好きで、勉強する事は楽しくて堪らないのですよ。
だから、専門家になるのです。
子供達が勉強を好きになる方法は、その専門家の人達になにが楽しいのかを聴くと良いでしょう??
その勉強が出来たrootsを知ると、勉強は楽しくなります。
それが私の勉強法であり、教育法なのですが、勉強は楽しい・・という私のadviceを生徒や保護者達が「聴く」か、「聞かないか?」は、その人達、次第なのですがね??
私はとても不器用な人間で、私が小、中学生の頃には、私の仕事(その時代では勉強かな?)の仕方がとても遅いので、それが私のtraumaであり、complexでした。
だから、私が社会に出てからの私自身のcomplexの克服の仕事法は、①人よりも先に仕事に入る、②徹底的な可能な限りの時短、③色々な仕事の同時平行作業の3本の柱でした。
たった、これだけの事を意識するだけで、器用な人達と、何ら変わらない、仕事が出来るようになるので、その努力は、超、簡単な事ですよ。
その最たる時短の一例は、私が中学生時代、高校生時代に板書画遅くて、黒板の文字を授業時間内に書き写せなかったので、考えた速記法です。
国会や新聞記者等が使用している速記法は難しくて、とても手に負えなかったので、自分で何の努力もしないで、使用出来る自己流の速記法を作って、今現在も使用、実践している方法です。
単語の頭文字を書くだけの方法です。
例えば、「学校の先生達の」という一文ならば、私がパソコンに入力する時には、「gkknosstcno」と入力します。
パソコンでは、幾ら早く入力出来ても、keyを打つ回数が多いと、その分遅くなってしまうからです。
「学校の先生達の」をローマ字変換で入力すると、gakkonosenseitachinoで20文字打たなければならないのですが、単語登録をして置くと、11文字打つだけで済むので、約半分くらいの文字入力になるのです。
だからkey入力の遅い私でも、key入力の速い先生達と互角に入力をする事が「出来ます。」
ちなみに、この「出来ます。」という単語も単語登録されていて、dmで変換されます。
「出来ました。」は、dmtで変換されますし、「出来ません。」はdmsで変換されます。
更に「出来ませんでした。」は「dmst」で変換されます。
つまり、「dms」は「出来ません」なので、それの過去形の「t」を付けると「た。」になるのですよ。だから「dmst」で、「出来ませんでした。」になるのです。
原則論が分かるかな?
文法の話しですよ。
私の場合には、大学での授業でも、音楽教室での生徒の指導の時でも、先ず第一には、練習の仕方を生徒達と一緒にやるのが、教育方針なのですよ。
大学で生徒達にreportの作成を課題にした時には、取材の仕方からのlectureをしました。
一般的な大学生のように、書かれた書物を抜粋するのではなく、実際の社会から取材をして、統計を取る所からの勉強法です。
子供達の家庭での学習態度は、保護者が子供達の家庭での日常の生活の説明に関しては、保護者の子供への願望等も入るので、にわかには信じ難いのですよ。
子供達が練習に行き詰まっている時に、家庭の状態を知る事はとても大切な事です。
だけど、子供に自分の勉強の問題を聞いても、親からの話とは大幅にズレてしまう事が良くあります。
つまり、子供達に自分の日常生活での問題点の話をさせると、大概の場合には、親の説明子供に対しての問題点とは大幅にズレてしまうのが普通なのですよ。
どちらの話を信じるのかは、常に私が先生達に、注意している事なのです。
それを判断するのはveteranの先生達に取っても、難しい事なのですよ。
家庭では双方が感情的、情緒的になるからです。
本棚の組立は、初めての経験で、電動工具を扱うのも始めての経験なのですが、道具は使えるようになってから、始めて利便性が生じるのです。
音楽の場合には、音楽大学の先生達はMetronomを非音楽的な道具として、忌み嫌う傾向がありますが、time is moneyのproの世界では、指揮者と演奏家の打ち合わせの大半はMetronomで決めて行きます。
つまり、Metronomは道具に過ぎないので、非音楽的な道具にするか、利便性のある時短になる道具になるのかは、使う人の問題であって、Metronomのせいではありません。
同様に、パソコンも難しいか否かは、それを仕事の道具として使い熟すか否かに過ぎないのですよ。
diyは音楽をやっている子供達にとっては、難解だったようだけど、食器棚への整理は、牧野先生が指示しなくても、生徒達がみんな楽しそうにてきぱきと素早くやっていたそうです。
つまり、自分達で、先生からの指示をされなくても、充分に分類出来るという事は、分類法がちゃんと出来ている・・という事で、相当な理解力がある・・と言う意味になるのだよな??
しかし、日常の生活ではそういった力量が発揮出来ても、それが学校の勉強になった途端に、そう言った力が発揮出来くなるのは、学校の勉強の思考patternが、日本流の根性主義になってしまうからなのですよ。
本当ならば、学校の勉強でも芦塚methodeが応用出来れば、勉強は簡単になるのだけど、そういった勉強のstyleを学校教育が取っていない事も原因の一つにあります。
今回も、生徒に「夏休みの宿題には、どんな宿題が出たのか??」と聞いて見たら、なんと・・・、「漢字を何個も書く宿題と、ワークブックの課題に回答が書いてあって、それを丸写しで、書き写すだけの宿題」なのだそうです。
「どうして、そんな無駄な事をするの??」と先生に質問したら、「つまらない作業を我慢して、辛抱して毎日する事が、子供達の忍耐力を育てて、根性を育てる事になる」というのが学校の教育方針、所謂、考え方なのだそうです。
今時でも、小、中学校では、そんな前近代的な、非教育的、非人道的な教育をするのだよね??
驚きだよな??
嫌いな事を、仮に無理をして覚えさせたとしても、それがその子供の身に付く分けは無く、1週間もしないで、次の日には忘れているよ!!
人間には忘却の力があって、嫌な事は直ぐに忘れるように出来ているのだよ。
それは、心を正常に整えて置くための大切なsensorなのだけど、高校生ぐらいになると、受験のため•••と言う理由で、無理やりにでも勉強しようとはするのだけど、所詮は嫌な事をやらされているのに過ぎないのだから、なかなか覚えられないし、直ぐに忘れてしまうのだよ❢
でも「人間は好きな事は忘れない」と言う特性を持っているのだから、「勉強が好きになれば良い」だけなのだがね〜ぇ??
「勉強は嫌な事が当たり前で、嫌いな事は、強制的にでも、無理強いしないと出来るようにはならない」というのが当たり前の教育論だ・・という学校の先生達の前提があるからなのだよね??
それじゃあ、子供達が勉強嫌いになるのは当たり前だし、勉強から何とか逃げようとするのは当たり前だよね??
更に、「そんな辛い事ならば、集団でやれば耐えられる」・・という所が「塾」の発想かいな??救いようが無いよな??
そういった考え方なのじゃ~あ、芦塚methodeが分かる分けは無いのは当たり前なのだよな??
子供達は、本人がその勉強が好きでその勉強の仕方が理解出来れば、自主的に勉強をするようになるし、成績等は問題はありません。
そういった勉強の仕方を指導すれば、勉強は自然に出来るようになります。
つまり、机の前に意義を正して座って勉強すれば良いという理屈はありません。
3歳児ぐらいの子供は、好きな事は何時間でも熱中して集中する事が出来ます。
どの子供でも、それが普通であり、当たり前の事だったのですよ。
その集中力を壊して、集中が出来なくしてしまうのは親の身勝手な自分の都合なのです。
でも、親の弁解を聴くと、「子供がまだ一人では勉強が出来ないのだけど、親は自分の仕事があるので、そこまでは子供の面倒を見る事は出来ない」・・と言います。
これも大きな勘違いで、子供は「親が自分が勉強している所を見守っていて欲しい」だけなので、つきっきりで、子供の面倒を見て貰いたい分けではありません。
親が仕事をしている傍で、子供を勉強させれば良いだけなのです。
つまり、台所で夕食の準備をしている時に、tableで勉強をすれば良いだけなのですよ。
そうすれば親は自分の仕事を、子供は勉強をする事が出来ます。
つまり、子供部屋で机に向かって・・・という発想を無くせば良いだけなのですよ。
そうすれば小、中学生になっても集中力を持続させる事は可能なのです。
だって、子供達は自分の好きな事は何時間でも集中するじゃないですか??
ゲームならば、4時間でも熱中出来る子供が勉強ならば一分も出来ない・・という事は、単に勉強が嫌いなだけではないでしょうかね??
それならば勉強をgameと同じぐらいに好きにさせれば、4時間を熱中させるのは可能なのは当たり前の話でしょう??
でも、gameは子供的の心を破壊します。
何故ならば、gameは反応、反射であって、gameをやっている時間は、脳が休止の状態になるからです。
目や他の部分には激しい刺激があるのだけど、その間は脳が考える事を停止してしまうからなのです。
その時間が長大になると、脳は自らを破壊してしまい、所謂、「game脳」と呼ばれる、白痴状態になってしまい、二度と普通に戻る事は無くなってしまいます。
今日は中国が子供達のgameで遊ぶ事を禁止したそうです。
Americaでも、同様の話は随分昔から、言われている事で、computerを経営している社長も、自分の子供にはgameを禁止してやらせないのだそうです。
他人の子供は構わないのだよね??アハッ!
gameは時間を持て余している人達が無駄に時間を費やすために使う遊びです。
練習に忙しくて、或いは勉強が間に合わない人にとっては、そんな無駄な時間は無いのが当たり前です。
どんなに急いでも、時間は「じゃあ、ね~!!」と逃げて行ってしまいます。(Janet~の法則)
私のmottoは上田敏先生の「日伸ばしは時の盗人」という言葉です。
物事をケチって、帯に短くてやり直すならば、その時間のlossは、膨大なお金と時間の損失になります。常に余力を持って行動をする事が大切です。
仕事ピッタリでは、missった時の、予備が無くなって、そのためだけに膨大な時間をlossするのですよ。
工具を注文しても、予備の一個が付いて来るのが普通なのですよ。
これも音楽の場合には、発表会の一週間前がrehearsal です。そのrehearsal を目標にして頑張ると、「rehearsal で、上手く弾けなかった箇所の修正や、間違えた箇所を正しく練習し直すには、それで本番に対しての、確実性を身に付けるためには、発表会までの余分な時間が、最低でも二週間は必要でしょう??」・・という意味のお話になります。
8月3日バナナ・ジュースのレシピ ·
椎名町から持ち帰ったバナナがダメになる直前だったので、已む無くバナナジュースを作くりました。
バナナジュースの作り方は色々あるようなのですが、これは私の独自のrecipe(もしかしてバナナジュースにレシピがあるとすれば•••の話し)ですが??
腐る直前のbanana(でなくても良いですが・・)と、生卵一個、オリゴ糖少々と、自家製Yoghurt(自家製でなくても良いですが・・)を適量入れて、後、コップの量を調整するための牛乳適量を入れて、handblender(cuttermixer)で掻き混ぜれば終わりです。
banana-juiceの出来上がりです。
後は冷蔵庫で冷やせば完璧です。(オリゴ糖とヨーグルトを入れるのは、整腸作用を促進させるためです。)
椎名町の冷蔵庫からトロスパ用のネギの袋を貰って来たのですが、半分ぐらいがダメになっていて、ボツにしました。
後は袋から出して、トロスパの薬味用にみじんに切って真空容器で真空保存する事にしました。
ただ冷蔵庫で袋のままに保存するよりは、真空容器の方が日持ちするからですが、トロスパは、いずれにせよ、今日中には食べる予定なので、食べる時に色々と作るのが面倒なので、下準備を済ませておいて、パッと食べれるようにしておくためです。
トロスパのレシピは、これまでも何度も公開しているのですが、トロスパのメリットは、みんなが超忙しくて料理を作る時間がない時に、簡単に作れるレシピなのです。
スープスパなので、麺つゆのつゆだくに、トロロと生卵を混ぜるだけの簡単レシピなのですが、それに線切りのノリと薬味のネギを入れるのが、私流です。
簡単料理なのですが、疲れが取れない時、食欲不振の時のお勧め料理です。
お汁も一緒に飲むので、蕎麦つゆよりは薄目の飲んで美味しいつゆの味にしておく事がコツです。
今日は、猛暑日の予定らしいので、冷たいトロロスパはお勧めですよ⁉
3枚目の写真は作り置きのセットですので、スパゲティをレンジでチンすれば出来上がりです。
トロロやスープやネギとノリが少しづつ余っていたので、レンジでスパゲティを茹でて朝食に食べたのだけど、スープが少なかったので、味がチョッと薄かった。
冷蔵庫から麺つゆの元を見つけて、入れたのだけど、開封後の賞味期限が10年の5月の18日になっていたよなぁ??
まあ、臭いも味も異常はなかったので、普通に使ったけれどね〜ぇ?
冷蔵庫には、古生物学会で発表出来るぐらいに、充分に古い食べ物が結構あるので、その内に探索をしようとは思っているのですが、それから、既に十数年も経っているのですよ❢
8月4日『お蕎麦の話し』 ·
とは言っても、蕎麦のうんちくのような難しい話しではなくて、近所の蕎麦屋の悪口の話しです。
蕎麦は手打ちの美味しい蕎麦になると、蕎麦自体の香りを愉しみたくなって来て、余分な薬味は必要無くなります。
今はコロナで、随分長い間、蕎麦屋には行っていませんが、極稀に行くお蕎麦屋の話しなのですが、お蕎麦はそんなに不味くはないのですが、ざる蕎麦や盛り蕎麦に、刻みノリが振り掛けられているお店があって困ってしまいました。
関東では蕎麦にノリというのは、普通なのでしょうが、ノリは香りが非常に強いので、お蕎麦の美味しい香りが飛んでしまいます。
ふとネギを輪切りにして出すお店もあるようなのですが、それも、味が強過ぎてしまいます。
小ねぎや京ネギの微塵切りが出せない場合には、せめて長ネギは白髪に細く千切りにするぐらいの配慮は必要だと思います。
ノリがたっぷりが、サービスだと思っているお店で、更に、サービスで、うずらの卵が乗っているお店もありますが、超、新しい卵ならば兎も角としても、蕎麦が生臭さくて、辟易した事があります。
不味い蕎麦の時には、たっぷりのノリは、助かりますが、原則として、美味そうでない蕎麦屋で蕎麦を食べる時には、トロ蕎麦を頼む事にしています。
トロロでコーティングされて、蕎麦の味がしなくなるからです。
今はdiet中なので、ラーメンは随分長い間、食べていません。
しかし、そのラーメン程、多種多様で、同じ味が無い食べ物はないのではないのかな??
自分にあった好みのラーメンに巡り会ってみたいものだと思いますが、残念ながら、私の好みのラーメンには巡り会った事はありません。
若い頃は、仕事で全国を周る事があったので、その地方の一押しの鰻屋さんを食べ歩いた事があります。しかし、やはり産まれ故郷の鰻の味が未だに一番で染み付いた味なのでしょうかね?
スパゲティも、生の美味しいスパゲティのpastaを食べたいと思っているのですが、美味しいと言われているお店で、美味しかった事はありません。やはり、ローマの場末の浮浪者しか来ないような路上のお店で食べたピザやスパゲティは超美味しかったのですよ❢
私が貧乏だった性なのかな?
勿論、同じローマの高級Restaurantでもpastaやpizzaを食べたかったのだけど、そんなのを注文したら、お店から追い出されるからね〜ぇ??
そういえば、これも同じFacebookに以前書いた事があるお話なのだけど、昔々、チョッと小洒落たうどん屋に入って、素うどんを頼んだら、料理長のおじさんが出て来て、冷や汗を書きながら、「申し訳ありませんが、素うどんはありません。」と平謝りに謝っていた。
素うどんを出すお店は、よっぽどの安いお店か、逆に相当なうどんに自信のある高級店のどちらかなのだよな??
チョッと高級感のあるお店だったので、素うどんぐらいはあるのかな??と思ったのだけど、悪い事をしてしまった。
8月4日今日の8月4日は危険な気温という事だそうです。 ·
冷え~っ!!
今はお昼の12時の40分ですが、もう、そろそろ、coolerが利かなくなって来ました。
お昼の1時には、練馬区は36°を予定していますが、もう、既に、今現在、35°を越しています。
室内の温度は、28°~29°のハズなのですが、熱中症のように、顔や体から汗が滲んで来ています。
これはおかしいぞ??
熱中症のような症状だぞ?
どうしよう??
携帯で現在の温度を確認をして見たら、気温は35°でも、体感温度は38°になっています。
そりゃあ、無いぞ!!
思いっ切りcoolerの設定温度を下げて見たのだが、部屋の温度は全く下がらないし•••、汗が止まらなくなって来て、体調不良になってしまって、気分が悪くなって来たので、諦めて、bedで横になる事にした。
・・・そのまま、爆睡してしまいました。
一度、仮眠の状態で目が覚めたのですが、気分が良い・・体調や体力が昔のように戻って来た夢を見ていたように思うのですが、中身の正確な所は、すっかり忘れてしまいました。
なにせ、直ぐにまた、眠ってしまったので・・・
お昼からの時間は延々と爆睡の時間になってしまいました。
・・とは言っても、今日は5時半から、歯医者の予約がありますので、ウダウダ睡眠では、寝過ごし兼ね無いので、携帯のalarmを設定して眠る事にしました。
4時に携帯のalarmが鳴る前に目が覚めたのだけど、toiletteに行くのがやっとで、体が動きません。
椅子に座って、ぼんやりとしていたら、ほんの一瞬で30分が過ぎてしまいました。
やっぱり、半分眠っているのかな??
5時半からの予約なので、bikeで行くとしても、5時15分にはtimelimitで、ハイツを出発しなければならないのですが、全く動かない体に、朦朧とした意識で、何一つ時間内には、出発の準備が出来ないのですよ。
ただ単に、靴下を履いて、服を着るだけの単純な準備が出来るか否か・・なのですがね??
5時を過ぎようとしているのに、練馬区の気温は未だ34°のままですし、体感温度は37°から下がっていません。
眠っていたので、パソコンの部屋のcoolerは切ったままで、寝室のcoolerを入れて寝ていたのですが、寝室のcoolerを切って、パソコンの部屋のcoolerを入れたら、流石に夕方で陽が陰って来たので、今度は良く冷える事・・・??
窓の下の公園では、少しは気温が安定して来たからでしょうか、子供達がやって来て、遊び始めた声がしています。
この時間帯ならば、子供達ならば熱中症は回避出来るかも知れないからね??
いやあ、それにしても、今日も日がな一日、ウダウダしてしまった。
・・とは言っても想定内の事ですが・・・
それにしても、子供達は元気だよな~ぁ??
さて、歯科院に出かけるか??
5時15分になって、玄関のdoorを開けたら驚いたね??
もわ~っとした熱気は兎も角の想定内だとしても、何と・・目が開かないのだよ。
光が強過ぎて眩しくってね??
今日はとんでもなく良い天気だったらしい。
だからといっても、外に出掛けるだけの体力は無いしね~ぇ??
7時直前に歯医者から戻って来たのだが、仮眠をしたら、腰を痛めた。真っ直ぐには立てなくなってしまった。
8月5日『今日からブルブル・マシーンを使えるようにした。』 ·
今日は8月の5日の木曜日です。
今は、朝の6時半で、練馬区の気温の予定では7時でも25°の予定なのですが、6時半の時点で、もう実際の練馬区の気温は27°になっています。
お昼の1時から4時までの間は35°超で、36°の予定だそうです。
(7時半のテレビのnewsで、練馬区の気温は体温よりも高い37°の予定だそうです。昨日が36°の体温なのだから、それよりも更に高い温度だよな?)
ハイツの部屋の中の温度設定を現在の外の気温と同じ27°に設定しているのですが、coolerの風は冷たいのだけど、部屋はモワーッとして暑いのですよ。
これはヒョッとしたら、昨日と同じ熱中症の罹り始めの状態なのかな??
まだ、12時半にもならないのに、もう既に35°超になっているのだよな?
これから恐怖の37°へ向かって行くのだ❢
昨日の歯医者から帰ってから腰痛が再発しているのだが、今日も朝から腰痛が治らなくて、部屋の中を上手く歩けない。
でも玄関に荷物が積み上げられたままなので、出入りの邪魔なので、取り敢えず、通販で購入したブルブルマシーンだけは直ぐに使えるようにした。
箱から出して、マシーンを置く台を作ったりして・・・、結構、腰に来た❢
「腰が痛いのに、何を無理をして•••」と、言われるかも知れないが、痛い足腰をメンテするために••••なのだよ!!
卵と鶏??
もうすぐ夕方の4時なのだが、35°から下がらない。
今日は午前中は結構仕事が捗ったので、えらい時間の経つのが遅かったのだが、お昼からは、暑さでへばってしまって、ウダウダ状態になったので、時間の経つのが速い事!! あっという間に4時になってしまったのだよな??
今は夕方の7時になる直前なのですが、それでもまだ31°のままで、体感温度は相変わらずの34°だそうです。
深夜の23時を回った所で、またまた、突然にlineがあって、「土曜日の深夜(金曜日の深夜)に車を出して、土曜日の花園のKoncertが終わったら、午後に新教室でlessonをして、深夜(日曜日の早朝)にプリドルを乗っけて椎名町に帰る」という話だった。
結局、準備万端ではないので、lessonにならないのだよ。
つまり、lessonとしてのconceptが成り立たないのだよ。
全てが無駄な動きで、無駄な時間だらけなのだ。
顔合わせのためだけのlessonならば、既に顔は見ているよな??
lessonはまた別だろうが??
ちゃんと、lessonの準備をして、整えてから、万全を期してからのlessonだろうが??
唯の顔合わせとlessonを一緒にするなよな??
頭に来るな!!
8月6日既に練馬区の気温は34°で、体感温度は37°だそうです。 ·
今現在は12時半を回った所ですが、既に練馬区の気温は34°で、体感温度は37°だそうです。
連日連夜の命の危険のある温度と、5000人を超えたコロナはもう世紀末のようだよな?
昨夜からは、余りにもヘボかった「芦塚先生のお部屋」のHome Pageの中の私のprofileの Pageを、「どないかせんばいかんとたい!」という事で、少しepisodeを加えて、読み物風にする事を思いついて、通り一遍の履歴書風の箇条書きは、全て没にする事にしました。
昨日の深夜から、思いつくままに、書き始めていますが、老人の「思い出話し」なので、いつ完結するのかは不明です。
思い返すと35~6歳を境に、自分自身への世界から、人様への奉仕に人生が変わってしまったように思われて、「いつからそんな聖人君子になったのかな??」と我ながら驚いてしまいました。
自己中の私とは思えない、別人格の人の話しなのですからね??
それに、望んで教育産業を手掛けたわけではないからね?
あくまでも、頼まれて始めた事なのだけど、元々の企画は既にポシャっているのだと、思われるのだけどね〜ぇ??
もう、私の余命もそんなに有る分けはないのでしょうから、そろそろ自分自身のやりたい事に戻しても良いような気がしているのですがネ??
そう言った意味でも、私のprofileを纏める事は、私に取っても、自分自身の生き様を反省する事なのだから、結構、有益な事には違いないと思われるのだけどね〜ぇ?
暫く、profileの Pageを弄って、遊んでみようかね??
今は夜の8時前ですが、外の気温はまだ30°をkeepしています。熱帯夜もいいところだよな?
今夜は12時からニャンコ号で千葉に移動します。明日のlessonと、プリドルを椎名町に連れて帰るためです。
lessonは伴奏者の都合がつかなかったので、violinだけでのlessonになってしまうので、楽器の練習のpointのlecuterだけになってしまうので、私でなくても良いのだけどね〜ぇ?
効率悪いよな〜ぁ?
8月9日『夏合宿のお話とその後・・・』 ·
合宿の前日の深夜のOlympic割引の時間帯に、久し振りで千葉に車での買い物や搬出搬入に出掛けて子供達に接して対面でのlessonもした。
Teleworkと対面lessonの違いを改めて実感したよ。
食事時間が終わって 、 dessertを食べながら、・・その次いでに、「子供達へのお話」として、日頃(日常)のお勉強の仕方のお説教等をした。
私のお話が子供達に理解出来るか否かは、『年齢』という事ではなく、その子供の日頃の生活態度である・・という事が分かるのだよ。
そういった生き方(日常)を過ごしている生徒の場合には、私のmethodeは当たり前なのだが、普通の子供達と同じような日本型の勉強法をしている子供達には理解出来ないのだよな??
よく私が言っている事なのだが、Pianoやviolinの技術が上がって、教室での勉強法がとても上手く行っている生徒でも、学校の勉強になった途端に、学校の勉強のstyleに変わってしまうのだよ。
同様に、教室から音楽大学に行って、(或いは教室から別の先生に変わった生徒達は)日本流のmethodeに順応して行く分けなので、段々と子供の頃に出来ていた事が出来なくなってしまうのだよ。教室で身に付いているように思える事でも、外の世界では失われてしまうのは、所詮は本当の意味で、身に付いていないからで、自分の物になっていないからなのだよな??
勿体無い話だよな??
子供達の体験学習に使った本棚なのだが、黒Pianoの部屋の本棚は完成したのだけど、白Pianoの部屋の本棚が材料が足りなくて、未完成のままだったので、それを放置してしまうと、本棚を完成させるのは次の休みの冬休みまで、保留になってしまうので、私が残りの作業を全部終わらせる事にした。
東京に戻る前に、大急ぎでhomecenterに材木の切り出しに出掛けて、取り敢えず、本棚の作業を完成させた。
自分でやる場合には、作業開始から小一時間で終わったのだよ。慣れているからね??
散らばった道具類を片付けながら 椎名町へ帰る準備をしていたのだが途中で台風性の大雨になってしまった。
台風の大雨の中を車を走らせて、椎名町に戻って、超遅い夕食を済ませて、大急ぎでハイツへ戻ったのだが、なかなか寝付けなくて困ってしまった。
疲れ過ぎて、眠れなくなってしまったのだよな??
次の日は、ハイツでは体調を戻すための、うだうだ日の予定だったのだけど、食料品が冷蔵庫に全くないので、仕方がないので、お昼を過ぎた頃から、椎名町に食事に出かけた。
食事を食べるだけで、バテてしまったので、大急ぎでハイツに戻って仮眠をした。
次からのお話は、荒唐無稽の夢の中のお話です。
生徒達に、ges mollの和声短調の説明をしているのだが、その説明が、なかなか難しくて、説明に窮してイライラして目が覚めて、どのように説明をしようかと悩んでしまった。
悩んでいる最中に、「これは夢の話だよな??」という事に気が付いて、何を悩んでいたのかを、一瞬で忘れてしまった。
夢だったのだ・・・と安心をして、寝直したのだけど、次の夢では・・・、
小さな山奥の温泉の宿に、バスで旅行をしていた。(そんな事は一度もした事は無いのだけど、なんでバス旅行??不思議だ??)
バス停の前がその旅館になっていて、そこの旅館に宿泊をしたのだが、朝早く散歩をしていると(お迎えの時に眠れなかったので、新教室の周りを朝散歩に出掛けたのだよ。早朝・・という事もあって、空気も冷たくて、結構気持ちは良かったのだよな??)
坂道の石垣の隅に、教室を引越しした時の細かい材料や小物が道端に打ち捨てられていたのだよ。
それを見て私は少なからずShockを受けてしまった。誰が??何故??
そのゴミのような物を見ていた近所のおじさんが変な顔をしていたので、私が「教室の引っ越しの荷物を誰かがいたずらで巻き散らかしたのですよ!!」と説明をしたら、ゴミとして捨てたのでは無いという事が分かって、安心をして、納得をしていた。
私としては、「撒き散らかされているこの荷物をどうやって東京に持って帰ろうか?」と悩んでいる所で目が覚めたのだが、部屋に物を散らかしっ放しで寝てしまったので、起きた後では、後片付けの雑用に追われてしまって、夢の細かい内容は全く忘れてしまったのだが、実にrealな夢だったので、現状に戻るのは大変だったのだよ。未だ、引越しのtraumaが残っているのだよね??
未だ引越しの後始末なのだからね・・?????
8月9日『音声入力』 ·
忙しい時や 寝ている時に とっさに長い文章を 携帯に入力するのは とても困難なのだ ということでついつい起きてから 入力をしようと試みるのだが 思い出せなかったりキーを打ったつもりが実は夢の中だったりということで実際には携帯に打ち込んでいない場合の方がほとんどなのだ 日常生活の中ではあまりにもメールのやり取りが煩雑で しかも携帯の場合には キーボード入力ができないので 私の場合には非常に入力が遅いしこんなんである そういった時には 入力に困る時には 音声で入力をすることにしているのだが 寝ている時に Facebook などに 音声で入力することは 考えも及ばなかった と言うか Facebook では音声入力ができないと思い込んでしまっていたのだ 音声入力の場合だったら 半覚醒時における 入力の 難しさは無くなるので 音声入力に限ると思って 試しに Facebook を開いてみたら なんと普通に音声入力がメールの時と同じようにできるではないか ということで テストで音声入力で Facebook に入力をしているところである コンピューターの場合と違って 携帯の音声入力の認識率は ほぼ 90%以上で 問題はない コンピューターの音声入力は 非常に 不完全で認識率も非常に悪いので 専門用語が多い のでドラゴンスピーチを使用していたのだが どうしても パソコンが不具合を起こして二度三度と ドラゴンスピーチの 書きためた登録単語を全部ぶっ飛ばしてしまったので もう一度専門用語の登録単語を作ることがさすがに 無理で今は ドラゴンスピーチを使用することは全く止めている その日の調子でほとんど100%認識される時と 全く 認識されない場合があるからである
8月9日毎日あれだけ大騒ぎしていたコロナのnewsが ·
この2、3日、突然に、コロナ関連のnewsが、テレビ局からも、一切報道されなくなって、Olympic関連のnews一色になってしまった。
多分、Olympicの閉会前の2,3日に合わせての報道自粛が行われているのだろうが、政府に諂うマスコミの対応は滑稽を通り越して、既に無様である。
日本が戦争に向かったのも、こういった日本人の親方日の丸の体質にあるのだよな??
選挙とOlympicならば、それでも可愛げはあるのかも知れないのだけど、そういった体制が人々の常識になると日本の全体主義が始まるのだよ。
マスコミは、そういった政治的な介入を初期の段階から見過ごさないで、checkをする機能を持たなければならない。
それが未来への伏線になるのだから・・
8月9日『音声入力』その2 ·
(全く同じ文章ですが、音声入力した文章に、句読点を入れて見ました。)
「忙しい時や寝ている時に、とっさに長い文章を 携帯に入力するのは、とても困難なのだ」ということで、ついつい起き上がってから入力をしよう・・と試みるのだが、思い出せなかったり、keyを打ったつもりが、実は夢の中だったり、・・と、実際には携帯に打ち込んでいない場合の方がほとんどなのだ。
私の場合には、日常生活の中で、あまりにもmailのやり取りが煩雑で、しかも携帯でのmailの場合には、私は非常に文字入力の速度が遅いし、且つ又、入力自体が下手なので、入力するには非常な困難を伴うし、入力出来た事が無いのが銀実なのだ。
携帯の場合には、そういった入力が間に合わない場合には、音声で入力をすることにしているのだが、これがbedで睡眠中や、横になってFacebook等に、入力をしている時には、音声で入力すること等は考えも及ばなかった。
・・と言うか、「Facebookは音声入力が出来ない」と、思い込んでしまっていたのだ。
もし、bedで入力をする場合でも、音声入力で入力をするのならば、半覚醒時における入力の難しさ・・は、無くなるので、音声で入力する方が良いのでは・・、と、思って、試しに Facebookを開いてみたら、・・・なんと「普通に音声入力が、携帯mailの時と同じように出来るのではないか??」・・と、いうことに気がついて、testとして、音声入力で Facebook に、実際に入力をして見た所なのだ。
携帯の音声入力の認識率は、90%以上で、通常の会話に関しては、音声入力に対しての問題はないのだが、私が日常的に音声入力を使用しないのは、私が文章を入力する場合は、音楽用語の専門用語が多いので、一般の汎用性の強い音声softでは、それ程の利便性は無いからなのだ。
市販されているcomputer用の音声入力の認識率は、非常に不完全であり、認識率も非常に低いので、携帯の音声softに比べて、比較の対象にはならない程である。
昔はそれでも、私の仕事としては、使用する単語は専門用語が多いので、単語登録の出来る音声認識softであるDragonspeechを、愛用していたのだが、これまでにも、パソコンの不具合で、取り溜めていた単語登録のdataがぶっ飛んだり、hard-diskからのback・upが出来なかったりして、二度・三度と、Dragonspeechの登録単語を作り直さなければならなかった。
今回もパソコンのhard-diskの故障でDragonspeechのdataがぶっ飛んでしまって、「もう一度専門用語の登録単語を作る事は、流石にもう、その気力が萎えてしまって、Dragonspeechを使用することを諦めてしまった。
Dragonspeechは、その日、その日のパソコンの調子で、100%も完璧に認識される時と、腹が立つ程、全く認識されない時があるからなのだ。
折角開いても、全く認識されないのでは、思いついた事を入力する前に、誤変換と戦っている間に、忘れてしまう事さえあるからなのだよな??
8月9日『ハイツのpriviaが・・』 ·
今日はハイツの冷蔵庫には食べ物が全く入っていなかったので、朝から台風の大雨の中を、Bikeで椎名町まで食べに行った。
その次いでに、椎名町教室のパソコンの修理とsoftの使い方の説明をした。
その間に、雨が降り止んだので、椎名町までsubのpriviaを牧野先生が電チャリで強風の中をハイツまで運んでくれたので、元のpriviaをバラす作業と、椎名町のpriviaを組み立てる作業を斎藤先生がした。
・・・というか??・・・ほぼ同じ機種と思っていたpriviaなのだが、椎名町にあったpriviaは、ハイツのpriviaよりもrankが低いtypeの廉価版のpriviaで、音色や音質、或いは機能に関しても、超•貧弱で、組み立てた後で、実際に弾いて見た私は、超Shockを受けて、それから立ち直れなくなってしまった。
何時も言うように、私はたかが電子Pianoに過度な期待を持っている分けではない。
所詮はPianoのイミテーションに過ぎないのだから、電子Pianoが高価な高性能の機種である必要は無いのだが、それでも仕事として使用する分けなのだから、それなりのNiveauは必要なのだよな??
そのniveauが今までのハイツのpriviaの水準だったのだけど、この椎名町の台風の大雨の中を頑張って持って来たのにも関わらず、このpriviaはrankが低過ぎるのだよ。
shockが大きくて、体調不良になって、動けなくなってしまった。
・・・と言うか、元々は疲労回復のための夏のお休み中なのだから、体調は、精神力で何とか持っていたのだよ。
だから、心が切れてしまうと・・ね??
椎名町の事務室では、長年使えなくなっていたテプラの修理を試みた。
「テプラのsoftが、driverの機種を判別出来ない」という事だそうだから、CDからdriverをinstallしてみたり、「versionが合わないのかな??」という事で、netからdriverをdown loadしてみたりもして見たのだが、何をしても改善が見受けられなかった。
これも正真正銘、kaputt(壊れて)しているのだよな??
まあ、夏休みだから、日頃は時間がなくて出来ない、教室の休み中しか出来ない作業の「仕事環境の点検補修作業」の工程のヒトツなのだから、色々な物が壊れているのをcheckするのだから、壊れた物に遭遇するのは当たり前なのだけどね??
一つ一つを丁寧に、単なる不具合で、修理すれば良いのか、ボツにして新しいのに買い変えた方が良いのか?を判断して行くのは、流石に私の仕事なのだよねぇ?
今日は、再生出来なくて、膨大な教室の歴史が、椎名町のゴミになっているので、古いβのvideodeckを買って、牧野先生のVHSのvideodeckも千葉から持って来たので、それをハイツのvideoのrackに置いて、配線する作業をしなければならない。
videoのrackを動かすのも、流石にそろそろ辛くなって来たのだよ!?
独りでシコシコと作業するのも、流石に辛い物があるのだよな??
8月10日ドッと疲れが押し寄せてきて ·
今日は8月10日の火曜日の朝の3時半を過ぎた所です。
いや~あ、昨日は、priviaの移動と機種の性能の騒動ですっかりとメゲてしまったのだけど、今度は、その疲れが抜けなくて、寝ても寝ても眠いのです。
ドッと疲れが押し寄せて来てしまったのですよ。
それにしても眠い。
泣く子と疲れには勝てぬからね〜ぇ?
朝の6時を過ぎた所なのですが、そろそろ暑くなって来たので、coolerを入れるか否かで、今の気温を携帯で調べて見たのですが、練馬区の今日の気温の予定は、な、な、な、何と❢お昼過ぎの3時には、38°になるってよ⁉
そんなのありかよ?
体調が〜??
またまた、ウダウダと寝込んでしまうよな〜ぁ?
相も変わらず、ハイツの冷蔵庫には、何も入っていないので、椎名町に朝食を食べにBikeで出掛けたのだけど、朝の9時過ぎというのに、腕に当たる光が痛いのだよな❢❢
台風一過というか、日本晴れというか、雲一つない素晴らしいお天気で、もう直ぐ38°も夢じゃあないよな~ぁ??
冷凍庫に入っていたお蕎麦を食べて、11時半を過ぎた所だけど、炎天下の下をハイツまでbikeで戻って来ました。
暑い!!もう既に37°です。
練馬区は38°は超えるんじゃあないのかな??
椎名町からVHSのvideo-deckを担いで、ハイツでrackに配線をする予定だったけれど、今日は肉体労働は止める事にします。
これじゃあ、室内で熱中症になってしまうからね??
おとなしく、homepageの作業でもしておくかね??
そうしよう!そうしよう!!
今は3時半になろうとする所ですが、体感温度は40°なのだそうです。
Home Pageを弄りながら、水風呂に入って髪の毛を洗った所です。
部屋に閉じ籠もっているので、イライラが募って来ます。•••かと言っても、外に出掛けたりする温度ではないので、困ってしまいます。
8月11日ブルブル マシンの椅子が壊れた❢·
今日の練馬区の気温は38°にもなって、体感温度も40°というとてつもない温度になってしまいました。(何時も同じ事を言うと、Alzheimerのように思われてしまうけれど、なんで東京の気温と練馬区の気温は別に発表されるのだろう??練馬区は東京都ではないのかな??じゃあ、都民税を返せよ!!)
ハイツ用の朝食のお弁当の準備を全くしていなかったので、朝早く、・・・とは言っても、9時を過ぎてからなのですが、椎名町に出掛けて、冷凍の蕎麦を食べました。
ハイツに戻って来て、本当ならば、夏休み中にやる事としては、ハイツのvideo-rackにβのvideo-deckとVHsのvideo-deckを設置して、配線も終わらせて、いつでも昔の発表会のvideoが再生・編集出来るようにして起きたかったのですが、東京都ではない・・練馬区の気温が38°の予定で、携帯の天気予報では、練馬区は39°までの予定になっていたので、流石に肉体労働をするのは諦めて、椅子に座ったままで出来る、パソコンの作業だけをする事にしました。
取り敢えずは、homepageからTartiniのPageと、私のprofileのPageを刷新する事にしました。
両方のPageともendlessの作業なので、出来る所までの作業です。
夕方には連絡が無かったので、そのまま仕事をしていたのですが、9時を過ぎた事に気が付いて、慌てて椎名町に移動しました。
bikeの移動では、風は爽やかで、昼間の超高温が嘘のように、肌寒いぐらいの空気でとても素晴らしかったのですよ。
食事を終えて、定形のドルプリっ歩をしたのだけど、腰が痛くて歩くのは結構大変でした。
プリはいつものように、義務だけを済ませて、さっさと戻ってしまい、ドルは、「出待ち」※)があるので、7へ行ったのだけど、近場の7でなく、遠くの大きな7へ、強引に歩いて行きました。
そこで出待ちが終わって、帰りのcourseになるはずだったのだけど、店に来たお客さんからいっぱい『可愛いね』※)を貰って、ウダウダしていたので、腰が痛い私としては、ドルが「後で追いかけて来るだろう」と、先に椎名町に向かって歩きました。
待てど、暮らせど来はしないのだよな??
今日一日、お散歩が足りなかった分、プラプラとドルの世界になって、ウダウダの徘徊散歩になってしまったようです。
※)『出待ち』とは、振込がある時に、お散歩の次いでに、コンビニで支払いをするのですが、お金を払っている間、入口の自動doorの前で戻って来るのを『待つ』事なのですが、入口で涼むのが大好きで、コンビニの前を通ると、入口に寝て涼むのが困った習慣になっています。
※)プリは然程ではないのですが、ドルは撫で撫でして貰うのが大好きで、撫でてくれそうな優しそうな人を見かけると、ベタベタと擦り寄って行きます。その仕草が、一般の人達には堪らなく可愛く見えるようで、ついつい長時間撫で撫でしてくれるのです。コロナで人が居なくて、ナデナデをして貰えなかったので、stressが溜まってしまったのだよな??
ドルに取ってはお散歩は、体力を作るためや、toiletteのためではなく、あくまでも『可愛いね!』を求める営業活動なのですよ。
腰が痛いので、椎名町では、ドルの帰りを待たないで、急いでハイツに戻って、暫し、ぼんやりとしながら、ブルブル•マシンに座って、relaxをしていたら、頑張って組み立てた椅子が、私の耐荷重の所為で突然壊れてしまいました。
腰痛用のspongeの座布団を敷いていたので、怪我はしなかったのですが、流石に精神的に立ち直れなくなってしまって、暫しの間、呆然と椅子に座って、壊れたブルブル•マシンを置いていた椅子を見ていたのだが、気力も体力も全く回復しなかったので、そのまま放ったらかして寝る事にしました。
片付けは、起きてからで良いやサ!
変な夢を一杯見ました。
realな夢で、教室のお引越しや、部屋の整理整頓の夢で、見るだけで疲れてしまいます。
寝ても寝ても、そういった夢を見るので、諦めて起き出す事にしました。
眠れなくても、何度となく寝たので、時間は5時を回っていました。
また、暑くなって、体調的にヘバッて来たら、その時に、また眠れば良いのでね??
そこは自由業のnorma制の良い所だよな??
homepagebuilder等の幾つかのsoftは、立ち上がるまでにエラい時間が掛かってしまうのですよ。
入力が終わってしまった・・と思って閉じてしまって、ふと、これを書くのを忘れた・・とか、ここが間違えている・・と、思っても、次にhomepagebuilderを立ち上げるのは時間が掛かって容易ではないのですよ??
という事で、Pageは終わらせても、homepagebuilder本体は終わらせないようにbackyardで開いておく事にしました。
パソコンを閉じる時にも、homepagebuilderを開いたままで、sleep-modeにすれば、直ぐに仕事を再開出来ます。
8月13日『finaleの上書きの問題』 ·
この所、Ashizuka-versionのTartiniの悪魔のトリルの作成作業をやっているのだけど、何度も出来上がったdataを椎名町のパソコンに送っているのだけど、それが一度も上手くいかないのだよな??
以前にも、Vivaldiの校訂の作業でHysterieを起こした事が何度もあるのだが、毎回その理由が、理解不能だ。
今回も、完成原稿としてprint outして貰った楽譜を最終checkしていたら、色々な箇所で音符が変わっていて、特にbasso continuoのCembaloの右手のpartは、楽譜の校訂上は、cantus firmusの定旋律になるので、最初に入力してから全く弄っていないハズなのに、色々な箇所が変になっているのが見つかった。
先ず、上の写真なのだが、Sequenz進行なので、1小節毎に、ソ⇒ファ⇒ミ♭⇒レと、音階に従って降りて来るハズなのに、赤入れで囲ったpassageは前の小節のままである。
次の赤は、挿入していないハズの前打音が勝手に挿入されてしまっているのだよ。これは不可解だ!
全く弄られていないcontinuoのpartですら、bugが出ているのだから、violinのpartや他のpartはもっと危なげで怪しい事になっている。
どうしてだ??理解不能だ!!
8月14日オムロンの血圧計が壊れた❢ ·
今は8月の14日の土曜日の、早朝の朝の5時を回った所だ。
一昨日ぐらいから、雨が降り続いていて、窓を開けると、結構、寒い。練馬区の気温は5時から6時に掛けて21°という温度だ。
そりゃあ、寒いよね~ぇ??
・・とまあ、それまでは結構なのだが、窓を開ける前からなのだけど、部屋と言う部屋の床、flooringや畳、絨毯等がジメジメして気持ちが悪いのだよ。
coolerにすると寒いし、また、嫌な汗もが出来始めているので、困ってしまうのだよな??
温かい除湿のためのコンビニcoolerなのだが、今回はその気温の設定が上手くいかないのだ。
長年愛用して来た手首用の血圧計が、この所、少し調子が悪かったのだけど、昨日は等々、全く計測出来なくなってエラーが表示されるようになってしまった。
設定を弄っても、電池を換えても同じ状態だ。
この手の機械は修理という事もないだろうから、買い直しなのだろう・・という事で、体組体重計とsetで使えるウェルネスリンク対応の血圧計を調べたら、何と1万9千円の機種が一つしか無かったのだよな??オムロンはPC対応をやめてしまったのだよな~あ??
でも、dataはちゃんと10年分ぐらいは残っているのだから、今更、スマホ用の血圧計等は保存に窮してしまうのでね??
余りにも高額なので腰を抜かしてしまったので、腰痛が再発してしまったので、「ならば・・」という事で、中古を買う事にした。
ヤフオクで即決を探したら、同じ機種が1800円の即決であったので買った。商品が到着するまで、血圧のdataが・・・???
ヤフオクは基本的には私は使用した事は無いのだが、絶版で販売されていないparts等を購入する時には、思いもよらぬ物が出品されているので、極稀にだけど、ヤフオクの即決で購入する事がある。
実際のauctionは、超面倒くさいし、gambleっぽい感覚が、余り好きではない。
一応、メルカリにも入ってはいるのだが、そちらは、一般的な物しかhitしないので、そちらを見る事は無い。
今回の新教室へのお引越しで、部屋の整理や住めるための環境作りに、冷蔵庫や洗濯機や、食器棚等の結構大物を揃えなければならなかったのだが、やはり、準備金が高額になるので、二の足を踏んでしまい、なかなか部屋の整理までは出来なかった。
長崎の家を処分する時には、高価な買うと100万以上もする大型の家具が、「豪華なのだけど、大き過ぎるので売れないから・・」と引き取って貰えず、家と一緒に解体してゴミにしてしまったのだが、timingがもう少しずれていると、新教室で使えたのに、勿体無い話だよな??
・・・という事で、何を思ったのか?? 牧野先生が大型の家具や新品の洗濯機をヤフオクで見つけて来て、私に競り落とすように言って来た。
幾らauctionでも、即決の金額を調べて、最高入札額を決めてからでないと、危なくて入札出来ないのだが、思ったよりも、安く購入出来たので、なんでも、ヤフオクになってしまった。
椎名町には電動アシストのチャリンコが1台しかないので、斉藤先生用にもう一台購入しようと思うのだが、やはりちゃんとした機種ともなると、10万は超すので、躊躇してしまうので、それも安く購入する事にしたのだが、既に、ブリヂストンの電動アシストを持っているので、充電器が共有出来るtypeの自電車を探したのだが、何と、競り落とした、電チャリには、ヤマハのbatteryが入っていたのだよな??
超、Shockで、dataを調べて見たら、ampereと対応充電器が、椎名町の電チャリとは違っていたのだよな??
という事は、catalogueーdataをちゃんと読み熟せなかった自分側の落ち度になるので、返品するよりも対応充電器をヤフオクで買った方が安く付くのだよ。即決で8000円程度なのでね??batteryは消耗品なのだけど、充電器は消耗品ではないのでね??
CASIOのpriviaは、粗大ゴミにして、教室用のspareのpriviaをハイツに持って来たのだけど、機種のrankが酷くて、やはり、新しく電子Pianoを購入するか否かを検討中である。
(勿論、電子Pianoに拘るのは、ハイツが音出し禁止のmansionだからなのだがね??逆に、今の部屋を売っ払って、音出し出来るgrandの置けるmansionか一軒家に引越しをする・・とか??・・・う~ん、狭くて困っているのだけど、地の利はグンバツなので、それは、ありえへんかな??)
CASIOはメンテの対応で、すっかりと嫌になったので、新しく購入するとしたら、privia以外にするのだ!!
坊主憎きゃら、袈裟まで憎い・・てか??アハッ!
懐が寒い・・・、否、狭いよな??
流石に電子Pianoと言えども、ヤフオクでは買わないよ??
電気製品は寿命が短いし、一旦壊れると、粗大ゴミにしかならないのでね??
la foliaのhomepageで、layoutがおかしくなった箇所の修復作業をこの二日間もやっているのだが、やっと昨晩、それが終わった。
とは言っても、layoutの修復をしただけど、文章のrenewalをした分けではない。
但し、追記で、新しく文章を書いて行くので、同じ事があちこちに書いてあったり、文章が被っていたりした所は、少し出来る範囲で改訂をした。renewalとまでは言えないのだけど、kleinigkeit程度なのだけどね??
雨は今日も降り続いているよな??
8月も、もう半分過ぎたのに、未だ梅雨かよ??
ヤフオクで買えてよかったです!
最近、メルカリで昔の戦隊モノのストラップを出品したら『ずっと探していてなかなか手に入らなかったのでうれしいです』と😊
もっと高値で出せばよかった(笑)
8月14日思考と意識が停止した ·
折角の夏休みなので、homepageやfinaleや・・、ヤフオクまでの雑用を色々と忙しく暇に任せて、やっていたのだけど、今日も、いつものように、朝早くから仕事を始めたのだが、7時頃になって、突然、体と思考と意識が停止した。
どうやら、突然、鬱に襲われたようだよな??
なんだかんだで、いつの間にかお昼の半間近になってしまっていたのだが、雨混じりの22°は変わらないようだな?
兎に角、寒いのだよ❢
兎に角、冷蔵庫には何も入っていないし、甘い物も全く無いので、椎名町にお蕎麦の残りを食べに行く事にしたのだが、兎に角寒い!
帰りは4時半になったのだが、何と8月の14日だと言うのに、21°だよ❢
超、寒い!
余りにも寒いので、半袖の上に、レインスーツの上を着て行ったのだが、それでも寒かった❢
どうなっているのだろうか?
九州から広島、大阪の方まで、大洪水だよ❢
日本列島は、いったい、どうなっているのやら⁉
8月15日兎に角、寒い!! ·
今は8月15日の深夜0時を過ぎた所である。
兎に角、寒い!!
外は冷たい雨で、練馬区の気温は20°である。
verandaに出て見たのだが、寒すぎて部屋に戻って来た所なのだ。
8月のど真ん中で、「寒い!」「寒い!!」と震えている??
季節が狂ってしまっているのだよな??
それはそうと、肝心要の事を書くのを忘れていたので、(・・って言うか、何度か書いたハズなのだが、書いたつもりが夢の中だったので・・・)追記するが、昨日は食物がハイツには全く無かったので、朝昼兼の食事を昼間の3時頃に食べに行ったのだが、4時過ぎにハイツに戻ってからは、ドッと疲れが出てしまって、寝込んでしまって、夜の食事の連絡があったのにも関わらず、起きて椎名町に行く事が出来なかった・・というか、そのまま朝まで延々と寝込んでしまったのだよな??
『寝た』とは言っても、熟睡、爆睡した分けでは無く、何度となく、toilet−timeに起き出したり、鼻詰まりでの入眠不良や、やっと眠れたと思っても、夢か現つかの悪夢を繰り返していたのだけど、それでも永遠に続いて行くように思われた夜が終わって、窓の外では、周りの景色が朧げにでも、見えてきました。
朝の6時を過ぎた所なのですが、練馬区の気温は、とうとう20°を切って、19°になってしまいました。
兎に角、「寒い!」としか、言いようがありません。
それでも、coolerを切ると部屋全体が湿気っぽくジメジメして来るので、等々、coolerを諦めて、コンビニcoolerに切換える事にしました。
それにしても、「よくこれだけの水が空にあったのかな?」•••と思える程の水量で雨が降り続けているのですが、いつになったら小ぶりになるのかな??
テレビをつけても、全国的な洪水の話しかしていません。
マジに、日本はどうなってしまうのかな??
そういえば、昨日のお昼の3時頃から、何も食っていないのだよな??
昨日は、カステラとマルボーロは少し持って帰って来たのだけど、食料品は持って帰らなかったので、冷蔵庫の中は昨日のスッカラカンのままだよな??
bikeで椎名町まで取りに行けば、昨晩の食事は弁当にしてあるのだよな??
この大雨の中をbikeを出せば、椎名町で食事をする事も、お弁当にして持って帰って来る事も出来るのだけど、雨具を着込んでまで、bikeを出すか否か??の問題だよな??
・・・というか、今は夏休みで、未だ寝ている頃なのだから、起きたか否か??がmainだよな??
mailが最初だよな??
もう少し、考えてみよう??
朝の8時半に連絡が取れて、飯を食いに行く事になったのだが、夏用の長袖のレインスーツでは超、寒かった。
19°から更に18°になろうとしている所なのだ。
一瞬だけ雨が小降りになったので、ドルプリっ歩に行ったのだが、プリが帰って来た途端に、土砂降りになった。
まあ、いつもの事なのだけどね??
昨晩の夜からの食事を済ませて、テレビの録画番組を見るともなく見ていたら、どうしようもなく眠たくなって来たので大急ぎでハイツにbikeを飛ばして戻った。
これから一眠りをしよう。
Hallが無くて、一般の部屋での室内楽等の演奏を企画するには、舞台が無くて、平土間での演奏では客椅子との間隔は、最低でも2㍍の間隔は必要となります。
8月15日La Cetra Concerto Op.9 Nr.1 C Dur(F.Ⅰ.n.47) ⅡⅢ楽章 ·
この曲はRicordi版でscoreが出版されているのですが、part譜が発売されていないので、soloを弾く予定の美音ちゃんが自分でfinaleに入力して、Ⅲ楽章のpart譜を作成しました。
暇な時には綾乃ちゃんが少し入力を手伝ってくれました。
Ⅲ楽章の音の入力ミスのcheckは光里ちゃんが殆ど探してくれました。
Ⅱ楽章はornament譜、所謂、即興で演奏するのが本当なのですが、それはproにとっても難しいので、斉藤先生がornament譜を楽譜に書いてくれました。
Ⅱ•Ⅲ楽章のCembaloの右手のpartは芦塚先生が書いてくれました。
基本的な元々の形で書いてあるので、練習をしながら、必要に合わせて、変奏すれば良いのだそうです。
continuoのduoが弱い所はCembaloさんが少しhelpを弾いてくれる予定ですが・・・
baroque時代のconcertの形式は楽章毎には、急緩急の3楽章か、古い時代の教会ソナタの形式である緩急緩急の形式で作曲されるのが常でした。
また、concertのⅠ楽章は、ritollnelloの形式で書かれる事が多いようでした。ritollnelloの形式とは、日本語では循環形式と訳される事があって、orchestraの部分とsoloのだ部分が交互に出て来る形式です。
それはそうと、La Cetraの楽譜の半分以上がsoloのpart譜等が失われてしまっている・・というWikipediaの解説で、Ricordi版のscoreのcheckをしてみたのですが、それらしきpassageは見つかりませんでした。
解説を読もうとしたのだけど、文字が小さ過ぎて諦めました。
という事で、子供達に訳して貰う事にしました。見た所、英語もドイツ語も、イタリア語も同じ内容のようでしたので・・ね??
教科書としての英語の論文ではなく、音楽の勉強に必要な文章ならば、少しは価値付も出来るのかな??
一般の人達から見ると、こういった論文を読む事は、小、中学生にとっては、非常に難しいように思われてしまうのだが、実際に難しいのは専門用語だけで、言い回しの複雑さは無いので、逆に一般の小説を読むよりも簡単なのですよ。
回りくどい言い回しのような物がないから、文章としては単純・明快な文章なのだよ。
それに専門用語とは言っても、確かに一般の人達にとっては、聞いた事も無い不可解な用語かも知れないのだが、教室で音楽を学んでいる子供達にとっては、毎週のオケ練習で耳タコで聞いている言葉に過ぎないのだから、日常的に使う単語だけなので、難しくは無いハズなのだよ。
そのためにも、私のFacebookは原語表記にしているのだから。
但し、concoursの全国大会で入賞しても、「rit.」がritardandoの略語である・・・という事を知らなかった生徒も居るしね??
今の子供達は驚く程、言葉を知らない。
その理由・・というか、原因は、digital的に言葉を理解するからでなのだよ。
ritardandoの言葉の成り立ちや、その省略形を教えても、頭熟しにしか覚えようとはしないのだよ。
もはや、意味を追求する事は面倒くさいのだよな??
漢字を目の前にしても、その意味を追求する事はないのだからね??
それじゃあ、幾ら勉強しても、その成果が上がる事は無いだろうよ。
という事でオケ練習では、何度となく、漢字の成り立ちを教えているのだけど、中学生の生徒達でも、漢字の成り立ちの意味を覚えようとはしないのだよ。
サンズイが水に関係する文字を表す・・とか、そういった一つ一つの基本的な意味すら知らない・・・と言うか、知ろうとしないのだよ。
兎に角、チョッとでも、考える事が面倒くさいのだよな??
学校の勉強で、「自分で類推する」という事をやった事が無いのだよ。
だから、元々の事さえも、意味も知らないままに、digital的に記憶するので、直ぐに忘れてしまうのだよな??
それに輪を掛けて、「これだけを覚えれば、成績が取れる」と塾等で教えられる。
それを頭から信じて、意味を考える事も無く、ただ、digital的に考える事もなく、覚えてしまうのだよ。
そういう覚え方では、覚えた分だけ、忘れてしまうのは、必然だよな??
だから、ハタチになって、大学を卒業すると同時に頭の中はスッカラカンになってしまうのだよ。
それでテレビ等でワイワイキャァ、キャアのかわゆいだけの女の子達が誕生する。
日本の将来は、悲観的だよな??
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ヴィヴァルディの作品9のLa Cetraは『』作品8の次に出版された作品であり、オーストリアの皇帝カー...
あれ?楽譜入りの詳しい解説はホームページに作ってましたよね?そちらにリンクはってくださいよお~
下の絵はHome Pageのlinkなのですがね〜ぇ?それをclickしてください❢
スマホでは、超小さくなってしまうので、かなり見づらいとは思いますが、タブレットならば見れると思います❢
8月16日水が冷たい! ·
「水は冷たいのは、当たり前だろう??」って・・??
違うヨ❢❢
指先が悴むように水が冷たいのだよ。
シンクに溜まっていた汚れ物を洗おうと水道から水を出して、洗い始めたのだが、真冬のように水が冷たいのだよ。
今日は、お盆明けの8月の16日なのだ。
つい先日まで連日の35°越えで、「暑い!」「暑い!!」と茹だっていたのが、現実とは思えなくなって来てしまった。
手が悴む程ならば、お湯を出せば良いようなものなのだが、ハイツは古いmansionなので、給湯器が玄関の外にあって、台所からは遠いのだよ。
だから、温水にして洗い始めても、シンクの中の洗い物を洗い終わった頃にやっと、水が微温くなって来るのだよ。
このmansionでは、何時も、何も役に立たないのだ。
このmansionは、地の利だけだしか無いのだからね??
それはそうと、チョッとバテて、椅子の上で眠ってしまったので、bedに移動して仮眠を取った。
玄関を出ようとして、玄関のスイッチを入れたら、灯りが切れていて、螢の光りのようになっていたので、ランプを抜いたら、小さな口径のランプだった。
寒かったので、クーラーを止めるために、bedから起き出して、「さて玄関のランプの予備はあったかな?」と思いながら、ランプを探そうとして、ふと、「えっ??」と思って、玄関に出てみると、ランプは正常に点いたのだよ❢
つまり、玄関を出ようと思って、玄関に行った事が夢だったのだよな?!
何と紛らわしい事なのだろうか??
だんだん夢と現実の境界が無くなっているのだよ❢困った事だ❢
8月17日Keyboardが突然・・ ·
Facebookに入力しようと思ったら、突然、Keyboardが全く反応しなくなってしまった。
・・焦ったよな??
でも、ふと、「そろそろ電池切れの頃だよな??」と思って、電子血圧計用に出していた単4をKeyboardの電池と交換したら、難なく元に戻った。
「電池が無くなる」とか、「交換時期だ」というmessageは無いのかよ??
お騒がせのone-timeであったぞい!!
それはそうと、朝の定時の血圧と体重測定なのだけど、ちょうど、24時間、何も食べていない事になってしまった。
一昨日の雑炊の残りを昨日の早朝の7時頃に食べ終わって、冷蔵庫にも、全く何も残っていない状態だったのだけど、非常に腹に据えかねた事があったので、ハイツで引き籠もりをしたからだ。
まあ、それはどうでも良いとしても、超、Shockなのは、24時間のpetit絶食にも関わらず、体重が全く減っていない事だよ。
前日測った時よりも、僅か、0.10グラム減っているだけだ。
食わなきゃあ痩せると言った病院の先生がいるのだが、「どこが・・??」という感じだよな??
いつも言うように、イライラのstressは逆に太ってしまうのだよな??
8月18日電気ケトル ·
今日も日本全国の各地では、1週間も相変わらず続いている大雨で、緊急安全確保とか、避難指示の所があるようなのですが、練馬区では、朝から一転した絶好の洗濯日和で、気持ちの良い爽やかな風も吹いています。
「練馬区は•••??」と言う意味は、東京全体では、銀座のように集中的に豪雨が降っている所もあるようなので、練馬区限定なのですよ?
相変わらず不思議な天気ですが、まあ、きッと練馬区はテレビでも扱われているように、東京ではないのでしょうかね〜ぇ?
もう、8月も18日になってしまいましたが、暑くなったり、寒くなったりで、電気ポットがなかなかしまえなかったのですが、流石にもう使う事はないので、一口sizeの電気ケトルを出して、電気ポットは洗ってしまう予定だったのですが、体調とか精神状態が良くなくて、それがなかなか出来ませんでした。
しかし、今日は、お天気に恵まれたので、思い切って、シンクの食器類を洗った次いでに、電気ポットも洗ってしまいました。
3枚目の写真は、一人用の、コップ一杯用の電気ケトルです。
ハイツのちゃんとした日本製のpenguinの形の電気ケトルや、お気に入りのティファールの電気ケトルは、教室のケトルが片っ端から壊れてしまうので、全部教室に供出してしまったので、ハイツのケトルが無くなってしまって、急遽、通販で買ったケトルです。
大きさの比較のために、トトロのマグカップを横に置いて見ました。
でも、お客様が見えられた時には、このケトルは一人用なので、お客様にお茶を出す事は不可能なのですが、夏場はみんな、冷たいお茶しか飲まないので・・これで充分なのですよ。
「冷たいペットボトルの濃茶しか無いけれど、どうですか??」ってね?? アハッ!
後、2週間もしないで、9月になると言うのに、この2,3日は長袖を着ないと、とても耐えられない程の寒い気温だったし、昨日は、レインスーツを着ていたのに、下着まで濡れてしまうような、まるでスコールのような大雨だったのですが、それにしては超、寒かったのだよな??
この天変地異は、一体どうなっているのかな・・???トランプさんよ??
それにも増して、今日も東京では5386人のコロナの感染者が出て、水曜日では最高なのだそうです。
それに、子供達にも感染が広がっているようで、とうとう聖域は無くなってしまいました。
ワクチンは小学生には打てるのかな??
9月からは学校が始まるのだけど、どうなるのかな??
どうやら、コロナとの戦いは、終わりの無い戦いの様相を呈して来ましたよね??
中世のある日、つまり、1347年のある日、地中海の港に停泊した大型帆船から、歴史上最も危険な疫病ペストがEuropa中に広がって蔓延して、3分の1の人命が失われるというpandemicがあったのだが、それが落ち着くまでは5年程の年数が掛かったと言う事だ。勿論、それからも北里柴三郎博士がペスト菌を発見するまでの間、何度となくペストに襲われるのだがね??
コロナも、もう3年目に突入しているので、やっと半分ぐらいは来た!と言う事かな??
日本でも大型のクルーズ船にコロナ患者がクラスター状態になったのが、一気に日本中にコロナが広がった発端のようですがねぇ?
8月20日今日は満月・・ではありません ·
今日も雲一つ無い素晴らしいお天気ですが、昨夜も肌寒い程の爽やかな風に誘われて、コーロギが鳴いて、爽やかな秋風が肌を撫でて行くという風情でした。
後、二日で中秋の名月なのですよね??
アハッ!・・・嘘??
その後で、書き加えたハズの文章が全くどこを見ても見当たらなくって、編集履歴も探して見たのですが、どこにも残っていませんでした。
毎度の事ながら、超、Shockなのだよな??
『嘘・・??』で終わってしまっては、お話の呈(体、態)を成していません。
取り敢えず、同じような文章を書いておきます。
お散歩の時のお月さまが、とても輝いていたので、もうすぐに満月かな??・・と思って調べて見たら、8月の満月の日は、8月の22日までは同じなのだけど、その次が、・・・夜の21時の2分だの3分だの5分だの6分までありました。
チョッと酷いのは、22日が土曜日というのもありましたがね??スタージョンムーンというらしいのだけど、スタージェンムーンというのもありました。
ちなみに、中秋の名月は、満月の日と重なって、9月の21日の満月は、8時55分だそうです。
中秋の名月というのは、満月の事を指すのでは無いのだよな??という事が分かりました。
・・・てな事をウダウダと書いていたのだけどな??
文章がぶっ飛んでしまったので、書く気力も無くなってしまったよな??
ちなみに、英語ではharvest moonっていうのだそうな??harvestは「収穫する」という意味だそうです。
次の日の夜は、鈴虫が鳴いていました。
美しい鳴き声なのだけど、未だ、これからも真夏なのだよね~ぇ??どうするのだろう??
8月21日リコーダーのお話 ·
7月中は、finaleで楽譜を弄っていたのだが、8月に入ってからは、お久し振りでhomepageのぶっ飛んでしまったまま、そのままになっているPageを片っ端から新たに書き直しているのだ。
つまり、back・upのdataを探して、兎に角、古い昔のversionのdataでも、元dataがある場合には、それをupして、取り敢えずは終了にしていたのだが、そのdataも尽きてしまって、次のbackupは、紙の原稿になるのだが、何度試みても、パソコンのOCRが上手く行かないので、原稿を読み込む事は諦めて、renewalして新たに書き直す事にした。
その方が古い原稿からbackupさせるよりも早いので・・・ね❢
兎に角、Homepageの全体のlayoutだけでも、復活させないとね??
・・・という事で、8月に入ってからは、ぶっ飛んでしまってTitleだけになっているPageを探して、片っ端からrenewalさせているのだが、「renewalして読めるようになったPageをWebで、教えて欲しい」と先生に頼まれたのだけど、一日に、3,4Pageはrenewalするので、どの Pageをrenewalしたのかは、もうすっかりと忘れてしまったよな??
一昨日から今日まで掛けては、recorderに関する三つの文章を弄っていて、補筆したり、写真等を加えたり•••していた。
「縦笛の思い出」とか、「リコーダーの話」とかなのだが、なんと、「リコーダーのお話」という同じTitleの Pageが、二つもあったのだよな??
幾ら何でも、それは拙いので、一つの Pageに統合しようと思ったのだが、それでは Pageが膨大になり過ぎるので、Titleの方を変えてしまった。
文章の中のTitleは変えていないので、accessする方のTitleを変更しただけなのだがね??
この文章にlinkを張ろうと思ったらFacebookの Pageには、直接linkを張る事が出来ないのだよな??
それは困った!!
さて、どうしよう??
リコーダーの話 (ashizuka-ongaku-kenkyujo.com)
りコーダーのお話 (ashizuka-ongaku-kenkyujo.com)
リコーダー小学生 (ashizuka-ongaku-kenkyujo.com)
8月21日 ·
ashizuka-s-oheya.ashizuka-ongaku-kenkyujo.com/vvd-la-cetra.html?fbclid=IwAR2qgGe0H67xszasZH36GDfhsiVuAVlR72lvQTA-3isXw8w97qBAKQVbBuA
8月21日VitaliのChaconneのお話 ·
昨晩は、とても寝苦しくって、深夜の3時に目が覚めてしまって、寝逸れてしまったので、うっかりと二つも作ってしまったVitaliのChaconneのhomepageを、一つに纏めて統合する作業と、以前作っておいた素っぴんのChaconneに、FinaleでDavidのarticulationを書き加える作業を朝の6時半までやってしまいました!
・・という事で、今から寝る所です。
『Tomaso Antonio VitaliのChaconneのhomepageのお話』
『originalのVitaliのChaconneと、David版のoriginalのChaconneのお話』
このお話をする時に、非常に混乱を招いてしまうのは、pianoのversionと、orchestraのversionの話が混在してしまう事なのです。
勿論、世間一般の音楽教室ではChaconneのorchestraのversionで演奏するという事は現実的には、有り得ない事なのでしょうし、ましてや、originalのDavidのversionがあるという事すら、知る事はないのでしょうかから、このお話しは、当然、『私達の教室だけのお話しである』とは思っています。
『先ず最初には、orchestra-versionとpiano伴奏のversionのお話です。』
私達の教室では、orchestraのcurriculumで、orchestra-methodeの最上級の課題曲として、VitaliのChaconneと、corelliのla foliaと、Vivaldiの『四季』を上げています。
教室では常設曲として、結構頻繁にこれ等の曲を演奏していますが、一人の人として全曲を制覇した人は多分いません。(一人だけいるのかな??)
・・という事で、教室のcurriculumとしても、VitaliのChaconneをorchestraで勉強する前には、基本的には、生徒多は、世間一般と同様に、先ずはpianoの伴奏でChaconneを演奏して、その演奏で合格を貰ったら、次にorchestraの伴奏で演奏する・・という栄誉を受ける事がある、というcurriculumであるハズなのでしたが、近頃では、いきなりpianoの伴奏のstageを省いて、いきなりorchestraのversionで演奏する・・というのが、恒例化してしまっていました。
昔は、丸々1年間をVitaliのChaconneの曲のためだけに捧げる・・という事に対して、なんの問題も感じ無かったのだけど、今の子供達は・・、忍耐力が(根性が)無いからね??
先ずは、私のChaconneのarrangeの推移の意味を説明する前に、『originalのChaconne』という、何を持って『original』と言うか??の意味の説明から始めなければなりません。
多くの音大生や音楽家達は『Tomaso Antonio VitaliのChaconne』という曲が存在している・・と思っていて、Davidがpianoの伴奏用に編曲しただけだ・・と思っている人達が殆どのようですが、実は、VitaliのChaconneは写本版しか存在しません。
勿論、basso continuoとして書かれた曲なので、伴奏譜は存在しないのです。
Ferdinand Davidは、自分の高弟達のために、baroqueの名曲から多くの曲を集めて、指導のためにviolinのvirtuosität(超絶技巧的)な曲に編曲しました。
『Die Hohe Schule des Violinspiels』と言う2巻による曲集です。
この時点で、VitaliのChaconneは、baroque音楽では無く、擬古典の作品になっているので、VitaliのChaconneはDavidのoriginalの作品である・・と言えるでしょう。
勿論、私達のgroupでは、baroqueのensembleとして、『period-versionのChaconne』も演奏をしていますが、それは、basso continuoの楽譜から起草された私のoriginalの曲の演奏になります。(勿論、Bärenreiter Urtext等からも出版されてはいますが・・、全く違ったinterpretationの曲になります。)
つまり、VitaliのChaconneのoriginalの版と言うのは、Vitaliの写本版からの作品では無くて、あくまでも、Ferdinand Davidの手に寄って、Vitaliの写本とおぼしき楽譜から、pianoの伴奏とsoloのviolinのために、擬古典風にarrangeされたものを言うのです。
(この前提がないと、話が前に進みません。)
そのDavid版のChaconneを、violinistのCharlierが曲の順番を入れ替えて、曲の演奏技術も派手派手しくして、更に短くして、所謂、Charlier版というのを作ってからは、一般的には殆どのviolinistがcompactで派手派手しいCharlier版で演奏するようになりました。
その方がoriginalのDavid版よりも演奏効果が良いからです。
Davidのoriginalの版の目的は、弟子達の指導だったので、その分難しくって、また、地味でも良かったのですから・・。
また、originalのDavid版は、現在絶版状態で、元々の出版社からは手に入り難いようです。
(他の出版社から、originalのDavid版が出版されてはいるようではありますがね??)
・・という事で、こんにちでは、originalのDavid版を聴く事は皆無になってしまいました。
You Tube等で聴かれる演奏の殆どが、Charlier版なのですよ❢
それはそれで、Davidの功績を云々する分けではないので、Charlier版onlyになったとしても、私的には、全く持って構わないのですが、orchestraの伴奏で演奏をしようとすると、話が込み入って来ます。
つまり、殆どのorchestra伴奏の版では、arranger達は、(紛らわしい事に、)originalのDavid版からarrangeをしているので、お話しが複雑になってしまいます。
一般的には、pianoの伴奏で演奏活動をするので、proの人達でも、殆どの人はCharlier版しか演奏した事はないのです。
orchestraのversionで弾くには、David版に立ち戻る必要が出て来るのです。
私達の教室でも、2段階のcurriculumとして、piano伴奏のCharlier版で演奏して、更にorchestraの版を演奏しようとすると、全く違ったVariationの順番を弾く事になって、それに加えてoriginalとは違ったpassageを演奏する事になるのですよ。
(とは言っても、教室の生徒達でも、orchestra・backで演奏する生徒達くらいのlevelになると、そういった楽譜上のkleinigkeitの覚え直しは、全く問題にはならないのですがね??)
先程、お話したように、VitaliのChaconneには、originalのDavid版と、David版から更にarrangeされたCharlier版があるのですが、一般的には、originalのDavid版で演奏される事は全くありません。
・・という事なので、美音ちゃんには、前回の発表会用に、最初は、一般的に演奏されているCharlier版で、練習を開始したのですが、しかし、VitaliのChaconneのDavid版の演奏をYou Tube等で探したのですが、その版で演奏している人が見つからないので、急遽、美音ちゃんに、originalのDavid版に楽譜を変更して貰って、発表会ではDavidのoriginalの版で、演奏をして貰いました。
突然の曲の変更なのですが、教室では私の生徒達にとっては、そんな事は極、普通の当たり前の事なので、美音ちゃんにとっても、覚え直しには問題はありませんでした。
そこでウダウダと引っかかるようだったら、Chaconneをorchestraのversionで演奏する事は出来ませんからね??
だって、orchestraの版は、Charlier版とは、全く違ったoriginalのDavid版なのですからね??
以上、David版とCharlier版のお話でした。
『Chaconneのarrangeに関してのお話し』
orchestra-versionのVitaliのChaconneは教室の常設曲としてこれまでの歴代の勇者達が演奏してきましたが、これまで使用して来たGuerrini版のarrangeには、幾分、音痩せの問題があって、演奏が終わる度に、補筆か加筆か・・という事で、悩んで、考えてはいたのですが、少子化の影響で、オケのmemberが足りなくなってしまったので、瑞希ちゃんや美音ちゃん達が、本来ならば、この3部作の演奏予定のハズだったのですが、発表会等で、VitaliのChaconneを演奏出来るmemberがいなくなってしまいました。
という事なので、当面の演奏の予定はないのだけど、それとは関係なく、arrangeのやり直しをしてしまいました。
始めは、Guido Guerrini版のorchestraの弱い部分の手直し(補筆や加筆程度)で済ませようと思っていたのですが、その段階で、「PachelbelのChaconneのように、或いは、Veraciniのpassacagliaのように、補筆訂正や、加筆をするだけでは、結局、またやり直しになってしまう」・・・と、思い直して、Guido Guerrini版を補筆・訂正するのではなくて、originalのpianoーversionのDavid版から、直接、arrangeをする事にしました。
先ずは、第一段階としては、・・・取り敢えずは、originalのDavid版に拠るorchestraのversionが出来あがったのですが、これまで、Guido Guerrini版で演奏をして来た歴代の生徒達が、華やかな派手派手しいpassageの箇所を、地味なDavid版ではなく、Charlier版で演奏をしていたので、どうせならば・・と、子供達のserviceのために、次には派手派手しい所だけをCharlier版から、そのpassageを剽窃して、《Vitaliの写本から=DavidがPianoの伴奏用の擬古典版を作ったのを=演奏会用にCharlierがcompactに華やかに纏めたのを》元々のDavid版から、orchestretionをやり直して、その版に、Charlierの技巧的なpassageを随所に盛り込んで、いわゆるDavid=Charlier=Ashizuka-versionを作りました。
このarrangeの時には、Ferdinand Davidのoriginal版のorchestrationと、殆ど同じtimingで、Charlier版を挿入した二つのfassungを作ったのですが、それはどうせ作るのならば、一つ作るよりも、同じ労力なので、二つ作った方が、同じ手間で、効率が良いからです。変更の無い所はコピペで出来るからね??
美音ちゃんがCharlier版ではなく、originalのDavid版を底本にしたversionで発表会で演奏をしたので、homepageに、David版にtsる詳しい説明を書こう・・と、思ったのですが、VitaliのChaconneのhomepageが幾ら探しても見つからなかったので、てっきり、「作っていない」・・とばかりに思い込んでしまって、急遽、新しく、VitaliのChaconneのhomepageを作ってしまったのですが、その後、Facebookからの文章をコピペしていたら、linkが外れてしまっていただけで見つからなかったVitaliのChaconneのhomepageが見つかったので、新しく作ったhomepageは紛らわしいので削除してしまいました。
Facebook上に掲載していたVitaliのお話だけで、homepageのChaconneのPageは完結していたのですが、古いPageにも全く同じ、Facebookからのcopyがあったので、二つのHome Pageを比較しながら、新しい Pageのダブっている箇所を探して、一つ一つ削除するという手間の掛かる作業なのですが、根気よく忍耐力を持って作業をしました。
幾つか、古いhomepageには掲載されていない項目もあったので、それは逆に新しいPageから古いPageにコピペしました。
それはそうと、You Tubeの芦塚先生のオケ室内楽練習のsiteにVitaliのChaconneのfinale音源をuploadしていた・・と思ったら、何処にも、何もuploadしていなかったのだよね??
多分、音源の音のbalanceが余りにも酷いので、uploadするのに、二の足を踏んでしまったのだよな??
Chaconneは、今は素っぴんの状態※)なので、forte・pianoのdynamikと、表情記号等々を書き込んでからfinaleの音源でuploadする予定なので、今暫くお待ちください。
※)『素っぴんの状態』・・とは、私の造語なので一般的な言葉ではありませんが、私の場合には、finaleで取り敢えず音符だけを入力しても、articulationに関しては、基本的には、面倒くさいので、入力しません。
articulationは、一旦書き始めると繁雑になってしまい、endlessの作業になってしまうからなのです。
scoreとしての見栄えも、ゴチャゴチャとして、見難くなってしまいます。
だから、実際のオケの練習の時に、必要最低限の細かい演奏上のarticulationの注意事項を直接part毎に伝達します。
だけど、computerの演奏は、書かれたものしか表現はしないので、細かいarticulationの指示が無いdataでは、表現に幾分の問題が出てしまいます。
今回の、David⇒Guerrini⇒Charlier⇒Ashizukaのversionの曲は、生音で演奏する予定、というか?可能性は全く無いので、已む無く、computer音源でuploadして起きます。
・・・と思っていたら、Facebookからcomputer音源のChaconneへのYou Tubeにlinkが張ってあって、ちゃんと旧versionのChaconneがuploadされて、VitaliのChaconneのYou Tubeは、活きていたのだよな??
「動画の第一versionです。」
音符だけを入力した状態の素っぴんのfinale音源をuploadしていたのだよな??
それは、削除して、articulationを細かくDavid版から書き写した動画をYou Tubeにuploadしました。
「動画の第二versionです。」
You Tubeの「402a42ka」でも、「芦塚先生のオケ室内楽」のPageでも、もう一つのPageにも見かけなかったのだけどな~ぁ??
homepageもYou Tubeも少し、量が多く成り過ぎて、ミスを誘発するようになっているよな??
何とかせにゃぁ、あかんわな~ぁ??
・・・という事で、この二日間で、homepageから、VitaliのChaconneの二つのPageを、古いPageにDoubleで掲載されている文章を新設したPageの中の文章と比較して、ダブっている文章は削除すして、新しいPageを削除出来る所までやりました。
当然、確認の上で削除しました。
その前の日には、recorderのPageでも、同じTitleの Pageが二つあったので、削除はしないで、別の内容の全く独立した内容のPageにしました。(つまり、文章がダブっている所だけを削除統合したのですよ。)
David版のarticulationを忠実に付けたfinaleのdataの動画を、半日程、繰り返し、何度も聴いていたのですが、やはり、何度聴いても、変な所は変なので、思い切って、David版のarticulationを変更して、私の指揮者としての立場でのarticulationに変更しました。
昨晩から今日一日を掛けて、finaleのVitaliのChaconneのdataにarticulation記号を加えて、そしてGuido Guerrini版の音符の間違いを訂正して、それから更に古いYou Tubeのパソコン音源の方を削除して、昨晩から取り掛かっていた新しい補筆をした音源をYou Tubeにuploadしました。
下に掲載したYou Tubeの音源です。
先程のDavid⇒Guerriniなのですが、これはGuido GuerriniがFerdinand DavidのVitaliのChaconneのpiano-versionをorchestrationをした・・という意味です。
次のCharlierの意味は、教室の子供達がCharlierの結構派手派手しいarrangeで、好きなpassageがあるので、そのpassageを生徒のserviceのために、Guerrini版のviolinのsoloのpartとchangeしました。
Guerrini版はpiano伴奏からtransposeをする時に、私が良くお話をしているarrangerの犯す誤ちで、pianoの伴奏を丸写しする・・という失敗をしているので、そこは弦楽orchestra用に改編しました。
また、基本的にGuerrini版は使わないで、David版から、そのままarrangeをしました。
という事なのでoriginalの⇒Ashizuka-versionという事になります。
幾ら、ヘボいfinaleの音源だとしても、もっと手間暇を掛ければ、もう少しは、良いarrangeにはなるとは思いますが、そこまで手間暇を掛けてもね〜ぇ??所詮はcomputer音源なので、ね~ぇ??
· 8月23日なんと、椅子の上で爆睡してしまった❢
・・というか、「今日も・・」と言った方が良いのかな??
頑張って、「何とかbedまで行かなければ•••!」と、思っているのだけど、体が言う事を聞かないのだよ❢
この所、寝ても、寝ても、疲れが取れないので、次の日の気力が充実しないので、仕事にも身が入らないし、頑張って体力を付けるための散歩も、体調的に「出来ない」という日々が続いているのだが、所謂、良い睡眠が取れていないのが、その根本的な原因である事は分かっているのだが、その対処に苦慮しているのだよ❢
どうすれば良眠が取れるのかは、難しい課題なのだよな〜ぁ?
その根本的な原因は、関東の気候にあるのだよな??
東京の夏は夜は空気が冷えていても、湿度が高くて、窓を開けて寝ると、bedや畳が湿気でベタベタして来るし、体にも、強烈な巨大湿疹が出来て痒くて失神しそうになる。
だからと言っても、coolerは体質に合わないし、ハイツのcoolerは1°単位なので、暑過ぎるか、寒過ぎるかのどちらかなのだよ。
0.5°単位ならば良かったのだがね??
ちなみに、椎名町のcoolerは、その0.5°単位なのだよ。
古いtypeの方が、マイコンで色々しないので、人為的で良いのかね??
それに、横になった途端のいつもの『鼻詰り』・・だよな??
息が出来なくなって、呼吸困難になってしまう。
椅子に座ると、鼻詰りは取れるのだがね??
それで仮眠を取っても、疲れはやっぱ、取れないのだよな~ぁ??
勿論、良質の睡眠用のサプリも買ってはいるのだが、普段の時には、結構効くのだが、体調を崩すと、何をしても、体が言う事を聞かなくなってしまうのだよな❢
病院の先生に相談しても「華麗だ!」と言われるしね??
「ん??」・・・・、、「加齢だ•••」と、・・??
8月23日『VitaliのChaconneのお話の続き』 ·
取り敢えずは、David版に書かれているarticulationを、頑張って忠実に入力したversionを作ってuploadしたのだが、一日、何度となく聴いていて、Davidのarticulationに、どうも納得が行かないのだよ❢
不自然なarticulationの箇所が多過ぎるので、昨夜から一晩掛かって、私なりに不自然と思われるarticulationやtempoの設定等々を暫時、訂正をしてYou Tubeにuploadをし直しました。
私的には随分自然になって、聴きやすくなったとは思っているのですがね??自我自賛かな??・・・哉??
但し、いずれにしても、computer音源なので、そういった意味では、音質的には満足の行く事はありませんが、その内に生の演奏が出来るchanceでもあればなぁ〜?・・と、思っています。
とは言っても、人生のtimelimitもあるしなぁ~??
Title・backの写真はimageなので、音源とは全く関係ありません。
memberを見るとこれはVeraciniのpassacagliaの時だよね??
3人編成の時だよな??
しかし、紛らわしいよな??生の音源に見えてしまうよな??
味も素っ気も無いけれど、パソコン画面に戻すかな??
それも、つまんないし、な~ぁ??
VitaliのChaconne Ashizukaーorchestration und kritik fassung パソコン音源 - YouTube
8月24日お久し振りで爆睡出来た❢·
椎名町から、ハイツの自宅に戻って来て、パソコンの前の椅子に座って、この所2、3日続けているVitaliのChaconneの最終稿のcheckを、You Tubeで曲の再生をしながら、articulationのcheckを始めたのだが、ふと気が付くと、弁当類も出しっ放しで冷蔵庫にも仕舞わないままに、椅子の上で寝落ちしていた❢
小1時間ぐらい眠った所で、クーラーの冷たい風で、目が覚めたのだが、 パソコンは自動再生で、ちょうど悪魔のトリルの演奏が、半分ぐらいまで進んだ所だった。
椅子の上では、良眠が取れないので、大慌てで、意識が朦朧としたままで、取り敢えず、弁当類だけを冷蔵庫に仕舞って、大急ぎでbedに入った。
次のtoilet−timeまでは、爆睡出来た。
善哉❢善哉❢
次の日の夜も全く同じ状態だった。
Facebookを新しく書く必要が無いぐらいに・・・
・・と言うか、この所、全く同じ事を書いているのではないのかな??
無為無策に毎日同じ状態が繰り返されている・・という事だよな??
昨日は、その繰り返しの中でも、結構酷い状態で、日中も鼻詰りで息が出来なくて、仕事をしていても、息苦しくて大変だった。
横になって寝ている時だけではなく、起きて仕事をしている時も、息が苦しくなって来るので、これは、これまでにもなく重症なのだ。
呼吸を楽にするために、色々と試みたのだが、直ぐにまた、鼻が詰まって息が上がって苦しくなってしまう。
通常のアルガードでの鼻の洗浄や、ナザール等の点鼻薬も効かない。
首や目の周りのmassageや通電も無駄であった。今までの、対処療法が全く効かなかったのだよ。
まあ、とは言っても、湿度と体調のbalanceには変わらないのだろうけれどね??
8月25日「まえぶり」 ·
24日の昨夜は、VitaliのChaconneのorchestrationが終わったので、You Tubeに動画をuploadをして、You Tubeでの最終checkをしていた。
但し、最終checkとは、何時もそう思っているに過ぎない。
最終checkは、何時も常に最終checkなのだよな。
ミスは聴き直す度に、必ず1個か、2個は見つかるのだよ。
これが1年後になっても、同じように見つかるので、どこを持って『最終』とするかの判断は難しい・・のではなく、不可能なのだよ。
もう、二、三十回は聴き直しただろうか??
深夜、You TubeでChaconneのcheckをしながら、ついに寝落ちしてしまった。
寝ている間も、自動再生になっていたので、Chaconne on paradeをやっていたらしく、気が付いたら、baroque-KoncertでのVitaliのperiod-versionのChaconneをやっていた。
periodのVitaliのChaconneは、orchestra-versionのChaconneが激情的でpatheticで力強いのに対して、内省的で穏やかで、まるで対照的である。
David版が音楽上の頂点に達してから、盛り上げたままで、最後まで貫き通すのに対して、periodのoriginalのversionでは、purcellのChaconneのように、Codaに入ってからは、どんどんと落ち込んで行って、寂しげに終わるのだよな。ちょうど、Abendrotのように、山の端に陽の入る時の空にぞ、ありけるのだよな??
『鞘堂Hallのbaroque-Koncertの録音のお話』
鞘堂Hallは、石造りで、会場がとてもお洒落なので、「baroqueに打って付けだ!」と、思ったのだが、音楽のHallでは無いので、残響が残り過ぎて、音が全く混濁して、Cembaloの音なんかは全く聴こえないのだよ??
本当ならば、それぞれの楽器用にMicを持って行くべきだったのだが、始めてHallで、何も分からなかったので、人のHallの感想の話を鵜呑みにして、準備が疎かであったのだ。
演奏会を出張するには、必要最低限の荷物にしたかったのもあるしね??
video-cameraだけの撮影で、音のconditionとしては最悪だったので、全体の曲をもう一度、撮り直すつもりだったのだが、なかなか忙しくて、出来ないらしい。
私が忙しい分けじゃあ、無いよ??
あたしゃあ、ハイツで引き篭っているので、結構、暇しているのでね??
period-versionの録音には、生徒は必要はないので、先生達だけで録音出来るので、いつでも時間はあるハズなのだけど、新教室では、いつでも録音出来るように環境を整えたので、いつでも録音出来るのだから、後は本人達次第なのだよな??
『 positiv organ用のChaconneを作るにあたって・・』
鞘堂のbaroque-Koncertでは、会場に楽器(Cembalo)を持って行かなければならなかったので、当然、Chaconneの伴奏は、Cembaloを想定して書いたのだ。
だから、折角、新しい教室で、録音をし直すのならば、imageを変えて、元来、Chaconneはpolyphonyの音楽と言うgenreに属するのだから、本当はCembaloでは無くて、Organ伴奏の方が良いのに決まっているのだよ??
Organの楽譜とCembaloの楽譜では、楽器の特性が全く違うので、Cembaloのために書かれた楽譜でorganで弾く事は出来ないのだよ。
CembaloとOrganの一番の違いは、音の持続性の違いだ。
Cembaloは、音が弱くて、しかも、急速に音が減数するので、結構、多弁になる必要がある。
和音も補填して充足感を出すようにするのだ。
しかし、Organの場合には、音が全く減数しないので、不用意に音を加えると、うるさいだけではなく、意味不明になってしまう。
simpleな方が、Organのためには、良い。
だから、Organのためのtriosonateというgenreでは、両手1本づつと足鍵盤用の3声部の曲が多く作曲されている。(PachelbelのChaconneも原曲はOrganのtriosonateで作曲されているのだ。)
BachやHändel等の作曲家の場合にも、声部を順守する事がruleである。
Cembaloの場合には、音の強弱を和音の厚みで表現する事が多いので、声部の順守は、あまり重要な意味はなさない。
という事で、前回の鞘堂Hallのbaroque-KoncertためのVitaliのChaconneのCembaloの楽譜では、violinの演奏表現を補助するために、Cembaloの和音の調節をして、強弱や、曲の盛り上げの手助けをした。
しかし、そういった楽譜では、音の持続性のあるOrganでは弾く事が逆に難しくなってしまうのだ。
音がうるさくならないように、前回のChaconneの楽譜を、Organ用に書き直さなければならないのだよな。
昨晩は、・・てな事を考えながら寝たのだが、深夜にtoilette-timeに起きた時から急遽、Organのversionを作り始めた。
夜中、丸々半日掛かって、夜の9時前には書き上げたぞよ。
とは言っても、本当は曲が出来てからが、大変な校正の作業になるのだ。
それは出来上がった曲を何度も、finaleの音源で耳で確かめながら聴いて、弱い箇所(Schwachstelle)とか、不自然な所(Unnatürlicher Teil)を探して行くのだよ。
校正の作業に飽きて来ると、テレビを見ながらcheckをしたりするのだよ。
その方が、自分から離れて聴けるので、客観的に音楽が聴こえるからね??アハッ!
お昼までには、弱い箇所と物足りない箇所の2箇所を、納得の行く所まで弄って見た。
finaleでは、小節の頭が前のphraseの最後の音になる・・という発想は無いので、拍頭を伸ばして、次の拍から始める・・という機能が無い。
phraseの終わりのタメ(所謂、終止のためのrit.)も出来ないのだよ。
仕方がないので、取り敢えずは、通常のrit.とpoco rit.とpiu rit.等々を組み合わせて、終止のための(タメ)を作った。苦肉の策である。
accelも記号としてはやっているのらしいが、音楽的には、「やっているのかな??」程度のaccelにしか過ぎないので、表現は全く期待は出来ない。
そもそも、finaleは、notationのsoftなのだから、音が聴けるだけでも良しとしなければ、~ね??
8月26日超、大汗をかいて目が覚めてしまった。 ·
いや~ぁ、暑くて超、大汗をかいて目が覚めてしまった。
昨夜は、うっかり・・と言うか、半ば意識的に部屋のcoolerを消して寝てしまったからだ。
寝室と居間の二部屋を同時にcoolerを入れて、急速冷房を掛けているのだが、汗が止まらない。
危なく熱中症だよな??
トトロのマグ・カップに、toilette-timeにbedから起きた時に、朦朧状態でも直ぐに水分補給が出来るように、冷たいお茶を入れたままで寝るのだが、今日に限っては、コップがカラになってしまっている。
布団に入る直前に飲んでしまったのだよな??
髪の毛や体が汗でベットリして気持ちが悪いので、急遽、朝シャン(おお、懐かしい死語だよな~ぁ??)にした。
普段ならば、起き出した時には、そんな体力は無いのだが、大寝汗をかいた所為で、逆に余力が残っていたのだよな??
シャワーtim等々で、30分程の時間の経過を経て、やっと、部屋の温度が安定して来た。
今日は、朝から大騒動だったのだよな??
それにしても、大汗をかいて起きた割には、今日のお目覚めは、7時前という遅い時間だった。
爆睡出来たのかな??
やはり、coolerが無い方が良く眠れるのかな??
coolerを入れっ放しで寝るようになったのは、この2、3年なのだからな??
・・・と言うか、それ以前は1年の内にcoolerを入れる事が、2、3日で、それも、一番暑い時間帯だけだったよな??
今は一夏、入れっ放しだよな??
なんだろな??・・・この差は??
今日は久し振りの36°になるってよ?
朝の11時前だというのに、もう34°だってよ??
という事で、全くなんの仕事も出来なかったのは、暑さの所為にしておこう。
それは善い!!それは善い!!
という事で、ウダウダと朝起きてから、夕方まで一日中寝てしまった。
8月26日「暑さ、寒さの・・」彼岸はいつ来るのだ?? ·
・・・という事で、昨晩の深夜に突然作ったVitaliのChaconneの positiv organのversionを、You Tubeにuploadをしたのだが、保留のままになっていた、弱い箇所と不自然な部分の改訂を、暑さと寝苦しさと、頻尿の所為で、大汗をかきながら起きた次いでに、更に改訂の作業を続けた。
大幅なその2箇所を全面的に何とか改訂した。
面倒くさいけれど、楽譜を動画にして、それからYou Tubeへのuploadのし直しをしなければならない。
私として、ならば、動画の上書きだけでも良いのだが、You Tubeは映像や音声は上書き出来ない事になっているし、出来るハズのtrimmingも、上手く言った事はない。(trimmingをすると、映像と音声が大幅にズレてしまうのだよ。だから、どうしても余分な箇所をtrimmingしたい時には、面倒くさくても、元の動画をtrimmingして、新たにYou Tubeにuploadした方が、bugが無くて良いのだよ。)
今日の練馬区の気温は、またまた36°だと言っているのだが、そろそろこの暑さにも、バテて来たよな??
coolerは、結構嫌いなのでね??
「暑さ、寒さの・・」彼岸はいつ来るのだ??
季節の神様はどこに行ったのだ??
「おお、残酷なる斎の女神よ❢❢」・・・で、Carmina Buranaが始まると格好良いぞ!!
8月27日Chaconneの編集です。 ·
8月も27日の9時半というのに、もう既に31°で体感温度は33°です。
今日も35°までになる予定だそうです。暑いよね??
今日は朝は定型で起きて、VitaliのChaconneのperiod-versionの揺らしのtempoの調整や、Organの音量の修正をしています。
positiv organやCembalo等での古楽器では音量はregisterやstopという音栓を重ねる事で音量を変えますが、曲の途中ではregisterやstopを使う事が出来ないので、和音の音を増やす事に寄って音量の変化を出します。
そういった補正作業や、元々のoriginalの楽譜の音が違っていたのだけど、保留にしてしまっていたpassageを、思い切って正しい音に変更してしまいました。
originalがそう書いてあったのは、何らかの意図があったのではないのかな?と悩んでしまったからです。
でも、変な響きは変なので、変な事には変わりはないと、変更する事を決断しました。
後で、改めて聴いた時に、何処を変更したのかが分からなくなっていたら、正しい解答です。
次いでに、珠加ちゃんのMarin MaraisのLa Foliaのvideoのnoiseの修正をして、uploadし直したのだけど、orchestraの音はとても良くなったのですが、逆にsoloのCelloの音が、隠ってしまって聴きづらくなってしまったので、どうするか悩んでしまったのですが、やはり、soloあってのorchestraなのだろうから、編集としては、それ以上は無理だと思ったので、一度は作り直してuploadした動画だけど、即、決断をして、削除してしまいました。
という事で、今日の半日の作業が無駄になってしまいました。
折角、新しい動画にaccessしてくれた人に、「ごめんなさい!!」です。
videoの編集は色々と、難しいのだよな??
録画録音の時に、定点で撮影していると、その段階で、既に限定的なのですからね??
VitaliのChaconne period version 8月28日 - YouTube
8月28日『調律のお話』 ·
教室を開いてから、pianoの調律を一手にお任せしていた調律師の馬渕さんがお亡くなりになって、教室のpianoの調律を依託出来る調律師の人を探すように頼まれていたのですが、私が音楽教室を作ってからの50年間、引き籠もり状態で、一般の音楽社会から隔絶した隔離された世界に居たので、調律師の知り合いの人が全くいなくて、イザ調律師を探すにあたっては、すっかり、困ってしまいました。
教室を開設する前には、外の仕事をしていたので、調律師の知り合いも結構多かったのだけど、馬渕さんにお願いするようになってからは・・ね??
今回の夏休み中には、mini-Koncertの準備や、教室お引越し後の、pianoのmaintenanceもしなければならなかったのですが、延び延びになってしまっていて、等々timelimitで、緊急に調律をしなければならなくなってしまったので、已む無く、netで「この人ならば・・」と思える調律師を探して、調律をお願いする事にしました。
・・という事で、8月の25日のmini-Koncertまでに、間に合うように、初めての調律師に調律をお願いする事になって、取り急ぎ、急遽、Koncert用にgrandpianoを1台だけを、取り敢えず、調律をお願いしました。
それで、問題がなければ、後のpiano、新教室の3台と東京の事務所の1台はゆっくりと期日を調整しながら、お願いすれば良いからです。(ユーカリが丘教室は、また場所が難しいので、調律は別の人になるのかな??)
netでは、どの調律師の人達も「親切丁寧に・・」という事がappeal-pointで、それでは、何も判断の基準にはなりませんでしたが、唯一、今回の人だけが「古典調律にも対応します。」というappealをしていたので、古典調律が出来るのならば、調律に関しての問題は無い・・と判断したからです。
調律の結果は、私は未だ南花園教室には行けていないので、pianoの調律後の状態は確認出来ていません。
ただ、「pianoの鍵盤が重たいので・・」という事をしきりに気にされていたので、昔のpianoの鍵盤の重さをご存知なのかな??とは、疑問に思いましたがね??
知った上での、「鍵盤が重い」という事ならば、問題は無いのですが、今のヤマハ系の調律師の人達はヤマハの基準のpianoでしか、判断しないのでね。
昔々、留学を終えて、再び、江古田の街に住み始めた頃、近所の楽器屋さんの営業の人から、「お店の調律師の人がヤマハの調律のコンクールで日本一になったので、一度試して欲しい」とお願いされて、興味もあって、調律をお願いしました。
自信を持って調律をされたのは良いとして、私のヤマハのgrandがヤマハの音になってしまったのですよ。
超、Shockを受けて、次の日には、日本に帰って来たばかりのBösendorferの調律師の人に急遽、江古田まで来て貰って、調律をやり直して貰いました。
まあ、当時は、調律師の人達とも付き合いがあったのでね??
今回の調律に関しては、未だ、千葉教室には行けていないので、・・この後の文章は、《今回の調律に対しての批判やclaimと言った類の文章では無く、)あくまでも音楽史上のpianoの演奏法からの調律に関しての一般論なので、その旨、お含みの上お読みください。
調律師の人達に何かを物申している分けではありませんので・・・
『以下が本文です。』
私が調律師を探していた時に、調律師を探す時の条件は、①443cycleのpitchに対応出来る事
②柔らかな往年の時代の音が再現出来る人、若しくは理解出来る人
・・・という、たった二つの条件でした。
本来ならば、調律師との相性には、octaveの音のintervalの問題や、touchのresponseの問題もあるのですが、上の二つの課題の意味が分かる調律師ならば、それ以外の課題も当然clear出来るハズだからです。
『443cycleのpitchのお話』
①のAの音を443にtuningする事は、なんの難しい事もないと思うのですが、一般的には、調律師になんの注文も無く、tuningをお願いしたら、多分、今でも、440に調律する調律師が多いのではないでしょうかね??
それは、音楽大学や音楽の現場を除く、全ての教育関係の現場が、所謂、国際標準pitchである440にtuningをしているからです。
pitchは、日本での音楽の世界では、一般的に教育関係で使用される440の標準pitchと、所謂、演奏会で使用される演奏会pitchの442cycleの二つがあります。
管楽器を購入する時には、学校の部活等のbrass等で使用する場合の管楽器と、一般のbrassやorchestraで演奏する場合の楽器を購入する場合では、楽器のpitchが違うので、注意をしなければなりません。
中、高生の子供達が、学校で使用する管楽器を、自分で一人で勝手に購入しに行って、間違えてpro用のpitchの楽器を購入して、困ってしまった・・というお話を良く聞きます。
弦楽器には、pitchの問題はありませんがね??
でも、教室の基準のpitchは、一般的なpro用の楽器のpitchの442cycleでは無くて、443cycleなのですが、何故、教室のpitchは、一般的な演奏会pitchでは無くて、それよりも高い443cycleなのでしょうか??
それは、実際のHallでのgrandpianoのpitchが443で調律されている事が慣例で、非常に多いからなのです。
その理由なのですが、演奏会等で、orchestraや室内楽等の演奏が盛り上がって来ると、最初は442cycleでtuningをしていたとしても、自然にpitchも上がって来ます。
最悪の場合には、pitchが444までも上がってしまう事は、演奏会の本番では、ザラなのですよ。
しかし、orchestraの楽器のpitchが上がったとしても、grandpianoのpitchは会場の温度が上がったとしても、然程の影響は受けません。
・・と言う事で、Koncert-Hallのpianoを専門に調律する調律師は、予め高めに調律をする事が多いのです。
私の音楽家としての人生の中で、全国津々浦々のHallを使用する機会がありましたが、100のHallがあった場合に、その2%ぐらいが442で調律されていて、後の2%ぐらいが、440で調律されていました。それ以外の例外でorderで、とんでも無いpitchに調律されたpianoも見かけましたが、基本は90%ぐらいのpianoが443cycleに調律されていたのですよ。
勿論、但し、各都道府県の教育会館は、文科省の直轄なので、基本440で調律されているので、もし、本番のために、pianoを443に調律すると、Hallを使い終わった後で、440に戻さなければならない規則なので、教室では、教育会館を使用する事は余程の例外がない場合以外はありません。だって、前後2時間づつの合計4時間ぐらいが調律のために取られてしまうのですからね??
極々希には、例外的に444で調律されていた会場もあったりするのですが、基本441とか、442で調律されたHallは無いのですよ。
それは、proの音楽家達が認識している一般論とは違って、現場のpitchは違うのですよ。
先程も言ったように、極稀には444cycleという高いpitchに調律されたpianoに巡り合う事があるのですが、しかし、444のpitchはBerlin-philのpitchでもあり、EuropaのClassic-orchestraの世界では、特別に珍しいpitchではありません。
Italiaの諸orchestra等でも、ドイツのorchestraでも、444は結構ザラだからです。
教室が443cycleを採用している理由は、もう一つあって、それはorchestraが日本の演奏会pitchの442で演奏したとしても、soloが443のpitchで演奏する事は、所謂、solo-pitchとしてになって、聴いている観客にとっては、不自然には感じられないのです。
orchestraのsolo奏者の場合には、音をorchestraから際立たさせるために、orchestraのpitchよりも、高めに演奏する事があってそれをsolo-pitchと呼びますが、たちの悪いsolisteの場合には、tuningの段階でpitchをorchestraよりも高めに設定する人達が結構います。耳でpitchの微調整をする必要が無いからで、手抜きです。
完全に同じpitchで演奏すると、1stviolinと同じ旋律を演奏する時に、音がorchestraの音に溶けて、soloの音が聴こえなくなってしまうからです。
pitchをほんの少しだけ、高めに取ると音が混じり合わないので、オケの中から浮かび上がって聴こえるからです。
逆に、orchestraやpianoの伴奏が443cycleで演奏をして、soloの楽器が442で演奏した場合には、観客は非常に物足りない不満足な感じを受けるでしょう。
或いは、積極性の欠如や弾いている人が欝ではないのか??と思ってしまう事もあるかも知れません。
この1cycleの違いは音楽上は致命的な意味を齎してしまうのですよ。
以前も、或る調律師に「教室のpianoの調律をお願いしよう」と思って、電話で「443cycleで調律をお願いします。」と言ったら、「ああ、高めに調律すれば良いのですね??」と返答が帰って来たので、急遽、調律をお断りしました。
proに取ってだけのお話ではなく、子供達に取っても、442cycleと443cycleの違いは、発表会では、大変な(上野の山と、ヒマラヤの違いぐらいの)違いになるのですからね??
440とか441ぐらいにpianoが調律されていて、仕方がないので、教室のpitchを会場のpianoに合わせて、「442cycle!」とか「441cycleだ!」と言うと、「え~っ!!」と、子供達から大booingが出てしまうのですからね??
教室の場合には、生徒さんの家庭のpianoの調律師は、教室から紹介をしていますが、別に教室としては、教室の紹介の人でなくても、誰でも良い分けなので、近所の調律師さんにお願いして貰っても良いのですよ。
ただ一つだけ、家庭のpianoも、443cycleに調律して貰うようには、お願いしています。
そうしないと、子供達に絶対音感が付かないからです。
教室のpianoと家庭のpianoのpitchが違っていたら、絶対音感が付く分けはありませんからね??
それはそうと、私の生徒から、「pianoがボロくなって、音が汚くて耐えられないので新しいpianoを購入したい。」との、相談を受けました。「楽器の紹介は吝かでは無いのだけど、その前に一度、あなたの希望する音はどんな音?」と聴いて、「一度だけ、私の言う調律師に調律をして貰ってから、pianoを買うか否かを決めなさい。」とadviceをして、馬渕さんに彼女の希望する音を伝達しました。馬淵さんの調律が終わった後で、彼女から電話があって、「pianoが全く別の楽器に変わって素晴らしかった。」「新しいpianoを買わなくて良かった!」と感謝の電話が来ました。
音やtouchのresponse等は、調律師の手で如何様にも変えられるという事なのですが、一般的には余り知られていないのですよね。
・・というか、調律はするけれど、調整は下手という調律師が多過ぎるのよね??
ちなみに、馬淵さんは調整はとても上手なのですが、調律に関しては雑です。余り興味が無いようですがね??
ご冥福を・・
『pianoの鍵盤が重たいというお話』
今回、教室のgrandpianoを調律に見えられた調律師の方が、「grandpianoの鍵盤が重たい」としきりに気にされていて、「軽く調整をしましょうか?」と、斉藤先生に尋ねたそうですが、それは困るのよね??
日本の国産のpianoであるヤマハのpianoですら、古いpianoは鍵盤が重たいので、殆どの調律師の人達が、今風にtouchが軽くなるように調整をするようです。
しかし、私がこの古いヤマハのgrandpianoを気に入っているのは、音もありますが、それよりもそのtouchの重さなのです。
昔のEuropaのpianoは、steinwayもBösendorferのpianoもtouchは重たいのが普通だったのですよ。
日本のpiano、所謂、ヤマハやカワイのpianoも、私の音大生時代の昭和40年代までは、結構重たかったのですよ。
牧野先生が古い象牙の鍵盤のDiapasonのgrandpianoを持っています。勿論、私が探し出して来たpianoなのですが、牧野先生の自宅に20年間眠ったままです。
このgrandpianoは、私のlesson用のgrandpianoよりも更に重たいのですよ。往年のgrandなのでね??
世界のpianoのtouchが軽くなってしまったのは、日本のヤマハのpianoのtouchに影響を受けたからなのです。
pianoでは、未だ他のmakerと凌ぎを削っていた頃のヤマハの主流の楽器は、エレクトーン(Electone)でした。
(エレクトーンはヤマハの電子Organの商品名です。楽器名では無いので注意してください。つまり、カワイのエレクトーンとは言いません。カワイや他のmakerでは電子Organと言います。)
と言う事で、電子楽器の鍵盤に、grandpianoと同じ重さやtouchを付ける事は、技術的にも、金額的にも、とても難しい事だったのです。
だから、pianoと同じtouch(重さやresponse)を持つ楽器と、Keyboardは今でもしっかりと区別されていて、pianoのtouchを持つ楽器は今でも高価なのですよ。
(Keyboardに比べての話なのですがね??)
音楽の世界でのpianoを愛する人達の中では、Classicの人達は極めて、数少ない少数民族、所謂、minorityになってしまいます。
同じ鍵盤楽器でも、Keyboardのtouchに慣れているpopularを演奏する人達の方が、圧倒的に人数が多いのですよ。
だから、或る時期から、ヤマハは、pianoの販売力を広げるために、Classicの音楽家達を切り捨てて、popularの人達を対象にして、pianoのtouchを思い切り軽くしたのです。
ちょうど、その頃から、ヤマハが世界shareのtopになって来て、steinwayやBösendorferにも物申す事が出来るようになって来て、世界のpianoのtouchがpopular仕様に変わってしまったのです。
勿論、steinwayやBösendorfer等も・・。
(・・だから、今でもsteinway等では、往年の古い時代の仕様のpianoをHamburgでは、orderがあれば作っているようですがね??いや、・・・細々とね?? いや~あ、『明治は遠くなりにけり』・・だよな??)
では、「歴史的なpianoは何故touchが重たかったのか??」というお話なのですが、それは、音の出し方(所謂、touchの仕方)が根本的に違うからなのです。
その事については、私のhomepageに詳しく書いてありますので、同じお話の繰り返しになってしまうのですが・・・
ElectoneやKeyboardのように、鍵盤に重さの無い楽器を演奏する場合には、腕の重心は鍵盤では無く、空中に保持していますよね??《鍵盤には触れているだけで、指や腕の重さを鍵盤に乗せる事はありません。少しでも重さが掛かると音が出てしまうからです。)
それから指先の力で鍵盤を押すのです。
腕を空中で保持するので、指先の力が抜ける事はありません。今の人達がピアノを力で弾く理由なのです。
(意味が分からんよね??逆に古い昔のtouchを説明した方が分かり易いのかな??)
古い昔の重たい鍵盤のpianoの弾き方は、今のpianoの弾き方とは根本的に弾き方が違っていて、先ずは、私が『0touch』と名付けている状態があるので、その説明から入ります。
pianoのtouch(所謂、音の強さや音質)は、『速度×重量』で表されます。
所謂、Vektorです。
その合計が上限の臨界点をoverすると、歪んだ音、割れた音になり、下限の臨界に達しないと、かすれた音、音にならない音になってしまいます。
臨界点の上限と下限の間の音が、所謂、楽音になるのです。
通常はこの範囲の中で音楽の表現をしなければなりません。
勿論、音楽は表現なので、この臨界を越えた音も演奏では使用する事があります。(所謂、破の表現です。)
noiseが必要な時にはnoiseも楽音になると言う事なのです。
まあ、『鶴の一声』・・とでも言うのでしょうかね??
noiseが頻繁に有っては、ただの雑音にしかならないのでね??
piano作る上での世界で統一された規格は、Europaの昔の男性のsizeから割出されています。
pianoを弾く鍵盤の位置が高いのも、鍵盤の重さが重いのも、Europaの男性の身長が基準になっているからに過ぎません。
折角の、ヤマハが日本のmakerなので、「日本人の女の子に合った企画にすれば良いのに・・??」と音大生の頃は思っていたのだけど、今の女の子達は背も高く美人になって来たので、Europa仕様でも問題無くなってしまいましたがね??
『0touch』の説明なのですが、鍵盤に腕をそのまま置いて、弛緩させると、鍵盤には非常に重たい重量が掛かるのですが、腕を常に持ち上げた状態からは開放されて、手を楽に、完全な弛緩した状態になります。
つまり、腕の重さと鍵盤の重さのbalanceが取れた・・という事なのです。(勿論、本当の意味での弛緩された腕の重さはそんな物ではなく、とてつもなく重たいものなのです。死体から腕だけを持ち上げようとしても、中々、持ち上がらないのですよ。そこらに死体が落ちていたら、是非、腕だけを持ち上げて、試して見てください。)
そのまま、力を抜いたままで、指の速度だけで弾く(はじく》(非常に鋭いstaccatotouchで・・)ようにすると、軽い澄んだ音になります。
透徹力のある所謂、遠音の利く音になるのです。
それに対して、腕の重みを鍵盤に掛けて弾いた音は、重厚な分厚い音になるのですが、反対に遠音は利きません。
Hallで聴くと、モゴモゴしたbackgroundの音になります。
体の重みを乗っけて、低音のBaßの音を弾くと、曲の和音を構成する和音の基音であるBassführung(これは和声の用語なので、難しいですよね??子供達にはBaß・melodieと訳する事もあります。和音を支える土台となる音になります。)
つまり、pianoの演奏上での基本は、一番下の和音の基音となる音の弾き方と、背景となる中音域の弾き方、その伴奏に乗って浮かび上がる高音域の弾き方をtouchで奏き分けなければなりません。
低音域と高音域では音の減数が全く違います。
高音域ではコロコロと早いpassageが弾かれても、音の濁りは気になりませんが、低音域では、和音が濁らないように、細心の注意を持ってpedalingをしなければなりません。
素早いpedal操作でも、pedalがちゃんと付いて来るように、調整が必要になります。
軽いtouchでは、強い音を出そうとすると、腕の重みは掛からないので、指の力で鍵盤を叩き込むか、腕全体で鍵盤を叩くかになってしまいます。
そうすると、Vektorがoverしてしまい、日本人のpianist特有の・・というか音大生の全てに見受けられる汚い音、歪んだ割れた音になってしまいます。
そう言った音を楽音と勘違いしている日本人特有の若い音楽家達が間違えたtouchから、産まれて来るのですよ。
jazzの場合には、良く指先を伸ばして、指先で突いたようなtouchで演奏します。
これは、pianoを打楽器として、捉えているので、打楽器としての音が出るようなtouchなのです。私達は所謂、jazz-touchと呼んでいますが、それは意図なので、悪いtouchである・・と言う分けではありません。ただ、genreが違うだけです。
金属的な音を忌み嫌うのは、あくまでもClassicに限った話なので、popularの人達がどんなtouchで演奏しようと、私が文句を付ける筋合いはありませんからね。
私が言っているのは、音楽大学でClassicを学ぶ若者達の音に対する感性の事なのです。
往年の名pianist達の音を知らないから、金属的はキャンキャンした歪んだ割れた音に対しての恐怖心が無いのですよ。
私が演奏会に聴きに行かなくなった理由でもありますがね??
キャンキャンとした割れた歪んだ音を持続して聴いていると、心が疲弊してしまいます。
精神状態も、お金も、時間も、全てが、勿体無いしね??
それが理由で作曲家をやめてしまいました。
pianoの鍵盤は、重たいか、軽いか??ではなくて、responseなのですよ。
色々なtouchに敏感に反応して、色々な音色が出せるpiano・・・、それが理想のpianoなのですよ。
Bösendorferは、高慢な御令嬢です。
自己主張が強過ぎて、人の言う事を聴こうとはしてくれません。「私の言う通りにしてよね!!」とまるでドルちゃんです。
その点、昔のsteinwayは、大昔の日本女性のように従順で、亭主の言う通りに望みを叶えてくれる、世界の憧れの女性のようです。
勿論、Brünhildeのように、力強さも持っているのです。
ここはhornの音で・・、とか、ここは弦楽器の深い音で・・というと、そのような音を出してくれるのです。
私達、作曲家の立場からすると理想的なpianoなのですが、pianistからすると、個性に欠けると貶なす人もいます。
ついつい、pianoを演奏する人達への不平不満になってしまいますが、調律師もそれぐらいの知識は持ってpianoに向かって欲しいのですよね??
8月28日季節の終わり ·
8月28日の土曜日の朝のお話です。
連日、暑い猛暑日が続いているようですが、
今日の練馬区は37°の予定だってよ??
え~ッ??
あちき、死にんす~!!
未だ、朝早いのに、そろそろ、coolerが利かなくなって来た!!
この時間で、この温度では、2時、3時になったらどうなるのだろうか?
今日の空も、・・天高く空は晴れ、秋の虫とセミが同居して鳴き、向日葵とクチナシが可憐な花を咲かせて、心地良い匂いを振りまいている。
爽やかな空と、37°の気温だ。
暑い!
茹だった!!
要するに、季節が壊れてしまっていて、自然界の動植物でも季節が分からなくなってしまっている・・というお話なのですよ。
写真は陽の入る時の夕焼けなのですが、下に微かに山並みのようなものが見えて、面白かったので写真を撮ったのですが、写真にすると山並みと思しきものは、小さ過ぎて見えなくなってしまい、写真としては、面白くも何とも無かったのですよ。
実際の肉眼で見るのと、写真の違いは結構大きいのだよな~ぁ??
それにしても、雲一つ無い空は見事ですよね~ぇ??
写真では、爽やかそうな涼しげな秋晴れの空のように見えるけれど、練馬区は36°越えの37°に逼迫する温度だったのだよね??
結構蒸し風呂の中にいて、茹だっているような気温なのだよな??
ハイツの渡り廊下には、油蝉の亡骸が結構転がっています。
廊下は、毎日、掃除の人がきれいにしてくれるのですが、私が椎名町に移動する夕方から夜に掛けての頃には、元の状態になっているのですよ。
山の中のmansionでは無いのだけどねぇ??
そこいらが、季節の終わりを表しているのかな??
8月29日鼻詰りで目が覚めて ·
8月29日の早朝に目が覚めてしまったのですが、「4時頃かな?」と、思ったのでブラインドを開いて確認をしたのですが、外はまだ真っ暗で、丑三つにもなっていない午前の2時過ぎでした。
ブラインドを開けて・・というのは、部屋の中の灯りをつけないままの真っ暗な部屋のままで・・時間の確認をしようとしたので・・という意味です。
鼻が詰まって息が出来なくなって目が覚めたので、朦朧とした意識の中で、取り敢えずはtoilette-timeを済ませてから、アルガードで鼻の洗浄をしたのですが、全くの効果は無かったので、次にはナザールという点鼻薬を注入しました。
普段ならば、それである程度の効果はあるのだけど、この所は全く効果が見受けられないので、已む無く、パソコンの椅子、エクゼチェアに座ったままで、眠る事にしました。
bedに戻って寝ても、息が出来なくって、結局眠れなくなる事は分かっていたからです。
Exe chairと言うのは、Officeでの椅子の分類で、普通のOfficeの仕事用の肘掛の無いOffice chairと、社長さん達が座るような豪華な肘掛のあるOfficeのchairの区別なのだそうです。一般的な用語ではなく、あくまでもnetでの通販用の用語なのですよね??
ハイツの仕事部屋兼台所には、普通の椅子(木製の4本足の椅子)は置いていません。場所が狭いので、動かないものは邪魔だからです。だから、普通の椅子が、肘掛の無いOffice chairであり、パソコンに向かう時の椅子がExe chairなのです。
しかし、幾ら座り心地が良い椅子であったとしても、椅子は椅子・・で、やっぱり、bedで寝た方が良い事には変わりはありませんよね。
と言う事でone coursの4時頃には、更にbedで寝直しました。
眠りが浅くなると夢をいっぱい見てしまうようなのです。
起きて仕事をしている時よりも、現実的で、疲れてしまいます。
心身の疲労が取れるのは、夢を見た事を記憶していないぐらいに深く眠れた時なのですよね??
まあ、夢も心地良い、浸っていたいような夢ならば、歓迎なのですがね??
思ったような夢を見る事が出来ると良いのですがね??
と言う事で、bedで寝直して、またone coursです。
今度は、7時前の定型の時間になりました。
今日は、朝まで、何回寝たのかな??
今日は日曜日なのですが、教室は夏休みで、前回からオケ練習を開始したのですが、前回は、夏休み明けの様子見・・という事で私は参加しませんでした。
本来ならば、今日は朝の11時頃からmini-Koncertの予定だったのだけど、コロナが更に状態が悪化しているようなので、ギリギリまで待ったのですが、流石に無理・・という事で、中止をして通常のオケ練習に変更になったようです。(そういった経緯の連絡は、ハイツには遠いのでありませんがね??)
と言う事で、発表会も間近になって来たので、今日はremoteで、オケ練習に参加する事になっているので、朝の10時過ぎからはオ久し振りのTeleworkをする予定です。(それまでも起きていて、意識があれば・・ですが??)
8月30日『別の楽器を学ぶ事のお話』 ·
教室ではpianoの指導と弦楽器の指導をしているので、教室に初めて訪れる生徒さんで、どちらの楽器を学ぶかを決め兼ねている生徒さん達も結構多い。
教室にとっては、どちらでも良いので、生徒さんがどちらの楽器を望むのかを、体験学習をして選ばせる事にしている。
それに、学んでいる途中で、楽器を変えたくなってしまう生徒さんもいるので、それも問題はないのだよ。
当然、弦楽器の生徒達はpianoを副科として学んでいる生徒も多いのだが、一般的な音楽大学等では、melodie楽器の生徒達がpianoを副科の楽器として学ぶ事は多いのだが、その逆、例えばpianoが主科の生徒が副科の楽器を学ぶ事は少ない。(教育科の場合には、学校教育上の理由から、他の楽器を学ぶ事はあるのだが、あくまでも、ほんの少しだけ噛じる程度だけなのだ。
私達の教室では、生徒達の殆どが第二楽器どころではなくて、第三楽器、第四楽器と弾き熟してしまう。
一般的には、pianoの生徒が弦楽器を弾く事等は有り得ない事だ。それは、第二、第三の楽器を学ぶ事が如何に難しいか・・という理由に寄るのだ。
教室でpianoを学んだ人達は、美紀先生でもKontrabassやviolaを普通に弾いている。牧野先生はクレイドルのorchestraではviolaを弾いているし、教室ではsoloや伴奏で、pianoで活躍中の智子さんも、orchestraではKontrabass担当だし、大学のorchestraではcelloのband-master(所謂、top)の奏者なのだよな。勿論、「どうしても・・」と言われれば、violinやviolaも弾いてはくれるのだけどね??
どうして教室の生徒達が、学んでもいないのに、色々な楽器が演奏出来るのか??という事なのだが、それは、教室のmethodeが、全ての楽器に共通のmethodeになっているからなのだ。
牧野先生が昔、よく「celloやKontrabass等は習った覚えが無い!」と言っていたので、「全く学んだ事が無くて、celloやKontrabassを弾けるようになる分けは無いだろう??」というと、納得していたのだが、それは、美紀先生や智子さん達も同じだろうね??
他所の教室では、先生に付いて学んでも、中々演奏出来るようになる事は難しいのに、不思議な事である。
その不可思議は、methodeに寄るのではあるのだがね??
その説明は難しい。
『哀れなviolinのお話』
私は、音楽の勉強を高校生の時に始めた。
非常に遅いstartと言えよう。
作曲科という学科の関係上、私が大学生になった時には、色々な楽器を学びたかったのだが、音楽大学の先生達は、専門の生徒を指導する分けなので、「初歩から楽器を始めたい」という生徒はお呼びでは無かっただろうし、また、音楽家が、自分の専門の楽器以外の、別の楽器を学ぶ事は、趣味の人達のやる事であって、専門家であるproがすべき事ではない・・と、周りの人達からの絶対的な反対や、忠告を再三受けた。
しかし、作曲家としては、せめて弦楽器だけでも詳しく知っておかなければ・・という信念で、Hungary製のviolaを買って、個人的に勉強を始めた。
しかし、同じclassの弦の友達が大学でrentalするviolaでは不満だと、私のviolaを借りて演奏会に臨んだ。その内に私に無断で又貸しに又貸しを重ねて、等々、私のviolaは行方不明になってしまった。
私が烈火の如く怒り捲ったので、驚いて、直ぐに楽器は戻って来たのだが、もう、傷だらけで、修理に当時1万円近く掛かってしまった。(東大卒の初任給が1万5千の時代だよ。今は20万超なのだよ。その時代に1万と言う事は・・)
超、頭に来てしまった私は、私のviolaを、弦楽器の先輩に売ってしまった。勿論、私が購入した金額に修理代を+した金額で・・である。当然、penaltyを加味した金額である。事実上の弁償なのだよな??
大学を卒業して、その足でMünchenの国立音大に入学したのだが、学校で知り合ったドイツ人の友達に付き合って貰って、Münchenの骨董品屋を回って、修理をしなくても直ぐに使える超安いviolinを探した。
戦前のMünchenのviolin工房の制作でlabelには、住所と電話番号も入っていた。
3年程経った頃、violinの修理が必要になって、その工房を訪れたら、若いItalia人と歳の行った女性の夫婦が出て来て、Italia人のMeisterがviolinを手に取って、内の師匠はこんな安物のviolinは作ったハズは無いのだけど・・??と、首を傾げていたよ。
師匠は家族にも弟子達にも内緒で、その安物のviolinを作ったらしい。正に名工の手に寄る駄作なのだよな??
その私の愛用のviolinは、兎に角音だけは強いので、私は冗談で、そのviolinに「Ganaritaterius」という名前を付けていた。
日本に持ち帰って来て、日フィルの私の後輩が、「楽器を貸して・・」というので、何も気にしないで、貸したら、ニスの塗り替えの実験台にされてしまって、見るも悲惨な状態になって戻って来た。
烈火の如く怒り捲っている私に驚いて、violinの工房をやっている父親に塗り直して貰ったのは、まあ、良いとしても、「父親にニスの塗り直しを頼むと**掛かる!」と言われたのには、更に怒りに拍車を掛けてしまって、その場で、後輩とは絶交してしまった。
その可哀相なviolinは、実は4分の3のsizeだったので、今は、教室の子供用のrental楽器として、余生を送っているよ。
実にmiserableなお話だよな??哀号!哀号!!
話は戻るのだが、München時代のドイツ人のviolinの友人のブラジルの友達は、骨董品屋に行って良いviolinを探すのが趣味だったのだが、或る時に、思いも寄らぬ楽器を発見して、お店の人に気づかれないように、細心の注意を払って、そのviolinを購入したそうだ。その楽器を楽器の工房に持って行って、細心の注意を払って修理をしたら、なんと、正真正銘のStradivariだったのだそうだ。
その友人は、その時に見つけたStradivariを、proの演奏家達にrentalをして、優雅に暮らしているのだそうな??
そういった夢のような話しもあるのだよな??
『色々な楽器を学ぶと言う事』
日本では、色々な楽器を学ぶと言う事は、趣味の人達がやるお話で、professionalな人達は浮気をするべきでは無い・・というのが一般的な音楽家達の考え方なのだが、Europaでは基本的に違うのだよな。
私のドイツ人の友人の一人で、私の室内楽の曲のcelloを担当してくれた友人なのだが、シュトットガルトのorchestraでfagottoで働いていたのだが、スイス・ロマンド(Orchestre de la Suisse Romande)で、tubaの楽器で席が開いてたので、tubaでSuisse Romandeに就職したよ。
私の師匠であるGenzmer先生のお話はよくするのだけど、Genzmer先生の師匠であるHindemith先生のclarinet・Concertoを初演したのはGenzmer先生なので、Europa随一のclarinet奏者と言う事が言えるし、伴奏pianistとしても活躍しているし、教会のorganistとか、MünchenのOpera座の2ndviolinの奏者でもあるのだよな??
私が先生に質問したのは、「先生の弾けない楽器はなんですか?」という質問だったのだが、先生は20分程考え込んで、回答を諦めてしまったよな??
彼の有名なviolinistであるGrumiauxは、自分でpianoを弾いて、violinを弾いたCDを売っている。
つまり、Europaでは色々な楽器を弾ける事が普通であって、一つしか弾けないのは素人の領域なのだよ。
『日本の常識は世界の非常識』なのは、音楽の世界でも常なのだよ。
8月30日『La CetraのⅡ楽章のornament(装飾音)の演奏法についての考察』 ·
21年8月29日日曜日
本来ならば、今日の日曜日は、mini-Koncertの予定の日なので、mini-Koncertに初参加をする子供達がとても楽しみにしていたので、コロナの状態を、その経緯に注視しながら、ギリギリまで待って見たのだけど、状況の改善どころか、ますます状況が悪化して来て、今度は10歳以下の児童にも感染が蔓延り出したので、小さな子供達の安全に考慮して、断腸の思いでmini-Koncertの開催を延期して、通常のオケ練習に変えた。
最初は「オケ練習も中止に」・・とも考えたのだが、今回と次回の2回で練習は終わりで、後はrehearsal と総合練習だけなので、已む無く、練習をする事にした。
今回のオケ練習の合間のお昼休みの時間に、(Cembaloとsoloの二人だけのlecture-lessonなので・・)VivaldiのLa CetraのOp.ⅨのNr.1のⅡ楽章のlessonをしたのだけど、そのlecture-lessonの時のvideoを公開しました。
その理由は、この(La CetraのNo.1の)Ⅱ楽章のmelodieは、見掛け上は、超、simpleで、単純なsoloのmelodieを、continuoのcelloが追いかけるだけの超、簡単で単純な曲に過ぎない曲なのだけど、歌い込まれている音楽的な内容は、なんともはやadult情緒感に溢れた曲で、その独特の悲痛な悲劇的なmelodieの世界観は、Vivaldi自身の他のどの作品にも出て来ないような、演奏表現の曲で、それを上手に演奏し、表現する事は、世慣れたproにとっても異常に難しい難曲なのですよ。
非常に短い曲の中に表現される、独特の訥々とした表現と諦観とも言えるVivaldiの世界観は、まるで、Brahmsの辞世の歌のような、proの演奏家と言えども手に負えないような難しさになっている。
なんで中学生になったばかりに美音ちゃんに・・と、思われるかも知れないが、選曲したのは、私ではないのでね??
私だったら、中学生相手にこのⅡ楽章は選曲はしなかったよな??
果てさて、どう、この曲の鬱々とした絶望とは死に至る病いである曲のimageを、若くて元気に溢れた、未来の希望に満ちている子供達に教えたら良いのか??
私が就学年次以前の子供の時代には、お米や食料品が無くて、ご飯の代わりに、カボチャの4分の1欠けが入っていて、それがご飯だった事もある・・という時代だったのだけど、食べるものが無くてお腹を空かせていた・・という事を教えても無駄だよな??
それこそ、老人の世迷言になってしまう。
今日のlessonでは、ornamentをornamentとして弾くのではなくて、ornamentの演奏表現というpointに絞ってlessonをしたので、結構、厳しいlessonになってしまったと思うのだが、まあ、たまには良いだろう??
『装飾音は演奏する人の、天性の情緒に寄って付けられる神からのgiftのようなものだ』・・というのが日本人の一般的な見解であるが、それはEuropaからのtraditionalな考え方からすると、全く違う。
本来の装飾音の記号には、それぞれ本来の意味がある。
基本的にはCembaloやpipeorganのように、音に強弱のnuanceがつけられない楽器が、violinのような弦楽器のように細かいnuanceが付けられるようにしたものなのだが、逆にCembalo等の装飾音の真似を弦楽器がする事もあるのだよ。それに、baroque-violinの表現力がそんなには大きく無いので、装飾音の表現力はviolinに取っても、とても力になるのだよ。
ornament記号の意味なのだが、trillerは弦楽器のvibratoを表すし、mordentはaccentと表すのだ。
長いtrillerは音の持続や、crescendoやdecrescendoを表す事もあり、schleiferはlegatissimoやglissandoを表したりする。
trillerには強拍を表すtrillerや、逆に弱拍を表現するtrillerもある。
trillerの演奏の速度の違いである。
そう言った、一つ一つの装飾音の意味を理解して、実際の曲のmelodieのarticulationに当て嵌めて行くと、自動的に美しいbaroque音楽の装飾譜が出来あがる。
netで色々な事を調べていた時に、偶然、homepageで、ornamentは天性で出来る技だという文章を見つけた時に、その文章へのantitheseとして、実際に、そういった情緒的な感覚的な装飾音を一切省いた、本来のarticulationを表現するornament記号のみを使用して、演奏させたbaroqueの曲がある。
それは、baroqueの煌びやかなornament(装飾音)を付けるのは、感性は必要なく、必然的なarticulationに合わせて、ornamentを加えて行けば、自動的に音楽表現に満ちた演奏が出来上がるという私の理論の具現化であり、証明である。
つまり、感性や情緒的表現を一切無しにして、客観的にarticulationの意味に当て嵌めて作ったornamentだけの演奏なのだ。
Hennry purcellのtriosonateのg mollのChaconneである。
You Tubeにはパソコンの音源と生の演奏があるのだが、パソコンの音源は生の演奏が出来た段階で、削除してしまったようだ。
発表会では、Cembaloの演奏なので、Cembalo譜として書いているのだけど、パソコン音源では、 positiv organのcontinuoを想定して書いたので、Organのpartになっているので、 positiv organのbasso continuoで演奏するまでは、本来は削除すべきでは無かったのだよな??
と言う事で、uploadをし直す事にします。
以前の音源はfinaleに付属していた安い楽器の音源だったのだけど、今回は音源を新たに購入しているので、以前のuploadよりは音が良いハズなのでね??
baroque-violinとviola da gambaと Joannes Ruckers-modelのCembalo 所謂、period instrumentsに寄るHennry purcellのtriosonate g Chaconneの演奏です。
Chaconne g Hennry Purcell triosonate Nr.7 period instruments ornament aussetzung von Yoji Ashizuka - YouTube
2015年10月11日芦塚音楽研究所千葉教室秋の発表会、千葉市文化センター・アートホールによる演奏会です。曲は、Hennry purcellのtriosonate g moll Nr.7 Chaconneです。第4部1番 period instrumentsによる演奏(baroque instrumentsと奏法...
下の譜面は斉藤先生制作の美音ちゃんのためのornamentなのですが、演奏のhow-toのlectureは私がlessonをします。
チョッと変だよね??
ornamentの位置や使い方は合っているのだけど、それを表現する方法は、難しいのだよ。
La Cetra2楽章ornamentの演奏法の説明21年8月29日Teleworkオケ練習 - YouTube
La Cetra2楽章ornamentの演奏法の説明21年8月29日Teleworkオケ練習
8月30日「21年8月29日日曜日のTeleworkのオケ練習」 ·
『聴音のmethodeとしてのVivaldiのConcerto』
音楽を生業にしていると、弦楽器等の所謂、melodie楽器を演奏している人達の中には、往々にして音を単独にpitchとして取る音楽家達にお目にかかる事がある。
つまり、melodieに対して調性感を持たない、音程の取れない、音痴な音楽家達である。
しかし、そうは言っても、一般の人達に分かる程度のlevelではないので、音楽活動には支障は無いのだがね??
つまり、言い換えると、音大生等の音楽を勉強中の人達のみならず、一般の音楽界の中で、proと称される人達でさえも、演奏をする時に、音に対しての和音感を持っていない人達がいるのだよ。
そういった人達が犯す誤ちの一つに、例えばBachの無伴奏等で、同じmelodieがoctaveで繰り返される場合に、上のoctaveのmelodieと、下のmelodieのpitchが微妙に違えて弾いている場合がある。
また、全てのpitchが微妙に違うので、私達がそれを指摘しても、本人達には、分からないのだよ。
そういった可哀相な音楽家達が産まれて来る原因は、日本独自の勉強法で、・・・コツコツと先生の教えに従って独りで孤独に自宅に引き篭って、練習を積み重ねて来た結果なのだよ。
しかし、元来、violinに限らず、melodie楽器の音楽は、特に無伴奏とでも指定がなければ、楽器単独では、音楽としては成り立たないのだよ。つまり、伴奏が合ってこその音楽になるからなのだよ。
Europaの音楽の基本はensembleである。
ensembleと言うのは、和音の響きの中に音楽がある・・という事なのだよ。
日本の音楽の教育界では一般的には、子供達は発表会の直前にproの伴奏者が来て、1回合わせて、問題がなければ、後は本番となる。練習1回、rehearsal で本番ならば、かなり良心的なpatternであると言えよう。
それはamateurの世界に限った事では無い。
proの世界でも、お互いが各自に練習をして来て、完璧に練習が出来てから、初めてお互いの時間の調整をして、合わせをする。
それで、簡単に約束事を決めて、問題がなければ、後は本番で合わせるだけなのだよ。
だから私が、violinistにpianoの伴奏者の音の間違いを指摘すると、驚いてしまう事が良くある。
音のミスを気付かなかった・・というだけの事なのだが、もしも、お互いが一緒に練習を積み上げて行くのならば、そういった単純な馬鹿みたいなミスを犯す分けはないのだよ。
お互いがお互いの音を聴いていない事に起因するmistakeなのだから、音楽以前のlevelの問題だよな??
私達の教室では、「音楽は仲間と共に作り上げて行くものである。」と思っている。
だから、集団としてのruleは結構厳しい。
一般的にはorchestraの統率力の方が軍隊の統率力よりも優れている・・と言われている程なのだよ。
だから、子供達は、いきなり曲の全体を合わせるのではなく、先ずは、出来た所までを決めて、そこまでを合わせて、次の課題を決めて、それに向かって個人練習をして、また、その段階までを合わせる。
violinであっても、最初から合わせて練習を積み上げて行くのだ。
教室ではこれが普通なのだが、日本の音楽教育の世界では、これは非合理的であって、有り得ない事なのだがね??
だけど、pro同士だとしても、最初の譜読みの前に、楽譜を突き合わせて、約束事を決めてから練習に入った方が、余程、無駄が無くて、効率的なのだが、そこは思い付かないようだ。
何故ならば、professionalな人達には、「この曲はこう演奏されなければならない。」という原則論が存在して、それ以外の演奏法は考えられないからなのだ。
私の場合は演奏家ではないので、concours等に子供達を出演させる場合には、その子供達が一番弾き易くて、効率が最大に活かせるようなbowingやbowslur等を付けたり、効率の良い音楽の持って生き方等を工夫する。
concoursの審査会場等で、著名な演奏家の先生達が「えっ、そんな解釈もあるのか?」とmemoを取ったりしているのを見ると、「楽譜には色々な版があって、それなりに考えられているのに??」と、日本の唯一主義的な考え方に疑問を抱かされてしまう。
まあ、proの場合には、伴奏者には自分の楽譜の伴奏譜を渡すので、interpretationの違いは校訂者の違いになってしまって、余り無いのだがね??
教室での生徒達の育成の場合には、常に、伴奏を上級の先輩達が演奏する中でのlessonであり、練習なので、soloを演奏する子供達にも、自然にmelodieの中に和音の響きや色が入って来るのだよ。音に和音や音色が入って来ると、音程は不安定にはならないのだよ。
子供達にviolin等を指導している時に、或る瞬間に、子供達自身に和音感が身に付いた・・と感じる一瞬がある。
一度、和音感が身に付くと、かなり正確なpitchで演奏出来るようになって、音程を注意する事は殆ど無くなってしまうのだよ。
しかし、swimmingや自転車乗りとは違って、長期間、練習もしないでいると、音楽感のようなものが失われて行くのだが、その中でも、真っ先に失われてしまうのが、rhythm感と、この和音感でもあるのだがね??
『Vivaldiの音感methode』
音楽家であるためには、最も大切なこの和音感を育てるために、Vivaldiは、既にbaroque時代という音楽の黎明期に、とてもeccentricな和音の進行(和声学的な禁則というよりも、殆ど、無調・・と言っても良い程の、melodieと和音の使用をする場合がある。
勿論、Vivaldi-methodeとしては、比較的に初級編のOp.3のseriesである『L'Estro Armonico』のseriesには、orthodoxな和音進行しか、基本的には出て来ない。
未だ、a moll等の曲の段階では、eccentricな和音進行や、恰も無調のような絵画的なmelodie進行の使い方のような高度な和音の動きは、使用される事は無いのだが、上級編のOp.8のseriesともなると、色々な曲にこのeccentricな和音進行や絵画的な無調のphraseが、非常に良く使用されているのだよな??
Op.8の「四季」の中にもsoloの部分に、殆ど無調で書かれていると思われるpassageを良く見受ける事が出来る。
仮に、そのpassageが数小節に渡って無調のpassageであったとしても、baroque音楽なので、指定されたcontinuoの和音が歴然と存在するので、その和音の色(Farbe)を覚える事は、より正確に音を覚えるためには、重要なpointになる。
そのための訓練でもあるのだから・・・
下の譜例は、StravaganzaのOp.ⅣNr.12のⅢ楽章で、10月の発表会で光里ちゃんが演奏する予定の曲のsoloの部分なのだが、無調では無いのだが、奇妙な《所謂、eccentricな)不自然な転調の楽節である。(勿論、この不自然さは、Vivaldiの意図によるものである。つまり、Vivaldi先生の意地悪という事なのだよ。)
a moll⇒g moll⇒F Durを経由してd mollで終わったように見えて、a mollの7度の7の和音に戻るのだ。
a⇒g⇒fまでは2度の下行進行のSequenzでもある。
fとdの間にEを足せば、完璧にSequenzになったのだけどね??
一見、この進行は楽典的には、普通にも見えるのだが、普通のbaroqueの作曲家はこんな和声進行はさせる事は無い。
それこそVivaldiの面目躍如となる不可思議な・・eccentricな和声進行である。
Op.Ⅷの『Il_cimento_dell'armonia_e_dell'inventione(調和と相違への試み)』当たりの曲や、Op.Ⅳの『Stravaganza』辺りになると、こういったeccentricなpassageや不可思議なpassageが、結構見受けられるのだよ。
こういったVivaldiの作曲法は、Vivaldiの絵画的な手法と言われているのだが、その手法がVivaldiの音楽を学ぶ生徒達にとっては、絶対音感を身に付けるbestな方法論にもなっている事は誰も知らない。
以下、譜例:
8月30日暑くて寒い·
8月30日の月曜日の朝・・というか、早朝のお話です。
暑い❢
もうすぐに4時半というのに、暑くて眠れないのだよ❢
bedの中で悶々としていたのだが、鼻詰まりもだんだんと酷くなって来たので、諦めてbedから起き出してしまった。
試みにベランダに出て見たのだが、朝の5時で気温は26°なので肌寒くて、心地よいハズなのだが、体感的には、何かが違うのだよな〜ぁ??
「ベランダに椅子を出して涼もうか?」とも思ったのだが、なんとなく、うっとおしくなって、冷房の効いた部屋に急いで戻ったのだよ❢
coolerの設定温度よりも、外界の気温の方が涼しいので、coolerが上手く機能していないのかもね❢
それはそうと、ふと、パソコンの部屋の窓から外を見ると、なんと美しい巨大な真っ赤な太陽がしっかりとしたフチ取りで、昇って来ているのだ??
まるで、Gustave Moreau(ギュスターブ モロー)の世界だなや!??
慌てて、携帯を出して写真を撮ったのだが、いつものように明るく補正されてしまい、それに加えて、わざわざwide画面にしていたので、太陽そのものさえも見えなくなってしまった。
デジカメを出せば、補正をしないそのままの写真でも、或いは太陽のupの写真でも撮れるのだが、ほんの一瞬のangleなので、今からデジカメを持って来ても間に合う分けでは無い。
いつもの事なのだが、写真は諦めた。
真っ暗な寝室で、coolerの設定温度を変えようと思って、リモコンを弄っていたら、あやまってcoolerを消した状態でbedの下に落としてしまった。
探すのも面倒くさいので、そのままcooler無しで寝てしまった。
過日、cooler無しで寝たら、寝汗を凄くいっぱいかいて、危うく熱中症になりかけて、先生達に怒られてしまったのを思い出したのだが、まあ、パソコンの部屋のcoolerは消さないままだったし、ドアを開けたままで、冷たい風が寝室にも入って来るようにしておいたので、まあ、大丈夫だろう・・という事でそのまま眠ってしまった。
やっぱり、cooler病だったようで、短時間だけど、爆睡出来たよ。
善哉!善哉!!
定形の7時半過ぎに、目が覚めたのだけど、パソコンの部屋がしっかりと冷えていたので、大汗はかかないで済んだ。
今日は遅い開始からのrotationなのだけど、・・・という事で、取り敢えずは、仕事modeに入るか・・・??
8月31日8月最後の日です。 ·
今日は、とうとう8月の最後の日の31日です。
明日からは9月という事なのだよなぁ?
今日は朝の4時半を過ぎたのに、まだvideoの作業が終わらないのだから前日の続きなのだよ。とは言っても、一度You Tubeにuploadしたvideoなのだが、本文では無くて、Titleが気に食わなかったので、Titleを削除した新しく作成し直したのだが、You Tubeにuploadする段階で、時間が掛かってしまっているのだ。
それにしても、まあvideoの編集の作業とは無関係のお話なのだけど、・・・というか、何度か同じ事をFacebookにも書いた覚えがあるのだが、・・・深夜に眠らないで仕事をしていると、良心の呵責に苛まれるのだよなぁ?
勿論、「何故、『良心の呵責』という事になるのか?」という事は、深夜に仕事をするのは良し、としても、そうすると結局の所は、人々が働いている昼間に眠ってしまう事になるからなのだ。
確かに、鉄道の路線の作業員のように、いつも深夜に働いている人達は、数多い職種ではいる。
それらの仕事は深夜にしか出来ない作業なので、当たり前なのだが、私の仕事は、いつでも出来る作業であって、その仕事の時間は自分自身に任されているからである。
つまり、昼間に仕事をしようとしても、出来ない仕事では無い・・という事なのだ。夜にしなければならない必然性が無いのだよ。
私の仕事は、「ノルマ制の自由業だ」と自分に言い聞かせて、常人とは同じ量の仕事は熟しているのだ••と言い続けてはいるのだが、夜は寝て昼間働くという一般的な社会通念に苦しめられてしまうのだよな??
人の働く時間に、起きていないと、罪悪感に苛まれるのだよなぁ?
仕事の内容は、量的にも、質的にも、人と比較しても劣っているとは思わないのだが、ついつい自分の仕事に取り掛かる時間を責めてしまうのだよな?
しかしまあ、普段は朝の4時半ぐらいから仕事に取り掛かる事が多いし、遅くても、6時頃までには、仕事modeに入っているのが通常なのだ。
だから、お昼の12時前後には、仕事は一段落をして、私の個人的な雑用をお昼から始めたり、お昼寝の仮眠を取ったりしているので、頗る普通のrotationだと思われる。
一般の人達が9時からの仕事始めだとすると、4時間半程、開始時間が早いハズなのだから、一般人とは変わらないし、お昼と夕方の仮眠時間をプラスしても、一般人の平均睡眠時間よりも少ない睡眠時間なのだ。(これは頻眠の所為に寄るのだよな?)
まあ、・・・とか何とか言いながら、早朝の5時になって取り敢えずはvideoの作業が終了したのだが、まだ5時だというのに、超、暑い❢
練馬区の気温は、携帯の表示では26°なのだが、実際には窓の外での気温を測ると、外の気温は28以上もあるのだよ。
空気は結構寒いのだが、湿度が高くて、部屋という部屋の窓を全開にしていると、一瞬で床が湿気っぽくなってしまうのだ。
という事で、折角外の空気を取り込もうと思ったのだが、直ぐに諦めて、全部の部屋の窓を閉めてしまった。
湿度の所為と言えば、この所、右手右足に巨大汗もが出来て、左足は昨晩からのこむら返りが治らない。
今夜は諦めて、夜間頻尿でのtoilet-timeで、目覚めたついでに、安眠のために、こむら返りの薬を飲んで、汗ものかゆみ止めのローションを塗った。
と言う事で、今日の夢では、珍しく苔むした故郷の家に帰ったのだよ。
人気も無く、雑草も生い茂っていて、すっかりと廃墟になってしまっていた廃家なのだが、確かにその部屋の中で休んだのだ。
祖母が居たのかな??
同じような故郷の夢を、この所、二、三回は見ているようだ?
気力が弱っているのかな?
それとも、お呼びが掛かっているのかな??
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8月31日『パソコン音源に寄るHennry purcellのChaconne g triosonate』 ·
以前、ornamentの付け方のlectureのために、生の演奏をuploadする以前にYou Tubeにupしていた『パソコン音源に寄るHennry
purcellのChaconne g triosonate』なのだけど、生の演奏をuploadした時点で、削除してしまっていた。
しかし、今回、新たに『PurcellのChaconneのornamentについて』の解説文を書いている時に、ふと、気が付いたのだが、You Tubeにuploadした発表会で演奏のversionは、私がCembaloのcontinuoのために作ったversionであったのに対して、削除したversionが、全く別の positiv organのために作ったversionである事に気が付いた。つまり、ornamentは同じでも、CembaloのpartとOrganのpartで、全く別のversionになっていた事に気づいたのだよ。
これは、超、ドジ・・だ!!
慌てて、もう一度動画のdataを復元して、You Tubeにuploadし直そうと思ったのだが、その元々のパソコン音源の動画を削除してしまっていたので、全く元のdataはどこにも見つからなかったのだよ。
仕方がないので、finaleのnotationのdataからもう一度音声のdataを作り直して、Cyberlinkで更に動画を作成して、新たにrenewalした動画を作った。
•••と言う事で、次にuploadした動画は、発表会の演奏の時のversionとは全く違った「positiv organのためのversion」の作品である。勿論、私の作成なのだけど•••。
・・・という事で、PurcellのChaconneをYou Tubeにuploadをして、本日の営業は終了した。
と言うか、実はこの段階で、もう既に2回もYou Tubeにuploadをし直しているのだよ。
1回目に作った動画はTitle・backがゴテゴテしていて、うるさかったので、スッキリとしたTitle・backを作り直して、uploadし直したのだ。
だから、最初のversionをuploadした時の状態が、既に2回目なのだよ。
と言う事で、uploadを終わったつもりになっていたのだが、・・・な、な、な、なんと!スッキリとしたTitle・backを付けたつもりが、••••大チョンボをして、編集をする前のTitle・backの無いfinaleから起こしたままの元々の動画をuploadしていたのだよ??
なんたるドジ!!
finaleで作った音源を、素材としてfileに保存していたのだが、それに新しくTitle・backを入れて、音声の調整をして、trimmingして完成させた動画を同じfileに入れていたのだが、Cyberlinkでは、上書き保存は出来ないので、別名で保存したのだが、名前を全く新しく変更して作ったのが、遠く離れて保存されてしまったので、うっかり元の動画と新しく作った動画を勘違いしてしまったのだよ。
Cyberlinkでは元々の動画を上書きしたり、削除したりしないように、出来ないようになっているのが、今回は悪さをしたのだよな??
別名で保存した時の別名をもう少ししっかりと覚えておくべきだったのだよな??
慌てて、uploadしたばかりの動画を、FacebookとYou Tubeから削除して、新たに作り直した動画をYou Tubeにuploadをし直している所だ。
それが終わったら、またFacebookにlinkを張るのだが、いゃぁ〜あ、超、面倒くさい❢
これで、4回目のuploadだよな??
それに、You Tubeにuploadするのに、一回毎に結構な時間が掛かるのだよな??
これは無駄な時間だよな~??
このPurcellのChaconneが分かり難いのは、melodieが同度で追いかけっこをするからなのだ。
だから、本来はtriosonateなので、同族楽器・・つまり、violinならば、2本のviolinで演奏するべきなのだが、そうすると演奏の配置を変えても、音が混ざり合ってしまってmelodieの追いかけっこが非常に分かり難くなってしまうので、想定としてはQuerflöte(traverso=横笛)と、violinとの異種楽器での演奏を想定しているので、音源もrecorderとviolinにしておいた。
音色の分離で少しは聴き取り易くはなるのかな??とも思ったのだが、やっぱり、結構聴き難いよな??
演奏ももう少し細かいtempo設定をした方が良いよな??
まあ、次の機会(生音の機会)があればだよな??
てな事を言っている間に、tempoの設定の変更をしてしまいました。
という事で、5回目のuploadになります。
いゃぁ〜あ、根性だよな〜ぁ??
後は、これ以上、声部の独立性を出そうとすると、part毎の強弱を付けて、声部の独立性を出せばもう少しは、聴き取り易くなるのだが、そうなると、超、大変な作業になるのだよな??
試しに少し弄ったら他の場所がバグり始めた。
どうやらこれ以上はおかしくなってしまうようなので、弄るのを諦める事にした。
・・・と言いながら、やっぱり修正をした。
第6versionだよな??
Purcell=Ashizuka Chaconne g triosonate positiv-version - YouTube
9月1日夢の中の夢 ·
今日も、朝起きてから直ぐに パソコンの椅子に座って作業を開始したのだが、ふと気が付くと、またまた寝落ちしてしまっていた。
パソコンの椅子に座ったままで、朦朧とした状態から何とか意識が回復したとしても、その直前までパソコンで何をやっていたのかは、なかなか思い出せないのだよ。
特に今回のように、パソコンに自動の仕事をさせて、平行して、自分は他の仕事をしている時には、同時進行なので、覚えてなくても無理はないのだ。
またちゃんとbedで眠っていて、bedの中で夢を見ていたとしても、目が覚めて、まだbedの中で朦朧としている状態の時には、そこで必死に夢で見た内容を書き留めようとしても、書き留めている事自体が夢の中の状態なのだよ。
という事なので、起きても、白紙のままなのだよ。
書いた❢と、思った事までが、いつも夢の中の状態なのだよ❢
bedから起き出して、改めて確認すると、そんな文章はどこにも書かれてはいないのだよ。
という事で、音声認識softで、朦朧とした状態でも書けるように、mailを開いて、音声認識のボタンを開く所までは、頑張ってやってみた。
必死に睡魔と戦いながら、文章を起こす練習をしてみた。
それがこの文章なのだよ。
何度となく、起きたり寝たりを繰り返すと、endlessになってしまうのだが、そこは体調を見ると、体が満足をした状態を知る事が出来る。
延々とbedの上でウダウダして、半ば覚醒状態なのに、鼻が詰まって息ができなくなると、横になっている事自体が出来なくなって来るのだ。
そこが「bedから起き出す時間だ」と、いう意味になるのだ。
そしたら今日が始まって、仕事modeが開始する。
そうして、普段の日常が始まるのだよ。
と思ったのだが、実際には、ウダウダのダラダラが始まってしまった。
何度寝ても疲れが取れないで、また寝てしまうという、悪循環が始まった。
歯医者の時間まで、ウダウダするか??
動けないのならば、已むを得ないのだよな?
そういう日もあるさ?!
なるようになるさ!?
Que Será, Será
・・と思っていたら、なんと、今日は何とか2時半には、ちゃんと起きる事が出来た。
えっ??
じゃあ、普段よりは早いのかな??
悩む事はないのではないのかな??
分からん・・・??
今は歯医者に行く前の5時前なのですが、気温はなんと19°です。
前日、前々日の36°超えが信じられない思いです。
長袖が必要なのかな?
突然の19°で、椎名町に移動するbikeは手が悴んでしまった❢ 寒い❢
手袋と長袖が必要だよな?
9月2日クーラーを入れたらなんと暖房になってしまった
·
9月2日の朝の7時になろうとする所ですが、練馬区の気温は18°です。
昨晩は深夜の12時過ぎにハイツに戻って来て、いつものようにcoolerを入れたら、設定の温度は、いつものままのお気に入りの温度の設定のままだったのですが、なんとcoolerが暖房になってしまって、冷房の設定が出来なくなってしまいました。
色々と試して見たのですが、全く上手く行かなかったので、已む無く窓を全開にして、自然の温度のままで寝ました。
勿論、温度は心地よい温度だったのですが、湿度は90%に近い状態でしたが、coolerが全く使えなかったので、已むを得ませんでした。
•••と言う事で、今、現在に続くのですが、bedから起き出したら早速、汗疹が出来ていました。
と言う事で、coolerのcheck(使い方のおさらい)をしたのですが、寝室のcoolerは、ドライに設定した時でも、温度の設定をしなければならないので、已む無く室温と同じ20°に設定してドライにしてみました。
マンションの外の気温が21°で、練馬区の予報では、これから18°まで下がる可能性もあるそうなので、そうなるとcoolerで冷やすのはますます無理になってしまいます。
コンビニcoolerでは、気温が際限なく上がって行くので・・・
パソコンの部屋は大型なので、除湿だけの設定があるので、冷えすぎを覚悟で除湿にして見ました。
寒い!!
けれど、暖房よりは良いです。
(同じ温度設定では、冷房と暖房の設定が両方出来てしまうので・・・、温度設定無しの除湿の設定の方がよりは良いのです。)
9月3日夜間頻尿と鼻詰まりと汗もと超、寒いので目が覚めた
·
今は9月の3日の午前2時20分になる所です。
夜間頻尿と鼻詰まりと汗疹が出来て痒いのと、それに加えて、超、寒いので、目が覚めてしまいました。
ちょうどone cool目です。
取り敢えず、toiletを済ませてから、コンビニcoolerを2台、同時に稼働させました。
汗疹と寒さの対策にはなるでしょうかね❢
勿論、toilet−timeは終わっているので、後は鼻詰まり対策だけですが、如何せん、それが難しい❢
痒い所に手が届くようには中々難しいようです。
取り敢えずは、cool・typeのムヒで間に合わせています。
ウダウダと眠れないままにbedの上で悶々としていたら、次のcoolのtoilette-timeに入ってしまいました。
つまり、3時15分2回目のtoilette-timeと言う事なのですが、その間は眠れていないし、また、one‐coolと言うには、55分しか時間が経っていません。
2回目のcoolとは言い難いのかな??
いずれにしても、次回の睡眠に期待しよう。
と言う事で、良眠が取れるように、お久し振りにグリナを飲みました。
そう言えば、昨日の木曜日は注射の日だったのだよな??
忘れたぞぃ??
今、折角起きているので、次いでに打つか??
今の時間ならば、半日遅れなので、一日遅れにはならないのでね??
深夜の2時半から朝の5時半まで3時間もウダウダしてしまった❢
と言う事で、次のtoilette-timeは8時半です。two-cool、眠れた分けです。合計4時間半になるので、まあ、何とか、少な目ではあるけれども、今日の睡眠時間は確保出来た分けです。後はお昼過ぎに仮眠を取れれば、合格です。
なんともはや、眠るのは難しい。
それに今日の睡眠は夢を見ていたので、睡眠が浅い・・という事なのかな??(深い睡眠時の夢は、起きてからは記憶していないそうです。)
9時半過ぎから、もう一度、睡ろうと思ったのですが、鼻詰まりが相変わらず酷くって、息が出来なかったので、諦めました。
9月4日夢のまた夢 ·
鬱が酷くって眠れなくなる事は、日常的によくある事はではあるのだが、今夜も「鬱が酷くって悶々としてる」••••と、携帯のFacebookに書いたハズなのだが、携帯を手に取って、Facebookを開いて見てみると、何一つ書き込んではいなかったのだよ!
それは、私が携帯のFacebookに書いたと思ったのが、夢に過ぎなかった・・という事なのだよな??
今夜の状態では、携帯を手に持って、書き込む迄も行かなくて、携帯を手にする事すら、出来ていない、•••そもそも携帯は所定の位置に置いたままで、充電状態の・・ままだったのだよ。
意識が朦朧とした状態の全く動かない体にムチを打って、必死に手を伸ばして、なんとか携帯を掴んで、その朦朧とした意識の中で携帯に「鬱が酷くって悶々としている」と、今の状態を必死にFacebookに書き込んだハズなのに、その必死な努力は、実際の努力ではなくて、唯の夢の中のお話しであったのだよ。
起きて見ると、携帯は元の位置のままで、充電された状態のままだったのだよ。
そして自分もまた、bedの中でうつ伏せで寝ていたのだよ。
つまり、夢の中の必死さと夢の中の絶望なのだよな??
これは人生なのだろうか??私が産まれて来た事さえ、実は誰かの夢の中の話に過ぎないとしたら・・
鬱が酷いのも、それを叫ぶのも、夢の中に過ぎないとしたら・・
そして、また眠ると、何度も同じ事が繰り返されるのだ❢
ひょっとして、俺は無限地獄の中にいるのだろうか?
それとも、time−looopの中に落ち込んでしまったのだろうか?
ナンマイダブ❢
ナンマイダブ❢
それはそうと、今夜はまだ最初のone−cool目の眠りに過ぎないのだよな?
しかし、後•••、2回、3回同じ事が繰り返されると、発狂してしまうのではないのかな??
人生は奇なり!
9月4日Jcomの調子が悪くて、web-lessonが ·
最終的にお昼近くになって、やっと目が覚めて・・というか??意識が現世に戻って、さあ、昨日のVitaliのChaconneをhomepageにuploadしようと思ったら、なんと、lineもnetも繋がりません。
パソコンを再起動しても、別のパソコンを開いてもnetが繋がらないのです。30分近くlossしたのかな??MODEMのconnectorを外して嵌め込み直して、パソコンを再起動したら治りました。
なんだろうね??無駄な時間を費やしてしまったよな??
その後も、netが不安定で、テレワークの最中に何度もfreezeしてしまいました。この2、3日はjcomは使い物になりません❢
9月4日今度はFacebookが開きません ·
今日はFacebookが開きません。Facebookが携帯でもパソコンでも、動かないのです。
先程まではnetが出来なかったのだけど、モデムをcheckして、なんとか復旧させる事が出来たのですが、パソコンは今現在も、色々と不安定な状態のままです。
パソコン同様に、私も同じ様に体調不良で一日中何も出来なくて困っていましたが、何度も起き出して、パソコンの前に座るのですが、直ぐに意識が混濁して来て、椅子の上で眠ってしまいます。
・・・という事で、またまたbedに戻ってしまいました。
今日は一日中体調不良のままなので、仕事をするのは諦めて、安静に務める事にはしました。
夕方と言うか、夜になって、やっと起き出す事が出来るようになって、パソコンの調子が悪いままで、仕事をしていたら、突然lineが繋がって、「7時ドルッ歩出発の8時食事」の連絡が8時過ぎに着きました。
lineの連絡に1時間も掛かっているのだよな??
1時間以上も過ぎてしまっているのに、今更、どうせいと言うんじゃい??
兎に角、大急ぎで、外は大雨のようなので、取り敢えずパソコンを終わらせる作業と、大雨用の準備をしたのだけど、それでも、9時直前まで掛かったよな❢
bikeで外に出ると、大変な大雨で、激しい雨なのに大粒ではなく、小粒の細い雨が鋭く刺すように激しく降っていて、雨粒が腕に当たると、腕がチクチクと刺さるように痛いのですよ。
大雨の中を必死にbikeを走らせて、なんとか椎名町に着いたら、レインスーツを着込んていたのにも関わらず、内側に着込んだジャケットも、胸の下着までもが、ずぶ濡れになってしまっていました。
兎に角、手が悴んで動かないので、お湯で指先から腕までを温めて、なんとか生きた心地になりました。
椎名町には、こういう時の為に、予備の着換えを置いていたので、なんとかなったのですが、いゃぁ〜あ、大変な大雨だった❢
帰りはジャケットの予備が無かったので、レインスーツの上だけなので、結構寒くて、凍えながら走ったのですがね❢
それはそうと、深夜になって欝が再開してしまいました。
今日は、体力的に欝に耐えられなさそうなので、熱燗でも飲んでアルコールに逃げる事にするか??
持ち帰ったお弁当の中には、結構おつまみになるものもあるしね?
9月7日鬱がひどくなったので ·
今は9月7日の火曜日になった所です。
深夜の3時半を過ぎた所ですが、土曜日から始まった欝が未だ治りません。
・・・というか、ますます酷くなってしまいました。
本当ならば心療内科から、欝を軽くする薬を処方して貰えば良いだけなのだけど、江古田の心療内科では大変な被害を受けてしまったので、薬を貰いに行く気が全くないのです。
果てさて、自分の心のcontrolに困ってしまっているのだけど、alcoholに逃げられないので、マジ困っています。
別に医者に禁止されているのではないのだけど、体調が悪くて、alcoholを体が受け付けなくなっているからです。
昨日は、Organの伴奏のVitaliのChaconneの楽譜が出来上がったので、その次いでに、鞘堂HallでのbaroqueーKoncertで使用したCembaloとcontinuoのcelloの伴奏のVitaliのChaconneの改訂をしよう・・と、思ってパソコンのhard-diskのfinaleのfileを探したのですが、finaleのfileのVitaliのChaconneの分類の中に、Cembalo伴奏用のdataが入って無かったのですよ。
椎名町の事務所で製本をしたので、椎名町のパソコンには保存されているハズだ・・と思ったのだけど、事務所のパソコンでも見つからないという事で、dataが無くなってしまったようです。
超、Shockだったのだけど、「何とかならないのかな??」と、Chaconneのdataの中を探していたら、未だ一度も使用していない私がarrangeをしたbaroqueーpitch用のCembaloのscoreが見つかりました。
keyがbaroqueーpitchに移調している楽譜なので、Chaconneのg mollの調を、fis mollに移調しているdataなのですが、本番は、baroqueーKoncertなのだけど、会場は狭いのだけど、Hallは広いので、baroque-violinでは無くて、modern-violinで演奏したので、その楽譜は使用されないままの、古いversionのままでしたが、古くても、兎に角、近いCembalo-versionの楽譜が見つかったので、それをtemplateとして使用する事にして、取り敢えずは、そのfis mollの譜面をtransposeして、調を元のg mollに戻して、Cembalo用の楽譜を作成しました。
勿論、古いversionなので、鞘堂Hallで演奏した時の紙の楽譜から、fis moll-versionの楽譜と比較して、修正をしなければならないので、それは明日からの作業にして、取り敢えずは、templateを作る所までを、今日の深夜の作業にします。
欝を乗り越えるための単純作業でもあります。
9月7日netが繋がらなくなっていたので、·
4日前、というか、9月の4日からnetの調子がおかしくなって、何度もnetに繋がらなくなっていたのだが、今日もWeblessonの直前になって、パソコンを開いたら、netが死んでいて、修理の依頼も出来ない状態だったのだ。
修理の依頼は普通はnetでするものなのでね??
それに昨晩からメガネが見つからなくなってしまった。
椎名町に忘れたのか、とも思ったのだが、やっぱり椎名町にも無かった❢
普段はメガネを掛けないで仕事をしているのだが、流石に、二日間もメガネが無いと、気分が悪いよな~ぁ??
それにパソコンなのだが、今更なのだが、netが繋がらないのでは、パソコンは唯の箱なのだよなぁ??
何も出来ないのだよ!
Facebookやlineさえも通じない❢
おまけに携帯すら通じないのだよな??
静かなのは良いのだが、仕事にもならないので、困ってしまう。
モデムの交換にしても、J-comとは、netでの連絡がつかないといけないのでは、どうすりゃ良いのさ??
と言う事で、うんともすんとも繋がらないパソコンを閉じて、早めに寝たのだが、次の日の朝の7時半に、toilette-timeに目が覚めて携帯を見たら、netの外部のWi-fiの回線から部屋の中のWi-fiの回線に繋ぐように指示が出ていたので、netを開いたら、なんと自動的に繋がった。
・・と言う事なので、パソコンを起動させたら、モデムの電源を再起動させる事もなく、何事も無く繋がってしまった。
なんだ??・・モデムの故障では無くて、回線の不調か??
と思っていたら、9月の9日の朝の5時頃になって、またまた回線が繋がらなくなってしまった❢
これで何回目だ?
修理する気はもう全くない❢
携帯ならば、一度ベランダに出て、他の回線に繋いだら、部屋に戻っても、繋がったままのようで、問題はなくなった❢
パソコンは使い物にはならないのだが、仕事は出来るので、まあ良いだろう❢
何かと静かで良いのでね??
9月9日携帯をverandaに持って行って·
netが繋がらなくなってから、携帯も全く繋がらなくなってしまったのだけど、携帯はどこでも繋がるハズなのだから・・・という事で、一度、携帯をベランダに持って行って、外の回線と繋いでから、部屋に戻って、携帯が繋がるようにした。
それで、なんとか携帯からjcomに電話をしたのだが、混雑で、延々と電話が繋がるのを待って、やっとこさっとこoperatorと会話が出来て、web上での回線のcheckをして貰ったのだが、原因はマンション全体のnet回線の故障らしく、応急処置も試みたのだが、モデムが全く無反応だったので、明日、マンション全体の修理があるので、それを待つ事になってしまった。
と言う事で、今日はパソコンの仕事は一切出来ない事になったのだ❢
モデム等の故障ではなかったので、私の部屋の中に人が入って来て、何かの作業をする事はなくなったので、その分は気分は楽になったのだが、反対の言い方をすれば、私が出来る事は何もなくなった・・と言う事だよなぁ?
まあ、何が何でも、netを繋いで、パソコンの作業をやろうとするのならば、斎藤先生のwimaxが未だ解約をしないままに、生きているようだし、自分の携帯をデザリングして、netの回線に繋ぐ事も出来るけれど、そこまでして仕事をする程、急遽の急ぎの仕事もないし・・ね〜ぇ??
モデムが置いてあるCembaloの部屋の蛍光灯が切れて、Zyanose状態だったので、斉藤先生に蛍光灯の玉を買って来て貰って交換して貰った。いつの頃からか、脚立に乗ると、頭がフラフラするようになって、脚立から落ちそうになるので、脚立の使用禁止になっているのだよ。
パソコンは、netの回線の不具合で、朝から、うんともすんとも全く通じていなかったのだけど、どういう分けか、夕方からは不安定だけど、何とか繋がっているようで、昔、You Tubeにuploadしていたvideoを探し出して、そのurlをlineで連絡する事が出来ました。(頼まれていたので・・・)
パソコンが不調だと、体調も不調になるようで、椎名町に食事に行って、何とか食べ終わったら、超、バテてしまったので、ドルプリっ歩は付き合わないで、ハイツに急いで戻ったのだけど、駐輪場でbikeを降りた時に、「ヒョッとしたら」・・・と言う予感があって、bikeのsheetの中を丁寧にひっくり返して見たら、なんとメガネがsheetのboxの中の書類に埋もれていました。
helmetを脱いだ時に、maskが引っかかって、一緒にメガネも外れてしまっていたようです。
いやあ、良かった!!良かった!!
善哉!善哉!!
jcomは「明日にはちゃんと繋がる」と、言っているので、不安定なnetの環境のままで、そこまで頑張って、パソコンの仕事をするのもね〜ぇ?
そんなに切羽詰まっている分けでもないので、今日はパソコンの休日にします。
おやすみなさい‥zzzzzz
9月10日モデムの点滅が止まらないので ·
今は9月の10日の夕方の4時を過ぎた所です。
マンションのnetの工事は朝の9時から夕方の3時までなので、工事はもう終わっているハズなのですが、モデムの点滅が止まらないので、Wi-Fi−routerの電源を切ったり、パソコンの再起動をしたり•••と、色々と試して見たのですが、治らないので、諦めてしまいました。
モデムが点滅をしていても、パソコンは支障なく繋がっているようなので、気にしない事にしました。routerの電源を切ると、点滅は収まるので、プロバイダーのトラブルではないようなのでね?
9月11日Googleのcalendarのマイナーチェンジ ·
今は9月11日の土曜日の2時になろうとする所です。
昨日の晩はやっとこパソコンのnetが繋がるようになったので、Googleのcalendarをcheckしながら、パソコンと携帯のcalendarが連動しないのを不思議に思って、パソコンのアプリを色々と見ていたら、見た事の無いcalendarアプリがあるのを発見して、開いて見たら、なんと新versionのGoogleのcalendarで、ちゃんと連動していたのですよ!
それは良い❢と言う事で、早速、古いGoogleのcalendarを削除して、新しいcalendarに交換しました。
いつから、このGoogleのcalendarのアプリに変わったのだろう?
ビックリだよな?
早速、夏休みのミニ-コンサートの予定日を変更したら、なんと月の表記が4週間分しか出来ないのだよ❢
つまり、10月31日の日曜日の予定が、11月の始めの日にしかならないので、10月は30日までのように表示されるのだよ。
いやあ、これは困った。
iconには、そういった設定の変更は無いので、netで調べて、一月を6週間表記に設定しようと思ったのだが、何度試みても、上手く出来なくって、挫折してしまった❢
・・・というか、Googleの解説に出てくるその他のカスタム設定が表示されないのだよ。だから、左側の小さなcalendarを色々と操作してみたのだが、何をしても、selectが出来ないのだよな??
とうとう諦めて、寝てしまった。
Googleの最大の表記はiconからの設定では、4週間表記が最大になっているようなのだが、曜日が跨ぐ場合には、5週間までは表示されるようなのだが、私の場合には、「今日から一月」の表示ではなくて、今日の前の1、2週間から次の一月をcheckするので、常に6週間表示の方が望ましいのだよな?
カレンダーの中には、途中からの一月表示が出来ない物も多いので、Googleの今日がトップに来るという設定は、工夫を凝らした設定なのだろうが、人はそんなに都合良く仕事を熟す分けではないので、一週間前ぐらい迄のcheckは常に必要なのだがね??
つまり、今日は過去の総決算なのだし、過去でやり残した事を常に留意して動かなければならないのだよ。
「あれ??昨日はちゃんと薬を飲んだのかな??」と悩む時に、その昨日が土曜日だったら、Googleのcalendarではもう表記されないのだよ。
私の場合には、1週間に1回の薬さえあるのだしね??
その場合には、前の週にちゃんと薬を飲めたか・・がcheck-pointになるのだよ。
今は未だ9月なのだが、mini-Koncertが10月の31日に延期されたのだけど、表示では10月の31日は表示されなくて、11月に表示されるのだよ。これは困った!!
それだけでも、もうGoogleは使えないのだよな。
などと、不平不満を書いていたのだが、携帯を見て驚いたね?
なんと6週間単位になっていたのだよ❢
もう、パソコンの時代では無いと言う事だよな?
ならばパソコンではなくて、Tabletだよな?
それもパソコンのTabletではなくて、携帯のTabletだよな❢
9月13日悪魔のtrillのperiodversionを·
今は9月の13日の月曜日の朝の11時半を過ぎた所である。
9月の7日の火曜日にweb-lessonで「Tartiniの悪魔のtrill」のperiod-versionのlessonをしたのだけど、lessonのlecture-videoを作りながら、homepageのTartiniのviolin-sonateのPageを弄りながら、lessonの時に、相変わらず、私と生徒に渡している楽譜が違っている事に腹を立てながら、赤を入れたハズの楽譜の手直しをした。
何度も修正して赤入れをした楽譜を実際の楽譜に打ち直して、最終稿とするためである。
「悪魔のtrill」のperiod-versionは、今回が、初lessonで、未だ譜読みの状態で、曲の完成したimageまでには、まだまだ程遠いので、パソコンの音源ででも、聴けるように、You Tubeに急遽upする事にした。(なんでuploadしていなかったのだろう??不思議だ??)
楽譜の訂正や、You Tubeへのuploadとほぼ同時進行で、homepage上ででも、解説文を書いているので、homepage上でも曲のimageが分かるように、You Tubeの音源にlinkを張った。
勿論、次回の発表会までの暫定・・・ではあるのだが・・??
最初に作って、赤入れの前のtemplateとしての楽譜を、先ずは第一稿として、美音達に渡した。一日も早く練習に入るためである。
生徒達に練習をさせながら、それと並行をして、原譜の誤りや、上手では無いarrangeの箇所を赤入れして、次にその箇所をちゃんと楽譜上に反映させて、修正とkritikの楽譜を作った。
その楽譜が第二稿なのだが、それを音源にして、「悪魔のtrill」として、You Tubeにupしたのだが、You Tubeで改めて、何度も聴いていると、originalのfacsimileのfassungの弱い所が気になってしまって、急遽、You Tubeにupしたその第二稿を削除して、Tartini自身の書いた稿の弱い部分を書き直した第三稿を作って、Cyberlinkで、動画の処理をして、You Tubeにuploadし直して、homepageの解説の文章にlinkを張った。
Tartiniのviolin-sonateのhomepage上の解説のPageです。
Tartini Sonata in G minor Devil's Trill Cembalo-version bezifferten BaßYoji Ashizuka第三稿 - YouTube
You Tube上のパソコン音源のPageです。
ここ(い)らでケリが付かないと、明日は膀胱鏡検査の日なので、一日中何も出来ない。
帰ってからも、検査の後は、結構、一日中、メゲたままなのでね??
そのページのアドレスをここに貼ってくださいよお~
homepageの・・??それともYou Tubeの・・??取り敢えず、両方とも、本文に貼って起きます。
9月13日monitorテレビがblackoutした ·
•••てな事をウダウダと書きながら、Tartiniの「悪魔のtrill」の解説を書いていたhomepageを手直ししていたら、突然、パソコンがblackoutして、うんともすんとも出来なくなってしまった。
monitor-テレビはlampが点灯したままなので、テレビのswitchを切っても反応しない。
パソコンの電源は入れ直したら入った。(勿論、monitor上では、blackoutしたままなのだが・・)
・・・と言う事で、エッチらオッチら、食卓のtableを動かして、隙間のrackを動かして、床の絨毯に掃除機を掛けて、何とかパソコンのmonitorのdeskをほんの少しだけ動かして、電源コードの抜き差しを何度かやった。
(いゃぁ〜あ、ここまでの作業が大変なのだよ❢特に、鬱が酷くって体が動かない状態ではね??)
勿論、たったそれだけの事で、monitorのテレビは再起動した。
原因は接触不良か静電気かは分からないのだけど、画面に出ていたnoiseも取れた。
視界良好である。
まあ、次回にまた、blackoutした時には、もう流石に寿命なのだろうけれど、当座は、これで数日は保つだろうか??
かな??・・・カナカナカナカナ
・・と思ったら、再起動して20分ぐらい経ったら、やはり、画面の右側にnoiseが、これまでと同様に、始まっていた。
やはり、もう寿命かね??
とは言っても、今年一杯は持ちそうな気はする。
このテレビ(本来はパソコンのmonitorでは無く、テレビを代用しているのだが•••)は画面の色合いや、深い音声を結構気にいっていたのだけど、修理しようにも、何処のmakerか分からないし•••な??
修理よりも、32型ならば、今は買い替えの方が安いのだよ。
壊れたテレビをタダで持って行ってくれる業者を探したりして・・・
練馬区の粗大ゴミはテレビは引き取らないのだ。
結局、とどのつまり、カネカネカネ、金が掛かるよな??
でも、32型は大分安くはなって来たようだけどな~ぁ??
同じような音声の良いテレビはあるのかね??
今時は、5•1サラウンドの外付けスピーカーの時代だから、テレビの本体で音質を求める事は、ないのだよな~ぁ??
写真の左側の方が今回blackoutしたテレビです。右側のmonitorもテレビのお下がりです。私は基本的にはパソコンのmonitorは購入しないので・・
左下に写っているKeyboardは、テレビのKeyboardなのです。実はテレビも三台目のパソコンのmonitorなので・・
映像関係のパソコン作業をしていると、1台目、2台目とパソコンがbusyになってしまう事があります。
通常ならば、その間は珈琲でも飲んで休憩をするか、部屋の掃除でもするのでしょうが、私の場合には、古いパソコンのhard-diskを変えて、最新のパソコンにして稼働させているので、busyで仕事が滞る事はありません。
9月14日いや~あ、今日は術後第1回目の膀胱鏡検査だ。 ·
前回の術後の診察では、doctorの所に生検の報告が来ていなかったので、何のために、病院に行ったのかが理解不能な無意味な診察になってしまって、全てを今回の検査に委ねる事になってしまっているのだよ。
つまり、生検の報告も今日の検査の時に一緒に聞くのだ。
いずれにせよ、検査は気持ちの良いものではなく、欝を引き起こしてしまう。一応、麻酔は効いているので、痛み等は無いのだけど・・
と言う事で、朝の6時過ぎから、髪の毛を洗ったり、禊中である。
川崎の病院までは、半分以上の行程で、一般国道を走るので、それも気分が重たい。
千葉行きの場合には、殆どの行程が高速道路なので、信号もないし、人も居ないので、運転が楽だからだ。
勿論、信号でしょっちゅう、停滞するのが億劫なのだが、それ以上に帰りの高速が大渋滞なので、検査疲れの中の渋滞なので、そこも気分が重たい原因なのだよ。
帰りの大混雑は電車でも同じで、検査後に川崎から江古田までの電車を立ちっ放しで、乗り換えのhomeに降りた時に、危うく倒れそうになってしまった事があった。
傍にベンチがあったので、何とかかろうじて座り込む事が出来たので、小一時間ぐらい休んで、なんとか頑張って帰ったのが、電車での最後の通院なのだ。
その後、車もやはり大変なので、一度だけ電車で川崎を往復した事もあったのだが、やはり、電車では体力的に無理だという事が分かっただけだった。
川崎での車での移動のriskは、駐車場の空きが全く無い事なのだ。
30分を余分に見ていても、駐車場探しでその時間が無くなってしまう事もザラなのだ。
幸い第二は何時も混んでいるので、今回の手術の事前検査の時に、比較的に人の少ない第一(とは言わないらしいのだが)の病院で術前の注射や検査を受けた。
その時に、駐車場が一般の駐車場で大きいので、楽に車を駐める事が出来たので、次の検査の時には、第一の駐車場に駐めて、第二の受付に駐車券を出したら、問題なく割引をしてくれた。
問題は歩きで5分程度か、それ以上は歩かなければならないのだけど、夏の超暑い時でなければ、その程度ならば歩けるので、駐車場を探すよりは楽で時短にもなるのだよな。
今日も、最初から、その手で行こう。
9月15日powerdirecter ·
今日は9月の15日の水曜日です。
今朝は4時を過ぎた頃から、嫌な事ばかりが思い出されて、目が覚めて眠れなくなってしまった。
已む無く、パソコンの前に座って延々と欝っているのだよ。
朝の5時を過ぎたというのに、未だ夜が続いているのだ。
雨は昨日から、延々と降り続いている。
何か一つでも前向きの事をやらないと・・と、お久し振りで、風呂にお湯を張って、浸かって見た。
これまでは延々とshowerだけだったからね??
アカスリタオルで、body shampooを塗って擦った。
本当は、私は、石鹸を使うと体がかぶれてしまうので、赤ちゃん用のbody shampooを買ったばかりの初使用なのだし、垢擦りタオルも肌が痛くなって、ヒリヒリしてしまうので、本当は厳禁なのだが、今日は欝が酷いので、禊のつもりなのだ。
無理を承知の垢擦りで、鬱が垢と一緒に流れたのか、少し気分が良くなって来たので、前々から気になっていた紗來のDevil`s Trill Sonataの音の歪みの修正を始めた。
パソコン側のhard−diskには19年の発表会のvideoのdataが無かったので、subのパソコンのhard−diskから、19年の発表会の4Kのcameraの分と、黒カメの分だけのvideo−dataをmainのパソコンに移動させて、映像の編集は一切しないで、音声の歪みだけを矯正をした。
下の写真の上下の黄色になっている点々の箇所が歪みの音が出ている場所になります。
それをvolumeを絞る事によって、無くします。
絞り過ぎると音量そのものが出なくなってしまうので、物足りなくなってしまいます。
そのギリギリの場所を探すのですが、単体の場合にはそんなに難しい事では無いので、問題はないのだけど、同じ音声のtruckが4つ、5つつ出て来て、それぞれを修正しても、その後で、合体させると結局、また、歪みが出てしまいます。
その全体のtruckを一括して修正する方法が見当たらない・・という事で、未だにpowerdirecter18を研究中です。
普段はやらない事を色々とやっては見たのだが、殆ど欝のリハビリにはならなかったので・・、6時半ぐらいから降り続いていた雨が、何とか上がったので、今は無くなってしまった昔の江古田市場辺りまで、プラプラとウダウダ散歩をした。
勿論、未だお店が開いている時間ではないけれど、お久し振りでどこがどういう風に変わったのかを見ながらの散歩である。
昔の元気な時ならば5分で歩ける行程を、30分以上も掛けてヨチヨチと歩いた。
まあ、介護の付かない老人の徘徊散歩とでも言うのかな??
疲れ過ぎないように、程々にして戻って来た。
これで少しは眠れるかな??
・・・という事で、お昼の12時直前に跳ぶのだよ。
お昼からは、純子のweb-lessonがあって、美紀との伴奏込みの合わせのlessonを1時から2時半までやった。
曲はLocatelli のviolinーsonateなのだが、勿論、1時間半のlessonでは、最後までは辿り着けなかった。
Ferdinand DavidのDie Hohe Schule des Violinspielsの中からの一曲なのだが、ちょうど、VivaldiのLa CetraのOp.ⅨのNr.1のⅡ楽章のように極めてadultで、鬱々で、音楽表現が難しい曲である。
実にこのlocatelliのsonataへのDavidの狙い目は、motiveの細かい表現法が、人情の機微を表す表現と、そのpointを付いていて、そのvividで微妙な表現がとても良い。
また、その微妙な表現法がbowーtechnikと合致していて、無駄を究極まで省いた演奏法になっているのですがね??
時間でlessonを終わって、それから昨日からの食事をしていなかった遅い食事timeに入って、昨夜の昼と夜のご飯と、今日の朝と昼の4食分の食事をした。
食べなかったのでは無く、欝が酷くて、しかも、胃の調子も悪いので、食欲が無くて食べられなかったのでね??
それにしても、体調がすぐれないのだよなあ?
体が少し火照り気味で、イライラと体調不良を訴えているのだが、上手に治める方法が分からないのだよな?
兎に角、ほてっている体を冷やそうと思ってるのだが、クーラーも水風呂も、全く効果が無いのだよな?
最後の手段は、やはり眠る事か?
頑張って、なんとか7時まで寝て、風呂を温め直して髪の毛を洗った。
今日は一日中鼻水と鼻詰まりがとまらないのだが、鼻風邪でもひいたのかな?
今日一日、ティシュが手放せないのだよな〜ぁ?
昨日の病院で、一日中雨に濡れたのが、原因かな?
videoの音声の手直しは出来たし、web-lessonもしたし、それだけしか出来なかったのだけど、今日の体調では、まあ、良しとするか??
9月16日uploadの時間が膨大で ·
その後、Home Pageにlocatelliの Pageを作って、web−lessonのvideoをYou Tubeにuploadするのだが、uploadが終わる迄に、8時間から9時間ぐらい掛かってしまった。
パソコンの映像の処理速度が遅いので、Cの不要なdataを削除して、使用領域を半分迄に軽くして見たのだが、net回線のチョッとしたtimingの話しらしくて、諦めて、uploadをし直すと、10分ぐらいでサクッとupload出来る場合もあるらしい。
という事なのです、noteパソコンで平行作業をしようとパソコンを開いたら、accountの確認だと言う事で、幾つものmailのpasswordの確認を迫られて、password一覧表の紙を探したのだけど、何処にも見当たらなくて、そうこうしている間に、大型のパソコンのbusyが終わって、パソコンのpasswordの一覧表が開いた。
なんのためのnotePCなのだろうかね〜ぇ??
一応、全てのaccountのpasswordを入力して、取り敢えずは、notePCが開くようにはしておいたのだがね〜ぇ??
securityも余りにも過剰になり過ぎると迷惑だよな??こちらにも選択権が欲しいところだが?
TolleliのChristmas−concertのMadonna−versionが画面が変わる度に、音量が変わってしまって聴きづらい上に、画面と音声のズレも結構目立っていたので、思い切ってTolleliのMadonna−versionを削除して、Madonnaや私の楽譜が入らない、simpleなversionにして、You Tubeにuploadをし直したのだけど、今度はuploadには、17分しか掛からなかった。
8時間と17分の差は、一体なんだろうね〜ぇ??
夜の9時からの食事のために、8時半には、椎名町に移動したのだが、突然、体調不良になってしまって、ドルプリの散歩をすっぽかして、大急ぎでハイツに戻った。
食料品だけを急いで片付けて、bedに横になった。
9月17日5年振りに寝室に新しいカーテンがついた ·
今日は一日中欝が酷くて、体調不良で体が動かないのだけど、斉藤先生が部屋の整理に来てくれて、5年振りに寝室に新しいカーテンがついたので、やっと、部屋を暗くする事が出来るようになった。
これで、お昼間に睡眠時間がズレ込んだ時にでも、ちゃんと眠る事が出来るのかな??
睡眠不足はそれとは理由が違っていたりして・・・??
テレビでは今日は一日中台風のnewsをやっているのだが、これから、東京でも、もう少しで雨が降って来る予定なのだが、雨はbikeには辛い。
テプラのソフトが最初は簡単versionと難しいversionが二つあったのだけど、そのsoftがぶっ飛んで新しいsoftを入れ直したら、今度は非常に使い難くくて、なかなか上手く使えなかったので、多分、新しいsoftになっているだろうと思って、installのし直しをした。やっぱり、新しいsoftに変わっていて、少しは使い易くなっていたよ。
epsonのプリンターは、B5のルーズリーフに印刷しようと思ったら、何度設定をB5に変えても、それがプリンターに反映されなくて、10回目ぐらいでやっと印刷出来たのだが、もう二度と嫌だよな??A4に早々に戻したよ。紙を入れ替えたら自動で認識するぐらいのサービスは欲しいよな??
今日は一日中体調不良だったのだけど、それでも午前中にはLocatelliの補足説明で、skipのrhythmとswingのrhythmの違いを説明する文章を書いた。勿論、period奏法の中の話なのだけどね??
今日俺が出来た唯一の事だったよな??
いや~ぁ、体調不良が酷い!
多分、昨晩と同じ体調不良かな?と言う事で、少し早目にハイツを出発した。台風性の雨も降る予定なので、早目にハイツに戻るように、と言う事でね?
椎名町で食事をしたら、少し体調が戻って来たので、散歩に付き合ったのだが、雨が降りそうな感じになって来たので、急いでハイツに戻って来たよ❢
然程、雨に濡れる事もなく、ハイツに無事に戻れて、routineの後片付けを済ませて、後、15分で18日という時間になって来て、突然、鬱が取れて来たぞ?
何故だ?
不思議だ??
ヒョッとして雨が強く降り始めたせいなのかな??
台風の気圧の中に入ったためなのかな??
折角、気分が少し良くなったのだから、仕事modeに入らないで、パソコンもつけないままで、bedに入って寝る事にしよう。
善哉!善哉!!
9月18日突然、欝が収まった。 ·
9月の18日の深夜になって、突然、欝が収まった。
欝の始まりも、体調不良だけが原因で、欝でなければならない理由はどこにも見い出せなかったのだが、鬱が突然終わったのにも、理由は見い出せない。
本当に、或る瞬間から欝状態が終わったのだ。
だからと言っても体調不良が終わった分けでは無いし、体が動くようになった分けでもない。
欝だけが収まったのだ。
不思議だ!!
しかし、これで、安心して仕事modeに入ると、またぞろ再発しかねないので、気分が楽になったのを切っ掛けにして寝た。
いつものroutineで、2時にはtoilette-timeで起き出したのだが、起きる直前の夢も、欝の時の現実的なmiserableな夢とは違って、好意的な人達が会いに来てくれるような、心地良い夢だった。
気分良く起きたのだが、外は激しい雨が降っていて、部屋の温度は湿気と換気が悪くて最悪なので、coolerの除湿を掛けた。
コンビニcoolerでは、室温を上げるので、暖房状態になってしまうからだ。
verandaに出て見ると、超、寒くて、顔にあたる雨粒も冷たい。
椅子を出して、暫くその冷たさを堪能した。
写真でも撮ってupしようとも思ったのだが、なにせ深夜のカラスは写らない・・のだよ。動画も何回か撮ったのだが、全く面白くないのだ。
台風性の強い鋭い風は未だ吹いていないので、雨足の速さだけなのだよな。音声のDynamicさも無い。温度はvideoには映らない。
冷たくて気持ちは良いのだが、部屋との温度差は困ってしまうので、程々にして於いて部屋に戻った。
9月19日printerのお話 ·
Facebookは兎も角としても、homepage等に作曲者の氏名や曲名を書く時に、Opus-number以降の正式名称を、その都度調べるという無駄を繰り返していたので、その一覧表と、単語登録の文字の表を作る事を思いついたのだが、勿論、パソコンに保存するのは良しとしても、paper上でも保存されなければ、gunstigではない・・という事で、空きのbinderを調べたら、B5のloose-leaf式のnoteが出て来た。
ハイツには教室で使わなくなってしまったprinterが、捨てられないままに数台あって、粗大ゴミ置き場になっているのだが、新教室にお引越しをする時に、教室にprinterが無い・・という事で、古いHewlett-Packardのprinterを持って行く事にして、パソコンの接続と配線をハズした。しかし、どういう分けか、printerを持って行かない事になって、その後、Hewlett-Packardはその状態で1年以上も放置されたままになっていた。
以前も、4台あるprinterはそれぞれの役割を持たせて、使用していたのだが、Hewlett-Packardは写真印刷と、B5noteのloose-leafの印刷用に使用していたので、それを復活させようとしたのだけど、inkが詰まって出ない状態で、何度もnozzleの清掃と、新品のinkに交換も試して見たのだが、治らないばかりでなく、自己診断をさせると、正常と出てしまって、6時間ぐらい格闘したのだが、結局諦めてしまった。
こういったパソコン系の修理は新しく購入するよりも高いし、ゴミにして出すにも、結構なお金が掛かるのだよ。
椎名町に持って行って、無料回収が来た時に出して貰うかな??
と言う事で、Hewlett-Packardを使う事は諦めて、A4版のcolor専用にしていたepsonのprinterに、用紙の設定を登録してB5版のloose-leaf専用にした。
ink-jet式のprinterはinkが馬鹿高いので、普段はモノクロのlaser printerしか使わないからだ。
以前、椎名町のprinterが壊れて、新教室での演奏会のprogramが作れなくなった時に、修理の人が捕まらなくて、結局、私が徹夜で、epsonのink-jetのprinterで、50枚近いprogramを作成したのだが、ink代に1万5千円も掛かったよ。勿論、教室のprinterの業者に或程度は弁償させたのだけどね??
だって、業務契約なので、日曜休日対応の約束なのに、ホゴにされた分けなのでね?
ハイツではcolorの印刷を大量にする事はまずは無いから、colorのlaser printerは必要は無いのだよ。モノクロでもink-jetでは、印刷代はかなり高価になってしまうので、家庭用のlaser printerが必要なのだよ。toner-cartridgeは1万5千円以上とかなり高価に感じるかもしれないが、普段の使用では私の場合でも2年間は使えるので、ink-jetに比べたら、比較にならない程安いのだよ。(それにprinterの値段もA4版専用ならば、1万から2万以内だしね??colorでも3万しないで売っているのだがね)
午前中はそんな無駄な作業で終わってしまったので、午後はTorelliのChristmas Concerto の第二稿のYou Tubeへの楽譜の投稿を削除したので、パソコン音源で、You Tubeにuploadをした。
今日は一日中空回りをしたようで、今日の一日がAlzheimerのように思い出せないのだよ。
兎に角、凄い雨だったよな??
9月20日体力の限界で·
昨日の日曜日、9月の19日は久し振りの対面lessonとオケ室のrehearsal だったので、少しゆとりを持って準備出来るように、1時間45分と普段よりも、余裕を持たせて千葉に出掛けたのですが、やはり、大渋滞に巻き込まれてしまい、結局はlessonギリギリになってしまいました。
今回の日曜日が、3連休の上にお久しぶりの晴天で、一般の人達が、一気に行楽に出掛けたためです。
前日から、多分pressureで※)、一睡も出来なかったので、朝一のlessonから結構辛い物があった。
※)プレッシヤーとは言っても、lessonや起きれるか?とかいう単純なpressureではなくて、「夜まで体力が持つのかな?」という切実なpressureなのですよ。
まあ、なんとか根性で、体力不足を熟して、乗り切ったのだけど、夜は流石に死ぬ程バテたので、椎名町に辿り着いて、食事をしたのだが、箸が口に行かなくて、口を動かしても、食べ物が口に入らなくて、食べれなかったり、箸から落ちてしまったり、手、そのものが動かなくなって来たので、お腹は空いたままだったのだけど、途中で食事を諦めて、大急ぎでハイツに戻りました。
ハイツでも、食料品を冷蔵庫にしまうのも無理だったので、出しっ放しのままで、寝てしまいました。
それでも1時過ぎにはなってしまったのだよ??
月曜日の私が使い物にはならないのは、毎週の事なので、別に驚くことではないのだが、マジに本当に一日中、rehearsal とlessonのvideoの編集作業を除いては、何一つとして、何らかの仕事が全く出来なかったのは、この所では、超珍しい事なのですよ。
それから、丸々一日経った次の日の月曜日の夜の食事もドル散歩も爆睡していて、行けなかったし、夜の食事の後で、時間過ぎてから目は一応は覚めたのだが、お弁当にして貰って、ハイツに持ち帰るために、Bikeで出掛けるのもやはり無理だったのだよ。
今日はこれから、更に寝るのだ!!
という事で、突然思い出したのだが、今日は中秋の名月で、しかも満月という得難い夜ではないのかな??
寝室のコンセントに充電中の携帯のコードを思いっ切り引っ張ってなんとかベランダから満月の写真を撮った。
空がない東京では、これだけでも、御の字だろうてさ??
9月20日詐欺のmail ·
まことしやかな、mailが届いた。
2021/9/20, Mon 02:13
※ETCサービスをご利用いただきありがとうございます。
本人確認手続専用のURLをご連絡いたします。
引き続き下記URLより必要事項の入力をお願いいたします。
→ご変更はこちらから
※メールを受け取ったお客さま専用のページです。ほかのお客さまはご利用いただけません。
なお、72時間以内にご確認がない場合、誠に申し訳ございません、お客様の安全の為、アカウントの利用制限をさせていただきますので、予めご了承ください。
-------------------------------------
お心当たりのない方は、お手数ですがメール本文を削除くださいますようお願いいたします。
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━━━━━━━
■発行者
━━━━━━━
ETC利用照会サービス事務局
East Nippon Expressway Company Limited,
2021/9/18 21:21:28
➖➖➖➖➖➖➖➖
一瞬、本物のmailかと思った。勿論、削除した。
久し振りの対面lessonで、千葉に車で出掛けたのだが、なんの問題もなかった❢
しかし、上手く書くよな〜ぁ??
引き続き下のurlへ・・以降の文章というかurlが、コピペしたら消えてしまいました。それが問題のおっとろしいurlなのだけどね??
自動的に消える・・というのはどう設定するのだろう??不思議だ??
9月21日シンクのゴキの防止に ·
勿論、若い頃は、部屋に訪れる人達も多かったので、部屋で食事をしたら、直ぐに洗うのが常であったののだが、歳を取る毎に、訪れる人は少なくなって来て、還暦を過ぎた頃からは、人が訪れて来ない事に託つけて、体調不良や体力不足という事で、流しの食器を洗う事すら、億劫になってしまった。
という事で、この頃は纏め洗いをするようになってしまったのだよ。
それに、私の生活圏が江古田の教室から、ハイツに変わってからは、生活のpaceが独居老人に変わってしまったので、食事はハイツでお弁当を独りで食べるようになってしまったのだよ。
だから、洗い物を少なくするために、お弁当の容器のままでチンをして、そのまま食べる事にしたのだ。
食べ終わったお弁当の容器は、そのままシンクに放っておいて、椎名町に戻る直前にシンクに溜まったお弁当箱の容器の汚れを軽く落としてから、bagに入れて持ち帰るのだが、そうなると、ほぼ丸一日お弁当箱がシンクの中に入っているので、台所に誰も人がいなくなるとお弁当の容器にゴキがいる事がある。
それで、思いついたのが、放置するお弁当の容器に食器洗いの中性洗剤をsprayする事なのだが、霧状に噴霧すると、空気に混じって体に悪い事が判明したので、使っていなかったのだが、ふと、お風呂でボディーシャンプーの泡タイプのシャンプーを使用していた時に、「食器用の洗剤も泡タイプならば、空気に混じらないのでは??」と思いついて、spray容器を片っ端から探して見たら、泡タイプと霧タイプに切り替えられるspray容器が一個だけ見つかったのだよ。
やっぱり、お風呂用のspray容器だったのだけど、もう水専用にして、随分経つので、食器洗い専用にしても問題はないと考えて、市販の食器洗い用の中性洗剤を入れて試してみた。
うん!すこぶる良好で、それ以降はお弁当を洗う洗剤用に使用している。
元のお話に戻って、シンクに置きっ放しになっている容器に、そのsprayで泡状に噴霧をして、それから2,3千円でnetで購入した、節水型の極細showerを流すと、泡が淡雪状に細かく美しく容器の蓋をしてくれるのだ。
そうすると、ゴキさんが全く寄り付かなくなる。
コップやお弁当箱に水を張って、そこに2,3回スプレーするだけでも、ゴキ君が現れなくなるので、これは良い。
元々、シンク周りにゴキが出没するので、ゴキ専用のsprayは薬が食器に掛かるマズイので、使用していないのだが、「どっちみち、食器用の洗剤で汚れを落とすのだから、ゴキ専用のsprayの代わりに、食器用の洗剤をゴキ抹殺用に使用しても良いハズなのだよな??」と思いついて、随分昔から、シンク周りや、食器用のテーブル周りでは、食器用洗剤をゴキ用のsprayとして使っているのだよ。
だから、洗い物を洗わないで、ゴキ専用のbarrierとして使用するのならば、食器に食器用洗剤で水蓋をしておくのが最良であろう・・という事で、そうしていたのだが、流石に昨晩は、疲れ切ってしまっていたので、その一手間が出来なかったのだよな??
•••と言う事で無防備なお弁当の容器には、当然の如くにゴキがやって来ていたよ。
私のpolicyは、ゴキを見掛けたら、100%確実に殺処分するという事なのだ。
勿論、殺処分用のsprayも中性洗剤のsprayそのままなのだがね。
なるほど。一人暮らし中の長女に教えてあげます!
う〜ん?なんと言ったら良いのか?ズボラのお勧めになってしまうので恐縮なのですがね〜ぇ??
コンバットだとまずGを見かけなくなるのだがそれでは駄目ですか?
コンバットやゴキホイホイも平行で使ってはいるのですが、殆ど引っ掛かりません。見つけたら100%確実に殺処分するのが、やはり最大の効果だと思います。
シンクがとても清潔に掃除をされていると、基本的にゴキ君は出ません。でも、本当に、居なくなったのかのcheckは、夜に寝る前に食料がこびり付いた食器を一つだけシンクに残して、深夜、toiletteにでも起きた時に灯りを付けると、ゴキ君が数匹、食器から逃げ出します。と言う事は、人に見えない所で、隠れて頑張って生きているのですよ。それを、2,3日続けても、一匹のゴキ君も見る事がなければ、それは完全に撲滅した・・という事が出来ます。あと、一月は安泰でしょうかね??私の場合には、洗い残しの食器には、洗剤の泡蓋... もっと見る
昔、猫が4匹いた時にはGをまったく見かけずに済んでた、今の子はスズメやネズミ、モグラなどは殺す(食べるのは鳥類だけ)が、虫は気紛れにひっぱたくだけで、、、
猫ちゃんはやはりタイプに寄りますよね?メイクーンのラミちゃんは、100%でした。殆ど動かないのに、ネコバンチでゴキさんも瞬殺していました。
· 返信する · 14週間
先生!キュキュットあとラクミストがすごくいいです!https://www.kao.co.jp/cucute/atoraku-mist/
使った食器を水につけずに汚れたままのところにスプレーします。うちはこどもを寝かせてから食器洗いで、これを使ってみたらすぐ汚れが落ちて気持ちいい!
花王株式会社 | キュキュット | キュキュット あとラクミスト
なんだ・・??市販でも売ってあるんだね??
知らんかった!!
コロナでスーパーに行かないのでね??
多分、テレビのCMで見たような気もするけどね??
いずれにしても、食器用洗剤は、強すぎるので、私は基本薄めてから使用します。
だから、噴霧する時も、2倍濃縮を5倍や、10倍に薄めて使用しています。勿論、通常の普段の使用の時もです。
中性洗剤は、ゴキジェットよりも強力な毒性があるので、私は濃縮typeを10倍に薄めても、霧状では顔が赤く腫れてしまうからです。
だから、空気中には拡散しない泡状typeの噴霧器を探していたのですよ。お風呂やtoilette用には結構あるようなのだけどね??
噴霧する時には、子供達のそばやペットのそばではしないように気を付けてください。
アトラクも、今度、試しに買ってみるとします。
ちなみに、お醤油もお刺身などは、お醤油専用の噴霧器で使用しています。節約では無く、高血圧対策のためです。
9月21日文章が確実に投稿のボタンを押したハズなのに ·
またまたまた、文章が確実に投稿のボタンを押したハズなのに、またまた消えて無くなってしまった!
多分、その二つの文章はnetに反映されるのに時間が掛かっているのだろうが、消えてしまっては、続きを書く事が出来ないので困ってしまうのだよな?
この文章が2時間前にuploadされた文章だと、その前に書いたこめんと••••
書いた以降の文章がuploadされなかったのだが、またまた文章が勝手に消えて行く。
これは気持ちが悪い!!
保存を押すと勝手に文章が消えてしまうのだよ❢
今度は上手くupload出来た。
Facebookやおかしくなったお話しの前に、なんの文章がぶっ飛んだのかなのだが、最後の文章は、Facebookの不具合で文章がupload出来ない事を、書いたのは間違いないのだが、upload出来なかった最初の文章は全く別の文章であって、一昨日から昨日に掛けての体調不良に関しての文章だったハズないのだが、全く思い出せなくなってしまっているのだよ❢
何を悩んでいたのだろうか?
思い出せないのだから、きっと大した事ではないのかな?
しかし、大した事でも思い出せない事もよくあるのだから、それが問題かな?
いずれにしても、Facebookのこの手の不具合は困るので、Facebook以外のsoftを探しているのだがね〜ぇ??
多くの人達に読んで貰おうという切実な願い等は微塵にも持っていないのだから、私の場合には単純に使い手だけなのだからね?
9月22日「今日は中秋の名月で満月だ!」とテレビでは大騒ぎをしているのだが、 ·
「今日は中秋の名月で満月だ!」とテレビでは大騒ぎをしているのだが、実際の最大満月は、今日、9月の21日の火曜日の午前8時55分頃だから、昨晩の深夜に撮った写真の方が本当ならば中秋の名月にふさわしいのだよ。
てな事を偉そうに言っても、所詮は携帯での写真では、何がなんだかか分からないのだが、デジカメと三脚を出してまで、撮影したとしても、これが「今月今夜の月である」とは、誰も分からないだろうし、8年前の写真でも充分なのだよ。月に変わりはないだろさ??さのよいよい!!
とか、憎まれ口を言っているのだけど、実際には叢雲やおぼろ月夜・・どころではなく、雲が厚いので、満月が美しくないのだよな??
お久し振りに椎名町に食事に行ったのだが、散歩に付き合って、12時前にはハイツに戻って来たのだけど、胃の膨満感と消化不良感で、体が発狂しそうにイラついて来た。
•••というか熱中症のような症状で頭が火照って、イライラが止まらないので、coolerで思いっ切り冷やして見たのだが、ますます、イラつきが酷くなって来たので、coolerを切って、全ての窓という窓を全開に開けて、自然の冷気にして、ぬるめのshowerを浴びた。
風呂が溜まるのを待つ時間は無かったので・・ネ?
頭ののぼせは、どうにかshowerで止まった気がする。外の空気も思った程の湿度は無くて、心地良い冷え具合だ。
rehearsal とlessonの全videoを前にCyberlinkで編集したのだが、chapterとTitleを付けるだけのvideoをもう一度編集し直した。
これがpech!の始まりで、4時間掛かっても終わりそうもないので、パソコンを稼働させたまま、食事と散歩に行って、帰ってきたら、未だ稼働中だった。
パソコンが6時間7時間の間死んでいたのだよな??
どっちみち、後はなにもしないで、寝るだけ•••と、決めていたので、少し体調が良くなったtimingで寝てしまった。
パソコンは回しっ放しでネ?
toilet−timeに起き出した時に、パソコンは消せば良いのでネ?
体調不良で、一日中ウダウダしていたのだけど、結果的には、rotation的には仕事もリハビリも上手く行ったのかな??
9月22日彼岸花 ·
今は9月22日の6時55分なのだが、昨夜は部屋を締め切ってcoolerの風で寝たのだが、それではとても息苦しかったので、部屋という部屋の窓を全開にして寝たら、よく眠れた。
良い夢と悪い夢をそれぞれ一個づつ見た。
・・という事で、朝のaround7時に、目が覚めたのだが、練馬区の気温は22°というのに、寒い事!寒い事!
まだ、9月なのだよね〜ぇ??
とても、思えないよな〜ぁ??
と思っていたら、テレビでは、今日の東京の気温は・・というか、練馬区では31°まで上がるそうだ。
暫く振りの真夏日だよな??
それに、明日の木曜日は秋分の日なのだそうな??
彼岸花はあちこちに咲いているので、自然の季節は外れてはいないようなのだが、体感では、残暑なのか、秋の入りなのか、季節が分からんよな??
一日、videoを弄りながら、lessonvideoの編集の作業をした。
もう少し体力があれば、部屋の整理整頓をしたいのだが••••
9月23日の木曜日の午前2時を回った所で、携帯の通知音で目が覚めた。 ·
9月23日の木曜日の午前2時を回った所で、携帯の通知音で目が覚めた。
最初は、「食事に出発する時間なのかな??」と思ってしまったのだが、携帯に表示された時間を見て、「それは有り得ない」と思った。
大体、食事の時間の前ではなく、食事から帰って来て、爆睡していたのだから、食事のために移動するためのalarmという事は有り得ない。
食事をしたばかりで、食事にまた行ったら、まるでAlzheimerだよな??
「何の通知だったのだろう??」と言う事で、携帯の画面を探して見たのだが、携帯の画面上では、Chromeに何かが入っている通知はあったのだが、そのChromeを開いても、何も開かない・・・のだよ。
つまり、着信が何の着信なのかは分からないのだ。
通知は音声で、「時間だよ~!」という通知なのだが、何の通知だったのか、頑張って、探して見ても結局、分からずじまいだった。
結局、携帯でなんで起こされたのかは、分からないままだったのだが、パソコンは、動画のuploadをしたままの状態だったので、取り敢えずは、その作業を終わらせて、次の動画のuploadの作業をした。
私はbedでもう一度眠る予定なのだが、パソコンは今日は徹夜で作業をして貰う予定である。
・・とは言っても、もう既に夜は明けてしまったのだが?
今日は節分、秋分の日です。
今日も32°まで暑くなる予定だそうです。
写真は秋分の日の夜明けの写真です。
いや~、マジに暑くなりそうな夜明けだよな~ぁ??
Schlaf gut!!
Träume süß!!
9月24日web-lesson ·
私が音楽教室を開いてからは※)、生徒が全国的に居たので、video-lessonとかweb-lessonとか、その時代で出来る可能な限りに、生徒達の利便性を考えて創意工夫をして来た。
最初は当時、やっと家庭用のvideo-cameraが出来て、生徒にもvideo-cameraを購入して貰って、video-lessonを始めた。
生徒から送って来たvideoをcheckして、その返事や練習のpointを説明してtapeを送り返して、それが生徒に届くまでに、2週間以上掛かるし、たった30分のlessonをcheckして、pointを撮影するのに、2時間以上も掛かるので、とても大変な負担だった。
全国津々浦々でもlecture-lesson出来るように、電話回線の時代から、netでのlessonも早い時期から試みて来たのだが、基本的に、音楽とwebは相容れないものがある。
その最たる理由がtime lagなのだが、今回のコロナの蔓延によって、web-lessonをする事は、是が非を言えない已むを得ない事になってしまった。
という事で、教室には音声に特化した高性能のwebcameraを配置しているのだけど、今のLogicoolのwebcameraは、普段の会話やテレビ会議には何の問題も無いのだが、オケ練習やpianoやviolinのlessonの時には、音楽が鳴り響いている時には、私の声はcutされてしまって、幾ら怒鳴っても相手側に聞こえないのだよ。
つまり、テレビ会議用なので、相手が喋っている時には、こちらの声は相手には聞こえないようになって、お互いの会話が明瞭になるようになっているのだよ。
だから、lessonの時に、幾ら、演奏を止まるように指示しても延々と弾き続けてしまうので、時折、私がヒスを起こしてしまうのだ。
ふと、思いついたのは、「相手側の音声が自分のMicに入らなければ、演奏中でも自分の声が相手に聴こえるのではないか??」・・という事で、HeadsetMicを探したのだが、私が所有しているHeadsetMicが古い昔のtypeのしか持っていないので、試しに取り急ぎで、安い汎用品のEarphone-Micを注文したのだよ。
そのEarphone-Micが昨日の内に届いたのだけど、昨晩は帰宅が遅くなったので、自宅に戻ってから、せめて解説書だけでも読もうと思ったのだが、いつもの通りに解説の文字が小さ過ぎて読めない。
・・という事で、Lupeを出して来て、それで取説を読もうと試みたのだが、やはり深夜の疲れ目の状態では無理だった。
・・という事で、朝一のvideoの編集の作業が終わって、仕事が一段落してからwireless-stereo-earphones-Micのパソコンへの設定をした。
bluetoothでのパソコンへの設定は問題無く出来たのだが、パソコンのlineに設定する段階になって、相手の映像は問題なく映るのだが、私の映像が相手に映らない・・と言うtroubleで、色々と設定を弄って見たのだが、なかなか改善しなかった。
「ヒョッとして??」と、思い付いて、super-securityを開いて見たら、案の定、lineのcameraがblockされていた。
それならば・・と、言う事でblockを解除して、「さてlineで私の映像が相手に・・」と思ったら、今度はbluetoothがOff状態になって、onの画面が出て来なくなってしまった。
つまり、新しいEarphone-Micだけでなく、今まで使用していた全てのbluetoothの製品が使えなくなってしまったのだよ。
ハテサテ困てしまって、device-managerから、bluetoothのdriveを更新したり、再installしたり、パソコンを再起動したり・・考えられるありとあらゆる方法を試したのだが、全く改善しなかった。
「これ以外にどういう方法があるのか??」と考え倦ねて、netで検索をしてみた。
全く同じような状態になった人が、半年間色々と試みて、半年後になって、試した方法が書いてあって、それは私も思い付かなかったので、早速ためしたのだが、それは・・・shiftを押したままパソコンを閉じて、電源のコンセントを抜いて、暫くしてから、コンセントを戻してパソコンの電源を入れるという極めて原始的な方法だ。
これはテレビがうんともすんとも反応しなくなった時に、何度かやった事のある方法なので、テレビのmonitorでは私もやった事がある方法なのだが、パソコンでは初めての事なのだが、「一つ、試して見るか??」と言う事で、試したら、なんとbluetoothが何もしなくても復活していたよ。
それに、lineのテレビ電話も、問題無く相手に私の顔が映るそうなのだよ。
一体、何が悪かったのだ??
いや~ぁ??・・パソコンは理解不能だ!!
3,4時間も遊んでしまった。
そういった苦労も、世界standardの5Gになれば、全ての問題はなくなるのだが、日本のDigitalの遅れは取り繕い難い物がある。
※)私が音楽教室を開いたのは、大学の講師を退職して、40歳近くになった頃の話なのだ。
今日は、久し振りのオケ練習だったので、早速、初使用をしてcheckしてみたのですが、確かに、演奏中でもこちらの声が再生されるのはとても良いのですが、Micの感度が良すぎて、私の声よりも周りのnoiseの方が、より再生されるので、静かな場所でないと無理だという事が分かりました。とは言っても、Logicoolのwebcameraも同じなので、それが普通なのかもね??
だから、問題は使用時間がfull充電で4時間と短い事でした。オケ練習では日曜日一日では、最低でも6,7時間は私も参加するので、今日も途中からEarphone-Micを外さなければならなくなった事です。
earphone自体を私はあまり使わないので、inner-typeのEarphone-Micを長時間使うと三半規管が酸欠を起こすような気がして来ました。時折、空気を入れないと辛いのですが、それはearphonesに慣れている若者たちには無縁のお話ですかね??
9月25日何度もFacebookにuploadしても ·
今日は9月25日の土曜日のお昼の2時を過ぎた所です。
昨夜から天気が崩れて、雨が降ったり、超、寒くなったりして、部屋の温度管理が出来なくなってしまって、私の鬱が再発してしまいました。(・・と書いたハズなのですが、保存を押して、その後、開いたら、書いたハズの文章が全部ぶっ飛んでしまっていて、元に戻ってしまっていました。
まあ、いつもいつも、Facebookは不安定な事なのですよね??)
ハイツの窓からは雨が降っているような、降っていないような、何とも陰鬱な空模様なのですが、それにも増して、私の気分も朝から欝が酷いのです。
陰鬱な空の写真をuploadしたのですが、何度もuploadしてもFacebookに反映されません。
「netの状態が良くないのかな?」という事で、○が完結するのを待って見たのですが、幾ら待っても完結しません。
という事で、諦めて、携帯を再起動させました。
携帯が復帰すると同時に、それまでに何度も送り直して、溜まっていた写真が幾つも上書きされてしまいました。
別の Pageに写真だけを送ったのもupされてしまったので、頑張ってその Pageを削除しました。
携帯が色々とbugっていたのだよな〜ぁ??
それから、普段の仕事をしようと試みたのですが、何をしてもmissを連発して仕事になりません。部屋の温度管理も出来ないので、部屋が湿気っぽくなるのは諦めて、窓を全開にして外の空気を部屋に取り込みながら、bedで寝てしまいました。欝の対策で仕事に没頭出来ない時には、次には寝る事なのでね??
余りにも鬱が酷いので、今日は斉藤先生が食事の時間を7時に早くしてくれて、鬱menuという事で、皿うどんにしてくれた。
・・「なんで「皿うどん」が、鬱menuか?」というと、普段はdiet-menuなので、ちゃんぽんや皿うどんは、食べれないからなのです。
皿うどんは乾麺のひと皿を食べ終わって、超、寒い中を半袖の真夏の格好のままに、ドルプリのお散歩にも付き合って、それからゆっくりとハイツに戻る準備をして、合いのパーカーを着て、Bikeでハイツに戻ったのだけど、それでも9時前にはハイツに戻る事が出来たのです。7時からなので、2時間の行程なのだよな??
それから仕事modeに入ろうと思ったのだけど、やはり今日は、欝が酷くて、それどころではないようなので、諦めて寝る事にしました。
ハイツに戻って、改めて、部屋の様子を見ると、やはり欝になる事が分かるように、部屋の中が雑然としていて、落ち着かないようです。
ヨージーの法則の中の「部屋の乱れは心の乱れ」の法則通りに、鬱が酷くなった分、部屋も雑然としています。
体調が良ければ、少しでも整理整頓をしたのにね・・??
それとも体調が悪いから、部屋が雑然として来たのか??
今は部屋の乱れは見ないで、手に触れる所だけを片付けて、取り敢えずは、寝る事に専念して、bedに行くための準備をします。
テレビはつけっ放しで、爆睡したのだけど、toilette-timeで起き出した時には、なんと、未だ1時だったのですよ。
部屋の空気が籠もって来たので、窓を全開に開けて、部屋の空気を入れ替えたのだけど、まあ、外の空気の寒い事!!
まるで冬のど真ん中のようです。
未だ、9月なのだよな??12時を過ぎたので、26日にはなったのだけど、未だ9月は残っているのだよな?
練馬区の公式では今の深夜の1時は21°、これから温度は下がり続けて、朝には18度まで下がる予定なのだそうな??
マジに気温の急変には体が付いて行かないよな??
これは私が体調不良だから・・という分けではなく、一般の人達の中でも、結構多くの人達がこの天候の落差で苦しんでいるのではないのかな??
それとも、やはり体調管理の出来ない私だけの話なのかな??
先生
気圧変動は即体調変化に直結しますので台風月は本当に体調維持が大変です!
体調不良が続いていたので、私だけだと思っていたら、テレビで一般の人達も体調不良になっていると聞いたので・・、少し安心しました。中野先生もお体にお気をつけてください
9月26日未だ9月なのに暖房を入れたのだ ·
9月26日の日曜日で、オケ練習の日なのですが、まあ、寒い事!
Teleworkのweb-lessonを1時過ぎからやったのですが、部屋の空気が澱んでいるので、空気を循環させるために、ベランダとflooringの部屋の窓を開けて、lessonをしていたのだけど、超、冷えてしまって、頭痛がして来たので、慌てて風呂にお湯を張って体を温めてlessonの続きをしました。
風邪薬でも早めに飲むか??
16°ぐらいに感じたのだけど、練馬区の温度はそれでも20°はあったのだよな??
体が順応しないのだよな??
その後、深夜の3時過ぎには17°まで下がってしまいました。体感温度では16°だそうです。
諦めて、今年初の暖房を入れたのだけど、それでも寒いのよいよいよいのよいよいよい!!
真夏用の羽毛布団では流石に寒いので、合いの羽毛布団を重ね着しました。重ね着した羽毛布団は寒くなった時の為に、出しっぱなしになっていたので、ホコリ臭くて、困ってしまいました。
今日はレイコップでもするか?
でもまぁだ、9月なのだよね〜ぇ??
9月に暖房なんて、考えられない事だよな〜ぁ?
9月27日危うく予定をすっぽかす所だった·
この所の日曜日は、体調的には、いつもの事なのですが、夕方の室内楽のlessonが終わった辺りから、体力が切れてしまって、超、バテて眠りコケてしまい、食事とドルプリっ歩をすっぽかして、爆睡してしまいました。(私に取っては、爆睡出来ると言う事は、非常に嬉しい事なのですが・・ね??)
多分、11時頃には眠ったと思ったのだけど、深夜の1時半過ぎになって、長いone‐coolから、やっと、bedから起き出す事が出来たのですが、toiletteから戻って、bedに座ったままで、常夜燈の薄暗い灯りの下で、暫し、なにか、とても大切な事を失念したような気に陥って、ぼんやりしながら、「俺は人生で大切な事を置き去りにしたままで、ここにいるのか??」と、悩んでいたのですが、ふと思い付いて携帯のcalendarを見ると、なんと今日はひかりヶ丘の糖尿病外来の予約の日だったのですよ。
人生の重大な失念した事は、なんとひかりヶ丘の外来だったのだ。なんだ??つまらん!!
しかし、危うくすっぽかす所だった。
Googleのcalendarには、一日、二日前には通知をするように設定していたハズなのだけど、何の通知も無かったのだよな??
設定ミスなのかな??
慌てて、bedから起き出して、未だ、12時間以上もあるのだが、時間の直前になって、準備が出来るかどうか分からんので、出来る時に・・という事で、病院行きの準備を始めたのだけど、やっぱり、全く体が動かなかったのだよな。
なんだろね??
このテイタラクは・・??
暫し、頑張って見たのだが、体調不良は如何せん、どうしようもないので、病院行きの準備をする事は諦めて、bedに戻って寝た。
次のone‐coolのtoilette-timeになって、起き出して、再び準備を開始してみたのだが、しかし、なかなか準備が出来ないのだよ。
体が、思うように心に付いて行かないのだよな??
朝の4時過ぎには、練馬区の気温は17°で、体感的には16°なのだそうだ。超、寒いよな??
居間のエアコンを暖房にしてみたのだが、空気が違うので、直ぐに消してしまった。
仕方がないので、寝室と食堂のコンビニ除湿機を同時に稼働させて、部屋の温度を温めている。
今日は体中にあせもが出来てきたのでね??
部屋の温度を下げないで、除湿をしたいのでね??
9月28日時間は二度と戻っては来ない❢ ·
Die Zeit wird nie wiederkommen
9月29日整理整頓のpointは簡単に探し出せる事である。 ·
今日は9月の29日の朝の4時半を過ぎた所だ。
「9月は30日までしか無い。」・・と言う事は明日は晦日なのだ。
斉藤先生から前々回のオケ練習の時に、私が話しをしていた「VivaldiのStravaganza、G DurのOp.ⅣNr.12のⅡ、Ⅲ楽章の構造分析をしたhomepageが見つからないので、urlを教えて」というmailが入って来たので、私も早速、パソコンの中のhomepageのPage一覧表から探して見たのだけど、結局、探し出す事が出来なかった。
整理整頓のpointは、美しく綺麗に『仕舞う事』では無く、如何に簡単に誰でも『探し出す事』が出来るのか•••である。
幾ら、整理整頓が上手くても、二度と出て来ないようでは、主客転倒も甚だしい。整理整頓は見た目が良くても、二度と出て来ないようでは、整理整頓とは言えないのだよ。
私が物を無くす場合を考えて見ると、勿論、「椎名町のblack holeに持って行って物を無くす」以外で、物が出て来なくなる理由なのだが、・・・ハイツの自宅の部屋の中で無くす場合に限った話なのだが、その殆どが、仕舞う場所を変えた後で、どこに変えたのかを思い出せない場合である。
後は、『所定の位置に仕舞わなかった』という単純な初歩的なミスの場合が殆どなのだ。
今回の作ったハズのhomepageが見つからない・・という『mistake』の原因は二つあって、その一つはhomepage上での、Titleの付け方のruleを守らなかった事がその一つである。
本来の作業の場合には、もしも、Titleのpatternのruleが思い出せなかった場合には、以前のhomepageの似たような同種のaddressを探して出して、確認すれば良かったのだが、時間が足りなくなってしまって、その単純作業をサボってしまった(端折ってしまった)のが、その最大の理由である。
もう一つはの原因は、homepageを新しく作った場合には、そのhomepageを探し出すためのindexとなる場所を決めておく必要があるのだ。
私は、そのindexのPageを『芦塚先生のお部屋index』というPageにしている。
全てのPageが、そのindexのPageに掲載されているので、indexのPageが膨大に成り過ぎているので、内容の所属するthema別に所属する場所を決めて放り込んでいるのだが、その所定の位置にも見つからなかった・・という事なのだ。
そうなると、私の蔵書同様に、次の機会に偶然何らかのご縁があって出会うまでは、探すだけ無駄なのだよ。
偶然、出会った時に、所定の位置にお戻り願う事になるのだよ。
・・・と言う事で、問題の「Op.Ⅳ Nr.12G Dur Stravaganza」のPageは単語登録もしていなかったし、indexにも掲載されていなかったので、諦めて、昨夜から、新しくhomepageを作り始めたのだよ。
確かに解説の時に書いたであろう分析用の譜面の断片や、所謂、fragmentは見つかったので、どういう内容でapproachをしたのかは、分かるのだが・・・如何せん・・探し様が無いのでね??
このVivaldiのOp.Ⅳ Nr.12 G Dur Stravaganzaのfinaleの譜面は、白抜きのscoreと、continuoのpart、所謂、soliのgroupのscoreの二つのtemplateを同時に作成していた。
私の創作法も同じなのだが、先ずは、Vivaldiのscoreから全体の小節数と楽器を出して、finale上にtemplateを作るのだよ。
そこに問題の箇所や、指導上に必要な箇所の音符を入力して行く。
発表会直前になると、scoreの大半は出来上がっているのだよ。
つまり、score製作のための時間は必要無いのだ。
「一般的な場合との違いが分からない??」って・・??
一般的な場合には、抜き出し等で必要な部分練習の箇所はその都度作成するので、scoreを全体を作成する時もscore作成として作る分けなので、それまでに書き溜めた反故が活かされる事はない。もしも、反故を有効活用したとしても、それはそのimageを貰うだけで、コピペする分けでもない。
大元になる原稿が二つ在ると、そのどちらをcopyしたとしても元dataのlayoutは破壊される。だから、コピペしないで、一々入力をし直すのだけど、コピペも部分だけ入力をするのであれば全体のlayoutは破壊されないのだよ。
だから、変更箇所だけをcopyすれば、全体のlayoutが壊れる事はないので、いつでもcopyをする事は可能なのだけど、その一手間を惜しんで、多くの時間を無駄に費やしている人達の多い事・・、日本人の悪い癖なのだよな~ぁ??
儒教の「寸暇を惜しんではならない」という教えに忠実なのだよ。
・・・あたしゃ、根っからの怠け者なので、努力とか勤勉とかいう言葉が大嫌いなのでね??
それにしても、近頃思う事は、『勤勉な人達程、怠け者だよな~ぁ??』・・という事なのだが・・・
なに??意味が分からない??って・・??
それは簡単な事だよ!!
勤勉な人達は同じ事の繰り返しには膨大な時間を平気で使えるのだが、創意工夫となると、何一つやろうとはしないのだよ。
考える事に対して、極端に怠け者なのだよな??
9月29日体調が悪くなると、新鮮な海鮮でも気分が悪くなる事がある ·
一昨日の夕方は、お弁当で持ち帰って来たカニの味噌汁を食べていたら、気分が悪くなってしまった。
勿論、カニが傷んでいての食あたりではなく、単なる体調不良なのだ。甲殻類や卵系の食あたりは、結構危険なので、匂い等には気をつけているからだ。
体調が悪くなると、海鮮・・、つまり刺身等の生モノでもムカついてしまうのだよ。
カニは茹でてあるので、大丈夫と思ったのだが、やっぱり無理だったのだよな??
・・と言う事で、安全策を取って、今日の夜食は極端に胃に優しいものにして貰った。
5分粥とか野菜を中心としたsoupのようなものとか・・のmenuである。
写真は持ち帰り用のトロロとお芋のお味噌汁なのだが、うっかりすると間違いそうだよな??
9月30日体調不良なのだが、検査dataが ·
過日の糖尿病外来の前は、天候不順もあって、最悪に体調不良で食欲も不振で、食べれるものが無かったので、甘い物を食べ過ぎていたので、「血糖値や尿酸値で病院の先生に怒られるのでは?」・・と思って戦々恐々として病院の検査に出掛けたのだけど、造影剤に拠る腎機能の衰えも含めて、検査の結果は良好で、褒められてしまった。
理解不能だ。
ひかりヶ丘の外来以来のその後も、体調不良が続いて、椎名町に食事に行く事さえも出来ず、一日中寝込んでいて、お弁当も無くなって、非常食も食べ尽くして、食べる材料が全く無かったので、1食分の食料を一日掛けて食べる・・という飢餓状態の毎日だったので、逆に体重が増加して来て、今朝の体重はこの4,5年間で、いやさ、過去10年間で最高の体重になってしまった。
病院の先生の言う所の「食わなきゃ痩せる」は、今まで成り立った事が一度も無いのだよ。
理解不能だ。
どう体重をcontrolすればよいのだよ??
昨晩は、お久しぶりに椎名町に食事に行ったのだが、ハイツに戻って来てから、頻眠になってしまって、何度眠っても疲れが抜けなくて困ってしまった。
早朝に起き出して、持ち帰って来たお弁当の一部を食べながら眠ってしまったので、またbedに戻って、次には起き出してvideoの映画を見ながら、同じ場所を3回も繰り返して見たのだけど、やっぱりそこの箇所になると眠ってしまっているのだよな??
4回目か5回目になって、やっとその箇所をしっかりと見る事が出来たのだけど、やっぱり、取って付けたようなstoryで、納得が行かなくって、頭に入らない理由が良く理解出来ただけだった。
と言う事で、またまた頻眠の寝直しで、今度は、お昼の12時近くまで眠ったのだけど、やっぱり疲れが取れていないのだよな??
ユンケルでも飲むか??
何とか、仕事modeに入ろうと思ったのだが、やっぱり疲れが取れないので仕事にならないので、結局諦めてしまった。
まあ、そういう事もあるよな~ぁ??人生、諦めが肝心よ!!
9月30日鬱というよりも体調不良なのですが·
今日は9月の30日の木曜日のお昼の1時過ぎです。
いよいよ、明日からは10月で本格的な秋に入ります。
・・・とは言っても、今の練馬区の気温は28.5°で、体感的には30°だそうです。
しかも、雨が降ったりやんだりのグズついたどんよりしたうっとおしいお天気なのです。
今日は朝から延々と寝たり起きたりを繰り返えしているのだけど、よくよく考えて見ると、鬱と言うよりは、寧ろ体調不良なのですよね〜ぇ??
だから、仕事をしようと思っても、体が付いて行かないのだよな?
今日の夜は台風性の雨が降り始めるし、体調不良も酷いので、食事を早めにして貰う事にして、8時前には椎名町に到着するようにハイツを出たのだけど、ハイツを出たら、雨が少し降っていたので、食事よりもドルプリっ歩を先にする事にしました。
何とか、雨が降り始める前にはドルプリのお散歩は終わったのだけど、食事をする気にならなくて、体調が戻らなくて困っていたのだが、台風が近づいているので、気圧が乱れていて、湿度も高く、空気が思いので、仕方が無いのだ・・と言う事で、諦めていたけれど、ハイツに戻る直前になって、実際に大雨が降り始めたら、少し気圧が安定して来たので、体調は少し良くなったのだ。
それにしても、体調も・・だが、それよりも切実なのは体重の増加がなかなか止まらないのだよ。
食料品が全く無かったので、食べる量では無く、この所、延々と寝込んでいるので、水を飲んでも太るのだよ。
体が少し動くようになると、元の体重に戻るとは思うのだけどね??
写真は、椎名町のゴーヤです。もうそろそろ最後だとは思うのだけどね〜ぇ??
10月4日日本の音楽教育では ·
昔々の話にはなってしまうのだが、未だLaserDiscの時代に、Samson Françoisの演奏のLaserDiscを買ったのだが、DebussyのSuite bergamasqueのpassepiedを演奏している風景で、酒場の中でFrançoisがpianoを演奏しているsceneがあって、exoticでennuiな雰囲気で、とても素敵だった。
時折、You Tube等では、そんな映画仕立ての演奏を見る事があるのだが、音楽の微妙なnuances、(日本語ならば機微とでも言うのだろうか)が良く表現されていて好感を抱く事も多い。
Shostakovich - The Second Waltz
https://www.youtube.com/watch?v=IOK8Jb76ibc
男と女の感情の機微が良く表現されていて、まるで映画を見ているようだ?? ・・・ん??映画かな??
日本社会のClassic音楽界では、音楽の関わり方と音楽の学び方が両極端になっていて、お互いが欠損した不完全な状態になっている。
これは、日本の音楽を取り巻く社会には、基本的にClassicの音楽が根付いていない事を意味するのだ。
不思議な事に未だに、音楽の教育界では、ロマン派の作曲家の作品を学ぶ時ですら・・、「体を揺らしてはいけない」と学び、直立不動で、石部金吉のように演奏するのが一般的なのだ。
音楽技術を習得する以前の生徒が、音楽表現をするのはおこがましいとどこかの某国立音楽大学の教授が宣ったそうな??
日本の教育界を支配するのは、未だに数千年も前のお隣の中国の思想である儒教の考え方であって、「勉強は机の上でするものだ。」と、普段の日常の生活の中で勉強をする事を忌み嫌う旧態然とした、学校の先生のようでもある。
(これも、勉強とは姿勢を正して机に向かってするのが勉強であり、畳に寝転がって、読むのは正しい学習ではないのだそうな??)
確かに、Classic音楽の世界にもTPOはある。
コンサート・ホールのような舞台では、PiassollaのLibertangoのような曲や、Montiのcsárdásのような曲を演奏する時には、それなりの舞台上での演出が必要ではある。
また、同種の曲を演奏する時には、コンサート用の衣装では、演奏のimage、所謂、TPOが少し違って来る。
コンサート・ホールでClassic音楽をGパンで演奏しようと、私自身は一向に構わないのだが、知っていて、それをやるのと、知らないで、そういった格好で演奏するのでは意味が全く違うのだよ。
だから、音楽の教育者としては発表会では舞台mannersを指導しているのだよ。
Classic界で演奏活動をするようになったとしても、そこで困らないように・・という意味なのだ。
そもそもEuropaの社会では、大人と子供の世界は完全に分離されている。
だから、Restaurantは、大人の行く所であって、子供を同伴出来る事は有り得ない事だし、例え大人が同伴したとしても、コンサート・ホールに小、中学生が来る事は有り得ないのだよ。
だから、八千代のコンサートのように、子供や赤ちゃん同伴での演奏会等というのは、(今では何処のオケも、日曜日には音楽教室として子供同伴の演奏会を開いているようなのだが・・)当時としては、有り得ない事だったのだよ。
その後、都響が母親と子供達の日曜コンサートを初めて、それから色々なorchestraでもそういった企画をするようになったのだがね??
八千代は市の主催だから、当然の企画なのだけど、それでも、夜の部では、子供達の同伴は禁止だったのだよ。
市の主催なので、夜の部は、大人と言うよりも、私と同世代の老人の部だったので、思いっ切り鬱々のコンサートにしたよ。
ウダウダと愚痴を言っているようなのだが、You TubeでMontiのcsárdásを聴いていて、大半の音大生のような若い子の演奏が、折角の演奏場所がsalonのような素敵な場所で演奏しているのに、石部金吉のように、不動で、揺らしも色気も無く、無味乾燥に演奏しているのだから・・・なのだが、そこは流石にClassicの演奏家としての名前を売っていても、popular音楽に手を出している人達の演奏は、音大生や音大卒業生達よりは、少しはマシである。
流石にcsárdásともなると、popularの人達の方が上手である。。
You Tubeでは美しい少女が森の中でcsárdásを弾いているのもあったけれど、映画仕立てではあるけれども、森・・じゃあ、無いよなぁ??やっぱり場所が違うよな??
明日・・というか今日は発表会だ。起きて準備をしなければ・・・
10月5日空気が爽やかで ·
台風の前には、余りにも寒くて、エアコンの暖房を入れた事もありましたが、台風一過、一日だけ夜に雨が降った事がありましたが、爽やかな日々が続いていて、この所、部屋全体の窓という窓を全開にしています。
部屋の中の澱んだ空気や、エアコン等で作られた空気ではなくて、自然の風を満喫出来るので、夜の睡眠も、この所の秋の気候はとても良好で、喜ばしい事なのですよ。
私にとっては実に稀な嬉しい事なのですがね〜ぇ??
10月6日『芦塚音楽研究所の歩み』 ·
『一般の人達に、教室の普通の教室には無い・・特異性、独自性の説明をする時や、芦塚先生と教室の関わり等を詳しく説明しようとする時に、正確な日時のdataや教室の歩み的なdataが無いので困ってしまう』・・・という事を再三再四言われていたのだが、「教室の社史を作る」と言う事で、私の個人的なLebenslauf、所謂、私の個人史から教室の部分だけを独立させて、社史ならなぬ教室史をExcel で作り始めました。
(まあ、新しいExcel の使い難い事、単にDesktopの画面にdirectで開くように設定が出来ないのだよな。保存の仕方も分からない。以前のExcel ならば、普通に出来ていた事が、今は、四苦八苦しても、出来ないのだよな???・・・まあ、それは良しとして・・・)
私自身が子供達へ音楽を指導して来た・・という事では、本当は、音楽大学時代に生活のために受験生達を指導して来た頃からが本当の生徒への指導の初めになるので、実際には、音楽大学に入学した1965年(昭和40年)からなので、かれこれ、56年になるのだよな。
音楽大学の受験生というのは、音楽教育でも特殊な分野になるので、私が子供達を指導し始めた・・・という事では、私が教育関係の大学で講師としての教鞭を取っていた頃に、公開した教育論文を見た当時の文部省の関係の仕事をしていた高校時代の知り合いが、私の教育理念に甚く感動して、『その教育理論を論文としての「机上の空論として」ではなく、実際に、実証して欲しい』という事で、大阪で立ち上げた「会社法人芦塚methode研究会」のmethodeの研究と実践の場として、花園に1983年の7月頃に千葉の花見川区花園に芦塚音楽研究室千葉市花園教室を開設した時からの話になる。
Münchenに留学していた期間を除いても、半世紀は、高校生や子供達と関わって来たのだよな??
千葉市の花見川区花園と検見川に教室を構えてからも、既に38年にもなります。
勿論、当時は、教室を、音楽教室として立ち上げた分けでは無いので、最初の数名の生徒の保護者の人達に、教室の方針や建前をしっかりと説明して、最初に賛同をして頂いたその数名の保護者の方達が、新しく教室に入会を希望する生徒達の保護者の人達に、教室の有り様や方針を詳しく説明して、教室の実証実験の意図に賛同を頂いた人達だけを入会させたので、一切、音楽教室としての宣伝の類はしなかったのだが、2,3年を経ずして、教室は飽和状態で教室に入会するのに、2、3年待ちの状態になってしまった。
大阪で立ち上げた「芦塚methode研究会」の実証実験は、5年程度で終わったので、その時点で、持ち出しの多い、経営としては成り立たない音楽教室等は、私自身としては閉鎖しても良かったのだけど、その間に教室で育って来た生徒達が、『自分達が学んで来た理論で活動出来る場が欲しい』という事で、教室を弟子達が職場としての活動の場に出来るように、芦塚音楽研究室を、1990年(平成2年)の11月2日に、㈲芦塚音楽研究所として法務局に会社組織として登録して、東京の江古田に本部を置いて、千葉の花園教室と検見川教室で生徒達の指導や、演奏活動を開始した。
当然、㈲芦塚音楽研究所としての研究としては、先生達の演奏活動や、音楽教育等で、教室から、多くの音楽家を輩出して来たのですが、残念ながら、教室の肩書きが芦塚音楽研究室から、芦塚音楽研究所に変わってからは、世間一般からは、単なる音楽教室として捉えられるようになって来て、芦塚音楽研究所としての、methodeや、これまでの生徒達の教育の成果が認められる事は無くなってしまいました。
何故ならば、こう言った類のinstituteというのは、本来は国家が経営するものであって、DeutschやItaliaの国の単位で、それぞれの国に一校ぐらいが存在するだけであって、個人の音楽教室でそれを賄っている・・という事は世界的に見ても絶対に有り得ない・・存在しない事だからなのです。
一般の人達は、一般的に存在しないものは、見ても、聴いても、触れても、それを理解する事も出来ないし、信じる事も出来ないのです。
ましてや、Italiaやドイツにそう言った研究所がある・・という事を知っている人達は、一般の人達は当然なのですが、日本人の場合には音楽家でさえも知らないのではないでしょうかね??
若し、日本でそれがあったとしたら、多分、国立日本古典音楽研究所という事になるのかな??
日本には能や狂言、歌舞伎の大学はあるのかな??
と言う事で、有り得ない事は理解して貰え無い・・という事で、『芦塚音楽教室』という名称では、世間一般には、「巷の音楽教室」としてしか、理解しては貰えない・・のです。
それが分からないという前提ならば、鈴木やヤマハのような大手企業の経営する音楽教室の方が良いに決まっているからね~ぇ??
音楽教室には二つのtypeがあります。
その一つは、個人の音楽教室や大きな音楽教室を含めて、先生達は音大の卒業生で、その音大のlevelで子供達を指導する音楽教室です。
保護者の人達は先生がどの音大を卒業しているのか・・で、その先生のlevelを判断し、その音楽教室に入会するか否かを決めます。
勿論、そういった音楽教室からは、音大に進学するような生徒が育つ事はありませんし、ましてやproが育つ事は絶対に有り得ない事なのです。
と言う事なので、「音大に進みたかったら音大の先生に師事しないと・・」と言う事になってしまいます。
全国の殆どの音楽教室はそういった教室に該当します。当然、ヤマハ等も音大進学の人達は先生やcurriculumも別にgroup分けをします。(東京や大都市圏ではね??地方はそういった指導の出来る先生はいないので、東京の先生に通う事になります。当たり前の話ですがね??)
基本的には音楽大学の教科の中では、子供達への音楽の指導法をlessonする事はありません。
どこかの有名大学では、付属の音楽教室に来ている生徒達をsampleとして、大学の先生が、学生の子供を指導をするlectureをする大学もあるようなのですが、そもそも音楽大学の付属の音楽教室に来ているような生徒達は、一般の子供達ではありません。教授達や先生達がどんなに厳しく指導しても、子供も保護者も涙を流しながらでも先生に必死に付いて行く、極めて特別な生徒達なのです。
また、音大生もそのようなSparta教育の中で育って来た生徒達の成れの果てなので、そう言った教育に何の疑問も持つ事はありません。
先生が厳しく当たれば、より厳しい程、より高度な技術を指導してくれる良い先生、権威のある先生という事になってしまいます。
有名な塾と同じで、生徒達を落ちこぼせば、落ちこぼす程、より優秀な先生になるし、優秀な塾になるのですよ。
あの教室は少数精鋭なのだ・・とね??
片っ端から生徒達がやめてしまっては、それでは一般の音楽教室ではたまったものではありません。
「それでは、子供達の教育は出来ない」と言う事で、大手の企業では何処の音楽大学の学生か??という大学のlevelを全く信じなくて、会社の音楽教室で先生を雇う条件として、自社で音楽教育をし直して、試験をする事で、先生のgradeの評価をします。
音大生達が卒業年次が近付いたら、必死で勉強し直すgrade試験なのです。
でも、それは入社とは無関係の資格試験に過ぎません。
それぞれの企業がそれぞれのgradeを出しています。
ヤマハやカワイ、ビクター等の企業や、violinの鈴木methodeのgrade試験になります。
音楽教室に就職する事に関しては、世間一般も・・・、否、音大生ですら勘違いをしている事があります。
それは、ヤマハやカワイ等の音楽教室の先生は、契約社員に過ぎない・・という事です。
ヤマハやカワイでは、お店で楽譜や楽器を売っている売り子さん達は正社員なのです。しかし、ピアノやviolinを教えている先生は、非正規雇用の日雇いに過ぎないのです。
つまり、就職という概念は音楽教室の指導の先生達には本来的には無いのですよ。
当然、音楽教室の先生達は自営業になるのです。決してヤマハの社員では無いのですよ。アハッ!
ここまで無知だと、筆舌に・・
これは一般的な音楽教室の話しなのですが、音楽教室の中には、非常に数は少ないのですが、独自のmethodeを持ってそれを学んだ先生だけが指導出来る音楽教室があります。
皆様方がよく知っている例では、violinの鈴木methodの教室がそれに該当しますよね?
•••こう言ったお話は、本当はhomepageにかなり詳しく書いてあるのですが、先生達がそのhomepageを探し出す事が出来ないらしいので・・面倒くさいのですが、繰り返し書いています。
それぞれの教室で、独自のmethodを持って先生達を指導してから、生徒指導にあたる教室は、数は少ないのですが、あるにはありますが、私達の教室は、そういった教室とも、また、一線を画しているのですよ。
「では、どのように?」という事なのですが、その違いは、余りにも大き過ぎて、説明に窮してしまいます。
教室の形態だけではなく、指導の内容や方針にしても、何を説明しても、反対の意味に取られてしまうからなのです。
例えば、昔々から「好きこそものの上手なり」という諺があって、教室の方針として、「子供を音楽を好きにさせる」という方針があるのですが、そうすると、「子供に諂って、子供の好きな曲だけを指導する」とかなってしまいます。
面接に来た音大生が「音楽は楽しいものではありません❢辛く厳しい練習に耐えて、得れるものなのです」と、私にまことしやかに説教をして来るぐらいなのですからね?
音楽の社会の中で、その厳しい修練に耐えた者だけが得る事が出来るstatus・・それが音楽大学の学生であり、音楽のprofessionalなのだ・・という事です。
そういった意識を持つ人達に、「音楽の楽しさ、素晴らしさを子供達に教えてください。」と言ったら、子供達に妥協して、子供達が喜ぶ、アニメの曲のような物だけを指導しろ・・と言っているようにしか、受け取らないのですよ。
音楽を聴いて、涙を流した事は無いのだよな??
少なくともClassicの音楽では・・・ね??
教室の歩みを知る上で、それぞれの年の発表会の演奏を聴く事が教室の歩みを理解する一番の方法なのだけど、You Tube上に生徒達の演奏をuploadするようになったのは、2011年以降の事で、それ以前には、You Tubeを使って教室の活動の報告をする事は無かったのですよ。というか、You Tubeが日本に入って来たのは、2007年の事なのだそうですがね?
4年後には、uploadしているので、結構早い導入だと思っているのですがね??
当然、最初の教室の演奏のuploadは、先生達の演奏活動の報告と、将来、proになるために努力をしている人達を限定してuploadしていました。
proになるためには、その人の音楽履歴がとても大切になります。
音楽履歴と言うと、concours歴や卒業大学の履歴と勘違いをしている音楽家が多いのですが、proとして、Agentを訪問すると、紙のdataは突っ返されてしまいます。
当たり前の話で、音楽家なのだから音楽歴は音楽だけなのですからね??
私もAgent回りをしていた時代には、私の作品を3分程度に纏めて持って行って、Agentに渡したら、Agentの人が感激していました。
訪ねて来る音楽家達が皆、紙のdataを持って来たから、即、追い返していたそうなので、最初から音のdataを持って来たのは私が初めてなのだそうです。
そこいらも、Genzmer教授からの厳しい躾なのですよ。アハッ!
子供の時からの演奏は、未だvideoも無かった、cassettetapeすら無かった時代ででも、有名な演奏家達は全て、子供時代の演奏のdocumentを持っています。
You Tubeでも超有名な演奏家達の子供時代の演奏を聴く事が出来るのですよ。
proの演奏家になりたければ、そう言った姿勢が必要なのです。
その人のその演奏が、フアンを獲得する手段にもなるし、その人達の将来を決定する歩みともなるからなのです。
これまでは、2011年以前の子供達の演奏は膨大になるので、省いていたのですが、教室史を作るにあたって、必要性を感じて、新たにuploadする事にしました。
文章を反故のたたき台の状態なので、非公開で、推敲が出来るように、斉藤先生だけが見れる限定公開にしたのだが、一般の人達も見れているのかな??
公開設定していない文章にどうして??閲覧出来るのかな??不思議だ??
内容がとてもすばらしいにで、是非教室の保護者の皆様に読んでいただきたいのですが、もう少し一般向けの表現に書き換えた方が良さそうなところもありますよね。ネットでホームページ公開等もそうですが、次回発表会でロビーに置いたり、体験レッスンに来た人に渡したり出きるように、紙状態でも冊子にしておきたいです。発表会が終わったらとりかかります
発表会当日直前の深夜です。何をやっているのかね??文章を公開に設定しました。アハッ!
10月9日明日は発表会だ ·
なんと、明日の日曜日、10月の10日は千葉教室の発表会です。
・・・という事で、私は朝の5時半には起き出して、出発の準備をしなければなりません。
今は、もうすぐ明日になります。
photoshopelementsなのですが、かれこれ20年年近く使っているのですが、たかだか二枚の写真を一枚にするという簡単な作業なのですが、なにも考えないでも、意図も簡単に出来る時と、一週間近く格闘しても、全く出来無い時があるのですよ?
流れから言うと、新規作成で白紙のPageを作って、そこに写真を二枚貼り付けるだけなのですが、たったそれだけの事が出来ないのですよ。
毎回、表示される初期画面が違っているのですが、理解不能です。
多分、全く私とは相性が悪いのだと思っているのですが、elementsに代わる簡単に使えるsoftが見つからない•••というか、探していないのだよな?
同様の映像のsoftであるCyberlinkのpowerdirecterや、homepagebuilder等は、確実に慣れて来るに従って、mistakeも少なくなるし、finaleも要領を覚えて来て、結構人よりも早く打てるようになっているのだけど、このphotoshopelementだけは、慣れるという事が無いようなのだよな??この間は自動でpanorama写真を作る方法を見つけて、感激していたのだけど、今回はそれすら出て来ないのだよな??
余っ程、相性が悪いのだよな??
発表会の前日というか、もう当日の深夜に何をやっているのかね??
早朝の5時だ!! 起きる時間が心配になって起き出してしまった。
でも、とは言っても、もう、そろそろ、起きる時間だ!
それにしても、寒い!
布団の追加が欲しい所だ❢
体重の増加が止まらない!!
この2、3年で最高のstress太りだよな??
困った!
でも、血圧は正常なのだけどな??
発表会が終わった途端に痩せたりして•••
6時にはハイツを出発しなければならないのだ。
急げ!急げ!!
10月11日発表会のvideoの編集作業 ·
今日は10月11日の朝です。とても良い天気です。空気が爽やかなので、窓を全開にしています。
昨日は教室の発表会で、朝の5時から準備を始めて、お久し振りの終日動いていたので、椎名町に戻ってからの食事とドルプリっ歩は、流石に意識朦朧状態で、大急ぎでハイツに戻って、何もしないで(出来ないで・・)取り敢えずは寝ました。
・・・と言う事で、今日は5時に起きて、発表会で撮影した4台のvideo-cameraのdataのvideoを、PanasonicのDigaとパソコンに取り込む作業をしています。(ちなみに、次いでに、洗濯機を回して、昨日、汗をかいた洗濯物を洗っています。)
PanasonicのDigaでは、50GのBlu-ray-disc に保存するために焼く作業をするのですが、そのまま、全体をdubbingしてしまうと、50GのBlu-ray-disc でも、directには入り切らないので、休憩や幕間の無駄な時間を部分削除して、50Gに収まるように調整をしてdubbingをします。(これは、画質を低下させないための一手間なのですが・・)
(次いでの並行作業は、朝食を食べながらです。)
パソコンの方は、video-cameraの性質上、10分から15分の単位でブツ切れに保存されているので、そのchapter全てにからまでのindexを付ける作業をしています。Cyberlinkでの作業の効率を良くするための下準備なのですが、これがまた一手間で、今は9時過ぎなのですが、やっと、4台のcameraのindex付けが終わった所です。
この作業をdigか若しくはパソコンですると、結局、倍の時間が掛かってしまう事になります。だから、videoの編集の作業には、並行作業は欠かせないのです。
(またまた、Facebookが変な動きをしている。一つ文章を打つ毎に、画面がコマ送りされてしまうので、その内、入力している画面が見えなくなってしまうよな??まあ、下の空白の部分を削除して行けば良いだけなのだが、なんだろね??この意味不明の動きは・・・???)
写真は分割されたvideoなのですが、SONYの4Kcameraの方では、これが倍近くに細かく分割されます。
だから、一つ一つにindexを付けて行く作業はとても面倒くさいのだよな??
細かく分割された画像を編集して行く時に、時々、音飛びや画飛びを起こしてしまう事があります。noiseが入る事もあります。
それを防ぐ方法としては、別のcameraの分割された場所と元のcameraの分割点が違うので、重ね合わせると、音飛びは防げるようです。画像の飛びは致し方ありませんがね??
音が歪まないように、又は音が小さ過ぎないように、音量を調整するのですが、4台のcameraを重ね合わせた段階で、歪みが発生して困ってしまいました。
昔、業者に委託していた時には、舞台で撮っている時のcameraで音も録音していたので、正面のcameraと舞台のcameraの音量が違い過ぎて、とても聞き苦しかったのですよ。
今ならば、Cyberlinkで音量の修正が出来るのですが、「20年、30年前のvideoを、そこまでする事も・・」と、言う事で、放っておく事にしました。アハッ!
一度だけ、私もそれぞれのcameraの録音を使用して、videoを編集したのですが、その音量の問題だけではなく、音色も変わってしまうので、そういったやり方はしない事にして、今は正面の4Kのcameraと黒cameraの音声だけを使用して、音飛びを防ぐ事にしています。Studio録音のように、一定の音量、音色になるので・・・
2台ぐらいまでならば、音量がoverしてビビリ音が出る事も無いのでね??
お昼の1時過ぎまで頑張って作業をしていたら、突然、Energieが切れて、疲れて体が動かなくなってしまいました。まあ、本来ならば、安静にして疲れを取っているハズの日なので、ここまで動けたのはluckyです。という事で急遽、bedに戻って仮眠をしようと思ったのだけど、そうそう眠れるものでもないので、ウツウツとウダウダと心に浮かぶ由無し事を・・
突然、4時になって、冷たい空気が入って来て、慌ててbedから飛び起きてしまいました。
しかし、空は相変わらず、蒼く澄んで天高く、お馬さんが太るような素晴らしい天気のままなのですがね??
10月13日発表会後から突然肥り始めた ·
発表会の4,5日前から突然,肥り始めて来たので、多分、日曜日の発表会迄の・・というか、日曜日の体重は月曜日の朝一で計るので、発表会への「stress肥り」と思っていたのだけど、今日は、もう既に発表会が終わって3日目の水曜日の朝なのだけど、肥ってしまった体重が高止まりしたままで、元に戻らないのだよな??
いや~ぁ、これは困った!!
朝昼をしっかりと、持ち帰りのお弁当を食べて、夜はなるべく軽く食べて、程んどを持ち帰りにしているのだが・・・
朝は4時、5時起きなのだけど、お昼というか、夕方の4時頃まで絶食をして、それから、遅い朝食を取る方法もやってみたのだが、いずれにしても、効果は無いのだよな??
困った事だ!!
昨日今日の天気は雨で、気温も今日は一日中17°のままだそうです。
雨は今もしっかりと、音を立てて降っている。
いや~ぁ、寒いよな??
10月14日の朝の5時を回った所なのですが、まあ、なんと寒い事?? ·
今は10月14日の朝の5時を回った所なのですが、まあ、なんと寒い事??
練馬区の気温は、なんとなんと16°だそうです。
「ここからは昨日のお話ですが・・」
今回の発表会の次の日には、結構videoの編集作業が捗って、水曜日、13日のお昼ぐらいまでは、結構元気に仕事をしていたのですが、夜のドルプリッ歩の時間になって、突然、体調が不全にはなってしまい、お弁当を作る時間さえも待てないぐらいに、気分が悪くなって来て、小雨の降る中を、大急ぎで、ハイツに戻って来てしまいました。
直ぐに、bedに直行しようと思ったのだけど、相棒の新seriesが始まったので、見るとはなく見てしまったのだよ。
勿論、並行作業で後片付けをしながらね・・??
その後も、VHSのvideoのcheck作業(videoが再生出来るか否か・・)をしながら、辛うじて、再生出来た1982年の南大塚ホールでの発表会のvideoで、これまではupして来なかったBachのViolinConcertoのE DurのⅠ楽章の演奏と、89年7月16日の浦安文化会館大ホールでのcorelliのChristmas Concerto の演奏、更にBachのPianoConcertoのd mollのⅠ楽章の演奏をYou Tubeにuploadしながら、糖質0のbierを飲んでから寝ました。
それでも、椎名町に具合が悪くなって来て、超急いで戻って来たので、cinderella-timeには、眠る事が出来たぞよ。(勿論、定形のroutineであるtoilette-timeは致し方が無いのだが、奇跡的に、12時間もbedの中に居る事が出来たのだよな??
それにしても、今日の寒い事・・・寒い事・・、練馬区の気温はなんと・なんと、16°なのだそうです。
布団もそろそろ夏の超薄手の羽毛布団よりも、冬か?せめて合いの羽毛布団にした方が良さそうな雰囲気なのですよね??
テレビでは、今週の土曜日が模様替えのtimelimitだと言っているので、その時に合いの服とか、冬服の準備をして、布団も夏の羽毛から合いの羽毛にするか??
太祖体重計も、流石に、平常時の非常肥満状態にまで、戻ったし・・、少しはpressureからは逃れる事が出来たのかな??
10月14日外から聞こえてくる電子音が・・・ ·
この1週間ぐらいの間、外から鳴り続けているピッピッという電子音が日夜気になってしまうので、「外の何処の家から聞こえて来るのかな??」と思って窓から顔を出したら、何と、窓の下のひさしに落ちている私の曜日の時計を発見しました。
「私、落っこったヨ❢❢」というhelpの声だったのだ。
S字フックを紐に縛り付けて、釣り糸のようにして、垂らして釣り上げた。
音は鳴りっ放しなのだが、時計自身はもうすっかり壊れているようだ。
まあ、1週間も雨ざらしの状態で、鳴り続けたのだからやむを得ないのだよな??
1週間程、放置をして乾燥させて、もう一度電池を入れた時に、resetが出来なければ、ゴミに出す他は無いのだけどね??
修理とは言っても、基盤の交換だけなので、修理のしようがないのですからね??
と言う事で、乾電池を抜いて、3日間程、放置しておいた。
雨に濡れた電池のbatteryのcheckをしてみると、放電はされていないようなので、そのまま時計に戻したら、何と正常に戻ったよ!!
凄い生命力だ!! 素晴らしい!!
頑張ってくれてました〜!
よかったですねー♪〜
10月14日VHSのrewinder(リワインダー)です ·
LPLのVHSのrewinder(リワインダー)なのですが、今回の教室史を作るために、発表会や練習、lesson風景等のVHSのvideoのdubbingのために、倉庫からこのrewinderを持って来ました。
本当はeraserを取り付ける所にeraserの代わりに、無水alcoholでtape・cleaningが出来るpartsがあるハズなのだけど、そのpartsがどうしても見つからないので、取り敢えずは、風送りだけをしています。(tapeの撓み取りのためです。)
eraserは使う事が無いので、磁石を取り外して、spongeを取り付ければ、tape・cleanerになるのだけど・・??それも面倒くさいしね??
ヤフオクで同じ機種を調べて見たら、何と2万から4万の間だったよ。(売っていないから、premiereが付いてしまったのだよね??)
10月15日椎名町の事務所からvideoをリュックで ·
今日は10月の15日の金曜日です。
毎日、毎回、大量のvideotape(大量というのは、一回の発表会のvideoが8本にもなるからです。発表会、3回分だけで、20数本のvideotapeを持って行かなければならないからなのです❢)を椎名町からハイツに、登山用のリュックで運んで、checkをするのですが、殆どが再生不良でまたまた椎名町に背負って持って帰っているので、牧野先生が実家から持って来た古いVHSのvideodeckを配線して、Monitorテレビに接続して椎名町で、予め再生出来るかをcheckしてから、ハイツに持って帰るようにしました。
一週間以上も、掛かったのは、斎藤先生が発表会のtapeを探す時間が取れなかったからです。Monitorテレビを天袋から降ろす作業は私にはもう無理なのでね??
という事で、古いvideotapeのcheckを始めたのですが、ふと、今まで再生出来なかった古いtapeも再生出来るのでは??と、思い付いて、ハイツで再生出来なかったtapeを再生してみたら、なんと、なんと、再生出来たのですよ❢
超、Shockです❢
これまで一週間以上の努力は、いったいなんだったのだろうか??
要するに、ハイツの高性能のVHSのvideodeckは、新しいtypeのvideoは、とても美しく再生出来るのだけど、古いtypeのvideotapeは、再生出来なかったのですよ❢
そんな事があるのかね??初めて知ったよ❢
という事で、今までのcheckが全て無駄になってしまいました。
1982年からのvideotapeのcheckは、全てやり直しになりました。
と思ったけれど、やっぱりハイツのvideodeckでは再生出来ません。古いvideodeckを引っ張り出して試して見たけれど、やっぱり出来ないものは出来ないのだよな??
と、思ったけれど、やっぱり牧野先生の古いvideodeckでは再生出来るのだよ??
どうなっているのかな??
理解不能だよな?
ドルに付き合って、それからvideodeckをリュックに入れて、えっちらおっちらハイツに戻って来たのは、なんと1時過ぎだよな?
とても、これからラックを動かして、videodeckを3台セットするのは、体力的にも、精神的にも無理だよな?
videoのダビングの作業は明日、起きてからだよな?
重そうです!
ご無理がお身体に響きませんように!
ご心配頂き、ありがとうございます。斉藤先生が手伝ってくれるのかな・・と思っていたのですが、明日の日曜日が1週間前の発表会の反省会という建前の打ち上げになるので、次の発表会用の曲を渡すために事務所に篭ったままです。牧野先生は明日の打ち上げの食材の買い物と料理の下準備で、事務所にはいません。
と言う事で、私が独りで作業をする事になりました。アハッ!東京の教室が閉鎖したままなので・・東京の生徒で手伝いに来てくれる生徒がいないのですよ。千葉からでは遠過ぎるしね??
10月16日放しで寝込んでしまったので、起き出して ·
今は10月16日の深夜なのですが、昨夜は頑張ってドルのお散歩に付き合って、深夜の1時過ぎに椎名町からハイツに帰って来て、video-deckとvideo-tapeをrucksackで担いで来たのだけど、それを、部屋に仕舞うでもなく、取るものも取り敢えず・・という事で、1時過ぎにはbedに入ったハズなのだが、1時20分に目が覚めた•••という事は有り得ないのだが、暗がりの中をよくよく時計を見つめて見たら、なんと4時10分の見間違いだった❢
取り敢えずはちゃんとone‐coolは眠れたのだよな??
・・と言う事で、まあ、一応は寝るだけ寝れたのだから、由しとしても、今夜も強烈な鼻詰まりで目が覚めたのだが、いつものように、鼻のメンテをしながら、放りっぱなしになっている椎名町からの荷物の整理をしながら、テレビを見て、鼻の具合が収まったら、また寝た。
9時過ぎの遅い起床になったのだが、この所、体を使った作業が多いので、まあ、寝過ぎは、体調維持には良いと思われる。
今から頑張って、video-rackを動かして、壊れたVHSのvideodeckを交換して、音が出なくなっているBoseのspeakerの配線のcheckをしよう。
βのdeckと思ってnetで購入したvideoのdeckは、丁寧に梱包されているプチプチを取って見ると、何とVHSだったのだよ。
椎名町のvideoのcheck用にするか?
それとも、パソコンへdirectに取り込むためのvideo-deckとして使用するか??・・・だよな??
今まで使用していたβのdeckが死んでいるし、高性能のVHSのdeckも多分ゴムが伸びているだけだと思われるのだが、高性能過ぎて、チョッとでもtapeが不良だと上手く再生出来ないのだから、簡単な修理なのだけど、今の俺にはそこまでの気力が無いのだよな??
この所、実生活のやる気が全く起きないのだよな。
それはそうと、video-tapeの事もそうなのだけど、βのvideo-deckも、諦めきれずに、再度、checkをし直したら、何とswitchの接点の不良が原因で、電源が入ったらdeck自体は、活きていたのだよ。それじゃあ、接点復活剤のsprayだけで修理完了だよな??
いや~ぁ、『人間、諦めが肝心』じゃあなくって、『諦めない事が肝心』だよな??
でも、もう流石にrackを動かすのは嫌だ!!
取り敢えずは、VHSのcheckだけにして、βのdeckをrackに戻すのは、またの機会にしよう。
Boseのテレビ用のSpeakerは、配線を入れ直したらまたまた音が出るようになった。
当たり前の事ではあるのだが、やはり、テレビの内蔵Speakerよりも音が良い。
また暫く使っていれば、音が出なくなるのだろうが、それはその時にテレビのSpeakerにすれば良いだけの話しだからね?
それはそうと、昨日の夜に※)、急遽、今日お昼からHalloween-concertの練習に付き合うように牧野先生からlineで頼まれてしまった。
練習が2回しか無いのだから、練習に付き合うのは吝かでは無いのだが、楽譜の準備をしたり、体調を整えたり・・と、こちとらも色々な準備があるのだから、せめて二日は欲しいのだよな?
今日の明日では、体調管理處ではなく、準備すら出来ないので、困ってしまうのだよな?
今は5時半を過ぎた所なので、後は4時間半しか時間が無いのだからね??
困った❢
※)金曜日に書き始めた文章なのですが、時間の経過で、今は日曜日の朝なのです。二日間も同じ文章を弄っていると、timelineがめちゃくちゃになってしまいます。
写真の上の2枚は、部屋の大型パソコンとrackの状態です。
下の段の1枚目は、βのdeckを寝室のワゴンの上のテレビの下に置いた所です。真ん中の1枚は牧野先生が実家から持って来たVHSのdeckと、私がnetで購入したdeckです。3枚目の右側の写真はrackを一人で動かした所の写真です。配線は真っ暗なので、muglightで接続の位置を照らしながらの作業です。置き場所が無いので、結構muglightで照らしながらの作業は大変なのですよ!!
10月18日残暑から突然真冬になってしまった ·
今は、まだ18日の深夜の3時半で、1時に寝てから、ちょうどtoilet−timeのone−cool目なのだけど、寒くて目がパッチリと覚めてしまいました。
今の気温はまだ10°なのだけど、これから9°まで下がる予定だそうな?
つい先日に、羽毛布団を夏から合いの布団に変えたばかりなのですが、今夜は合いでは寒くてとても役に立たないのですよ。
本当ならば、今の時期に使用していた布団があったのですが、ぺちゃんこになって来たので、布団の打ち直しにお店に出したら、断られてしまったので、コインで自分で洗濯をするために、何年も前から椎名町に持って行ったままの状態で、今の季節の合いの時期の布団がないままなのですよ❢
流石に毛布では、まだオーバーな感じがするので、布団はそのまま合いのままにして、已む無く暖房をつけた所です。
今はもう、4時半です。
先程の3時半からは、眠れぬままに布団の中でウダウダとしていたのですが、それでも、30分程、変な夢を見ていました。
その夢は、砂漠のような殺伐とした荒れ野を弟子とlesson室のある故郷の実家に向かってさすらっている夢なのですが、実際には辿り着いたその故郷の家のlesson室は私は見知らぬlesson室で、私が休憩をしている私の部屋も、私の知らない見知らぬ部屋なのですよ?
そして今は亡き母親が、文句タラタラ、不平タラタラと、お喋りをしながら登場するのですが、その弟子は私の母親には会った事がないので、その夢は現実的には、時代考証的には時間軸がズレているので有り得ない夢なのだよな~ぁ?
まあ、それが夢なので、仕方がないのだけどね〜ぇ??
てな事をウダウダと徒然なるままに書いていたら、今はもう、朝の5時半です。
外が明るくなってしまいました。
寒い!
なんと、練馬区の気温がついに9°になってしまいました。
体感温度は8°だそうです。
やっぱり毛布でもよかったのだよな??
なんか、この所、毎日、毎晩、寒さと格闘している気がするのだが、有るべき物が無いとはどういう事なのだ??
布団ばかりではなく、着る服も無いのだよな??
これまでは、毎年どうしていたのだろうか?
不思議だ??
兎に角、今年は秋が無くって、残暑から突然、真冬になってしまったのだよな??
10月19日夏の布団から毛布に ·
今は10月19日の夕方の7時を過ぎた所です。
今日は頑張って、夏から秋の合いの羽毛布団から、毛布を出して来て布団の掛け替えをしました。
これで寒さはなんとかなるのかな?
それにしても、強烈なナフタリンの臭いだよな❢
本当は臭いが取れるまで、干しておかなければならない事は分かっているのだが、そんな事を言ってのんびりとしている暇はないのでね?(寒くて、布団を干している時間は無いという意味なのですよ❢)
昨晩の食事では、お弁当に出来る品が全くなかったので、何も持ち帰っていません。
という事で、今日は冷蔵庫にはなにも入っていないので、一日絶食状態です。
とは言っても、勿論、インスタントの買い置きの非常食は、結構色々と、置いてあるにはあるのですが、そういった乾麺類はあまり食べる気にはならないので、petit−dietのつもりで、食べません。
空腹感もそれ程には、無いので、頑張って食べる必要も無いのですよね?
この所、折角、順調に体重が減っていたのに、この一週間くらいは、リバウンド状態が続いているので、早く元の体重まで戻さなければなりません。
という事で、体調不良にも関わらず、結構、無理をして頑張って体を動かして来たのですが、逆に体重が増えるばかりで困っていました。
食わなきゃ痩せるは、私の本意では無いのですが、それでもなんとか下方に修正をしないといけないので??
それにしても、足だけが、いつまでも温まらない最悪のpatternだよな?
こういう時は、何時間布団に入っていても、眠れないし、疲れが取れる事も無いのだよな。
下半身浴で、足を温めるか、アンカをだすか?手軽にガスファンヒーターで、足だけを温めるかだよな?
つまり、このままの足が冷えた状態のままでは、いつまで経っても、眠れないのだよ。
という事で、取り敢えずは、一番簡単なガスファンヒーターのspotの機能で、足を温める事にします。
10月20日自分の人生が無駄に思える一日 ·
今日は10月20日のお昼の2時半を過ぎた所です。
いつ、朝、起きたのか?よく分からないのだけど、兎に角、小腹が空いたので、冷蔵庫を開けて見たのですが、昨晩も、やっぱり、何も食料品を持って帰らなかったのだよな??
食わなきゃあ、痩せる・・は好きじゃないけれど、まあ、いいか??
今日も2002年の夏と、2003年の冬のVHSからBlu-rayにdubbingをして、パソコンに取り込む作業で一日が終わってしまった。
まあ、なんと無駄な時間の浪費だろうか??
過去の自分自身のやって来た事を振り返る事は、自身の過去の精算になるのだよな。私は基本的には過去を振り返る事はない。
過去を振り返ると、ついついウダウダとしてしまうからなのだ。
しかし、まあ、改めて、こうして過去を振り返ると、如何に自分の人生が無駄な人生の繰り返しであったかが分かるよな??
この程度の仕事ならば、誰でも出来た仕事であろうしね??
私でなくてもよかったのだよ??
私にとっての、この仕事が、私であるためのi dentityが感じられないのだよな??
学ぶ側からのthanksもrespectも無いしね??••••というか、この仕事をする事で、私自身が軽く見られてしまうのだよ❢
私が、巷の音楽教室の先生に過ぎない、と••••ね??
まあ、それには変わらないのだけどね〜ぇ?
昔はそれでもrespectはあったのだよ??
今はそのrespectすら無いのだよ。
教室の歴史を作る事は、endlessの作業のようなものなのだから、見切りが必要になるのだよな??
欝になるような作業は取り敢えず打ち切って、自分のi dentityに繋がるような作業をすれば良いのだがね??
音大生やproをlectureすると、外目には良いのだが、音楽は基礎力で決まるのだから、proとしても演奏表現を学ぶ時には、初歩の初歩に立ち戻る事が出来なければならないのだよ。
つまり、立ち方や座り方、構え方や、Violinの場合等には弓の持ち方が正しくないと、どんなに一見上手に弾けているように見えても、必ず行き詰ってしまうのだよ。
外国の著名なCembalistが日本に来て、芸大のCembalo科の学生達をlessonした時に、椅子の座り方だけのlessonで終わってしまって、Cembalo科の生徒達の不平不満が酷かったというお話をその時に通訳として同席されていた古典楽器センターの鈴木さんが話をしていた。日本人には、彼らのそういった指導の意味が分からない・・と嘆いていたのだよな??私もそう思うよ。
10月22日冷蔵庫がこの2,3日空っぽのままで ·
今は10月22日の深夜の2時半になった所です。
この2、3日は、体調があまり芳しく無くって、一日の半分は寝込んでいるのですが、今日は夕方から突然体調が悪くなって来て、寝込んでしまおうと思っていたのですが、テレビでは、「明日は12月の師走並み迄に気温が下がる」という事なので、頑張って無理をしてでも、冬物のジャケット等を出さないといけない・・という事で、斎藤先生にハイツまで、洋服の出し入れのお手伝いに来て貰ったのですが、体調の悪化が酷くなって来て、体が全く動かないだけではなく、起きて椅子に座っている事さえ辛くなって来たので、模様替えは諦めて、マジに寝込んでしまいました。
今日の体調はいつもにもまして酷かったのですが、その予兆はbedから起き出した時にも、或いは午前中に仕事をしている時にも、腰痛があったのですが、少しだけ無理をして腰を伸ばしながら作業をしていたのですよ。
疲れが蓄積して行くと、先に腰痛となって、立ち上がる事が出来なくなって来るので、その時点で、安静にしようとはしたのですが、bedで横になっても、結構、精神的にイライラして、ゆっくりと休む事が出来なかったので、諦めて仕事をしていました。それが良くなかったのよね?
•••と言う事で、衣装替えを中止して、bedで爆睡をしたのですが、なんと夜の12時に目が覚めました。
少しだけ、体調が戻って来て、やっと少し食べる事が出来ました。
とは言っても、今日の初の1食目の食事なのですがね?
それでも、体重は全く変わらないのですよね〜ぇ?
一日食べなくても、体重が減る事は無いのですよ。
困った事です。
という事で、冷蔵庫に何も入っていない日が三日も四日も続いていますが、今日は2度もインスタントのラーメンを食べている夢を見てしまいました。兎に角不味いのですよ❢
口に味が残ってしまいます。
夢に過ぎないのに、結構な満足度もありますが、勿論お腹がいっぱいになる事はありません。
22日の午前7時になった所です。
昨日は本当は、注射の日で、しかも、夜の食事もしていないので、当然薬も飲んでいません。
6時間遅れなのだけど、朝の体重測定と血圧の測定の次いでに、昨日の分の注射と、夜の薬を飲む事にします。
まあ、薬を飲む時間は、そこまでは厳密では無いのでね??
取り敢えずは胃を保護するために、hotmilkを作りました。
何も食べていないので、胃壁を保護するためにはmilkが最良だからです。
You Tubeのcheckをしながら、薬を飲んで、注射をしていたら、あっと言う間に8時半を過ぎてしまいました。
頭ではしっかりと朝の8時半なのですが、体内時計では、まだ深夜のままです。
小刻みに寝ているので、体の時間の感覚が無くなっているのですよね〜ぇ?
一段と冷え込んで参りました〜!お風邪を召されませんように!
10月24日鼻詰り予防にパブロンのカプセルを·
今は、10月の24日の日曜日になったばかりの所です。
明日と言うか、今日の朝からHalloween Concertoの最後の練習なので、先週に引き続いて今日も朝早くから千葉に移動してlessonをして来ます。
・・・と言う事で、1時過ぎになったので、今は早々に眠らないといけないのですが、未だ雑用を片付けている所です。
3時半くらいから4時頃に、toilet−timeで目が覚めたのですが、突然、体が冷えたので、鼻水が止まらなくなってしまいました。
これでは全く眠る事が出来ません。息も出来ないし〜??
でも、本当は土曜日の夜には、なんとなく風邪っぽくって、微熱があるような感じがして、体温計で熱を計ったり、薬を飲むかを算段したりしていました。
でも、風邪でもないようなので、そのままにしていましたのですが?
薬に頼るのは嫌なのですが、今夜はそんな事を言っている場合ではないので、即断即決でパブロンを飲みました。
いつもならば、大人1人分の半分の1カプセルで充分なのですが、今回はちゃんとまともに成人の1人用の2カプセルを飲まなければダメなようです。
後、5分待って変化がなければ、残りの1カプセルを飲みます。
早く眠らなければ❢•••と、焦ってしまいます。
それはそうと、現在の練馬区の気温は7°だそうです。お昼も18°までしか上がらないようですねぇ?
今日は寒い一日になりそうですよねぇ?
と、頑張って次の1カプセルを飲んだのだが、ますます鼻水の鼻詰まりが酷くなって来るばかりなので、ついに諦めて、パソコン用のエクゼ•チェアのオットマンを出して、リクライニングさせて、カウチベッドにしました。
ガスストーブの横で足先を温めています。
ほんの少しだけ楽になって来たような気がします。
頭を高くして、足先を温めると、少しは、鼻水が治まります。
そうだ❢
もう一つ、あった❢
首を温める優れ物だ❢
レンジで温めて、首に巻くと、結構長時間保温されるのだよ。
それで、鼻が通るハズだ❢
最初は熱過ぎるので、タオルを首に巻いてから、温めるのだが、冷えて来るとタオルを外すと結構長時間温かいのだよ❢
悪戦苦闘で色々と、考えられる事の全てを試みて見たのですが、体調の改善はなくて、遂に諦めてしまいました。
このままでは、明日のlessonには間に合わなくなるので、出発時間よりもだいぶ早いのですが、斎藤先生にlineをして、時間を繰り上げて、千葉に移動する事にしました。
千葉でカウチででも、仮眠をしていれば、lessonをすっぽかす事はないからです。
ドルプリちゃんのお散歩も、千葉の教室でして貰う事にしました。
取り敢えずは、これで一安心です。
lessonをすっぽかす事はなくなったという事です。
2021年10月25日 ·
プライバシー設定: 公開
教室の恒例の行事としては、日曜日の練習と生徒のお誕生日がダブった場合には、オケ練習の中で、その生徒のお誕生日のお祝いをしていたのですが、コロナになってからの2年間は、お誕生日会は全くしなくなってしまいました。
今回は、全くの偶然で芦塚先生のお誕生日がHalloweenConcertの練習の日と重なったのと、自粛が解禁になったので、急遽のハプニングのお誕生日会を牧野先生がしてくれました。
な、な、なんと•••❢ニャンコのアップルパイです❣
これは凄い‼
おめでとう🍾御座います‼️
ありがとうございます
石川先生、ありがとうございます❣
おめでとうございます🎉
ありがとうございます!
お誕生日おめでとうございます❣️ニャンコパイ美味しそう〜🥧😁
普段は禁止なのでね??お久しぶりのアップルパイです。アハッ!
ニャンコのアップルパイは初めて見ました、かわいい💓先生おめでとうございます!!!
ありがとうございます!ニャンコのアップルパイは、私も初めて見ました。牧野先生、これは、凄いよね??
牧野先生作だから味も間違いないでしょうし、すごいです…これを食べられるのが羨ましいです😊
10月25日疲れが取れなくって ·
今日は一夜明けての月曜日の夜の7時半です。
朝は、4時くらいから何度となく、起き出して仕事を始めるのですが、直ぐにバテてしまって、何度となく爆睡を繰り返しています。
本当ならば、今日の一日は仕事を離れて、安静dayでもよかったのですが、団塊の世代の哀しさ••というか性と言うか、bedでただ寝ている••という事が中々出来ないのですよ❢
今も、頑張って電動のブルブルマシーンで、体の緊張をほぐしているのですが、中々それが上手く行かないのですよ。
いつものように、冷蔵庫には全く食べ物が入っていないので、椎名町でお弁当を作るように言って、準備をして貰ったのですが、結局、それを取りに行く事が出来ないままなのです。
それがまた、この所のpatternになっているのだよな?
それにしても、この所、雨が多いのだが、今日も8時から(というのは後10分ぐらいで)雨が降り出す予定なのだよ。
bikeの移動は雨はレインスーツを着込んで行かないといけないので、結構辛いものがあるのだよな??
着込むだけでも、メゲてしまうのだよな??
10月25日常設曲の通し練習 ·
Halloween ConcertoのためのBachの組曲ニ長調のAriaとPachelbelのcanonの練習・・とは言っても、常設の曲(一般的にはrepertoryと言いますが・・)なので、練習は1回通しの練習だけです。
確認のための練習とでも言うのかな??
純性のharmonyのための練習です。
vibratoを無しで奏くのは難しい。
vibratoはpitchの不正確さを隠してしまうからね??
お久し振りの全日のlessonで、へばって仮眠していた所を、起こされて、8分30秒から、私のlecturelessonが始まります。
・・とは言っても、常設の曲なので、技術的な注意はありません。
純性でbaroqueを演奏するための、音の出し方の注意だけです。
コメント欄の青い数字をclickすると、その時間に自動的に飛びます。
Ariaニ長調BachとPachelbelのcanonの中高大生による 21年10月24日Halloween Concertoの練習 純正和音 - YouTube
10月25日友達の友達は赤の他人·
Facebookで書き込みが入って来るのは、友達までならば、コメントを入力しても、何も問題はないのだが、友達の友達で、しかもタグ付けされただけの人達の書き込みが入って来るのは、チョッと問題だよな?
友達、と言う事で、一応、人数を制限出来ているのだが、友達の友達を含むのならば、そのコミニティーは一気に膨れ上がってしまうのだよ。
つまり、友達の友達は見知らぬ人なのだよ。
書いてある話題が友達の話題で、しかもその友達の写真も載っていたので、当然、その友達を含むコミニティーだと思ったので、なんの疑問も無く軽口を書いてしまったら、変な人と勘違いされてしまった❢
タグ付けの意味は、話題がその人に付いての話題であっただけで、その人がそのgroupに属しているという意味にはならないと言う事らしい。
慌てて、謝ってからコメントを削除したのだが、結構、私自身も不愉快な気分になってしまった❢
私としては好意的に文章を書いたつもりだったので・・ね??
そう言ったtroubleが起こらないように、なるべく自分の回りだけの、狭い世界の中だけで、コメントをするように心掛けてはいるのだが、昔の大学時代の同級生という事で、ついつい懐かしくなって、軽口を書いてしまった。
反省❢反省❢
特に、昔の教え子でも、今、活躍している人達のFacebookやTwitterには、コメントをしないように心掛けているのだよ❢
10月26日天候不順·
今は10月26日火曜日になったばかりの深夜・・というか、早朝なのだけど、大雨で超、寒いのです。
毎日「今日は7°だ!」とか「今日は6°で、師走と同じ気温だ!!」とか言っているのに、ゴーヤが未だ収穫出来ています。(写真は今日のゴーヤの収穫です。この寒いのに・・・???)
お隣の家では柿が色づいたり、flower公園ではみかんが色付き初めているのに、未だゴーヤかよ??
完全に天候が狂ってしまっているのだよな??
自然が、天候不順に追いついて来ていないのだよな??
体調もこりゃあ、老人でなくても、てえへんだよな??
10月27日『正確な教室史』 ·
1978年S53年33歳:
大学の帰り道で坂戸の学生の経営する音楽教室の生徒から4名の生徒達を指導する事になった。
1980年S55年35歳:
12月21日(日)ピアノ工房ヒロカワミニミニコンサート江古田の大人と子供の極小人数の初めてのmini発表会
1981年S56年36歳:
1982年S57年37歳:
4月18日南大塚ホールにて発表会、千葉東京坂戸の合同発表会
1983年S58年38歳:
千葉教室開設、
1984年S59年39歳:
2月26日音友ホール
7月1日新宿文化センターホール2部
1985年S60年40歳:
10月28日変な夢·
今日は10月の28日の木曜日の朝の6時半を過ぎた所です。
今の気温は13°だそうで、いつもよりも少し温かいハズなのですが、超寒くて布団の中で震えています。
折角、頑張って毛布を出したのに、寒くて堪らないのですよ❢
秋口から冬への毛布を出したのだけど、今年は秋が無いのだそうです。
夏から、いきなり真冬なのですよ❢
だから、真冬用の厚手の羽毛布団でもよかったのだよな?
・・とは言っても、「暑くなる❢」とテレビでは言っていたのだけれど、結局、暑くなったのはお昼間だけで、朝晩は12月の下旬並みに冷えてしまっています。
結局、布団は秋口の布団は要らなかったのだよなぁ?
今日は頑張って冬用の布団を押入れから出さなければ••••だよな❢
それはそうと、今日はとても変な夢を見た。
テレビで小池都知事が疲労で緊急入院した・・というnewsを聞いてから、そのままbedに入ったのだけど、その後での、臨時newsで、「イギリスで戦争が勃発して首相が爆死した」・・という、嘘か真か理解不能の夢か現実かな事から始まって、不定形のお化けのような宇宙人と私が巨大な宇宙船の中で、戦っている夢なのだよ。
そう言った危険な夢を見ている場合には、私は大概、映画を見ているように、傍目で見ているだけなのだが、今日の夢では、実際にお化け軍団と戦っている・・という非常に珍しい夢なのだよ。
「何とかせにゃぁあかん」・・といったような気持ちで戦っているのだよ。
そんなキャラだったっけ?? 俺は・・・??
・・・という事で、ホカホカの毛布が、寒くて、目が覚めるのだよ??
そこに続くのだよな??アハッ!
10月31日はHalloween・Concertoの日でした。 ·
今日は10月の最後の日である31日で、しかも、Halloweenコンサートの日でした。
おさらい会の構成は、年齢の低い子供達を対象にした午前の部のmini音楽劇とsoloの発表会と、少しだけ年長さんの午後の部のmini音楽劇・・、それに演奏会形式のHalloween・コンサートとして、お昼の3時からKoncertをはじめたのですが、それぞれが約1時間半を見て、programを作ったので、encoreを入れて、4時半には、Halloween・Koncertを終了して、Halloweenの飾りを生徒達や保護者の人達と一緒に片付けました。
結構、早い時間にコンサートは終わったのですが、それでも、超バテてしまいました。
明日は川崎の1年振りの腹部大動脈瘤の検査なので、早めに東京に戻る事にして、7時過ぎには、千葉を後にしました。
・・という事で、8時には椎名町でお食事timeになったのだけど、バテてしまって、食事が出来なかったので、大急ぎでハイツに戻って来ました。
後片付けも何もしないままで、bedで寝ようと思っているのですが、今寝てしまうと、onecoolで、12時のシンデレラtimeには、目が覚めてしまうのかな??
zzzzz!!
なんと、爆睡のone・cool目が2時20分まで・・と、5時間も一息に眠ってしまいました。超、ビックリです。
疲れがすっかり取れて、気分が良いような感じなのですが、これは見せかけの気分なのです。その気になって動いてしまうと、しっぺ返しになって、そのまま2,3日寝込んでしまう事になってしまうからです。
こういう時は、無理をしないで、軽作業をしながら、眠気が戻って来るのを待ちます。
Halloween ConcertoのSDcardをパソコンとPanasonicのDigaに取り込む作業を紅茶を飲みながらしていたら、6時頃になって、睡魔が襲って来たので、パソコンやvideo・recorderに仕事を任せたままでbedに戻って寝ました。
次は睡眠時間のone‐coolよりも長めの・・と言うか、 two-coolよりも少し短めの9時、チョッと過ぎに目が覚めました。
川崎への準備は11時過ぎに始める予定なので、昨日のHalloween Concertoのvideoの編集の作業を始めました。
今回のHalloween Concertoでは先週の日曜日とその前の日曜日に私が出掛けて、お久しぶりに、対面での練習をしたのだけど、本番は2週間に渡って同じ事を注意して来たのに、Koncert当日は、舞い上がって、2週間前からのお約束を全員忘れてしまっていました。
Pachelbelのcanonの冒頭の入りのpizzicatoは無しにする事や、特に何度も同じeinsatzが出て来るAlbinoniの2拍目の裏からの8beatの捨て振りのtaktを、弾いてしまう人達がいて、「この2週間、私は何の練習をしたのだろう??」と、頭サ、来て・・しまいました。
捨て弓、捨て振りは、それ自体は音にはならないmotionなのですが、それで次の音が決定されるとても大切な空のbowであり、空のtaktなのですよ。
音にはならないのだけど、それで体躯に力を込める事が出来るのです。
これも芦塚methodeの基本中の基本なのだけどね~ぇ??
コロナのTeleworkでは、そういった芦塚methodeの初歩的な技術が喪われてしまうのだよな??
3回目か4回目には私の方が諦めて、空振り無しで振っているのだけど、空振りで弾き始める人と、お約束通りに弾く人がいては、曲にならないからです❢
仕方無く指揮者が合わせているのだよ❢❢❢
Halloween Concerto OpeningのPachelbelのcanonとBachのAriaの演奏 21年10月31日芦塚音楽千葉教室 - YouTube
11月1日You Tubeに昔の発表会の動画が ·
「You Tubeに、昔の動画が突然いっぱいupされていたから、驚いてしまった❢」と、Halloweenコンサートを聴きにいらした懐かしい保護者の人に言われてしまいました。
You Tubeには、動画を一つのgroupに纏める機能は無いし、それぞれの動画が纏まったconceptがある事を表示する機能もありません。
あくまでも、そのvideoの解説が出来る程度の簡単な機能しかないのです。
だから、私が突然昔のvideoをupし始めたconceptを、お話しする事は出来ないし、当然、私がvideoをuploadし始めた理由を、一般の人達が知るよしもないので、突然何が始まったのだ、と驚かれるのは当然だと思いますよ。
You Tubeではなくて、Facebookに、You Tubeにvideoをuploadしているconceptと、その経緯を詳しく書いた覚えがあるので、改めて、その Pageを探そうとしたのだが、今度はその Pageが見つからないのだよ❢
Facebookの検索機能はお飾り程度の機能しかないので、実際の役には立たないのだよ。
そこがFacebookとHome Pageの大きな違いになるのだよな??
Facebookにはindexで纏めるという機能が無いのだから・・。
私がYouTubeに教室の発表会での演奏をupし始めたのは、2011年からである。
と言うか、随分昔からYou Tubeがあるような気がするのだが、You Tubeが日本に入って来たのは、2007年ぐらいかららしい。
だから、2011年という時間は決して一般的にはそんなに遅いものではないのだ。
当時は、発表会の報告という形で、homepageとlinkをさせて、uploadしていたので、homepage上に、古い発表会のPageが非常に多くなって来たので、古い発表会のPageを削除する時に、同時にYou Tubeの動画も削除してしまった。
今、思えば、なんと勿体無い事をしたものだろうか・・・でもあるが、それを嘆いても、もう遅きに失したのだよ。
但し、「勿体無い!」と言っても、それは2011年以降の発表会の話であって、それ以前の教室を開設してからの(・・βのvideoの一般家庭用のrecorderが発売されてからの・・)videoが存在する1982年の南大塚の発表会以降のvideoは一度も公開はされないままの話である。
教室の開設の日時が曖昧なのは、教室という形態の定義に拠るのだよ。
東京に生活の基盤を戻して、大学の講師をしながら、数名の生徒を指導していた時期の生徒から、文部省関係の仕事をしていた当時の友人から芦塚methodeの証明としての実践の場としての教室の開設までの、どちらが本当の意味の教室の開設になるかが、判断付き兼ねるからである。
それ以前の話しとしても、音大時代には生活のために、多くの受験生を指導してきたので、
つまり、私が東京に戻って来て、最初に指導した小学生数名の子供達が、職業音楽家にそのまま成長をして、その中の数名は教室を開設した後も教室と関わりを持ったからで、その区分は頗る曖昧であるからなのだ。
まあ、いずれにせよ、1982年の4,5年前まで遡るだけなので、誤差としては、「数年」という事なのだよな??
教室の形態としては、videoではなくcassette tapeしか存在しない「ピアノ工房広川」の11名程度の超mini発表会から、発表会の形態(所謂、企画構成)は変わっていない。
最初のvideoでも、orchestraの部と室内楽、soloの部に分かれて構成されているし、年2回の発表会としてのcurriculumも変わらない。
それは、芦塚methode上で企画運営された発表会なのだから、最初から完成形の発表会になるのだよ。
と言う事で、1982年から2011年までの膨大な映像資料は、お倉に入ったままで、事務所の膨大なゴミ化していたのだが、資料として倉庫に眠っているだけでは、ゴミ屋敷に過ぎないのだよ。
しかし、それをuploadして公開するとなると、余りにも膨大な作業になるので、この20年間、見ざる聞かざるを極め付けて来たのだが、生徒達や一般の人達からの「この曲のlessonのvideoを見たい」と言う乞いや、教室も開設から早、半世紀近くにもなって来たので、教室史のような詳しいdataが欲しいという先生達からの要望もあって、紙のdataではなく映像を伴ったdataを作る事を思い立っに至った。
それが、突然の超古い発表会の演奏のvideoをuploadした理由である。
また、生徒達に取っては、同じ曲を過去の先輩達がどのように演奏をしたのか、lessonを受けて来たのか??・・を知る事は、とても勉強になるので、(全ての曲をupするのは、不可能なので、)教室の常設曲のみの演奏を古い教室開設時からの映像をupする事にしました。
『ありがとうございます!!
拝見しています。
小学生の趣味の子にチャイコフスキーが弾けるように教えるのは教師としては想像もつかない驚愕の世界です😳
素晴らしい。ピアノ伴奏も大変な負担ですよね。
でも、今チャイコフスキー勉強してるので、「こういう解釈されてるのかー」とか、「ボーイングこの手があったのか」などなど、とても参考になり、楽しく拝聴しています。送っていただいて、ありがとうございました』
・・といった暖かいcommentも頂いています。
11月2日1日から2日に掛けて書いた文章が·
11月の1日から2日に掛けて書いた文章が、全く見つからなくなってしまいました。
Facebookは本当に不思議だよな??
何処をどう探せば良いのだろうか??
昨夜からの経緯をウダウダと書いていたのだけど、途中まで書いて寝てしまったので、「その先を書こうか?」と思ったのだが、文章自体が全く見当たらなくなってしまったので、編集履歴から探す事も出来ないのだよな??
•••と言うか、この文章も明日には見つからなくなっていたりして・・・
「不思議な事に•••」という言葉が使えるのは、それが起こる事が、超、珍しい事でなければならないのだが、Facebookでは、文章が消えて無くなる事は、時折、見受ける事なので、「不思議・・」とは言えないのだよな??
Halloweenコンサートの日と、川崎の病院の予定は分かれていなければならないのだが、それが繋がっているのは、コロナでおさらい会の予定が二転三転したからなのです。
そもそも川崎の予定は一年も前に決まっていた事だし、Halloweenコンサートは元々、夏のおさらい会だったのだ。
夏のおさらい会がコロナで2回、3回と伸びて、Halloweenの日に収まったに過ぎないのだよ。
だから、私のrotation的には有り得ない予定の連日の予定になってしまったのだよ。
なんとかHalloween Concertoと川崎の腹部大動脈瘤検査の予定を団塊の世代の頑張りで熟して、夕方の5時に椎名町に戻って来たので、大急ぎでそれからハイツに戻って、荷物も着替えもそのままの状態で、爆睡をしたのだよ。
食事の予定が夜の10時45分から・・という事なので、10時半頃に起き出して、慌てて椎名町に食事に行ったのだが、そこまでが今日の限界であった。
・・という事で、プリドルのお散歩はパスをして、食事だけを熟して、なんとかハイツに戻って来たのは、もう1時半を過ぎた頃であった。
「気分直しにテレビのドラマでも見よう!」と思って録画していたテレビドラマを再生して見たのだが、全く気分が乗らないので、諦めて寝た。
でも、「これでやっと、普段の生活に戻って来たのかな??」と思ったのだがね〜ぇ??
中々、体調がね~ぇ??
椎名町から持って来た8㍉のvideotapeだと思った東京大泉学園のユメリア・ホールのvideotapeは、dvcのvideotapeで、8㍉cameraでは再生出来なかったので、「dvcのcameraを椎名町で探さなければならない!」という事になってしまった。
それは大変だ❢
椎名町はblackholeなので、そこで物を探すのは、殆ど不可能な事だよな?
ゆめりあ・ホールのtapeでも、5巻だけが必要なのだから業者にでも出すか??
11月2日記憶の中の時間軸を調整しています。 ·
lineの会話の時間から、時間軸を割り出して、正確な日常の動きを書き直しました。
1日は川崎から帰って来たのが夕方の5時で、それから爆睡したので、夜の10時過ぎには起き出して、11時には食事に椎名町に行きました。ドルプリっ歩をすっぽかして、深夜の1時半にハイツに戻ったのですが、そこで、8㍉のvideoーtapeのcheckをしました。
次の文章に続きます。
「昨日は、川崎の病院に行くだけで疲労困憊してしまい、8㍉のtapeのcheckだけで、終わってしまって、1日・・何も出来ませんでした。
くどいようだけど、本来ならばHalloween Concertoの安息日になるハズなので、それでも病院の検査だけは出来たので良しとしましょうかね??」
ここまでが1日の深夜のお話になります。
それで、次の日の朝は、朝の5時から、brotherのprinterのWi-fi接続関係の資料を調べて、仮眠をして7時に起きてパソコンを開いて、仕事modeに入ろうと思ったら、パソコンの音声が全く出なくなっていました。
それからはパソコンとの格闘です。
延々とパソコンを弄って、なんとか状態のcheckとrealtek audioの再installとパソコンの再起動を繰り返したのですが、状況は全く改善しません。
パソコン本体の前と後ろの音声のjackが死んでいるのです。
と言う事でbluetoothのearphonesで音声を聴いて見たら、正常に再生されます。こりゃあ、理解不能だぞ???
と言う事でついに諦めて、Dellのsupportcenterにmailでhelpを要請しました。
・・とまあ、午前中の10時半までが、パソコンとの格闘です。
11時からは椎名町で蕎麦timeの予定だったので、準備をして椎名町に移動しました。
椎名町に着いたら、玄関にプリだけが待たされていて、斉藤先生もドルも影も形も見えません。
どうやら、ドルが我が儘で、endlessのお散歩に行ってしまったようで、プリが「もう、待てない!」「早く部屋に上げろ!」とワンワン吠えてうるさいのですよ。
「静かに!!」と怒鳴っても、プリは耳が聴こえないので、eye-contactで目を見つめる事で、静かにするように言いました。
12時近くになって、やっとドルが帰って来ました。やれやれです。プリは足を洗って貰うと、直ぐに私の椅子の下で爆睡に入りました。
お蕎麦を食べた所で、Élégieが切れてしまったので、ハイツに大急ぎで戻って、また爆睡をしました。お昼の1時です。
bedに入る準備をしている時に、パソコンの電源を入れたら、なんと、音が出ます。2時間程、電源を消していた間に、勝手に直ってしまったようです。
「あれ~ぇ??Dellにはmailで修理の要請を出したぞ??どうするかな??」と思ったのですが、取り敢えずは寝る事にしました。
今はお昼の3時です。
疲労が完全に抜け切っていないので、toilette-timeを済ませたらまた、寝ました。
今度は4時を過ぎた所です。
bedに座ったままで、ぼんやりしていたら、Dellのsupportセンターから電話があって、指示に従ってパソコンのcheckをしました。
20分くらいかな?
softのbugという事で、後で音声のDriveの入れ直しをするそうです。
勿論、自分で・・・・ですがね??
夕方の6時を過ぎた辺りです。
明日の水曜日が教室のお休みだそうなので、10時頃には、先生達二人共椎名町に帰って来るそうで、夜食はいつもの通りに10時45分ぐらいの予定なのですが、非常に疲れが出たので、またbedで眠る事にしました。
くどいようですが、本来ならば安息日で、一日寝て養生に務める日だから、良心の呵責は必要ないのですよ。
なんと、目が覚めたのはcinderella-timeの12時です。
と言う事で、今日も夜食を食べるのは諦めて、ハイツに引き籠もる事にしました。
勿論、冷蔵庫の中には、食べ物が全くありません。
どんなに疲れていても、空腹は襲って来ます。
未だ、元気な証拠なのかな??
「Und immer was zu essen fand」
何か、探してみよう??
was zu essenを・・!!
11月3日『ダメ出しmarkについてのお話』 ·
昔々、私が未だ音大の学生であった頃の話なのですが、その頃の友人の後輩で、恋人でもある人から突然、「あなた、私の事を**と言ったでしょう」と怒り捲くられてしまいました。(**は、その女の子のあだ名なのですが、恋人である彼は、「可愛らしい」というimageで敬愛の意味を込めて、彼女の事をそう呼んでいるのですが、私はマジに、彼女のあだ名は覚えていません。彼女も彼氏からそう呼ばれる事は吝かではなかったようなのですが、他人からそう呼ばれるのは許せなかったようです。)
私が、「いや、そんな事は言っていないけれど・・」と言うと、彼女が「でも、私の彼氏があなたが私の事をそう呼んだと言ったのだから、絶対に言っている!」と、更に怒りまくって来ました。
私も、身に覚えの無い事を言われてしまって、超、困惑してしまい、彼女の執拗なclaimに、私も、ついに切れてしまい、彼女に言ってしまいました。(当時は若さもあって、短気で、よく切れていたのですよ。)
「私があなたの事をそんな風に言う程、私はあなたの事を気にはしていないよ・・!!」と・・!!
彼女は絶句して、呆然と立ちすくんでいました。
勿論、これは女の子には、絶対に言ってはいけない言葉である事は、重々、承知の上での発言です。
若い私は、彼氏の言う事は常に正しくて、他人を否定するような態度が許せなかったのですよ。
後で、彼氏は、私に平謝りで謝っていたのだけど、私って、結構根に持つtypeなのよね??
歳を取った今は、人に対して、人格を全否定するような、そんな言い方をする事は多分、もう無いとは思いますがね??
気にもならなければ、文句を言う事も無いからね??
さて、本題に入って・・・
You Tube等を見ると「いいね!」の反対(なんと言うのか知りませんが・・)があって、神様の演奏に対しても、それなりの「反対」が押してある事をよく見受けます。
特にproの人達がそういった「ダメ出し」を押す事は許せない事です。
師匠のGenzmer先生は当然、生徒達を指導する分けなので、生徒の作品を批評するのは当たり前なのですが、師匠のRatでは、生徒が自分の作品を出版した場合、公開演奏をした場合、concours等で入賞した場合には、その生徒をproと見做して、その作品を研究精査するのだそうです。
私が国際作曲コンクールで入賞をした時も、先生から突然、masterで呼ばれて、混乱してしまいました。
Genzmer先生の一言では、「proとしては、社会に確立している先人達を批判してはいけない。好き嫌いではなく常に学ぶ姿勢を大切にしなければならない。」とお話をされていました。
と言う事で当然、好きな作曲家は幾ら居ても良いけれど、嫌いな(Classicの)作曲家は作っては「ダメ」というのが教室の方針なので、生徒達も嫌いな(Classicの)作曲家はいません。genreが違えば、好き嫌いが出ても当たり前なので、葉加瀬太郎が好きでも嫌いでも教室の方針としては構わないのですよ。AKBでもね??(可愛ければ良いのです。音楽を消して見ればとても小悪魔的で素敵です。アハッ!)
神様の演奏以上に、良いものとはどんな演奏だろうか??
神様の演奏が、好きでなかったとしても、それは「ダメな演奏」では無く、ただ単に、「好みの演奏では無い」という事だろうが!!
それを持って「ダメ」を押す事は出来ないと思うのだけどね??
いつも、不思議に思うのだけど、この「反対」の人達は、どんな演奏ならば、「いいね!」を押すのかね??
多分、私だったら、明らかに嫌いな演奏だったら、絶対に聴かない・・どころか、siteを開きもしないだろうし、「ダメ!」を押す事は絶対に無いのだけどね??
だって、それは趣味の問題で、頭から嫌ならば、最初から見なければ良いのだからね??
それとも、アンチ巨人のように、「反対」が「いいね!」の意味だったりして・・
(アンチ巨人フアンは隠れ巨人フアンなのだそうですよ。)
祖母が良く口にしていた言葉で、選挙では、一般の人達から叩かれる事も、支持者を得るための票稼ぎの大きな手段なのだそうで、一番怖いのは、一般大衆に興味を抱かれない事なのだそうです。
批判していた人達は、必ず支持者になってくれるのだそうです。
政治家としての、最大の失策は「一般大衆に興味を持たれない事」なのだそうです。
まあ、そういったダメ出しならば、意味もあるかも知れないけれど、それにしても、You Tubeのダメ出しは酷過ぎるよね??
つまり、You Tubeにある下の親指の意味は、嫌ならば見なければ良いのに・・、或いは、皆、自分の動画の「いいね!」の数を知りたいのに、「ダメね!」を削除する項目が無いのは問題だよな??
今では、SNSでは「ダメね!!」は最初から無くすsiteの方が多くなっているのに、You Tubeでは未だしつこく「ダメ出し」があるんだよな??
確かに、私がnetで物を購入する時には、評価の項を読んで、ダメ出しの項は特に丁寧に読みます。
ダメ出しの方がその商品の内容を詳しく調べている事の方が多いし、気付かなかった問題点を指摘してある事があるからです。
でもYou Tubeの「ダメ」には「ダメ」の評価の基準が書かれていません。
何故「ダメ」なのかの理由が分からない「ダメ」は意味の無い「ダメ」です。
そう言った「ダメ」では、悪意のある「ダメ出し」と、冷静な評価による「ダメ出し」の区別が付かないのです。
「ダメ出し」には冷静で、ちゃんと理解出来た上での「ダメ出し」があります。
音楽評論でも、私が学生時代には、そういった単に「ダメ」と言うだけの「ダメ出し」の論評が多かったので、私はそういった一般の音楽評論に対しては頗る懐疑的でした。
私が生活のためのバイトで、著名な評論家の先生達のghostwriterをする事がよくありましたが、そういった時には、私は、必ず、何が「ダメ」か??・・だけではなく、それをどうすれば良かったのか??・・までを書く事にしていました。
それは著名な評論家の先生達からも好評を頂いて、そのバイト代は、大学生の間の食費・・というか、飲み代に化けていました。
当時は、私は自炊が好きではないので、夜食として、近所の寿司屋で毎夜、徳利を16本も並べていたのでね!!
教室を開設するまでは、結構飲み代が大きかったのですよ。
毎月、夜の飲み代だけで、50万は行っていたかな??
バブル経済で、しかも、養父から保証人を断られたので、家を買う事が不可能になったので、諦めて、その分を飲んでいたのですよ。
儚き人生なのです。ハイ!
ダメ・ダメと言うのは、日本の儒教教育根幹であって、copyをする事が日本の教育の根本となります。
concoursでは、当然技術が評価されて、音楽性が評価される事はありません。それはどうしてか??というと、音楽性のような情緒的な要素が強いと、10人の審査員の評価がバラバラに分かれてしまうからなのです。つまり、或る先生が100点をくれても、別の先生が0点ならば、その評価は50点にしかならないからなのです。
つまり、音楽大学の先生が音楽表現を指導する事は無いのですよ。
と言う事で、Bachの無伴奏でも、SibeliusのViolinConcertoでも、体を微動だにさせずに硬直したままで奏く・・これが日本の演奏styleです。lächerlichだよね??アハッ!
昔々、星那ちゃんがconcoursに出た時に、技術的には問題は無いのだけど、演奏表現が硬いので、「これでは本選で入賞するのは無理」という事で、演奏表現に「表現の振り付け」を付けて出演させました。
全国大会に入賞した時の星那ちゃんの審査員の評価の欄には、「情緒が優先して表現過多なので、普段から自制するように・・」という評価が書いてあって、「やった~!!」と思いました。つまり、審査員の言う表現過多ではなく、「表現過多の表現」が審査員を騙せる程に、完璧に出来た・・という事なのでね??
正に、舞台芸術では絶対に必要な技術なのですからね??
全国大会の審査員を騙せる程の振り付けならば、演奏表現としては、これからも、鬼に金棒ですからね??
この星那ちゃんが受けたconcoursでは、各審査員が評価を書くので、何が高評価か、或いは何が足りないのかが、一目瞭然に分かります。
しかし、日本で権威のあるconcoursでも、評価が出ないconcoursの方が殆どなので、そこでは日本の政治の社会のように、音楽大学の教授同士の馴れ合いの裏取引でconcoursの順番が決まるのです。
言い方を変えると、concoursを受ける前から誰が一番になるのかが、決まっているのですよ。
日本で一番権威のあるproの演奏家への登竜門としてのconcoursなのですが、予選を聴きに行く機会があって、椅子に座っていると、次に男の子の出番の前に、周りの音大生達が「次の人が今年の一番になる人なのよ!」というつぶやき声が聴こえて来ました。
まあまあ、そういった事は日本の音楽界では、常識なのだけど、一般の音楽大学を目指す受験生の人達の間では、未だconcoursを信じている人達も多いようなのでね。
音楽大学に入学してしまえば、そういった裏事情はツーカーなのだけどね??
音大生も一般人に対しては口が硬いからね??
まあ、それはどこの世界でも、当たり前か・・??
評価の信じられるconcoursは、日本では非常に数少ないのですよ。
という事で、審査員の実名入りで評価を書いた紙を渡してくれるコンクールは信用於けるコンクールだと思いますよ。
11月4日『あの人に 伝えておくれ 今夜も私は眠れない・・と・・』 ·
今はもう、11月の4日の木曜日の深夜の3時半になる所です。
嫌な事があって、すっかりと鬱な気分になってしまいました。
欝になってしまうと、思い付く事はいつも同じ事ばかり・・
言いたい事は山のようにあるのだけど、それを言っても、詮無い事なのだよな?
もう、同じ事を繰り返し、40年間言い続けて来たのだけど、何一つ変わる事はなかったのだよな?
その場では、理解して貰えたとしてもパドヴァの聖アントニウスのように、3歩歩くとすっかり元の木阿弥なのだよな??
という事で、超、面倒くさいのだよな??
流石に、40年も同じ事を言い続けて来れば、そろそろ飽きるわさ!!
俺は「自分の心の安定のために•••」ならば、教室なんて・・「いつ、やめて良いのだけど•••!」と言っているのだけど・・ね??
昔のように、徳利を16本も転がして、傍にいる誰かにウダウダと愚痴を言う気力も体力も無いし(勿論、お金も時間もね?)、おとなしく、録画したテレビを見る元気も興味もありません。
つまり、マジに、鬱なのですよ。
パソコンに向かって、徒然なるままに、由無し事をそこはかとなく書き綴れば、そのうちに、Sandmanがやって来て、瞼に砂を掛けてくれるかもしれません。
・・と言う事で、気分転換にvideoの編集作業を始めました。
写真は、Portugalのport-wineのSandmanです。
超、強いので、glass一杯だけを飲んだら、後は糖質0のbierにして、飲みながらの作業です。
次いでに、今日の録画は「相棒」なので、見ながら・・の作業にしました。
平行の平行の並行作業です。
これぐらい並行作業を重ねると、少しは気が紛れるのかな??
今日はTeleworkが入っているのだけど、それまでに、lessonする気分になれるのかな??
パドヴァの聖アントニウス
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9569221
【初音ミク】 マーラー: 魚に説教するパドヴァの聖アントニウス
11月6日こもごも ·
文章を書いているのが、深夜だと、日にちの設定が難しくなる・・というのはよくお話をしていますので、面倒くさいので、ここでは繰り返しませんが、「昨晩は・・」というと、正確には、5日のお話になりますが、今は28時なので、4日の深夜のお話になりますが、超、鬱が酷くて、体調も頗る不安定な状態だったのだけど、団塊の世代の頑張りというか、悲しさと言うか・・で、ドルプリっ歩のlong-courseに付き合ってしまいました。
流石に、バテたぞよ!!
と言う事で、「深夜にお散歩をするからバテて、辛いのだ」と言う事で、次の日の朝は8時半から、ドルプリっ歩の朝っ歩のlong-courseに付き合いました。
結果は、体調的には、余り変わらなかったけれどね??
ドルは折角、朝っ歩を付き合ってあげたのだけど、ドルとしては朝の営業活動で「可愛いね!」を色々な人達から貰ったり、お店の人達はドルのために、おやつを準備してくれているので、それを貰って回るのが目的なので、2時間半のcourseが標準なので、50分のlong-courseは、不本意で不満足なのです。
「可愛いね!!」が足りないと不満顔です。
お散歩が終わったら、そのまま、2022年の春の発表会のオケ室内楽の曲決めとmember決めをしました。
即断即決が私のmottoなので・・ね??
お昼は超美味しいハズの私のrecipeのスープ•トロスパなのですが、糖質dietのために、ロカボ麺の大豆麺だったので、美味しさも中くらいなりロカボ麺、••です。
人生不満足だらけだなや??
食感はそのままで・・diet麺を作るのは、そんなに難しいのかね??
理解不能だよな??
それにしては、お寺のなんちゃって料理は凄いよね??
見た目だけではなく、味まで本物そっくりで、言われなければ分からない物もあるからね??
やっぱ、昔の人は凄いのだよな??
それとも、食べてはいけないという環境で、何が何でも食べたかったのかな?
ならば肥った人がサプリでも作れば良いだけのハズなのだがね〜ぇ?
食事timeが終わったら、楽譜の準備をしなければならないので、私はお邪魔虫なので、ハイツに大急ぎで戻りました。
軽く仕事をしようと思ったのですが、突然、バテてしまって、夕方からは爆睡してしまいました。
食事の時間も大幅に遅れてしまって、椎名町に辿り着いたのは、夜の11でした。ドルプリは私がお散歩に付き合うのを待っていたようですが、超、遅くなったので、私が食事をしている間に、お散歩に行って貰いました。
帰りには再生出来なかった発表会のvideo-tapeを持って帰りました。再生不良で再生出来なかったvideo-tapeなのですが、deckの故障と言う事が分かって、別のdeckでの再生のための、ハイツに再び持って帰ってきました。
前回は、再生出来なかった2001年の4月の15日の浦安市の文化センター大ホールのvideoです。
11月7日『パソコンのmonitorがとうとう壊れた!』 ·
この所、調子が悪かったmainのパソコンのMonitorテレビが、とうとう完全に壊れた❢
次いでにパソコンは本体もおかしくなってしまった。
Monitorが壊れると、パソコンが閉じれなくなってしまうので、色々なMonitorに接続させて、パソコンを閉じようとしたのだが、それぞれのMonitorとパソコンの接続のcodeが合わなくて、codeをひっくり返して探すのが大変であった❢
いずれにしても、Monitorのテレビは結構古いanalog時代からのテレビなので、よく頑張って働いてくれた方なのだよな❢
それにしても、パソコン本体もおかしくなってしまったのには、困ってしまうのだよな?
直ぐに、注文をしたので、明日には着くハズなのだが、一人でMonitorの接続の配線作業をするのは大変だよな?
今日も鬱による睡眠不足で、腰痛が酷くなってしまっているのだがね?
あれ??これ以降の文章が削除されてしまっているぞ❢
これがあるからね〜ぇ、Facebookは〜??
困ったもんだ❢
もう、私の人生はとっくに終わっていて、今は余生なのだから、私を信じて付いて来てくれる人だけを指導する事にして、後は、楽しくやって行きたいよな〜ぁ?
ホンの少しでも、私に疑問や不信感を持つ人達は、ほかの先生や居場所を探してくれよな〜ぁ??
鼻詰まりが酷くなって、bedでは眠れなくなってしまった❢
椅子の上で仮眠をする事にしよう。
と、思ったのだが、やっぱり眠れないのだ❢
・・とか、ウダウダと書いていたら、サブの大型パソコンまで、おかしくなって動かなくなってしまった❢❢
(昨日今日、mainのパソコンが開かないので、sub・subのパソコンでFacebookを書いていたのだよ。)
このsub・subのパソコンはsubパソコンのsubなので、滅多に電源を入れる事はないので、最初から調子が悪かったのだけど、あまり気にはしていなかったのだが、とうとう全く立ち上がらなくなってしまった。
なんだろうね??
同時に大型のパソコンが2台も壊れるなんて・・・??
「virusの所為ではないの?」と言う人もいるのだが、確かに、super・Securityというsoftは、時折、Dellとcrashしてしまう。
それならば、super・Securityをupgradeするか削除すれば良いのだが、その作業をしている間に、blackoutしてしまうだけではなく、暫くの間は、同じerrorの状態になってしまうので、中々、単に削除するという事が出来ないのだよ。
という事で、已む無くサブのパソコンを立ち上げて、通り一変の仕事をしたのだが、同じDellなのに、全く動きが違うのだよな??
使い難くて困ってしまうのだよな?
11月8日体調不良や鬱やパソコンも壊れたので·
昨日の11月の7日の日曜日は、次回の発表会とChristmas会の「曲決め」と「曲渡し」の日なのだが、Christmas会までには二月も無いので、練習の時間が全く足りないので、練習に入る前に、初見大会を同時にして曲のimageを先に作ってから、練習に入る予定だったのだが、鬱と体調不良が酷いのと、パソコンが壊れて仕事が出来なくなったので、千葉まで行く事は取り止めてしまった。
折角、コロナも収束気味なので千葉まで行って、曲のimage作りのお手伝いをしようと思ったのだが、欝が酷いと、本当の気持ちがついつい口から出てしまいそうになるので、独りハイツに籠っていた方が、お互いのためなのだよな??
・・という事なので、ハイツでの引き籠もりにしたのだが、それは、独居老人のいつもの日常生活のままのハズなのだが、mainのパソコンのMonitorが壊れてしまって、部屋の中央に鎮座するmonitor画面がblackoutしたままで、その空間が「開かない」という事で、「blackhole状態」なのでは、ここがいつも生活をしている空間であるハズの仕事部屋である事が否定されてしまって、何処か見知らぬ場所と時空に独り取り残されてしまっているような、妙な気分に襲われてしまっているのだよ。
このmainのパソコンは、私の、鬱や体調不良が酷くなって、自分自身へのcontrolが利かなくなった時にも、パソコンに向かって自分自身を語る事が、欝から逃れられるスベ(術)だったのだが、その武器を奪われるという事は手足をもがれてしまった鳥のように、いたたまれなく不安で落ち着かない気分にさせられてしまったのだよ。
勿論、このmonitorが壊れてしまう前兆となる現象は何日も前・・というか、所詮は、古いxp時代のパソコンのmonitorとしてテレビがanalogであった頃、やっと薄型のテレビが登場した頃からのmonitorテレビなので、画面の右下の部分にnoiseが出る等々の色々な問題は既に出ていたので、時間の問題である事は重々承知の上の故障だったのだ。それがこの2,3日で突然、うんともすんとも・・という状態になったので、少しは驚いたのだが、同時に、「ああ!寿命だよな??」という意識はあったのだよ。
11月8日ハイツにmonitorテレビが着くのを待っていたのだが·
今は11月8日の朝の6時半を過ぎた所です。
昨晩、持ち帰ったお弁当や仕事道具の片付けを今からする所なのです。
・・という事は、昨晩は帰ってからは、何も出来なくて、パソコンの前の椅子に座ったまま、爆睡して、寒くて目が覚めて、慌てて、bedで寝たので、荷物はそのままだったのだ・・、という事なのですよ。
まあ、お弁当もこの温度ならば、そうそうは腐らないだろうしね??
という事で頑張って、後片付けをしながらDouble・subのパソコンを起動させたのだけど、やっぱり無理でした。
兎に角、一度、super・Securityを削除して、Securityの所為なのか試したいのだけど、Securityをupgradeするか、削除するかの間だけでも、パソコンが開いていてはくれないのだよな。
それはそうと、Amazonに発注したmonitorテレビが未だ届かないので部屋で缶詰状態になっている。
配送状況を調べても、「8時に配達中だ」と書かれているのだが、何時に到着するのかは書いて無い。
配送業者に直接電話をしたい所なのだが、配送業者の電話番号が無いし、どこの業者かも分からない。次の日の配送は良いのだが、1日缶詰になるのならば、二度とprimeでは頼まないぞ!!
何時に到着するか分からない荷物をもう、8時から5時間も待っているのだ。
到着するaboutな時間ぐらい教えろよな??
部屋の準備は出来たのだが、テレビはまだ着かない❢
延々と待っても「届いた」というmessageにならないので、夕方の6時過ぎなのだが、確認でテレビではなく、後で発注したvideoコードの配送状況を調べたら、なんと12時過ぎに、配送済みになっていた。慌てて玄関のドアを開けて見たら、玄関の前にテレビとコードが一緒に置いてあった。
配達員は、ベルさえも鳴らさないのだよな??
せめて呼び鈴ぐらいは鳴らせよな?
ドアには在宅中というカードを貼っていたのだけど、無視されてしまったようだ❢
無駄に6時間も待ってしまったのだよ。
どこの配送業者かは分からないけれど、不親切極まりないのだよな??
amazonの配送と書いてあるのだが、外注だろう??
claimもんだよな??
それに、超安い4Kテレビを買ったので、使い難くて困ってしまった❢
解説書が理解不能で、設定に1時間以上掛かってしまった❢
とんでもない場所にswitchがあるのだが、取説ではよく分からないのだよ❢
テレビをひっくり返して見て、始めてswitchの場所が分かった!
とてもswitchとは呼べないポッチなのだよ❢
コード類は整理出来たのだが、箱や発泡スチロールまでは、流石に体力的に無理だったよな?
壊れたMonitorテレビは32型なのだが、今回のテレビは31.5型なので、大分、compactになったのだよな??
それにしても、音声が思ったよりもヘボい❢
音色のselectはあるのだが、どの音色も薄っぺらの音で、聴くに堪えない音なのだよ。
外付けのSpeakerを付けないと音楽の再生は無理だよな?
いゃぁ〜あ、久し振りに汗をかいてしまった❢
11月8日『芦塚methodeの基本は「時短」である。』 ·
時短の勘違いは、「時短=手抜き」という事である。
時短は作業効率を上げる事であり、手抜きとは根本的に考え方が違う。
また、時短が上手く出来ない人は、その場で片付ける事が出来ないし、平行作業が出来ない人達でもある。
時短のコツは整理整頓である。時短が出来ない人達は常に物を探しているし、「探す」という事に対しての問題意識が無い。
整理整頓が出来ない人達の机や仕事部屋は、汚部屋である。
部屋の乱れは心の乱れに通じる。
部屋を仕事の部屋として、或いは音楽教室等のお店として使用する場合には、物を置かない事が秘訣であるが、片付けられない人は、必ず、「後で時間を作って整理をする」と言う。
そして、後で時間を作る事は無い。
しかし、集客力は第一印象で決まる。
客が見学にやって来て、部屋が汚いと思ったら、その客がお店に再び訪れる事は無い。
その時だけ、片付けが出来ていなかったとしても、そのお店の印象が二度と変わる事はないのだよ。
ましてや、教室を探している人がその教室の乱れを見たら、その教室に入会する事はないだろうよ。
ゴミ屋敷で学びたい人はいないハズだ。
倹約の上手な人は、ちまちまとした節約はしない。
塵も貯まれば山とはならないのだよ。
但し、時短ではそれは本当である。
薄利多売の原則通りに、出来うる可能な限りの時短をすると、統合すると大きな時短になる。
もっと出来ない事は時短のために膨大な時間を掛けて整理整頓をする、(systematicにする)という事である。
資料は使った時に、返却する場所を決めておくと、それが整理になる。
返却の場所を決めないから、次に探す事で超無意味で無駄な時間を失う事になる。
物を探す無意味な時間は、整理整頓に掛ける時間よりも遥かに膨大なのだが、その1回の事しか考えないので、物を探す事の方を整理整頓よりも選ぶのだよ。
片付けられない⇒その場、その時に片付ける事を惜しんで、探すという膨大な時間を失ったとしても、その時間を惜しむ事は無いのだよ。
小銭を惜しんで、大枚を失う。
薄利多売の法則の勘違いは「小銭を惜しむ。」という意味ではない。
人件費や合理化等で、お店のimageが壊れてしまい、潰れて行ったお店も沢山ある。
時短とは合理化を意味する分けではない。
蕎麦屋の玄関を見ただけで、その店の味が分かる。
店が汚い不始末なお店の味はその程度に過ぎない。
会社の仕事の効率を上げる秘訣は整理整頓の技術に他ならないのだが、それを合理化と勘違いする人達が多い。
生徒、父兄、clientに対してのlectureや説得は、相手が教室に対して好意を感じている時にのみする事である。
生徒父兄が、教室に対して、或いは先生に対して、反発を感じている時には、何を話ても、無意味で無駄な努力である。
その場で、収まったとしても、一月後、半年後には、結局、反発をしてやめてしまうのだよ。
子供の将来は親の責任であり、親が望んだようにしか子供は育たない。
しかし、その時にしか、指導出来無い事は多い。つまり、子供が成長をして、その技術が必要になった時に習得しようとしても、無理な技術は結構多いのだが、素人はそれを理解出来ない。
11月9日タイタニック号でのお話しです。 ·
1914年の4月の14日に処女航海中に氷山にぶつかって沈没したタイタニック号でのお話しです。
避難するためのボートの数が圧倒的に足りません。
だから、救命のために、子供と女性だけを優先的にボートに乗せる事にしました。
ボートがやって来て「女性と子供達は乗ってください。」
•••すると、女性は言いました。
「私達は家族です。夫と一緒にいます」•••と言って自分たちの部屋に戻っていったそうです。
これはよく、美談として語られるお話しなのですが、でもこれは美談ですか?
これは質問なので、私の話しの続きはありません。
女性のあなたがこの女性ならば、あなたはどうしますか?
子供のあなたなら、どうしますか??
という、人生に対しての問掛けです。
子供は助けたいから旦那は見放すっかないかも、、、旦那に『アンタもどにかして助かるのだよ!!』と言うっかないっしょ?🤮🤩
私が女性でも、そのように応えると思います
昔ブログで書いたことがあります。
ボートが何日も漂流していて、自分と幼い子供が三人乗っている。最後の食事が目の前にある。それを子供たちに分けるのか、自分が食べるのか、、、、
自分が生き残れば最後の最後にみんなが生き残れるチャンスをつかめるかもしれない、、
百人の命を救うために一人を犠牲にできるのかって問題も平和な日本では難しい問題なんでしょうね。
でも、その日本だって去年のコロナの時にもトリアージュが行われていたし、命の現場ではありうること。
みたくないから目を背けているだけなんですよね。
11月9日タイタニック号のお話しの続きです。 ·
映画等では、表現が難しいし、storyとしては面白くもないので、語られる事はないのですが、タイタニック号は当時の技術としては最先端技術の安全対策のなされた不沈船とも呼ばれていた船なので、小さなボートで避難するよりも、船に居て、救助を待つ方が確実だと言う人達が数多くいました。
「不沈船が沈む分けはない」
「沈まないから不沈船なのだろう?」と、頑迷に信じてしまって、逃げるtimingを逃してしまった人達です。
でも、その人達の多くの人は、本当はその技術を信じていた分けではなく、ただ単に怖いから今いる船が不沈船であると思いたかったのですよ。
実際には、信じている人達よりも、「安全だ」と信じたい人達の方が多かったのではないでしょうかね?
私もよく「このままでは船が沈んでしまうよ❢」と言い続けているのですが、火が目の前に襲って来ないと誰も動こうとはしないのですよ。
さて、あなたならば、どのtimingで避難を開始しますか?
或いは、先端技術を信じて避難をしないという事も含めて、お答えください。
①避難しない
②氷山にぶつかった時
③船が沈み始めた時
④救助のボートが来た時
⑤足元に水が迫って来た時
その状況にならないと難しいですけど・・・海水は当然凍えるような冷たさでしょうから早く飛び込んでも凍え死ぬから④ですね(笑)
Meも④!! レオナルド・ディカプリオは海水に浸かってたので死んじゃった😭ローズ(役名)の乗ってる板に一緒に乗ってれば?って、、板がもう少し大きくて2人で生き残るシナリオではヒット作品にはならなかったね、、、
⑤3.11の津波を思い出しました。
未曾有の大災害なので、どうしようも無い事なのでしょうが、津波で行政の定めた避難所に避難した人達が沢山お亡くなりになった事は、断腸の思いです。
500年前の史跡には、古人が津波の到達点を標しているのですが・・行政でも、流石に500年前のrisk管理までは出来ない・・と言う事ですよね??
11月10日『believe、trust、Delusion』 ·
タイタニックのお話の中で、一番、説明が難しいのは、船の技術力を信じている人達と、なんとなく身近なものを信じようとしている人達の信じる事の落差なのです。
割合から言えば、確信を持っている人の方が非常に少なくて、大多数の人達は漠然とした感情で信じているだけなのですよね??
確固たる信念を持って信じていれば、それなりに良いのですが、信じるものが無いに等しい人達の事をなんと言えば良いのか??
『believe、trust、Delusion』
昔、ある有名な宝石店が潰れてしまい、そのお店で出している鑑定書が一夜にして紙くずになってしまって、そのお店で宝石を買った人達が、財産と思っていた宝石がただの石になってしまって、日本中で大問題になった事がありました。(世界中を振り回した日本のバブル景気の縮小版ですよね??)
brandというのは、そのbrandが保証をしているからその価値があるのですよ。
Gucciの何十万円もするpochetteだって、Gucciという企業が倒産すれば、ただの中国製のGucciと同じ値段になってしまうのですよ。
でも、Gucciのbagと違って、本当の芸術品の場合には、作者が死んでも、社会が変わっても、歴史的な価値は全く変わらないのです。
普遍的で変わらないもの、それが芸術なのですからね。
鑑定書と言えば、Suisse政府が発行している世界的に権威のある鑑定書があります。言わば、Suisse政府のお墨付きの鑑定書なのです。
ある有名デパートでStradivariの展示・販売会があって、そこで一台だけ売れ残ったStradivariを持ってデパートの人が楽器店を尋ねて来ました。
数千万で売る予定だった楽器なのですが、フェストで売れ残ってしまいました。
「500万で良いから引き取ってくれませんか?」
楽器店の社長が偶然そこに居合わせた私に、「芦塚先生、幾らなら買う?」
「50万だけど、俺は5万でも買わないよ!」
社長が「俺も50万なら引き取っても良いな??」
デパートの人は泣く泣く楽器を持って帰って行きました。
勿論、その楽器にはSuisse政府の鑑定書が付いているのだよ。
日本でも、大手のデパートなので、鑑定書付きの楽器だけを販売したのだよ。
だって、企画をした人達は、音楽家ではないのだから、Suisse政府の鑑定書ならば信じられる・・と思ったのよね??
でも、この楽器の業界で、鑑定書を信じる人はそうそうはいないのよね??(演奏家の業界ではありませんよ。楽器屋の業界なのだよ。)
Suisse政府のお墨付きでも、売れないものは売れないのだよ。
では、楽器は何を信じれば良いのかな??
つまり、その人に取って、その楽器が本当にお気に入りならば、それが鑑定書なのだよ。
殆どの音楽家達はそう思っているハズだよな。
ドルちゃんが一番可愛いと思っている愛犬家と同じだよな??
愛犬家は皆自分の犬が世界で一番可愛いと思っているのだよ。
若くて超可愛いViolinの女の子が頑張って色々な曲の演奏をYou Tubeにupしているのだけど、その女の子の曲のrepertoryが、ウケ狙いの曲が多いので、ズブの素人のamateurの人達を対象にしている私のrepertoryとよくダブって来るので、ダブった時には、時々聴く事もあるのだけど、その女の子の演奏は兎も角としても、兎に角、楽器が酷いのよね??
楽器の音じゃあなくて、箱の音なのだよ。
昔、箱三味線というのがあったけれど、箱Violinの音なのだよね??
結構高いお金を出して、お気に入りの楽器を買ったのだろうけれど、楽器の選び方や音の出し方が分かっていないのならば、永遠に高みに辿り着く事は無いわさな??
音楽の究極は音を追求する事なのだからね??
但し、日本のClassic音楽で良しとされる音(求められる音)は、Europaで聴こえて来る音楽の音とは根本的に違います。
だから、「音を追求する」・・と言っても、日本ではお話が通じないのです。
勿論、日本人のproの演奏家の中にはその事に気が付いている人達は多いのですが、その人達の一様、一律の弁解は「EuropaのClassicの音楽とは別に日本のClassicというgenreがあっても良いのではないか??」「Europa人の良しとするBeethovenと、日本人の良しとするBeethovenでは、別の音楽でも良いのだよ!」「民族性や時代の違いだよ!」という事なのでした。
まあ、そういった考え方も否定はしないけれどね~ぇ??
でも、音楽を学んでいる学生や生徒達は、自分達が学んでいる音楽がEuropaのtraditionalな音楽とは全く別の次元の音楽だ・・という事を知ったとしたら、中には、本当の本物のEuropaのtraditionalな音楽を学びたいと思っている人もいるのではないのかな??
そういった人達が今学んでいるClassicの音楽が日本独自のEuropaのClassic音楽だ・・という事を知ったら・・
でも日本中、日本流の西洋音楽なのだから、仕方ないのかな??Europaの音楽界で認められた稀有のcontraltoだったのだけど、日本に帰国して、2年目には普通の日本流のalto歌手になっていたよな??
その2年目の歌声を聴いた時は、流石に、超、shockだったよな??アハッ!
お国が保証をするのならば、安全と思うのかも知れないのだけど、お金だって、戦争や政治・行政の失敗で、経済が破綻すれば10万円がたったの1円になってしまう事だって、しょっちゅう、あるのですよ。私でも、産まれてすぐの時代では、1厘や1銭で駄菓子を買った事があったのです。
今も世界中のどこかの国では、それで大混乱になっているのだよ。
このお話は極めて日常的な事で、普通の事なのだよね??
例えれば、学校の先生の指導や学校のやる事は信じられない保護者の人達が、学校教育の制度に関しては盲目的に信じていると言う事です。
有名大学から一流の企業に就職する事が幸せの条件のように言われて来た事があったのだけど、それは、昔々の終身雇用制度が成り立っていた時代の話ですよ。
今は逆に、一番不安定な道になってしまっているのだけど、誰もそれを理解しようとはしないよね??
また、自由奔放を個性の時代とか言って、勝手気ままな事が個性と勘違いしている輩もいるようなのだが、個性が認められるのは、i dentityとして、その個性が人よりも優れている場合のみだ・・という事を理解しないのだよな。
自由は放縦とは違うのだよ。
私は留学中は外国に居たので、年金を払っていませんでした。
勿論、日本に居ないのだから、税金も・・(当然ですが・・)
日本に帰って来て、暫くしてから、練馬区の区役所から「年金を払うように」と呼び出されました。
それも、留学中の外国で生活をしていた期間も含めて支払うように要求されたのです。
(当時は、年金は希望者だけの、申し込み制だったのですよ。年金のお金が余って使い道の無い時代だったのです。当時の私達の親達は30万近い年金を貰っていたのですよ。)
私は役所の人に「年金は人口が限りなく増加するという前提の元に成り立っているので、人口が減少を始めたら、年金は崩壊するのだから、私が年金を受け取る頃には、年金はもう支給されない。」と言ったのですが、役所の人は、全くちんぷんかんぷんで、「「日本の人口が減少する」と言う事は有り得ない」とまで、言い切っていました。
当時は日本の人口が、1億1千万に近づいている頃だったので、「1億2千万という人口は、この狭い日本には有り得ないのだよ」と言ったのですが、「この人、馬鹿じゃないの??」という目で見られてしまいました。
その話を教室でしたら、保護者の人が「芦塚先生はお国のする事が信じられないのかね?」と呆れかえっていました。
勿論、お国のする事だから信じられないのですよ。
だって、議論や調査を尽くしても、自分達に都合の良い意見しか採用しないでしょうが??統計の専門家の人達によると、統計は結果を予測して取る事が出来るのだそうですよ。「無作為に集計した・・」と言っても、集計する時間や媒体、「パソコンがrandomに集計した・・」と言っても、そこに作為が働くのですからね??
今回のコロナの時にも、政府は行政主導で政府の都合の良いように指導をしたのだけど、もう少し、民間の専門家の力を信じても良かったのではないのかな??それが行政の遅れになっているのだよ。
netだって、お隣の韓国に大幅に遅れを取っていて、世界でもnet後進国になっているのだけど、それは大手企業の利潤を優先したからに他ならないのだよ。
光fiberは民間の日本人が作ったのだけど、官や大学がそれを認めなかったので、二束三文でAmericaにpatentを売ってしまったのだよ。その時に民を認める為政者がいたら、net後進国と言われないでも済んだのにね??
でも、年金のお話は、私は50年も前から、それを言い続けて来たのですが、当時は誰も私の言う事を信じてくれなかったのだけど、今は、それが全て現実のものになって、政府は消費税を上乗せする事で年金をなんとかしようとしていますし、後期高齢者になっても、働いている人には年金はもう、支払われないのですよね~ぇ??それならば、年金の意味は、社会奉仕活動になってしまうよね??
そこまでしてまで、年金に加入する意味はあるのかな??
年金の話はそこまでにして、
私は被爆者という立ち場もあって、若い頃は、結構、原発を作る事に反対の立場を表明していて、発言や実行はしないまでも、そういった場に出掛ける事はありました。
勿論、友人達に付き合って・・のお話なのですがね??
テレビでも放映された説明会で、原発を作る事を先導している東大の教授が、「もし、原発が事故を起こしたらどうしますか?」という記者の質問に対して、憮然とした態度で、「起こり得ない仮定の質問にはお答え出来ません。」と答えていたので、「流石は東大の先生だ」と感服してしまいました。
それ以降、国会でも答弁の時に、「仮定の質問には、お答え出来ません。」という回答が流行してしまいました。
それが東北の大地震で現実のものになった時にも、その先生は存命中であったにも関わらず、一度も、マスコミの前で弁明する事はありませんでした。
一昔前の武士ならば、腹を切った所ですがね。
別に、権威主義の権化である教授に、「腹を切れ!」と言っている分けではありませんがね??
「有りえもしない事」と言う事には、NHKのテレビのdocumentの番組でも、東電の弁解には異論があるそうで、とても素晴らしいdocument番組を見ました。
日本には、海から掛け離れたとんでもない場所に神社や標蹟があって、その地名やその町にある古文書で、津波がそこまで到達した事が分かるそうです。
昔の人達は、「ここまで津波の被害が及んだのだ。」という事が分かるように、標蹟に記録を刻んだのですよ。
自分達の子孫の安全のために、後世の人達に知らしめるために・・・
しかし、驚く事に東電側では、原発を作る前に、その500年前の津波の事は把握していたのだそうですが、500年に一度の津波は、riskとしては想定されず、100年間のriskで作られたそうです。
つまり、東電にとっては、500年に一度の津波は、「有り得ないcatastrophe」として認識されたのだそうなのですよ。
勿論、費用対効果としてのお話です。
500年に一度の大津波のために、膨大な費用は掛けられない・・という事で、設定を100年に一度の津波程度にしたのだそうです。
今は、原発はCO2削減の目的に話をすり替えられていますが、当初は、原発は安いÉlégieとしての主張で開発されたハズです。
ましてや、放射能汚染という有り得ないcatastropheが起こったら、それこそ日本には人が住めなくなってしまうのですよ。
CO2削減どころの話ではなくなってしまいますよね??
東北では未だに放射能汚染で住めない箇所があるのですからね??
またぞろ、おエライ先生達は「そんな起こり得ない仮定の質問だ」というかもしれませんが、catastropheは自然災害だけではなく、テロ攻撃でも起こるのですよ。
そうなると、500年に一度ではなく、数年、或いは数日先の事かも知れないのですよ。アハッ!
自然Energieへの移行が、電気を配電するための電線がneckになっているのならば、お得意の国有化をすれば良いだけです。
電線が独占企業になっている事自体がおかしい。
テレビや電話を民営化したのならば、電線なんてお茶の子でしょうが・・
そういった対社会的な、政治的な言動は、慎むようにしているので、国の政策の悪口はそこまでにして・・trust=信頼、信じる事というお話に進みましょう。
人間に取って、一番難しいのは「何を信じるのか」というお話です。
「鰯の 頭も 信心から」という言葉は、節分の時の柊とイワシの頭を飾った所から始まった諺だそうです。
「つまらないものでも信じれば」・・という意味と、真逆のironicalな「つまらないものを信じて」・・という意味もあるそうです。
諺には、常に裏と表の意味があるからね??
「寄らば大樹」とか、「親方日の丸」とかがその典型なのかな??
仏教では3人よれば文殊の知恵という言葉もあるのだけど、 Bruegel の「盲人の寓話」の話もあるからね??(勿論、出典はマタイ福音書ですが)
私は待つのが嫌いな性分なので、行列の出来るお店は基本行かないのですが、それでも何軒か実際に行って食べた事はあるのですが、並の上ぐらいの味でしたかね??
地方のうなぎ屋を訪ね歩いていた時にも、超有名店に何軒も行った事は行ったのだけど、上の下か中の上ぐらいの味だったよね??
つまり、本当に美味しいお店は、有名では無くって、知る人だけが知っているという感じなのですよ。
だって、そういった本当に美味しいお店には一般人は行かないでしょう??
また、ブッているお店では、一見さんはお断りのお店が多いしね??
私は、昔は、職業がら、紹介してくれる人が多かったので、結構,そういったお店でも、ただでお相伴に預かる事が出来たのでね??
独居老人になって、現場から遠ざかった今では、もう、現場の誰とも接してはいないから、そういったお店に行く事も、招待される事も無いのだけれどね??
というか、もう仮に招待されても、行かないと思うよ。
面倒くさいのでね??
11月10日世の中にはYou Tuberという不思議な職業があって、 ·
世の中にはYou Tuberという不思議な職業があって、You Tubeに動画をuploadする事で巨万の富を稼いでいる人達がいます。
「楽に遊んでお金が得れる」・・という勘違いから、子供達の人気の職業の一つになっています。
それがYou Tubeに動画をupすると儲かるという一般人の勘違いにもなっています。
でも、当然の事ながら、現実はそんな甘いものではありません。100万超えのaccess数を、動画で保つ事は大変な事なのですよ。
教室でも発表会の演奏をselectして、You Tubeにuploadしているので、「それで利潤を得ている」という悪意のあるcommentをする人達がいて困ってしまいます。
でも、教室で演奏をuploadして利潤を得る事が出来れば、それはそれで良い事だと思えるので、それも吝かではないのですが、しかし、残念ながら、「教室で発表会の演奏をuploadして利潤を得る」という事は、現実的には可能なお話ではありません。
それは大きく二つの理由によります。
一つはYou Tubeのaccess数の問題です。
つまり、「You Tubeで利潤を得たい」と思っても、access数が1万、2万ぐらいでは、口座が開かないのです。
つまり、それぐらいのaccess数では、payの対象にはならないのです。
最低でも10万を越すaccess数が無いと(それでも、数百円の単位でしょうが・・)payは発生しましせん。だから、実際にYou Tubeでお金を稼ごうと思ったら、通常は100万accessぐらいはないと無理です。
今、教室でYou Tubeにuploadした動画の中で、2万近いaccessをしているのは、唯一、斉藤先生と私が演奏しているロビー・コンサートの「CuiのOrientale(オリエンタル)」だけです。
その演奏でも、教室ではYou Tubeに対しては、patentの契約をしてはいないので、You Tubeから利潤を得る事は全くありません。演奏の閲覧回数が2万回を越したとしても、得れる収入は、たかが数百円に過ぎないのですよ。
私が2011年からYou Tubeにuploadをし始めて10年間で、万のaccessがあったのは、CuiのOrientaleだけなのですからね??
10年で100円の所得では全く意味は無いのでは??
第二の理由は曲に掛かる著作権です。
You Tuberの人達は曲に自分の著作権を掛けて、その動画が再生されると、利権を得るのですが、勿論、著名な演奏家の人達の演奏や、そういった受け狙いの演奏の場合には、同じClassicの音楽であっても100万回のaccessがある演奏も珍しくはありません。
それならば、当然、充分な利益が保証されるハズなのです。
ところが、不思議な事にClassicの音楽ではその演奏する曲の大半の著作権が既に契約されています。
勿論、それが、作曲家や楽譜を出版している出版社に出版料としての著作権料を払うのならば、それはそれで納得なのですが、実際の場合には、それとは無関係な人に、著作権料を払わないといけないのです。
つまり、中国ではないけれど、「三輪そうめん」に対してまでも、patentを掛ける人もいるのだから・・ね??
だから、三輪そうめんが中国で三輪そうめんを販売する時には、patent料を払わないといけないのですよ。
つまり、契約をした時間が勝負で「東京都」ですら、中国ではpatent契約がなされているそうです。有り得ないよね??
教室の発表会でも発表会が終わると生徒達の演奏に対しての著作権料の請求があって、教室はその料金を当然、支払っています。
一般の音楽教室では発表会の専用の曲を演奏する事が多いので、請求される事は滅多にない事なのですが、そういった子供達の発表会で演奏される事を目的とした曲には、事前に楽譜そのものに演奏する時の著作権料が含まれているからなのです。
また、学校や音楽大学内での演奏の場合には、学生の演奏と言う事で、著作権は免除されますが、一般大学ででも公開演奏会の場合には、演奏者に対して著作権料が発生します。
来年は智子ちゃんが大学で卒演でChopinのPianoConcertoの第一番を演奏しますが、学内コンサートと判断されるか、公開演奏会と判断されるかで、著作権料が派生するか否かが決まります。(演奏会後に請求書が届きます。)
(私達の教室の発表会費には著作権料も含まれている・・て知ってた??一般の教室の発表会では著作権が掛かるような曲は演奏しないのでね??曲目も一般の発表会とは違うのだよ。)
You Tubeの場合には視聴すると、You Tubeからその料金が払われるので、個人がYou Tuberに対して、著作権料を支払う必要はありませんが、視聴する事でpayは発生しているので、You TubeからYou Tuberに対して著作権の使用料が支払われる事になります。
だから、既に著作権が設定されている曲を演奏した場合には、演奏した自分に対してではなく、You Tubeで10万回のaccessがあったとしても、そのpatent料は見知らぬ著作権の所持者に払われて、演奏をupした人の手には渡らないからなのです。
勿論、「自分が演奏したのだから・・」と言う事で、著作権料を請求する事も出来ます。
しかし、そのためには、裁判を起こして、自分が利権者である事を証明しなければなりません。
自分の曲を自分で演奏しても、他の人に支払わなければならない場合さえあるのですよ。
著作権を取るのは早い者勝ちなのですからね??
それだけの事をやったとしても、Classicの世界ではYou Tuberの演奏家として生きて行くのは難しいでしょうね~ぇ??
そこは、access数が100万回にも達するpopularの世界の場合には、しっかりと事前にpatentを抑えてから演奏をするので、著作権の専門の会社と契約をするので、基本的に考え方が違うのですよ。
Classicの世界でも、proの演奏の場合には兎も角としても、素人の発表会で幾ら上手な演奏をしたとしても、所詮は発表会に過ぎないのです。
You Tubeからは、payが入る事は絶対に無いのですよ。
だから、私が「You Tuberの真似事をしている」と言う事はYou Tubeの著作権に関して、全く無知な根拠の無い悪意のある噂話に過ぎないのです。
本来ならば、私が発表会での演奏をYou Tubeにupする事で、それが教室の収入になるのならば、私としては、とても有り難いのですがね・・・??
それならば喜んで、(誹謗中傷を受けるのも吝かではない)のですがね??アハッ!
勿論、Classicの世界のお話なので、popularの世界では、日本人でも、1億回のaccess回数を誇る歌手の人もいるので、その人達はYou Tubeで豪邸が建つかもしれませんよね??
クロネコのタンゴを書いた人は、著作権料は会社のものなので、貰った金額は2万円だとぼやいていましたよ。
え?うちの教室がYouTubeで儲けてるのでは?なんて言った人がいたんですか?
笑える💧そんなんで儲けられるなら、音楽教室なんてやらなくても豪邸が建てられるわな。
You Tubeで無理をして儲けなくても、私のorchestraや室内楽やbaroqueのscoreの楽譜代や、CembaloやpipeorganやKontrabassや、Violinやviolaや等々・・・で、豪邸の一軒、2軒は建つよ!!
11月10日今日は歯医者だ ·
今日、11月の10日の水曜日は昨日とは打って変わって、とても素晴らしい天高く馬肥ゆる秋の空である。
・・とは言っても、この所の私の鬱が解消された分けではないので、外が明るいと、逆に部屋に閉じ込められた閉塞感が酷くて、外の天気とは関係なく部屋の中で鬱っているのだよ。
せめて、一坪とは言わないけれど、半畳でも珈琲でも飲んで気分を変える喫茶店の雰囲気の場所があれば、気分転換には良いのかも知れないけれど、それも、まあ、昔からいつも言っている事なのだけれどね??
そういったminiのspaceを作るにも、ゴミ屋敷状態からどうしても抜け出せないのだよな??
余りにも片付ける物が多すぎて、始末に困るのだよ。
断捨離でも出来れば良いのだけど・・
夕方からは歯医者でした。小一時間の・・3ヶ月目の定期のメンテです。
11月11日今日はone・one-dayです。 ·
今日、one・one-day(11月11日)は、昨日よりもますます、雲一つ無いどこまでも透明な秋の空です。
今は10時43分です。
もうすぐ、one・one-dayのone・one秒の11時11分11秒なのだけど、そこまではやる気はありません。
朝からウダウダとオケ室内楽のmemberの話をしていたので、鬱陶しくなって、気分が悪くなって来たので、窓という窓を全開に開けて、部屋中の空気を入れ替える事にしました。
ベランダは、とても気持ちが良いのだけど、まあ、寒い~事!!
マジ、立冬は過ぎたのだよな??
11月12日powerdirecter18のtrouble ·
今日、oneone-dayの次の日の朝なのですが、昨日の深夜から、またぞろパソコンの・・・というか、powerdirecter18が突然開かなくなって、down load版のようなので、back・upのCDや、どこから購入したのかさえも分からないので、Cyberlinkに電話したら、「お客様の都合により・・」とのメッセージが流れて、電話が繋がらないのですよ。
powerdirecterが開かないのでは、今終わらせようと思って頑張っているvideoの編集の作業が全く出来ないので、「一日も速く、修理を・・」と思っているのですが、back・up-CDが見つからないのでは、全く修理不能に陥っているsub-subパソコンと同様に、お手上げ状態です。
取り敢えずは、subのパソコンにある古いversionのpowerdirecter15で急ぎのvideoの編集をしてみたのですが、元々、パソコンの動きが非常に遅いのと、powerdirecter自体が遅いので、たかだか1時間程度の発表会のvideo-tapeの編集に一晩かかってしまいました。
それでも、上手く編集が出来たら、それでも良いのですが、trimmingしたはずの箇所が全くtrimmingされていなかったのですよ。2,3度、やり直して見たのですが、保存が上手く出来ないようです。
「trimmingだけならば」・・という事で、mainのパソコンに動画を戻して、freemake-video-converterでtrimmingだけする予定です。
今は夕方の6時を過ぎた所です。
パソコンの故障に対峙して、丸々一日が過ぎて、やっと、powerdirecter18の修理と、パソコンが立ち上がる時にblackoutして文字が出て、escape-keyを押さないとパソコンが開かない・・という不具合も一緒に治してしまった。
なんとかパソコンが治ったぞよ。
なんと、丸々一日、パソコンに向かって、格闘したのは、流石に疲れたぞよ??
いや~あ、超、ヘバッた!
疲れてしまった!!
と言う事で、今は、未だ、夕方の6時半だけど、本日の営業は終了しました。・・・多分???
・・・予定表を開くか??
何か今日中にしなければならない重要な仕事をパソコンのドタバタで忘れていそうで、・・・怖い!!
Googleの予定表を開いて見たら、やっぱり、糖尿病の注射を忘れていた。・・昨日の予定だった。
昨日の夜はspeakerを持って帰るのを忘れた・・・(というか、大きくて持ちづらいので、意識して忘れたのだよ。)明日はなんとかそのspeakerを持って帰って、パソコンに取り付ける作業をしなければならないのだよな?
この4Kテレビは音声が超ヘボいから、動画の音声がカラカラと乾いた変な響きになってしまって、音声の編集がちゃんと出来ないのだよ。
多分、私も音楽家なのだろうから、パソコンの音声だけはちゃんと聴くに耐え得るようにしておかないとね??
11月13日パソコンの作業が飽きてしまったので ·
昨日は、丸々一日パソコンに向かって作業をしていて、流石に、途中で、何度か、発狂しそうになってしまったので、夕方の6時半にはパソコンの作業が終わった事を先生達にlineで報告をしたら、お食事timeを7時半に前倒ししてくれました。
・・と言う事で、ドル・プリっ歩も9時前には出発出来たのだけど、すっかりと老犬になってしまったプリが散歩を嫌がるようになってしまったので、ドル・プリっ歩では、ドルがプリを無視して、勝手にサッサとお散歩に行ってしまうpatternと、道路に寝そべってプリが来る事をウダウダと待つpatternの二つがあって、昨晩は延々とプリが来るのを待つpatternで、プリが前に進むのを待って、道路で呆然と立っていなければならないので、流石に、ブチ切れてしまいました。結構、一日、パソコンに向かっていたので、腰にも来ていたのでね!?
「お散歩、行かないのならば、サッサとハイツに帰るぞ!!」と・・!
慌てて、ドルとプリは(渋々でも・・)歩き始めて、結局、通常のlong-courseのお散歩をしました。
事務所に戻っても、そのままハイツには戻らないで、珍しくテレビのdocument番組を見て、それでも、定刻の12時前にはハイツに戻りました。だいぶ、だらだらと、時間を費やしたのだけど、startの時間が早いと、ウダウダしても、帰り時間は定刻になってしまったのですよ。
本当ならば、椎名町で晩酌をしたい所なのだけど、そうすると帰りがタクシーになってしまい、次の日は電車と歩きになってしまうのでね??事務所が椎名町にお引越しをしてから、殆ど、晩酌はしていません。事務所に泊まるのも大変なのだよ。腰痛があるので、普通の布団では寝れないのでね??
お袋様が健在で、帰省をしていた時には、長崎の家にエアー・ベッドを置きっパしていました。今は新教室に置いてあります。
膨らますのは一苦労なのですがね・・背に腹は・・、じゃあなくて腰にbedは・・変えられません。アハッ!
ハイツに着いてからも、気分直しに、テレビで録画していたdramaを見たのだけど、何度見直しても、やっぱり途中で寝てしまうので、諦めてbedに入って寝ました。bedに入ると眠れなくなるので不思議です。
朝は、定刻の6時半には起きだしたのですが、one coursしか、寝ていないので、「もう一度寝ようかな・・?」と思ったら、なんと強烈な鼻詰まりと鼻水と、喉風邪の症状に襲われて、寝る所ではなくなってしまいました。(普通、鼻詰まりと鼻水は、どちらか・・であって、同時には来ないハズなのだけどね~ぇ??)
おっかなびっくりパソコンを立ち上げてみたのだけど、「うん!!正常に動いているぞなもし!!)
善哉!善哉!!
それにしても、今日も良い天気だ!
天高い秋の空の写真撮るの・・飽きたぞィ!!
11月13日『音楽のproを目指す人達の妄想』 ·
proを目指すには、超有名音楽大学の教授classの先生か、某国立音楽大学の教授に師事しないと夢を叶える事は出来ない・・という通説が日本の音楽の教育界にはある。
仮に、それが現実である・・と仮定しても、そういった超優秀な生徒を育てたのは、実は、その有名教授連中ではないのだよ。
本当の話ならば、芸大の先生達は受験生を指導する事は出来ないのだよ。だって、公務員法の違反になるから、処罰の対象になるのだよ。知っていた??
つまり、全国各地の優れた指導者達に学んで、日常の生活を全て音楽に捧げて、音楽家になる事だけを目標として死にものぐるいで練習をして、回りの人達から勝ち抜いて来た選りすぐりの生徒達が、音楽大学を受験する直前に、そういった有名音大の教授達に師事をしているのだよ。(何故、直前になって・・なのか??というと、子供の時から指導を受けると変な癖が付いてしまって、音大の水準に達する事が出来なくなってしまうからなのだよ。それは全国の優れた先生達の殆どの先生が思っているのだけど、それを口に出して言う先生は少ない。だって、大学の教授に紹介するというのが、その先生のstatusなのだから、面と向かっては悪口は言えないハズなのだよ。)
しかし、驚く事に、それだけの金銭と努力を積み上げて、超、有名教授の元で学んだとしても、その生徒達の中で、proとして音楽の世界で生きていける人は、殆ど、皆無に近いのだよ。
多分、確率でいうと、10年に一人proとして活躍出来る生徒がいたら、その先生は「凄い先生」と言うお墨付きが貰える事になる。(それを知りたければ、芸大のOB達が作っているその年の芸大の卒業生の就職先一覧があって、見る事が出来る。芸大を卒業したとしても、proオケに就職出来る生徒は皆無に等しいのだよ)
まあ、一言で言うと、「音楽の世界でproになる・・という事はそれ程難しい」という結論になるのだよ。
しかし、ここに絶対に世界中のどこでも有り得ない摩訶不思議な現実がある。
それは一地方の小さな町の、しかも、近所の趣味の生徒達を集めて指導しているのに過ぎない小さな音楽教室の生徒達の多くが、音楽のproの社会で、N響を始めとして色々なproのオーケストラで、活躍している生徒達を排出している教室がある・・とすれば、その話しを信じる人はいるのでしょうかね??
「そんな事は、有り得ない!」と、一笑にふされてしまうのではないだろうかね??
しかし、事実、今回も、周りの甘言に踊らされてその教室を去っていった殆どの生徒達が色々なコンクールで一位を取っているのだが、世間一般では、「あの先生の所をやめたから一位を取れた」というのが一般的な風説のようなのだが、色々な楽器の生徒達が色々な先生に師事をして、コンクールに一位を取ったという事は、逆の言い方からすれば、「その先生の最初から教えた生徒は一位を取れたのかい??」という話になるのだよ。
つまり、芦塚先生が指導したから、一位を取れたのであって、proになれたのだよ。
つまり、そこには芦塚先生の独自のmethodeが確固として存在するのだよ。
芦塚先生の論文を読んで見ると、先生の主張である「音楽の基礎力」とは、音感、リズム感、暗譜、譜読み、技術力、表現力等々の基礎力があれば、どんな先生でもコンクールで一位にする事も、有名音大や某国立の音大に入学させる事も、日本の音楽大学を飛ばして、高校生から飛び級でEuropaの音楽大学に入学させる事も、或いは、それも飛ばして、proの演奏家として音楽界で活躍する事も、可能であり、芦塚先生に取っては然程難しい事ではない・・と言う事なのだよ。
但し、proが目の前に見えるような水準になって来ると、当然、芦塚先生のlessonもlectureも厳しくなって来るのは当然なのだよ。
エベレストでも、8合目までは、なんとか辿り着けたとしても、最後の9合目からは大変なのだ。9合目からの残りの1合はたった10メートルであったとしても、8合目までと同等のEnergieが必要になるのだよ。
でも、生徒達は逆に「あと少しで目標に到達出来る」と安易に考えてしまう。
楽に目的に到達出来るようにするために安易な道を選ぶのだよ。
「安易な道」・・それが寄らば大樹の影なのだよな??
そこで、仮にコンクールで1位になったとしても、1年毎に、芦塚先生から学んだ基礎は喪われて行くのだから、2年目、3年目でコンクールに入賞するのは難しいだろうよ。
その頃は技術力も一般的な力量に変わっているだろうからね??
繰り返しになってしまうが、全国の音楽を学ぶ生徒達が著名な教授達に師事をしたとしても、その中からproの演奏家として育つのは、ほんのひと握りの運の良い生徒に過ぎないのだよ。
それこそ10年に一人の逸材なのだよ。
しかし、芦塚先生の指導して来た生徒達では、それぞれの時期で音楽を専門として、芦塚先生の指導を受けた生徒達の大半が今でもproとして音楽活動をしているのだよ。
芦塚先生が古い時代の発表会のvideoを編集してYou Tubeにuploadしたのを見たのだが、uploadされているvideoに出演している小学生達の半数以上が、今、現在、proのオケで活躍しているのだよな??
これは凄い確率であり、信じられないほどの驚愕だよな??
これだけの倍率は、奇跡としか言いようは無いのだよ。
しかも、その大半が音楽が趣味であった普通の生徒達なのだよ。
「proの音楽家になりたい」という願望があるから、教室に入会したのではなく、芦塚先生に師事してから、「proになりたい」という願望が出来たのだからね??
当然、もし、その時に、芦塚先生に巡り合う事がなかったら、その生徒が、「音楽の道に進む」「proになる」と言う事は有り得なかっただろうしね??
勿論、奇跡はamateurの人達は誰も信じないのだよ。
見ても見えず、聞いても聴こえず・・なのだから・・。
音大の教授に師事したから・・、コンクールに入賞出来たから・・、留学をしたから・・という妄想に取り憑かれている人達の多い事・・、何故、dataで物を見ないのかね??
そういう現実は無い・・という事がどうして分からないのかね??不思議だよな??
昔の日本の諺に「三児の魂、百まで」という諺があるが、それは心理学的にも全く正しいのだよな。
その子供が音楽の世界で活躍出来るかの基礎力を学べるのは、基本的には、小学生時代から中学生までに身に付いた基礎力なのだからね。
それまでに演奏表現の技術と、音楽家としての意識をしっかりと確立させておかなければなりません。
勿論、芦塚先生の生徒では、中、高生から芦塚先生に師事をしてproになった人達も数多くいます。
でも、その人達は、一般のproの人達と同様に、多くの日常の犠牲を払って、失われた時間を取り戻したのだよ。
克己心の賜物だよな??
勿論、誰にでも出来る事ではないだろうが・・。
芦塚先生が、音楽大学で学生を指導する事を諦めて、文部省関係の人達の甘言に乗って、音楽教室を開設したのは、音大生が幾ら頑張って勉強しようとしたとしても、子供の時代から間違えた奏法で学んでいたり、学ぶための基礎力、所謂、音感やrhythm感、譜読みの力が足りなければ、その生徒が幾ら頑張ったとしても、大学在学中のたった4年間で、proとして必要不可欠の音楽技術の粋を学び取れる事は無いのだよ。
だって、そんな短い期間で今まで学んで来た、悪い音楽技術の癖を、たった4年間で取り去る事は不可能でしょう??
芦塚先生が音楽大学の学生達に音楽を指導するのを諦めて、音楽教室を立ち上げた理由は、子供達に本当の音楽の表現を指導するには、楽器を始める小さな子供達からでないと、無理だからです。
芦塚先生が音楽教室を開設した理由の一つは、そこにあります。
勿論、それだけが子供を指導するようになった理由ではありませんがね??
発表会での、トリのオケのmemberの大半が、proとして音楽界で活躍していますが、教室で学んだ生徒達が教室をやめて、次に師事した先生は実に色々な先生達です。
それでも、proになれた・・という意味だよね??
言い方を変えると、芦塚先生の理論通りに、小学生までに芦塚先生から基礎を学んでいる生徒達は、夢を叶える事が出来たのだよ。
小学生までの基礎力がその生徒の将来を決めるのであって、それから先では、どんなヘボ先生に師事したとしても大差は無いのですよ。
proになろうとする意識さえあれば、どんなヘボい教授連中に学んだとしても、proになる人はproになれるし、幾ら才能があっても、優れた指導者に学んだとしても、その意識や目標が揺らぐようでは、proとしては通用しないのですよ。
まあ、芦塚先生のお話しの骨子は、生徒側が、そこのところが分かるかどうかの話しなのだがね〜ぇ??
11月14日『通奏低音の初lessonのお話』 ·
今日のオケ練習は、次回の春の発表会のためのオケ練習の第一回目なのですが、余りにも生徒達の集まりが悪いのと、最初からオケの人数が少ないので、オケ練習がままなりません。
VivaldiのRecorderConcertoに至っては、練習に来るのはCembalo担当の生徒が一人だけなので、急遽、未だ作っていないⅡ、Ⅲ楽章のCembaloの通奏低音のpartを入力するのが、私の宿題だったのですが、私にとっては、通奏低音とは、決められた数字に従って和音を入力するだけなので、超、面倒くさいので、Ⅱ楽章の冒頭の部分だけをfinaleに入力したままで、その後を、入力するのをサボっていたら、先生達から「絢美ちゃんに通奏低音の作り方の指導をするように・・」と無茶振りされてしまいました。
・・上記のお話は、私が全く、勘違いをしていました。
RecorderConcertoのmemberのおやすみは、一人、二人のお話で、当然、後のmemberの生徒達は来るので、オケ練習は、通常通りと言う事で、先生達からのお話のあった、「通奏低音の演奏法」のlecture-lessonは、絢美ちゃんの楽典の時間に楽典の勉強として、lectureして欲しい‥・という意味だったそうです。
生徒達が実際の曲に対して、通奏低音を書いた事は、10年近く前に、StamitzのViolaConcertoの通奏低音をCembalo担当の生徒達が書いた事があります。
StamitzのviolaConcertoのscoreには、Cembaloのpartは書かれていないのですが、Record等ではCembaloのcontinuoのpartが演奏されていたので、教室の演奏の時にでも「Cembaloを入れたい」と言う事で、急遽、Kontrabass担当のPiano専科の二人(当時、未だ中学生であった美帆ちゃんと智子ちゃん)がCembaloの譜面を作る事になりました。
当時は、日曜日の楽典の時間でも、未だ、私の簡単な和声学のmethodeのcurriculumは作っていなかったので、二人の生徒達には、全く和声学は指導していないままの通奏低音の課題だったのですが、どこまで書けるものか・・試しに作らせて見ました。
それが、超、驚いた事に、殆ど完璧に近い状態で、出来ていたのですよ。
何箇所か導音の重複のミスがあったけれど、それを除いたらホボ、完璧だったのですよ。
和声学を指導した分けではないので、「通奏低音の作曲は、耳だけででも出来るものなのだな~ぁ??」とすっかり驚いてしまいました。
それ以来、ホボ10年振りぐらいの通奏低音の課題になるので、どうなる事やら・・??
「どうなる事やら・・??」の意味は、美帆、智子の時代は、私が毎週千葉に通って、彼女達のPianoのlessonをしていたので、通常のlessonの中で、曲の分析をしていて、結構、無意識に、和声の用語は使っていたので、「これ、導音の重複だよね??」と言っても、彼女達が理解に困る事はなかったのですが、この10年間は、毎週の千葉行きはしていないので、man-to-manのlessonはありません。
私が直接指導しているman-to-manの生徒達でも、基本は、月一回のlessonしかしていないのです。
勿論、体調不良と言っても、私が千葉に通うだけの体力の問題なので、逆に生徒が東京にlessonを受けに来る分には、毎週でも、それ以上でも、なんの問題も無いのだけどね??
とは言っても、基本的には、コロナになる前までは、毎週の日曜日は私も千葉でオケ練習と、man-to-manの個人lessonをしていました。
だから、全く千葉に行かなくなってTeleworkになったのは、一般の社会と同じで、この2年間だけなのですよ。
ただ、やはり音楽教育の場合には、音の問題があるので、Teleworkは無理です。一般の回線が5Gになったら、可能かもしれないけれど、いずれにせよ、今回のコロナには間に合いません。
通奏低音の指導や説明も、対面lessonならば簡単なのですが、そのためだけに千葉に移動するのもね~ぇ??
・・という事で、今回、通奏低音を指導する生徒は、和声の専門用語を未だ学んでいないので、今日の通奏低音のlessonは、「和声の用語の説明からかな??」と思っていますがね??
始めての通奏低音のweb-lessonなので、非常に面白いので、・・次いでにliveで公開したりして・・・アハッ!それは無いよな??
一般的には、通奏低音を学ぶには、和声学の基礎知識がneckになっていて、Cembaloを学ぶ人達の壁になっているようです。
だけど、今回、私がlectureをしようとする生徒は、未だ中学生の生徒であり、和声の基礎の勉強はしていません。
そういった「小、中学生の生徒達でも、通奏低音が演奏出来るようにする事」という無茶振りなので、和声の基礎知識が無くても通奏低音が演奏出来るようにする・・というmethodeなのです。
つまり、一般のように和声の基礎知識を身に付けてから通奏低音を学ぶのではなく、逆に、通奏低音を学ぶ事で和声の基礎知識を勉強しようという事なのです。
と言う事で、私は、和声の勉強を始める時の一番最初のlectureだけで、通奏低音を演奏させる事にしました。
より複雑な、装飾的な演奏は、基本の和声が出来てから、それを変奏させて行けば良いからです。
通奏低音を演奏するためには、和声学の基礎知識は殆ど必要はありません。その最低限の法則を説明します。
(実際には、譜例があって、その説明書きがあれば、分かり易いのですが、Facebookでは割り込みの図表は出来ないようなので、仕方ありません。)
「①低弦の音符の上に付けられた数字の理解・・・、三和音と四和音の数字と実際の音符の転回型が理解出来れば、後は重複音は導音だけを基本的に注意をするだけで良いです。②初歩の間は共通音をTieにする事ぐらいが出来れば良いと思います。③共通音がなければ、反進行をさせる・・という理解程度で良いと思います。」
それだけ分かれば、通奏低音はある程度は演奏出来るようになるでしょう。
④ちなみに、重複音の音なのですが、私の師匠のPringsheim先生のmethodeでは、主三和音では根音を、副三和音では第3音を重複するという決まりがあります。説明では難しいように感じるのですが、言っている意味は、主3和声であろうと、副3和音であろうと、主音か属音か下属音を重複させるという意味なので、単純明快なのです。初歩のlevelでは、ゆとりがあったら、という事で、あまり気にする必要はありません。
但し、重複音で注意しなければならないのは、導音を重複させる事だけは避けた方が良いのです。
この曲(RecorderConcerto)の場合には、調は最初のtuttiがF Durで、途中の展開された部分がd mollなので、Durの部分ではⅤ度の第3音とⅦ度の根音のミの音だけを、展開された場所のd mollの箇所では、ド#の音が導音になります。
一般論としては、和音がdominanteになった時に、その導音を重複しないように気を付ければ良いだけです。
通奏低音の初歩の場合には、基本の型を勉強すればよいので、同じ繰り返しの場合には、慣れて来たら、少し装飾音を入れたり、episodeを入れたり・・とkleinigkeitの変奏をすれば良いのです。
⑤通奏低音が上手く弾けるか否かは、実は、通奏低音の開始音の位置で決まります。
開始の音の位置の呼び方なのですが、開始の音(右手の最上の音)が主音で始まる場合には8音位、第3音で始まる場合は3音位、第5音で始まる場合を5音位・・といいますが、これは禁則ではありませんので、結構無視してやっている人達も多いのですが、少し上手になって来たら、Violinのmelodieと、Cembaloの和音の一番外の音が並進行をすると、和音全体が薄くなってしまうので、Cembaloの外声とmelodieが並進行をしないように気を付けると良いでしょう。
ViolinのsoloのmelodieとCembaloの右手の一番上の音の位置は、慣れて来ると、開始音は必然的に決まってしまいます。
開始音が決まると、continuoは型通りなので、後は定形の動きしかしません・・よね??
通奏低音のlectureは上で終わりです。後はまたまた雑談ですが、
RecorderConcertoのⅡⅢ楽章のconceptを出すために、web-lessonでオケ練習のlessonをして、Concertoのlectureと練習のcheckをしたのですが、その後、楽典の時間まで、1時間程、間が空いたので、ただ単に待っているのも退屈だったので、その時間にⅡⅢ楽章の右手の和音を作ってしまいました。自分の仕事の場合は、途中で切り上げるtimingが難しいので、合間にチョッと・・という風には行かないからなのです。
和音の入力は、音符単位で入力するととても面倒くさいのですが、finaleの場合には、midiのKeyboardでチャカチャカと弾けば和音等も一発で入力が出来て、終わりなので・・
と言う事で、その楽譜をlineに添付して送ったら、その後、楽典の時間になっても、教室からのmailもlineもskypeも無くて、lineをしても、skypeでmessageを送っても、通じなくなってしまいました。
頭に来て、先生達はlesson中・・とは思ったけれど、電話をしました。
「Cembaloのpartの楽譜が届いたので、楽典は無しだと思った!」と言う事だったのですが、自分が「思った!」は無いよね??
そこは、ちゃんと相手に対しての確認が必要なのだよね??
電子Pianoのcheckに池袋まで出掛ける予定だったのだけど、待ちくたびれたので、突然、疲れが襲って来て、出掛ける事が出来なくなってしまい、・・というか、マジ、寝込んでしまいました。
決めた通りに日にちが進まないのは、体調管理も難しいし、気分も進まないのだよな~ぁ??
連携作業のコツは、相手に仕事の説明をするのが自分の仕事を一段落させるよりも優先しなければなりません。
つまり、今進行している自分の仕事を中座しても、他の人へ仕事の指示を優先させなければならないのです。
そうすれば、その人もまた、自分の都合の良いbestな時間で仕事を捗らせる事が出来るからなのです。
仕事の進め方が下手な人は、自分の仕事のtimingが付くまで、人を待たせてしまいます。
その間は、相手の人は仕事が出来ないままに、なってしまい、そうすると膨大なloss-timeが出てしまうのだけど、それは全体としてのloss-timeなので、本人の仕事が遅れる分けではないので、それを本人は気づかないのですよ。
そういった人は社会ではleaderにはなれません。
leaderとは、総ての仕事の総括した進捗が見れないといけないからなのです。
これは芦塚methodeの中の時短のmethodeで最も大切な事なのですが、中々理解して貰えません。
時間の大切さを自己中心にしか見れないからなのです。
11月14日 部屋の汚れは、体調不良の原因である。·
まあ、一般的には「部屋の乱れは、心の乱れ」と言うのでしょうが、困った事には、部屋が乱れていないと落ち着かない・・というtypeの人達がいて困ってしまうのですよ。
部屋の乱れを防ぐ方法には、日頃から、部屋を整理整頓すれば良いのでしょうが、それは勤勉な性格でないと出来ない事なので、ズボラな私には到底無理な事です。
だから、私のmottoとしては、普段は、「手の届く範囲」を片付ける事だけにしています。
私が部屋を本格的に片付ける場合のtimingなのですが、一般的な人達の場合には、気分や体の調子が良い時に、部屋を片付けるのが一般的なのでしょうが、私の場合には、寧ろ体調不良で頭が働かなくて、仕事が上手く捗らない時に、頑張って部屋の整理をします。
まあ、体調不良の時には、幾ら頑張っても仕事が進捗しないので、軽く部屋を片付ける事で、少し体を動かしていると、頭の回転も少しは戻って来るからだし、鬱が酷くてそれが見込めなかったとしても、部屋の雰囲気は少しは良くなるので・・ね??
部屋がホンの少しでも整って来ると、鬱の具合も少しは軽くなるからなのですよ。
普通ならば、体調不良の時には横になって安静にしておくのが一般的なのでしょうが、私の場合には、それでは鬱が延々と続いてしまうから・・なのです。
ある程度は、無理をしてでも、体を解しておかないと、良くなる事は無くなってしまうからです。(そこは激動の時代を生き抜いて来た、団塊の世代らしい考え方なのだよね??)
また、体調不良や鬱の原因(syndrome)の一つに、「鼻詰り」がある場合には、bedで横になると、息が出来なくなって状態が更に悪化するからなのです。
つまり、悪性の「鼻詰り」の場合には、後片付けが出来なかった場合でも、椅子に座ったままで、眠る他はないからなのです。
11月15日『100年に一度の天才』 ·
『100年に一度の天才』という言葉があります。
なんでもホイホイとこなしてしまう羨むべき存在の人達です。
歴史に名を残している偉人達は多かれ少なかれ、そういった人種の人達なのです。
またそう言った人達の多くは、特定の分野ではなくて、それとは全く異なった色々な分野でも、素晴らしい才能をみせます。
美人で演奏も完璧で、しかも頭も良くて、裕福な人達を見ると、「神様が依怙贔屓をしているのでは??」と、妬ましく思う事さえあります。
まあ、そういった人達の中の、多くの人達は、総じて高慢で、私達下々に対してだけではなく、自分が演奏している曲の作曲家に対してすらもrespectを持たない不遜な人すらいます。
総じて、そのような人達の音楽は、幾ら完璧な演奏であったとしても、Computerのような魂の無い虚ろな音楽なのですよ。(computerに悪いかな??)
でも、私がそういった人達に対して、引け目を感じる事はありません。なぜなら、こういった人達の演奏は、一般大衆に持て囃される事はあっても、歴史的に記憶される事はないでしょうからね??
若く可愛らしい美少女Violinistが、とても素晴らしいvisualと、technikを駆使して、聴衆を集めているのですが、それはそれなりに良いとは思うのですが、老婆心からは、その子の将来を心配してしまいます。
なぜならば、その子の夢は、「有名になる事」に思えるからです。テレビの世界のアイドルのように、若くて、可愛くて、必死の努力をして、頂点に辿り着いても、それで人々の心に残り続ける事はありません。つまり、「若くて、可愛い」・・という条件が失われた時には、人々の興味は次の「若くて、可愛い女の子」に興味が移ってしまうからなのです。
Olympicの体操の金メダルの選手がひたすらに技術を磨いて演技をします。世界最高の演舞なのです。
でも、その表現はBalletの演技表現とは根本が違うのです。その評価はその人の技術に対して与えられていて、その技術を凌駕する人が現れると、その人は忘れ去られてしまいます。
ある意味ではconcoursと似ていますよね??
proの音楽家を目指す若者達の多くは、「concoolに入賞する事がproになる道である」と思い込んでいます。
しかし、concoolで持て囃されるのは、次の入賞者が登場するまでの短い期間に過ぎないのです。
私は音楽の世界でproになりたいと思っている生徒達に、いつも質問をします。
「音楽大学を目指して、concoolを目指して、留学をして、それを全て達成出来たとして、それからの将来・・、いったい、どんな音楽家になりたいの?」と、・・・。
「もしも、あなたの夢が叶って、proの音楽家としてデビュー出来たとして、その先はどうするの??」と言う質問をするのですが、それに応える事が出来た人は未だにいないのですよ。
でも、考えて見てください。
夢を叶えるために、努力をしている期間は、僅か、20年から30年までに過ぎないのですよ。
今は「人生僅か50年」の時代とは違うのですよ。
今の人達の人生は、若い頃の人生よりも、それ以降の人生の方が長いのですよ?
その長い長い人生へのspanを見て、そのVisionを見て、今を生きているのですか??
殆どの人達が、夢が叶った僅か2、3年後には、結婚をして、子育てに毎日追われて、楽器が埃を被っているのが現状のように見受けられるのですがね??
・・と言う事は「一度、proという事を体験したかった」だけなのかな??
たった、2、3年のpro活動のために、若い時代を全て犠牲にして来たのかな??
それで費用対効果は、ちゃんと満足の行くものだったのかな??
というか、・・・その程度の音楽だったのかな??
というお話です。
環境にも、親の理解にも恵まれて、神様からのgiftにも恵まれて、順風満帆に音楽はproになった人達が、次に頼るのは権威なのです。
Beethoven達作曲家が一番嫌った権威主義的な人種が、演奏家の末路です。
テレビでそういった人達のdocumentをしていました。
勿論、音楽だけではなく、総てのジャンルでのお話しです。
近頃では『100年に一度の逸材』と呼ばれる人達が多くなって来て、テレビでもよく取り上げられています。
どうして、100年に一度の逸材が、多く見受けられるようになって来たのでしょうか??
実は、本当には、昔からそういったgenieを持つ逸材は現代と同じぐらいに居たのです。
しかし、洋の東西を問わず、世の中はそういった異端児に対しては否定的で、自分達と異なった事をしたり、言ったりする子供達を潰しに掛かるのが世界でも一般的だったから、そうったgenieを見せた途端に、社会的に抹殺されるのが常だったから、そういった逸材は育たなかったのです。
21世紀に入ってから、時代的にそういったgenie(才能・能力、所謂、talent)が必要となって来て、国家戦略的にそういった能力を大切にする風潮(社会現象)が起こって来たのが、genieの人達が多く見受けられるようになった一つの理由です。
日本の社会を除くと、世界shareでも、教育的に、個性を尊ぶ風潮が増えて来たのでね??
また、社会的に一般的な家庭でも、進歩的な家庭の場合には、自分の子供のそういった特別な能力を育てようとする家族が増えて来たので、そういった特別の能力を持つ異端児達もある程度は住みやすい環境になって来たのが、genieを持つ子供達が増えて来た必然的な理由です。
飛び抜ける事を良しとしない、右に倣えの日本の封建的な社会では、そういった天賦の才能は為政者の方策として極端に排除されて来ました。
封建制度では、変わらない事が社会制度を維持する上での重要な政策だったからです。
まあ、社会を乱すのはいつも天才的な頭脳を持った人達だという事なのですからね。
社会の変換期は所謂、動乱期と言って、そうった社会から抜け出した人達が活躍します。
・・というか、そういった社会にはみ出した人達が動乱を作りだすからなのです。
だから、当然社会の動乱期には凡ゆるgenreにそういった天才達が出て来ます。
まあ、そういったgenieのお話は、技術科学の分野では、なんの問題もないのですが、・・事芸術となると、そうも行きません。
つまり、芸術であるためには、完璧な美の他に、その作者の魂までもが、求められてしまうからなのです。
11月16日普段使いのマグにジャムの瓶を落として ·
今は11月16日の火曜日の朝の9時半です。
超、Shockな事に、昨晩、お気に入りのマグに、お弁当に持って帰って来たお味噌汁を入れたジャムの瓶※)を落として、縁を欠かしてしまいました。
※)色々なジャムや他の瓶類は、タッパーよりも機密性があって、お汁が溢れ難いので、捨てないで活用しています。
普通のタッパーだと、bikeの振動でお汁が漏れてしまう事がよくあるからです。勿論、袋に入れてはいるのですがね??
写真のマグなのですが、東急ストアの箱売りで買った安物なのですが、大きさが丁度良いので、スープやホット・ミルクや、カップ・ヌードル等もこのカップを使っています。
つまり、がぶ飲みの場合には全てこの安物のマグを使っています。
昔は、托鉢をする禅坊主が、川原で拾った欠け茶碗一つを持ってそれでご飯やお茶をしていたのが、茶道具の茶碗がいびつな形をしている理由なのです。欠けたお茶碗や、農民が自分で作った粗末な不格好なお茶碗を模してdéformerしているのですよ。
金持ちで食に不自由がない人達が、しもじもの生活を真似しているのが茶器だと言えるのかな??方丈の庵も、庶民のうさぎ小屋を意味しているのだよ。
まあ、道楽と言えば道楽だよな??
何を好き好んで・・貧乏人の真似をするのだろうね~ぇ??
貧乏人は金持ちの真似は出来ないのだけどね~ぇ??
マグは欠けた部分が、右手でカップを持つと、うっかりと口を切ってしまうので、金継ぎでもしたい所なのですが、金継ぎではレンジでチンが出来ないので、それは出来ません。
東急ストアで同じのが売っていれば良いのですが、それまでは欠けた部分を陶器(ガラス)専用のダイヤモンドドリルで滑らかにしておいてから、使い回しをしておきます。
同じ大きさのお袋が買っていた高価な焼き物のマグがあるのだけど、釉薬がやはりレンジでは火花が飛ぶので使えません。
安物でないと無理なのですよ。
普段使いには・・ね??
取り敢えず、頑張って鋭く割れている部分をダイヤモンド・ドリルで滑らかにしました。
肉眼的には写真で見ても分からないけれど、触っても、切れる事はなくなりました。
新しくマグを買うまではこれで日常は問題ないでしょう?
11月16日『音楽を学ぶ人達の究極の目標:音楽への目的』 ·
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私達のような指導者の立場に立ったとして、生徒達が「音楽を学ぶ」・・という事が、趣味の延長線上の場合には、それを貫く限り、何か問題が派生する分けはありません。
しかし、「音楽でproになりたい。」「音楽で一生食べて行きたい。」と言う事になると、その目標や夢を達成するためには、その生徒の日常生活の条件が限られて来るのです。
だからと言っても、私の場合には、「ひたむきに練習をしろ!」という事を言っている分けではありません。
正しく、自分が関わって行きたいと言う音楽の世界のNiveauを正しく把握すると、その目標に到達する事は、難しい事ではありません。
夢が叶えられない人達を見ていると、夢の捉え方と現実の音楽の世界のgapが見て取れる事が出来ます。
分かり易く説明をすると、近所の山に登る時の準備とエベレストに登頂する時の準備では根本的に準備する心構えが違うのですが、「音楽のpro」と言った途端に、エベレストも上野の山も同じになってしまうのですよ。
一般的に言われている「音楽の世界で生きて行くには・・」という見解には、夢と現実をはき違えた、多くの誤りがあります。
「音楽の世界で活躍する」という事が誤りである・・と言う意味には、そのもっとも大切な「音楽の世界」という事に対しての定義が無いからなのです。
十把一絡げで「音楽の世界」で言ってしまうから、大きな誤解が出て来るのです。
proと呼ぶ人達にも、それぞれの目的、目標に応じて、そこに必要とするNiveauや、音楽との関わり方があります。
それを、考慮しないで、「音楽への道」と十把一絡げに言う事はとても無理があるのですよ。
proには、歴史に名を残している神様のような名演奏家もいます。
proの演奏家と言っても、世界を股に掛けて演奏活動をする所謂、proの演奏家もいるけれど、家庭を持って、旦那に尽くす事で、生活(たつきの糧)を依存しながら、主婦業や子育ての合間に演奏活動をしている人達もいます。
proのorchestraに所属して薄給に満足している演奏家がいます。
つまり、どのNiveauが目標であり、目的なのかで、意識も技術力も変わって来るので、それによって、勉強する努力目標や、到達出来るNiveauも当然変わって来るのですよね??
しかし、不思議な事に、多くの音大生達は、エベレストに登るための努力をします。
そして、その到達点は若い可愛い時代にチャラチャラと演奏活動をして、結婚子育てに入って、楽器は埃を被ったままです。
では、あの青春を犠牲にした涙ぐましい努力はいったいなんだったのでしょうかね??
目的と費用対効果が、全く合っていない感じが私にはするのですがね??
この『音楽とNiveau』というthemaは40年、50年前から、数限りなく書いて来た話なので、私にとっては「何を今更・・」という話なのだが、教室で私に師事をして学んで来たハズの・・本当に身近な人達ですら、この単純な音楽界の現実を認識出来ず、amateurの夢物語である音楽への学びを、未だに信じているのだから、呆れてしまいます。
私は折に触れて、私の音楽感を吐露して来たのだから、これまでにも数百回も私の音楽感を聴いて来たであろうに・・・である。
私の立場としては、「miserable!」としか言いようがない。
音楽を学ぶ事でもっとも大切な事は、目標をしっかりと見定めて、それに向かう日常の不動心なのだよ。
社会がコロナになろうと、何があろうと、泰然自若として目標や日常が動かなければ、必ずや目標に到達出来るのだよ。
11月16日石橋メモリアルホールを売却するという ·
Facebookを見ていたら、色々なgroupの宣伝と勧誘のPageが開いて来て、情報を知るのに、チョッと興味があったので、baroqueや古典派のgroupがあるのか・探して見たのですが、見つからないので、まあ、いつでも退会出来ると言う事なので、時代はもっと古くなってしまうのですが、取り敢えずは古楽器のグループに入会してみました。
そのFacebookのgroupのPageで、古楽器を勉強している上野学園の生徒のcommentを読んだのですが、「上野学園が石橋メモリアルホールを売却する」というニュースが書いてあって、超、Shockを受けてしまいました。
ある会社に売却されて、ミュージカル専用のホールとなるそうです。パイプオルガンも撤去されるそうです。
それ以上に驚くべき事は、大学の新規募集を停止するという事です。
と言う事は、その女の子が学園を卒業する頃には、事実上大学が自動的に生徒がいなくなって、閉鎖倒産してしまう・・という事になる・・・という意味なのだよな??
絶対的な権威の象徴である音楽大学がだよ?!
私が日本に帰国した頃、華やかにオープンしたカザルスホールや、Felix AyoのVivaldiの演奏を聴きに行った記憶のある津田ホールも既に、閉鎖されたそうです。
私は、日本の音楽界が好きではないので、この40年間、一度も生のコンサートには行っていません。
作曲をする事もやめてしまいました。
ほんとうは音楽を職業にする事もやめて、他の仕事をするつもりだったのだけどね??
但し、・・・とは言っても、私が音楽そのものを嫌いになった分けではないのですよ。
日本の音楽界という社会にある音楽が嫌いになっただけで、音楽そのものを追求する事を嫌になった分けではないのです。
そこの所は、高校生の時に音楽を始めた時から音楽に向かい合うstanceは、今も全く変わっていないのです。
と言う事で、ticketを貰っても、私の生徒に渡して、私自身がコンサートに行く事は無くなってしまったので、カザルス・ホールの事も、サントリー・ホールの事も全く知らぬままに、閉鎖されてしまっていたのですよ。
音楽の世界は、華やかな派手派手しい一面があります。
演奏家としてdébutしても、その演奏がマンネリ化して来ると、多くの音楽家達は音楽大学で権威的に指導する事に逃げてしまいます。(「先生、生徒の成れの果て・・」というのがあったよな??)
音楽は、そう言った華やかな煌びやかな世界だけでは無いと思いますよ。
音楽へのapproachは、もっと内面的な感情への働き掛けであるべきだと思います。
そうなれば、音楽がマンネリ化する事は無く、どこまでも深く堀り下げられる音楽に変わるでしょう。
当然、音楽界に対しては、私と同じような危惧を感じている人達も、少数ではあったとしてもこの日本にも居ると思うのですがね??
11月17日コロナワクチンの予防接種 ·
今日は朝っぱらからチョッと無理をして、高齢者インフルの予防接種に出かけたのだが、近所の病院では窓口で「年内は無理!」と断られてしまった。
「電話で、ワクチンを持っている病院を探してくれ!」との事だよ。
・・という事で、持病の糖尿病の外来診療を受けている・・緊急外来の指定を受けているひかりヶ丘病院の事務に電話をしたら、けんもほろろで、「政府からインフルエンザのワクチンに関しては、なんの説明もするな!電話も受けるな!」というお達しが届いているのだそうな??
要するに、「何も分からない時に、期待を持たせるような回答はするな!」という事らしい。
民間の個人病院でも、ワクチンがいつ、入荷するのかは政府も分かっていないので、予約を取っても、その時までにワクチンがあるかどうかは分からんのだそうな??
と言う事で、2、3の病院に電話を掛けて見たのだが、年内はワクチンが入る可能性は低いのだそうな??
と言う事は、インフルのワクチンの高齢者割引は来年一月までなので、一月いっぱいの時までにワクチンが受けられないと、割引は停止するのだよな??
お隣の韓国では、コロナと同じぐらいに怖い香港A型が流行っているのだそうだが、いったい、なにをやっているのだ政府は???
homepageを見ると、ワクチンは6割は通常配布されているそうで、足りないのは4割に過ぎないのだそうだけど、もしそれが本当ならば、病院も2軒も電話すればどちらかにはあるハズなのだが、現実的には、どこの個人病院も置いていないのだよな??
と言う事で、netで、もう少し広範域にワクチンを置いている病院を探して見たのだが、開いたのはワクチンを打つ事の出来る病院であって、「そこで次のワクチンの入荷を予約しろ!」という事らしい。
つまり、今、ワクチンを持っている病院はnetでは調べる事が出来ないのだよ。
ならば、「高齢者インフル予防接種の予約券」等は送るべきでは無いだろう??後期高齢者がそこまで手間暇を掛けて予約を取るとは思えないので、それは家族の負担になるのだよな??
行政の考えている事は分からん!!
テレビ等でも、インフルの怖さをアジるだけアジっているのだけど、それで、予防接種が受けられないのならば、私達に「どうしろ!」と言うのだよな??
11月19日おう、月蝕だ❢ ·
11月19日4kのmonitorテレビをパソコンに接続した途端に ·
11月の7日に、パソコンのMonitorが経年劣化で寿命で、壊れてしまったので、4KのテレビをMonitor用に買って、接続した途端に、パソコンがおかしくなって、FinaleやCyberLink等の重要なアプリが全部壊れてしまった。
CyberLinkの修理は私には手に負えないので、外注のnetでのsupportを頼んだのだが、結構、一日作業になってしまった。その結果、何とかpowerdirecterは立ち上がるようになった••と思ったのだが、今回のvideoの編集をしようと思ったのだが、なんと、各truckの音声の同期が全く出来なくて、動画の編集が出来ないのだよ。
古い昔の、既に編集済みのvideoを補正補修するぐらいならば、問題は無いのだが、1カメから4カメ、5カメまでの動画の同期が出来ないのでは、発表会のvideoが編集出来ないので、DVDを作る事も出来ないのだよ。数人の生徒さん達からの、発表会videoのorderが入っているのだが、powerdirectorが直らない限りは、ハイツで作業をするのは無理難題なのだよ❢
昨日の深夜に外注のsupportのorderを出して、今日は朝の10時頃から夕方の7時半までの間、proのパソコンのsupportに手伝って貰って修理をしたのだが、結局、故障した理由も分からないし、治らないままで、programmingの故障と言う事で、makerのsupportにmailをする手伝いをして貰った。
私がpowerdirecterを立ち上げて、そのsoftの中のsupportにmailをすると、directにAmericaのsiteに行ってしまって、説明をするのにも英語で入力しなければならないので、諦めてしまった・・という経緯があるのだ。
でも、日本語のsupportのsiteもあるようなので、そのsitに入る所迄と、パソコンのdata等を書き込む所までを外注の人にやって貰った。remoteは便利だ。
それにしても、パソコンという奴は、まだまだ不安定なのだよな??
versionをどんどんupgradeして行くよりも、もっと安定性のある信頼の置けるパソコンやパソコンのソフトを開発した方が、実際には良いと思うのだがね??
という事で、この2週間ぐらいは、発表会のvideoの編集が全く出来ないのだよ❢
「それにしても、パソコンという奴は・・・??」は同感です‼
11月20日『こむら返りのお話』 ·
今は11月の20日の土曜日の朝の6時になる所です。
昨晩は定刻のcinderella-timeにはハイツに戻って来たのですが、直ぐに寝つけなくって、録画していたお気に入りのdramaを見ようと思ったのですが、なんと、テレビを見ているハズなのに、dramaのstoryが突然、飛んでしまうのです。
つまり、椅子の上で無意識に眠っているのですよ。
だから、頑張って、お持ち帰りのお弁当の中身だけを冷蔵庫に仕舞ってから、急いでbedに急行しました。
折角、頑張ってbedに入ったのですが、いつもの悪性の鼻詰りで、なかなか寝つけなくて、それで朝の6時までに、3回もtoiletteに起き出してしまいました。
でも、短時間でも寝るには寝れたので、良しという事にしましょう・・・
それで、冒頭の「今は・・・」に続きます。
bedから目が覚めると、体中が強張って、右足首の上辺りがこむら返りが起きる直前の状態になってしまいました。
というか、こむら返りが体中、何処に起こっても良い・・という状態でした。
bedに寝たまま、細心の注意を払って体中の力を抜くように、努力をして、なんとかこむら返りが襲って来るのを回避しました。
それにしても、どういう時に、このこむら返りが発症するのかが、分かりません。
たぶん、体調的な理由があるのでしょうが、若い頃には、こむら返りを体験した事は、殆どありませんでした。
私の生徒の中には、高校生、大学生の時から、日常的にこむら返りを引き起こす生徒もいるのですが、私の場合には、この2、3年前から、突然、日常的にこむら返りに襲われるようになってしまいました。
・・と言う事で、色々とその原因を調べても、「そのこむら返りが起こる原因は分からない」と言う結論でした。
こむら返りが起きた時の対応なのですが、子供の頃は「足をなるべく伸ばして、親指を引っ張り上げるようにすると良い」という風説があったのですが、実際に、今、こむら返りが起きた時に、それをやっても、こむら返りが体全体に広がってしまうような、逆効果だと言う事が分かりました。
こむら返りが起きた時に、それを堪えようと頑張ると、逆にこむら返りが体中に広がって、心筋梗塞でも起こして、死んでしまうのでは・・?、とも思ってしまうのですよ。
だって、心臓のこむら返りは心筋梗塞でしょう??
こむら返りの痛みは、神経性の痛みなので、耐え難いものです。
歳を取った今では、唯一の対応手段は、何が何でも、薬を置いている所まで、bedから起き出して歩いて行って、そこで、薬を飲んで、後は痛みが収まるまで、出来る限り安静にする他はありません。
幸い、私にはとても良く効く市販の薬が見つかったので、薬さえ飲めれば、10分程、安静に出来れば、今の所は収まるので、何とか堪えられているのですがね〜ぇ?
朝の6時からも、鼻詰りで眠れないので、椅子に座ってドラマを見たのですが、深夜と同様に、意識が飛んでしまって、storyが分からないので、諦めてbedで寝る事にしました。
本来ならば、起き出して仕事modeに入る所なのですが、パソコンを開いたり、テレビを見たりすると、意識が飛んでしまうからです。
今回の朝寝は、上手く眠る事が出来たので、お昼の11時に目が覚める事が出来ました。
今度は左足にこむら返りが起こってしまいました。
bedに座って良く足を見ると、足の膝を堺に下肢は普通なのに膝から上の方は、パンパンに張って膨れ上がっています。
血管を採集した所で、血流が止まっているのでしょうね〜ぇ?
それがこむら返りの原因なのかな?
さて、どうやって滞った血流を流すかな?
まあ、取り敢えずは、ブルブルマシーンで足を搖すって解すしかないよな??
11月21日videoの取り込みとman-to-manのlesson ·
朝の5時過ぎに目が覚めたので、昨晩持ち帰って来たvideoのVHSからDigitalへの変換とパソコンに取り込む所までの作業を済ませた。
千葉に出発するまでの時間があったので、「後、2時間は眠れるかな?」と思って、bedに入ったのだが、やはり、いつもの鼻詰まりで、眠れないのだ❢
仕方がないので、眠らないで、早めに千葉に行く事に決めて、千葉行きの準備をしながら、演奏を聴いた。
こういったomnibusのcheckは、全部を聴く時間が中々無いので、他の作業をしながらcheckする方が効率的だからだ。
千葉に着いてから、仮眠をするつもりだったのだが、着いてしまうと、それなりに教室に来るのはお久し振りなので、色々と片付けが大変なのだよ。
結局、眠れず仕舞だった。
そのまま時間になってしまって、lecture-lessonに入った。
オケの初級versionでは、man-to-manの方が効率が良いので、人数が少ないのは、生徒に取っては或る意味、chance到来なのかも知れない。
人数が多いと限られた時間の中で注意出来るpointが狭められて来るからなのだ。
実際のproオケの場合でも、proはオケでは練習はしないからで、個人が練習が出来てから指揮者からの演奏の指示によって合わせるのが普通なのだよ。
伴奏合わせでも、室内楽の場合でも、練習の譜読みの状態で合わせる事は無い。それぞれのpartが完全に弾けるようになってから合わせるのが一般的であり、譜読みの状態で合わせをする事は無いからだ。
譜読みの状態で合わせるのは、教室の特別なmethodeであって、それこそ一般的ではないのだがね??
練習の風景なのだが、楽譜を渡しながらの練習なので、練習よりも、楽譜上のmistakeをcheckしながらのlessonになってしまう。
baroque時代の楽譜は完全に初稿が残っている事は少ないので、多くの人達の校訂や改訂が入っているので、原典版と書いてあっても、作曲家自ら書いたという保証は無いし、結構、ミスもある。
そういったbaroque時代の演奏の考証がちゃんと出来るようになったのは、この21世紀に入ってからなので、それまでの出版物は誤った知識と思い込みによる校訂に過ぎないからである。
少なくとも、periodの演奏家達は100年以上も前の、古る惚けた古式騒然とした権威のある楽譜を信じる人達はもういないのだが、未だに、権威主義の権化である大学の先生達はHenle版等の誤ったinterpretationを後生大事に守っているのだからlächerlichである。
芦塚音楽研究所千葉教室2021年11月21日の対面練習風景初級と中級のgradeの初練習 - YouTube
初級versionと中級versionの初練習風景です。
人数が少なくて、Quartettも組めなくなったので、練習が難しいので、急遽、私が千葉に移動してlecture-lessonをしています。
初級のlessonには私は首を突っ込まないので、この初級の練習風景は、ほんとうに非常に珍しい光景です。
(別に、「私にlessonをして貰えるのは上級だけ・・!」とか言って、ブっている分けではなく、ついつい熱中してしまうと、子供に対してでも、非常に厳しくなる事があるので、それを避けるために、ある程度、私のダメ出しに免疫力の付いて来た中級の上ぐらいから、指導を始めます。
オケ練習はvideoでcheckをするので、練習のpointは、先生達と常に整合を取っているので、「指導を見ない」という意味ではありません。
初級は、怖い先生よりも、女の先生の方が良いのでは・・??という配慮なのです。
だから、初級の段階の練習に私が顔を見せたり、指導をする事は基本的にありません。
「厳しくても構わない」・・という個人lessonの生徒の場合には、3歳ぐらいから指導をした事もありますがね??
11月23日dietは明日から ·
今日は11月23日の火曜日の朝の9時を過ぎた所で、勤労感謝の日で休日です。
とは言っても、私は年中休日なので、今日も私は平常通りに朝からroutineの仕事をしています。
それにしても、超、shockingな事に、体重がすっかりとreboundして、この5,6年で最高の体重になってしまいました。
日常の生活のrhythmは変わっていないので、完全にstress肥りです。
食生活もこれまでと全く変わっていないのだけど、確実に太って来ているのですよ。これは深刻だよな??
折角、dietして来たのに、最悪のreboundなのですよ。
いや~あ?? 困った❢ 困った❢❢
この所の鬱が治らないので、お久し振りの1年振りぐらいに、シンクの大掃除をしたら腰に来た!!
痛い!!
事務所から「蕎麦が着いた」というlineが来た。
でも、蕎麦を食うと確実に肥るのよね??
それは困った!! どうすんべ~ぇ??
蕎麦が冷蔵庫で保存出来るのは、ギリギリで3日間までなのだよな??
それまでに食えなければ、冷凍保存しなければならないのだよ。
冷蔵と冷凍では蕎麦の味が雲泥の差になってしまうのだよ。
幾ら、美味しい蕎麦でも冷凍してしまうと・・ね??
食う他は無いか??
dietはあしたから・・だもんね??
今日も鬱が治らない。つまり、stress肥りなのだよな??
鬱で仕事をする気にならないので、夕方は6時に仕事を切り上げて、椎名町に移動しました。
食事timeには少し早過ぎるので、ドルプリっ歩を先にしました。
この1週間は、老犬プリも、long-courseを真面目に頑張って付き合っています。
鬱と体調不良にも関わらず、なんとか杖をついて私も歩けています。一日中、パソコンの前で座ったまま、一歩も歩かない日々を送っているので、足腰のためには、この散歩は無理をしてでも続けなければならないのだよな??
お散歩timeが超、早かったので、食事の時間は、普段の食事の時間になったので、ハイツに帰る時間もcinderella-timeの前に帰る事が出来たのですが、やっぱり鬱バテで、何もする気になれず、そのまま寝てしまいました。
今日一日も、なんの実りもない、無駄な一日であったぞな。
哀号!哀号!!
https://www.youtube.com/watch?v=UvW1YQCpUCA
Purcell: Dido and Aeneas - L'Arpeggiata o.l.v. Christina Pluhar (Festival
Oude Muziek Utrecht 2015)
dietして肥えるなんて羨ましい(笑)
私は60kgまで落ちた体重をやっと65kgまで戻して来たのに🌈
dietして痩せたら、多分ノーベル賞が取れると思いますよ。
11月24日VivaldiのRecorder(flute)Concerto、Op.10Nr.5inFのⅡⅢ楽章をChristmas会で演奏する予定なのだが、 ·
11月24日、水曜日の朝の10時を過ぎた所です。
VivaldiのRecorder(flute)Concerto、Op.10Nr.5inFのⅡⅢ楽章をChristmas会で演奏する予定なのだが、basso
continuoのCembalo-partを作成する次いでに、オケのpartがユニゾンで、単調なので子供達の練習にならないので、オケのpartを書き直してしまった。
これはもう、arrangeになってしまうよな??
arrange物はやらないという教室の趣旨には反するが、Christmas会なのだから、まあ、良しとするか??
Vivaldi先生、ごめんなさい❢
ドルプリの朝っ歩の時に、椎名町の駅の前に新しく出来た病院が、予約無しでインフルの接種が出来るという事だったので、豊島区ではあるのだが、行ってインフルのワクチンの接種を受ける事にした。
10人以上、待っているようなのだが、まあ、根性で待つか??
という事で、1時間以上待って、2分で終わった❢
川崎のような大病院や、ひかりヶ丘の病院ならばいざ知らず、巷の病院で、それは無いよな?
今回のインフルは、殆どの病院が接種出来ないのだから、特別なのかな??やむを得ない事なのかな??
今日の収穫??乗り遅れ・・??
二階から収穫すれば、もっとでかいのも取り残っているらしいのですがね??
11月24日全面改訂
VivaldiのRecorder(flute)Concerto in FのⅡ楽章なのですが、前後で奏されるtuttiのpartは、1stViolinと2ndViolinがRecorderのsoloのpartとunisonで演奏して、violaとCelloは3度で演奏します。
それ以外の部分は総ての楽器がCelloと同じcontinuoのpartを演奏します。
前回の日曜日に初めてのオケ練習をしたのですが、melodieはとても美しいのですが、伴奏のpartはCelloのcontinuoをunisonでなぞるだけで、超、退屈でした。
この曲のCembaloのpartは作らない予定だったのですが、Cembalo担当の生徒にCelloのpartを見て演奏するcontinuoの原理の説明をしたのだけど、理解して貰えなかったので、急遽、Cembaloのpartを作る次いでに、子供達のオケのpartも全面的に、普段のVivaldiのconcertのstyleに合わせて、全面的に改訂しました。
ほんの少しだけorchestraらしく、Vivaldiらしくなったのかな??
今回の曲は、12月のChristmas会で子供達が演奏する予定です。
12月のChristmas会は、通常の場合でも、高校生は受験seasonで、大学生や他の大人の人達も他のeventと重なって、助っ人には来れなくて、小中学生だけの演奏になるのが、常でした。
今回も小中学生だけのChristmas会になります。
Ⅰ楽章は前回の秋の発表会で演奏したのですが、色々と楽譜上ではおかしい所が随所にあったのですが、いつも改訂するに当たっては、何度も悩んでしまうのが常なのです。勿論、明らかなミスプリの場合には、悩む事はなく、即、訂正出来るのですが、それが作曲上の根幹に関わる事となると、kritik改訂か、arrangementか、それともrenewal改訂か悩んでしまうのです。
余っ程の場合を除いては、原作者の意図を組んで、明らかに誤りと思われる場合を除いては、原作を活かすようにするのが私のpolicyなのですが・・ね??
今回のⅡ楽章の場合においても、「Vivaldiがこういう風に書く分けはない!」と、悩んだ挙げ句の、ある時の決断と、一気の改訂なのです。
一楽章はその決断がつかないままに、発表会で演奏をしてしまったのが、心残りです。
実際に、facsimile版を見た分けではないので、なんとも言えないのだけど、私的には少なくとも、このOp.10 Nr.5は、Vivaldiのoriginalの作品では無いと思いますよ。
「ごしきひわ」等にはVivaldiの特徴を見る事が出来るのですが、このF Durに関しては、Vivaldi特有のphraseが見当たらないのだけどね??
二楽章のmelodieも、Vivaldiだったらそのように陳腐には書かないと思うしね?
通常のConcertoのⅡ楽章の場合にはsoloとcontinuoのCelloとCembaloで演奏する場合が多いのです。
Concertoがripienoで伴奏する場合には、最初にorchestraのtuttiでintroを演奏して、soli群の伴奏でsoloが淡々と演奏して、最後にtuttiのthemaに戻って終わるのがVivaldiの常なのです。
この曲のmelodieはVivaldiのoriginalとは思えないのだけど、構成を見るとそのように、orchestra+solo+orchestraの構成になっています。しかし、そのorchestraのpartが低弦のCelloに対して、violaが3度で重ねるだけで、1stと2ndのViolin群はRecorderのsoloとunisonになっています。これではorchestraとは呼べませんよね??
しかも、soloになってから、continuo CelloがCembaloと伴奏するのならば兎も角としても、orchestra全体がcontinuoを演奏する・・という事は聞いた事がありません。
通常ならば、continuoだけのCellos-oloとCembaloのみで伴奏をするか、低弦を省いて、violaからViolinのsoli群で和音として伴奏するかのいずれかです。
本来ならば、Vivaldiらしく、violaからの弦三部のsoliで演奏するべきなのでしょうが、今回は、原作のimageを残して、折衷的に演奏をする事にします。
Vivaldi Recorder Concerto in F Op.10Nr.5Ⅱ楽章 芦塚version - YouTube
11月25日日本のClassic界の音楽はentertainmentである ·
プライバシー設定非公開
日本のClassicの音楽界で求められているものは、entertainmentである。
Europaでは、音楽は哲学(Philosophie)であり、宗教( Religion)であり、芸術(Kunst=art)でもある。
日本の音楽で求められる物はテクニカル(technical)ではあるが芸術的(künstlerisch=artistic)ではない
11月25日4k画面では文字が読めない·
新しいmonitorに変わってから、色々なsoftがぶっ飛んでしまったのだが、finaleもprogramの表示画面が小さ過ぎて文字が読めないようなので、installのし直しかな??と思ったのだが、makerに問い合わせていた返事がやっと届いて、finaleは3840×2160の4Kには対応していないそうなので、推奨画面sizeを諦めて、画面をresizeして2560×1440にしたら、両端に余白が出てしまった。
と言う事で、1920×1080にリサイズをして、125%の表示にした。
finale等のアプリは、これでなんとか元に戻す事が出来た。
しかし、powerdirecter18の音声の同期は未だ返事が来ない。
back・upのinstallCDでも見つかれば、一瞬で治るのだが、それが見つからないので苦労をしているのだがね??
11月26日鬱が超酷くて ·
今日は11月25日の木曜日の深夜です。
今日一日は何事も無く、体調も良いとは言えないのだけれども、然程、悪くもない・・という、極々、普通の日だったのだけど、なんともはや鬱が酷いのだよな??
原因不明の鬱状態がこの所続いているのだが、勿論、鬱の始まる切っ掛けはあるにはあるのだけど、それはもうだいぶ前の事だし、「私が悩む事では無い!」と、諦めてもついている事なので、私の鬱の材料では決して無いハズなのだがね〜ぇ?
それでも毎夜、なにかに、鬱っているのだよ❢
或る心理学者に拠ると、原因のある鬱は鬱ではないのだそうな??
つまり、鬱には欝になる理由は要らない・・という事だよな。
鬱は鬱なのだよ??
・・鬱が酷いので、仕事を早めに切り上げて、夕方の6時過ぎには椎名町に移動した。
本当は、千円cutの床屋を探しながら、椎名町方面にbikeを走しらせて行ったのだが、普通の床屋は、何軒かはあったのだが、千円cutのお店は見当たらなかったので、結局、椎名町の事務所への到着が6時過ぎの超、早い時間になってしまったのだよ。
牧野先生が8時には帰って来る予定だったのだけど、お腹が空いていたので、食料品が出来る傍から食べて、8時に牧野先生が帰って来た時には、私の夜食は終わっていたので、ドルプリっ歩を先にして、8時から9時のドルプリっ歩にした。プリドルっ歩の途中で7に寄って、7のレジ袋そっくりのエコバックが売っていないか店員に聞いたのだが、net販売だけだったので、椎名町に戻ってから携帯で注文しようと思ったら、売り切れで予約販売だけだった。7の会員にならないと予約が出来ない・・という事で、会員の手続きをしようと思ったら、passwordの設定がどうしても出来なくて、諦めた。
ヤフオクでは2倍から4倍ぐらいの値段で売っていたのだけど、エコバックにそこまでは出す気はないよなぁ??
と言う事で、先生達が食事をしている間に、ウダウダと、ドルプリのご馳走であるかぼちゃや芋を切って、時間がそれなりに経ったのだが、それでも、11時前には、ハイツに戻って来たのだよ。
早い時間にハイツに戻って来たので、軽い仕事でも出来たのだが、パソコンを開いて見たのだが、それでも仕事をする気にはならないし、かと言って、テレビの録画dramaを見る事も、かったるいので、パソコンの椅子に座ったままで、ウダウダとしていたら、いつの間にか意識が飛んでいたのだよな??
眠っている気は無いのだが、テレビのdramaがいつの間にか終わってしまっていたのだよな??
慌てて、bedに入って、ちゃんと眠る事にしたのだが・・・
と言う事で「今日は11月25日の木曜日の深夜・・」という事になるのだよ。
それでも、なんとかone coolは眠れて、深夜の3時直前にtoilette-timeで目を覚ました。
なんとか・・・頑張って、toiletteに行って、「さて、もう一度眠ろう!」と思ったのだが、なんと恒例の鼻詰りでbedの中で息が出来なくなってしまって、諦めて起き出した所なのだよ。
まあ、routineと言えば、いつものroutineに過ぎないのだが、眠れない側に立って見ると、routine等と言う、そんな事は言ってはおれないのだよな??
今夜はちゃんと眠っておかないと、独居老人の一人暮らしとは言っても、明日からは、それなりには忙しいのだよな??
明日・・というか、もう4時半になるから、今日の話になるのだが、朝一で、車検のために、車をservice-stationまで、持っていかなければならないのだが、その前に、車の後部座席の荷台を降ろして、車に置きっ放しになっている全ての物を車外に出さなければならないのだ。
つまり、車検証に記載されている車重をkeepしていないと、車検が通らないのだそうな??
これは結構時間の掛かる作業になるし、私には体力的にもう無理かな??
土曜日は電子Pianoの選定に出掛けるので、斉藤先生が付き添いで、生徒と一緒に新宿まで出掛けるし、日曜日はオケ練習と対面lessonで千葉へ行く。
月曜日は、午後からなのだが、ひかりヶ丘の糖尿病外来でbikeを30分近く飛ばして病院で検査を受けて、それから延々と診察を待つのだよ。
火曜日は、・・もう、忘れた。そんな、先の事まで、覚えていない。
それはそうと、玄関の蛍光灯が死んだのだが、人感sensorが死んだのか、蛍光灯の玉が死んだのか??・・が分からないのだよ。
玄関の明かりのswitchは、玄関を入って部屋の扉の傍にあるのだ。
だから、深夜帰宅した時に、真っ暗な中で玄関を上がってswitchを付けるのは非常に難しい。
という事なので、20年近くも前に人感sensorにしたのだよな。
だから、そろそろ寿命と言えば寿命かも知れないのだが、取り敢えずは、蛍光灯を交換したら、治るのか??・・・それとも、人感sensorを交換しなければならないのかの判断が出来ないのだ。
脚立に乗って、蛍光灯を交換してみれば良いだけなのだが、この所は、歩いていても、良くふらつくので、先生達から脚立に乗る事を禁止されているのでね??
脚立は本当に危ないです!
11月26日明日は一日車検です。 ·
今日は朝の6時には起き出して、そのまま眠れなくなってしまいました。
勿論、恒例の鼻水と鼻詰まりです。
鼻水や鼻詰りが酷くなると、当然、息が出来なくなってしまいます。と言う事で、口呼吸をするのですが、寝ている間に口呼吸になると、喉が腫れ上がって痛くなってしまいます。同時に口も乾燥するので、お茶をガブ飲みするという悪循環になってしまいます。couch-bedや椅子に座っていると、自然に鼻詰りは直ってきます。
起きて立って作業をしていると鼻詰りはいつの間にか、忘れてしまっています。
•••と言う事で寝るのは諦めて、脚立を出して、玄関の蛍光灯の交換をして、それから、車屋への出発の準備を始めたのだけど、体が全く動かなくって、遅々として準備が終わらなくって、結局、車屋に車を持って行く予定の時間になっても準備が終わらないままになってしまい、結局、30分程、遅れて出発してしまいました。
(多分、起き出してから、車屋に出掛けるまでは、2時間半の猶予があったハズなのだけど、ウダウダと準備している間に時間が無くなってしまったのだよな~ぁ??マジ、•••なんで???・・だよな~ぁ??)
ドルとプリを乗せて、先生達と一緒に車屋に車を届けてから、帰りの道はflower公園から椎名町の駅に向かって、通常のお散歩courseを遠回りの大回りをして歩いて帰りました。
一日車検なので、代車はないので、歩いて帰る他はないのですよ。
椎名町の事務所に着いたら、もうお昼を過ぎていたので、お蕎麦を食べて、超、バテてしまったので、ハイツに戻って休もうと思ったのだけど、2、3時間したら、また車屋に歩いて行かなければならないので、時間が無駄なので、lesson室に布団を敷いて貰って、仮眠をしました。
敷布団がエアーマットではないので、うつ伏せで眠ろうとしたら、砂浜に打ち上げられたクジラのように、お腹が圧迫されて息が出来ないのだよな?
ハイツのbedはクッションが沈み込むので、お腹が圧迫されないのだよ。
仕方がないので、横向きで寝てしまった。
それでもonecoolは眠れたのだよな?
車を取りに行く時間には、斉藤先生はweb-lessonが入っていたので、付き添い無しで、一人、トボトボと、結構長い道のりを歩いて行きました。
車を車庫に入れて、未だ6時前だったのだけど、それから、超、早い夜食を食べて、7時過ぎ頃には、夜のドルプリっ歩に出掛けました。(今日は3回目の歩です。)勿論、いつものfull-courseです。8時を過ぎた頃には、お散歩も終わって、プリドルのかぼちゃをsliceして、ブロッコも同じようにsliceして、アップルパイが焼き上がったので、熱い内に食べてハイツに戻ったのだけど、それでも10時頃には、ハイツに辿り着いていました。
超、早いご帰還です。
しかし、完全に意識が飛んでしまって、椅子に座ったまま、テレビさえも見れないままに呆然と2時間が経ってしまいました。
食料品を片付けながら、「明日は新宿まで行けるのかな??」とも思っています。
体力に自信が無いのだよな??
でも、バザールは明日と明後日の日曜日だけなので、時間が限定されてしまいます。他の曜日の可能性は無いのでね??
車検は色々とhappeningがあったのだけど、まあ、それは言いません。いつも、言い続けている事なので・・・
驚くべき事に今やっと、cinderella-timeです。
体感的にはもう深夜の2時か3時頃なのだけど・・ね??
11月27日電子Pianoのバザールに出掛けた·
今は11月の27日土曜日の深夜というか、早朝というかの3時です。
流石に爆睡をして、2coolも寝てしまいました。
何が何でも、後、onecoolは寝たいところがなのですが、なかなか寝つけなくなってしまいました。
まあ、そのお話は、毎日のroutineなので省くとして、午後からは、新宿の電子ピアノのバザールに出掛けました。
江古田のハイツでは、ピアノを弾く事が出来ない•••というか、夜にピアノを弾く事が多いので、acousticのPianoはハイツには置いていません。
長年弾いていたpriviaの電子Pianoが突然壊れてしまったので、基盤の交換を依頼したのですが、もうそのピアノの基盤は作っていないとのケンもホロロの慇懃無礼な対応で、超頭に来て、二度とCASIOの電子Pianoは買わないと心に決めて、バザールに出掛けました。
電子ピアノは所詮acousticPianoのimitationに過ぎません。
幾ら、高性能の電子Pianoを買っても、電子機器なので寿命が短いのと、伴奏のピアノならば兎も角としても、ピアノを専門に勉強するとすれば、電子Pianoで学習するのは無理な話しです。
あくまでも、趣味としての楽器という事ならば今の楽器の性能は、とても良いです。
私が電子Pianoを買ったとしても、普段、私達はlessonや練習はgrandpianoでするので、電子Pianoはあくまでも深夜の練習用のsub楽器にしか過ぎません。
subの楽器にそんな金は出せない・・という事で、購入金額の上限を20万円と決めて、バザールに出掛けました。
私が電子Pianoを購入する時の条件は決まっているので、その条件を売り子の人に提示した中での機種の選定です。
今回、驚いたのは、対象の機種の電子Pianoには、touchの重さを調節する機能が付いたのと、音の伸びをuprightPianoとgrandpianoの音の伸びという風に選ぶ事が出来るようになった事、後は、古典調律を選べるようになった事です。
pitchも設定しておけば、電源を落としても、そのpitchを覚えておく機能も付きました。・・とは言っても、私が所有していたpriviaは元々、電源を落としてもそのまま覚えていたようなので、新しい機能ではないのですがね??
Pianoの練習で私が一番大切にしているのは、polyphonyの演奏での耳を育てるためのOrganの音色です。
lessonでsubのPianoとして使用しているヤマハのClavinovaは、55万もする楽器だったのですが、pitchを設定しても電源を落とすと440cycleに戻ってしまって、その都度、pitchを設定しなければなりません。
それにOrganの音色が無いので、inventionやSinfoniaのような複旋律の音楽の勉強が出来ません。
折角の電子Pianoなのだから、Organの音色を幾つか持っておく事は絶対条件です。
これらの条件も、今の15万~20万の機種は難なくclear出来ました。
電子Pianoは、この10年で驚く程色々な機能が付き、便利になったようです。
・・という事で、楽器の選定は、音とtouchの2点に絞られたようで、私の条件を聞いたRolandとカワイの人が主に売り込みに凌ぎを削っていましたが、私的には、16万ぐらいのcompactな機種(勿論、定価では20万円を超す楽器ですが••)と22万円くらいの楽器(これも本来は26万円の楽器ですが)で予算オーバーの上級機種で悩んでしまいました。
送料とかが入っていないので、22万円でも、実際には24万円くらいになります。
という事で、上級機種のPianoは予算オーバーなのと、少しだけ背が高いので、窓の所に置くので、楽器が窓を塞ぐので、窓が狭くなって圧迫感が出てしまうからと、手前の方にもかなり出てしまうからです。
玄関横のflooringの部屋に置くのならば、高性能の機種で背が高くても、何の問題もないのですが、あくまでもパソコンの部屋に仕事用に置くので、大きさやPianoの上がflatになるのは、安い機種の方がmeritが大なのですが、音色や弾き心地は流石に上級機種とは一瞥の差があります。
もう、こうなるとただの選択です。
つまり、どちらを選んでも後悔する•••という意味なのですよ、〜ねぇ?
昔の私ならば、即決はしないで、どちらも選ばずに帰ったところがなのですが、今回は、体力的に・・またの機会が取れそうにないので、ハイツの狭いパソコンの部屋の環境優先という事で、安くてcompactな機種にしました。(写真で私が弾いている機種の色違いのだよなために、もっと安い機種です。
金額的には、以前ハイツに置いてあったPriviaと同じ金額になります。)
売り子の女の子は高い機種が売れなくて、残念そうでしたがね?
もっとも、その両方の条件(背が低くてcompactでしかも高性能の条件)をclearした高級機種が、35万円で同じRolandであったのは、知っていたのですが、売り子の女の子は、上限が20万円という事で、最初から私にお薦めをする事を、諦めていたようなのだけど、売り様によっては、私は、買ったかも知れないのだけどねぇ〜?
私はproなのだから、仕事に使う道具なのだから、そこへの売り込みのapproachがあれば、その辺の金銭感覚は、結構落ちたかも知れないのだけどね〜ぇ?(勿論、他の人から話を聞いて、売り子さんは私がproだという事は知っていたのですがね??)
proはproなのだから、そこは一般人とは違って、prousedとしてのapproachがあれば、結構説得されたかも知れないのだけどね〜ぇ?
上限、20万円が35万円でも、お薦めの仕方によっては買ったかも知れない・・という事なのだよ??
そこは、売り子としては、まだまだだよな?
アハッ❢
11月27日超、疲れているのに、眠れないのです。 ·
まだ11月の27日の土曜日の夜の11時を過ぎた所です。
7時過ぎに新宿のPianoバザールから、directに江古田のハイツに戻って来て、くたびれたので、椎名町に出かけての、食事とお散歩をpasして、そのままbedで休んだのですが、どういう分けか全く眠れないのですよ。
超、疲れているのに、眠れないのです。
困ってしまって、起き出してパソコンの椅子に座って見たものの、それで、どうした?という感じで、何も手が付きません。
食欲も無いし、テレビを見る気にもならない。
ましてや、仕事をする気力もありません。
それなのに、眠くもならないのです。
いゃぁ〜あ、困った❢
こういう時には、行きつけの「花の里」でもあれば良いのですが、今の私ならば、あっても、面倒くさがって、多分、行かないのだろうかな〜ぁ?
そうだ❢ 足が温まらないので眠れないのだよな?
では、アンカでも出すかな?••と思ったら、足が普通に温まって来ました。
異常無しです。足が温まったので、アンカは出すのをやめました。
体が温まり始めると、恒例の鼻水、鼻詰りが始まったので、諦めてbedから起き出して、パソコンの椅子で糖質0の酒盛りを始めました。
・・とは言っても、90CCのぐい飲みのGlassで、半合を一杯半って所かな??
一合も飲めないのですよ。
昔、大学生の頃は寿司屋で毎晩、徳利16本も並べて、飲んだくれていたのは、夢のまた夢です。
明日は朝の10時半から千葉でlessonがあるので、9時には車で移動しなければなりません。
今、飲んでいる所ではないのだけど、如何せん、眠れないのだよな??
今は4時です。飲んだ勢いで、onecoolは眠れたようだけど、またまた目が覚めてしまいました。
起床の7時半までは、まだまだ時間があるのだけど、明日の朝からのlongrunのlessonを乗り越えるだけの体力が必要なだけの睡眠を取らないと、体が持たないのだけど、少しも眠れないのですよ。
多分、出発の時間までこのままだろうかな??
11月29日『11月29日の月曜日のお話しです。』 ·
いゃぁ〜あ、頑張って、病院から帰って来たぞ??
超バテたぞよ❢
もう、動けない!
夕方の5時になろうとしている時間なのだが、パソコンの椅子に座ったままで、何もする気になれないのだよ❢
さて、如何せん、どうしたもんかいな?
昨日は、結局、onecoolしか眠れなくて、とうとう、諦めて、早朝の5時半の出発で、現地で仮眠を取る事にしました。ならば寝過ごす事はないからです。
千葉に到着して事務室のcouchbedで仮眠をして、超hardな夜の8時までのrotationをなんとか熟しました。
初めて組の初級と中級、最後の上級versionのlessonなのですが、member不足なので、初級から中級までが、初級の生徒や上級の生徒達が同じ曲の中で混在しているので、指導のNiveauを決めるのが大変です。
上級生達だけならば、指導内容も上級versionで指導すればよいし、初心者だけならば、初心者versionで教えれば良いので、curriculum的にはとても、簡単です。
音楽大学の授業の時に、余りにも授業がつまらないので、先生にその理由を聴いてみました。
先生の答えは『上級の10%に合わせて授業をすると、下の90%が落ちこぼれてしまう。下の10%に合わせて授業をすると、上の90%の生徒が退屈をして、授業を聞かなくなってしまう。
上の10%は、放っておいても、自分で勉強するし、下の10%は幾ら指導しても結局は落ちこぼれてしまう。
と言う事で、正しい授業は上の10%と下の10%の生徒を切り捨てて、真ん中の80%に向けてlectureをするのだよ。』という事でした。
なるほど!!と納得しました。
中級の生徒達が、上級の生徒達のlecture-lessonに付いて行くのはとても大変だし、初級の生徒達は、lessonに付いて行く事は難しいでしょうね??
ちゃんと、人数がいたら、無理のないlevelで、group分けをして、曲決めをしたのでしょうが、この人数では致し方はありません。
今回は、上級のgroupの曲に、光里ちゃんが、violaの譜読みの仕方を覚えて、violaで上級に挑戦するそうです。
技術的には、兎も角としても、未だ、小学生なので、体力が持つかな??と、チョッと心配です??
なにせ、日曜日の次の日は、月曜日なのでね??
まあ、そう言う事で、初級から上級までの混合のオケ練習作曲なので、最初の最初の基礎の指導に戻ってlessonをする予定なので、rootsとなる本来の色々な音の出し方を復習します。
1回目の初練習は、初見練習で、imageを作るための通しの練習がmainだったので、今回の第二回目のオケ練習は、発表会までの練習の目的、目標のconceptで、baroqueや古典派の時代の音の出し方の説明をしました。
と言う事なので、少々、面倒くさいのだけれど、一回目に継いで、今回のlessonの風景も、uploadする事にしました。
https://www.youtube.com/watch?v=emWSH3d3oao&t=41s
今回は、初心に還っての、baroque時代と古典派の時代、それからロマン派以降の時代の音の出し方の違いや、奏法の違い等の説明を子供達にしました。
勿論、小学生のclassの生徒達が、音の違いの時代考証等が理解出来るとは思っていません。
その生徒達が中学生、高校生になって音楽に対しての興味が湧いた時に、「そんな話を聴いた事があるような気がする・・」という程度の記憶で充分なのです。
proの音楽家の人達ですら、ちゃんと理解出来ているとは思えない事の方が多いのだからね??
オケの技術的練習よりも、目標としている音の出し方のconceptを細かく説明しているlecturelessonなので、私のlessonの指導目的、指導目標がよく理解出来るからです。
まあ、それは、どうでも良い事なのだけど、オケの練習が終わってからは、最初に、大学生の、ChopinのPianoConcerto(勿論、全楽章ですけれど・・)の通しのman-to-manの対面lessonから始めて、小、中学生、数名のlessonをすませて、夜の8時になったので、lessonの時の勢いのままに、車を走らせて、椎名町に戻って来て、食事とドルプリッ歩まで付き合ってしまいました。
久し振りの超、hardなlecture-lessonだったので、「明日は病院に行けるかな?」と心配しながら、寝ました。
次の日の朝(月曜日の朝)は定刻の5時半に目覚めたので、優先度の高い昨日のオケ練習やlessonのvideoを、50GのDiskに焼いたのだけど、時間の掛かる事❢
SDcardからパソコンに取り込んで、Diskに焼くだけで、お昼過ぎまで、丸々12時間以上も掛かってしまいました。
勿論、並行で病院に行く準備をしていたのですが、体が思うように動かないのだよなぁ??
それでも、ゆとりを持って準備したので、なんとか時間までには出発する事が出来ました。
病院の結果は、「まあどうでも良し」としても、折角、外に出たのだから買い物でもして帰ろう・・と思ったのだけど、心と体は思うようには、一致しませんでした。
「頑張って、買い物を・・」とは思ったのだけど、もう体が拒否をして全く動かなくなっていたので、諦めて、bikeで帰ろうと思ったら、突然、冷気が・・
いや、端に、冷えて来ただけの事ですが・・全国的に今年最低の気温だそうです。マジ、寒かったのよね??
夕方の5時ちょっと前に、やっとハイツに辿り着いて、「疲れた!」「バテた!」先生達にlineで泣き言を言ったら、「疲れたのならば寝れば・・??」と返事が返って来ました。
「そうか??疲れたのならば、眠れば良いのか??」と気が付いて、bedに入って、爆睡しました。
だって、夕方の5時に寝るなんて、思いもよらなかったのでね??
後は、routineのbikeの燃料を入れて、食事とshort-courseのドルプリっ歩を済ませて、大急ぎで、ハイツに戻って来た所です。
それでも深夜の1時過ぎなのですがね??
月曜日と火曜日は遅いrotationなので・・ね??
寒い❢
今夜の練馬区の気温は、なんと、3度です。
11月30日明日からは12月です。 ·
今は11月の30日の火曜日の朝の9時になろうとしている所ですが、『冬眠暁を覚えず』で、まだbedから出るのは寒くて辛いので、布団の中でウダウダとしている所なのです。
今朝は・・、というか、今朝も・・どこまでも澄み切った秋の空・・というか、初冬の空・・なのですが、11月は30日までしかないので、今日、30日は月の晦日の11月の最後の日になって、明日からはいよいよ年の瀬の12月になってしまいます。
「もう、12月・・??」なんの予定もないのに、12月の声を聞くと、気持ちがあわただしくなってしまいます。
先生の走るという師走なのですが、私的には今日は、先週の長い鬱から始まって、金曜日の車検から、土曜日の新宿、日曜日の千葉、月曜日の光が丘と、4日間も続いて、今日の火曜日は、お久し振りの外出の予定のない、落ち着いた引き籠もりdayになりました。
なにはともあれ、この4日間、放ったらかしになっていたパソコンの作業を久し振りに開始したのですが、夕方になってからCyberlinkから、19日にorderした質問に対しての「質問を受付た」旨のmailが到着して、質問のorder-formに再書き込みをしなければならない事になってしまいました。
質問を受け付けるまで、10日以上掛かっているし、全く同じorder-formへの面倒くさいdataをまた書き込まないといけない・・という事で、頭に来てしまいました。
とは言っても、Cyberlinkのpowerdirecterが壊れたままでは、発表会のvideoの編集が出来ません。
今の所、powerdirecterを使えるのは私だけなので、パソコンのsoftが壊れたままでは、教室の作業が非常に遅れてしまいます。
powerdirecterをdown loadした時に、必ず、back・upはしたハズなので、そのCDさえ見つかれば、再installして、なんの問題も無いのだけどね~ぇ??
back・upCDを失くす・・と言う事は、私的には、絶対に有り得ないのだけどね~ぇ??
部屋が資料の置き場所が無くなって来て、ゴミ屋敷状態になっているのだよね??
断捨離が出来なくても、ダンボールに整理をしたいだけなのだが、そのダンボールを椎名町から持って来るという単純な事さえ出来ないのだよな??
壊れてしまったmonitorに使っていたテレビを廃品回収に出して、CASIOのpriviaを新教室に持って行く作業をすれば、少しは部屋を整理するメドが付くのだが・・、先生達が二人いる時ではないと、車に運び込めないので、日にちと車を出すtimingだよな~ぁ?
12月の中旬にはRolandのPianoが入って来るので、その前までに作業をしておかないといけないのだ。
夜は、雨が激しくなって来たのだけど、超、不思議な事に・・、というか、いつものように、牧野先生が駅に着いて、ドルプリっ歩のお散歩が終わるまでの時間は、激しい雨が収まってしまうのですが、プリがお散歩から戻った途端に、またぞろ、雨が激しく降り出すのです。
まさに、自分のお散歩の時だけ、雨が降らなければ良いのだ・・という、プリ様の自己中で、晴れ晴れ大明神プリです。
と言う事で、朝までは、超、冷たい雨が結構激しく深夜中降り続きました。
次の日のNewsでは、観測史上最大の大雨だったそうです。
でも、朝の9時頃からは、いつものとても良い晴れ渡った青空に戻りました。
洗濯しなくっちゃぁ・・ねぇ??
12月1日『orchestra、室内楽のcurriculumと運営についてのお話し』 ·
芦塚音楽千葉教室の日曜日のオケ室内楽の練習は、あくまでも、音楽教室の本来の業務とは関係の無い、私の個人的な希望での企画であり、私独自のcurriculumによるlecture-lessonなので、あくまでも希望参加で、教室とは別のものです。
日曜日に遊びに来れる人、orchestraや室内楽でみんなと音楽をしたい人が希望参加になります。
教室を開いた以前のように、生徒が多かった時代では、「月一ならば、参加したい。」とか、「月に1回、休みがあれば、参加したい。」という生徒保護者の希望に合わせて、月一組、月二組、等の他に、「音楽を専門的に勉強したい」と希望する人達のための、専科生組のgroupまで分けて、それぞれのgroup単位にorchestraや室内楽を組んでいました。
少子化で、生徒数の減少と、指導者不足に悩まされて、極端にorchestraや室内楽の参加者が減って、とうとう今回は、それぞれのpartが一人づつという・・室内楽か、オケか分からない状態にまで、人数が減ってしまいました。
オケや室内楽の運営は、参加者の人数で、これまではなんとか賄って来たのですが、前々回ぐらいからのオケ室内楽参加の人数が、少なくなってしまって、とうとう、今にちでは、オケ室内楽の運営の経費が持ち出しになってしまいました。
教室のオケ室内楽は、先生達の日曜日のvolunteer活動で、なんとか成り立っているのですが、私自身の経営方針としては、収入が0までは、生徒達の教育という崇高な目的のために、頑張って努力はするけれど、経済的に教室経営からの持ち出しになった場合には、即、オケ室内楽を撤退して、音楽教室本来の業務だけにする・・という事が私の方針なので、前回や前々回の発表会辺りから、「オケ室内楽の生徒募集をやめて、日曜日の練習も止めたら・・??」と先生達に再三、言っているのですが、「どうしても、オケ室内楽は継続したい」という先生方のたっての希望で、今回も持ち出し覚悟でオケ室内楽を存続させる事になりました。
音楽教室というのは、元来は、どこの教室でも、社会活動としては、学校教育ではなく、塾と同じただの企業に過ぎません。
国家の補助を受けている分けではないので、自立した健全な経営をする事が、教室存続の絶対条件であります。
しかし、日本の音楽教育では、ensembleは、お稽古事の延長のimitationのensembleであり、とても、ensembleと呼べるものではありません。
Europaの音楽を培って来たのは、家庭内の本格的な室内楽です。
室内楽の土壌の上に、Classic音楽の世界が広がっているのですよ。
しかし、Americaを含むEuropaを除く社会では、室内楽が音楽教育に持ち込まれる事は原則として、有り得ません。
子供達の技術力も、先生達の指導力も、curriculumさえも、室内楽を学ばさせるには、とても無理なのですよ。
だから、子供の間から、本格的な室内楽を学んでorchestraで皆と一緒にmusizierenをする・・という教室は、世界を見ても、そうそう存在する分けではありません。
元来、私が音楽教室を作った本来の目的は、日本流のClassicの音楽教育とは違って、演奏技術だけではなく、音楽そのものの考え方を、Europa本来のtraditionalな音楽として学ぶ教室が日本にも欲しい・・という願望で、教室を開設しました。
しかし、日本のClassicの音楽界で求められているものは、entertainmentであって、音楽そのものではありません。
Europaでは、音楽は哲学(Philosophie)であり、宗教( Religion)であり、芸術(Kunst=art)でもあるのです。
日本の音楽界で求められるのはテクニカル(technical)ではあるが芸術的(künstlerisch=artistic)ではありません。
日本人のClassicの音楽の中に哲学(Philosophie)も宗教( Religion)もないのです。
また、多くの日本人が、室内楽は、編成の小さなensembleとしか思っていないようなのですが、本来の室内楽は家族で演奏を愉しむから、室内楽なのですよ。つまり、教会でも貴族のHallでもなく、家庭で家族で楽しむから室内楽というのですよ。
無伴奏でも、duoでも、室内楽の様式で作曲されていれば、一人で演奏しても、それは室内楽なのです。
子供の内から、家族と一緒にmusizierenをするから、ClassicがEuropaでは、基礎に根付いているのですよ。
室内楽やorchestraのensemble教育がなければ、本当の音楽の素晴らしさを子供達に伝える事は出来ません。
日本の音楽界でも、soloだけを指導するのではなく、人との協調や共に音楽をする事の喜びを学ばない限り、日本のClassic音楽は、滅びてしまいます。
一般大衆からClassic音楽が忘れ去られてしまうのですよ。
・・現に、今多くのClassicのLibhaber(音楽愛好家)の人達は、自分の音楽に対して、特権的なimageを持っています。それは音楽のproだけではなく、amateurで音楽をしている人達も同様なのです。
と言う事は、明治時代の「音楽事始め」の特権意識から、何一つ変わっていない・・と言う事なのですよ。
このお話も再三再四、話している事なので、「耳タコ」なのですが、明治時代に西洋の音楽を取り入れたのは、あくまでも「富国強兵」の一環としての、軍隊の音楽の導入だったのです。
それにプラスして、貴族上流階級の婦女子の教養のstatusの一環として、音楽が日本に導入されたのです。
音楽が一般庶民には近寄り難いものとして受け止められるこんにちの風潮は、日本が西洋の音楽を日本に持ち込んだ時の、上流階級意識・・からあって、こんにちに続いているのですよ。
日本のClassic音楽が日本人の心の一部になるためには、音楽が生活の一部、教育の一部である必要があるのです。
しかし、残念ながら、そういった音楽教育の理想を具現化している場所は世界の何処にもないのです。
まあ、そんな偉そうな事を言っていたとしても、所詮は、教室が成り立たなければ、理想だけでは食べては行けませんよね??
とは言っても、日曜日のオケ室内楽が無くなって、通常のlessonだけになってしまえば、マジに、教室は日本の通常の一般的な音楽教室と同じになってしまいます。
そこが、volunteerの持ち出しでも、先生達が日曜日のオケ室内楽の練習を潰したくない・・という理由だと思うのですがね??
でも、理想では飯は食えないのよね??
それに、それは学校法人がやる事であって、民間の音楽教室がやる事ではないよね??
法務局からも、再三、文句を言われているしね??
「音楽教室は営利団体なのだから、営利目的以外の事をやってはいけない」・・とね!!
つまり、オケや室内楽に掛かる費用は私の持ち出しであって、営利を伴わない趣味の世界なのです。
それをちゃんとした経営戦略としてやる場合には、同じ法人でも、学校法人でなければならないと・・ね??
勿論、教室を開設した当時は、会社法人ではなく、学校法人にするか・・と考えた事もあったのだけど、ところが、学校法人になるには、厳しい色々な決まりがあって、経営的には問題は無いとしても、教育のmethodeとして考えた場合には、芦塚methodeのcurriculumとは相容れない箇所が多いのだよ。
つまり、今の大学のstyleを踏襲しないといけないのだよ。
勿論、会社としても、学校としても、大手の企業に売れば簡単に経営は成り立つのだよ??
しかし、その時点で、芦塚methodeの骨子は消えて無くなって、生徒の技術を上げるだけの、形骸的な教室になってしまうからね??
それでは日本にEuropaのClassic音楽が根付く事は無いのだよ。
つまり、元の木阿弥なのだよな??
12月2日こむら返りが ·
今は12月2日木曜日の朝の10時を過ぎた所です。
遅い時間まで熟睡出来たように見えるけれど、でも実際には、眠れたのは、朝の6時を過ぎた頃からなので、2coolしか眠っていないのですよ。
なんとか頑張って布団から起き出して、toiletteに行って、また布団に戻った所なのですが、布団の中で「こむら返り」に襲われてしまいました。
横になっていると、両足が攣りそうになってしまったので、チョッと無理をして、起き出す事にしました。
昨夜は、椎名町に出掛けたのも遅かったのですが、食事とドルプリっ歩を済ませて、ハイツに戻ったのは、1時半過ぎの非常に遅い時間になってしまいました。
本来ならば椎名町から戻って来た所で、疲れ果てていて、直ぐに熟睡するのでしょうが、それこそ「疲れ果てた」分けでもなく、「鬱」という分けでも、体調不良という分けでもないのに、椅子に座ったままで、動けなくなってしまいました。
パソコンに向かって何か仕事をしようとしても、テレビを見て、ぼんやりしようとしても、身が入らなくて、集中が出来ません。
漫然と時間だけが過ぎて行って、なんと、気が付くと、朝の6時を過ぎていました。
まさに、勿体無い、無意味で無駄な時間でした。
体調不良や体力の問題ではなく、多分、精神的な疲労なのだろうけれど、思い当たる節も・・・・、有る様な・・ないような・・??
仕方が無いので、glass一杯の日本酒を飲んで、その勢いでなんとか寝れたのだけど、10時にtoiletteに起きたら、「こむら返り」です。
我ながら、呆れ返ってしまいます。
よくまあ、色々と・・・あるもんですよね??
それが老いというものだよな??
病院の先生ならば、加齢の一言で片付けられてしまうよな??
それにしても、老いや鬱には、何の関係も無く、今日も雲一つ無い良い天気です。
これで寒くなければ、verandaにtableでも出して、外の光を浴びながら、notePCで仕事の続きをしたい所ですがね~ぇ??
ヒョッとすると、必要なのは気分転換だったりして・・??
12月4日お久し振りに、昔のvideoのcheckを始めました。 ·
今は12月の4日の土曜日の夕方の4時です。
二日、三日程、前から、お久し振りに、昔のvideoのcheckを始めました。
1998年の7月の発表会の反省会用のvideoがあって、それを椎名町から貰って来たので、そのtapeのcheckを始めたのですが、なんと、演奏の曲の順番が、Programの順と全く違って、tapeに収められていたのですよ。
1998年の夏の発表会は12日と26日の2日に分けて開催されていたのですが、その発表会のProgramの順番がそもそも、変更されて、どの曲が、いつ何処で、演奏されたか、分からなくなっているだけではなくて、その1本、2時間のVHSのtapeなのですが、そのtapeの大半が舞台上のsub•cameraでの撮影されたtapeで、演奏者の後ろからのangleになってしまっています。
Pianoとは正面向きなのですが、譜面台に隠れて、顔は全く見えません。
つまり、演奏者の顔が全員見えないのですよ。
長い曲は途中でtapeが切れてしまって、結局使い物にならなかったり、正面からのcameraが、途中で挿入されたりで、全く使い物になりません。
Programのあちこちに、断片化に飛んで、どこに何の曲が入っているのか分からないのですよ❢
どうしてそんな事になったのか、全く理解出来ません。
この夏の発表会は、私が緊急入院をしたので、初めて、私がいない発表会ではあったので、いろいろとハプニングがあったようなのですが、それにしても、発表会だけではなくて、videoまでも、いろんなhappeningのon paradeです。
結局、一昨日から、丸々、二日掛かりで、7本のtapeを全部、実際に見て、checkする事になりました。
その結果、元のtapeに第三部の一番と二番の曲、Corelli=Geminianiのla foliaとMonnのCelloConcertoがtapeに入っていない事が判明しました❢
特にcorelliのla foliaはhomepageに纏めている曲なので、それが完結しないと言う事は、超、Shockです。
それにしても、業者からは、生徒からの注文が終わって、編集作業が終わった最終稿のvideotapeが送られてくるはずなので、もしもそのtapeが見つかったら、これまでの、二日間の神経戦の作業は無駄な無意味な作業になってしまいます。
私が今やっている作業は、私自身のmottoでもある徹底的に「無駄を省く」という方針にも触れる、許せない作業なのです。
人生の無駄になるかも知れない二日間、三日間も掛かる作業をするのは、この作業が「無駄になるかも知れない」、というpressureは私にとっては、相当な重圧なのですよ❢
まだ私達が江古田教室に居た時には、私が事務所の整理整頓をある程度は管理していたので、物を探すという事はあまりなかったのですが、椎名町に来てからは、私が二階に登る階段が結構、辛くて、pressureなので、事務所の整理整頓、所謂、置き場所の分類に関しては、全く手を付けていないので、今は、その都度、ものを探す事になってしまって、仕事にならないのだよ❢
今回の業者からのtapeは、それを、更に上回っためちゃくちゃなtapeで、本当にも反省会用のtapeだとしたら、反省会にも、ならないのだよな〜ぁ?
先ずは、何処に、何の曲が入っているのかが全く分からないし、同じ曲があちこちにあって、どれが最終稿なのかさえも分からないままに、同じ曲がいろいろなtapeに点在しているのだよ。
書き散らかしの反故の紙を見せられている心境だよな??
それで私に、「どうしろ??」って言うんだよな~ぁ??
私が入院中だったので、誰もcheckをしていないのだよな〜ぁ??
claimを言おうにも、とっくに時効だよな〜ぁ?
12月5日『「ブレない」と「不動心」の違いについて』 ·
今日は12月5日の日曜日の深夜の3時を回った所です。
つまり、千葉でのオケ練習とlessonを終えて、それから自宅のハイツで、電子PianoのPriviaとmonitorテレビを車に積み込んで、更にそれから食事とドルプリっ歩を済ませて、bikeを飛ばして、再びハイツの自宅に戻って来て、そして、椅子の上で茫然自失をしてしまい、意識が戻って、慌てて布団に潜り込んだ所のお話なのです。
先々週の日曜日と先週の日曜日には、lessonの間の時間に、「concoursを受けたい」と言っている生徒達に、音楽を専門とする上での心構えをman-to-manでお話ししたのですが、今の若い人達には「ブレない」という発想が無いようです。
もっとも、professionalの世界では、その「ブレない」人達だけがprofessionalとして、生き残って行くので、普通に「ブレない」人種だけが多く居るように見えてしまうのですが、実は、「ブレない」という人種は、元来は、非常に珍しい人種なのでしょうね??
「ブレない」と言う事の意味は、意を決した時から、根底となる考え方を変えない・・という事なのです。
『継続は力なり』という諺がありますが、正にその通りです。
それを疑う人はいないと思いますが、しかし、それを達成出来る人も少ないのですよ。
音楽のconcoursでも、全国大会で入賞を争っているのは、ホンのひと握りの人達です。まあ、7~8名の人達だと言う事が出来ます。地方の予選で落ちる人達は、次の年度のconcoursを受けに来る人達は殆どいません。全国大会に出場する人達でも、数回受けるだけでしょうね??
しかし、入賞を争っている人達は、就学年次以前から大学を卒業した後でも、常に同じmemberがconcoursを競っているのですよ。
それでも、私達から見ると、「ブレない」・・・とは言い難いのです。
concoursに入賞したとしても、concoursを受けなかったとしても、若くして華やかな音楽界に躍り出て、音楽界の中で華やかに活躍出来たとしても、「30の壁」を越せる人達は非常に少ないのです。 男性ならば、大学の先生になって、女性ならば、結婚と子育てに専念して、音楽は「子供」「旦那」の次になってしまいます。つまり、音楽がその人のbackboneではなくなってしまうのですよ。「不動心」で脇目も振らずに音楽の世界に邁進して来たハズなのに、「30の壁」を前にして、「もう此処までやって来たから良いか?」という満足感と諦めに屈してしまうのです。
でも、本当の努力は「30の壁」から始まるのですがね??
一般的なお話しとして、学校の勉強のお話しをしましょう。
就学年次に達した子供達は、受験のために、脇目も振らずに学業に専念します。
それは、周りに人達から見ても、当たり前の事で、素晴らしい事だと思われています。
でも、しかし、大学を卒業して、一般の社会人になってからも、その勉強をそのままに継続する人は、極々稀なのではないでしょうか??
もし、そういった事をやっている人が居たとすると、ヒョッとしたら、一般大衆からは変人だと思われてしまうでしょうかね??
つまり、大学受験のための、必死の勉強であったとしても、長い人生から見てみると、ホンの短い一瞬に過ぎないのですよ。
自分の情熱の全てを受験勉強に掛けたとしても、その人の人生は長い長いその後の人生がその人の人生そのものなのですよ。
昔々は、日本社会は世界でも珍しい終身雇用制度の国でした。
それこそ、たった一回の就職試験でどれだけの有名な大企業に就職出来るか・・で、将来が決まったのですよ。
しかし、終身雇用制度は、江戸時代に徳川家康が為政者として日本に導入した封建制度の世襲制度であり、家を維持していくための制度に過ぎなかったのです。つまり、凡庸な人間が何もしないでも、生活出来て行くための、保温器のような、ゆりかご(cradle)のような制度だったのです。
つまり、globalstandardな社会になった時から、終身雇用制度は、もう死滅化してしまったのです。
終身雇用社会がドングリの社会だとすると、今の社会は個性の社会だと言えるでしょうか??
個人のi dentityをどれだけappeal出来るかが、その人と成の価値を決めます。
つまり、有名大学に進学する事は、最早、然程の意味は無いのですよ。
今の時代では折角の会社に就職出来たとしても、若い内から転職を要求されます。
トドのつまり、幾ら、勉学に専念したとしても、それがその人の人生を決める事にはならないのです。
どんな、有名な大学を卒業しても、その後の人生はその後のその人の生き方で決まるのですから。
産まれてからの20年間で、その人の人生が決まる分けではないのだから、幾ら、学業に専念したとしても、それ自体で「ブレない人生」と言う事は出来ないのです。
20歳の若者に取っては、20年間が人生の全てであったとしても、80歳の老人に取っては、人生の中の僅か4分の1に過ぎないのです。
職業の中には、大人になってから、専門的な知識を得てprofessionalになる事の出来る職業があります。
医者がその典型的な職業でしょうかね??
医学部に入学するまでには、医学の知識がなくても、何の問題もありません。
医学への基礎知識は大学で学び始めるからなのです。
それに反して、物心付く前から体に覚えさせるように努力を続けないと、professionalには成れない職業もあります。
演奏家やballerina等の職業もそうでしょうが、勿論、職人の世界もそういった技術を子供の内から身に付けないと成れない職業が沢山あります。
(本当は、このお話しはhomepageにも結構いっぱい書いてあるので、同じお話しの蒸し返しになってしまうのですがね~ぇ??)
大学生から学び始める医者であったとしても、或る意味では技術職なのです。
名医と普通の医者の落差は、途轍も無く大きいのです。
ある医者には助けられない命でも、名医の手によると助かる事も多いのです。(実は私も助けられた一人なのですがね??)
でも、その名医になるには、それなりの努力が必要なのです。
努力が無ければ名医になれる事はありません。名医に取っては「30の壁」は有り得ないのです。
professionalになる・・という事は、短期的であっても、中、長期的であっても、或る意味で、必死の努力を続けるという事です。
始めるのが、子供の内でなければならない体を作るという職業もありますが、高校生、大学生で決意をして、一芸に励むという職業もあります。
チョッとお話しは、本題からは外れてしまいますが、「不動心」と「ブレない」という言葉の違いについて、説明をします。
「不動心」とは何者にも動かされない心を意味します。
「ブレない」とは立場や信念が変わらない事を意味します。
「不動心」とは、その立場の中で揺れない心の事を言うのですが、「ブレない」とは、その立場自体が揺れない・・という意味です。
私が音楽の道を歩むと決めたのは、高校生の時からで、そこから音楽の基本を学び始めました。
子供の内から学ばなければならない音楽の世界では、基本的には部外者に過ぎません。
作曲家としての道を歩んだのですが、12年程で作曲家を職業とする事はやめてしまいました。
とは言っても、作曲の技術的に音楽の道を断念したのでも、挫折をしたのでもありません。
子供の時から、抱いていた音楽への情熱は、不動のものであり、ブレた事は一度もありません。音楽は私に取っては、私自身であり、私の心そのものなのだからです。
私が音楽界と決別したのは、日本の音楽界に対して、愛想を尽かしたに過ぎないのです。
Europaで、改めて音楽を学んで来て、日本に帰って来た時に、日本の音楽界を見て、ここは私の居場所ではない・・と言う事を確信したからです。
日本のClassicの音楽界には、Europaにあるべき音楽がありません。
Europaでは、音楽は哲学(Philosophie)であり、宗教( Religion)であり、芸術(Kunst=art)でもあるのです。
しかし、日本のClassicの音楽界で求められているものは、entertainmentであって、音楽そのものではありません。
日本の音楽界で求められるのはテクニカル(technical)ではあるが芸術的(künstlerisch=artistic)ではありません。
日本の音楽界=Americaの音楽界であり、且つ商業主義的な音楽です。
Europaの音楽界を見ると、その層の暑さに驚かされる事がままあります。全く無名の人が、非常に優れた演奏家であって、interpretation等も、完璧にこなしている人達をよく見かけるからです。「何故、この人が無名なのだろうか?」とよく不思議に思う事があります。
つまり、その人達はentertainmentに何の価値も見出さないで、音楽を探求するというドツボに嵌っている人達なのです。
日本でも音楽というgenreでなければ、そういったprofessionalを見かける事はよくあります。
日本人のClassicの音楽で求められているものは、華やかなentertainmentであり、その中に哲学(Philosophie)も宗教( Religion)もないのです。
と言う事で、華やかな技巧をひけらかすだけの日本のコンサートには、全く行かなくなってしまいました。
まあ、社会適応が出来ない引き籠もりの人達と、たいして変わらないとは思うけれどね??
「日本に、本当のtraditionalな音楽を」というささやかな努力と、種まきも、最早、水泡に帰したのではないだろうか??と己の齡と体力と気力を慮っています。
つまり、日本の音楽の土壌には、Classicという音楽は存在しないのですよ。集団の流れ作業で大量生産されるGucciのような工房の作品の音楽に過ぎないのです。
哀号!
私の半世紀に及ぶ努力は、風車に向かうDon Quijoteのようなものだったのだよな??
燕雀安知鴻鵠之志哉などと穿った事はおクビにも言いませんがね??アハッ!
12月7日まあ、どうでも良いか??
それはそうと、鼻水と鼻詰まりが酷くて、眠れそうにもないので、明日の朝に風呂に入って髪を洗う予定を前倒しして、今洗う事にしました。
どっちみち、シャンプーに、掛かる時間は同じなのでね??
風呂から上がって、ひと息着いてからbedに戻ったのですが、ふと、思ったのは、今年は、もう11月から早々と、3℃だ! 4℃だ! と大騒ぎをしているのですが、分厚い羽毛布団をbedの横に、いつでも交換出来るように、準備はしているのですが、まだ、普通の毛布一枚しか使っていなくて、少し暑いのですよ❢
昨年までは、11月の末頃からは、厚手の羽毛布団を掛けて寝ていたのですが、テレビでは12月の下旬も暮れの気温だ❢と騒いでいるようなのだが、私には、未だ実感がありません。
寝る時には、灯りは当然の事として、部屋という部屋の暖房も確実に消してから、布団に入るので、早朝のtoilet−timeで起きる時には、南極のblizzardの中に入るような決意が必要だったのですが、今年は何の問題もなく起きてtoiletに行っています。
老人性の鈍感さで、寒さを感じなくなったのかな?
それとも、少し体力が戻って来たのかな?
それとも、免疫力の低下で、
それとも、糖尿病で
まあ、どうでも良いか??
兎に角、明日は川崎だ❢
私も先ほどシャンプーしました。今年はまだ寒くないですね、出掛ける時もコートらしいのは着ないで行ってます😎
若い先生達は「寒い!寒い!」を連発しているので、老化で感覚が鈍っているのかな??と思いました。しかし、この2,3日は流石に深夜のお散歩は寒いのですが、ワンちゃんのために、寒さを堪えて頑張っています。アハッ!
12月7日徒然無い夢をみた
早朝のtoilet−timeに行こうか、未だ辛抱出来るか?と、悩みながら、「今日は車での移動だ。車の駐車場はどこにあったかな?」と思い出そうとしていました。
山奥の森の中とか、河川敷の傍とか?・・思いも掛けないような場所が、頭の中を過ぎって行きます。
暫し、悩んだ結果、突然、思い出します。
「なんだ?!東京の駐車場も千葉の駐車場も、今は家の敷地の内にあるのではなかったのか??」
ざわつく心が突然に落ち着いて行きます。
安堵感に満たされます。
この駐車場が見つからなくて、車が見つける事が出来ない時の、不安感、寂寥感は非常に強い物で、車を初めて買った時から東京や千葉で駐車場を借りる事が、私にとってのtraumaだったのです。
以前の江古田の教室に住んでいた時でも、チャリンコや小さなbikeであるmonkeyですら置く場所が無くて、困っていました。
12月7日寝すぎた❢
後は川崎の病院に行くための準備の開始時間まで、1時間しかありません。
でも頑張って1時間眠むるか?
貴重な1時間です。
無事に貴重な1時間を安眠出来て、携帯のalarmで目が覚めて、準備を開始しました。
安眠出来たのは良いのだけど、まあ、超、眠たいのだよな??
困った!!時折、作業が中断して、目を開けたまま眠っているのだよな??
後、20分は眠れるけれど、それは無理だろうな??
ひぇ~っ?? てな事を言っていたら、マジ、椅子に座ったままで、寝てしまった。
lineが入って来て、目が覚めた!
出発まで後4分!!
急げ!!や、急げ!!
長時間、病院の長椅子で座って待っていたので、尾骨がすっかりと痛くなって、帰りの高速道路の渋滞で運転していたら、座っているのが辛抱出来ないくらいに痛くなってしまって、身をよじりながら尾骨が当たらないように注意しながら、渋滞の中を運転しました。
恐怖の忍耐であった!!
椎名町にやっと到着したら、なんと結構な大雨で
、チョッとだけ、部屋で休んでから、大雨の中を尾骨がBikeのサドルに触らないように、気を付けながら、Bikeを走らせて、ハイツに帰って来ました。7時近くにはなっていたよね〜ぇ??
勿論、超、バテたので、そのままbedに入って爆睡してしまいましたが、食事とドルプリっ歩の時間の10時11時ぐらいまで爆睡してしまいました。
今度も、lineでの食事の呼び出し音で、目がさめたのですが、椎名町に、もう一度戻って食事とお散歩をするだけの気力も体力も残っていなかったし、bikeに乗るには、尾骨が痛いので座る事も出来ないので、今日の食事とドルプリっ歩は、取り敢えず、passする事にしました。
とは言っても、冷蔵庫はいつもの通りにすっからかんなので、今日のくい物はありません。
インスタントのラーメンくらいならば、非常食としてはあるのですが、流石に、それは食べる気にはならないのだけど、だからといっても、近所のコンビニまで、この雨の中を買い出しに行くだけの食事への情熱も持ち合わせてはいないのだよな〜ぁ?
という事で、空腹のままにしておく事にしました。
12月8日尾骨が痛い❢❢
12月の8日の水曜日の朝の6時半を過ぎた所なのですが、外は雨が酷く降っていて、まるで夜のように暗いのです。
流石に、テレビのお天気お姉さんも、「寒い」と連発しています。
今日は一日、このままの寒空なのでしょうかね~ぇ??
昨日痛めた尾骨なのですが、今日も全く治っていないので、椅子に座ったり、立ったりする事がとても、辛いのです。
椅子に座る事が出来ないと、全く仕事に差し支えてしまいます。
それに検査のために、朝から食事をしないで病院に出掛けたので、「冷蔵庫に何も入っていない」と言う事は、昨日・・というか、その前日の夜から、何も食べていないのだけど、だからと言っても、体重は変わらないのだよな~ぁ??
petit絶食も、なんの効果もないと言う事なのだよな~ぁ??
冷蔵庫は兎も角としても、実は冷凍庫には、非常のためのレトルトの食料品が入ったままなのだよな?
dietに問題なので、食べていなかったのだけど、2日間の絶食ならば、dietは無視しても良いのかな??
体重も変化がなかったし・・ね??
12月9日惰眠から不眠へ
今日は12月の9日の木曜日の早朝の4時半を過ぎた所です。
この所、あれ程、毎日、惰眠を貪っていたのに、今夜は全く眠れなくなってしまいました。
何でだろう?
勿論、その原因の一つは、鼻詰まりと鼻水で息が出来ないのが、最大の理由なのだよな?
その鼻水と鼻詰まりの原因となるのが、気温差なのです。
暖房で暖められた部屋から、寒い寝室へ入って、毛布で体が急激に温まると、敵面鼻水の症状になるのです。
今夜は携帯で調べて見ると、8℃もあるのですが、いつものようにガス•ストーブをつけても、全く部屋が温かくならないのですよ。
ガス•ストーブを付けっ放ししていても寒いのです。
以前は、外の気温が4℃、3℃の時でも、ガス•ストーブだけで、充分に温かかったのに、今夜は外界の気温が8℃もあるのに、寒くて布団の中で、足が冷え切っています。
今夜の体感温度は4℃という事らしいのですが、これまでの実際の気温が3℃だった時の方が、今よりも温かかったように思えるのだよな?
諦めて、普段は寝室には暖房はいれないのだけど、寝室の暖房を入れてみたのだけど、全く寝室が温まらないのだよ?
これは困った❢
鼻水で息が出来ないので、これ以上、頑張って眠るのは諦めて、パソコンの椅子の上で休む事にしました。
今年は未だ一度もやった事は無いのだけれど、以前にも、数回だけ、ガス•ストーブとエアコンの暖房を同時に稼働させるという事をしました。
そうすれば、少しは部屋の温度も上がるからです。
直接、体に直に温かい空気を浴びると、頭が心地よくボケて来て、椅子に座ったままで爆睡してしまう事がよくあるからです。
そう言えば、昨晩のテレビでは、「今年一番の寒さだ」とか言っていたよな?
でも練馬区では、11月中にも、3℃や4℃だった時もあったハズなのだがね〜ぇ?
8℃もある今日の方が寒い•••という事は、どうしてなのだろう??
何故、8℃もあるのに「今年一番の寒さ」なのだろうか?
12月9日動画がupload出来なかった。
それはそうと、昨日というか、一昨日の深夜から1998年の7月の夏のコンサートの星那ちゃんだけの演奏の纏めのvideo(MozartのViolinsonateのB DurとWieniawskiのConcertoのⅠ楽章)をuploadしたのだが、20時間経ってもuploadが完結、出来なかったので、一旦、iuploadを取り消して、全く同じ動画をuploadしたら、今度は3時間程度でuploadが終わった。
なんだろうね~ぇ??
1998年7月12日26日の芦塚音楽教室より 星那(中2) - YouTube
多分、netで最初に繋がる回線がbugったら、何時間もloopをするらしい。
時々、これまでにも、同じような症状になった事があるのだが、今回も63%でfreezeしていたのだが、それでも、待機状態のままで、errorのmessageは出ないのだよな??・・・それが困る!!
無駄に待たなければならないのだよ。
それが時間の無駄だ!!
12月10日不定愁訴
今は12月10日の朝の10時半を過ぎた所です。
今日は起きてから不定愁訴に悩まされています。
今日のお天気のように、晴れている分けでは無いのだけど、うっとおしく、うやむやなのです。
鬱では無いのかも知れないのだけど、鬱寸前の状態で、落ち着かない・・というか、体がイライラしているのだけど、どうすれば気分を入れ替える事が出来るのか・・その対応に朝から悩んでいるのです。
散歩や体を使うと良いのかも知れないけれど、そこまでの体力・気力は無いし、とても、その気分にもなれません。
音楽を聴く事も、alcoholも、文章を書く事も、鬱から抜け出すための手助けにはなってくれそうにもありません。
この所、鼻詰まりや鼻水で、息が出来なくて、眠れない時に、暖房をガスとエアコンのdoubleにして、首の後ろを暖めると、鼻水や鼻詰まりが解消して頭がぼんやりとして来て、眠れるように•••、というか、椅子に座ったままで、眠ってしまう事が多かったので、その方法ならば・・という事で、試してみました。
結構、上手く行って、鼻水や鼻詰りは止まって、椅子に座ったままで、小一時間程、仮眠が出来ました。
その勢いで、急いで、bedに潜り込んで爆睡しました。
3時間近くのtwo-cool分は眠れたので、少しは鬱が取れたのかな??
暫し、様子を見てみる事にします。
今日の鬱は、ただ単に、疲れが取れていなかっただけなのかな??
でも、今日一日が無駄になった事には変わりは無いのだけれどね??
でも未だ今日は7時間は残っているのだから、何か一つは生産活動が出来るかな??
夕方の5時半を過ぎた所なのだけど、鬱はなんとか治ったと思われるのだが、どうしても、仕事modeに入れないのだよね??
何もやる気になんないのだよ。
・・という事で、生産活動が出来ないのならば、ハイツでウダウダしていても仕方がないので、早めにハイツを出発して、椎名町に行く次いでに、これまでにも、なかなか時間が取れなくて、行けなかったBikeのタイヤの交換に行く事にした。
しかし、実際に、bike屋に立ち寄って見ると、「いつでも寄ってくれれば良いよ!」と言っていたのが、「仕事が混んで来週」という事になった。
言っている事が違うよな?
・・という結果になったので、椎名町到着が早めになったのだが、いざ、部屋に入って見ると、誰もいないし、ドル、プリのお迎えもないし、お茶を入れる気にもならないので、携帯で出来る雑用を片付けていた。
後は定形通りなので省略する。
12月11日 You Tubeでいろいろな演奏を聴いてみたのだが
椎名町には結構早い時間に到着したので、食事やお散歩も早く出来たハズなのだが、どこで道草を食ったのか、ハイツには12時を過ぎた所で戻り着いた。
それからが更に問題で、即、bedに入る気にもなれなかったので、Christmas会で急遽、斉藤先生の伴奏する事になったSarasateのRomanza Andaluzaのinterpretationの違いをYou Tubeで聴いて見るために、「これは・・?」と思う4人の演奏を聴いたのだが、その全員が私と全く同じ解釈だった。
つまり、「目新しい発見は無く、参考にはならなかった」・・という事なのだ。
まあ、そこまでは良しとしても、その後がチョッと脱線してしまって、目に入った若手の演奏家のYou Tubeでの演奏を、チョイと齧って聴いたのが、pech!の始まりで、色々な演奏家の演奏や、果てはコンクールまでも齧り巻くって、イライラとして、気分が悪くなってしまい、結局、その悪くなった気分を収めるために、自分の鬱々コンサートをendlessで聴いてしまったのだ。
結局、朝の7時、8時まで、You Tubeで自分の鬱々コンサートの演奏を聴いていたのだよ。
gas-stoveが8時間limitで突然切れたので、それをjust-timingにして、bedに入って寝た。
しかし、眠れた事は眠れたのだが、それもone‐coolの10時までで、鼻詰りと喉の痛みで目が覚めてしまった。
でも、今回は悩まないで、直ぐにgas-stoveとエアコンの暖房を点けて、暖房の風を直に頭と首に受けながら、凝り固まった首筋を温めているのだ。
12月12日finaleでlayoutをして、print outしようと思ったら
Christmas会で、斎藤先生から、伴奏を急遽頼まれたので、伴奏の譜面の演奏譜をfinaleで作って、layoutを終わったので、print outしようと思ったのだが、印刷のpreview画面を見たら、ちゃんと出来たハズのlayoutが壊れている。
何度かlayoutをし直しても、やはり、preview画面では、layoutが壊れてしまうのだよ❢
何度か同じ作業を繰り返したら、やっとpreview画面でもちゃんと表示されたので、printoutしたのだが、パソコンのmonitorの画面の画素数が勝手に変わってしまって、パソコンのwindows上のiconのlayoutがバラバラに壊れてしまっていた。
Finaleのlayoutで、パソコンのmonitor画面が、勝手に変更されてしまったのだ❢
やはり、パソコンとmonitorの相性が、悪いのだよな??
つまり、まだ4Kに対応出来ていないsoftが多いのだよな??
このままだと、パソコン自体が壊れるよな??
長年使っていたmonitorテレビが先日とうとう壊れてしまって、応急に安い4Kのmonitorテレビを買ったのだが、まさに「安物買いの銭失い」であった。
この4Kのmonitorテレビは、没だよな~ぁ??
まあ、普通のテレビとしては、使えるのだがね〜ぇ?
新教室の事務室で使うか?
それに、膨大なpowerdirecterの修理に掛けている時間も、勿体無いよな??
人生は短い!!
無駄な努力に掛ける時間は無いのだよ!!
再installが出来ないと、今までのPowerDirectorを捨てて、新しいPowerDirectorを買い直さないと、仕事が停滞してしまっているし、な〜ぁ??
パソコンはwindowsの11にしろ!とかうるさいし、まだまだ面倒くさいよな〜ぁ??
12月12日Facebookのお薦めのgroupが
お薦めのグループが何度削除、非表示にしても、繰り返し表示されて、一コメント、二コメント起きに表示される。
パソコンのFacebookでは、そんな煩わしい事はないのだが、文字入力の時に、文字の変換を確定させる度に、cursorが文章の一番最後まで飛んでしまうのは致命的で、いつまで経っても改善されない。
携帯ではその現象は起こらないので、PCだけの動作不良である。
携帯では、同じグループの宣伝の画面が、何度、削除、非表示にしても、次にFacebookを開いた時には、またまた同じグループの宣伝が開いてしまうのだ❢
そろそろ、根負けをして、「Facebookから脱会しようかな?」とも考えている所なのだがね〜ぇ?
12月12日超、寒い❢
今は12日の日曜日の朝の4時半になろうとしている所なのだ。
つまり、定例の日曜日のオケ練習の日で千葉へ移動の日なのだ。
うう~っ、超、寒い!
眠れないどころか、布団の毛布の中で寒さに震えているのだ!
毛布だけなので、体が冷え切って暖まらないのだよ。
これは大変だ❢
眠れないだけでは済まないのだよな??
このままだと、今日のオケ練習やlessonに体力が無くなってしまったり、体調不良を引き起こしてしまうかも知れないからね〜ぇ?
早急に手を打たないと、色々と問題が起きてしまう。
先ずは、急いで、エアコンをつけよう❢・・という事で頑張って、エアコンをつけて寝たのだが、またまた小一時間程で、寒くて目が覚めてしまった。
諦めて、超厚手の羽毛布団を被せた。
それに、寝室だけではなく、隣室のパソコンの部屋のエアコンの暖房もつけた❢
寝室のエアコンは古くて超安い、powerの弱いエアコンなのだから、灯油のファンヒーターで温めれば良いのだが、灯油を寝室で使うのは、危ないので、使いたくないのだ。
パソコンの部屋の大型のエアコンを点けて、helpをすると、寝室も結構、まあなんとか温まるのだよ。
寝室のエアコンは、このmansionを購入した時に一緒に入れた超古い機種のエアコンなのだが、所詮、滅多に使わないのだから、高性能の機種に買い換える気は全くないのだ。
と言う事でパソコンの部屋のエアコンと寝室のエアコンの併用でなんとか取り敢えずは、眠る事が出来た。
まだ、ハイツを出発するまでには、 two-cool(私の場合には、one‐coolは約1時間半なので、 two-coolならば、約3時間近く)は眠れるハズなのだがね〜ぇ?
・・とか言っていたのだけど、また無事に眠る事が出来て、今度は8時半過ぎくらいに、また目が覚めてしまった。
頑張れば、後、one-coolぐらいは、眠れたのかも知れない。
もうone-cool、眠れれば申し分ないのだが、そうは、なかなか上手くは行かないよな〜ぁ??
そろそろ諦めて千葉行きの出発の準備に入るか??
と言う事で、bedから起き出した。
千葉行きの準備は予定よりも倍以上の時間があったハズなのだが、体の反応が遅くて、行動に切れが無くて、ウダウダとしてしまって、結局の所、出発は、時間の予定通りになってしまった。
とは言っても、毎度の事なので、驚く事でも無いのだけど・・・
12月13日 『Roland⇒転倒⇒ひびきホール⇒Roland』
今日、12月の13日の月曜日は、椎名町の事務所の近くの一音会のHallで梨紗達の音教(音楽鑑賞教室ミニ・コンサート)があるので聴きに行く予約をしていたのだが、Rolandから電話があって、急遽、電子Pianoの搬入とdouble-bookingしてしまった。
朝、配送業者からの電話があったので、次いでに搬入が「午前中にならないのか?」・・と話をしたのだが、配送の時間は、rotationが動かせないので、一度は断られたのだが、それでも、お昼前には、機転を利かして来てくれた。
昼前に、Pianoがマンションの玄関の前に着いたという、突然の電話があったので、慌てて、部屋の玄関のdoorを開こうと、サンダルを履こうとした時に、サンダルの紐が足の指に絡まって、転倒をしてしまった。
転倒し始めた時に、頑張って、なるべくゆっくりと転倒したので、(=ゆっくりと転倒・・という意味は、捕まると引っ繰り返ってしまうコート掛けのような不安定な物でも、なんでも構わずに捕まって、なんとか、ゆっくりと転倒したので・・)「Gott sei Dank!」・・ケガはしなかったが、チョッとでも焦ると、なにかと危ないのだよな??
老人性の骨折の場合には、極端に余命が短くなってしまう場合が多いので、骨折だけは避けたかったのだよ。根性だったよな??
反省!反省!!
搬入と組み立ての作業は、proの業者が2人掛りで、40分以上も掛かっていたょ。
私も、priviaの移動の時には、パーツにバラした状態で持って来て、私一人で組立たのだが、30分も掛からなかったのだけど、priviaに比べて、だいぶ、組み立ての行程が複雑なのかな??
もっとも、私は電ドリで組み立てるので、結構速いのだけどね〜ぇ?
Rolandの電子pianoの場合には、組み立てに使うネジが、1種類のboltだけなのだが、手順を間違えると組み上がらないので、組み立てた途中から、またバラシたり・・と、四苦八苦していたよ??
Priviaの場合には、細かいpartsをバラバラに組み立てて、それを合体させて作るので、結構速かったのだよな?
Rolandは特に他のmakerの電子Pianoとは、作業手順が違うらしいので、作業の手間が結構大変そうなので、いつものようには、根掘り葉掘りは聞かなかったのだがね〜ぇ?
電子Pianoの組み立てが終わって、業者が帰ったので、部屋を元の状態に戻していたら、もう、2時半になってしまった。
気がついたら、朝から何も食べていないのだよな?
チョッとお腹が空いて来たので、遅い朝食を取りながら、梨紗の音教に出掛ける準備を始めた。
話は前後するのだが、昨晩の帰宅は結構遅くなってしまって、深夜の1時半を過ぎていたのだが、運送業者は突然に来る事が多いので、Pianoを搬入するための玄関からの動線と電子pianoを組み立てる作業をするための場所作りを深夜の2時過ぎにした。
明日の朝に起きてからヤれば良さそうなのだが、搬入が何時になるのか、また、その時に、私が部屋を整理するだけの体力があるかどうかは、その時になって見ないと分からないのでね?
つまり、出来る時に済ませておくのが、今の私の流儀なのだよ❢
組み立て作業のために、部屋の荷物を移動させる事はそれなりに結構大変なのだが、荷物を元の状態に戻すのはもっと大変な事になるのだ❢
電子Pianoが入ってしまったから、そこにあった物を、元の場所に戻せるか否かを判断しながら、作業を推し進めないといけないからだ。
まあ、部屋が広ければ、悩む事ではないのだがね?
今日は、音教に出かける迄に、部屋の整理を終わらせて、音教から帰ってからは、SarasateのRomanza AndaluzaのFinaleの入力作業をしたいので、頑張って部屋の整理を終わらせた。
ヒビキホールまでは、ナビによると、4分しか掛からない・・となっているので、なるべくギリギリまで部屋の整理の作業をして、それでも、20分程のゆとりを持たせて出掛けたのだが、ナビで目的地に到着したハズなのに、場所が分からない。
同じ箇所を何度もグルグルと回って探したのだが、見つける事が出来なかった。
歩いている人に聞いたり、通り掛かったおまわりさんにも聴いて見たのだが、「知らない」と言われてしまった。
諦めてハイツに戻ろうとスーパーのAEONの前を通ると、Aeonの入口の隣りの小さな従業員用の入口の扉に、今回の音教のposterが貼ってあるのを見つけた。
「なんだ、これがヒビキホールなのか??」1,2階がAeonで、3階がヒビキホールらしいのだよ。
Aeonは、ここらでは大きなスーパーのハズなのだが、bikeの置き場どころか、チャリの置き場所すらない。
自転車で買い物に来た人達は何処に置くのかな??どこかには自転車置き場があるのだろうが、それを探す時間はもう無い❢
改めて時間を見ると、もう既に5分程、overしてしまったようだ。
しかし、中に入ると居るのはstaff・onlyで、未だ誰もいない。
梨紗からのmailを見て確認をすると、時間を1時間間違えていた事が判明・・
なんと、私が一番目の客になってしまった。
いつものように、最後列の出口に一番近い位置に陣を取った。(逃げ易くするために、出口に一番近い位置に座るのは、普段からのいつもの癖なのだけど・・ね??」)
後からやって来た梨紗ママとお久し振りのいろいろな話しをしたのだが、今回の音教の主旨も聞いたのだけど、お役所から助成金を受けるのに、年内に有料のコンサートを2回以上開く必要があって、殆どの公的なホールがもう、予約済みなので、辛うじて、このヒビキホールで音教をやる事になったのだそうな??
成る程・・、成る程・・頑張っているよな??
善哉!善哉!!
Rolandの話に戻って・・・
寒空の下で、風が出て来て、超、寒くなって来たのだが、ダウンコートは良いとしても、ズボンは普段のダウンのズボンでは無くて、コンサートなので、普通の布ズボンを履いていたので、超、寒くなって来たので、急いでハイツに戻った。
搬入の後片付けをしながら、解説書(取説)のページに必要な所に蛍光ペンで色を塗っていったのだが、取説の文章らしく、何も頭に入らない。
You Tubeに取説の動画がある・・と言うので、パソコンにurlを入れてみたのだが、同じurlなのだが、宣伝のPageになってしまって、取説のPageに辿り着けない。
何度か試みたのだが、ついに諦めた。
次の日の朝になって、日曜日のオケ練習とlessonのvideoをパソコンに取り込みながら、並行作業で、携帯のQRコードリーダーで携帯でurlを読み込んだら、携帯のYou Tubeでは、5個ぐらいの取説動画が出て来たので、少し開いて見たのだが、通り一遍の説明だけで、私が調べたいpianoの基本的な設定のページやピアノデザイナーのPageの設定の説明の所は全くなかった。と言うか、pitchの設定の方法とかの解説もなかった。
という事は、暇な時に時間を掛けて、電子Pianoと対話しながら、設定をしなければならないようだ。
取り敢えずは、pitchを443cycleに設定する所と、音の伸びが一番長いgrandpiano仕様に設定する所だけを、Romanza Andaluzaの練習をする時、用に設定しておく事にするか??
今、取り敢えず私が設定したいPiano-designerの設定では、音の明るさの調整、key-touch、hammer-responseだけなのだが、Piano-designerは、機能的にもっと細かいとても面白い設定が出来そうなのだが、取り敢えずは、そこまで出来れば御の字なのだろうが、そこまで設定して行くには時間が掛かりそうだよな?
同じ17万でも、(定価は幾らか知らないけれど・・、多分20万は越したと思うが・・)priviaとは違うよな??とは言っても、10年以上も前の機種と比べる事は、可哀想か・・??
確かに、同じRolandでも、即売で24万で売っていたもう一段上級の機種は明らかに、より良かったのだけど、その分、だいぶ大きくなっていたので、sub-Pianoとしては、これで充分だろうよな。
flooringに置くのならば、躊躇無くもう一つの上級機種にしたのだけどね??
そこはTPOは譲れないのだよな??
15日になってしまったのだけど、Christmas会までに、もう日にちが無いので、どうしてもPianoで実際に弾いてSpielbarをcheckしておく必要があるので、電子Pianoを開いて、自分流に設定を始めたのだが、Pianodesignの細かな設定も含めて、設定は超、簡単であった。
大変だと思われた音色の設定やpitchも含めて、結構その場で比較が出来て、好みの設定は、一瞬で終わってしまった。
やはり、電子pianoの機能は、格段に改良されているようだ。
これなら、もう一段階上の機種でも良かったのだけれども、そこはTPOは譲れないのだよな??
もう一台を買う事があったら、一つ上の機種にするか??
12月17日layoutがまたまた元に戻った ❢
今は12月17日の金曜日の朝の7時になる所です。
昨晩の16日の夕食は8時過ぎと、結構早かったのですが、ウダウダと散歩をしたりして、結局の所、ハイツに戻ったのは深夜の1時過ぎになってしまいました。
部屋に戻ってからも、持ち帰って来たお弁当の整理に手間取ったり、今度の日曜日のChristmas会で伴奏をする予定のSarasateのRomanza Andaluzaを私が簡易versionに書き直して、椎名町の事務所でcopyして貰った譜面のcheckを始めたのだけど、私が送った最終稿の一つ前の稿を底本にして、layoutがしてありました。
「またか?」という事で、全部の訂正箇所は正確に記憶しているので、送られて来た譜面を底本にして訂正して、保存して、椎名町に送ったのだけど、たった今、パソコン上に上書き保存したハズのdataが行方不明になってしまい、開くと元のdataのままでした。
・・・という事で、たった今、送ったばかりのdataから、開いて確認をしようかな?と思ったのですが、上書きして、保存したハズの元のdataなのですが、なんと、訂正をする前の元のままだったのですよ??
「なんじゃ、こりゃあ〜!」という事で、送った原稿を全部削除して、全く新しくもう一度書き直しました。これで2回目の全く同じfinale作業です。
上書き保存を何度もして、もう一度送り直したのだけど、開いて見ると、直っている所と、訂正が反映(保存)されていない所が、数カ所もあります。
何度もやり直したのだけど、yahoomailのsoftもおかしくなってしまって、文字の入力さえも、おぼつかなくなってしまいました。
こりゃあ、取り敢えずは、パソコンの再起動だよな?
てな事で、なんだかんだパソコンとの格闘で、朝の7時前まで掛かってしまったのだよ?
何度も同じ訂正を入力するという、恰も忍耐力のテストの様相を呈して来たので、熱燗を飲みながら作業をしました。
とは言っても、5勺の一口グラスの熱燗を2回に分けて飲むというチマチマだったのだけど、それでもalcoholを飲みながらの作業という気分にはなったよな??
と言う事で、冒頭の朝の7時からの入眠になります。
alcoholの勢いもあって、11時まで爆睡出来たのですが、いずれにしても睡眠時間が足りないので、バテて来たら、どこかで仮眠をする事にしよう、という事で起きて仕事を始めました。
今日は夕方からはbikeのタイヤの交換があります。
その間に、monitorテレビが到着する予定ですが、未だ何とも言ってきません。
単純な雑用作業をしていたのですが、単純労働なので、直ぐにバテて眠くなってしまいました。
4時、5時になった辺りで椅子に座ったままで、意識がなくなり始めたので、慌てbedに入って仮眠をする事にしました。
調子良く爆睡出来て、目が覚めて、慌ててしまいました。
そうだよ❢
timerをsetするのを忘れたままで、寝てしまったのだよな?
今日は7時からBikeのタイヤの交換を予約していたのだよな??
時計を見ると、なんと、もう既に6時58分です。
そうだ❢
もう一つあった❢
玄関にmonitorのテレビが着いているハズだ❢ と、急いで玄関の扉を開けて、テレビを部屋の中へ運ぼうとしたら、腰が嫌な感じがして•••
腰痛になってしまったのだけど、timelimitは過ぎているので、痛いのを堪えて、大慌てで、ハイツを飛び出しました。
Bike屋では結構面白い話しがいろいろとあったのだけど、面倒くさいし、私とは無関係なので割愛します。
食事の時間には遅れてしまったのだけど、それでも早めのrotationで、10時前にはドルプリっ歩に出掛ける事が出來ました。
とは言っても、杖一本では歩けなかったので、私が昔、長崎に帰省していた時に買ったStick付の傘を2本目の杖の代用にして散歩に付き合いました。
今夜のドルっ歩は、超寒い吹き飛ばされそうな強風の中での散歩でした。
という事で、当然、帰りのBikeでも、強風で転倒しそうな、凍りつくような冷たい北風の中を走って帰りました。
ハイツに辿り着いて、直ぐに布団に潜り込んだのは良いとして、毛布と厚手の羽毛布団なのだから、充分に温かいハズなのに、足だけが凍りつくように冷えてしまって、温まりません。
布団の中で自力で足が温まるのは無理なようです。
携帯で温度を調べて見たら、この所のいつもと同じような温度で、3℃なのですが、なんと体感温度は-2℃になっています。マイナスだよ??
マジに風が冷たいからね〜ぇ?
布団の中で、足が温まらないと、結局眠れなくなってしまうので、足を温めるために、bedから起き出して、エアコンとガスファンヒーターで足と頭を温めているのですが、テレビをつけて見ると、今季一番の寒さと全国的な北風の強風が吹き荒れているという事で、大騒ぎをしています。
なんだ? この寒さは東京だけではないのか?
てな事を言っている間に練馬区の気温は、2℃になってしまいました。
今日もエアコンをつけっぱなしで寝ています。
更に冷えて、東京は今は1.7℃だそうです。
冷え〜っ!!
体が温まったら、布団に戻るのだけど、またまた鼻水と鼻詰まりで眠れなくなって、エアコンとストーブの下で頭と足を温めるという事を、延々とendlessで繰り返しています。
もうすぐ8時半になるというのに、まだ眠れないのですよ❢
6時間くらい入眠障害と格闘しているのですよ。
不眠はそれなりに辛いのです。
多分、軽い鬱の症状なのかもね?
更に小一時間程経っても眠れないので、羽毛布団を片付けて、毛布だけにした。
肌寒いくらいが、眠気を誘う事もあるからだ。
というか、無理をしてなんとか眠る事を諦めたのだよ。
12月18日人生とは列車の旅のようなものだ。
人生とは、何時乗ったのか、乗らされたのか分からない列車の旅のようなものだ。
「どこまで乗って行くのか?」「どこで降りるのか?」も自分で決める事は出来ないのだよ。
その時が来たら、好むと好まざるとにかかわらず、それが何処かは分からないのだが、必然的に降ろされてしまうのだよ。
目的地に辿り着けるのか、途中下車になってしまうのか•••ぐらいは自分で決められるのかも知れないのだが、それが本当に行きたかった場所であるのかは、その人次第・・かもね?
という事は、多くの人達が、自分が行きたい場所と、現実の場所をはき違えているからなのだよ。
夢を叶えるのは簡単なのだが、その夢がその人の望んだ夢であるのかは、また別の問題になるからなのだ。
憧れの生活が出來たとしても、喪った物の多さに気付いて、挫折する人達の多い事よ❢
それは夢の全てに言える事なのだがね〜ぇ?
まあ、間違えた場所に降りたと気が付いたら、列車を乗り変えれば良いような物だが、しかし、timelimitは確実に存在するのだよ❢
それに、道に迷う人は、常に迷う人なので、正しい道を示しても、それでも迷ってしまうのだよな。
迷わない人達は、道にブレないのだよ❢
12月18日不動心とブレない
ちなみに、「不動心」とは、どんな逆境に対しても、断固として信念を貫く事を言い、「ブレない」とは、いろいろな状況下で、臨機応変に対応したとしても、目標への道を見失わない事を言う。
目標、目的を見失わなかったとしても、その逆境下で、同じ目標、目的であったとしても、その目標、目的のNiveauを下げてしまう事は、目標・目的を見失う事と同じである。
lifeworkとは生涯を通じて同じ目標、目的を追求する事を言う。
但し、lifeworkの言葉の中には、趣味的なapproachも含まれるので、そのapproachとしてのNiveauは、人の立ち位置として、同一には成り得ない。
12月19日今日は腰痛が更に酷くなって、
今日は12月18日の土曜日です。
昨日は腰痛が起きて、それでも杖を2本使って、ドル•プリのお散歩になんとか付き合ったのだけど、今日は腰痛が更に酷くなって、歩く事すらもままならないようになってしまいました。
今日は、音大に入学以来ご無沙汰していた阿部慶子ちゃんが30年振りくらいに椎名町に旦那さんと見えられたので、私も、頑張ってBikeで椎名町に出かけました。
いろいろとお話しが出来て楽しかったです。
その後は、明日のViolinの伴奏の合わせの練習を少しして、早めの食事を済ませて、次は定形ならば、ドル•プリのお散歩なのだけど、流石に、それはとても無理なので、立てない腰を無理矢理に頑張ってBikeで、ハイツに戻って来ました。
部屋に戻っても、腰が全く立たないので、暫し、椅子に座ったままに、後片付けも出来ないままに、茫然自失をしていたのですが、小一時間程経って我に返って、頑張って、食べ物を冷蔵庫にしまって、急いで、bedに潜り込みました。
布団は毛布だけにしていたので、寝室のエアコンを点けて、足が温まらないのを、無理矢理に眠ってしまいました。
深夜、1時頃になって、こむら返りで足が攣りそうになって、目が覚めたので、こむら返りの薬を飲むために起き出しました。
ウダウダと漫然と時間を浪費していたのだけど、ふと、携帯の練馬区の気温を見たら、なんと-2℃だそうな??
エアコンとガスストーブを併用しているのに、部屋が温まらないので、困っていたのだけど、外の気温が-2℃では、致し方無いよな〜ぁ?
毛布一枚では、流石に無理だと思われるので、羽毛布団をまたぞろ、戻す事にしました。
眠くは無いのだけど、明日に備えて、頑張って眠らないと、ね〜ぇ??
12月19日腰痛、3日目なのだけど、
今は12月19日の朝の7時になる所です。
今日はとても良い天気のようなのですが、それでも、練馬区の気温は-2℃のままなのです。
toilet-timeなのですが、bedに腰掛けたままで、暫し、腰の具合いを見ています。
腰痛、3日目なのだけど、少しは改善出来たのかな?
おっかなびっくりで、toiletまで歩いて行きました。まだ普通に歩く事は出来ないのだけど、なんとか、家具に掴まりながらでも、toiletまで歩く事が出来ました。
今日は、この調子で頑張って安静にしておけば、なんとか千葉まで行く事が出来るようです。
椎名町へ移動して車を出すまでの時間を普段は30分と計算しているのだけど、今日は腰痛なので、ハイツの玄関から、1時間の計算にしようかな?
SarasateのSpanishdanceの合わせが終わって食事の後で、薬を飲んだのか、飲み忘れたのかが定かでないので、昨晩、ハイツに戻ってから、確認をしたのだが、mailが既読にならないままに、出発してしまったようだ。毎回、注意しているのにね~ぇ??
市販の薬ならば、Doubleで飲んでも問題は無いのだが、調剤の処方薬の場合には、薬が強いので、間違えてDoubleで飲んだら大変な事になる事があるのだよ。
飲み忘れた時の用意に、ハイツにも、予備の薬が準備されているのだが、自己判断と自己責任で飲むか否かだよな??
そういう風にならないように、薬を管理しているのだがね??
さて、困った!!
12月19日非公開
どんなに手塩にかけて育てた子でも、巣立ってしまった場合には、見守る事すらも出来ないのだよ。
親であってもそうなのだから、先生という立場では、もっと遠いのだよ。
殆どの場合には、音信さえも入って来ないのだからね〜ぇ?
12月20日Cyberlinkの音声の同期が全く出来ないままです。
今は12月20日の月曜日の朝の5時です。
今の練馬区の気温は1℃だそうです。
体感温度は-1℃だそうです。
しかし、羽毛布団と毛布では超暑くて、毛布だけにした所なのです。
2℃で超寒くって、羽毛布団を出して、1℃で暑くて、羽毛布団を取り除くという事は、私的には、全く理解不能です。
私の体感が狂っているのかな?
それとも、体感の暑さ寒さは、温度には関係ないのかな?
確かに、湿度が高いと温度は高めに感じられるようなのですが、今日は湿度も低いようなので、条件には当て嵌まらないようなのですがね〜ぇ?
暑さ、寒さの問題よりも、私にとっては今は腰痛の方が問題です。椅子に座ったままで身動きが出来ないのですよ。
そう言えば、19日の日曜日は満月だったので、さえざえとしたお月様が中空に鎮座していたようなのですが、腰が曲がったままなので、天空の月を見る事が出来なかったのですよ。
CyberLinkは、パソコンのmonitorを4kよりも少ないmonitorに交換して、PowerDirector18を削除して、20を新規にinstallしてみました。
しかし、状況は全く改善しません。
音声の同期が全く出来ないのだよな??
いや~ぁ、最早、全ての手を尽くした・・という事かな?
理解出来ないよな〜ぁ?
そういえば昨日は千葉のChristmas会でした。
初歩組は、コロナ対応のSocial distanceのために、一部と二部に分けて、人数制限をしたのだけど、それでも、チョッと入場制限にギリギリだったのかな??
八千代でも手伝ってくれたお姉さんが、お久し振りにお母さんになって、赤ちゃんと一緒に、Christmas会に来てくれました。昨日に継いで、温故知新だよな??
お客様が居なくなって、静かにオケの部のmini発表会をしたのだけど、随分前から、Christmas会はお姉さん達が大学の演奏会とか一般のvolunteer活動とDoubleので、今回もPianoを伴奏する人がいなくなったので、急遽、私が駆り出されてしまいました。
勿論、発表会の当日に指が動くかは、成り行き任せなので、それを承知の上での伴奏になります。
まあ、当日、指が固まったら、その時はゴメンね??という感じかな??
曲はSarasateのSpanishdanceからRomanza Andaluzaですが、私の伴奏は、適当にarrangeをして弾いています。
三和音の同音連打をそのまま弾く事は、腱鞘炎になりそうなので、嫌なので・・・
それに斉藤先生のViolinのpartは、3拍子に書き換えました。proの演奏家達が2,3拍にaccentを付けて弾いているのだけど、時折、そのaccentが強くなり過ぎる傾向にあるのだけど、3拍子で弾けば、accentをつけて弾かなくても、自然にそのaccentが表現されるので・・・ね??
Violinが3拍子で伴奏が6/8のpoly拍子になってしまうので、当時はこういった書き方は未だなかったのだよね??
verschobene Takt(小節全体が拍からズレる事を言います。)polyrhythm(当時に違う拍で演奏する事=MozartのDon Giovanniの舞台の中には、同時に全体の音楽であるorchestraの演奏と貴族の踊るMenuetと村人達が踊るdanceの三つが同時進行する場面があって、scoreを見るとまた格別に圧巻です。)
Christmas会当日の演奏は、mainの4Kのcameraとsub-cameraの左側からのupと、Pianoの正面からのcameraの3台のcameraで撮影しているので、powerdirecterで音声の同期をしなければならないのだけど、その肝心要のpowerdirecterの音声の同期が壊れてしまっていて、monitorを買い直しても、powerdirecter18を削除しても、新しくpowerdirecter20をinstallしても、同じ症状が起こってしまいます。
何度もback・upCDが失くなったので、音声の同期だけを修理して欲しいと頼んでいるのだけど、何度、やり取りをしても、過去の文章を読み直してくれません。指示通りにpowerdirecter18を削除して、powerdirecter20の365をinstallしてみたのですが、同じ状況になってしまいます。それに、元のpowerdirecter18を削除したので、新しく買い直しになってしまうのだけど、その弁償はしてくれるのかね??
つまり、ここに至って、万策尽きたという事なのだよな??
という事なので、超analogに、耳で聴いて、音声を同期させました。まあ、微妙な映像とのズレは、ご容赦を・・・
21年12月19日 Christmas会 Sarasate Spanishdanceより Romanza Andaluza 斉藤純子 - YouTube
12月21日チョッとでも動くと微熱が・・ ·
今日は12月の21日の火曜日の朝の7時を過ぎた所です。
練馬区の気温は1℃で快晴です。
体感温度は先程までは-1℃だったのだけど、今は0℃まで戻っています。
昨日の月曜日は腰痛が酷くて、部屋の中を歩く事もままなりませんでした。
仕方がないので部屋の中を杖をついて移動をしているのだけど、椅子から起き上がる時が異常に痛いので、椅子から動けなくっているのだよな??
結局の所、lessonとCyberLinkの修復作業とChristmas会のSarasateの演奏をYou Tubeにuploadしただけで、仕事は勿論の事、食事も散歩も出来ないままに一日が終わってしまった。(ここまでは昨日のお話しです。)
今日も、腰痛は改善が見られなく、全く同じ状態なのだが、熱だけは少しは落ち着いたようだ。(熱が下がると気分も少しは楽になりますからね??)
但し、チョッとでも気を抜くと、また熱が上がってしまう気がするのだよ。
仕方がないので、今日も引き続き安静dayにしようかな??
人間だけではなくてCyberlinkのpowerdirecterの修理を始めてから、パソコン本体の動きも段々とおかしくなって来た。
元々はpowerdirecter18のback・upCDを紛失したので、音声の同期が出来ないので、同期だけを修復したいという事で、remoteの修理を始めたのだけど、もうひと月近く経っているのに、何一つ改善しない所か、makerの指示で、powerdirecter18もuninstallしてしまったので、powerdirecter自体が無くなってしまった。
これからvideoの編集が全く出来なくなってしまう・・という事なのだよな??
だからかな夢に出て来ましたよ。助けをよんでました?皆んなでわいわいご飯食べて、酒飲んだ夢みましたよ。キャンプした夢をみてましたよ。
基本的に、私は強度の対人恐怖症なので、切羽詰まった事があっても人に、助けを求める事はありません。これは病気なので仕方がありません。一昨日はとても変な夢を見て、昔の江古田教室から板橋の方へ行った先に、蕎麦屋のボンボンが小洒落たお店を出して、私が食べに行ったのは良いのだけど、お通ししか出ない時に、ボンボンにお説教をしている夢をみました。という事で、蕎麦は食べ損なってしまいました。若い奥さんがいろいろと謝っていたのだけど、それが過保護で、為にならないのだよな?と、思いながら、店を出た所までなのだけど、いろいろと妙ちくりんな夢でした。座席が中空にふらふらしていて、テーブルにつくのに、飛び移らなければならなかったり、だから、野外のお店だったりと、現実味がなかったよな?まあ、一言で、変な夢でした。
蕎麦屋のボンボンは、勿論、見知らぬ人です。
私の夢で現実の知り合いが出て来る事は極めて珍しく、死んだ祖母や、たまに母が愚痴を言いに出て来るぐらいです。
蛇足ですが、・・で、次の23日は蕎麦が到着して、月一の蕎麦dayでした。
12月22日腰痛5日めとパソコンのrecovery
今日は12月22日の水曜日です。
17日の金曜日に腰痛になってから、はや、もう五日が経ちましたが、未だ、部屋の中でも満足には歩けません。
今回の腰痛も、長引いているようなのです。
腰痛は結局の所、安静にして寝ているしか対応のしようがありませんが、それにしても、「よく眠れるな〜ぁ❢」、と思える程一日中寝ているのだけど、それでも腰痛が改善しないのだよな?
・・・と思っていたら、次の日の夜の話しです。
今夜の練馬区の気温は深夜の3時を過ぎても5℃をkeepしていて、温かいハズなのに、布団に潜り込んだら、足が冷えて凍りついてしまって、とうとう眠れなくなってしまいました。
足だけ温まれば眠れるハズなので、寒くなった時に直ぐに出せるように、押し入れの直ぐに出せる場所に仕舞ったハズのアンカを探したのだけど、所定の位置にありません。
腰痛と寒さを堪えて、頑張って少しは探して見たのだけど、とうとう諦めてしまいました。
5℃で温かいハズなのだけれど、北風がピューピューと音を立てて、外は寒そうです。
bedから起き出して、パソコンの部屋にいるのだけど、エアコンとgasの二つで部屋を温めているのだけど、部屋が温まりません。
寒い。でも、5℃なのですよ。
北風で風が冷たいのだよな??
2時、3時・・と、なんとか眠ろうと頑張ったのだけど、とうとう諦めて、起き出して、保留のままになっていたpowerdirecterの修理の作業を始めました。
makerのsupportからの指示通りに、これまでも色々と試みて来たのだけど、全て上手く行かなかったので、諦めて、勿論、これもsupportの指示なのだけど、powerdirecterの15と18とdataを全て削除して、パソコンからCyberlinkが更の状態にして、最新のpowerdirecter21のお試し版をinstallして、試してみました。
powerdirecter18のback・upCDが無いので、これをやると、買い直しになるのかな??という事で、それだけは避けていたのだけど、最後の手段という事で・・です。
結果は残念ながら・・と言う事で、段々と他のsoftもおかしくなって来たので、「これはpowerdirecterだけの原因ではないよな?」と言う事で、一番最初の11月12日と19日に、修理を依頼したパソコンの業者に再度、lineをして、helpをお願いしました。
勿論、パソコンの修理の最終手段はrecoveryの工場出荷状態に戻す事なのですが、今回はrecoveryでも無理で、その前のwindows10を再installする所から始め無ければならないようです。
そうなると、全てのsoftを新しく入れ直さ無ければならないので、少なく見積もっても、再installが終わるまでは1週間ぐらいは掛かるハズです。年内のパソコンの復帰は無理という事だよね??
ただ単に4Kのmonitorに変えただけなのだけど、大変な事になってしまいました。
勿論、通常は4Kのmonitorに変えても、異常は起こらないハズなのだけど、何故、bugったのかは、理由は不明です。安全策で、monitorを通常のAcerのmonitor31.5inchに変更しましたが、前の4Kのmonitorは音声が酷くて、外付けのspeakerを使用しなければ、音声の編集が出来ないので、音声がなんとか辛抱出来る範囲のmonitor・・という事で、このmonitorにしました。
今日は一日掛りで、パソコンを弄って映像、音声関係のcheckをして貰ったのですが、結局、bugの原因は見つからなかったようです。まあ、一日パソコンが使えないのも不自由なので、今日は思い切って、パソコンをrefreshするぞ。
12月24日布団に入ると鼻水が·
パソコンと鼻水、鼻詰まりのために、とうとう25時間一睡も出来なかった。
これから、千葉への移動はキツいなぁ?
起きていると何ともないのだが、布団に入った途端に鼻水が出て来るのだよ❢
これは困ったもんだ❢
12月25日 今日は25日のChristmasですよね?
私は全く眠れないままに、まるまる二日間が経ってしまいました。
その間、powerdirecter18の修理と、パソコン本体の修理を、remoteで業者の人と二日掛かりでやっています。(います。・・というのは、現在も進行中だからです。)
しかも、仕事に疲れて、仮眠をしようとしても、今度は布団に入ると、鼻水と鼻詰まりで、全く息が出来なくなってしまうのですよ?・・・という事で、結果として二日間も全く睡眠が取れていないのです。
夜の9時からは、冬の合宿の準備のために、荷物と先生達を搬送するために、千葉に往復してきました。
勿論、往復は私だけで、先生達は合宿の準備の為に千葉に泊まります。ドルとプリも•••
車が千葉へ出発する時から雨が降り始めて、千葉の教室に到着した頃には結構、雨足が強くなっていました。
とんぼ返りで椎名町に到着した時には、大雨の中を、駐車場に車を入れるために、Bikeの出し入れをしたので、結構濡れてしまいました。
それから、頑張ってレインスーツを着込んで(もこもこしたダウンのコートやズボンを履いているので、その上にレインスーツを着るのは、結構、大変なのですよ。)、やっとBikeに乗る時には、何と、突然小雨になってしまって、ハイツに着いた時には、殆ど雨は止んでしまいました。
レインスーツは、必要だったのか?不要だったのかは、微妙な所ですかね?
ハイツの部屋に入ったら、驚いた事に2時過ぎだったのに、未だremoteのパソコンの修理作業中でした。
ほぼ、修理作業は完了していたので、今回の故障の理由を聞いてみると、PowerDirectorがbugった理由は、何とパソコンのmonitorの音声と、PowerDirectorの相性の問題で、monitorテレビの音声を切って音声の同期をすると、同期がちゃんと出来る・・という事なのでした❢
最初に購入した4kのmonitorテレビも今度のAcerのmonitorテレビもPowerDirectorとは相性が悪くて内蔵されている音声は使用出来ない・・と言う事なので、外付けのbluetoothのSpeakerで再生させる事にしました。
パソコン本体のhard-diskも、bugが発生してしまっているので、業者さんの指示に従って、思い切って工場出荷状態までrecoveryをしてしまったので、全てのsoftの再installの作業をシコシコとしなければなりません。
全部を元に戻すのは、それぞれのsoftのMakerとの連絡もあるので、一週間では終わらないでしょうかね?serial numberが分かれば、down loadすれば終わり・・という分けには行かないのですよ。
例えば肝心要のFinaleなのですが、勿論、Serial等は控えてあるので、型通りのsoftはdownloadで直ぐに使えるようにはなったのですが、別売の音源が入らないので、再生させても音が出ません。音源もdown loadしては見たのですが、音源が見つからないし、音源のためのfinale14.5は英語versionなので、同じfinale14.5でもsupportからdownloadをすると、Garritanが最初から入った状態で日本語versionなので、supportからの返事待ちの状態です。
まあ、連絡が取れるまでは、音声は聞けないけれど、楽譜の入力だけは、何とか使用出来るのでね?!
homepagebuilder17は、CDからのinstallが終わったら、設定をしなければなりません。その設定が難しいのですよ。ちゃんとupload出来ているhomepagebuilderの設定画面をコピー&ペーストしていただけなのですが、その画面を残していたハズなのですが、それも一緒にぶっ飛んでしまったのかな??多分・・・??
12月27日冷え〜っ??
今日の練馬区の最低気温は-4℃!
体感温度では-5℃にもなるそうです。
今日は12月の27日の朝の6時半を過ぎた所です。
雲一つない素晴らしいお天気です。
今日の月曜日は合宿の最終日で、私の対面lessonとオケ練習があるので、もうすぐ起床をして、千葉行きの準備を開始します。
結局、昨晩も一日掛かりで、finaleのですが修理をして、(手に余ったので、またまたremoteでhelpをして貰って、なんとか音が再生出来るようになりました。
その間、生徒達がVivaldiのRicoder-concertのⅡ楽章のCembaloのpartを作って楽譜の写真を送って来たので、添削をしようか?と思ったら、Printerのdriveも全部ぶっ飛んだままで、printoutが出来なかったのですよ。
慌てて、Driverをdownloadしたのですが、Printerが反応するまでの速度が異様に遅くて、大変でした。
その原因を調べると、downloadしたDriverでは、良くある事だそうで、基本的にはPrinterに付いているCDからdownloadをして、upversionをした方が、段違いの速さでprintout出来るそうで、downloadしたdriveを削除して、新たにdownloadし直しました。
download次いでに、VivaldiのRicoder-concertゴシキヒワのorchestraのscoreとpartをdownloadして、printoutしました。
全部で100枚くらいになるのかな?
超寒いフローリングの部屋からPrinterのCDを探したので、次いでに、他のPrinterのCDも探して、一気に全部のPrinterのDriverをパソコンにinstallしました。
一睡もしないままに、深夜の2時を過ぎてしまったので、大慌てでbedに潜り込んで寝ました。
今日は鼻水で窒息しないように、パブロンの鼻薬(カプセル)を飲んで寝ました。
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12月28日被害甚大な子供の悪戯
Halloweenコンサートの時に、パソコンからホールにHalloweenの曲のBGMを流していたのだけど、Halloween・Koncertが終わってからの後片付けで、パソコン周りをcheckしていたら、 Ergonomic Keyboard のbluetoothの無線のadapter(usb-receiver) がパソコンから抜かれていて、見当たらなくなっていました。
多分、子供のいたずらだと思うのだけど、探しても見つかりません。(子供が日常の生活の中でstressを感じるようになると、helpを出す一つに「物を隠す」という事をよくします。子供にとっては、games的な感覚なのでしょうが、隠された方は、被害甚大なのですが、あくまでもhelpのmessageなので、子供へそれを追求する事は出来ません。そこが辛い所かな??もし、仮にそれを子供に追求したとしても、それはあくまでも、helpを気付いてくれない教室への罰なのだから、「知らない!」と言って終わりです。勿論、私達が、子供からのhelpを気付いていない分けではなく、父兄には結構厳しく注意はしているのだけど、ある程度以上は、家庭の問題なので、介入出来る限界があるのですよ。それで夫婦の離婚になっても、子供のためにはならないのでね~ぇ??)
他の無線のadapterで試して見たのですが、 Ergonomic Keyboard の無線のadapterはそれぞれに固有のIDが設定されているので、買い直しをしようと思っても、買い直しが出来ないのだそうです。超、Shock!!
USBreceiverが無いだけで、新品の 高価なErgonomic Keyboard がゴミ箱行きになってしまいます。
microsoftのMakerに問い合わせても無理だそうです。
高いkeyboardなのだし、買ったばかりなので、超Shockのdouble-Punch!です。
今日は12月の28日の合宿明けの火曜日です。
今日からが、本当の教室の冬休みになります。
(とは言っても、私だけは30日にweb-lessonが入っているので、未だ本当の冬休みmodeでは無いのですがね??)
前日の月曜日に対面lessonとオケ練習をしたので、どうしても、今日が月曜日のような気がしてしまいます。
まあ、それはそれとして、今日はhomepagebuilderの設定を斎藤先生にして貰って、私が管理している三つのhomepage、(昔の芦塚音楽研究所のhomepageと芦塚先生のお部屋と芦塚陽二の闘病記の三つのhomepageです。)をupload出来るようにしました。
それから、元々、Dellのパソコンに入っているSecurity-softであるmcafeeを削除して、sourcenextのSecurity0を再installしました。
McAfeeは1年毎に更新料が必要だし、(それも結構高い・・)それに重たいので、私自身が重たいsoftを使うので、パソコンのとっては結構負荷が掛かって、Security−softとしては、結構問題が多いのですよ。
毎回の事なのですが、freemakeのvideo-converterやaudio-converterやvideo-downloaderは、以前もパソコンのrecoveryで、再down loadをした時も、passや、supportを申請する電話番号が分からない上に、めちゃくちゃ再installが難しいので、5、6千円だったので購入し直してしまいました。
今回も「同じになったら嫌だな〜ぁ??」と思っていたら、運良くversionupのお誘い画面が出てきたので、半額以外の2千5、6百円なので、面倒くさいのもあって購入しました。
前回の時にもそうしたような気がします。
古い昔々の発表会のvideoを見ていたら、小さなviolinを習い始めたばかりの生徒がキラキラ星を私の伴奏で演奏しているのを見たのですが、いつの頃に作ったのかはもう忘れてしまって分からないけれど、もう少し難し目で長目の発表会用のキラキラ星変奏曲を作った事を思い出して、パソコンのfinaleのdata−fileから探し出しました。
チョッと凝った作品なので、作ったのは良いけれど、生の演奏を全くupしていないので、早速、finaleの譜面から音を再生させて、powerdirecterで編集をして、You Tubeにuploadしようと思ったのですが、そこで、You TubeとFacebookとTwitterがぶっ飛んでいる事に気付きました。
そこでもう一度、Internet ExplorerからYou Tube等をinstallしようと思ったのですが、You Tube等は、You TubeやFacebookに対応出来ていないので、Microsoft EdgeとGoogleChromeをinstallし直して、やっとこ、Desktopにiconを貼り付ける事が出来ました。
それから、FacebookとYou Tubeのiconをめでたく復元したのですが、twitterだけは、元のtwitterには戻れなくなってしまいました。
renewalされてしまったのですよ。
困った・・❢
けれど、twitterは殆ど見ていないから、まあ、良いか??
powerdirecter等がパソコンのspeakerと相性が悪い・・という事なので、外付けのspeakerにbluetoothで繋いでいるのですが、キラキラ星の音源の再生中に突然、音がブチブチと途切れるようになってしまい、終には音を再生出来なくなってしまいました。
「またまた、パソコンの故障かな??」と思ったのですが、試しに同じ曲を携帯で再生したら、全く問題はありません。
「•••と言う事は、You Tubeへのuploadの時のtroubleではなく、再生時のbluetoothの問題かな?」と思って、speakerのWirelessを切断して、codeで直接、パソコンとspeakerを繋ぎました。
まあ、それでビビリ音は治ったのですがね〜ぇ??
「HDMIの方が音は良い」とは思うのだけど、パソコンの本体と外付けのSpeakerを置いているdisplayがパソコンからの見通し位置に置いていないので、bluetoothの届く範囲がギリギリの場所だったのだよね??
Wiredでは、analogなので、音は落ちるかも知れないけれど、安定性がより優れているので、音質に関しては諦めよう。
まあ、それでもmonitorのSpeaker(5wのdualのspeaker)よりは遥かに良い音質なのだからね?
次には、外付けの4Tのhard-diskをもう1台増やして、外付けのhard-diskが5台になりました。
なんでそんなに膨大な量のhard-diskが必要か?と言うと、発表会のvideoやオケ練習のvideoは一日掛かりのdataだし、それにMulti−video−cameraでの撮影では、data量が、その4倍のdata量になるからです。
それに、Blu-rayのDVDのdisc は一般的には50Gまでで、それ以上は特殊なBlu-ray専用のBlu-rayのdriverが必要になって、ハイツにしか買っていません。
今の所、画質を落とさないで、発表会のvideoを保存出来るのは、hard-diskだけなのです。だから4Tとか8Tのhard-diskを外付けで使っているのですよ。
後は、photoshop element11を再installすれば、「完全に復元出来た」・・という事ですが、photoshop element11のinstallのCDが椎名町に置いてあるので、そのinstallCDを取りに行く事も兼ねて、今夜は腰痛になってから、お久し振りに椎名町まで食事にお出掛けする事にしました。
ドルとプリのお散歩に付き合うのは、流石にまだ無理なのですが、外に出掛けられるようになったのは一つの進歩です。
今夜の夕食は冬休みなので、早めのrotationで、8時には食事に出掛けました。
一応は、お散歩にも付き合おうかな?とは思ったのですが、歩き始めたら、直ぐに腰が固まって来たので、これはヤバいと言う事で、急いでハイツに戻って来たのですが、不覚にも、パソコンの椅子に座った途端に寝落ちしてしまいました。
two-coolも寝てしまい、2時半を過ぎた頃に目が覚めて、片付けもしないままにbedに行って寝直しました。
なんだろうね〜ぇ?!
12月29日パソコンの再installと燃え尽き症候群·
今日は12月の29日の水曜日です。
今日は朝から「少し良くなったかな??」と思った腰痛がまた少し酷くなっていました。
なかなか頑張って安静にしていても、歳を取ると治らないのだよな?
冷蔵庫の中のお弁当類が古くなってしまうので、昨晩は、お弁当を全く持って帰らなかったのですが、今日は夕方までには、冷蔵庫の中はすっからかんになってしまいました。
今日はPhotoshopElementsをパソコンにinstallしました。
後は幾つかのsoft類のinstallが残っているのですが、日常的な重要なsoft類は、取り敢えずはinstallが終わったと思います。
と言う事で、パソコンで仕事をする環境は整ったのですが、燃え尽きてしまいました。
所謂、燃え尽き症候群で、何もやる気が起きないのだよな〜ぁ?
パソコンは見るのも嫌だ❢と言う事かな??
今日一日は、結局ウダウダと何もしないままに、終わってしまいました。
12月30日『超、寒い❢』
今は12月30日の水曜日の朝の4時半になろうとする所です。
余りの寒さにtoiletに行く事も辛抱していたのですが、ついに意を決して、布団から出て、toiletに行きました。
toiletに起きたついでに、厚手の羽毛布団を毛布に重ねた所です。
今の練馬区の気温は−1℃なのですが、私にとっては、極寒の極地に居るような寒さです。
私も、若い頃にMünchenに留学していた頃は、学校からの帰り道で、何と、-27℃という寒さを体験した事もあったのだけど、その頃は体力もあったので、さして寒いとは感じなかったのだけどね??
今年は、練馬区では−2℃の時もあったようなのですが、その時よりも、今夜の-1℃の方がしばれるよな?
てな事をウダウダと書いて、それから小一時間程経った朝の5時半頃なのですが、またまた尿意を模様して、意を決してtoiletに行きました。
毛布と厚手の羽毛布団を掛けていて、普段ならば熱いぐらいのハズなのですが、今日は厚手の羽毛布団が、何の助けにもなりません。体がどんどん冷えて行きます。
それに心臓も痛くなって来ました。
これはマズいよねぇ?
それから30分ぐらいしか経っていないのに、またまた尿意を模様して来ました。
頻尿状態です。
寝室で眠るのを諦めて、パソコンの部屋で、エアコンとガスの両方を点けて、パソコンの椅子をreclining状態にして、仮眠をする事にしました。
それならば部屋全体を温める事が出来るからです。
それから更に小一時間程経って、7時半です。
またまた、頻尿でtoiletに行きたくなって、目が覚めてしまいました。
外の気温は相変わらず−1℃のままなのですが、エアコンとガスのファンヒーターがガンガンに入っているので、寒くはありません。
例え仮眠だとしても眠れた方が良いのですからね〜ぇ?
しかし、パソコンの椅子をカウチベットにして寝ている分けなので、腰には結構な負担が掛かってしまい、腰痛には最悪になってしまいます。
という事で、今度は腰痛で、パソコンの椅子からtoiletまでが歩けなくなってしまいました。
あちらを立てればこちらが立たず!・・・状態なのだよね?
という事で、もう一度bedに戻って、更に寝直しました。
今度は9時半に目が覚めました。
寒くて眠れない、という騒動も、眠れないというウダウダも、これくらいにして、マジに起床にします。
その後は、何事もない通常の一日が繰り返されて、夜はおっかなびっくりでBikeで椎名町に行って、食事をして、お久し振りにフルコースのドルっ歩に付き合いました。勿論、杖をつきながらですが、何とか完歩出来ました。
12月31日 の大晦日の木曜日の朝の5時半を過ぎた所です。
今日はいよいよ12月の31日の大晦日の木曜日の朝の5時半を過ぎた所です。
昨晩は午前様にはならなくて、ハイツに戻って来たのですが、なんとなくそのまま眠る気にもならなくて、3時半を過ぎるぐらいまでは、年末特番のドラマを見てしまいました。
練馬区の気温は昨晩よりも少し温かくて、1℃で、超厚手の羽毛布団を片付けて、アンカもスイッチを入れないままに寝たのですが、寒くて目が覚める事も無く、何事も無く安眠出来ました。
昨晩の大騒動は一体何だったのでしょうかね〜ぇ?
今は、外の気温の所為ではなくて、体調不良が原因だったのではないかと懸念している所です。